赤ちゃんなのか子供なのかわからないような幼いときから、ソーネチカは本の虫だった。気の利いたことを家族に言うのが得意な兄のエフレムは、いつもお決まりの冗談を繰り返したものだ)もっとも、兄が始めて口にしたときはもう使い古しといった感じだったけれど)。 「本ばかり読んでるから、ソーネチカのお尻は椅子みたい、鼻は梨みたいになっちゃったんだ」 という文章から始まるこの本はソーネチカと言う一人の女性の「女の一生」である。 夫になる人と、電撃的に出会い、結婚し子供を生み、育て、いろいろなことに出会っていくのだけど・・・ ソーネチカはなんと幸せに満ちているのだろう。 なんと静かなんだろう。 どんな時も信じることを止めず、悲しみさえも喜びに変える。 夫は芸術家、死してからその絵を認められる。 それもソーネチカあってのこと。 夫や娘に比べると、ソーネチカには何一つ秀でたところはない、たった一つどこまでも本の虫なのだ。 いつだって、どんな時にだってその中に入り込んでいける。 夫が、ドストエフスキーを理解しなければ、「この人とはドストエフスキーの話はしなければいいのだわ」と、「ただ」思うのだ。 信じられないような夫の裏切りにあっても、夫のためにと、ヤーシャのためにと喜びに変えてしまう。 自分の運命を正面から受け入れ、決してあわてることも、騒ぐこともない。 ただただ、静かに受け止めるのだ。 作者は、ソーネチカの物語を、悲壮感も高まりさえもなく、本当にただ淡々と書いていく。 それが、読むものに、まるでぬるま湯がゆっくりゆっくり冬のひび割れた足や手に沁み込んで、いつの間にか柔らかな眠りを誘うようなそんな幸福感をもたらせてくれる。
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