日々の思い

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戦場のピアニスト
2003年03月05日(水)

アカデミー賞候補作品の映画を見に行った。

3月1日は、ファーストデーで、土曜日、それに朝から雨。
映画館は、チケットを買うのに長蛇の列。どこが最後尾なのかわからないくらい混雑。ちょうどカードの切り替えも同じ時期にやっているので、一体どこに並べばいいのと言うほどだったが、私は、前日にネットで予約を済ませていたので大正解。チケット交換は機械でチョチョイで終わった。
ただ、カードの切り替えがあって映画が終わってから並んだので、やっぱりそれなりに時間をとられたけれど。

この映画は、感動してハンカチが手放せないというタイプの映画ではなかった。涙が出ない映画なのだ。
戦場で、逃げるシーンで、ああ早く、急いで逃げてと応援するシーンもない。

けれど画面から目を離すことは絶対にできない。
息をつくのも苦しい。
なぜ、ユダヤの人はあのように淡々と運命のままに流されてきたのだろう。
何度も何度もこんなシーンはこれまでも見てきた。

腕章をはめダビデの星を付けられて、まるで動物のように扱われ、名前もなく指し示されたものは、前に出て拳銃で撃たれる。
でも、誰一人何も言わない。何も言えず心の中で悲しむだけ。
悲しみさえも顔に出せない。国を持たない民族の悲劇。

ただ、暗い映像だけが静かに流れていく。
あの、廃屋に潜んでいた時に一瞬聞こえたピアノの音。
ピアニストはドイツの将校に見付かってしまうのだが。

将校は、ピアニストを助ける。
彼が全霊を込めて演奏した曲に神を見たのだと思う。
なぜ、助けたのかと問われ、「神のみぞ知る」と答える将校。
結局その将校はソ連の捕虜収容所で死ぬことになるのだが、死ぬその時将校は自分の死に対して「神のみぞ、・・・」と思って死んだのだろうか。
その時の気持ちを知りたいと思った。

戦争が終わってラジオ局で演奏をしているピアニスト。
その時の顔は光り輝いていたのだが、彼は幸せだったのだろうか。

いま、世界は、いつ戦争になるかわからない状況にある。
その時に死んでいくのは、巻き添えになった隣国の一般市民かもしれない。
いつの時代にでも本当に正義のための戦争なんてありえないのだ。
訳もわからず死んで行くなんて絶対にあってはならない。





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