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ごく自然な「日本人」 2002年12月05日(木) |
その老人は、 僕が学校に向かう道筋、 いつも商店街を反対側から歩いてくる。 最近では、 朝にその老人を見ることができた日は、 なんとなく良い一日になるような気がする。 ある日、 僕が駅前の大通りを渡る横断歩道の信号が、 赤から青に変わるのを待っていると。 身なりの良い紳士風の老人が、 一人とことこと歩いてきた。 朝の9時頃、 歓楽街と言えなくもない、 あまり品の良くない商店街に、 その老人はあきらかに似つかわしくない。 自然と僕の目も、 ついその老人に吸い寄せられたのだ。 老人は通りを駅の方向、 つまり僕が待っている横断歩道の方へ、 ゆっくりと進んでくる。 歳の頃は、60から70歳くらい。 背はそれほど大きくなく、 やや「小太り」と言って差し支えないと思う。 ベージュのロングコートに、 グレーのシルクハット。 コートの襟元を紅色のマフラーで覆う。 決して派手ではないが、 洒落者の気風が漂う颯爽とした居佇まい。 この時間、この商店街にいる、 この年齢層の人種とは、明らかに隔たりがある。 普段、朝のこの通勤通学帯に、 商店街を闊歩する老人と言うと、 どんなイメージを持たれるであろうか。 例えていうなら、 白のタンクトップに作業着ズボン。 浅黒い肌もまぶしく自転車に跨り、 道を埋める学生達を、 「チリンチリン」 とやたらけたたましいベルで蹴散らしながら、 口笛を吹きつつ、 超低速で商店街を駆け抜けていく。 「例え」と言ったわりに、 えらい具体的だが、 とにかくそんなお年寄りが多い。 東京の真ん中(?)にあって、 そんな庶民的な商店街の片隅に、 実はひっそりと「お稲荷さん」がある。 まるで店の壁にめり込むかのように、 そのお稲荷さんは鎮座おあす。 いちおう商店街の氏神さんか何かなのか、 手入れは行き届いているが、 目に留めている人はそうは多くないだろう。 さて、話はだいぶ逸れたが、 僕の気になるその老人が、 その「お稲荷さん」の前に差し掛かった時だった。 老人が、被っていたシルクハットを、 片手で「ひょい」と持ち上げたのだ。 それは、まるで誰か知人に出会ったかのような、 実に自然な動作だった。 勿論、知人に向けられた動作ではない。 それは明らかに、 「お稲荷さん」に対する挨拶だった。 正直に告白しよう。 その瞬間、僕は思わず痺れた。 かっこいい! 「粋」だよ!じいちゃん! これこそ、日本人が忘れかけている、 「粋」の心だと思った。 日本人のルーツだとか、 民俗学的な信仰だとか、 そういうややこしい物はまぁ置いといて、 自然で、日常的な、 こういう所作にこそ、 僕は日本人的な物が隠されていると思う。 それは、僕にとって、 難しい事抜きで自然に受け入れられる、 「日本人的光景」だったように思う。 それからというもの、 朝の一時限目から授業がある日は、 いつも信号待ちの際、 横断歩道の向こう側に気を配るようにしている。 ほら、今日もあのおじいちゃんが来た。 こっちへゆっくりゆっくり歩いてくる。 歩いて歩いて… ほら、ひょいって!! うひょー、痺れる! |