UAの新作「Breathe」を試聴した。 前作の「SUN」が強烈な印象を残しているので、新作を聴く前にそちらを咀嚼しきってしまいたいという気分がある。だからまだ購入していない。
「SUN」で彼女は大きく変わった。たぶん現在の日本ジャズシーンの先端の(と、ぼくが思う)人たちとのコラボレーションとも言うべき作業は 感情や言葉の、「芯から」と感じた振動が神経に絡みつくように伝わってきた。
心配なのは純粋な自発性をあまりに追うと、妙な隘路にはまりはしないか、という点。文字通り身動きがとれなくなるという点で。
新しいアルバムのために用意されたページに行っては、インタヴューを読んだり試聴を繰り返している。
ソローや山尾三省の名がでてくる。たしかにそれはぼくも親しく感じている作家、詩人だけれど、それだけ余計に心配になる。
音はユニークの一言に尽きる。とてもおもしろい。問題は歌詞。 それは少なくとも詩を書く人間としていかに対峙するかということでもある。 批判的に摂取するために。 今のところ、上記の「心配」は杞憂に終わりそうだけれど。
だから、という訳じゃないけれど 伊東静雄の子規論を読む。「子規の俳論」と題された論文は、彼の京大文学部での卒論である。現代詩文庫の彼の巻に記載されている。 漱石から子規、庄野潤三から伊東静雄という興味の「系」で読み出した。
正岡子規からの影響が伊東静雄に。伊東静雄の影響が庄野潤三に現れている。 読み取りたいのはもちろん「写生」について。 実に興味深い。
それから詩の全面書き直し。 とにかく「主観」のありようの問題なのだ。 四回目の書き直し。
子規の論にならっての書き直しも試行した。 とにかく精進しなければあかんのです。
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