【シュークリーム作成日誌】

2004年04月20日(火) 篠啓SSS#1「雨宿り」



どんよりと重い空に、小さく雷光が光る。
あ、まずい。と思ったときには手遅れだった。

「うっわあ…」

ぽつりぽつりと降って来た雨は、たちまち大粒になって空を見上げていた啓太の頬を叩いた。
傘など持っていない。
瞬間うろたえておろおろしてしまう啓太の肩を、誰かが掴んだ。

「わ!?」
「走れ」

聞き覚えのある凛とした声と、肩を掴む手に押されて言われるままに走り出す。
角を曲がると、プレハブの建物があった。
軒先に慌てて駆け込む。
間一髪で、ざぁ…っと滝のような雨になった。

「はぁっはぁ……はぁ…」
「大して濡れずに済んだな。…大丈夫か?伊藤」
「…はい」

やっと呼吸を整えて見上げれば、思ったとおりそこには艶やかな黒髪の青年が穏やかな微笑を湛えてこちらを見ていた。

「ありがとうございます、篠宮さん。
 俺、どこに行ったら良いか全然判らなくて、あのままだったらびしょ濡れになるところでした」
「ああ。目の前に伊藤が居るのが見えてな。
 雨が降ってきてるのに慌てた様子でうろうろしているばかりだったから」
「……すみません」

旗から見てもおろおろしているように見えたのかと、啓太は恥ずかしくなった。
ふと、肩がふんわりと温かいことに気付く。
自分の肩に篠宮の腕が回されたままなことに気付いて、啓太は今度こそ真っ赤になった。
当の篠宮はまるで気にした様子も無く、すっと空を見上げる。

「西の空が明るくなっている。通り雨だからあと30分もすれば止むだろう」
「30分、ですか」
「退屈か?」

長いなあ、と言ったように取ったのだろう彼が困ったような顔をするから、啓太はぶんぶんと首を振る。

「そんなことありません!
 ひとりで待ってたら退屈かもしれませんけれど、篠宮さんが一緒に居るから」
「…そうか」

あまりにも勢い良く否定する啓太が可笑しかったのだろう。
篠宮はくすくすと小さく笑い声を漏らした。
「30分ですか」と聞き返したのは、「30分も」ではなく、「30分しか」なのだ。
雨が止んだら。
雨が止むまで。
服を通して、じわりと染み込んでくる彼の体温。
胸がどきどきする。

「伊藤、雨が止んだら…」

言葉に釣られて横顔を見上げる。
篠宮の頬は少しだけ上気しているように見えた。

「帰りに、俺の部屋に寄らないか。少しとはいえ雨に打たれたから。熱いお茶でも飲んで行くといい」
「……!」
「どうだ?」
「は、はい。お邪魔します」

コクコクと頷く啓太に、篠宮はもう一度微笑み掛ける。
肩を抱く手に、少しだけ力が篭る。

(もしかして、雨が止んで欲しくないって思ってたのって、俺だけじゃないのかな?)

そんなふうに思ってひとりで照れてしまう啓太を見つめる優しい眼差し。

雨はだんだん小降りになる。
空は西から明るくなって、遠くの雲の切れ間からは天使でも舞い降りて来そうな金色の光の帯が地上に降り注いでいた。


END
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サイトにアップするほどのアレでもなかったのでこちらに。
こんな所まで読んで下さっている方にささやかなお礼ですv


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