�|里蕕鶸屬僕�達に恋人がおった。 ・・・これは参ります。なんていうか、『俺の人生は妄想か?』と独りでへこんだりするのだ。知ってから二日間は重い。 �▲肇ぅ豕嬶� ・・・「今から料亭で会食」なんて多忙の時に限って、トイレが逆流しませんか。 寸分を争う一日の予定が台無しになる予感の中で、「自分の出したものが・・」と立ち尽くすのは、相当な敗北です。むう。 ��青信号でひかれそうになる ・・・人権を無視された、という確実な感触。相手が自動車なので追い駆けることも出来ません。ブブーーキキkィイイイ �は嗄�て5回でダウン ・・・「俺の青春は?」という問に悶々とする深夜の僕ら。 �ゥ董璽廛譽魁璽澄爾納�分の声を聴く ・・・希望を打ち砕くったらありゃしない。モワアアアア。モゴモゴモゴ、ホワァアアアン。 �Ε瓮襯▲品儿垢魘気┐討發蕕┐覆� ・・・「あんたはいらん」という無言の声が、携帯の液晶から聞こえてきませんか。人は毎晩泣いている。 ��無意識でキムタクの口真似をしてたとき ・・・ドラマなんて観るだけにすべきです。ただの不良になるぐらいなら、東北弁で寺山修司の真似をした方がよろしいな。 �┸佑料蠱未望茲辰討燭蘊茲蕕譴討� ・・・遠距離恋愛の相談に付き合ってるはずが、1時間後には「俺はお前を友達やと思ってるよ」と慰められていたりする、これはいかなる関数が働いていたのでしょうか。ダメシグマ。 ��恋人ができないとき ・・・メンズノンノ、メンズエッグを熟読するという、一種の禁断症状が始まったものでした(1999年6月当時) ��旅行の計画を立てずに2ヶ月棒にふったとき ・・・明智君、あの寺には君のかたきが眠っているよ。火を放つのだ明智君!!!! (・_・)そんな感じ。 |
美術館で私は遊んできたぜ。 ここ。 ★リンク;アサヒビール大山崎山荘美術館 展示の趣旨として、世界の伝統的玩具。 世界各地の、動物を模した玩具が陳列されていた。 マー君『ぬうう、ううう、ぬがあ』 すず氏「なに? どうした?」 マー君『わ、わからんぞ、わからんのだァアア!』 すず氏「難しく考えんでも、これはこれとして純粋に観て楽しんだらええがな」 マー君『だああああああああ』 はた氏「この派手さ・・なんなんでしょうね、とりあえず派手っていう」 マー君『なんで小鳥の木細工の背中にまた鳥の絵を描くのだ! あああダブルバイーンド!!』 真冬の美術館で相当鬱陶しい私であった。 かくいう私はアートにおいてが全くの門外漢。 それでもなお、楽しい・やばい・面白い のがアートである。 展示品を紹介しよう。 まず私達は、本館の動物玩具を観て回る。本館は関西の実業家『加賀正太郎』という男の別荘である。優雅だ。 大正時代に建てた西洋風建築ということで、シャワーもある。当時にしては相当モダンだ。夏目漱石も来たという。へへ。一緒に風呂かい? ぼっちゃん、わしがお背中を流しましょう。ああ頼むよ加賀君。へへへへへ。 世界中の鶏の木細工。鶏に関してはどこの国も本気で、とても派手に造り上げている。火炎、太陽、宝石、一世風靡。 ありくい、つちぶた、きりんはふつう。ジャガーの面は派手に吼えている。神というか狂ったおっさんというか。 別館展示室は安藤忠雄の建築。 表からは白っぽいコンクリートの建物がツタに巻かれたり、木の陰になっているだけで、本当に何もよく判らない。 だが別館入り口への長い階段が凄まじくアタリであった。 写真はこちらのサイトに掲載⇒★リンク;『ARCHITECTUAL MAP』 かなり狭い階段が掘り下げられた下まで続く。両側のコンクリート壁はたった独りが歩くのが丁度いい狭さ。 壁は冷たい。まっすぐに切り立っている。 視界の向こうで僅かに開いた外界の光が、つめたい力を身体に突きつける。光と壁と階段とレーザーのような手摺。他には見るものがない。時間感覚が狂わされる。キンと冷え切った中で私達の視覚は強く光に集束してゆく。 靴音の反響は壁が徐々に高くなるにつれ、大きく響くようになる。今の歩調の音が、前の一歩の音と混じり合う。自我を意識させないところから、自分の存在感が跳ね返って、クリアに伝わる感じがする。 ふう。 手強いぜ安藤忠雄!! 階段を降りたところで早速美術品。 ★リンク;セザール・バルダッチーニの金属的な昆虫とか。 はた氏「うわっこれいかしますね〜」 マー君『こんな透明な回廊に、こんな金属的で無機質なものを置くとは! すごい! 無機物が凝り固まって、生物になろうとしてるみたいだ!』 はた氏「ダッチーニ やりますね〜」 マー君『ダッチーニ きみはいだいだ』 私達は名前の響きに執着してしまった。ダッチ。粘着的だ。うへへ。 帰りの電車の中でも、 はた氏「ソ連の大統領っていい名前してますよね〜。ゴルバチョフ、チョフ、って。エリツィンも相当いいですよ。ツィン ってかなりいい」 他にも、フォークリフトの運転はくるくる回ったり、おっさんの運転が荒いと轢かれそうになる、という話をしてくれた。 話を戻そう。 美術品の数自体はかなり少ない。 ★リンク;バリー・フラナガン『ボールを掴む鉤爪の上の兎』 もはや誤解の余地が全く無い作品である。 うさぎがボールの上のかぎ爪に立っている。その通りだ。そしてでかい。 はた氏「なんか股間で小さいの揺れてますね」 うさぎのちんぽの部分でほこりが揺れてました。アートだ。へへへ。 ★リンク;ジャコメッティ『ベニスの貴婦人�次� 超有名すぎるアルベルト・ジャコメッティ氏の、極限人間造形シリーズである。あらゆる無駄というか有機的な実在性、イメージを殺ぎ落とす試行。 辛うじて残った小さな乳房と腹の膨らみが、これは人間であり、女としての性別を持った動物的な存在であることを示す。 その表情は説明不能だ。感情の中でも、喜怒哀楽のどれにあたるかは言えない。ただ、生きている人間の状況がする。 「人間に纏われた存在感を剥いでゆくと、どうにも拭えないものが最後に、極限の肉体に宿るのだ」的なキャプションがあり、最高だった。こういう人と友達になりたかったのだジャコ氏よ。 あとは数が多いのだが、モネの『睡蓮』。 これは純粋に油絵の美しさ、芸術的貴族的堪能を楽しむものだ。 無論、ぼんやりとした色合いなどをわざと混乱させて、何に見えるかを遊んでも面白い。 ★リンク;モネ『日本の橋』は写真では綺麗に橋ってるが、実物はかなりぼやいでいて、形が浮かんでこなかった。 なので、オオサンショウウオが手と足を踏ん張って、立ち上がろうとしている図に見えた。渓流を大事にしよう。 ひとしきり安藤忠雄を褒めちぎったところで、私達はコーヒーを飲み、なぜか ★リンク;ヤノベケンジ の芸術について話し、「太陽の塔は、残さなければ、ならん」という深刻な面持ちのムードに至った。 世界各国で共通して、鶏が人類の希望的・太陽エネルギー的な象徴であることについて話した。そのとき私は腹痛で、あたまの中身は正露丸になっていた。キュー。 美術館に来る前に、私とすず氏はカフェで『芸術を舐めてる人っていうのは、みんなから誉められるのを期待したり、すごいと思われてる状況を守るだけ。本当にイライラする』という話をした。 芸術や文学は本来、人の個人的意図や自意識を突破したり、それよりはるかに深く沈んでゆく力を持つものだ。なのに自意識や自己愛を守るための方便となっている場合の方が、とても多い。 私はこの日記を閉鎖するかを迷った。だがスミを吐けないタコはウツボに食われて軽く死ぬのだ。 では私はタコか、と言うと、案外ドチザメかも知れない。そうじゃないかも知れない。どっち。うーん。9981. |
| writer*マー | |
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