TWILIGHT DIARY
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2002年05月31日(金) W杯開幕。。

今日、4年に一回のサッカーのW杯が開幕した。

今回日韓共同開催で、W杯が二カ国共同で開催なんて初めてだそうである。
アジア開催も初めて。21世紀初めての開催でもある。
日本のサッカーの歴史は浅く、プロリーグも他の国と比較すると、
出来たてで、実力もまだまだと言う感じだと思う。
日本全体のサッカー熱があまり上がらないのも仕方がない。

世界的な視野で見ると、野球やバスケ、アメフトは、どちらかと言うと、
アメリカで人気のあるプロスポーツであり、
それから比べると、種々様々な国で愛されているサッカーの人気は絶大である。
国によっては、なんとオリンピック以上の人気があると言う。
だから、チケットが非常に手に入り難い。
フーリガンの存在もある。
日本人にはわからない「何かがある」イベントだと思う。

さて、私は70年代には、ドイツのシステムサッカーのファンであった。
前回、オランダのファンになったが今回オランダは出場しない。
という事で、今回は純粋にいいプレーを堪能したいと思っている。

でも、デルピエロやベッカム、オーウェン、バティステュータetc...
気になる選手はたくさんいて、どっちを応援してよいものか、
毎日、煩悩に悩まされそうである。




2002年05月30日(木) 残響。。

今日は、サイラス・チェスナット・トリオと、マッコイ・タイナー・トリオの
コンサートが札幌kitaraであった。
今年はピアノ関連のコンサートでは、小曽根真さんのソロコンサートに行ったが、(ゲストにVo.伊藤君子)、ピアノトリオは去年以来である。

小曽根真さんはYAMAHAを使用していたが、本日のピアノはスタインウェイ。
サイラス・チェスナットも、マッコイも左手を結構駆使するタイプで、
低音の重厚なスタインウェイは、彼らのplayに合っていたように思う。

それにしても、札幌kitara大ホールはよく響く。
ここは音の残響時間が、長いことで有名なホールである。
歌の合間の喋りが巧いと言われている、日本のある女性VOCALのコンサートでは、
言葉の残響時間が長すぎて、モニターの場所によっては
「何を話しているのか全くわからない」という、クレームがついた。
そんなホールである。

今日、サイラスのピアノは鳴っていた。
トリオでやってる途中で、一人でバッハを弾き始めた。
ピアノをやる人なら、一度は必ず弾くバッハのインベンション。
バッハにインスパイアされて、曲は飛躍し、インプロヴィゼイションされていく。
随分前のこと。ケニー・ドリューが来日の際に、TVの音楽番組のゲストで出た。
彼は「一番お好きな曲は?」と訊かれて、「こんな感じ。」と言って、
ショパンのプレリュードを弾いた。なんだか泣けた。
ジャズのピアニストだって、一度はクラシックをやっているんである。

残響音の長い、ジャズにはちょっと不向きと思われるこのクラシカルなホールで、
サイラスのバッハを聴けたことは、なんだか非常に感慨深いものがあった。








2002年05月29日(水) 時期。。

今日は歯科の治療がめでたく済んだ。

今回は、歯の冠が取れただけなので、
おまけに見つかった小さな虫歯2本の(それも、別に普段痛くない)
治療をしただけだから、あっと言う間の出来事である。
重くならない内の治療が花である。
世の中、痛いと感じた時には、時すでに遅し、という事が多い。

それにしても、今日は日中気温が高く、まるで夏のようだった。
最高気温が24.5度。
ちょうど6月の北海道神宮祭の季節並の暖かさである。
夏の訪れも早いのだろうか。
早いだけでなく、夏は長いと良いなぁ、と思う。

秋の訪れや、冬の訪れが早く繰り上がるのは、なんだか嫌である。
それぐらいは時期がちゃんとしていないと、実るものも実らない。
時期というのは、結構大切なように思う。
木の実だけでなく、人の気が熟すのには、たっぷりの時間を必要とする。

実は、私は今、自分自身の気が熟す時期を待っている所である。






2002年05月28日(火) 自信。。

今日は、取り寄せた雷蔵の文庫本「市川雷蔵かげろうの死」が届き、
本屋に取りに行った。
開いて見たら、雷蔵の他に、田宮二郎、中平康監督も取り上げられている。
何ページか読んだが、あまりに悲壮感たっぷりで、
取り寄せてしまった事を、ちょっと後悔した。
フランクルの「夜と霧」を、つい買ってしまった時と少し似ている。
興味深いのだが、重い事この上ない。
平常心で読みきれるだろうか。ちょっと自信がない。

さて今日は、神戸の震災の時、
ちょうど向こうに赴任していた方のお話を聞いた。

電気もガスもない。
電話をかけたくても、かけられない。
お金があっても、欲しい物が買えない。
幸い、釣り好きで、冷凍庫に鯛がたくさんストックしてあったそうで、
真冬も幸いし、鯛は少しずつ自然解凍されて、
毎日、米とお刺身の生活だったそうだ。

そんな生活をしたお陰で、「無人島でも暮らせるような気がする」そうだ。
「いいよね〜。無人島。」
「そ、そうですね。」
私には、無人島で暮らせる自信がない。
自然が好きなようで、丸腰で厳しい自然に身を置く自信がないんである。

でも一日ぐらいだったら、帰れる保障付きなら行ってもいいかな?と思う。
私の自信なんて、そんなもんである。




2002年05月27日(月) 苧環。。

数日前の日記に、家の周りが花盛り云々と記したが、
忘れていた花があった。

苧環(おだまき)である。
家の駐車場の横に、人知れず群生している。
白、藤色、紫、ピンク、茜色と、色も様々な花を咲かせる。
越してきた頃は、よく切花にして花器に生けたものだが、
ここ何年かは、切っていない。
苧環は、一輪挿しが非常に良く合う。
茶花かも知れない。

誰かが、世話をしていると言うのでもないが、
元気に毎年、色も形も良い花を咲かせる。
元々、野山に咲く花だろう。
自然にそのまま生えていても、映える花である。

この苧環や、家の裏に来る鳥たちもそうだが、
誰からも世話されることなく、教えられることもなく、
ただ自然に育って、普通に咲いたり、囀ったりしているものが、
人工の美よりも、絶対的に美しい。
これはやはり、自然に生きる者の無心の勝利ではないか。

子供のように無心で音楽が出来ればなぁ。
とは思うが、無心て意外に難しいんである。







2002年05月26日(日) 休日。。

今日は、家の主人の誕生日。
知己の方々と、
夕方からバーベキューのお約束をしていたので、
それまでの間、久しぶりに図書館に行った。

日曜の図書館は人が多い。
本選びをする人。テーブル席で本を読む人。何か調べものをしてる人。
それぞれ、様々である。

久しぶりで驚いたのは、雑誌の種類が増えたことである。
普段私は、雑誌依存症か?という位、多くの雑誌を購入してしまう。
だがここには、音楽雑誌や映画、文芸誌でなくても、
何から何まで結構揃っている。
時間があれば、毎日借りに行きたいくらいである。

探していた本も見つかり、
地下にある食堂で、コーヒーを飲んだ。
ガラス張りになっているので、地上のほうの公園も見える。
小雨も、ガラス越しだとなんだか良い。
なんだか落ち着く場所である。。
家の娘たちが、ここをよく利用するのもわかる気がする。

さて、雨も上がり、ちょっとだけ寒かったが、
屋外で炭火のバーベキューも野趣溢れていて、良い休日であった。







2002年05月25日(土) 給食。。

今日のラジオのテーマは、先週話題に上がった事もあり、“給食”。

番組中、様々な給食の記憶や、好きな給食の献立などがたくさん寄せられた。
現職中の先生の給食観なども頂いた。
ゆとり教育のお陰で、給食の時間が、なんと15分間しかないそうである。
15分はどうだろう。
どう考えてみても、短い。
「ゆとり」は、ないように思う。

フランスのとある学校では、お昼の時間にレストランに行って、
伝統のフレンチのコースを、マナーを覚えながら、
ゆっくり食事をとる、というのを聞いた事がある。
毎日ではないのだろうが、羨ましい。
フランスでは、当たり前に、「食」も立派な伝統文化の位置を、
与えられているように思う。

日本で云うと、茶道だろうか。
茶道は、茶の文化が昇華した、伝統様式美かも知れないが、
継承しているのは、ほとんどがお稽古事としてやっている人達に限られる。
私は、お茶を習った事はないが、抹茶が好きで、時折点てて飲む。
そういう時は、ほんの短い合間だが、やはり時間を忘れる。

たとえそれが、脱脂粉乳やカレーライス、あげパン、フルーツ白玉であろうと、
結構、給食は人の心に思い出として、刻み込まれる。

時間が短すぎる事で、給食を食べた記憶も残らないような事があっては、
なんだか、淋しい気がするんである。









2002年05月24日(金) 自然。。

今朝、随分と大きな雷が鳴っていた。

今にも、家に落ちてきそうな勢いで、おどおどしていたら、
近くの小学校に落ちたそうだ。
後でニュースで見た。
給食室が全滅で、子供たちのお昼は乾パンと牛乳だったそうだ。
子供たちが無事で何よりだった。

それにしても、自然の脅威である。
人の生活に関係なく、天災は起こる。
たとえそれが、お昼前の学校の給食室であろうと、一切関係なしである。

反対に、偶然に良い場合もある。
モーセのあの海が開けるシーンは、誰もが知る有名な奇跡の一つだが、
自然のああいう出来事も、シナイ半島では起きるそうである。
葦の湖が、強風で浅瀬の道が開き、歩いて渡れる。
風向きが変わると、浅瀬は姿を消し、もう誰も渡る事が出来ない。
そういえば、韓国の珍道の開ける道も有名である。

普段、人は何でも思い通りになるとついつい思ってしまいがちだが、
思い通りになる事など、所詮、人の考える範囲以内だけの事で、
微生物のような小さな現象から、大きな現象まで、
何万年と事象をつかさどっている自然の力には、到底及ばない。

その人間も、実はただの自然現象である。
時間通り、予定通りに行かなくとも、成るようにしか成らない。

どこかの国のサッカーチームの到着が遅れたって、
自然から見れば、全く大したことじゃないんである。



2002年05月23日(木) 花色。。

ライラックが、満開である。

玄関を開けると、ふうっと香りがする。
お隣の十何本か植えてあるのが、6月を待たずに満開である。
遅咲きの白いのも咲いている。
午前中に降っていた雨のお陰で、色も鮮やかに咲いている。

ふと見ると、つつじもだいぶ前からなのだろう。
満開である。
樺色と、濃い薔薇色のつつじ。
全く気が付いていなかった。
家のつつじは背が低いので、目線を下にしないと視界に入らない。
今日は雨あがりに色が鮮やかで、ひときわ目を引いた。
気がそちらに行き、見渡すと花だらけである。
お隣の絨毯のような芝桜もなかなか良い。
どの花々も見どころである。

だが私は、一番の器量良しを見つけてしまった。
早咲きの牡丹である。
お向かいの庭の、丹精された白桃色の牡丹は、
匂いたつように咲き誇っていて、美しい。

中国の古い話で、牡丹の精の話があるが、わからぬでもない。
あの薄くたおやかな花びらの奥に、何かが棲んでいそうな感じがする。
あんなに美しい牡丹が、広い中国庭園に一度に咲き乱れていては、
漢詩人でなくとも、白昼夢を見てしまうに違いない。

鮮やかな花の色は、人の心を惑わせるのか。
匂い立つ花々の庭は、異界との入り口だろうか。











2002年05月22日(水) 雑誌。。

私は、雑誌が大好きである。
本屋や、コンビニ。ついつい買ってしまう。
だから、部屋の中が雑誌だらけである。
もう買ってはいけないところまで来ている。

思い切って、整理することにした。
振り分けると、30%がファッション雑誌で資源回収行き。
70%は、捨てられない音楽関係その他の雑誌で、
また元の場所に戻される。

振り分けていると、ページをめくり読んでしまう。
困ったもんである。途中から、中を見ないようにした。
以前、スクラップブックをやっていたが、キリがないのでやめた。
幾らでも、切り取ってしまうからである。
これではスクラップ・ブックが、何冊あっても足りない。
雑誌の代わりにそちらの方が増えてしまう。

処分されない残り70%の雑誌は、結局、まだ部屋に棲息している。



2002年05月21日(火) 雀。。

今日は、昼に歯科の治療に行った。
先生がまた新しい虫歯を見つけてしまったので、
しばらく治療は終わりそうにない。
来週も予約して、帰ってきた。

見ると、家の前の、昨日からの雨で出来た水溜りで、
雀が二羽、水浴びをしている。
この上なく楽しそうである。
車が通っても、知らん顔である。
久しぶりの水浴びだろうか。
仲間が、また一羽きた。
囀りながら、嬉々としてずっとやっている。
こうしてじっくり観察すると、見慣れた雀もかわいいもんである。

昔、オレンジ色のカナリアを飼っていたことがあるが、
鳴き方が優れていて、美しかった。
毎朝、楽園のように鳴きまくっていたものだ。
彼は何年もたったある日、鳥かごから姿を消していた。逃げたのではない。
それから、カナリアはもう飼わなかった。

鳥というのは、自然の中にいるのが一番である。
ちょっと泥だらけになって、雨後の水遊びをするなんて云うのは、
籠の中の鳥には真似できない。自由な雀の特権である。

だが、庭のせっかく結実した梅を突付くのだけは、勘弁してほしいんである。
やっと梅の実も、1cmぐらいになったばかりなのだから。






2002年05月20日(月) 後悔。。

ずっと探している本が何処に行ってもないので、結局取り寄せになった。

雷蔵の本である。
先週は、BSのお陰で雷蔵三昧だったもので、
ついつい本も欲しくなった。
たった一冊の文庫本に、二、三週間かかると言う。
待ち遠しい。

実は、ここならあるかもと、行き付けの、
映画本をたくさん置いている古本屋に行ったら、
なんと「4月に閉店いたしました」の張り紙。
すごいショックである。
そういえばここんとこ覗いていなかった。
悔やまれる。
文芸本もいいのがあった。鏑木清方の限定本もここで求めた。

張り紙に「これからはネットで販売します」とあった。
少しだけ安心したが、本好きの人と言うのは、
本当の実物を見ながら選びたいんである。

いい店を無くさない為には、足しげく通っていないと、
昨今、いつその店が閉めるやも知れぬ。
私は、うっかり大切な宝箱を一つ無くしてしまった。

雷蔵のお陰で、痛い教訓になった一日であった。




2002年05月19日(日) 日曜の雨。。

昨日から長雨である。
なんだか、出掛ける気にもならなかったが、
夕食のあと、ちょっと本を探しに街に出た。

雨の日の、加えて連休後の日曜の街は、
閑散としていて死んだように静かである。

目当ての古本屋も、今日は早仕舞いしたようで、
二軒ともすでに閉まっていた。

取りあえず三越で生チョコを買っていたら、閉店時間。
パルコに行って写真集を見ていると閉店時間。
旭屋に行く。日本映画の本を見ていたら、やはり閉店時間。

それでは、とN書房に向かう。
立ち食いのそばつゆの匂いがいい。
振り切って、上の階で本選び。
文庫の背表紙ばかり見ていると、なんだか静かだ。また閉店時間か。
急いで、杉浦日向子の文庫本と、「声の力」(単行本)を買う。

家に戻り、今週録画していてまだ見ていない雷蔵の映画を二本見る。
雨はまだ止まない。
この日記を書いたら、本を読もう。

雨の日曜は、まあそんなところなんである。








2002年05月18日(土) 五月雨。。

昨日、一昨日と街中は何だか乾燥していて埃っぽい感じがした。
ちょっとした拍子に、咳き込んでしまう。
今日は日中、少し風が強かった。
もしかしたら雨がくるかな、と思っていたら、
やはり夜に降ってきた。

木々の緑が冴えて見える。
帰りの車の窓越しに、遅咲きの桜のようなのが見えたが、自信がない。
学校の脇に枝垂れて、ピンクの花が夜の雨のなかに浮いて見える。
花街道か。どうだろう。
桜より、幾分花びらが大きいように思う。

中島公園の横の車道沿いの、木々も随分と生い茂ってきた。
雨を得て、萌黄色が風にゆったり揺れている。
今年は何もかも早い。
夕方もラジオの帰り、用事があって植物園の横を通ったが、
そこでも木々は、5月とは思えないほど茂っていた。
季節のめぐりが早いと、得なのか損なのかよくわからない。

夜の雨の中、家に着いて車から降りると、気のせいか草いきれの匂いがした。









2002年05月17日(金) ラジオ。。

明日の放送で、私の番組も200回を迎える。
簡単に計算しても、4年は続いてる事になる。
私は喋りのプロではないので、
番組作りの、何に気を使うかと言われれば、それはやはり音楽である。
世の中で、レコードやCDになっているもので、
人の手のかかっていないものなんて、一つもないと思う。
演奏するPLAYER、録音やマスタリングのエンジニア、プロデューサー、
ジャケットのデザイナー、印刷、プレス加工。
たくさんの人々のたくさんの創造力や、信じられないほどの過程を経て、
作品は、やっとレコード店のCDコーナーに並べられる。

ラジオで、何か音源をかけて批評する人をよく耳にする。
私は、落胆する。
それでは何故その音源をかけるのか。
批評するぐらいなら、かけないほうがよっぽどいい。
そのまま静かにしてあげられないものか、と思う。

なんだか、ラジオからいい音が聴こえる。メロディもいい。
なんと言う題名だろう。誰がやってるのだろう。今度探してみようっと。

ラジオでの音楽の位置というのは、そんなところじゃないか、と思うんである。








2002年05月16日(木) 歯車。。

ここんとこ何日間か、BSで雷蔵の映画の特集をやっているので、
毎日VIDEOに取って見ている。
今日は、「新忍びの者」だった。
眠狂四郎はカラーだが、このシリーズは白黒である。

今日は何だか、
仕事の歯車のかみ合わせが、うまく行かなかった。
久しぶりに会った方もいたり、頂き物をしたりと、
嬉しいことも多々あったが、
ただ一ヶ所の、歯車のかみ合わせが悪いために、仕事の後味が悪かった。
こういう日もたまにはある。

仕事から戻り、雷蔵の映画を見る。
忍びのシリーズの題材は、あの石川五右衛門である。
平素の格好の五右衛門は、いたって普通の農民だが、
一度、忍びの装束を着ると、もう別人となる。
彼は、織田信長や、豊臣秀吉の時代に暗躍する。

さて、普通の農民の時の五右衛門役の雷蔵はへらへら笑っており、
いい人丸出しで隙だらけだが、なんだか地のように思える。
だが、忍びになると顔が引き締まり、それもまた地のように思えるんである。
不思議である。

この雷蔵の二面性というのは、もともと日本の男の人たちは、
普通に持ち合わせていたのではないか。
そういう題材を扱った舞台、映画やテレビドラマも数知れず多くある。

まぁ、そんな事を思いながら、
雷蔵の映画に夢中になって、じっとブラウン管に釘付けの私は、
知らない人から見ると、多分すごいへらへらしてるのかも知れない。


今日の仕事での歯車の事は、すっかり忘れてしまっているんであった。















2002年05月15日(水) 歯科。。

昨夜、デンタルフロスしていたら、
カランと歯に被せていた冠が、取れた。
あんまり簡単にはずれたので、まぁ寿命かなと思った。

それで、久しぶりに歯科に行った。
姉の勤め先である。
移転して真新しい建物になっていた。

中で、虫歯になっていたので取れたそうだ。
痛みも何もなかったので、わからなかった。

X線を撮ったら、そのひとつおいて隣りの歯も、虫歯だそうである。
うっそー。え〜ん。治療だぁ〜。今は痛くないのに〜。

でもすぐ済んだ。
「虫歯が見つかって良かったですね。」と先生に言われた。
まぁ、そういう考え方もある。
何年か前に、虫歯から上顎洞炎になったことがあり、
治るのに、二ヶ月以上要した。結構、たいへんだった。


診察室にある窓の向こうの晴れ渡った空を見ながら、
姉に型を取ってもらって、仮詰をし、今日の治療は終わった。






2002年05月14日(火) 祖父。。

私の好みは、「渋い」とよく言われる。

明治生まれの祖父の影響じゃないだろうか。
学生時代に、旅回りのお芝居の人たちに付いて、
日本中回っていたが、親に連れ戻されたそうだ。
後に鉱山技師になって、東南アジアで仕事をしていた。

CMじゃあないが、彼の朝は一杯のコーヒーで始まる。
小さな香水瓶の丸善の麝香を、惜しむようにほんの少し首筋につける。
葉巻を、5cm位喫うと消して、また次の日の為にセロファンで仕舞う。
次に、煙管でまた一服。

出掛ける時には、帽子とステッキを欠かさない。
嘘のような話に思われるかも知れないが、
結構、昭和の戦後の時代にも、そういう明治生まれの人はいた。

北大植物園の温室が彼のお気に入りの場所であった。
子供も乗る事が出来る、大きな水に浮かぶハスのような南国の植物や、
食虫植物、蘭類、シダ類。巨大な仙人掌。
温室を出て、松ぼっくりやら蝉の抜け殻を拾う。

一緒に歩くだけで、ほとんど話さない。静かな時間である。

まぁ、そんな人と、親といる時間よりも長く過ごしていたんだから、
渋好みの孫になるのも、仕方がないんである。








2002年05月13日(月) 鳥と語る夢。。

今日、旭屋で本探しをしていたら、
串田孫一の新刊を発見。
4月に出ていたらしい。
立て積みがあと2冊しかない。
他の本を探しに来たのだが、結局購入した。

「鳥と語る夢」と言う随筆集である。
いつもながらの串田さんの語り口。
厳選された語彙の数々。

自然や、街暮らしに優しい視線を向け、
暖かな文章で、ほっと一息する。

「鳥と語る夢」の鳥は、北海道の海岸の大背黒鴎の事だそうだ。

誰もが、人間ではない生き物、鳥や動物と一度は話して見たいと思う。
君たちは何を思っているのか。
どんな調子?
欲しいものは何?

毎朝、家の裏に集う名も知らぬ鳥たちに、まず聴きたいもんである。






2002年05月12日(日) 春蝉。。

今日は曇天だが、雨も降らないようなので、
野草摘みに札幌近郊に出掛けた。

何年も行き慣れている落葉松林に着き、
車から降りると、「ケキョ。」と、鶯が一声鳴いた。

贅沢な林である。
ただで聴かせて貰っては、なんだか悪いような良い声である。
こちらが何か夕餉の足しにと、野草に目を凝らしている間も、
ずっと、彼は続けてさえずっている。

そんな時に、ウバユリの葉の上に、蝉を見つけた。

一瞬、昨年の亡骸か、とも思ったが、
ちゃんと羽は透明で、柄と姿もはっきりしており、
葉をそっと揺らすと、前足をちょっとだけ動かした。
正真正銘の今年の蝉だった。

笹竹、まだ開かずにいた土筆、独活を一本にこごみを摘んで、
帰りにもう一度だけ蝉に挨拶して、林を後にした。

気温の上がった時に出てきてしまったのだろうが、
この一週間の寿命のあいだにちゃんと落葉松に登り、
鳴くことは出来るのだろうか。

帰宅して調べてみたら、エゾハルゼミとある。
鳴声の種類は出ていなかった。
季節はやはり6月から7月だと云う。
彼は、少し気が早かったようである。


うまくいくと、彼は一番蝉になるかも知れない。無事を祈る。
















2002年05月11日(土) 国境。。

中国の日本領事館の事件のニュースは、
国際法をよく知らない一市民の私にとっては、
誰が正しいのか、よりも、
何故、国境はあるのか、を考えさせられる。

21世紀になっても、国境問題や紛争は絶えない。
元を正せば、この地球上の土地はだれの物であったか。

では、国境がある利点は何か。
貨幣や法律、資源や安全の確保なのだろうか。
わからない。


全ての人が、良心の価値観に守られ、
安全に、幸せに、平和に過ごせるようになるのは、いつの日か。
願ってやまない。




2002年05月10日(金) 雷蔵。。

市川雷蔵が他界して、今年で33年目だと云う。
BSで、特集していたのをVIDEOに取って見た。
大ファンなんである。

例えば、雷蔵のどこが好きか、と言われても、
濃い紫紺の着流しに、二棹の刀をさして歩くだけでもいい。
現代物の時の、黒い縁の眼鏡をかけてるのも良い。
体が弱かった雷蔵の、気に隙のないしなやかな立ち回りも大好きである。

彼は、なで肩で内股。加えて、物腰が柔らかい。
だか剣を持たせると途端に妖剣の使い手になる。

映画「新平家物語」では、平清盛をやったらしいが、どうもピンとこない。
合うとしたら、経正だろうか。

経正は、都落ちの折に、下賜されていた琵琶を武者姿で、仁和寺に返上に行く。
青山という名のある琵琶である。

負け戦だと、経正にはもうわかっていた。
琵琶の名手の経正は、もう琵琶を奏することもない。
琵琶を奏でていた手には、代わりに、刀や弓矢が握られる。
凛々しい武者姿の経正は、一の谷の戦で打ち果てる。
青山は残る。(今でも、京都の冷泉家に保管されているそうである。)

雷蔵には、そういう歴史の中の日本人の哀しさや、儚さの美がよく合う。


来週13日から、映画の方も特集するとのこと。今から楽しみである。








2002年05月09日(木) W杯。。

今年のW杯が近い。開催まで、一ヶ月を切った。
日本と対戦するチュニジアの、サッカー事情のルポをニュースで見た。
チュニジアでは、サッカー選手になる事が、一番の生活の保障になるという。

プロリーグで何度も優勝しているあるチームには、
10歳の子供のひよこリーグ(かわいい。)からあって、
選手寮もあり、勉強もできる。

家族の生活のためにサッカー選手になる、と言う子もいる。
けれどリーグが年長になるに従い、
厳しい選抜を乗り越えて行かなければならない。
選抜からはずれると、選手になれないばかりか、
家の経済事情で学校でさえ、通えない子もいる。

チュニジアでは、プロサッカー選手は本当に夢の“職業”なんだと思う。

どちらが勝利するかどうかより、純粋に彼らのプレイが早く見たい。
今から楽しみである。




2002年05月08日(水) 京蕗。。

今日、窓越しに家の裏の方を眺めていたら、
数日前までは、半数がフキノトウだった京ブキが、
すでに全部、蕗になっていた。
蕗の回りに自生している野三つ葉も、15cmぐらいに成長している。

彼らは、夏になるまで、結構な食卓の惣菜の助けになる。
私が植えた訳ではない。
ここに越して来た当時から、すでに自生していた。

京ブキは、山ブキより灰汁が少なく、
なんと言っても、その鮮やかな薄緑色と、淡い香りが良い。
食用になるが、造園の水回りの植え込みに使われる事も多いらしい。

庭に人工の小さな川の流れを造り、鯉や鮒の泳ぐ池でもあれば、
この食用に使われている京ブキも、活躍の場があったろうに、と思う。

私が小さな頃に育った家には、庭の水回りに山山葵(やまわさび)が、
植えてあった。小さな私は、食用のために植えてあるのだと思っていた。

街に住む者が、庭に人工の自然のパノラマを再現するのも、
都会の休息の時間に、疑似体験の旅の扉を開けさせて、
疲労した精神を解き放つためではなかったか。

そんな庭が造れるのは、いつの日か。






2002年05月07日(火) 連休明け。。

長い連休も明けて、今日はもう5月7日である。
仕事の途中でちょっとお買い物。
心なしか、まだ車や人が少ないように思う。

旭屋書店でwebデザインの本を買う。
眺めているだけで楽しい。

パリのwebデザイナーユニットのインタビューが良かった。
最後の最後まで、アナログで考えるそうだ。
ヴォーグ誌のデザインや、服飾デザイナーの広告も手がけているユニットである。
おしゃれなデザインの数々。。疲労している脳も目覚める。

地下街のワインショップで、フランスのブルターニュ産のシードルを見つける。
シードルは、林檎100%の発泡酒で飲み口が軽く、アルコール度も5%以下。
濃い緑の瓶に、手書き風のラベルも味があって良い。即、2本買う。


さて、連休明けの仕事が終わり、
くるみのパンのトーストとブルーチーズをつまみ、
気に入ってる小さめのカットグラスに、シードルを注ぐ。

濃いゴールド色のシードルに、
無数の小さな泡が、グラスの底から湧きあがっていく様子がいい。
ちょっと、放心する。

そうだった。
仕事を終えた後のホッとするのも久々で、あった。













2002年05月06日(月) 連休最終日。。

さて、もう連休の最終日である。
何だか、あっと言う間の最終日。何処にも出かけずまったりである。

普段あまり見ないテレビ番組を見る。
結構、楽しい。
連休用に買った本も大体読んだ。何だか、ちょっと早い夏休みのようである。

日本中、明日からまた平日モードに戻る。
連休はいい気分転換になってると思う。
新しい気持ちで、仕事や勉強をする。

無駄のような時間の過ごし方でも、実は無駄じゃなく、
次にどんな事をするのか、そのための栄養になってくれればと思う。
無駄な事なんて、一つもない。

それにしても、海には行きたかった。残念。








2002年05月05日(日) 柏餅。。

今日起きたら、柏餅がテーブルの上に載っていた。
家の誰かが、買ったらしい。
端午の節句の柏餅。
季節ものである。
起き掛けに頬張る。一瞬、柏の葉の匂いがした。

今日は、天気が良ければ、花見がてらに外でバーベキューの予定だった。
だが、何しろ風が強い。
屋内で食べられる処が良い。
近くに住む知己のお二人を誘って、家族と共に二台の車で盤渓へと出掛けた。

盤渓は、街から何十分とかからずに行ける自然の多い所である。
今は、春の山野草が花盛りである。
エゾエンゴサク。ニリンソウ。たまにカタクリ。
山桜もまだ見頃で、美しい。
そんな花を見ながらの宴も、なかなかいい調子である。

おもちゃの汽車が、お肉や肴を運んでくれる。
今日は子供の日なので、汽車には鯉のぼりが乗せてある。
走るたび、その鯉のぼりが泳ぐようにたなびくので、
小さな子供たちは、歓声をあげていた。

こうして日記を書きながら、
私は今日一日を想い、最後に一個残っていた柏餅を頬張った。












2002年05月04日(土) 国民の休日。。

5月4日は、いつの間に国民の休日になっていたのだろう。
ここ数年忙しくて、気にしたことがなかった。

なるほど、カレンダーにちゃーんと書いてある。
休日じゃない国民もたくさんいるだろうに。

今日はラジオだったので局に行く。
「新聞に休刊日はあるのに、何故テレビやラジオには休みがないんだろう?」
という話になった。そうだ。確かに新聞は休刊日がある。
何故だろう。
こういう業界は休みが無い方が、当たり前なんである。
例えばホテル業界も一日たりとも休まない。
一般の人が休みの日に利用するのがホテル。当然休めない。

学生の時の友人に、銭湯のお家の子がいた。
そこのお家では、年越しは12月の第三月曜にやると言う。
大晦日も元旦も営業なので、一度も本来の年越しはしたことがないそうだ。
「当たり前。」と彼女は言っていた。
なんだか、クラス全員が納得させられた。
様々な業種があって、社会は成り立っている。

ま、いいか。10連休じゃなくたって。。。







2002年05月03日(金) 祭日に。。

今日は起きたら皆出掛けていて、誰もいなかった。
ぼうっとした頭のままで、アラビアンモカジャバをドリップした。
気温が高くあたたかい。
静かな午後。
思考するのをひとまずお休み。
あてなく大鍋にスープを仕掛ける。

夕方近くになって、ひとり、またひとりと帰って来る。
それぞれいろいろ出掛けていたらしい。

前に作り置きしていた冷凍餃子を使って、大鍋のスープで餃子ラーメンを作る。
ワンタンの代わりに餃子。意外といける。
水餃子とラーメンが一度に楽しめるんである。
みんなですする。
「今日は何の日だっけ。」
「憲法記念日。」
「へぇー。」

至って、平和な憲法記念日であった。




2002年05月02日(木) 連休後半。。

今日は私の誕生日だったので、お祝いのメールや書き込みを頂いた。
うれしい。ありがとうございます。

明日から連休後半戦。仕事もあるが、殆ど休みである。
映画もいいし、美術館も行きたい。
近美で、現代の版展をやっているので見たいんである。

遠出もしたい。
あまり計画を立てずに、行き当たりばったりが良い。
普段、仕事で時間に追われているせいかも知れない。
行く先のわからない旅。
でも海は見たい。

さて、どう過ごしましょう。






2002年05月01日(水) 五月は。。

ある方から、おもちゃの鯉のぼりを頂いた。
20�儖未良�車に真鯉と緋鯉の二尾がひらひらしている。
かわいい。
付いてるタグの様なものを押すと、
♪屋根より高い鯉のぼり〜♪のmelodyが鳴るんである。
ついつい口ずさんでしまう。
そうか。
五月と言えば子供の日か。
大型連休に気を取られていて忘れていた。

私が小さい頃の五月五日は家族の女手が総出で、
粽やべこ餅、桃色の新粉餅、赤飯を蒸すので台所が一日中湯気だらけであった。
歌のように柱に傷をつけては、身長がどれだけ伸びているかを計った。
戦中戦後と、何かと子供が健康に育たなかった時期を知っている親たちは、
子供の成長と無事を心から願って、子供の日を祝ったに違いない。

今年も早いものでもう五月。
知り合いが三月に交通事故で亡くなった。

全ての人が、健康で無事な五月を迎えられたら、と思う。






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izumi [HOMEPAGE]

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