【シュークリーム作成日誌】

2003年03月16日(日) SSS#45「瀬戸口×速水」




【only you...】






「最初に好きって言ってくれた人を、好きになろうって決めてたんだ」

寝物語に囁く声は、いつもけだるげで聞きようによっては深刻な話も、柔らかな闇に溶けて酷く甘く響く。
だが流石にさらりと聞き流せない内容に男は容良い眉根を軽くひそめた。
出来るだけ棘も無く、寂しげな色もにじませないように、軽い口調を努力して作る。

「それは…、別に俺じゃなくても良かったってこと?」

失敗した。震えたような情けない声が出た。
速水はそれに気付かないふりをして、質問には答えずに何でもないように言葉を次ぐ。

「だってね。誰でもいいって思わないと辛いじゃない。なくした時に、さ…。
僕が好きになるひとの条件が、『僕を好きになってくれる人』だったら、換わりは幾らでも見付かるでしょう?」
「自信家だな」

速水には幾らでも、好きになってくれる人の心当たりがあるのかと思えば確かにそうかもしれず、不安の裏返しとして瀬戸口の口調は酷く冷たく響いた。
半身を起こしていた速水は一瞬だけ目を伏せ、ぽすんと羽根枕に顔を埋める。

「自信があるわけじゃないよ。『深く』を望まないだけだよ」

―――『友達として好き』でも『パイロットとしての腕が好き』でも、何でも良いんだもの。

ぽつりと呟く声を耳にして、闇の中紫の瞳が見開かれた。
適度に筋肉が付いてなお華奢な二の腕が、指の跡が付くほどの力で掴まれる。

「つっ!瀬戸…」

痛みに上がる抗議の声は、綿のパジャマの胸に吸い込まれた。
右手は細い骨が軋む程の力で少年を抱き締めているのに、反対側の手は対照的に酷く優しい手つきで柔らかな髪に差し込まれる。
長い指が、細く伸びた襟足から髪を梳きあげた。
前髪の上から丸い額に唇を当て、瀬戸口は囁く。

「世界中で一番お前のことを愛してるって奴より、俺の方がお前のことを好きだから。
 お前は何にも心配しないで、俺のことを好きでいなさい」

聞きように拠ってはずいぶん傲慢な事を、これ以上無いほど優しさに溢れた口調で言う。
速水の小さな手が、そんな男のパジャマの裾をぎゅっと掴んだ。

「本当に、誰でも良かったのに…」
「…」
「何で…いつの間に、瀬戸口さんじゃないと駄目になったんだろう」
「…」
「瀬戸口さんがいなくなったらって…想像しただけで…」

ぎゅーっと、破れてしまいそうなほどの力でパジャマの裾を掴んで、速水は俯く。
涙が零れそうになるのを、必死で我慢している。

「俺はいなくならないから」
「…嘘だ」
「嘘じゃないさ」
「僕の好きな人は、みんな僕を置いていっちゃう」
「…じゃあ、俺がその最初の例外になる。
 俺は命ある限り厚志を好きでいるし、お前より先に死なない。
 …約束」

速水の細い手を強引に取って、瀬戸口は指切りする。
恐る恐る顔を上げた恋人に優しく微笑みかけると、彼の大きな目が一度、瞬いた。
瞬きの拍子に、涙が零れる。
可愛い顔がくしゃくしゃになった。
瀬戸口が慌てて彼を正面から抱きすくめる。
なぜか少々照れ臭そうな顔をして。

(…掴まったのは俺の方なのか…?)

その、他の誰のためでもなく自分のためにくしゃくしゃになった顔が。
今まで見た中で一番可愛い。
そう思ってしまう瀬戸口は、確かに、速水だけを愛していた。



世界中にたくさんの人が居るけれど。
その中でいちばん、貴方を幸せにしたい。
あなただけを、見つめてゆきたい。





Fin
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この日のSSSがお気に召しましたら




帰ってきました。
沖縄は心底蒸し暑かったです。東京はこんなに冷たい雨が降っているのに。
ブーゲンビリアやハイビスカスが咲き乱れ、珊瑚礁の海はエメラルドグリーン。
紫外線は容赦なく降り注ぎ、ゴーヤは苦かった。

どうでもいいが、風邪を引いた模様です。咽喉痛で呼吸が苦しい…。
明日からの一週間が酷く長く感じられます。
あー。明日午前中サボって病院行きたい。



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