今日は 父の 本葬に伴う 逮夜の日となってしまった。
早いもので、もうひと月と半分以上の時間が流れていってしまった。
逮夜とはいっても、、普通でいう通夜の儀式である。 大勢の近隣の僧侶をむかえ、わたしのなかでは 多分に 儀式化した イベントとしか もはや とらえられないのだが・・・
こうした行事も残されたものの務めといってしまえばそれまでだが 普段 死というものに少なからずかかわっているものの家族としては 決まりごとの遂行が 果たして 単なる 習慣、習俗としてのみの 形骸化してしまったものになっているのではないかと 深く思わざるを得ない。
送るものがあれば、、かたちはどうであれ−−−−とここまで書いて 実に不遜なことを・・と気づく。 こころのなかを思えば、、 単にわたしが そういった 世間間の 煩いが うとましいだけの、、、狭い了見であったのだ。
父へ・・ その一片はふるさとの土となる秋 山頭火

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