●306を久し振りに洗った。やっぱりチャイナブルーは美しい。塊感の強いボディ、その中で306の特徴といえる引き締まったサイドラインが映える。別に昨日のフォローのつもりではない。
●弱酸性メ●ットのCMはいつも嘘臭い。
●くりぃむしちゅーの有田、こんなにいいキャラだっただろうか。大好きかもしれない。
●元U-turnの土田も最近のお気に入り。コメントが普通っぽいのになぜか面白い。相方は元気なのだろうか。
●報道ステーションの古館がお笑いコンビ「ドランクドラゴン」のメガネに見えてしまって仕方が無い。
●なんでも横文字にすりゃいいってもんじゃあない。誤魔化しが効く、と思う。
●レミオロメン、いいかも知れない。
今更ながら、PS2「真・女神転生��-NOCTURNE-マニアクス」にハマってしまった。テレビゲームに熱中したのは高校以来かも知れないのだが、兎に角よく出来ている。今時のゲームでは当たり前となったポリゴンによる3D描写も、ドット絵時代から引き継がれていたキャラ・悪魔の雰囲気をうまく現しており、違和感が無い。丁寧な仕事をしていることが伺える逸品だ。
このゲーム、プレイヤーの分身である主人公はまったく喋らない。主人公のスタンスが不明確なまま他の登場人物は自らの主義主張を繰り返し、それに対してプレイヤーは「はい」「いいえ」で辛うじて意思を反映出来るのみである。ドラマティックな展開や派手なムービーも皆無なので、非常に地味な印象を受けるかもしれないが、すべてが語られないがため、そこにイマジネーションを働かせる余地がある。
ファミコン時代、グラフィックは貧弱でストーリー性も皆無、取扱説明書ではどんなに格好良く描かれたキャラクターも画面上では単なるドットの塊でしかなかった。プレイヤーはそのなんだか分からない塊を無理矢理イマジネーションで補完することで何とか感情移入し、世界に入り込んでいったのだと思う。
現在のゲーム機のグラフィック能力は実写と見まごうほど素晴らしく、ファミコン時代と比べるべくも無い。ただ、グラフィックの向上とともに、ストーリーも饒舌になってしまった。勿論それもゲームのひとつの方向性なのだが、プレイヤーがイマジネーションを働かせる余地はあまりに少ない。RPGともなれば、フラグを立て、レベルを上げ、敵を倒すという単純なルーチンワークになってしまう可能性がある。
本であれ映画であれゲームであれ、イマジネーションの介在する余地があることは、人が物に関わる上での「楽しみ」となる重要なファクターだと思う。今のゲームにその余地がまったく無いわけではないが、その与えられるスペースは随分狭いのではないか。
グラフィックは恐ろしく向上したている反面、ストーリーは相変わらず饒舌でないこの作品は、ある意味ファミコン時代のゲームの匂いを未だに持っていると言える。与えられたものを楽しむのもいいが、あらぬことをあれこれと妄想して楽しむのも悪くないんじゃないだろうか。また、そういった余地をどの程度どういうバランスで残すかというところも、作り手側の腕の見せ所なのかもしれない。
ということを久し振りにゲームにハマって考えた次第であるが、これもある意味妄想なのかもしれない。
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