純物質の恐怖�◆Г發蹐� - 2004年12月14日(火) 想像してみるといい。完璧なカットの施されたダイアモンドが一瞬のうちに粉々になる様を。 純粋な美しさ、純物質の美しさは、“己の安全を省みないこと”の上に成り立っている。構造的な強度は他の純物質に勝るかもしれない。しかし、それはあくまでも物理的な理想状態(つまり、机上の空論)での話に過ぎないのだ。 しかし、人間は物質ではないし、ただの“原子の集合体”ではない。多種多様な物質が密接に連携・連結・補完しあっている、極めて合理的なシステム。 コンピュータと同じく、使っていなければただの重い箱。つまり、カラダの使用者である頭脳が指示を出さなければ、人間はロボットになれるということだ。そして、標準装備されている様々な機能さえ使いこなせないということがあるなら(コンピュータにおいては、ごく普通のユーザーと同じ状態)、それは宝の持ち腐れと言えるだろう。それぐらい、人間のボディには開拓されていない様々な使い道や様々なツールが装備されていると考えている。 ...
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