| 2002年09月01日(日) |
_/_/_/ 回想 _/_/_/ |
昨夜、お盆以来に会う機会のあった「タケダ」と、昨年の自身の結婚式に招待されて以来久々に会った「あか」と会ってきて昔の話や現在の近況等の話題で盛り上がってきました。私が今友人として付き合っている連中は例外なくあの高校に何らかの縁がある人々ばかり。なんか冴えてない心境だった自分と今ある人間関係の充実を照らして見てみると、それがここまで継続してきた理由は何だったのか、不思議な気もします。
昔の友人たちの所へ戻ってきて以来考えているその理由の結論は、それまでに経験したさまざまなシーンによって変化するものかもしれないが、あえて簡単に総括するなら、「私は幸運の持ち主であった」と。
そう、私は運がいいのだ。超常現象とか運命とかはあまり信じていない部類ではあるが、今ある私が私であるために要した過去は、全て必要なものだったと思う。その中で強く縁のあった人たちだけが今私の友人として存在することの幸運は、きっと私の生涯で最も喜びに満ちた報酬としてこれからも受け取っていくのだろう。
で、昨日タケダに会ったことで昔の回想ネタをもらってきた(笑)。今さらって気もしますがねぇ、内輪ネタなんで。
7月20日の修学旅行��で触れた海くんの何でも逆から読む習性例がもう一つある。2年の秋ごろだったか隣町で開催する全国的にもそこそこ大きな祭りがあった。そこに隣のクラスの連中で行った時のこと。まあ普通にある出店の列の中歩いていた一行の中、不意に言葉を発したのは海くんだった。
「やっぱ祭りはあれだよね ごんだ焼!」
一同が見た出店の垂れ幕にはしっかりと「焼だんご」の文字が...。なんと彼はその歳まで串に刺さったダンゴのことを「ゴンダ焼き」だと信じていたのだ。それでも彼は学年で屈指の秀才君だ。
次にタケダの話。いつだったかタケダの家庭事情の複雑さについて書いたと思うのですが、その騒動の際、今で言うところの「プチ家出」を計画した彼が私の家へ泊まったことがあります。次の日、あえなく連れ戻されましたが、その後彼は何を思ったか一人暮らしをすることを考えたそうです。
「まったくさぁ〜、あの頃ってクソ真面目に考えてたけどさ、ほんと俺たちってバカだったよね。高校生の分際で親の保障も受けずに連帯保証人なしで部屋なんか借りられる訳ないのにさ。俺行ったもん!不動産屋。」(俺たち、ってところは気に入らない/笑)。
「で、『部屋借りられますか?』って聞いたらさ、『うーーん、無理だねっ!』とかあっさり言われてさ、当時はそんな簡単に言われるのむかついたけど今思えば当然なんだよね/笑」 そのあっけらかんとした話し方にもうあかも私も爆笑でしたね。
その次は(ってしつこい?)3年の期末テストの前日の話。 そう、この日は全国高校クイズ選手権の予選の日でした。関東地区は確か全部の県の参加者が西武球場に集まって行いました。もちろん学年一の鬼才(奇才?)タケダと秀才海くんという強い味方を得て私は何もしなかった気がする(笑)。 確か第1問目は「ここ西武球場を中心に宇宙から地球を見た際、そこから見える陸地の中に現在の国連加盟国は半分以上か否か」といった感じの問題。それよりも球場に入ってからスピーカーに近いところに座っていたのでサザンの曲と番組のテーマ曲が延々流れていて次の日のテスト中まで余韻が残ってアタマの中グルグルしてました。ちなみに自慢ですが(笑)、次の日の英語のテストは高校に入って始めての満点だったりした。なんか複雑な心境だった。なまじ勉強などしないほうがいいらしい(笑)。
で高校クイズのほうは4問目あたりからグラウンドに出てクイズを出されると○×エリアに走って向かう形式になって、8問目までいきましたが力尽きてしまいました。あれに正解だったら次は県で8チームだけの早押し器を押す形式に移行だったのでそれが長いこと3人で悔やんでいたことです。 思えば3年のアツーい夏は、私にとってこの西武球場から始まったんでした。別に具体的な恋愛でアツかった訳ではないですが。はは。
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