パラダイムチェンジ

2006年02月26日(日) 単騎、千里を走る

今回は映画ネタ。見てきたのは「単騎、千里を走る」
この映画を見てきた感想を一言でいうなら、「ああ、この映画って
『贈与論』なんだなあ」ということ。
って、私には「贈与」について、かいつまんでわかりやすく書ける
能力はないんだけど。

この映画のタイトル、「単騎千里を走る」とは、三国志の英雄、関羽を
取り上げた、中国の仮面を使った踊りの事。
この映画の主人公、高倉健の息子である大学教授?(声:中井貴一)は
ビデオテープの中で、この演目を「来年また見に来ます」と約束をする
のだが、病気に倒れてしまう。

その息子と長年関係が断絶していて、病院に見舞いにいっても拒否され
てしまった高倉健は、このビデオを見て、中国に行き、息子のために
「単騎千里を走る」の舞踊のビデオを撮ってこようと決心して・・・という
話。

この映画に「今すぐ泣きたい感動の名作」を期待している人には、拍子
抜けに見えるかもしれない。
物語は割と淡々と進む、ロードムービーである。

でもね、この映画噛めば噛むほど味のある、スルメみたいな作品だと
思うのだ。

冒頭の「贈与」の話に戻るならば、この映画で、高倉健演じる主人公は、
旅の途中で様々な人たちに、様々なものを「贈与」している。

例えば、この物語のもう一人の中心人物、「単騎千里を走る」を舞う
役者、李加民には、彼の息子の写真を、そしてその息子、リンリンには
彼がまだ知らぬ、父親のぬくもりを。

また、彼が関わる中国の人たち、例えば通訳や、役人や、村の住人たち
には、彼のまごころを。
そして、それらの人たちは、高倉健の姿に心を打たれて、彼のやることに
協力を惜しまなくなっていく。

また、その高倉健が中国に渡った、という思いは遠く海を越えて、日本の
病室にいる、彼の息子の心を溶かしていく。

李加民の息子、リンリンのいる村の村長は、通訳を通して高倉健に確か
こう告げる。
「私たちは、自分達の思いを彼にわかってほしかっただけだ。彼がその
気持ちを理解してくれたのなら、私たちは彼の面子を尊重しよう」

この映画、もう一方では、映画「ロストイントランスレーション」の
中国版という見方も出来るかもしれない。
高倉健と、現地の中国の人たちとは、カタコトしか日本語を話せない現地
のガイドか、もしくは電話を通してしか話せない通訳を通してしか、コミュ
ニケーションを取る事ができないのだ。

でもね、「ロストイントランスレーション」とこの映画の一番の違いは
何かといえば、たとえ言葉が満足に通じなくても、人の本気の思いは、
相手に伝わり、そして動かす、ということだと思うのだ。

逆に言えば、完全なコミュニケーションができないからこそ、その人の
気持ちが相手を動かすという部分もあるのかもしれない。

この映画の中で、高倉健は中国語を話すことは出来ないし、またセリフも
そんなに多くあるわけではない。
でも、彼の行動そのものは言葉の量に比べても、多弁なものに映る。

そしてオーラルコミュニケーション(口を使った会話)という形ではない
からこそ、人はその人が本当は何を言いたいのか、より注意深く聞き取ろう
としているのかもしれない、なんて思ったのである。

で、それはこの映画に限らず、「不器用ですから」の健さんの映画を観る
視聴者は、そのようにして高倉健の仕草に引き込まれてしまうんじゃない
のかな。

この映画の監督、チャン・イーモウは高倉健の映画の大ファンらしいし、
また、高倉健の作品は、反日の風の吹く中国でもファンが多くらしい。
だから極端な話、この映画は中国人 meet 高倉健本人、という見方も
出来るような気がしたり。

で、話を更に広げてしまうと、先ほどの村長の意見っていうのは、今現在
日中関係が悪化している中での、日本人へのチャン・イーモウ監督の
メッセージ、という見方もできるんじゃないのかな、と思うのである。

今現在、日本と中国は会話のできない、ディスコミュニケーション、ロスト
イントランスレーションの状態と言ってもいいのかもしれない。

でももしもあなたたち(日本人)が、私たちの話に耳を傾け、面子を立て
理解してくれるのなら、私たち(中国人)もあなたたちの面子を立てて、
尊重しましょう、と。
そしてその思いをきちんと通訳して届いてほしい、その気持ちが通訳され
ていない、と。

個人的には、そんな風に、日本と中国の間で意見の対立ばかりに注目する
のではなく、お互いの思いが贈与できるような関係になれれば、日中関係
ももっといい関係になるんじゃないのかな、とこの映画を見ていて思った
のだ。
まあ、深読みしすぎなのかもしれないけれど。

でも少なくとも、チャン・イーモウ監督の、高倉健と日本に対する愛情と
いうか、親近感がなければ、この映画は出来なかったのかも。
その意味では、私はチャン・イーモウ監督から、いい贈り物をもらったと
いえるのかもしれない。


 < 過去  INDEX  未来 >


harry [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加