【シュークリーム作成日誌】

2003年04月21日(月) SSS#47「瀬戸口×白速水  切なく」

僕には、けして言えない秘密がある。





【ドール】





「・・・・・・っ!!」

真夜中、自分の悲鳴で目が覚めた。
飛び起きると、首筋から胸元へ冷たい汗が流れ落ちる。
ラボの夢を見たのは久しぶりだった。
悲鳴は喉の奥で押し殺され、声にはならなかったはずなのに、隣で眠る人の目を覚ましてしまったらしい。

「厚志?」

瀬戸口を、起こしてしまった。
上半身がゆっくりと起き上がり、闇に光るスミレ色の双眸が瞬きもせずにこちらを覗き込む。

「どうした?」

寝起きなのにはっきりした声。汗ばんだ前髪を優しくかきあげ、心配そうな顔をする。

「・・・なんでもない。ちょっと、怖い夢を見て」

それを聞いた瀬戸口は、眉根をしかめた。
流石に他人の夢の内容までは自分の力の及ぶところではないから、困ってしまったのだろう。

「どんな、怖い夢?」

それでもその恐怖を分かち合って、速水を助けてくれようとする彼はとても優しい。
その優しさに、応えられない自分。

「・・・中身は忘れちゃった」

嘘をつく。
だって言えない。

僕がうんと子供の頃の夢を見たんだよ。
まだののみちゃんよりも小さかった頃。
僕は何かの実験施設にいてね。
大人の人たちにいいように玩ばれてたんだよ。
実験とかもそうだけれど、子供にするような事じゃないことも、たくさんされてた。
いつもね。凄く、痛くて、気持ち悪くて、怖かった。
うん・・・。とても怖かったな・・・。
でもね、僕は気持ちいいふりしなくちゃならなくて・・・。
そうしないと、殺されるって知ってたから。
喘ぎ声とか・・・。苦しげな顔して腰振ったりね。
笑っちゃうよね。
でも、僕の子供の頃の思い出って、そういうのしか無いんだ・・・。

・・・・・・。
・・・言えるわけが無い。
黙って下を向いてしまった僕を、瀬戸口さんは優しく抱きしめてくれる。

「戦闘の夢でも見たか?
 かわいそうに・・・。お前さんみたいな優しい子がパイロットなんて間違ってるな」

瀬戸口は何も知らない。
だから瀬戸口が思いつく「速水が怖い目に遭った記憶」は、戦闘ぐらいのものしかない。

(僕は瀬戸口さんに嘘をついてる。
 彼を騙してるんだ)

それは絶対に言えない事だ。
瀬戸口は速水をとても綺麗な心と綺麗な身体の人だと誤解して、好きになってくれたのに。
だって何度も言っていた。

『速水は俺には勿体無いな』
『俺なんかで本当にいいの?』
『速水は優しい子だな・・・』

『好きだよ。愛してる』

・・・瀬戸口は知らない。
速水が本当はどんな人間なのか。
どんなことをしてきた、どんなに汚れた人間なのか。

『俺でいいの』なんて、そんなの僕が聞きたい。
本当に僕でいいの?貴方に抱きしめてもらう価値が、本当に僕なんかにあるのかな。

(無いに決まってるよね。
 ごめんなさい、瀬戸口さん。嘘ついて・・・)

こんなに優しい瀬戸口を騙している。
汚い自分を隠して、彼に愛されたがってる。
なんて卑怯な自分。
好きになればなるほど、どんどん自分は彼に釣り合わない人間になっていく。
それでも・・・。

「僕、瀬戸口さんのそばに居たいよぅ・・・」
「厚志?」

ぽろぽろと涙を零してしがみ付いて来た速水に、瀬戸口は驚いて目を見張る。
すぐに強く抱き締め返してくれる、優しい人。

「どうした?ほら・・・ここに居るぞ。
 ちゃんと厚志のそばに居るだろう?」

大きな優しい手が、宥めるように頭を撫でてくれる。
瀬戸口は速水と同じベッドには寝るけれど、セックスはしない。
幼げで清純な恋人に、そういうことをしてはいけないと思っているのだ、彼は。
それは速水にとっては都合が良かったけれど、多分したとしても本当のところがばれる事は無かっただろう。
経験の無いふりをするのが、速水は得意だった。
しかもそれは、もはや演技と呼べるレベルではない。
研究員たちは物慣れぬ純真な小動物である彼をいたぶるのを好んだから、速水にとってそれは常に命がけの芝居だった。
瀬戸口がいかに聡くても、決して気づきはしなかっただろう。
でも、そうなれば、また彼を騙す嘘がひとつ増える。
彼に愛されてもいい人間から、もっと遠ざかってしまう。

嘘も、つき通せば本当になるなら良かったのに。

速水は、瀬戸口がこの欺瞞に気づかずに、永遠に自分を綺麗な人だと信じて愛しつづけてくれればいいと思う。
そうしていつか、自分の過去が消えてしまって、自分が本当に彼に愛される資格のある綺麗な人間になれればいいと、叶う筈の無い夢をみる。





Fin
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白さんであっても、速水が速水である限り、あの過去はついて回りますよね。
瀬戸口が気付いていても気付かなくても、白あっちゃんはその過去を負債に思うような気がします。
白あっちゃんは、他人の汚い部分や弱い部分は許せても、自分の汚い部分は許せない人のイメージがあるのです。


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