きりんの脱臼
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2002年12月14日(土) 村上きわみ

あと2ミリ下げれば冬は完璧  なかはられいこ

のどの奥の粘膜まで凍ってしまいそうな夜だったので、わたしはジャックを呼
び出すことにしたんだ。ジャックは有名人だ。みんな彼のことを知っている。

  All work and no play makes Jack a dull boy.

ジャックを有名にしたことばだ。このことばで「dull boy」にされてしまって
から、ジャックは結構荒れた。まあ、荒れたといっても、下級生を体育館裏に
呼びつけてメロンパンを買ってこさせるとか、下駄箱の上履き用の棚にわざと
泥だらけのスニーカーを突っ込むとか、その程度なんだけど。

「やあ、キワミ、ひさしぶり。どうだい、今日の俺はクールかい?」
ローソンに並んだ雑誌のタイトルを左から順にメモしていたわたしの肩を突つ
いて、ジャックは言った。からだを妙な角度に傾けているのは、わたしの背後
の棚にある「週間宝石」の表紙を確認しているからだ。「週間宝石の表紙には
ある特殊な美意識がある」というのが彼の口癖だ。今もそれを言いたくてうず
うずしているようだ。
わたしは「いまどきそんな口調で話すやつはいないよ」と言いたいのをぐっと
こらえて、ジャックを軽くハグした。彼は誰かにハグされるのがなにより好き
だからね。

「あのねジャック、のどの奥まで凍りそうなんだ。完璧に凍ってしまう前に、
ジャックをそばにおいておきたいと思ってさ。あたたかくて甘いものと、われ
らが“Jack a dull boy”が必要なんだよ」
わたしがそう言うとジャックは、まるで赤の広場でムームーを着ている人に出
会って、服装について質問すべきかどうか迷っているロシア兵のような顔つき
になった。それからせき払いをひとつしてこう言ったんだ。
「まったくもってお前はファッキンシットな女だよ、キワミ」

そんなわけで、この冬わたしはずっとジャックを携行している。会話は相変わ
らずおかしな感じだけど、まあまあうまくやっていると思う。とにかくのどは
凍らずに済みそうだしね。

いちめんの雪になります 閂をかけたりはずしたりするうちに  村上きわみ


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