| 2004年01月26日(月) |
静かな眼〜作品集「光函」について |
風邪に効用なんてないはずなんだけれど、風邪をひいたおかげで見えてくるものがあるかもしれない。そんなことを感じました。 体力がジリジリ消耗していき、動きが緩慢になっていくのを、抗いつつ受け入れて認識するころには 世界を違う目で見ている気がするのです。 で、こうなった時の自分を結構気に入っていて、いいんだろうかととまどったりもしています。 「気に入ってる」ぐらいに思わないと、病気に人格が蝕まれそうなのも事実なんですけれどね。
「違う眼」というのは、健康なときよりも周囲を見わたす速度が遅いということからきているのかもしれません。丁寧になるし、見えていなかった部分を見つけたりもしますから。 自分の中では「静かな眼」、というふうによんでいます。
勝手に「ロード小説」と呼んでいる、「歩行」を描いて抜群な小説があります。そのなかでも太宰治の「富嶽百景」と志賀直哉の「城之崎にて」のふたつが大のお気に入りです。 汽車でも構わないのなら、そこに内田百�里痢岼に捨鷦屐廚魏辰┐泙后�
これらの小説の描写はとにかく抜群なんですが、人物が動いていたり乗り物が動いていても、書き手の「眼」がとても静かだという印象があるんですよ。それがとても気持ちいいんです。 余計な事が一切ない。だけど堅苦しくもない。不思議な情感が読んでいて乗り移って来る感覚ですね。 太宰の月見草と夜の闇。志賀直哉の後ろからついてくる影など。
活きていて、静か…。
舞い上がっている眼だと見失ってしまうようなものへのフォーカスのしかた。 静かで透徹した眼。余分な力が全然入っていない、流れるような隙のない文章。 そういうのを読むだけで、いや、読ませていただくだけで、あり難く思ってしまうのです。
今日もそんな事を考えていて、結局「呼吸」なのかな…。などと思ったのでありました。 ********************************** ぼくの作品集「光函」の制作が、インターネット出版局のゴザンスで進んでいます。 今日、レイアウトの一通り終わった原稿を見ることができました。 さすがに、胸に来るものがありました。 部数も少ないですし、豪華本でもありませんが、少なくともぼくの初めての本として、胸を張って人に手渡す事はできると思います。
大きさも小ぶりですし、ページ数も絞りました。価格もオンデマンドではいちばん低いところを狙っています。
校正などがこれから詰めの作業が続きます。 いい本ができればと、それを願っています。
まだ、この日記でこの程度の報告をするにとどめておきます。 大きな動きがあり次第、またこの場に書きますね。
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