浮き沈み日記。

2002年08月31日(土) 横浜過去日記��

26日になっても携帯のメールは未だ直らない。
地元に帰って、携帯ショップへ行く。
「サーバ落ちかもしれませんね。3,4日くらいかかるかと思います」とオネーサンが言い、携帯を預けて代替器を受け取る。

私はGLAY PHONEをなので、やっぱりサーバ負荷がかかったか?
今回のライブはGLAY PHONE持った人多かったしな。

折りたたみの機種を貸してもらったんだが、久しぶりに折りたたみを使ったので喜んでパカパカ使ってみる。

28日に携帯が直ったので受け取りに行ったらメモリは移し変えたぶんがあったので良かったがDLしたすべての画像と音楽が消えてしまった、、。
友達から送ってもらったのになぁ。

なんか、携帯が壊れたのがメインみたいな旅行だったなー。
(あえてGLAYのことはまったく書いてないので)


あえてこのごろのことを書かないのは、現実逃避してるから。
もう昨日の夜は狂ってました。
いや、狂ってた、そうです。
まったく本人記憶ないのに「私なんか死ねばいいんだ!」といってカミソリ振り回してたそうです。
泣き叫んでいたそうです。

スゴイもんです、我ながら。



2002年08月30日(金) 横浜過去日記��

8月25日分、続き。

昼食を摂ろうと思い、美味い肉まんの店をあてどもなく探す。
親友いわく「肉まん食うっしょや」という理由で中華街に来たのだからね。
だがしかし、どうもみんな同じ感じに見える。
しかも私は肉まんよりか五目チャーハンが食べたくなったので、肉まんをやめて五目チャーハンを食べることにする。
適当な店を選んで入ったのだが、そこに入って失敗だった、、、、、、。

まず、親友は24日のライブに行っていない。
なので私は24日のライブに行ったがどういうステージセットで、どの曲をやったか、などということは一切教えていない。
(教えるな!と言われたしさ)
背後に座ったオネーサマ3人、大声で頼むから言わないで、、、。
いや、ライブのことは話しても仕方ないと思おう。
それはこちらのエゴであるし、ライブの感想は言いたいものだ。
でも店中響くような大声で話すということはどうかと思った。
イヤでも聞こえてくるオネーサマ方の「TERU盲目状態」。
私もGLAYファンだが、TERUも好きだが、アレはひどい。
GLAYファンはこれだからイヤだって言われちゃうようなことはやめてほしいなぁ。

気を取り直して、横浜アリーナへ行く。
もう時間がギリギリ近かったので、親友と別れてそれぞれの席へ行く。

そこで、元彼氏からの電話。
「肉まん買ってきたか!?」の問いに「あっ、、、」。
マジで平謝りしておく。
これが後々のことにひきずらないといいけどなぁ、なんて思った。

ライブは、、、「定番」と言われる曲が多かった。
「誘惑」へのながれなんかよくわかったし。
今回、素晴らしくよい出来事がありました。
TAKUROのすぐさま近くで見れて、凝視された。
これだけでもファンっつーのは嬉しいものなのな。

ライブ内容は再び割愛いたします。
聞きたいなんていう奇特な方は、、いないだろう、、。

永遠に携帯の調子は直らない。
さすがに心配になる。
同じ携帯会社のコにメールはできるかきいたら、他のコはできるとのこと。
どうやら私だけらしい。

うぉ、これはどういうことよ。

ようやく明日で横浜日記終了です。



2002年08月29日(木) 横浜過去日記��

8月25日分です。
GLAYのライブ分はまた明日になるかもしれんです。

親友宅に泊まった私は、ライブグッズが欲しいっすー!という希望により朝早くから出発。
朝からすっかり躁状態。
しかし横浜アリーナ来て沈没。
徹夜組多すぎ、、、、。
缶バッジが欲しかったんだけど、到底買えるようには思えない。
すさまじい行列だったね。

開き直った(?)私と親友は中華街で肉まんでも食うか!そうするべ!ということになり関内駅へ向かう。
まだ店の開店まで時間があったので、関帝廟を参拝。
初めて行ったので、これは中も見てみようということになり線香を買い、5つの香炉に立てる。
初めてやったんだけど、線香が長い!
線香の香りに包まれて、ようやく関帝廟内部へ行く。
ドカーン!と関羽様が髭ながーーく鎮座されており、ちょっとビビる。
立ちひざになり、それぞれの神様にお願いをする。
1つ1つの神様に氏名、生年月日、住所を述べなければならないのね、、、。
ちゃんと病気が治るようにお願いしておいた。

関帝廟から出てくるとそろそろ店も開いてきたようで、たくさんのGLAYファンに遭遇する。
ツアーグッズ持った人多数、、、。
私もババシャツノースリ版を着てるもんだから、同じもんです。
チャイナ服を扱うところで、だいたいHISASHIの写真を見つけた。
ライブ衣装で着てたからね、、、、うん、うん。
激しく迷彩アオザイを欲するが、泣く泣く諦める。
買ったところでどこに着ていくんだっつーの。

昼食にしようか〜と言っていたら元彼さんから不満の電話。
メールを数回送っても返事がこねぇぞ!とのこと。
サーバ落ちてるからしょうがないじゃない、と言うと納得した様子。
(ちなみにその時点でもまだ、メールは送受信不可)
何をしたいのかよくわからない元彼氏。
お土産に肉まんでも買っていってやることを約束しておく。
親友に呆れられる(オマエらはまだ付き合ってるのか?といわれた)。

好きなのかねぇ、、、。
自分でもよくわからないんだよな。

愛されることと愛することって、やっぱりわからん、、。
そして、怖い。



2002年08月28日(水) 横浜過去日記��

ご無沙汰をしていました。
横浜からは月曜日に帰ってきたのですが、その日に大変なことがあり(そのことは追々、書くはず)次の日は腐って家で寝ていました。
そしてようやく今日、なんとか復活しまして日記を書くことができるようになりました。

土曜日、24日に横浜アリーナでGLAYのライブを見に行ってきました。
今日は親友も知り合いもライブを観にこないので寂しくしばらく一人で外で待ち、電話をしたりメールをして時間つぶし、、、。
元彼さんから連絡がきたが、会う気にもサラサラなれずお断り。
私は、やっぱりあなたを友達としかもう見れないみたいだ、、?

本当はグッズの缶バッヂが欲しかったんだけれど、すさまじい行列を見て思わず人酔い。

立ち見席は整理番号順に入るため、並んでおとなしく入場を待つ。
友達とメールをやり取りしつつも、後ろのオバサマ方のタバコの煙に顔をしかめる。
待つ間でもタバコを吸うのはやめてくれって思ったなぁ、、。
マナー的になっていない。

開演近くになり、ようやく入場。
TAKUROファンの私は当たり前のようにTAKURO側を陣取る。
久保Tを着てたもんだからTAKUROファン?と声を何度かかけられる。

ライブの様子は、、、まぁ、GLAYのファンサイトを見れば判って頂けると思いますのであえて割愛。
それにGLAYをあまり好きではない方も見えるだろう。

それに25日分のほうが私は記憶に強かったりもする。

ライブ直後、仕事帰りの親友と落ち合う。
それから私の携帯の調子が悪くなる。
電話はできるがメールの送受信が一切出来なくなってしまった。
webも使えない。
サーバーが落ちたのだろう、と思いとりあえず今日は様子見。

また25日のライブを思いさっさと寝ることにした。

、、そういっても寝れたのが2時間だったが、、、、。

明日へ続く。



2002年08月23日(金) 逢いにいきます

GLAYのライブにいけることになりました。
久しぶりの遠出だったりするので、すごい緊張だったり、、、、、。
大丈夫だろうか?
会場には親友&友達・知り合いがいるのでまだ気が楽だけど。
でも明日は親友ライブ観にこないものだからだいたい一人で行動することになるとは思う。

パニック発作は治まったから大丈夫だとは思う。
ライブ中にもパニック発作は起こらない!と自己暗示中。
ある意味、爆弾だよなぁ。

それに24日は立ち見だから圧迫状態だったらどうしよう!とか不安いっぱい。
どんなものなのか予想つきません。

そういうわけで、しばらく日記の更新が出来ません、、、、。

27日には書けるようになるかと思います。


休みばかりで申し訳ないです。



2002年08月22日(木) 動悸との付き合い

小学生のころから、動悸がしていた。
だから、もうかれこれ10年以上の付き合いになるかな。
「�掬挧室璽屮蹈奪�」とかいう名前までもつけられて、ホルター心電図なるものを24時間つけられたこともある。
異常がなかったので、よかったんだけどね。
特に普通の生活には問題がないし(でも階段を上がりおえると人よりも心臓がバクバクしてヒューヒュー言ってたりはするのでゆっくりと上がらなきゃ辛い)。
第一、ライブに行ってまったく大丈夫なんだから平気だろう。

平穏にしていても心臓が勝手に「ドドドドド」って動くのは、なかなか怖いものがあって何度も経験してるけど変な感じがする。

そう頻繁に起こるわけでもないので、たまに動悸が起こったら「あ、きたな」って感じで妙な気持ちを味わうこのごろ。

あぁ、久しぶりに動悸が起こったから動悸ネタになってしまった。

もっと楽しいこと書くべしだなぁ。

最近の日記、面白くないかも、、、。



2002年08月21日(水) バラバラ

さりげなく日記の題名ってつけるのに悩む。
みなさんってどうやって題名つけてるんだろう。
面白い題名つけてる人って尊敬するなぁ。

今日は黒い犬が頭をかけまわってくれたおかげで家でグターっとしていた。
紅茶専門店にでも行くつもりだったのに。
新しい茶葉がでたみたいだから飲んでみたかったのにな。
でもムリに出かけて解離でも起こされたらたまったもんじゃないよね。

人格といえるほど「もう一人の自分」は確立はされていない。
名前を名乗るわけでもないから「自分」ではある。
家族や友達と接しても「もう一人」であることはわからないだろう。

それでも、「自分」じゃないんだよね。

スカーンと意識が飛んでて気が付くとあの場所近くにいたりとかする。
あんなこととか、そんなこととか(自主規制)。
そのあと、自分が自分でないような。
それこそ現実に存在していなかったような思いにかられる。

そうそう。
治療を始めてパニック発作がおさまったのはすごいなと思った。
かすかな音にも敏感に察することも収まってきた。
以前は風が吹いたりするだけでもビクッとしてかなりの恐怖感だったから。

この調子でガンガン症状が良くなればいいのになー。



2002年08月20日(火) 久しぶりの原田宗典

近所のブック○フに要らない本を売ってきた。
これ以上本が増えると家がヤバイのでね、、。
本棚からあふれてるし。

マンガから小説、エッセイなどだいたいの本を読みます。
それこそ詩集も読む。
下手したら私の日本語は本で学んだといってもおかしくないくらい。
小学生のときからワケわからん本たくさん読んでました。

要らない本を売ってきた自分の本棚が少しだけ、すっきりした。
さすがに、「寄生獣」の隣に「おしゃべりニューヨーク」はヤバイと思い並べ替えてみる。
「寄生獣」は中学生のときに見て思いきりハマった。
終わりが「ドラゴンヘッド」にしても「最終兵器彼女」にしてもしっくりこなかったのが難点だったけど。

ブック○フで買取作業を待っている間、原田宗典のエッセイを立ち読み。
買おうかとも思ったけど、表紙をめくったところにチョコレートの汚れがあり断念。
この人の言葉遣いが非常に好きだ。
「トホホ」ワールド、結構ツボ。
東京壱組の演劇は面白いんだろうか?

そういえば本屋にて原田宗典が「うつでした」とかいうような本を出していたんだが(精神科医との対談本)ビックリした反面、納得したり、、、、、、、、。



2002年08月19日(月) MRI

台風が関東地方に再接近していたせいか、私が住んでいる地域も風が強かった。
雨は降らなかったが雲の流れが速くて、気流の強さを感じた。

診察へ行ってきた。
妙に混んでいて一時間ちょっと待ったくらいかな。

とりあえずおとつい起こった歩きつつ号泣事件の顛末を話す。
医者に首をかしげられ、右手をチラリと見られた。
私は普段、右手にリストバンドをしている。
「もしやして」と感づいた私はリストバンドをはずしキレイなことを証明した。
(つまり、ギコギコやってなかったかどうか気になったのだろうね)
私は左利きだからやるといえば右だからな。

一度、MRIで検査しようかと言われた。
MRIとは磁気共鳴画像装置のことで、水素元素やらラジオ波がどうのこうの、、ということだが結局は裁断図が撮れるというもの。
ちなみにCTスキャンとは違い放射能の影響がまったくない。
血管だけ〜という撮り方もできる。

専門学校での知識が役立つ。
医者からの説明ナシでもわかったよ。

PTSD患者は頭にある「海馬」が収縮していることが所見で多く見られる。
それもありチェックしたいのだとか、、、、、。
モルモットにされそーだ。
PTSDが治癒に向かえば収縮はなくなるらしいけれどもね。

別に希望すればやるよ〜とも言われてしまったが、どうしようかな。
ついでに脳梗塞とか調べて欲しいとか思ってしまった(苦笑。



2002年08月18日(日) 腐ってた

昨日は腐ってて日記書けず。
今日は持ちこたえたので大丈夫そうです。

久しぶりに飲み会に行ったんですよ。
精神的にも安定してたから。
専門学校のときの友達と、、9名程度でした。
すごく楽しかったし料理も美味しかったし、幸せでした。
締めはフィニッシュラーメンじゃなくてお茶漬け。

帰宅から狂っちゃったんだな。
店にいるときは「帰って風呂入って日記かこうー」って思っていたのに。

近くの駅で下車して、家まで歩いている途中くらいから涙が止まらなくなった。
ボロボロボロって。
自分の意志ではとまらなくて、どんどん気持ちも悲しくなって。

泣きながら家に着いて、親にかなり心配された。
何で泣いているのか、といわれても勝手に涙が流れてとまらないからどうしようもなかった。
よっぽど過去の性的暴行のことを言おうかと思ったけれど、言えなかった。
ガラスのような家族の安定さを崩してしまう気がしたから。

とりあえずめちゃくちゃ泣いたらひどく疲れてすぐに寝た。
夢を見たんだけど、すさまじく悪夢で泣きながら起きた。
鏡で顔を見たら、案の定まぶたが腫れている。

あー、はやく腫れがひかないかなぁ、、、。



2002年08月16日(金) ウイルス再び&けびいーーん

以前の日記で毎週ウイルスを送ってくる主にメールを出したと書いた。
その続き。
メール送ったんだけどあて先不明でかえってくる。
でも、そのメルアドで今日もウイルスが届く。
どうなってるの?

裁縫なんぞをやってみた。
某Tシャツが手に入らなかったので、同じ型のTシャツを買い袖を裁断。
グッズ買うときクラクラしてましたがな、、、。
そして袖を縫い、、、ノースリーブへ!
TAKUROへの愛ってすさまじいよね(笑。
結構上手く出来ていい感じ。
今すぐ着たい!って思ったから現在、着用中。

ノースリーブ女王とおよびっ。

ワケわからんわ、、、。



2002年08月15日(木) 昼寝

午後3時から午後7時まで昼寝した。
いい気分で寝ていたら電話で起こされて、しかもセールス電話だった。
やたらとカン高い声で、不満。
宝石なんかいらないっす。はい。

昨夜、失業保険や傷病手当について調べてみた。
自主退職の場合は、やはり失業保険が降りるのが時間がかかるとのこと。
仕事を辞めることはいいことではないと思うが、最終選択として見据えなければならないことかと思う。

「療養が療養になっていない」
不意に医者に言われた。
仕事にも行かず、家でぐたぐたしているというのに、療養になっていないらしい。
少しそれを言われてビックリした。

どうすごせばいいの?
どこですごせばいいの?
確かに家にいても疎外感を味わっているし、どうにもならないけれど、、、。

もしかして今の休みは私にとって何のプラスになっていないの!?

頭がガンガンする。



2002年08月14日(水) 夕立

このごろ、気圧が不安定なのか夕立が多い。
おかげで洗濯物をすぐさま入れないと大変。
雷が落ちると怖いので、ネットも切断してひどいときはパソコンの電源などを落としたり。

青空でいい天気だったのが、一瞬にして真っ暗になってすごい雨が降る。
まるで自分のようだ。
いい気分だったのがフラッシュバックにより突然嫌な気分になる。

職場から電話がかかってきたので、今日行ってきた。
約束していた時間には体調がとても芳しくなく、間に合わなかったのが悔しいし申し訳なかった。

21日から欠勤になり、なおかつ勤務異動が確実だと宣告された。
異動先は以前のところ。
嫌な思い出しかないところだったりする<いじめられた部署。
それを聞いたとき、なぜか笑いが出てきたのが驚いた。

フラッシュバックが消えることはないようだ?
それが起こったあとでも気分がコントロールできる状態(寛解)になれればよいのだけれど。

朝から非常に気分不良で、職場でまた嫌なことを聞き気分不良に輪をかけられた1日だったが1つだけ嬉しいことが。

009スイングというガチャガチャでとれるキーホルダーがあるんだけど、002のジェットが1発で出たこと!
ジェットはかなり好きなので、めちゃくちゃ嬉しかった。
以前付き合っていた彼がジェットに似てたんだよなーと思いつつ。



2002年08月13日(火) 戻ってきました。

戻ってきました。
日記を休んでいる間、超うつ状態でした。
鬱がマジでひどいときは日記さえも書けないんで、、、。
すいません、、。
死にかけましたが、死にきれず今日に至ります。

そしてさらに追い討ちをかけるように先ほど、職場から電話がかかってきた。
「8月21日で療養休暇が切れる、それ以降は欠勤になります。いちおうどのような状態なのか、一度見せて」とのこと。
冷水を浴びせられた感じがした。
今の休暇中はほとんど現実逃避していたに過ぎないのかもしれない。

職場拒否症になっているのかもしれないな、、。
職場復帰したところで、やはり休職していたことが後ろめたく思える。
今までのような人間関係がまた築けるか不安。

完璧に怠け癖がついてしまったんだろうか。

辞めるのにも、そこまで行きつけられない理由が多々ある。
フリーターでいられるほど経済状況がいいわけでもない。

傷病手当でも調べてみようかな。

宙ぶらりんなままでいつまでもいられないことは判っている。

しかし、まったく何も思い浮かばない。
未来が想像つかない。



2002年08月08日(木) しばらくお休み(12日まで)

タイトルとおり、12日まで日記をお休みさせていただきます。

ほぼ毎月恒例事項になりつつある、4日程度のお休みです。

また12日か13日になったら復活してますので、その日くらいになったら日記を見てくださるとありがたいです、、、。

ちょうど躁鬱がかわるときみたいで、まだらで鬱状態だったり躁状態だったりするので自分自身気持ちが悪いです。

鬱状態の波がかなり近くまで見えるので、そろそろ飲み込まれそうです。


死にはしないから。

私は生きているから。

PTSDなんかに負けない、、。



2002年08月07日(水) ネット荒らし

ネットで荒らしにあいました。
以前もあったことがあるけど、そのときもかなりへこんだ。
相手にしてしまった私も悪いのだけれど、、、。
他の人にも「反応したお前が悪い」と言われてしまった。
確かにそうだ。
何で荒らしなんかに反応して、傷ついて、落ち込んでいるんだろう。
自ら傷つく方向へ流れてしまったのだろうか。
ムダにこれ以上、傷ついて私は何がしたかったんだろう。

なんで自分が間違っていることを素直に認めないんだろうか。
誰が見たってあなたが間違えていることは確かなのに。

「相手にした私も悪かった」というようなコトを書いたら「負け惜しみをようやく言ったな」と返された。

ほとほと呆れてくる。
荒らしにも、私にも。
荒らしなんかに対応したってイイコトないのにな。

世間知らずのままで大人になっていくんだろうな、荒らしくん。

荒らしに反応する方も荒らしだという言葉があるけれど、私も荒らしに加担していたなと思う。

かなり反省。

バカだ、私。

とんでもなく、落ち込む、、、。



2002年08月06日(火) 東○EMI、、?

今朝、気持ちよく眠っていたら宅配便が届いた。
眠りを害されて不満そうな私だったが、送り先を見て「?」。
「東○EMI」からだった。
ボケーっとしつつ開けてみるとTシャツ1枚。
宇多田ヒカルが写っている。

一気に眠気が覚める。
あたらないだろうなーって思って応募したのが当選していたのだった。
思わず叫んじゃったよ。
こういうのにあたった試しがなかったからうれしかった。

着たいんだけど、もったいなくて着れないし。
もったいないんだけど、着たいし。
うれしい悩みです。

彼女も言ってみれば私と同じ「休職中」。
(DEEP RIVERのPVとってたんだけど、7月中に)
ちょっとだけ、私も彼女と重なっているんだなぁと思った。

ノートPCは打ちづらい、、、。
早くデスクトップの機嫌が直ってほしいよ。
グラフィックボードと相性が悪いのか!?
もう一度、付け直してみようっと。



2002年08月05日(月) 増えゆく錠剤

今日は診察に行ってきた。
躁状態なので、気分よく出かけた。

そしてまた錠剤が増えてしまった。
何錠1日に飲んでるんだろう〜、、、。
ピルケースに今まで入れ替えてたけれど、ついにめんどくさくなってきた。
さりげなく以前からのんでた薬の内容量も増えている。

ア○フ○リール(いちおう伏字にしとく、これから薬名)という薬をこの間から飲み始めたんだけれども、副作用として口渇がひどい。
まだのみ始めて一週間なので、効力は出ていない。

メインとしてのんでるSSRI、、、、うーん、はたして効いているんだろうか?

きいてくれ、、、。

副作用はいらんよ、、。



2002年08月04日(日) 大ファン

忘れていた。

自分が自分の大ファンであることを。

最近、自分を応援していないことを。

久しぶりに、「がんばれ!自分!」



2002年08月03日(土) 躁状態に便乗

最近は、躁状態が続いているらしい。
おかしいくらいにハイテンションが続いている。
うつ状態のときはいくらでも眠られるのに、躁状態だと3時間も眠られない。
すぐに目がさめて、どこか出かけたくなる。
じっとしていられなくなる。

どうしようもなくなって、考えが暴れだす。
それは結構あることで、仕事のこと、これからの生活のことなどを思ったり。
あとは過去に押しつぶされそうになったり。
躁状態のときはそれさえも跳ね返すのだから、ある意味強い。
跳ね返すどころか、取り込んでますます躁状態が強くなるようだ。

ずっと書いていなかった小説さえも、書こうという気持ちが起こる。

こういう状態で無い限り、楽譜も読めないので目を通す。
見難い音譜を書く人だなーと文句を言いつつ。
デモテープ(CD-Rだけどね)を聴きたいもんだ。

買い物へ行ってきた。
仲のいい店員と会話して、黒のジャンパースカートを購入。
マリン風で、通年着こなせる。とてもお気に入り。
パニエでも新しく作ろうかなー、、。

躁状態でないと、買い物だとか行けられない。
うつ状態だと日記を書いて、家でくたばっている。

フラッシュバックがきても、今の私は怖くない、、かなぁ、、、。



2002年08月02日(金) 左利きの不得手、得手

ここの日記でも何度も触れてきたが私は左利きである。
書き物をするのも、包丁を持つのも、はさみを持つのも。
何をするにもすべて左手である。

矯正はされたが、それがトラウマになって今に至っている。
(それについては書きたくないし、見ても面白くないだろうから割愛)
少しは矯正したおかげか、右で書くことは出来るけれども。

23年間、左利きで過ごしてきたが「こりゃ、参ったね」と思ったことは幾度とあることで。
右利きの人ではなかなか思いつかないところで「お?」って思うことが多い。

たとえば、自動改札。
ついつい切符や定期を左手で持ってて、改札の前にきて「しまった」って思ってクロスして左で自動改札抜けたり、右に持ち替えたり。
今は慣れてとりあえず右で持つようにしてるけれど、気を抜くと左で持ってる。

布を切る裁ちばさみとかもつらかった。
中学生のときなんてなかなか布切れなかったもん。
だー、左利きが器用っていうのはウソだー!って思いつつ布を切ってた。
慣れればサクサク切れたからよかったけれどね。

あと、カメラ。
シャッターを押すボタンが右についてるんだよね。
それも結構つらいものがありました。変に力が入らないし。

急須も持ちづらい。
一度、左でつごうとしてみてください。
すごく難しかった、、それは右でやる。

ちなみにパソコンのマウスは右で使っています。
いざメモを取るときは左でペンを持って、右でマウスを操作できるから。

たまに街で左利きを見つけると、少しうれしくなってしまう。

「ぎっちょ」っていったいどういう語源なんだろう?
私は差別的に言われてきたんだけれど、、、。



2002年08月01日(木) 暑さの中で

ほぼ毎週の恒例行事となっている同じ人からのウイルスが今日も、届いた。
まったく知らない人から毎週送られてくるのも気分が悪い。
返答がなんてかえってくるのか、それとも私に悪意があってやっているのかわからないけれども忠告らしきものをしておいた。
文面的にもまったく失礼のない、当り障りのない文章にはしておいたんだけど、このメールがどうなるか、、、。
まったくもって謎である。

話は変わって。

日々、暑い。
7キロもある巨大猫もダラけきって伸びている。

(、、、踏むよ?)

暑いけど、なぜかうれしい感じもする。
この暑さと気だるさが、「生きてるんだ」っていう気を与えてくれるから。
セミの鳴き声さえも、私には生きる勇気を与えてくれる。

フラッシュバックと黒い犬は私をまだまだ痛めつけてくる。
気を許すと死神さえも鎌をギラつかせている状態は変わらない。

この状態はいつまで続くのだろうと、思い悩んでいた。
過去という束縛に、いつまで苦しめられなきゃならないんだって。

今の状態は非常にニュートラル。
進むまでもなく、退くまでもなく。
この状態がいいとはいえないかもしれないがこの状態が好きだったり。

崩されるまでの少しの時間、漂わせていさせて。

笑顔ってやっぱり人を強くさせるね。



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蓮華 [MAIL]

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