高校2年まで遅刻も欠席もしたことのない優良な生徒然としていた私の生活態度に変化が現れたのが3年になって暖かくなってきた頃だった。まず1学期はよく授業中に眠るようになった。特に数学はお経か呪術の時間のようによく眠れたものだ。おかげで赤点。
遅刻や欠席は2学期に入ってから頻繁にみられるようになった。学校に行く楽しみが放課後の部活なので朝が起きられなかった。盲目的に信じていた大人たちのいう規律や道徳・秩序というものに不審を抱いて、考えてもよく分からないことに失望もして、思考をめぐらすことすら面倒になった。何をするにも考察をしてからでないと動かなかった自分は、その考察が結局自分の身に都合のよいものでしかない空々しさを十分理解していた。見事な悪循環である。まるで自分が「子供だ」と見透かされることを恐れているようだった。
そんなボヤボヤとかすれていた心に浸透していった快楽が部活での人との交わりであり、あれだけ人間不信を装っていた自分の姿がそこには全く片鱗すらなかったのである。環境に慣れるにつれて本来私が持っていた協調性が発揮されていった。人との交わり方など忘れてしまっていたと思ったのに、冗談を言って周囲を笑わせてみたり、あれだけ嫌っていた集団行動を苦もなく楽しんでいくのだ。
それはあの人間たちの中にいっちゃんという一人の女性がいたからだ。私は彼女の笑顔を見たかった。彼女と話をしたかった。彼女に会いたかった。
私を無害たらんとするものは、それが彼女のみを求める欲求に変化していかなかったところだ。周さんや銀さんの小話に一喜一憂する彼女の表情があればそれでよかった。部室の中でたまたま彼女の隣に座った時に他愛無い会話ができれば満足だった。夏休みになって部室に行けば朝からずっと彼女と一緒に過ごせる時間さえあればそれでよかった。ひとつの集団の中に存在している彼女が好きだった。
あの夏から10年後に再会したいっちゃんはそんな当時の私を評して「仙人」と言った。
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