キッシンジャーの日々
キッシンジャー



 五月晴れ

久々に日記を開ける。


つい1ヶ月前に、僕はとんでもないことを何でもないかのようにつらるらと書いてるなあ、と、読み返しながら一人我ながら感嘆していた。


2003年も中盤に差し掛かった5月だ。

4月の間何をしてたんだっけ?

なんか飲み会も多かったけど良く考えてみれば学校始まったんだよね。

行ってねえよ、俺。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!


何やってんだあ、俺ってば。

嗚呼、いつもこうなんよ。

駄目なんよ。

そうやって後悔ばっかしてんのよ。

そんなんじゃけえ、こないだも中環の溝に原付ごと突っ込んで大事になるんよ。

ほんま情けない。


ゲームとかビデオとか、そんな無生産なものにグダグダと管を巻くように纏わりついてっから、しょうもないんじゃ。


とりあえずプレステ2は壊れたし、当分壊れたままにしよう。

それがいい。

そのうちゲームにも飽きるじゃろう。


なんか、しょうもないことで時間潰しては頭抱えて悩んでいた。

なんか、むっちゃむかつくくらい悔しいなあ。

勉強する、忙しくする、学校へ行く、バイトする、友達と遊ぶ……

口ではたいそうなことをほざきながらやっぱりなんもしてない。

ダサい、ダサすぎる。

最低ですな。

反吐が出るとはこのことだ。



こんな生活はとっととオサラバである。

そのために日記を再開するとしよう。

ついでに部屋を片付けよう。

毎日ちょっとずつすりゃ、そのうちきっと片付く。




『大阪物語』でも主人公の女の子が言いました。

「とりあえず○○ちゃん(赤ん坊の妹)のおしめを替えることから始めよう」

これ、正しいね。

俺もとりあえず、日常生活をしっかりこなしていこう。

よく「何もないような日常生活を変えたい」という人がいる。

その人が何に追われているのかわからんが、とりあえず日常は常に僕達を待ちつつ、置いていく。

要は自分にスピードがあるかだ。

日常をできるスピードがあるかだ。

期待してた日常とか、予想してた日常とか、そんなんとは違うなんてのは言い訳であって日常というスピードについていけてないだけの話だ。

日常とはなにか?

自分と自分を取り囲む世界だ。

それを認識し、それがまず当たり前だという前提を作らねばならない。

どんなに速いものでも、その相対速度に近づけば近づくほどその実体が良く見えるというもんだ。

要はスピードなんだ。

僕達はどれだけ自分のスピードについていってるか。

それが問題なんだ。

日常ががらりと変わったとかいうのは、そのスピードが変化したというだけの話で自分はそんなにがらりと変わるもんじゃない。

緩やかに、確実に、変化するものだ。

ついでに言えば、世の中そんなに甘くない。

言い訳できるほどには。

むしろ言い訳する前に動けばいい。それで今までよりは少しは早く動けるってもんだ。

そんなもんだ。

たぶん。

日常ってもんは。

世の中ってもんは。

自分ってもんは。

以上、今日のお小言終わり!

2003年05月03日(土)
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