日々の思い

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朗読者 ベルンハルト・シュリンク
2003年06月26日(木)

読み始めるともう止めることができない。そして最後には涙が止まらない。つらくて、でも暖かい涙だ。

ずっとパソコンのお掃除(エラーチェックなど)をしてないなあと、気になっていたこともあって昨日は朝から、デフラグを始めた。そうしたら、ほんとに買ってから一度もやってなかったので、どうも夕方までかかりそうな感じで遅々として進まない。
それで、今日は一日パソコンから離れようと明日のために(明日は本や新聞の回収日)要らなくなった雑誌の整理をやり始めた。その後、買っておいたこの本を読み始めたのだ。
その前の日にさっとあちこち飛ばし読みで読んでいたので早く読みたくてたまらなかったのもある。

15歳の少年と36歳のハンナ、出会ってからの二人は誰にも知られずにすばらしい時間を過ごすようになる。ハンナは本を自分で読むことをせずミヒャエルに朗読してもらうことがすきなのだ。会えば必ず本を朗読しその後で愛の時間を持つ。ミヒャエルにとってすばらしい日々が続いていたがある日、いつもと違っていきなりミヒャエルの前に現れたハンナは何も言わず失踪してしまう。
少年だったミヒャエルは大人になるまでの長い時間をかけてハンナを忘れようと苦悩し続け、いつしか成功しかかった時、大学のゼミでナチの裁判を傍聴することになる。
その時の4人の被告のうちの一人があのハンナだったのだ。
彼はそこでハンナを見ても「何も」感じなくなっていた。本当に「何も」だ。
このときから、本当の物語は始まるのだ。
毎日毎日傍聴に出かけるミヒャエル。彼はハンナを何とかして「理解」したいと思った。ハンナが侵した罪は恐ろしいし、裁かれねばならないと思う。
でも、「理解」したい。
ミヒャエルは収容所にも行って見る。そこで長い時間をかけて何度も何度も周りを廻りながら考える。哲学者の父親にも相談する。父は言う。「その人の自由と尊厳を守るというのはその人に他人が何かをしてあげてそれで幸福になれるということとは違う。他人を通して何かをしてあげるのでなくその人自身と話すことだ」ハンナは自分にできる精一杯の方法で裁判で闘った。でも、結局は一つのことを言わないで終身刑になってしまうのだ。
ハンナは文盲だった、字が読めないし書けなかったのだ。

字も読めない、知識もないそんな女がナチの刑務所の看守として仕事をするのです。という言葉はいえないままハンナが判事に問う「私はどうすればよかったのか、あなただったらどうしましたか?」判事は戸惑ったような顔をする。判事にはその方法しかなかったでしょう。多分誰が判事であってもそうしたでしょう。

ミヒャエルは心が閉じてしまってすべてのことをまるで感じなくなってしまっていた。それでもハンナを「理解」したいとそればかりを思いつめる。

私はまだ十代のころ「若きヴェルテルの悩み」や「狭き門」に熱中していた。
あの、主人公たちの胸をかきむしるような思いや悩み、いくら悩んでも思っても決して解決できない思い。ミヒャエルはナチのホロコーストにかかわった女性を愛した。彼女の過去の情景と自分を愛してくれた彼女の情景が絡まって頭の中で際限なく浮かんでは消える。ミヒャエルの体の中で訳のわからない塊がぐるぐる廻っているのがこちらにも流れてきそうになる。

ハンナが収監された刑務所の場所がわかって彼はまた、カセットを送り始める。たくさんの本を次々に朗読して送り続ける。
彼女が出所する日が近づいて初めて会いにいくミヒャエル。
ベンチに座るハンナは老いていた。
そして、いよいよ明日という時にハンナは自殺してしまう。
ハンナは、荷造りをしていなかった。その部屋に入ってハンナを感じた時にミヒャエルはあの裁判以来、「感じた」のではないかと思う。
私は涙が溢れて、溢れて途中で本を閉じて、もう一度読み直した。

以前に「ゴールデンボーイ」という本を読もうと図書館で借りたことがある。でも、あまりにもおぞましくて吐き気がしてきて読み終わることができなかった。ナチについての本はたくさんあるし、20世紀中にたくさんの戦犯が世界中で見付かっては裁判が行われた。そのどんな場合にも当たり前であるかもしれないが、最後に希望を見ることはすくない。いつも残酷さとおぞましさでむなしさとある種のやましさが残っている。

この本には希望がある。
残酷で辛い物語だけど、生きようという気持ちにさせてくれる。


映画化されるということだけど、どんな映像になるのだろう。



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