2003年03月08日(土) |
SSS#44「瀬戸口×速水 ほのぼの」 |
【ドロップ】
土曜日午後2時の教室。 窓の外は穏やかに晴れ渡り、細く開いた窓からは柔らかな春の風がカーテンを優しく揺らしている。 白河夜船で浅い眠りを堪能していた青年を、小さな物音が起こした。
カシャッ。
まだ夢の中にいるような心地で細く目を開ければ、綺麗な横顔が目に入った。 もっと良く見ようと目をしぱしぱさせていると、鈴を転がすような笑い声が耳をくすぐる。 速水は足音を立てない独特の歩き方で瀬戸口の側まで歩いてきて、微笑みのままで身を屈めた。
「起こしちゃった? あんまり気持ちよさそうに寝てたから、起こさないようにって思ったんだけれど」 「いや…。もう起きようと思ってたから…」
窮屈な椅子にぐったりと沈んでいた上体をえいやっと起こすと、それと連動するように速水も屈んでいた姿勢を伸ばす。 また、カシャッと音がした。
「何?それ」 「え?」 「カシャッていうの。何の音だ?」 「ああ…」
澄んだ紺碧の目を大きくして、速水はにっこりする。 本当に良く笑う子だ。 そして可愛い。 ぼぅっとそれに見とれる瀬戸口の目の前に、速水はポケットから出した缶を差し出した。
「これだと思う」 「…? あ!ああ、そうか」
自分で振った話題だというのに、半分忘れかかっていた。 反射的に差し出した手に、平べったい缶がぽんと乗せられた。
「サクマ式ドロップ…」 「この前ね。善行さんに、お手伝いのお礼だって貰ったんだ」 「へえ…」
お駄賃が飴玉だなんて、とことん子供扱いされているんだな。と、言ったら速水が怒りそうなので心の中だけで微笑む。 サクマドロップなんて懐かしい。 振ればカシャカシャと郷愁を誘う音がした。 速水が向かいの椅子にすとんと腰を下ろす。
「瀬戸口さん、それに入ってる白いの。どんな味か知ってる?」 「薄荷だろ」 「そう。辛いの。すーすーして変な味だよね。 他のは美味しかったけれど、僕あれだけは駄目だな。 あれ、ハッカの味だったんだ…」 「バンビちゃんは薄荷苦手か」
瀬戸口は嬉しそうに笑い、速水は瀬戸口が嬉しそうにする理由が判らなくてきょとんとしていた。
(子供って割りと薄荷駄目だよな、なんでだか知らんが。 速水もまだまだ子供なんだ)
可愛さが有り余って、頭をよしよしと撫でてやる。 速水は頭を撫でられる理由もよく判らないようだったが、とりあえず大人しくしていた。 撫でられながら、大きな目で瀬戸口を見上げてくる。
「ねえ、瀬戸口さんはハッカ大丈夫なの?」 「ああ、割りと好きだな」 「じゃあ、それ貰ってくれないかな。残り物で悪いんだけれど。 あとハッカばっかりなの」
瀬戸口が丸い蓋を開けて中を覗き込んで見ると、色とりどりのドロップの絵の書かれた缶の中は、見事に真っ白だった。 よく薄荷ばかり食べ残したものだ。 少々苦笑しながら、缶を目の高さまで掲げて片目を瞑ってみせる。
「バンビちゃんがくれるものなら何でも大歓迎。ありがたく受け取っておくよ」 「ありがと」
にっこりする速水の前で、瀬戸口は缶を手のひらの上に傾けた。 白い飴がいくつかざらざらと零れてくる。
「速水、口開けてみて」 「え?こう」
素直に言われたとおりにする速水の小さな口の中に、瀬戸口は選んだひとつを放り込んだ。 速水が目を白黒させる。
「酷い!僕、ハッカ苦手だって…言った…のに…」 「薄荷じゃないだろ?」
涼しい顔で、瀬戸口は自分の口に薄荷ドロップをひとつ入れた。 口を押えて、速水はなぜか少々恨みがましそうな目で瀬戸口を見る。
「…レモン?」 「そ。さっき見たとき檸檬味が一粒混じってからさ。 檸檬ドロップと薄荷ドロップってどっちも白っぽいから見分け難いよな」
美味い?ニヤリと笑う男に、不本意ながらコクンと頷いて速水は白い頬を染めた。
「良かったな。 で、これが薄荷ドロップの味。そんなに不味くないと思うけれど?」
速水の唇を何かが掠め、あっと思ったときには瀬戸口は立ちあがった後だった。 サクマドロップの檸檬味って、檸檬の割りにはやたらと甘いな。とか何とか言いながら教室を出て行く。 残された速水は何度か口をぱくぱくさせ、椅子にしがみ付いて顔を真っ赤にした。 仄かに残る薄荷の香りは、以前ドロップを食べた時よりも、ずっとずっと甘い気がした。
Fin ――――――――――――――――――――――――――――――――――
うわあ。SS書いたの自体ひさびさです。 数日前に会社の人とイタリアンを食べに行った時に思いついたネタ。(嫌ってほど食べた後なのにまだ食うか) その人がミントジュレップを飲みながら「今は大好きですけれど、子供の頃薄荷味が駄目でしてね」という話をしてまして。 ああ、あっちゃんもお子様味覚だから、きっと薄荷味苦手だろうな…。 と思ったら妄想広がる広がる。 広がった割りにはこんな短い話ですが(笑)
このSSSがお気に召しましたら
さて、現実逃避もしたし、勉強するか!(ヤケ気味に)
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