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■ 「おじいちゃんがお迎えに」
よく、臨死体験の人の話を聞くと、 「死んだおじいちゃんが迎えにきてた」 だとか、誰かが迎えに来る、みたいなことを聞く。
別に要らない事だったら起こらない事態だろうと考えると、「お迎え」がないとうまいことあっちへ行けないんだろうか。 「お迎え」がないと道に迷って、もしかしたらさまよってしまう事になるかもしれないんだろうか?
うちはどうだろう、親より後にあっちにいけば、親が迎えに来てくれるのかな。 でも親より先にあっちに行く事になったら、私どうすればいいんだろう。 色々あった仲たがいのために祖父母の顔はほとんど知らない、会った事がほとんどない。 来てもらえない?仮に来てもらったとしても私わからないな いや わかんなくてもついていけばいいのかな 私ただでさえ方向音痴なのに 地図があったって難しいだろうに
あっちの世界になかなかいけなくて、この世にフヨフヨとどまって、時間の無駄遣いみたいなことしてたら、生まれ変わるのが難しくなるとかいう法則があったらいやだな 迷ってるうちに大変なことになっていくよね
でもこの世でも、やらなきゃいけないことがあるのにほかごとしてたら後でえらい目にあうよね そうそう、夏休みの宿題みたいに
この世とあの世は、この世の人によって区別されているけど、共通なルールも存在するんじゃないかと思うと、この世界は広いようで狭いようで何だかなぁと思うよ
生きてるうちから 杞憂 杞憂 こんな脳内世界垂れ流してる暇があったら はよ宿題せな あ、その前にメールチェック
2005年08月17日(水)
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