散歩主義

2005年08月28日(日) 「24」

am4:40 起床。珈琲。バーズのFifth Dimensionを聴きく。8miles highなど。
am5:00 掃除。
am6:00 ハナの散歩。植物の水遣り。朝顔がさらにたくさん咲く。
am7:00 朝食。トースト、野菜たっぷりのスープ(にんじん、タマネギ、ジャガイモ、トマト、ドライトマト、キャベツ、舞茸、梅干し!!!、生ハム)

昨日からの「24」について。
日本でもビデオの人気は相変わらず凄い。このドラマの新しいところは3ないし4つの現場ないしはシチュエイションがリアルタイムで同時進行するというところ。
最新の情報テクノロジーがふんだんに登場する。
だけど、時として物語りをより複雑化しようとする脚本の意図が見えすぎてしらけることも多い。テクノロジーは格段に新しいのだけれど、ストーリーそのものの骨格の基本は西部劇の様々なパターンとおなじ。
               
見る側はじらされ続けるので、どうしても先を見たくなる仕掛け。この点は大成功している。
だから見るとしたら、テレビで「劇団ひとり」が宣伝しているように、飲み物食べ物を完全に用意して、1シーズン、つまり12巻全巻を一気にみた方がいい。そうしないと、かなりいらつく可能性がある。
だからDVDをパックで買う人が多いと聞く。
          
昨日ぼくにはあわない、と書いたけれど、
バイオリズムを変えるような効果はあって、これを6本ぐらい立て続けに見てから外を歩くと、自分の視点が素早く動くように変わっているのに気がつくと思う。
行動が幾分か早くなる。せっかちになるかも。
うまくいくと、とてもてきぱきと動くようになる。利点?かね。

それにしても「ケータイ(携帯電話)」の登場で映画、ドラマ、小説のシーンは劇的に変化した。「ケータイ普及前」と「ケータイ普及後」では
コミュニケーションの方法も場所も時間も質も、全く違うものになった。

それははっきりと線が引けるほどだと思う。
もちろんパソコンも変えたけれど、ケータイはもっと広く変えた。
だから個人のコミュニケーション手段として携帯電話が登場しない現代を舞台にした作品は「今」という感じがしない。

例えば「24」と「ボーン・アイデンティティ」の違い。後者は作品の最後にようやくケータイが登場する。続けて見ると後者がとても古くみえる。パソコンも古いタイプだし。
「24」のような作品はケータイとパソコンががなければ(もちろんネットも)成立しない典型的な例だろう。
だからオンではなくてオフの重要性も逆説的に強調されるところもある。


正午。 昼食。味噌カツ弁当。

pm3:00 珈琲。ばたばたとずっと忙しい。
pm5:30 ハナの散歩。植物の水遣り。
pm6:30 夕食。千葉県土産の手羽先の唐揚げ、マカロニのボローニャ風

夜。
忙しくて、どうしても書く作業が夜に食い込んでくる。
なんとか書いてから寝たい。

明日の朝は相当涼しくなるらしい。さようなら熱帯夜。
今から楽しみだ。





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