御金神社。 「おかね」神社ではなく、「みかね」神社といいます。 街中にあってあまり知られていない京都を探していて見つけました。 まつられているのは金山毘古神。この神様は通貨や機械、道具を護る神様です。「かね」のものということですが、やはり「おかね」のご利益を求めてお参りする方が多いようですな。京都では唯一。 場所は西洞院通り御池下がる。洛中のど真ん中ですね。ふつう商売繁盛だとお稲荷さんか戎さんですけど、「御金」そのものというのもおもしろいですね。
昨晩はBS2でライブが2本。矢沢永吉30thのライブとサイモンとガーファンクルの1981年のセントラルパークでの再結成コンサートのライブ。 エーちゃんのライブ、わざわざアコースティックギターとストリングスを使って1曲。「A Day」。西岡恭蔵さんの詞です。 矢沢氏の曲はほとんど作曲はご本人で作詞にいろんな方を起用します。西岡さんの詞も多くて、昨日はひときわ西岡作品が多かったように思います。わざわざ「A Day」をハイライトにしたり。
西岡恭蔵さんはぼくにとってはDylan�兇寮床�さんです。大塚まさじさんとのデュオで大阪のシーンを引っ張っていました。春一番もその以前の大阪のフォーク・ロックのライブでも中心は彼らでした。 難波の喫茶Dylanにぼくも入り浸って、雰囲気を味わってはいました。
彼がどういう経緯で矢沢永吉という才能とコンビを組んでいったのかはまったく知りませんが、矢沢氏の代表曲のいくつかは西岡さんの作品です。前述の「A Day」そして「トラベリン・バス」。 「なりあがり」そして金を掴む。それがすべてだと。しかし、そうしか言えない人間というのがどれだけ寂しい存在か。矢沢氏はよくそのことを言いますよね。 持てる人間だから、というんじゃなくてやはり根本の所には「音楽でイキたい」ということがあると思うんです。 イキたい。生きたい。行きたい。活きたい。いきたい。そして逝きたい。
西岡さんが亡くなってもう3年が過ぎました。彼のの新しいウタはもう聞けません。一言も西岡さんのことに触れずに、矢沢氏は精一杯の弔いを彼流のおとしまえのつけ方としてやりきった。そんな気がしてしかたありませんでした。
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