春菜の日記
日々のこと、脳内のこと、いろんなこと。

2004年01月15日(木) 題名なし

ヒトは、一人一人が、みんな「自分の人生」の主役で
自分の意志を持って生きて
自分のアイデンティティーを持っている。
そしてみんなそれぞれ「自分の都合」というものがある。

私は、それをなんとなくわかりながらも
つい、そのことを無視した自分勝手な言動をしたり
時と場にそぐわない事であっても、自分がテンパッてしまうと、
なんでも通そうとしてしまう。


これは、他のヒトから見ると
「自我が強い」と見られるかもしれないが
実は自我が「ない」という状態。
自分の自我を形成できずに歳だけ大人になってしまったので
ヒトそれぞれに自我が備わっているということを踏まえた行動ができないのだと。

ボダのヒトにはよくあることだよ。と医師はいう。
ボダの人間は、毎日、大きな不安の中・・・
例えていうなら、小さな子どもが雑踏の中で独り迷子になり、恐怖と不安でいっぱいいっぱいの中、周りの大人たちが自分を見下ろす視線に怯えている。。
そのような心理状態の中で生きているという。
だからなんなの?と言われればそれまでだけど。




または、自分の理想とする「自分像」とは全く違う自分を演じている。
「自我同一性障害」


「性同一性障害」という病気(?)がある。
実際の自分の性別と、自分が思う自分の性別が一致していない。
「自我同一性障害」も似たようなもの。
ヒトから見られている自分と、自分がこうありたい自分が全く違う。


自分に自我が備わっていないのだから
ヒトの自我まで考えて行動するのは困難だ。

小さい子どもはよく
「自分以外の周りのものや出来事は全て虚像なのでは」という錯覚に陥るという。
それは「自分が世界の中心」と思っていた幼児期から抜け出す時期によくおきるらしい。
でも、私はつい最近まで、「自分の周りは全て作り物だ」という妄想があった。
そんな私の精神年齢は医師曰く「7〜8歳」だそうな。



そういえば、去年はやった歌で
「�癸韻砲覆蕕覆�ていい、世界でひとつだけのオンリーワン!」というのがあった。
確かに、オンリーワンでありたいものだが
�癸韻砲覆蠅燭い覆鵑董△呂覆�ら思ってない。
今、自分が最底辺周辺をウロウロしているのは良く知っている。
せめて、平均値になりたいというのはダメでしょうか?









最近、人生の岐路ともいえるぐらい大変で辛いことがあった。
いろんなヒトに相談した。
ヒトそれぞれ、いろんな意見があって
ひたすら優しいヒトもいれば
ただ聞いてくれるだけのヒトもいて
少し厳しい意見を言ってくれるヒトもいた。
そして、最終的には「自分で決める」のが大切だと知った。

まだまだ自分で決められるぐらい大人にはなれていないのだが
厳しい意見も素直に受け入れることができるようになったことは成長だと思う。
以前の私なら、少しでも厳しくされたら、突き放されたと思い込んで泣いたり、ブチ切れたりしていただろう。。







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