日記雑記
ソンナモノハ妄想ダ 表紙|以前|以後
|読書メーター
| 2005年12月25日(日) |
「行ってみたいな、童話の国」 |
クリスマス?何の話ですか?といったところ(笑)。
用事で通った夕方の某六本木にはカップルが多くて、見ていてとても疲れました。でも植木のライトアップが綺麗だった。向こう側に東京タワーが見えるのです。携帯で写真を撮ろうとしたのですが、妙にぎらついた満天の星空みたいにしかなりませんでした。難しいです。
週末は電車の中で読んでることが多かったので、長野まゆみの「行ってみたいな、童話(よそ)の国」と石田衣良の「少年計数機 池袋ウエストゲートパーク��」を読みました。何だろうこの組合せ(笑)。
「行ってみたいな、童話の国」は、完全に「本当は恐ろしい〜」ノリです(でも桐生操よりも早く出版されてます)。 くれぐれも間違って手にとることの無いように。
私は原典の「にんじん」についても話で聞いたことしかないのですが、今回読んでて一番つらかったのはこれかなあと思います。 「ハンメルンの笛吹き」も痛々しかったけど、こちらは萌えもせず萎えもせずで。セスと王が幸せに暮らしましたとさ、という終わりだったらば、多分どうしようもなさに萎えたところです。 「ピノキオ」は割といけた。ピノが人形だから(…)。
三篇が三篇とも、マゾ気質の少年という何だか対応に困る代物が出てきています。「莫迦だな。痛いからいいんぢゃないか」とか言います。更にいってしまったのだと、愛されてるから鞭打たれる幸せみたいな状態になります。よく分かりません。こういうのには萌えませんから。 でも、長野作品のこっち系の話で、無理やり食わせる・飲ませる・口に何かを突っ込む、というのは必須だと思います。色々な作品で色々なものを突っ込んでますよね、口に。
楽しくはなかったですが、何だか色々すごいなあと思いながら読了。 長野作品のエログロ描写って、フィルターがかかってる分良くも悪くもさらさら読めてしまうのだと思います。匂いがしないっていうか、何かが決定的に失われてる気がする。 隠語の嵐の所為もあるのかもしれません。鼠とか伸びる鼻とか。そこまで隠された意味を汲まなきゃならないの?と思わず突っ込んでしまいます。何でわざわざ木の下のほうの穴と明記するんだ、みたいな。口に突っ込むというのも、そう考えると恐らく突っ込むという行為に意味があるん…ですよね……。
で、すぐに「少年計数機」を読み始めたら今度はだいぶリアル志向で、うーん…。 いやもう勢いよく読ませる本当に面白い小説なんですが、如何せん激しいギャップが(笑)。 「水の中の目」は、本当にそれでいいの?と思いましたよ。厳しいです。自分で考えて自分で行動した結果だからいいのかもしれないけど、ショックです。 四作品の中では、やはり「少年計数機」が好きです。昨日共感覚のことを書いたばかりだったので、ちょっとそれを思い出しました。
|