あたろーの日記
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| 2003年01月31日(金) |
ミュータントタートル |
自宅にいる時は、とても人様にお見せできないような格好です。 200円位で買った厚手毛糸の室内靴下はいて、半纏の下はもう何年も前に買った黒いタートルのセーター着て、椅子の上でトレパンの足を曲げて体育座りした上からセーターをぼこっとかぶせて、くるぶしまでセーターで覆って、だるまさんのようにぶんぶん身体揺らしながらぼけーっとしてることが多いです。ついでに言うと、そのセーターの袖は、ときどきキョンソシーみたいに腕と腕を重ね合わせて身体の手前で袖口がつながるような形にして腕をもこもこと突っ込んでいるので、伸びちゃってぼよよ〜んとなってます。 洗濯機に突っ込んでぐるぐる回して洗っちゃってるから、毛玉もぼうぼうついてるし。 ・・・今日間違えてそのセーター着て会社に行っちゃった。。 黒のタートルは2枚持っているのだけれど、外出用と部屋着を取り違えてしまい、気づかずにおりました。。 会社のトイレで、やけに毛玉が多いと、ようやくはっとなった次第でございます。 超恥ずかしいったら。 ガムテープでべりべり毛玉取りをしたのだけれど、あんまり取れず、仕方なく諦めましたが、袖とお腹のところがぼよよよよ〜んと広がって、格好わるいったらありゃしない。 今日は一日気にしてました。 同じビル内の社員食堂に行くにも、コート着ていった(笑)。 それこそ亀みたいにセーターの中に首隠したいくらいでした。
私の利用する駅は始発駅です。 朝、電車に乗る前にキオスクでマスクを買おうとホームをすたすた急ぎ足で歩く。ホームの真ん中あたりにあるキオスクで立ち止まる。 マスクマスク。 あったあそこにぶら下がってる♪ 「マ・・・」 リーーーーーーーーー (・・・スクください・・・) 口を中開きにしてひとさし指を立てたまま固まった私とキオスクのおばちゃんの視線が交錯する。 ここで発車のベルが鳴っている電車のドアが閉まる前に飛び乗るか、マスクを買って次の電車に乗るかが運命の分かれ道だ。 マスクあきらめた。 キオスクに背を向けて電車に乗る。 電車が動き出してから気がついた。 やば。 マスクするつもりだったから口紅付けないで家出てきたんだった。 すっげー顔色悪い女。。 誰も見ないでください(見ないか)。 やっぱマスク買うべきだった。 こういう一瞬のスキに判断を下さなければならない状況はどうも苦手だ。
さっき帰宅の際、電車を降りてホームを歩いていたら、周囲の人達がにやにやして空っぽのはずの電車を見ていた。ん?と思い私も振り返ると、若い女性が駅員さんと電車の中で、反対側の閉まっているほうのドアに挟まっているかばんを一生懸命引っ張っていた。 さては、ドアが閉まる瞬間に飛び乗ったんだけど、かばんが挟まったままになって、終点についてもそっちのドアは開かなかったというわけでしょうかねー。 私も人のことは笑えん。 上京して初めての夏休み、帰省のため、かばんに荷物沢山詰め込んでいざ上野(当時はまだ上越新幹線は上野までしかなかったので)へと山手線に飛び乗ったのですが、運悪くドアの内側に収まったのは自分の身体とかばんの取っ手だけだった。。山手線の車両に、コブのように私のでかいスポーツバッグがくっついて何駅か走っておりました。山手線は次の駅でどっちのドアが開くかなかなか覚えられなくて、こういう時ひどく困惑しますね。 あれは超超超恥ずかしかったです。 だってまだ初々しい乙女だったんだもんね。
一瞬の判断で、その後の運命は決まってしまう。
4日振りに外に出ました(笑)。 そしたら風がびゅんびゅん寒いのなんのって。。 職場のそばの内科に行って診て頂いたら、「初期はインフルエンザだったかもしれないけど、今は急性咽頭炎ですね」とのことでした。 その診察結果を聞いて消化不良を起こしてしまいました。。 一番知りたいのは、インフルエンザだったのか、そうでなかったのか、なのでありまするよ。「○○区で△人発症」の△人に入るのか入らないのか、そこが知りたかったのでございますです。 ま、いっか。 職場でインフルエンザウィルス噴散器にならずにすみました。 お薬沢山頂いてまいりましたです。 仕事していて頭の中にほうれん草のカレーが何度も浮かんでは消え、浮かんでは消え。。。 あー食べたい食べたい。 ほうれん草がたーっぷり入った深緑色のカレー。。 なんでこんなに食べたいんだろー。 人間身体が欲するものを自然に食べたいと思うようです。 実はまさか4日も寝込むとは思うとらんかったで、冷蔵庫の野菜は週末で切らしてしまい、買いに出掛ける気力もなく、昨日はりんごとヨーグルトを食べておりましたで、ごはんものと野菜が食べたくて食べたくて(でついでに痩せるかと思ったんだけどあんまり痩せてないのはなぜだ?)。 というわけで、夕ゴハンはインドカレーを食べに行きました。 自宅の最寄駅で降りて、時々入るインド菜食カレーのお店。 ここは偶然にも私の今の職場の前に支店があるので、ランチは職場の仲間とたまにそちらに行きます。で、夜は1人でゆっくり自宅近くの本店(こっちのほうが広い)を利用します。本店のほうは、昔はもっと小さなお店だったんだけど、数年前にちょっと移転して広くなった。でも、味は変わらないし、お店の人もアットホームだから1人でも居心地がいい。 職場の前のほうのお店でランチの時働いてる女性が、今夜は本店で働いてたので、食べながらいろいろお話聞く。 私が今日食べたいーって思って食べに来たほうれん草のカレーは、ほうれん草だけあって、鉄分豊富で女性に良いんだって。もうほんっとにほうれん草なん把入ってるんだと思うくらい深緑色。効きそう〜♪で、一緒に食べたターメリックライス。ターメリック(ウコン)は肝臓に良いんだって。ちなみに、インドのアーユルベーダでは、風邪の時にはヨーグルトは控えるらしい。ヨーグルトを食べると咳が出やすくなってしまうそうです。な〜る。知らなかったぁ。 食べ物と身体の関係に非常に詳しい方で、いろいろためになりました。 そうだよなあ、医食同源、なんだよなあ。。 考えてみれば、ここのところ、暴飲暴食はしてないけど、自分の身体に必要なもの、ちゃんと摂ってなかったような気がする。 数年前は、玄米ごはん炊いたり、野菜沢山食べるよう心がけたり、調味料にも凝ったりいろいろしてたんだけど、ここ1〜2年はそういうの忘れてる。 ちゃんと原点に戻ろう。 自分の食べるもの、自分の身体に聞きながら考えて、楽しんで食べよう。 もしかしたら、今日、あのお店にほうれん草のカレーを食べに行きたくて行きたくて仕方がなかったのは、お店の方とそういうお話をする機会を持つためだったのかな、と思う。 自分にとって必要な情報が、タイミングよく飛び込んでくることってあるよね。 ところで、これ、すごい。。 「国連軍縮会議の議長はイラク、副議長はイラン」 http://www.cnn.co.jp/fringe/K2003012900536.html 今年の国連のジュネーブ軍縮会議(CD)の議長国と副議長国が、加盟国のアルファベット順で決めていたらイラクとイランになったというお話です。 「同会議はこれまで、核兵器不拡散条約(NPT)や生物・毒素兵器禁止条約、化学兵器禁止条約、包括的核実験禁止条約(CTBT)など、数多くの重要な軍縮条約を交渉・作成してきた。」とのことなのですが。。 「 米国連代表部のひとりは、『すさまじく皮肉なめぐりあわせだ』と話している。」と。 ・・・どーなるんだべいったい。。
寝まくり。 今日も会社休んでます。 いかんな。 よく考えて見たら、今月トータルで4分の1は寝込んでることになりますな。 一年の始まりとしては最悪なんじゃないでせうか。 私ってそんなに行い悪いんかな(んだべー) もしかして呪われてるんじゃないだろか(それもそうだべー) また寝ます。 病は気から、である。 たぶん。 また訳の分からんこと言ってますな。
風邪治らなくてとうとう会社休んじゃいましたです。 明日こそは出勤せねば(汗)。。 というわけで、今日の日記はこれにて失礼させていただきまんもす。 おやすみなしゃい。
| 2003年01月26日(日) |
え?雪だるまって・・・ |
まだ治らない。。 自分の自然治癒力を信じてひたすら眠っていたのに。。 というわけで、今夜ももう寝ます。 「新潟日報」のサイトにこんな記事が載ってました。 http://www.niigata-nippo.co.jp/news/index.asp?id=2003012513933 「吉川高校、醸造科最後の酒造り」
そうなんですよ、故郷の新潟には、全国唯一の醸造科をもつ高校があります。 高校受験の時、「?」と思ったんだけど、当時は自分が酒好きだとは思ってもみなかったので(田舎の中学生・高校生はお酒なんて飲みませんっ)、興味をそそられはしなかったのですが。。でも、高校でお酒を造る授業があるってことは、やっぱり授業でお酒飲むのかな??って疑問に思ってました。 その醸造科、今年でなくなってしまうそうで、残念です。
今度は「CNN.co.jp」から。 http://www.cnn.co.jp/fringe/K2003012400218.html 「完璧な雪だるまの作り方 米研究」 「『完璧(かんぺき)な雪だるまの作り方』を長年研究してきた州立ブルーフィールド大学工学部がこのほど、確実な方法を開発した。」 とのことです。 そんなもん、子供の時にさんざん作ったでぇ〜と思いながら読んでたら、あれ??なんかヘン。 アメリカでは雪だるまは3段なんですか? ・・・日本では2段ですよね?? 体格から言って日本人は2段が限度だからでしょうか?? でも雪だるまって2段が常識だと思っておりました。 雪だるまの体型はそのままその国の人の体型を表しているんでしょーか。。 でもなんか納得行かーん! 雪だるまは2段だろー!?
せっかくの休日を寝て過ごす羽目に(泣)。 こうなったら仕方ないです。 月曜までに風邪治さないと。。。
夜になって目が覚めた(笑)。 ネットでニュースを確認。 世界各地でインターネットの接続障害かあ。。 お隣韓国での被害が大きいらしい。 ・・・テレビが壊れて以来、無理にテレビは買わなくていいやーと思ってネットのニュースから情報を得ている私としてはこうなるととっても困ります。先月新聞もやめたから、ネットへの依存度が大幅にアップしたし。 コンピュータに大して詳しくない私の日常生活でさえ、ネットに大きく頼っている部分が多いので、いざトラブルとなると非常に困ってしまいそう。 いざとなったらラジオだな。 ・・・また寝ます。
| 2003年01月24日(金) |
タイ料理あなたも食べタイ? |
やっば〜。 また風引いちゃったデスマッチ。 喉と頭が痛いですよ。 今年2回目の風邪です。 もう絶対寝込みたくないので、この土日に意地でも治します。 なのでみかん一袋とビタミンCとマルチビタミンの錠剤買って来ました。 自己管理なってないですな。。
今夜は女性グループでタイ料理を食べてきました。 会社の隣の席の東田さん(仮名)に「今日はタイ料理屋さんに行きます」と言ったら、「大量理屋さんですか」と聞き返されました。 それが乙女に対して言う台詞ですか。 タイやベトナムの料理は野菜が多くてヘルシーですね。 葉っぱものばくばく食べて、辛いトムヤムクンも食べて、ナシゴレンもお腹に入ってそのほか沢山食べて、満足満腹。 美味しい料理と笑いで風邪が自然治癒すると思ったんですが、そんな甘いことはないですかね。でも今日食べたものが明日効き目を表すのを期待してます。 タイ料理、家でも時々作りますです。 と言っても完全自己流ですが。 エスニック雑貨や最近は普通のスーパーにも置いてある「トムヤムキューブ」や「ナシゴレンの素」や「グリーンカレーペースト」なんか使えばちょちょいのちょいですし、そういうものがなくても、「ナムプラー」や「ニョクナム」(日本のしょっつると似ているそうですが、そもそもしょっつる知りません。。)というちょっとツンとくる調味料があればそれっぽい料理になります。 例えば、ナムプラー+レモン汁+にんにくのみじん切り+唐辛子の輪切り+ほんのちょっとの砂糖で、タイ風ドレッシングができます。それぞれの分量はいい加減でどうぞ。 で、牛肉に塩コショウとナムプラーをふって手で軽くもんでフライパンで炒めて冷めたら、レタス、きゅうり、スライスした玉ねぎ(これは必要!)やトマトや香菜(シャンツァイ、コリアンダー)、ミント、にらなどとさっと混ぜ合わせて、最後にドレッシングを混ぜれば、立派なタイ料理になりますでーす。 ビールに合うんだこれが♪ あたろー3分間クッキングでした。 失礼しやした。 さっさと寝ます。
| 2003年01月23日(木) |
大鼾掻造氏のことなど |
今朝、東京は雪でした。 会社に着くまでは雨だったのに、着いて窓の外を見ると、雪に変わってました。小粒の雪がだんだん勢い増してきて、外はあっという間に真っ白々の世界。積もっていいぞー、と思ってたのですが、あっという間に雨に化けちゃいました。 つまんないの。
朝の通勤電車の中で、大いびきかいてるおじさんがいた。 ご、ごぉぉぉ。 ごー。 ごー。 ごごー。 ごごぉぉぉん。。。 頼むから、普通に寝てくれ〜。 着膨れラッシュでぎゅうぎゅうの車内は、にわかにおじさんのベッドルームになってしまった。 おじさん、車内空間独り占め。 ちょっと誰か鼻つまんでやってよ。 前々から不思議なんだけど、電車で熟睡してても、どうして皆自分の降りる駅になるとぱっと目が覚めてさっと席を立つことが出来るのでしょう。 ありゃあほんとに不思議だ。 自分もそうなんだけど、どうしてか全然分からない。 爆睡しててばっと目が覚める。・・と車内のアナウンスで「次は○○〜○○です」とか言ってる。 たま〜に起きそびれて乗り越すことはありますけど。 むかーし、知り合いで、飲み会の後、新宿から小田急線に乗って川崎まで帰るつもりが、そのまま熟睡して、小田原駅で駅員さんに起こされた人がおりました。終電だったので戻る手立てがなく、仕方なくベンチで一晩明かしたらしいですが。 ところで今朝の大鼾掻造氏は、自分の降りる駅でぱっと目が覚めてちゃんと降りていきましたです。
す、すいません。 けふのにつきさぼりましたです。 あた公
まだまだ寒いけど、ちょっとずつ、ちょっとずつ、春のきざしが見えてるような気がする。 時々日中の太陽の熱を背中に感じたり、夕方、陽が長くなったと感じることがある。考えてみたら、あと1ヵ月半足らずで分厚いコートともお別れだ。 園芸好きにとって、今の時期は、今年は何を育てるか考える大事なとき。 種苗会社のサイト見たり、カタログ取り寄せたりして、4月の種まきシーズンに間に合うように手配の計画を立てないと。 種まきは、せっかちに早く蒔きすぎると寒さや日照不足で失敗するけど、あんまりのんびりしていて暖かくなりすぎるとアブラムシが小さな芽に群がっていじめるので、注意が必要。 私のベランダは、狭いけど南向きなので、緑がよく育つ。 毎年春になると、朝夕休日ほんとに毎日忙しい。 でも一年で一番気持ちが充実してて楽しい時期。 早く春にならないかなあ。 「園芸家12ヶ月」カレル・チャペック著(中公文庫)という文庫本があります。 原典からのイラストもついていて、園芸家の一年を、月を追って描いています。 ユーモアにあふれていて、園芸好きなら心当たりあることが沢山。。 かわいいし、面白い本です。
| 2003年01月20日(月) |
どこまで本気なのですか。 |
バスに小学2年生位の男の子が「子供ですっ」と大きな声で言いながら乗ってきて、料金箱にチャリーンと入れた。 ・・・君ね、それは言わなくても分かるよ。 30代が「20代ですっ」って言うのとわけ違うんだから。
こんな風に考える私はすでに相当ひねくれていると思う。
先月で、自宅での新聞の購読をやめた。 新聞大好き人間なんだけど、やめちゃった。 理由はいくつかある。 まず第一に、経費削減。 次に、古新聞捨てるのに疲れて。 それから、朝電車で新聞読んでたんだけど、やっぱ周囲に迷惑かなあ、と思って。 で、紙の新聞とるのをやめた一番のきっかけは、ネット上のニュースサイトが充実しているということ。 朝日新聞のサイトに行けば、「今日の朝刊」というコーナーで、その日の記事が全部読める。読売新聞や日経新聞、毎日新聞、それから故郷の新潟日報、これらの新聞社のサイトでは、主要な記事を無料で読める。英文記事も充実してるから、英語の勉強もできる。さらには新聞社以外のメディアのサイトでも、どんどん更新されるニュースを、ほぼリアルタイムで読めるし。 しかも過去記事の検索も可能だし。 そんなわけで、紙の新聞の購読をやめたんだけど、最初はなんか寂しかったけど、馴れれば結構便利だし、ごみもでないから、家庭で新聞読むのが1人しかいない場合はこれでいいんでないかい、と満足している。時間がなくて読めない朝は、Palm(PDAの一種です、見かけは電子手帳のような感じです)に朝日新聞の「今日の朝刊」の記事を入れて、通勤電車で読んでいる。 私のお気に入りは、CNN.co.jp。朝日新聞のサイトから行けます。 ここに掲載されるニュースって、結構笑えるものが多い。どこまで本気なのか分からないものもある。
例えば、今日の「サイエンス」コーナー。 http://www.cnn.co.jp/science/K2003011600143.html 「酔っ払った鳥が大窓にぶつかる スウェーデン」 。。。以下抜粋。 スウェーデンはカールスタッドの大学で先週末、数千羽のレンジャクが、大学の近くに生えているナナカマドの熟れた実を食べて酔っ払い、大学の大窓に向かって飛ぶゲームのようなことをして、沢山のレンジャクが窓にぶつかって死ぬという「事件」があったそうだ。 大学の広報担当者は「今のところ50羽のレンジャクが死んでいる。実は落ち始めたので、最悪の状況は脱しているが」と話しているそう。 実はスウェーデンでは昨年12月、同様のことが起きている。中部カールスコガで、熟れてアルコール分を含んだリンゴを食べたヘラジカが、8歳の少年をいじめたため、警察官がこのヘラジカを殺してやめさせている。 。。。以上
ヘラジカが少年をいじめるつもりでちょっかいだしたんなら、何も殺すことはないだろうに。 。。鳥の件は、数年前長野で似たようなことがあったね。でもあれは寄生虫かなにかだったかな。
それから、これ。 http://www.cnn.co.jp/fringe/K2003012001843.html 「電話番号に『666』 変更求める神学校」
。。。 ケンタッキー州バンクリーブ 電話番号の局番が新約聖書の「ヨハネの黙示録」に書かれている悪魔の数字「666」となっている神学校が、約半年前から電話会社に対し、これを変更するよう求めていた。電話会社側は17日、できるだけ早く番号を変更すると回答した。 -----途中省略----- 同校のマクレガー業務副部長は「666は、一般の人にとっては問題ないでしょうが、私たちにとっては違います」と話している。 同校の学生クリスティーナ・マクブライドさんも、最初に電話番号を聞いたときは「とてもショックだった」と話している。 電話会社の代表は、「神学校にとって666という数字はかなり問題だと理解できます」として、早急に番号を変更すると話している。 。。。以上
これはなんか分かるような気がする。気の毒な話だと思う。
これも気の毒かも。 「教会への通行路にアダルト店看板 信者、牧師激怒」 http://www.cnn.co.jp/fringe/K2003011800597.html
。。。 教会の牧師は、「店主は地元の法律だけでなく、神も馬鹿にしている」と激怒。「落雷があった時、(店や広告看板の)近くにいないことを願っている」と天罰を求めるような発言も示している。 。。。以上
詳しくはサイトで実際の記事を読んでみてください。
昨年末は、フランスのマルセイユで、スピード違反で警察に捕まった男性が、「火星人に追われていた」と供述した、という記事が載っていた。 真相は分かりません。そもそもなんで火星人だと分かったんだか。
狭い6畳の部屋の片隅に、正座してちょうど目の位置の高さ位の朝鮮薬箪笥がある。薬草の名前が彫られた小さい引き出しが沢山ついているもの。 6年ほど前に、たまたま入った骨董品やさんで見つけて買った。骨董品ぽく作られた最近のものだから、値段はそんなに高くなかった。結構気に入っている。 その箪笥の上に、生前私を可愛がってくれた祖母の写真と形見の品を飾ってある。よく忘れるんだけど、毎朝小さな花柄のおちょこにお水を入れて写真の前に置く。朝はいつもどたばたしてるから、手を合わせる暇すらない(ほんとはあるんだろうけど)。心の中で(行ってきますよー)とだけ。 で、それじゃあんまり祖母に申し訳ないから、仏壇代わりにと、以前京都に行ったとき、清水寺の近くの仏具やさんで小さな不動明王像を購入して、写真の隣に置いている。不動明王にした理由はすこぶる単純で、店先で、酉年のご本尊は不動明王だっていう説明を読んだから。なんとなくカッコよくて好きだったし。 で、ついでに(ついでにとは罰当たりな・・)初詣に行ったとき神社のお札を購入して、箪笥の上に立ててある。が、昨年末に帰省するとき、そのお札を持っていくのを忘れたので、今立ててあるのは昨年の初詣に手に入れたもの。。あちゃ。どーすべ。 でも、箪笥の上で一番幅を利かせているのは、6年位前に散歩の途中で入った骨董品やさんで見つけた、龍の絵の香炉。 あのときのこと、まだよく覚えてる。 何気に入った店の中で、ふと、目に留まったとき、(あーしまったー)と思ってしまった。(捕まってしまったー)。 ぼってりした形の白い磁器の肌に、青い龍が踊っている。三本の足には獣足模様。他の品の中でも、それだけが存在感放っていて、何度も何度も手にとって見ていたけど、2万円のものをぽんと買うほどの冒険ができなくて、その日はあきらめた。 ところが、翌日も、その翌日も香炉のことが頭から離れなくて、とうとう買いに行ってしまったという次第。店主が古新聞に丁寧に包んでくれているのを、胸を躍らせながら見守っていたのを覚えている。 その頃から、お香にはまっている。 といっても、香道といった本格的なものではなく、ただ香炉に灰を入れて、気に入った香りのお線香をぶちっと立てておくだけ。 雑貨屋さんでみつけたお香もあるし、物産展で買った青森ヒバのお香や、エスニック雑貨のお店に売っているインド製のお香も使う。 一番気に入っているのは、京都の東寺と三十三間堂で買ったお香。 東寺のは甘く穏やかな香りだし、三十三間堂のは、少しスパイシーな荘厳な香り。東寺のその「風信香」という名のお香は、京都の松栄堂というお香やさんが作っているとわかったので、東京・人形町にある松栄堂のお店に行って聞いてみたら、とても丁寧に対応してくれたのだが、どうやら東寺のそれは東寺でないと買えないらしいと知ってちょっとがっかりしていたら、京都に旅行に行った友達がお土産に買ってきてくれたこともある。 三十三間堂でお香を買ったとき、お守り売場(なんていうんだっけ?)のおばさんが、ものめずらしそうに私の顔を覗き込んでじろじろ見たのを覚えている。あれはちょっと嫌な気分だったな。お香買ったって、いいじゃん。 でも、ま、いっか。 好きなお香焚いて椅子の上で膝丸めて本を読んでいるときって、とても幸せだ。 ろくにおばあちゃん孝行してないうちに亡くなってしまったから、せめてお香で我慢してくれ、とも思っている(笑)。
今住んでいる所は11番目の居住地である。 父の仕事の都合で、子供の時は転校ばかりしていた。 両親が土地を買って家を建てた時、これでひとつの場所に落ち着くことができるんだ、とほっとしたのを覚えている。 が、親元を離れ東京で暮らし始めると、時々引越ししたくなって、3回移動した。今のアパートは東京では4ヶ所目。 まあ、「引越し魔」と呼ばれるほどではないと思うが、住居を替えるのに抵抗感はないほうだ。 ひとつところに長く住み続けていると、そろそろ次の場所を探そうという気持ちになってしまう。その時の自分の気分にぴったり合う場所を、地図を広げてイメージする。交通の便とか、住みやすさは二の次で、とにかく惹かれる場所があると、何が何でもそこに住もうと決心して、不動産屋を回り始めてしまう。 根無し草みたいに移動してきたから、生まれてからずっと同じ場所に住んでいる人が不思議でならない。正直言うと、よく飽きないなあと思ってしまう。 だけど、自分もいつかは終の住処となるような場所を見つけてどっかり腰を据えて暮らしたい、と考えている。そのために、若くて一人身の身軽な内に、住みたい場所に住んでみようという風に思ってきた。結婚すればパートナーに合わせて住む場所も決まってしまうだろうから、自由に動けるのは今だけだと思ってもいた。 で、今いるアパートは今年で6年目になる。 私にしては長すぎる。 引っ越さないでいた理由はいくつかある。 わりと気に入った街だし、引越しにかかる費用の問題もあるし、長く住むにつれて家財道具が増えてしまったというのもある。 長く住めば住むほど当然土地とのつながりというか、絆のような感覚も出てきて、だんだん離れがたくなってきた、というのもある。 そうなると、これまで住んでいた場所を離れて新しい土地で一から始めるのが億劫に思えてしまう。 ・・・そのくせ、いつか住みたい土地について想いを馳せたりしている。 東京は、私にとって長く住む場所ではないと考えている。 実を言うと、いつか小さな菜園を持ち、お寺の塔の見える、自然の沢山残る土地に住みたいと思ってきた。中学生の頃、早朝目を覚まして窓の外を見ると、霞の向こうに薬師寺の塔が見えて・・・という夢を見て以来、それが印象に残っている。 自分の住みたい場所を自由に選べる根無し草のような身分がとてもありがたい。 強烈に惹かれる土地があれば、そこに移り住んでみるのもいいと思う。自分で選んだところが終の住処となるなら、こんなに嬉しいことはないような気がする。 ・・・そんな風に考えていたら、だんだん動きたくなってきた。 思えば、私が東京に住むことになったのは、大学がここにあったからであって、別に都会に憧れてきたわけでもないし、本当は卒業するまでしか住まないつもりでいたのだし。 やっぱり、京都か奈良に住みたいし。 京都移住計画。
ところが。 いざ本気で考え始めると、まだまだ移れないなあ、と思う。。 いつの間にか14年も居座った東京だもの。知り合いも沢山いるし、参加している趣味の会もある。行きつけの本屋や雑貨のお店、好きな喫茶店、ラーメン屋、焼き鳥屋・・・。移住するには費用もかかる。仕事の問題もある。まだ19歳だった上京時に比べて、ある程度はものが分かるようになってしまった今は、新しい土地に自分が溶け込めるか不安で尻込みしてしまう。アパートの契約1つとっても、東京とは違うだろうし。それに、離れることを考えると、東京もまたいい土地だよなあ、って思ったりする。まだ訪れてない場所も沢山あるし。 だけどだけどとまた堂々巡り。 こんなこと考えてたら、どんどん億劫になって腰が重くなるばかり。 こうなったら3ヵ年計画で思い切って実行するしかない。 そんな悠長なこと言ってるの?なんて笑われそうだけど。 根無し草って結構気の毒な習性かもしれない。 って、自分で言ってみる。
お友達であるおじさんおばさんと3人で吉祥寺で一杯飲んできたですよ。 ちゃんこ囲んで久保田千寿飲みました。 久保田久しぶりだあ。やっぱ新潟のお酒は美味いのぉ。。 70歳を超えてるのに酒豪のおじさんは、久保田一升瓶で頼んだほうがいいくらい飲む、飲む、飲む。 んでもって気持ちよくなって、自分が学生時代に入り浸ってた新宿ションベン横丁の話をいろいろしてくれた。おもろかった。 昔はションベン横丁の片隅で皆ずらっと並んで立ちション(文字にすると恥ずかしいですな)をしていたそうだ。だからいっつも匂いがたちこめていたんだって。私はせいぜいあそこでカレーを食べたことくらいしかない。今はどうなのか分からないけど、昔はあそこ一帯はやーさんが仕切っていて、あんまり偉い学生さんだとちょっとお呼ばれされてずいぶん可愛がって頂いたそうだ(痛そう・・・)。でも義理人情に厚いやーさん達にはその後ほんとに可愛がってもらったりして、授業より横丁で飲んでるほうが多かったらしい。。昔の日活映画の世界みたいだ。 数年前、燃えちゃいましたね、ションベン横丁(思い出横丁)。今は復興してますが。 あそこでションベン臭い青春を過ごしたおじさんがちょっと羨ましく思えたのでありました。 。。。さすがに私には遠い世界であるからにして。 その後帰宅して、石鹸とタオル持って銭湯に行きました。 アパートにはお風呂あるんだけど、ユニットバスだから物足りない。 だから、時々近くの銭湯にふらふら入りに行きます。 銭湯は夕方早い時間だとおばあちゃん天国だけど、夜遅い時間帯、11時過ぎはすいてて広々してる。せいぜい2〜3人位です。 私がいつも行くお風呂やさんはお湯の温度がちと高めのような気がするんだけど、まず足から、で、だんだん潜って最後は肩までつかると、もうあーた、まさに極楽ざます。 はぁ〜♪ 骨の髄まで煮えたぎるような熱さ。 身体中の血管が、毛細血管の先っちょまでむずむずと動き出すようなあの感覚。 のぼせると大変なので、途中でいったん湯船から上がってぬるいお湯浴びて、ぼけーっと座ってからまた湯船に入る。 これを何回か繰り返す。 あーもう最高なんである。 願わくば、料金もうちょっと安くしてください。 だって400円は高すぎる。。 私が上京したばかり、14年ほど前は(もうそんなになるんかっ・汗)、たしか280円か290円だったと思うんだけど。。。
白状しますと、年末帰省するときに、用意しておいた年賀状と住所録をすっかりアパートに置き忘れて実家に帰ってしまった。。 東京駅に着くまでの間、なんか忘れているような気がしつつあんまり深く考えないでいたのだが、新幹線に乗っていざキャリーバックの中をごそごそやってみたら肝心なものが入ってなかったのであった。 出掛けに年賀状等一式入った紙袋を忘れていたのに気づき、玄関の下駄箱の上にぽんと置いて、それからトイレに飛び込んだ。で、すっきりして出てきたら、頭の中もすっきりしすぎて大切なことも抜け落ちてしまった。 まあいいか、しゃあないから東京戻ってきてから書くべ、などとのほほんと構えていたら、帰京してさっそく風邪でダウンしてしまったものだから、とうとう松の内も逃してしまい、年賀状出すにはお恥ずかしい時期になって今に至っております。 なので、これからちょこちょこと寒中見舞いのおたよりを書かせて頂きまする。 何人かの方々から、生きておるのかとメールや電話を頂き、恐縮至極。 ふえーん、ごめんよぉ〜。 そうこうしているうちに、今度の日曜日には久々にお会いする方々がいるので、その皆様には私が手渡しで寒中見舞いを。。。なんて失礼なやっちゃね。許してけろ。 そんなわけです。 生きてます。 怠けているだけです。。 ほかに、私みたいな人、いる?? ・・・いないっか。。
| 2003年01月15日(水) |
あさりの運命についての一考察 |
新潟に住む妹が、特売で買ったあさりを水につけて塩抜きしたままほうっておいたら、生きているのを見てなんだか食べるのがかわいそうになったから、海に返してあげたほうがよいかと携帯にメールしてきた。 私は、それが日本海産ならいいけど、千葉産のあさりだとしたらこの真冬の日本海に放り込まれるのはあさりにとってかえって悲劇だから、この際だから育ててみてはどうかと返事しておいた。 金魚でも、何日か世話をしていると、えさをくれる人の顔を覚えて水槽の端に集まってくる。昔実家で(アパート暮らしで猫を変えなかった時代に)父が可愛がっていたランチュウは、私が近寄るとぷくぷくとこちらに泳いできたものだ。 あさりと人間との間にもこのような親愛関係が生まれるかどうか、ぜひ試してもらいたいものだ。 海辺のアパートに住んでいた小学生時代に、プランクトンを飼ってみようと思い立ち、バケツに海の水を汲んで帰宅し、水槽に移してベランダに置いておいたことがある。飼う、といっても、相手はプランクトンだから世話をするわけでもなく、ただただベランダに置いて眺めていただけである。 ふわふわふーわふわと沢山の小さなプランクトンが水槽の中で上に行ったり下に行ったり、こんな不思議な生き物がこの世に、しかも海の中に無数にいるのかと、生命の神秘に打たれながら、夏休み、毎日ベランダにしゃがみこんで観察していた。 8月に入ると、夏休み恒例、佐渡の祖父母の家に泊まりに行く。 両親は仕事があるので子供達を佐渡に残して先に帰ってくるのだが、私達子供は2週間位祖父母の家に滞在する。 で、さんざん遊んで日焼けして佐渡から帰ってくる。 プランクトンのことなどすっかり忘れている。 ベランダに出てみると、水槽が置いてあって、覗いて見ると、底のほうに塩が積もっている。 なんでこんなところに塩が?と、ちろっと指につけて舐めながら考える。。 しばらく記憶をたどって、ようやく思い出す。その水槽にちょっと前までプランクトンがいたのである。 あれはほんとに気の毒なことをしてしまったと今でも反省している。 数年前、友達夫婦の新居に遊びに行ったとき、二人がちっちゃなミドリ亀を飼っていて、「みどりさん」と名付けて可愛がっていた。 そのみどりさんがある日危篤状態に陥った。 で、奥さんから電話でみどりさんが危ないと聞いた旦那さんは、会社を早退して急いで帰宅したそうだ。私がそれを知ったのはみどりさんが昇天して数日後なんだけど、電話口で彼女がみどりさんの死を思い出してしょんぼりしていたのを覚えている。
犬や猫のように吠えたり鳴いたりすり寄ってきたりする動物ももちろん可愛いけど、物言わぬ小さな生き物との密接な関係もまたいいものだと思ふ。
首相が今年もまた靖国神社を参拝した。 しかも今年は韓国・中国への訪問と統一地方選挙を控えていることを考慮して早めに済ませてしまったとのこと。 そーまでして靖国こだわる理由はなんなんでしょうねぇまったく。 私自身はお寺も神社も大好きだけど、一国の首相がA級戦犯を英霊として奉っている宗教法人の靖国神社に参拝するのには反対です。首相がふつうのおじさんとして行くならいっこう構わないけど。 韓国や中国と仲良くやっていく以上に仲良くしなきゃならない人達がバックに大勢いるんでしょうね。でも、それって国の問題じゃなくて、小泉さん個人の問題じゃないの?首相なんだから自分の立場よりも外交の行方をしっかり予見して行動して欲しいよ。。。
ところで、靖国神社に奉られているA級戦犯の中には、広田弘毅(元首相、外相)も含まれている。この方は、軍人に混じってただ1人文民でありながらA級戦犯として絞首刑に処され、靖国神社に合祀されている。太平洋戦争当時、国の重要ポストにいたのだから、戦争責任はやはり免れないけれど、その時の苦悩ぶりや彼の人柄、そして自分の責任に対する潔さ等、古今の政治家の中でも非常に稀有な人だと思う。高校の歴史の時間居眠りしてたからあんまり知らなかったんだけど、城山三郎の有名な「落日燃ゆ」(新潮文庫)を読んで、あの時代、こういう政治家がいたのだと感銘を受けて以来、私の最も尊敬する人の1人です。(←読みながらボロボロ泣きました) ただ、広田弘毅は靖国神社に自分が英霊として奉られることを喜ぶような人ではないと思うけど。。
ちょっと脱線しましたが、やはり靖国神社を首相という立場にある人が参拝するのは反対だな。 中国や韓国の反対を「外圧」と言う人もいるけど、それを「外圧」と簡単に片付けるわけにはいかないほどヒドイことを日本はしたのだから、両国が激しく非難してくるのも当然だと思う。 私の高校時代、授業時間の多くを割いて、南京大虐殺について資料を用意しながら教えてくれた先生がいた。歴史の先生ではなく、国語の先生だったけれど。そういう先生にめぐり合えた生徒は幸せだと思う。歴史の教科書には、原爆のことは大きなスペースで取り上げてあるけど、南京大虐殺についてはたった1行きりの記述しかないから。 日本人の戦争に対する意識というのは、そういうレベルなんである。もちろん、原爆を非難することが悪いと言っているわけではない。ただ、日本人の戦争に対する意識と周辺の国々の意識とのズレがどの程度あるのかということを、一国の首相がちゃんと認識してくれてないのでは困るんじゃないかな。
またお寺の話なんですけど。。 そういえば、学生時代の卒論のテーマが「初期寺院と古墳の関係」みたいなものでした。「・・・みたいな」というのは、人様に胸を張って言えるほどちゃんと勉強してなかったからなんですね、はい。ぼけーっとしてるか、がしがし土掘ってるかのどちらかだったような気がする(笑)。 でもお寺は子供の頃から大好きだったなあ。 たぶん、休日になるとあちこちドライブに連れてってくれた両親のお陰かもしれないです。だって、なんせ都会じゃないから、日帰りできる観光地っていったらお寺とかがメインになっちゃうんだもんね。遊園地より断然お寺や史跡のほうが多かったです。善光寺とか、羽黒神社とか、戸隠神社、永平寺など、新潟から日帰りか1〜2泊位で車で行ける大きなお寺社はほとんど連れて行ってもらいました。 いつ頃からかなあ、母が小さなノートみたいなのを持って境内の社務所に何か書いてもらいに行くのに気づいたのは。 「何を書いてもらったの?」と見せてもらったのですが、朱色のスタンプが押してあって、その上に筆でぐにゃぐにゃ難しい字が書いてあって、ナンだかよく分からない。でも両親はそれを大切にしていて、時々開いて眺めてました。 それが御朱印帳。 簡単に説明すれば、寺社に参詣した際に参拝の証しとして書いて頂くもので、寺社の本尊の名号を墨書し宝印を押してあります。昔はその意味合いがもう少し違っていて、参詣者は祈願浄書した経文を奉納して御朱印を頂いていましたが、今はたいてい寺社の社務所(「御朱印」と書かれた紙が貼ってありますよね)に行き、300円か500円程お渡しして書いて頂きます。 寺社によっていろんな御朱印があって、旅から帰ったとき、ひとつひとつ眺めてしみじみ感慨に浸るのもいいものです。さすが、お寺の方は筆に慣れてるだけあって、見事な気持ちの良い御朱印が多いです。 そうなんですよね。私も、いつの間にか自分の御朱印帳を用意して、寺社を回るときは書いて頂くようになってました。 友人と京都奈良をまわった時、お寺に行くたびにいちいち社務所に立ち寄って数分間待っている私に、最初は友達も不思議そうな顔してましたが、そのうち、「ほら、あそこにあるよ」と、社務所を見つけて教えてくれるようになったりして(笑)。 あるとき気がつきました。 お寺をまわるときついついあれもこれもと写真撮ったりするよりも、御朱印帳に御朱印書いて頂くほうが、なんとなくですが、心に残るのかもしれないなって。それに、こんなこと言ったら怒られるかもしれませんが、御朱印、結構、いやかなり、カッコイイです(^^)。梵字が書いてあるものもありますし。字に勢いがあって、ほんとに気持ちが良いです。 先日帰省しましたら、実家の仏壇の前に、両親の御朱印帳が十数冊、重ねてありました。 相変わらずやってるねーと思いながら眺めてた。 でも私もおんなじことしてるんだ(笑)。 来月京都行くことに決めたので、あらためて御朱印帳引っ張り出して開きました。 あっ、前回、東本願寺で終わってる!しかもなぜかただの赤丸の観光地用スタンプ(汗)。これ、すっごーく気になる(泣)。 なんでだぁ〜。
| 2003年01月12日(日) |
そうだ、京都いこう。その弐。 |
今日、知恩院の宿坊(和順会館)に電話して、来月宿泊の予約をお願いしました。 ちょっとわがままを言って、三門の良く見える部屋が空いてたらそこを希望する旨伝えたら、快く引き受けてくださいました。よかったぁ♪さっきネットで知ったのですが、3月には知恩院他いくつかの寺社で、夜間の境内ライトアップと拝観を企画しているらしいです。ありゃ、3月にすればよかったかな??でも、真冬の京都もまた趣があってよいかも。真っ暗な境内もまたよし♪これから何度でも訪れるつもりだから、またそういう機会もあるだろうし、いっか。 ちなみに、知恩院の宿坊は素泊まり一泊5,000円、朝食付きで5,500円です。私は朝食付きをお願いしました。 次は高速バスですが、今日、やはりネットで、東京と京都奈良間で片道5,000円の高速夜間バスがあることを知りました。知らずに大阪までの便を利用するところでした(^^;)。JRバスで、昨年の12/20から運行開始された「青春ドリーム京都・奈良号」というのがそれです。同じ路線の他の高速バスより格安な分、隣同士の座席シートがくっついている等窮屈さは否めないようですが、何しろ東京京都間を往復1万円で行き来できるんですもんね、贅沢言っちゃいけませんぜ。それに、眠っちまえばこっちのもんだし(←どこでも寝れる私)。 高速バスの予約は乗車1ヶ月前からでないとできないので、手配はもう少し先になりますが、この時期だからまあ大丈夫だよね? ということで、あとは具体的なルートを決めないと。 今回はひとつのお寺に滞在する時間を長くとろう。東寺も冬の間だけの特別拝観をやっているらしいし。 あれこれ下調べしすぎるのもなんだけど、方向音痴で間抜けな私の場合、あらぬ方向をさまよって思わぬ時間のロスが生じる可能性大。。 それにしても今はネットがあるからほんとに大助かりです。 宿坊も、高速バスも、み〜んなネットで情報を得ました。 これをお読みくださって宿坊や高速バスを利用したいと思われた方のご参考に、一応サイトのアドレスも書き添えて起きますね。
「それ行け旅人!宿坊研究会」 http://homepage2.nifty.com/hori/travel/ 。。今のところ、宿坊に関して詳細にまとめて初心者にも分かりやす く分類して紹介くださってるサイトはここの他に見当たりません。宿坊を探す際は必見だと思います。 「夜行バスに乗ろう!」 http://www.matchan-net.jp/bus/ 。。夜行バスに乗る際のアドバイスが(トイレの使い方まで・・)丁寧に書かれています。とても参考になります。BBSも役立ちます。
「発車オーライネット」 http://www.j-bus.co.jp/ 。。�蟷斡Ε轡好謄爐箸い�所が運営している、高速バス予約ネットワークです。会員登録をすると提携しているバス会社の高速バスの予約をインターネットですることができます。
「JRバス関東」 http://www.jrbuskanto.co.jp/mn/ajtop.cfm 。。↑はバス事業部門のページ。「青春ドリーム京都・奈良号」の座席は「発車オーライネット」からは予約できません。詳細はこちらで調べてみてください。
以上、今回私が参考にしているサイトです。 興味のある方は覗いてみてくださーい。
| 2003年01月11日(土) |
そうだ、京都いこう。 |
むしょうに京都に行きたくなったので、来月出掛けることにした。 2月の京都は寒いだろうなあ。 でも、観光シーズンでない分、人が少なくていいかもしれない。 リュックにちょっとの着替えと身だしなみ用具と文庫本だけ突っ込んで、好きなお寺まわってこよう。 今年はひとり旅を何回かしたいけど、旅行にそんなに費用をかけたくないので、チープ・トリップを極めようと思う。 東京大阪間片道4,800円の高速夜行バスに乗り、宿坊に一泊すれば、まるまる2日間は京都に滞在できて費用は安く抑えることができる。 いちど知恩院の宿坊に泊まってみたかったので、そこにお世話になろうかな、と思う。なんてったってあの大きな三門のすぐ前に宿舎が建っているし、朝、阿弥陀堂でのお勤めにも参加させてもらえるのだもの。最近心身ともにだらけているので、たまには清清しくしゃきっと(^^) こんなこと書くと引いちゃう人もいるかもしれないんだけど、実は私、瞑想するのが好きなんであります。 別に特定の宗教に入信しているわけでもないし、そういうことをやる団体に入っているわけでもないのですが。。でも、瞑想を特殊なものと思ってる人にそう説明しても分かってもらえないので、人には滅多に言わないのですが(と言いつつHPで言ってる・笑)。 7年位前かな。友達と京都を旅したとき、竜安寺や永観堂で海外からのバックパッカーと見られる人達が1人で瞑想してるのをよく見かけたんだけど、その時の印象が強く残ってる。竜安寺の石庭の前で、リュックを傍らに置いて胡坐かいて目を閉じている姿に、日本人である私がカルチャーショックを覚えてしまった。旅行というとガイドブック片手にとかく時間に追われながら、次はあれを見て、今度はあれを食べて、とキツキツに予定を詰め込むもんだと思い込んでいた私に新鮮な驚きみたいなものをくれた。日本人はどうも大人になっても修学旅行の癖が抜けないのかも。。 話がちょっとずれたけれど、その頃から瞑想とか、座禅といったものに興味が湧いて、ほとんど自己流ですが、時々やってます。 といったって、集中力がないので何時間もやってるわけじゃないですよ。 たとえば散歩の途中、川沿いの緑地のベンチで、近所の神社の境内のベンチで、通勤電車の座席で、夜寝る前の数分間・・・椅子に座ったままでも、思いついたときにちょっとだけ。。 いらいらして気持ちが落ち着かないとき、腹の立つことがあったとき、落ち込んでいるとき、ほんの少しの間目を閉じて、心の中をフラットな状態にしてあげると、そのあと不思議と穏やかな気持ちになれる。公園だと周囲の木々のざわめく音、神社では場のもつ静寂さがどーんと迫ってきて、心が洗われる感じ。 瞑想というと、オウム真理教など特定の新興宗教のイメージを抱いて敬遠する人も多いかもしれない。あるいはダサい(死語かな?)とか。それで敬遠したらちょっともったいないと思うくらい、私にとっては精神的に価値も効果もある日常の一コマです。 というわけで、観光客の少ない冬の京都、好きなお寺の境内で、心ゆくまで静かにすごしたいのであります。 ほんとに寒そうだけど。。 東寺と三十三間堂は絶対行きたい。仏像彫刻に圧倒されたい。何度訪れても感動が褪せないお寺だと思う。 こんなこと言ってますが、実はまだ予定が立たず、カレンダーとにらめっこしてる状況です。 はよバスとお宿の予約せねば。
夕方になってくると肺が痛くなってきますな。 食欲は戻ったのであとはしっかり食べて連休は自宅でゆっくり養生します。
どうも毎年お正月が終わり新潟から東京に戻る頃に風邪引いてしまいます。気が緩んでるんですねー。まったくねー。
3年前のお正月はひどかったです。 実家で姪っ子達の風邪をそっくりもらってしまい、新潟から東京までの高速バスの中でもどしてしまい、仕事初めから熱出して会社に来たり休んだりの繰り返しを2週間ほど続けてしまいました。熱が上がったり下がったりで医者も3件ほど変えたのですがどこも結果はただの風邪。その後も微熱が続き、咳も止まらない。特に明け方5時頃に咳とともに目覚めて布団の中でげほげほと咳をして肺が痛くて仕方ない。で、まあ次第に症状も軽くなってきたのですが、2月になっても肺の痛みというか、なんか重い感じがするのが治らない。おまけにお腹というか腸も重い。 で、ふっと思った。 ・・・まさか。 ・・・まさか結核では。。 昔のように栄養が取れなくて結核になるんじゃなくて、免疫がない云々で罹患する人が多いから油断できないと聞いていたので、自分のこの症状も結核だと思って図書館や本屋で医学書を読みあさりました。で、とうとう、区の保健所に電話して結核専門の医師のいる総合病院を紹介してもらい、会社を休んで行ってまいりました。。電話口の保健所の職員の方が、私が「結核」と口にするやいなや緊張の声色になったのを覚えています。 やっぱり結核患者の方々は顔色が悪くだるそう。待合室で待っているときの時間のたつのが遅いこと遅いこと。。その時持って行った文庫本が芥川龍之介の「蜘蛛の糸」だったんだけど、落ち込んでしまって、この先の自分の未来についてとても悲観的になっていたのでぜんぜん文章が頭に入ってこない。何度も何度も同じ箇所を目で追っているだけ。結核となると治療費はどれくらいかかるのかなあ、入院しなければならないとなったらやはりアパート引き払って実家に帰らなければならないかなあ、とか考えてしまい、もうほんとに深刻。。。そこに、隣に座っているお婆さんが何度も何度も大きなため息つくもんだから、なおのことドーンと気持ちが沈む私でした。マスクの中で咳をするたびに周囲の視線も気になるし。。 そうこうするうちに名前を呼ばれ、診察室に入って診察してもらいました。 で、先生にいろいろ症状を聞かれて、最初は風邪だと思っていたこととか、明け方特に咳がひどく、胸が痛くて苦しくてつらいとことか、微熱がずっと続いていることとか、正直に話しました。先生も、(これは、やはり・・・)と思ったらしく、真剣な顔つきで頷きながら聞いてくださってたのですが。。。 「で、最後に食欲のほうはどうですか?」と聞かれましたので、これまた正直に、 「それが食欲だけはばっちりあるんです」と答えましたら、一瞬の沈黙のあと、先生が爆笑して、 「あー食欲があるんなら結核じゃないですよ、結核なら食欲もなくなります」とほっとした顔でおっしゃいました。。 は?? え? ・・・結核じゃないの?? 嬉しいんだかなんだか、てっきり結核だと思い込んで心の準備をしていたのでかえって気が動転してしまい、では結核ではないなら一体何なんだい、ってな感じでなおさら訳が分からなくなってしまった私でございます。 「ただの風邪だとは思うけど、ここまで来たことだし、せっかくだから血液検査とかしときましょう」と言われ、「どーしますか?必要ないとは思いますが、一応胸部レントゲンとっときますか?」とも聞かれたので「念のためお願いしますっ」と先生に頼んで万全の検査体制です。だって、まだ納得いかなかったんだもんねえ。 で、レントゲンとって、尿検査して、血液検査もして、身長体重まで計ってもらいました。 レントゲンの結果を聞きにまた診察室に入ったら、先生が晴れ晴れとした顔で写真を見せて、「ほら、見てください、一点の曇りもないでしょう?結核じゃございませんっ」とおっしゃった。これでようやく、長い悩みから開放されたわけですが、でもやっぱりだるいし胸も痛い。その旨先生に聞いたら、「下腹部の鈍い痛みは慢性盲腸の可能性もあります。でも、女性ですから、まずさきに婦人科系のほうを検査したほうがいいですね」と言われ、同じ病院内の婦人科系の診察を別の日に受けることになりました。。結核ではないと断言されたら胸の痛みは心なしか軽く感じるようになり、今度は逆に下腹部の鈍痛がクローズアップされ、その日から婦人科の診察を受けるまで、今度は医学書の婦人科系のページを読み漁り、またまた深刻に悩んでおりましたです。とまあこんな感じで、結局いろいろ検査してもらったんですが、どこも異常なく、やっぱりただの風邪でしょう、とのことだったのですが、不思議なもので、大丈夫です、と言われると次第に体調も良くなって、いつのまにか咳もおさまり、胸の痛みもなくなりました。 で、それから1ヶ月ほどたって、知り合いの女性にその話をしたら、「それはあなた、気管支が弱いのよ、気管支が弱いと、風邪が長引くと腸にもくるのよ、私がそうだもの」と言われました。 。。。そ、そういうことだったのか。。 身体っつうのは、パーツで捉えたらあかんのだな。 トータルで見ないと、肝心なことを見逃してしまうのかもしれないですな。 それにしても、医者嫌いなくせに、医者に行くとさんざん大騒ぎします。 いまだに注射も苦手です(@_@;)
| 2003年01月09日(木) |
ウナサレル夢(+_+;) |
さすがに年明けから3日も休めないので、今日は出勤しましたですよ。 インフルエンザが流行っているようですね。私はただの風邪だと思うのですが、これからホントに要注意ですよね。空気が乾燥しているのがとてもよく分かります。先日までそんなに起こらなかった静電気が、バチバチ起こってます。会社のキャビネット、水道の蛇口等々。。上京して東京の冬の何に驚いたかといいますと、晴天の日と静電気がやたらと多いことです。新潟の冬の空は毎日どんよりとした雪雲に覆われていて、太陽が顔を出すことは滅多にありません。で、湿気が多いから、静電気はせいぜいセーターを脱ぐときのバチバチ、っというのくらいかなあ。 そういえば、新潟の実家では、以前は暖房は石油ストーブだったのだけれど、今は石油ファンヒーターを使っています。そのほうが暖かいし、小さい子供にも安全度が高いのかな?でも、あれは良くないですね。ふつうのエアコンも良くないですが。とにかく部屋が乾燥します。朝起きると家族がヒーターをつけてるから喉がからから痛い。日中も、肌かさかさするし、第一ストーブの上にヤカンのっけておくことができないから、湯気もない。焼き芋も焼けない。昔はよく焼いたのに。。。 やっぱ昔ながらのストーブが良いです。 話は変わりますが、風邪を引いて熱があるときに見る夢って、パターンが決まってませんか??私だけなのかなあ?? 私は、熱があるとき、必ずといっていいほど、刃物を持った人に追い掛け回される夢を見ます。なんでだろ? 一番印象に残っているのは、小学2年生位の時。学校休んで寝てて、あの時はたしか40度近くの高熱を出してたと思うんですが、夢の中で、なぜか私は江戸の町を、十手を持った銭形平次に追い掛け回されてるんです。町娘ではなく、なんかどっかのおっちゃんだったと思う、私(爆)。それで、うんうんうなってたらしく、母がゆすって起こしてくれました。ぱっと目が覚めたら母が心配そうに覗き込んでいて、それでああ夢だったんだってほっとして、母にこれこれこんな夢を見た、って一生懸命説明したのを覚えてます。 あと、いつだったか、沢山のトイレの中を逃げ回った夢もあります。それも確か熱があるときだったような。。 で、昨日日中眠ってて見た夢。 どこか広い駅の構内で、駅員が何か叫びながら階段を駆け上がって来て、その後を包丁を持った中年の男が追いかけてくる、で、駅員が逃げ延びると、男は次の標的を捜して構内をうろうろし始める。。周囲の客は逃げ始めるんだけど、私は逃げなきゃ、と思いながらも、身体が思うように動かなくて、焦りばかりがつのる。。。ってな感じです。。 夢の中で、「これは夢なんだ夢なんだ」って思ってるんだけど、「でもやっぱり逃げなきゃならない」って必死なんです。で、気持ちだけじたばたして身体が動かない〜なんて思っているうちに、夢から醒めました。 私って、前世によっぽど悪いことして追われる身だったのかもしれないですねー。 それにしても、銭形平次はいかにも夢、って感じで笑えるんだけど、昨日のそれは、今の世の中、現実に起こりえるし、起こってもいるようなことなので、なんか笑えない。。ていうか、ちょっと怖くて、気分が良くないです。 うなされても、目が覚めたとき、「あ〜夢だったんだ〜」ってほっと出来る夢なら、まだ許せますよねえ。。。
熱が下がらず、会社を二日もお休みしてしまいました(泣)。 今夜も早く寝ますね。 すいませんm(_ _)m
| 2003年01月06日(月) |
今日は早く寝ますm(_ _)m |
年初め早々だらしがないのですが、風邪を引いてしまいました。。 今夜は早く寝ますね。 すいません。。。
| 2003年01月05日(日) |
乗車率230%ぎゃふんっ! |
お昼過ぎ新潟発の新幹線で、東京に戻ってきました。 ネットのニュース見てたら、上越新幹線昼過ぎの便で自由席乗車率230%だったんだって。これって私の乗ってきた便じゃないのっ(爆)。両親と姪っ子甥っ子に見送られて新幹線のホームに上がったら、自由席すでに人が通路にまで立っている状態。次の便を待つ行列も長いので、次の列車を待ってもどうせ座れないでしょう。なので、ホームに止まっていた満員の新幹線「とき」で行くことに。でも、自由席はもう連結部にも人が立っていて、ぎゅうぎゅう状態。・・・こうい場合は自由席車両を諦めて指定席車両の端っこに立っているしかありません。というわけで、指定席車両の一番後部の座席の背後の壁にちゃっかり寄りかかっておりました。 新幹線が動き出すと、ホームで見送っていた3歳の甥っ子が、目をまんまるくしてコーフンし始めた。そうだもんねえ、新幹線新幹線ってしょっちゅう言ってるもんね。それが目の前で動き出したんだものね。しかも、今日はあたちゃんを乗せてだ。新幹線に乗って参上して、また新幹線で去っていくあたちゃんは、ちょっとしたヒーローなのであるよ(それも今のうちだけ)。 最初は空いていた指定席車両も、燕三条、長岡に着く頃には、もう満員。通路にも人がぎゅうぎゅうに。。それにしても、こういうときに子連れのおばさんというのはときとして強い・・・というか、ずうずうしいものですな(まあ、人にもよりますが)。越後湯沢あたりで乗ってきた小学4〜6年位の子供二人と連れた夫婦、指定席車両だから当然自由席券で乗車してる他の客達は席が空いてても座らないで我慢して立ってるのに、乗り込んで空いた席を見つけるや「そこ!空いてる!!」とお母さんが叫んで子供二人と自分が突進して座った。お父さんは立ってたけど。周りのお客さん、恨めしそうに見てるのを尻目に、ばくばくゴハン食べ始める。とそこに、途中駅から乗った若い男性がやってきて「そこ私の席なんですけど」とお母さんに言うと、とっても嫌そうな顔してしぶしぶ席をゆずって自分は通路に立った。まあ、そこまでは許す。子供連れだし(でも立たせておいてもいい年齢だぞっ)、空いてる席は有効利用ってことで。。でも、その後の駅でもし本来その席の指定席券を買っていた乗客が乗ってきても、あそこまでどうどうと子供達がくつろいじゃってたら、お客も「そこ私の席です」なんて言い出せないのではないか??現に、高崎あたりで乗ってきたおじさんが、きょろきょろしながら座席を探しているふうに通路を進み、ふと、子供達が座っている座席をじっと見て、困った顔をしてそのままそこに立ち止まってしまった。 お母さん、知らん顔してる。おじさん、結局東京に着くまで通路に立ってたけど、たぶんあの席を予約した人なんだろうなあ。でも、さすがに子供にそこあけろとは言えずに、我慢してたんだろうなあ。。 で、お母さん、大宮あたりで少し前の席の人達が降車準備し始めたら、今度はそちらにずしずし人を掻き分けて進み始めた。。。。ああはなりたくないなあ、と思ったけど、あのお母さん、たぶん30代後半位だよなあ。ほんとに、ああはなりたくないよなあ。。
新潟は大雪です。 今日は朝から風が強く、みぞれでしたが、午後から雷が鳴り、夕方になったらぼた雪が降り始めました。今、外はずんずん雪が積もっています。庭木の枝が雪の重みでしなっています。毎晩夜遊びに出かける我が家の猫も、玄関先で諦めて戻ってきました(笑)。今夜は特に冷え込みます。。 明日、私は東京に戻らなければならないのですが、新幹線、ちゃんと動いてくれるかな??月曜から仕事なので、戻れないと大変(^^;) 実家に帰ってきて、姪っ子甥っ子達と過ごす時間が多く、のんびりできたというよりむしろ疲れたような気がするのですが・・・でも、普段接しない世代とずっと一緒にいるというのもたまにはいいリフレッシュになりますね。 自分の子供の頃もそうだったと思うけど、子供のおもちゃってどんどん進化して、ひと昔前とはぜんぜん違うタイプのものが使われてたりする。大人の私でもどういう仕組みになってるんだろう?って不思議に思うものも沢山あったり。キティちゃんの声のするパソコンもあるし(^^) だけど、姪っ子達が「ばば、これ読んで」と言いながら私の母の所に持ってくる絵本を見ると、私や妹が彼らくらいの時に買ってもらった絵本だったりして、懐かしくて、嬉しくなる。 「ないたあかおに」「ぐりとぐら」「マーシャとくま」「わたしのワンピース」「からすのパン屋さん」etc.. 幼い頃から本に親しむことの大切さを知っている母が、私達が幼い頃に見ていた絵本を、処分せずにとっておいたものだ。もちろん、本屋から新しく買ってきた絵本も実家にはあるが、姪っ子達のお気に入りは、私達が子供の頃に親しんだ絵本と同じもののようだ。 最近、私も本屋の絵本コーナーに行くようになったが、先ほど挙げたようなタイトルがまだちゃんと売られていたりして、びっくりした。子供に人気の漫画の主役達の絵本に比べると、昔からある絵本は、なんだか地味な色味だし、本棚に置かれていても自己主張が激しくないから目立たない。でも、相変わらずちゃんと売れ続けているし、読まれ続けているんだなあ。 ・・・で、母が甥っ子に読み聞かせている「ないたあかおに」。 傍らで何の気なしに聞いていると、こちらもだんだん話に引き込まれていく。話の続きを早く知りたくなる。さんざん繰り返し読み聞かせてもらったし、自分でも読んだのでストーリーは分かっているつもりなのに。 物語の力、というのかなあ・・・。 昔から何世代にもわたって読み継がれてきたお話というのには、それなりの理由があるんだよね、きっと。 そういう絵本が、これからもずっとずっと大切にされますように、それから、永く読み継がれる本がこれからも沢山生まれますように。
新しい年の初めに、毎年今年の抱負を考える習慣がついている。 子供の頃は、元旦の朝、子供達は父の前に座らせられて、その年の抱負や目標を言うのが我が家の慣わし(?)だったので。さすがにこの年齢になると、父も私にそんなことは聞かないが、年の初めに自分の中でその年の抱負を決めないと、落ち着かない(笑)。かと言って、それを一年間覚えてちゃんと実行するかというとそんなことはなくて、悲しいかな、さっさと都合よく忘れて数日後には自堕落な毎日を送る羽目になってしまう。。 ただ、20代まではそれでよかったのかもしれないけれど、30代ともなると、1年1年、1日1日がとても大切なものに思えてくる。べつに、自分が歳を取ることを恐れているとか、そんな意味ではない。自分が、何か肝心なことをしないままの大人であるような気がするのだ。 恋愛も、友達も、仕事も大切。年齢的には結婚もしたいしできれば子供だって欲しい。けれど、もっともっと自分にとって大切なこと、し忘れてないかな、と思ってしまう。。。。し忘れてるんじゃなくて、忘れた振りして逃げてるのかもしれないなあ。。 人生は長いようで短い。ほんとに短い。 やりたいこと真剣にやろうと思えば、1日はあっという間だ。 。。。今年は、1日24時間をフルに大切に使うことを心がける年にしよう。 私は特に時間の使い方の下手くそな人間なので。
| 2003年01月01日(水) |
あけましておめでとうございます! |
今年もよろしくお願いいたします。 昨夜は紅白歌合戦の前半が終わらないうちに、もう眠くなり、ごろんとなって起きたら、もう年が明けておりました。よって日記さぼってしまいました。すいません。締めくくりの日だったのに。。 年越しそばも、食べそびれました。 そば好きの私は毎年欠かさず年越しそばを食べるのですが。。 今朝、なんで食べるとき起こしてくれなかったのかと文句言ったら、昨夜食べるときに居間の片隅で爆睡している私にみんなで声をかけたんですが、「いらないから寝かしておいてくれ」と私がちゃんと答えたそうです。 。。。覚えとらん。。。陰謀だ。 今これを書いている横で、3歳の甥っ子がぬいぐるみを抱いて覗き込んでいます。 ・・実家に帰ったらのんびりPCいじったり、ごろごろしたりしようと思っていたのですが、甘い考えでございました。 私がノートパソコン開いてかちゃかちゃやっていると、隣で見ていた小学一年の姪っ子がひとことつぶやきました。「それ、わたしにもできると思う」しかも、脇に挿してあるAirH"のカード指差して、「これで通信するんでしょ?」と聞いてきたもんだから、びびりました。 ・・・なに?実家にはパソコンはないはず・・と思っていると、「わたしもパソコンやろうっと」と言いながら立ち上がり、自分の部屋から持ってきたものは、キティちゃんのおもちゃパソコン(^^)それを私の隣で開いて、並んで一緒にかちゃかちゃはじめました。その本体にもちゃんとキティちゃんの絵のついたカードが(笑)。。。 で、ケータイで猫撮って写真日記に載せたのを見せたら、自分達も撮ってくれ、載せてくれと大騒ぎ。よって、写真日記にがきんちょ達も掲載させて頂きました。 それから、私のいじってるパソコンのほうがいろいろ見れて面白いと気がついた彼らは、私がPC開くと争うように飛んできて、ひざの上と両脇に群がって、ドラえもんや恐竜のサイトを見せろと次々と要求。子供って、一度見たものでも何度でも見たがるので、私が飽きても、何度も何度も同じ画面を見せろ見せろと言うんです。。そのたびに、クリックしてあげる。。。最初はこちらも面白がってあれこれ見せてあげるんですが、そのうち自分の見たいサイトに行きたくなったり、メール書いたりしたくなってくる。でもがきんちょ達は離れません。結局何時間もキッズサイトめぐりに付き合う羽目になりました。・・・なんのためにわざわざノートパソコン運んできたんだか(笑)。 でも、子供はかわいいですね。特に、小学校低学年や幼児である今位が一番かわいいんだろうな。子供の笑い声が絶えない家庭っていいですよね。自分がいつも東京のアパートでしーんとした環境にいるので、なおさらそう思います。きっと、東京に戻ったら、気が抜けたようになっちゃうんだろうなあ。
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