日記雑記
ソンナモノハ妄想ダ 表紙|以前|以後
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一読。色々あれ?と思ったのでもう一周読んでいるところです。 四つの短編から成る怪異譚。
あれあれと思って検索していたら色々な書評系のブログで私が少し考えたことが全部、それもずっと丁寧に書かれていて、自分に書けることってあるのだろうかと思った。
二作目の「果実の中の龍」が気に入りました。(余談ですが途中まで果実の中に籠がある話かと見間違いをしていました。なんてシュールな、って思ってた。シリアスな雰囲気ぶち壊しですよ自分) 博学で本に埋もれているような先輩の色々な話(シルクロードの旅とか)を聞く「私」の話。 彼の語る祖父の話がすごいなあ。
四編は緩やかに繋がっているのですが、その繋がり方がよくわからないのです。時系列的に前後がわかるようでもあるんですが、微妙にズレてる感が。 思うに悪夢とか妄想というのは、それを見る人の身の回りにあるものとか関心が及ぶものとかを少しずつ取り込んでは、それぞれ違った方向にこなしていくものなのではないでしょうか。 何かそんな感じのつながり方だと感じました。これも妄想。
(ネタばれにつき小文字) この一冊全てが先輩の妄想と考えることもできなくはないし(それにしては配置が半端ですけど)、本当は先輩は真実を語ってるのかもしれないし(自分でそれがわかってないとかね)、彼の語りはそれこそ祖父の物語のように見聞きした物語群(だから本当にあったこと)を改変しつつ組み合わせたものかもしれない。 いずれにしろ、「彼があんな風になったのは、それからよ」という台詞が重い。 色々な妄想が可能ですが決定打はないようです。ちゃんともう一回読まないと言い切れないですが。
これは現代版内田百�痢弔�なあ?どうだろう、と感じたんですが初っ端から天城さんが出てきたので何故かうれしかった(笑)。あまぎさん。 街灯がぶぶぶぶうと点滅するのが「電車の中で危うい姿勢で居眠りしている人を見ているよう」という表現が素敵です。
確かにかなりの影響を受けてる気がするけども、百�里辰櫃い�はよくわからないですねえ。当たり前なんですが、森見さんらしさがあります。 前半部を読んで、この人は本っ当に謎めいたり知的だったりする女の人が好きなんだな!と思いました(笑)。 それと、京都に行きたくなります。観光客としてではなくて、もっと生活感に溢れた京都です。
読んでいたらキリコの絵ってどんなのだっけ、と思った。
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