| 2004年02月02日(月) |
腰 痛 体 験 記 (5) |
お互いに石川県の人間なのに 大阪での初めての出会い そして(~0_0~)センセの医院での再会 【ギックリ・・・違ったビックリ】まさにシンクロしている二人でしゅ 性別、年齢、職業もまったく違いますが ココロが通じるイタ友です ::::::<腰痛は怒り>正に自分の気持ちにピッタリ::::::
発病の期日ははっきりとは、覚えていない。多分、平成14年10月の半ばだと思う。その頃、職場の人間関係や、仕事の内容にかなり悩んでいた。
なぜ本来自分のやりたい仕事をやらしてくれないのか、訳の分からない事で注意を受けないといけないのか、仕事が無い時の気持ちの持ちようとか、(仕事が無くても拘束時間終わらないと帰る事が出来ない)色々と悩んでいた。
そんなおり、腰でも痛くなったら仕事を休めるのにと、思い始めていた。(今から思うと)実際自分の望み通りに、腰痛を発症してしまった。(全く馬鹿な希望だ)
そこから、痛みとの戦いが始まった。 座っていられる時間が段々と短くなるにつれて自分では、どうしようもない不安が自分自身の中に広がっていった。
そんな私を見るにつけ、家族の皆も、焦っていた。「あそこに、良い整体の治療院がある」だの「あそこの病院は良いよ」など喧しく言われて、色々な治療方法を試していた。(無論どれも良い方向へは運んでいない)
その頃の自分は、もう少しじっくりと休養したいと思っていた。でも、家族のプレッシャ―に負けて治療を頑張っている内に、益々痛みが酷くなるのを実感していた。
もう手術しかないと、諦めかけていたとき、病院からの帰り、バスを途中下車して大きな本屋に立ち寄り何気なく、腰痛のコ―ナ―を眺めていると、『腰痛は怒りである』と言うタイトルが目に飛び込んできた。
このタイトルは正に自分の気持ちにピッタリだと思い、立ち読みをすることにした。読んでるうちにこれは、ゆっくり読みたいと思い脚はレジへと向かっていた。
帰宅後読んでるうちにホ−ムページがあることを知りアクセスすると、メゾットがもう目の前に迫っている。「これは行くしかない!」と強く思い、家族の反対を押し切り、遠路はるばる大阪へ出かけた。
そこで同県人のケイしゃんと出会い、加茂先生の事を知り、先生のところで三か月の入院で復活した。
今思うのは、何故家族の皆が薦めてくれた所では、何も反応が無かったのに、自分で決めた所は反応したか、それは気付きがそこに介入しているからと思っている。
以上が、簡単な経緯である。いずれパ−ト�兇鮟颪�たいと思っている。 読んで下さいましてありがとうございました。
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