ネット環境が整いました。 理人のも清二のノーパソも、無線ランで利用できるようになりました。 ママはこれから清二と兼用。 こっちのほうが古いけどキーと相性がいいもん。
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ここにきて、ヒステリックなくらいに極度のカルチャーショックで、目を覆いたくなるもの、鼻につくもの、肌にまとわりつくもの、みんなみんな嫌で嫌でしょうがなかったんだけど、ひとつだけ、涙が出そうなくらいに感動したことがあります。
いつだったかな。どこへ行く途中だったかな。 コロンボの中心街の手前で。
前方に、大きな大きな樹が見えました。 アカシアの葉っぱみたいなのに、赤い花が咲いてる樹。
とにかく背の高い太い樹。樹齢、数百年ぐらいかも。 遠めにみても、「うわ、すごい樹だなぁ」と思っていたんだけど、近くを通りかかったら、本当にその高さ、幹の太さにびっくりするくらい。
その樹の周りには何も遮るものがなくて。 ただ広い所にぽつねんと大木が根をおろしている、ってな感じ。
そこを通り過ぎる時に、車の後部シートから首を伸ばして、塀の向こう側の敷地を覗き込んでみました。
グラウンドか公園かと思っていたら、なんとそこは墓地でした。 無数の墓碑がひしめき合うように埋め込まれていました。
そして、そのアカシア科の大木の枝は、一つでも多くの墓碑を包み込むように、土の中で眠る魂を傘になって包み込むように、広く大きく枝垂れていたのです。その枝垂れ方が、とても母性的な姿に感じました。
ここの宗教のことは、あまり詳しくないけれど、輪廻回生という言葉がふと頭の片隅をよぎりました。
ここで眠る人々の魂は、土になり水になり。 やがてはこの大樹の成長エネルギーとなりかわり、このような母なる大樹に宿って成長しつづけているのかな、と。
そして、こうしてここの墓の下で眠る人々を、これまでも、これからも、いつまでも、木の枝で覆い包むように護りつづけていくんだろうな、などと思ったら、急に優しい気持ちになってきました。
そうしたら。 ここに来てから、あまりもの見慣れないアジア的な異国ぶりに、心の芯をがっちがちに硬くしていたんだけど、心の奥がぐわっとほぐれて、まぶたにたくさん涙が浮かんできました。自分でもびっくりするくらいに。
輪廻回生については、勉強不足で正しく解釈は出来ていないかもしれないけど、あの大樹は、私の心に強く強く訴えてくるものがありました。
これからの駐在期間に、こういうふうに精神世界に触れる機会が増えてくると、このスリランカという仏教国のことをより深く理解して、もっともっと好きになれるかもしれないな、とも思いました。
となかいは光り輝く島で、心も光り輝くように努力しなければ。
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