【シュークリーム作成日誌】

2003年04月12日(土) SSS#46「瀬戸口×速水  らぶらぶv」





【お湯の匂い】






窓から、青空が見える。
雲ひとつない紺碧の空を見上げ、瀬戸口は溜息を吐いた。
憂いを含まない、満足の吐息。
手でお湯を掬う、ちゃぷりという音。
速水の家は一戸建てで、風呂には大きな窓がある。
型板ガラスのそれは外から覗けないようになっているが、開け放てば隣家に邪魔されることなく空が見えた。

「それにしても、一体どういう風の吹き回しだい?」

少々古風な言い方で、瀬戸口は恋人の気紛れを質す。
日曜日に朝から風呂に入ろうなんて、規則正しい生活を愛する速水としては異例の提案だ。
しかも、髪を洗わせて欲しいなんて。
速水は穏やかに笑いながら、シャンプーのボトルを手に取る。

「嫌だった?」
「いーや。朝風呂ってのも気持ちいいから、俺は嬉しいけど」

ぱちんとウインクを投げれば、自分は服を着たままの速水は困ったように笑い返してきた。
彼は風呂場に脚立を持ち込んでいる。
それに腰掛け、浴槽に浸かったままの瀬戸口の髪を柔らかく洗い始めた。
ほわほわと泡を立て、マッサージするように強弱を付けて頭を洗っていく。
瀬戸口はうっとりと目を閉じ、速水の好きなようにさせていた。
その表情は猫が咽喉を撫でて貰っている時にそっくりで、とても気持ちが良さそうだ。

「痒い所はございませんか?」

速水はすっかり美容師のような口調で、律儀にそんな事を聞いてくる。

「ん、大丈夫。凄く気持ちいいよ…。あっちゃん、どこでこんな事覚えてきたんだ?」

言っている事は普通なのに、瀬戸口が言うと妙に色っぽい言葉に聞こえる。
それを丁重に無視して、即席美容師は髪を洗いつづける。
何気ない口調で話しながら。

「瀬戸口さん、こうやって誰かに髪洗ってもらった事ある?
 美容院とかじゃなく」
「いや、初めてだな」

瀬戸口は速水に背を向けていたので見えなかったが、それを聞いた速水はとても…嬉しそうな顔をした。

「僕が初めて?」
「ああ、初めて」
「そっか」

えへへ…と笑って、更に熱心に髪を洗う。
今度は瀬戸口も気付いた。

「どうしたんだ、あっちゃん。ご機嫌?」
「うん。瀬戸口さんの初めてのことって、僕何にも貰ってないんだもん。
 キスも、…も」

羞恥のあまり小声になる速水に、瀬戸口はこっそりと笑った。

「初めてじゃないけど、一番だよ」
「うーん…それでも!」

初めてってなんか特別な気がするじゃないかと、速水はやっぱり譲らない。

「髪を洗うって、キスと同じくらい特別なのか?」

いささか分が悪くなった瀬戸口は、やや強引に話題の転換を試みる。
だが少年は、その問いに真剣な顔で頷いた。

「同じぐらい特別だよ。
 だって僕は、嫌いな人に髪とか触られるの嫌だもの」
「うん、そりゃそうだ」

速水に触っていいのは俺だけだ、と瀬戸口はうんうんと頷く。

「瀬戸口さんも、嫌いな人に触られるの嫌?」
「んー、普通そうだろ?」
「じゃ、瀬戸口さんは僕が好きなんだ」

弾んだ声に振り返ると、速水は満面の微笑みで瀬戸口の頭を元の向きに戻す。
ぐきっと首が鳴ったような気がした。
速水の仕草がいつもより乱暴なのは、瀬戸口を大事にしていないからではなく、照れているからである。

「こうやって、髪洗わせてくれるでしょ?
 抱きついても怒らないし、手も繋いでくれるものね。
 瀬戸口さんは、僕が嫌いじゃないよね?」

判りきってるくせに確認したがるのが可愛いなあと顔がだらしなくなる辺り、瀬戸口もかなりやられている。

「嫌いな相手だったらしないと思うなあ」
「え?」
「抱き締めたり、キスしたり、撫でたり、舐めたり…」
「わ−っ!」

速水は泡だらけの手で瀬戸口の首を締める。
滑る手を捕まえて、殺害されかけた男は殺人未遂犯を引き寄せた。

「あーっ、もう!シャツが泡だらけになっちゃったじゃないか」
「脱いじゃえば?」

苦情を申し立てる可愛い恋人のボタンを、瀬戸口は嬉々として外し始める。
速水は困った顔をしたが、抵抗しようとはしなかった。

「今度は俺が速水の髪洗ってやるよ」
「…髪だけ?」

艶やかな言葉に思わず手を止めると、恋人は悪戯っぽく見返してくる。

「他は、洗ってくれないの?」

瀬戸口は、悪戯を見咎められた子供のようにバツの悪そうな顔をした。

「洗いたいって言ったら怒る?」
「気持ちよくしてくれるなら怒らない」

『気持ちよく』の種類を量りかねて一瞬迷った様子の瀬戸口に、速水はたっぷりの甘いキスで答える。
甘いのは空気で、石鹸が仄かに混じったキスの味は苦い。
瀬戸口はまだ半分服を着たままの恋人を、軽々と抱き上げて浴槽へと連れ込む。
泡に埋もれて抱き締めあう、ふたりの側には切り取られた青空。
本当は外に出かけるのに相応しいこんな日。


時にはこんなふうに、彼らの休日は過ぎていく…。



Fin
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いちゃいちゃパラダイス。
今日は、抱き締め隊にクルセトSSを投稿してきました。
誕生日SSじゃない方が、書きあがってしまったので、そっちの方を。
隊長、ガンバる。



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