■ 腰痛日記 ■
ケイの10年にわたる痛みの治療体験を少しずつ書いていきます

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2004年02月06日(金) 腰 痛 体 験 記 (8)

約束どおり、ただちゃんが
腰痛体験記【�供曚鮟颪い討�ださいました

[痛〜い人] から [それなりの人] になるまでの
治療体験がとっても詳しく書かれています




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[それなりの人]って言葉、今思いついたのですが
私は気に入っています

ケイしゃんも、ただ今
[それなりの人]でしゅ(*^.^*)

それでは[それなりの人]ただちゃんの体験記【�供�
をお届けしますね


:::::::私の受けた治療のあれこれ:::::::


発症してから、地元の総合病院での治療は、レントゲンから始まって、おなじみのCT検査、服薬治療(痛み止め)、ブロック注射(硬膜外ブロック)でした。

でも、どれもあまり効き目が無く地元の接骨医院へ行く事に。
そこでも、おなじみの牽引、ホットパック、低周波治療器でした。効き目は無かった(−。−)

次は金沢の腰痛専門病院(地元で有名な)へ。そこでも地元の総合病院と、同じような治療方しかなく不安になる。

それと平行して、妻がインタ―ネットで探した某接骨院へ行くことに。場所は豊田市、「Mさんのヘルニア掲示板」でおなじみのN式ストレッチ法です。

そこのプログラムは、まず最初にサウナに入り水風呂に入る(今でも癖になってる)これを2セット。なんでも新陳代謝が活発になり血流が良くなるとか。それから、逆さづり牽引(これは気持ちよかった)トレ―ナ―によるストレッチ(痛かった)重りを使った前屈、ベンチプレスに座り前屈(トレ―ナ―が強制的に曲げるので痛い所が増えた)、最後に低周波治療器と、こんなメニューでした。

(この治療はバド美ちゃんも受けたと告白していますね・・・ケイしゃんの声)

この治療の理論は、前屈することによって、椎間板の間が開きヘルニアが、ヘルニアが入っていき、神経の圧迫が取れるとのこと。泊まる所が無いのでウイ―クリ―マンションを借りて通ってました。
食事や、洗濯など妻が面倒をみてくれてなんか、二人の時間が持てて嬉しかった!

(ラブラブの二人)

でも、症状があまり変わらず内心焦っていた。なぜかと言うと、そこに半年くらい通っている患者さんがいて、見ているとかなり前屈が出来ていて、頭が膝の間に入るくらいの柔らかさなのに、まだ痛みがあると聞き、自分は経済的、物理的にそんなに長い時間滞在できない事も心の片隅にあって、焦りが段々と募る事となる。

で、家に用事があるので、借りてた部屋を引き払い、一旦家の方へ・・・
すると、今までの不安が一気に出たのか痛みが増強してしまい、気力がなくなって家で半分寝たきりのようになる。でもじっとしていると痛みが増すので苦しい日々が続いた。

そんなおり母方の親戚の叔父さんが大阪に良いカイロが有るから、行かないかと言うので、渋々出かけ治療を受ける事に・・・
しかし二週間滞在するも変化なし。また肩を落としての帰宅となる。

それから程なく、母が新聞の切抜きを持ってきて、この病院の治療法が良いのでは?と言うので行く事に・・・

(ヘルニア治療の名医として、地元の新聞に顔写真入りで掲載)

診察は今までの病院ではこんなに丁寧な診察はなかった、と思えるくらいの診察だった。診察台に横になり足の筋力テストや指も一本一本テストされました、診察後オペ以外に治る術が無い事を告げられた。先生の見立ては、ヘルニアの他に、狭窄症もある。しかしヘルニアは、大したことは無く狭窄症の方が重症だとのこと。オペの時間は、六時間掛かる。でも、八月の終わりしか空いてないと言われ、帰宅の徒に就く。

帰宅後家族と協議の結果、一大決心をする事にして2回目の診察へ、そのときは、MRI検査もあり先生が最初思っていたより重症と言う事がわかり、オペの時間が7時間になった。勿論私は、そんな長いオペは、経験がないのでかなり不安な気持ちになった。


オペの日を予約をして帰り道、車の運転が出来ない状態なので、公共の交通手段を使うしかなくバスで金沢駅へ向う途中、気分転換の為に途中下車そこの町で運命の出会いが待っていた(パ−ト�技仮函法�

メソッド参加のため、大阪までの道のりは座る事の出来ない体にはかなり苦しかったが、過去に豊田市へ行ったり、大阪へ行ったりしていたので、今回も行けると自分に言い聞かせながら、電車に揺られていた。

期待と不安が入り混じっていたが、期待の方が、上回っていたため移動も何とか乗り切れた。
大阪のメゾットは、1番乗りで、会場に入り、長谷川先生と工藤さん準備の真っ最中だった「石川から来た○○です」と挨拶すると工藤さんが「ありがとうございます」と返事をして下さり今までどんな病院でも無かった言葉に安心感を覚えた。

1日目は、セミナ―なるものに出たことの無い自分にとってかなり緊張していた。しかし1日目が終わり、ホテルの部屋で渡された資料を読んだり、内容を思い出したりしていると、来たのは間違いが無い事が分かり、2日目の午後は、半分以上座る事が出来た。



この時点で呪いが少しづつ取れていったんだろうと思っています。メゾットの時に、ケイしゃんがチラッと加茂先生の事を話していたので、帰宅後検索していると、サイトがあり場所は小松と、言う事もあり受診する事にした。

受け付けを済ませ、待合室の掲示板を見ていると聞き覚えの有る声が、振り向くとケイしゃんだった。この時ケイしゃんと出会ったことで、加茂先生にご厄介になる決心がついた!
先生は「午後からでも入院するか?」と聞いてきた。「入院したいのはしたいけど準備があるので出直しします」と答えその時は、帰宅した。

それから、約1週間後長い入院生活の始まりです。休みはオペの為に九月一杯まで取ってあるので、気長に行こうと決めていました。その気持ちが後になって良い結果となる事をその時は分かりませんでした。

TMSの事を、赤本や、メゾットで理解していた事もあって先生の治療法はすんなり受け入れる事が出来た。しかし朝の回診とレ―ザ―治療、夕方の治療以外後は、やる事が無く、午後から水泳をしていた。最初の1〜2週間はあまり変化は無く、3週間目に入った頃、まだ痛みがあるが、ロビ―のソファ―に座る事が出来るようになり、ときどき顔を見せるケイしゃんや週末に来る妻の励ましもあり、段々と自信がつき一般的に言われている坐骨神経痛は、1ヶ月が経過するとほとんど感じられなくなりました。

腰痛の方は、坐骨神経痛に隠れていたのか?その時を境に出現したがもはや不安は無かった。この時位から午後の診察がなくなり、午後は晴れていたらとにかく散歩に出掛けていた。よく町を見ると温泉の文字が・・・温泉が好きな私は、散歩のご褒美にと温泉三昧に浸っていました。

とにかくストレスを抜く作業を自分ではしたつもりです。その甲斐あって少しづつ痛みが和らぎ、週末に来ていた妻が車で来ると運転をしてみたり、二人でボウリングに行ったり、たまには飲みに出かけたりして、体を動かす事や、座りつづける事は、怖くないと自分に自信を付けていきました。

そんな時妻が用事があるので一緒に大阪へ行かないかと言うので付いて行く事に・・・
電車の座席に5分と座る事が出来なかったのが、終点の大阪駅まで座れた。大阪の町を歩き回る事が出来た。レンタサイクルで走り回る事が出来た。

(またまたラブラブの二人)


などなど自分の自信を取り戻す出来事が沢山あって、退院を決意。三か月の入院生活にピリオドが打たれた。

で、今は多少の痛みがあるが仕事をしている状態です。

長い文章を書くのは、慣れていないいないので、分かりにくい所もあるかと思いますが読んでくださってありがとうございました。


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