あたろーの日記
DiaryINDEX|past|will


2003年11月30日(日) 手で喋る人

 1日中、四畳半の小さな自分の城に篭っているのも嫌いじゃない。今日はずっとそうしていた。夕方、銭湯に行ってボケーッと湯船に浸かっていたら知り合いにジャバジャバお湯をかけられた。あまりにもボケーッとして声をかけられたのにも気づかなかったらしい。そこで今日初めて喋った。そんな1日も好きだ。
 
 つくづく話しベタだと思う。
 頭の中で思いついた言葉を、口を動かすまでに並び終えることができない。順序の整理がつかないまま、相手を待たせてはいかんと頭で浮かんだままを喋るから、述語が先に来て後で慌てて主語がくっつく、形容詞が飛ぶ。喋りながら(ひどい日本語だなー)と自分で情けなくなる。もともと考えるのも遅い人間なので、会話のテーマが変わってから、前の話題について言いたいことが出てきたりする。その時にはもう他の人達の興味は新しい話題に移っているので話を元に戻すこともできず、ただただ自分の頭の中で言いたいことを繰り返しているだけになってしまう。呆れるほど会話に向いてない人間だと思う。

 反面、ものを書くのは何故か人より早い。頭で考えることが即指先に伝わる。考えながら書き、書くことが次の思考を生み出すような感覚で、思うに、私の場合は、「書く=考える」タイプなのかも。それは私の文章が凄いのよとかそういうことを言ってるんじゃなくて、口を動かして何か喋るとき、私は考えることよりも発声する行為に気を取られすぎるんじゃないかと思う。でも、だからといって、人間嫌いじゃないし、人と会うのは好きだし、会話が嫌いなわけじゃないけど。
 思うに、人には、口で喋る人と手で喋る人の2種類いるかなあと思う。
 
 今日は1日中書いていた・・・と言いたいところだけど、原稿用紙広げてマスの上でつまづいてばかりだった。


2003年11月29日(土) 猫マンマ

 地蔵通り商店街に「ときわ食堂」という巣鴨では有名な定食やさんが2軒あって、私もたまに行く。特に引っ越してきたばかりでまだ自分の台所で料理できなかった頃はよく食べに行った。全体的に安い。安くて量が多くて、美味しい。種類も多い。2軒ともいつも混んでいる。とげぬき地蔵に近いほうの店はおばちゃん達のグループも結構入っている。あとはほとんど作業服を着たおじさんとか、近所の常連のおじさん、それから若い人もわりと来るみたい。で、1人客が多いものだから、たいてい相席になる。たまに、若いカップルが入り口で店員に、「相席になりますがいいですか」と聞かれ、躊躇して帰っていくことも。相席が常識。相席で引いてしまうようでは、街の食堂には入れません。
 今日はゆっくり起きて、お昼に家を出て会社へ。地蔵通りを歩いている時にようやく空腹を感じて、ときわ食堂に入った。
 450円の日替わり定食のあじのたたき定食を食べていると、向かいにおじさんが座って相席になった。
 おじさんもあじのたたき定食を注文。
 。。。と、おじさん、やおらあじのたたきをお皿ごと持ちあげると、豆腐とワカメの味噌汁の中にぶちまけた。。
 別に前に座った人の食べ方を観察するつもりはなかったんだけど、味噌汁に何つっこんでるんだろうと思って顔を上げるとそういうことをしておりました。あー。・・・・なるほど、熱々の味噌汁にあじのたたき。きっとこのおじさんの故郷の食べ方なんだな。味噌汁の中のあじがどうなっているか想像するとちょっと嫌な気はしたけど、まだ耐えられる範囲。
 ところが、おじさん、小皿に別盛りされていたあじのたたき用のネギとしょうがをご飯に塗っている。まさか。で、次にあじのたたき入り味噌汁を山盛りごはんにジャバッとかけた。
 う。。。やりやがった猫マンマ。
 子供の頃遊びに行った祖母の家の猫がよく食べていた。猫なら許す。でも人間がやるのは許せない。猫マンマ。見たくない。何故か理由は自分でもよく分からないけど、ご飯と味噌汁はそれぞれ別の容器で食べないと気持ち悪い。カレーライスに生卵。許す。関西では常識らしいことだし。牡蠣フライにソース。許す。醤油派は私の他にはあまり見かけないから。
 でも。白飯に味噌汁かけるのだけは許せない。
 でも、おじさんにそれを言うわけにも行かず、我慢しながら自分のご飯を黙々と食べる私。
 気がつくと、おじさんのご飯の上には味噌汁のワカメが黒々と乗っかっている。あーあ。
 さらに。
 付け合せのサトイモの煮っ転がし。その小鉢を手にすると、おじさん、なんと、その煮汁もご飯にぶっかけた。
 うううううう・・・・
 お腹に入ってしまえばみな一緒、ではあるけれど。
 
 さすがの私も目の前で繰り広げられるデコレーション定食に耐え切れず、急いで自分の食事を終えると、そそくさと店を出ました。
 


2003年11月28日(金) あと1ヵ月。。。

 もう11月が終わりなんて早すぎ。
 ちょっとまだ待って欲しい。今年やり残したことまだ沢山あるよ。
 12月になったら来年なんてあっという間にやってきてしまう。
 もうどーしよう。

 どーしようもこーしようもないから、ぱっぱぱっぱと動くしかないですな。
 先生も走る12月。私も走らにゃ。
 ・・・明日も会社だ。ぐぅ。。


2003年11月27日(木) あともう1日

 月末はどうしても仕事で帰宅が遅くなってしまう。
 なので日記を書く時間がとれません。すんません。
 あと1日!
 頑張らないと(^^)


2003年11月25日(火) 戦争への道。考えすぎではなくて。

 衆院予算委員会での自衛隊イラク派遣をめぐる質疑応答(銭湯で見てたのよ)。相変わらず小泉首相って人を喰ったような答えで肝心なことをはぐらかしているなあと思った。。
 いまや、今年初めのイラク攻撃が帝国主義的なアメリカの暴走だったということは、世界中の良識ある人々の間では周知の事実なのでは?日本国内でもそう考えている人は相当いるはず。与党だけが気づいていない。気づいていても、そこに蓋をして直視しようとしない。どこまでもアメリカと心中する意思を見せることで、日本の立場をこれまでどおり守り通せると思っているのだろうか。
 「テロに屈しない」「テロを放置しておくわけには行かない」と言うが、そもそもテロを生み出したのはアメリカだ。なにも今始まったわけではない。現在の混乱する中東情勢にはアメリカが表で裏で、ことごとく関与している。テロリストを次々と生み出す温床は、アメリカが自分達の利権を求めて深く関わっている土地にある。
 日本の自衛隊がひとたび海外へ出れば、それはもう軍隊でしかない。自衛隊ではない。たとえ物資の輸送や後方支援であっても、海を渡ればもう自衛隊ではないのに。
 
 国民保護法。ニュースで初めて耳にした時、「国家総動員法」の現代版かと思った。今は国民に向けて語られていることは曖昧な内容ばかりに思えるけれど、この国民保護法を拠り所にして、この先有事の際、どのような規制が追加されていくのだろう。。。国民を守る、国民のための、と言うけれど、政府の命令に従わなければ罰則が科せられるなど、強制力がかなり強いような気がする。この保護法がいずれ対象とするであろう「テロ」の定義も実は曖昧なんじゃないか。テロリズムの範囲はいかようにも広げられる。今はアル・カイーダの爆弾テロなどをすぐに想像してしまうけれど、それとは異なる形の「テロ」だって起こりえるだろうし、それはアル・カイーダとは限らない、もっと言ってしまえば、目に見える暴力であるとも限らない。誰が見ても、国民に危害を加える恐ろしいテロだと判断できるようなテロであれば問題ないけれど、そうでない場合、例えば政府だけがそれをテロだと判断するような事態が起こったら?
 考えすぎ?でも、この種の法律がいとも簡単に成立してしまうのを、手放しで歓迎するわけにはいかないんじゃないかと思う。
 国民の命を守る、テロには屈しない、という大義名分を掲げながら、日本が過去の戦争への道へ逆戻りしているのではないかと思うのは、私だけではないと思う。


2003年11月24日(月) 『江戸の性風俗』

 『江戸の性風俗』(氏家幹人/講談社現代新書)を読んだ。副題は「笑いと情死のエロス」。
 江戸に関する本を片っ端から読みまくっている。とにかく江戸が面白く、魅力的。とりわけ今年は江戸開府400年記念の年なので、江戸が一段と注目されていて、江戸好きな人間には嬉しい。
 学生時代、発掘をしている時、古代の遺構や遺物が出てくるととてもわくわくしたのに、近世のものが出てくるとつまらなく思えた。近世考古学を専攻する学生もまだ少なかった頃のことだ。実を言うと、今住んでいる巣鴨に、一時期発掘に通ったことがあった。掘っていたのは近世の植木屋の屋敷跡。今の私からすればとてつもなく魅力的な調査だったのに、当時の私ときたら土の中から出てくるのが磁器やすり鉢や泥面子ばかりなのにちとうんざりしていたのだ。なんとバチアタリな。そんな私が今は巣鴨に住んでいる。杉並から巣鴨に転居したのは実は江戸についてもっと勉強しやすい環境を求めてでもある。中山道の入り口でもある。江戸東京博物館にも、神田古書店街にも行きやすい。江戸情緒と適度なおっとりさ加減が巣鴨の魅力でもある、なんて勝手に思ってます。
 えっと、本題に戻ります。
 『江戸の性風俗』。
 性は、人間にとって避けて通ることはできない問題。それを必要以上にタブー視し、暗い箱の中に隠してしまおうとする現代の道徳観とはまったく異なる江戸時代の人々の、性に関する話題のおおらかさ。それは決して自由奔放ということではなくて、例えば名のある武士の家庭で、家長と妻と、老いた母と息子と、その親族や使用人達が、あからさまな性の話題に皆で腹を抱えて笑い合う、そういうくったくのなさ。「性」を連想するものから子供を必死に遠ざけようとする現代人からみると、羨ましいほどにのびのびとしていると思った。もちろん、全部の家庭が性に関しておおらかであったとはいえないだろうけど、総じて当時は生きていく上で必要不可欠な性についての話題に開放的であったらしい。
 本書では男色についても述べられている。男色、同性愛というととかく偏見されがちな現代とは異なり、当時は大名同士が恋愛関係になったり、それなりの地位にある者が幼い少年をそばに侍らせて可愛がり、自分の信頼のおける従者に育てていく、など、とてもポピュラーな形だったとのこと。むしろ子孫を残し、家系を守るという必要性がなければ、武士にとって、女性より男性のほうが恋の相手、性愛の相手として魅力的な要素が多かった、そういう時代もあったそうだ。次第に女性が美しく化粧し、着飾るようになったこともあり、時代は女色のほうへ動いていったらしいけど。
 現代では幼児や子供を性的な対象とみなし、いたずらなど危害を加える輩が社会問題化しているけど、それはどうやら成人の女性を対等な恋愛対象として見ることができない男性の屈折した内面が原因かと、そんなことを聞いたことがある。江戸時代の男色はそれとは異なる。「女性を相手にできない」というのとはまた別で、相手が男同士だからこそ、恋愛以外のものも連関してくる、まさに命がけの恋であったという。武士道と男色が密接に関係していた時代もあったそうだ。
 性を取り巻く言葉の問題にも触れている。これがまさに目から鱗で、とても示唆性のある内容だと思った。
 例えば「不倫」。今でこそ、結婚した同士、あるいは片方が結婚している場合の婚外にある恋愛関係と、限定された使われ方しかしていないが、昔はもっと広い意味があった。「不倫」はもともと「ふさわしくない、不適切だ」という意があり、未婚者同士の恋愛や、恋愛や男女間以外の場面でも使われていたとのこと。現代では「不倫」という言葉が男女の特定の関係に限定されている。
 さらに、「肌を合わせる」という言葉。これは、何も性的な関係を示唆する意味に限定されていなかったそうだ。昔の人は今よりもっともっと人間同士の距離を密にしていて、「肌を合わせる」というのは、そういうことができるほど信頼できる相手だ、という意味を含んでいたという。例えばある武士が他の武士を指して、「あいつとは肌を合わせることなどできない」と言えば、それは男色の否定ではなく、その相手が腹を割って話せるような信頼できる人物ではない、という意味になる。
 昔はそれぞれの言葉の持つ意味は、もっと多様で、広がりを持っていた。
人々は言葉に対して柔軟で、想像力があった。言葉は生き物で、変化していくものだけれど、語義が失われて、それぞれの言葉の中にある可能性が狭くなっていくのは、日本語にとって不幸だなあと思った。
 新書だから、誌面の都合もあり、著者の語る量も限定されているけれど、氏家氏の性風俗に関する著作は他にもあるので、また読んでみようと思う。
 


2003年11月23日(日) 焼き鳥作ってみました

 寝違えて朝から首と肩が痛い。
 なにやってても痛くて、気にすればするほど、凝る、凝る、凝る。
 早く銭湯に入って打たせ湯で思いっきり首と肩に滝のようなお湯をジャバジャバ当てたい・・・というわけで、早めに銭湯に行って、念願の打たせ湯。それから露天風呂の縁に頭を乗っけて夜空を見ながら熱い湯にゆっくり浸かった。もう、極楽極楽。頬に冷たい夜風が当たるのがまた気持ちいい。首から下は熱い湯で血の巡りがよくなっている。あー極楽極楽。
 
 銭湯から上がってそのまま近所のスーパーに行き、鶏肉買う。今夜は焼き鳥。えーと。皮、ねぎま、正肉。ししとう、にんにく。あと、冷奴。
 焼き鳥の皮、大好き。カロリーが一番高そうだけど、あのこってり加減が好き。皮食べたーい、ってんで、鶏肉コーナーで皮を探す。が、やっぱりないよね。鶏肉の皮だけなんて、そもそも売ってるのかしら。見たことないもんね。・・・ということは・・・。
 自宅に帰り、さっそく調理にとりかかる。
 まずは、たれ。
 ネットで焼き鳥の作り方説明してくれているサイトをあちこち見て回って、ちょいと研究。
 で、割合は。醤油2、酒1、みりん1、砂糖0.7くらい。そこに和風だしをちょっと。あと、私の場合、チャツネ(カレーに入れるジャムみたいなもの)を小さじ1ほど足してみた。なんとなく、いいかなと思って。さあ、どうかな??それを小鍋で焦がさないように弱火でとろみが出るまで煮詰めていく。隠し味(?)のつもりで味噌を小さじ1ほど入れてみた。でもこれはいらないかも。うん、むしろないほうがいい、と後で食べて思った。次回からは味噌は入れない。
 もも肉の皮を、包丁の先っちょを使ってこそげるように剥ぐ。もも肉から皮を剥ぐなんて初めてだ。他の料理ではいつもそのままぶつ切りにして使っているから。その皮をだいたい2センチ四方くらいに切る。切り離したもも肉も適当な大きさに切る。むね肉、これも切る。それから長ネギ、にんにくも適当な大きさに切る。なるべく均等な大きさに。ししとうは破裂しないように小さく切れ目を入れておく。
 次はいよいよ串に刺す。ぶつ、ぶつ、ぶつ。。。あんまり欲張ってぎゅうぎゅうにしない。均等に焼けるように。
 ここで気がついた。皮って結構刺しにくい。まず串の先がなかなか皮を突き抜けない。おまけにすべる。すべって自分の指を刺してしまう。うー。。鳥皮ってこんなに手間のかかるものだったんだ。
 ねぎま、正肉、皮、にんにく、ししとうをそれぞれの串に刺しながら、ガスコンロの魚焼用グリルですでに焼き始める。下に水は張らない。蒸し焼きにならないように。あんまり強火にせず、中火くらいで途中ひっくり返して両面焼く。狐色にならないように。中に火が通ったかな、くらいで止めておく。
 とろみが出るまで煮詰めて冷ましておいたたれは、別の容器に移しておく。煮詰めた時の小鍋は洗わずにそのまま。ここで台所の狭い私は考えた。
小鍋の中に、両面焼いた焼き鳥をいったんグリルから出してどんどん入れていく(串を立てるように)。グリルの中では次の焼き鳥を焼く。で、上がったらまたどんどん小鍋に入れる。最後のグループを焼き上げたら、小鍋に入れた焼き鳥達の上から、別容器に移しておいたたれをスプーンを使って回しかける。なるべく満遍なく。で、今度はたれのかかった焼き鳥をグリルで、先ほどよりちょっと強火にして両面さーっとあぶるように焼く。
 焼き鳥を全部抜いた後の小鍋は、底のほうに再びたれが溜まっている。でも、このたれは、鶏肉から出た油も混ざって、最初に作った時よりもコクが増して美味しくなっているはず。それを鍋のまままた弱火にかけて温める。
 焼き鳥が全部焼きあがったら、お皿に並べた焼き鳥の上から、再び煮詰めたたれを回しかけて出来上がり。
 
 冷奴は、エシャロットとにらをみじん切りにして豆腐の上からちょっと豪快にかけて、その上からさらにごま油を1匙ほど、最後に醤油をさっとかけるだけ。これが結構いけます。

 感想。
 焼き鳥、美味しかった!!
 自分で言うのもなんですが、十分満足のいく味になった。生意気なようだが、そこんじょそこらの焼き鳥屋さんには負けないわよぅ、位は言ってもいいかも、ははは。
 焼き鳥のたれは時間のある時に作って、寝かせておくともっと味が出るかも。
 自宅で焼き鳥、すでに作ったことある人もいるかも。
 もし、まだのようでしたら、私のレシピ参考に、どうぞチャレンジしてくだされ。
 結構楽しいです。
 ちなみに写真は写真日記に。
 次回はつくねもつくんねーと。


2003年11月22日(土) お江戸寄合と天下祭

 江戸開府400年記念事業の一環として開催された「お江戸寄合」(全国街道交流会議主催・日比谷公会堂)に行ってきた。
 二部構成で、第一部はシンポジウム、NHKの松平アナウンサーを司会に、脚本家の市川森一、エッセイストの高橋千劔破(ちはや)、徳川宗家第18代当主の徳川恒孝の各氏が、江戸時代の、江戸と各地の文化交流の橋渡し役であった街道とその周辺について語り合う。シンポジウムというよりもっとリラックスした雰囲気、談話会、という感じ。それぞれに江戸文化を長く見つめてきた方々で、どの話も面白く、とても1時間半では足りない。もっと話を聞きたかった。
 よく言われているように、家康が江戸で幕府を開くまでは江戸は葦原茂る土地であったというのは嘘で、実は、それ以前から江戸は着々と都市として整備されていたらしい。北条氏王国をそのまま頂戴する形で、家康はしっかりした都市構想を持って江戸に入り、すでに都市として体裁を整えつつあった江戸から地方への街道をすぐさま整備し始めたとのこと(高橋氏)。
 参勤交代は各大名達とその民達に大きな負担を強いて、各藩の財政を圧迫したことから批判的に捉えられがちだが、参勤交代の一行(武家だけでなく、お抱えの職人等さまざまな人達も同行)が各街道の各宿場を滞在しながら江戸に向かう道中で、いろんな土地との交流が生まれ、そこで文化が混ざり合い、さらに江戸での滞在中も文化交流が行われ、参勤交代によって文化が攪拌されたことは大きな意義があった。例えば「わが藩の大根は漬物にすると旨くないが、この藩の大根は旨い、どうしたわけか」というようなことから芸能にいたるまで、さまざまな段階で文化がシャッフルされた(市川氏、高橋氏)。
 江戸時代の鎖国は日本を世界の発展から大きく隔て後退させたとマイナスに評価されがち。けれど、長い江戸幕府の時代で、武器の発達が見られなかったこと、入鉄砲に出女、と厳しかった関所はあれど、一般のしかも女性も現代より頻繁に安全にひとり旅ができたほど平和な時代であったことを再評価すべきである。争いのない平和な時代だったからこそ、旅人が頻繁に行き来して街道がさらに発達し、人びとの心が豊かであった(徳川氏)。
 日本人が西欧人に比べて大の旅好きであると当時シーボルトなど日本に来たオランダ人が驚いている。彼らは、街道、街道沿いの宿場、それから旅をサポートする人達(籠屋)やグッズがよく整備され、揃っていることが、これだけ旅好きなお国柄たるゆえんで、心が豊かで自由な人びとだと書き残している。戦争がもたらすものは貧富の差である。戦争のなかった江戸時代の心の豊かさを今一度見直すべき(高橋氏)。
 ・・・と、ほんとはまだまだ語られたことは多いのですが、書ききれないのでこのあたりで。
 
 第二部は「江戸錦街道絵巻」と題して、「鈴鹿馬子唄」に始まり、「薩摩藩妙円寺参り」(伊集院太鼓)、「熱海湯汲道中」や「ぶり街道行列」「皇女和宮行列」などの再現。
 それぞれに趣向を凝らし、扮装あり、忠実な再現ありと、とても楽しめたし、勉強になった。

 日比谷公園では、同じく400年記念行事の一環として、「江戸天下祭」が行われていて、諸国物産展と、江戸の祭りの華であった「江戸天下祭」を再現すべく全国から江戸に里帰りした山車を公園内で引き回していた。24日(月)の昼間には、当時のルートでさらに多い数の山車や神輿が日比谷周辺を練り歩くそう。それを見に行けるか分からないので、嬉しくて会場のあちこち回ってデジカメで撮影し、合間に携帯のカメラでも撮って写真日記にも掲載しましたので、興味ある方はご覧くだされ。
 天下祭とは、江戸時代に、神田祭と山王祭の山車や神輿の行列が、毎年交互に江戸城に入っていく、とても豪華で盛大な祭りだったそう。
 今回、青梅市、埼玉県川越市や熊谷市などから、江戸時代に江戸から散逸し、引き取られ、各地方で大切に受け継がれてきた山車が里帰りしてこの再現天下祭に参加している。天保年間に作られたものも。
 山車のてっぺんには弁慶や武内宿禰などのリアルな人形がついて、その下で鐘や太鼓や笛のお囃子が鳴り響き、おかめひょっとこ、狐が激しく舞い踊り、周りをねじり鉢巻にはっぴ姿の曳き手達が煉り足で山車を曳いていく。
豪華絢爛とはまさにこのこと。そこに粋といなせがくっついて、祭りのもつ神々しさと猥雑さが加わって、人々の熱気が乗っかって、現代なんだけど私は完全に江戸時代にタイムスリップしてました。今は山車も電気の灯りで飾られてるけど、江戸時代はどんな感じだったのか。でも、山車や御輿を囲む人々のわくわくした表情はきっと今も昔も変わらないと思った。お囃子のリズムに自然に体が反応し、担ぎ手曳き手と見る者問わず一体感が生まれ、怪しい踊りのおかめひょっとこ狐狸に心が呼応し、引き込まれていく。祭りのパワーは、人の心の中の普段大人しくさせられている部分を引きずり出し、高揚させてくれる。そこに、祭られた神々との接点もまた生まれるのだなあと、実感した。山車の上の狐の仕草に夢中になって見ていると、隣のねじり鉢巻はっぴの「ねりきち」姿のおじさんたちが「ねぇ、きんきらぴかぴかきゃーきゃー(・・・なんとなく言いたいことは分かる)よりも、こっちのほうが何倍も楽しいよねぇ」と話していた。「お姉ちゃん楽しいかい??」・・・あ、なんだ、さっきから私に話しかけてたんだ。「はい、凄いですね。楽しいです」「もっと前に行きなよ、狐が手ェ出してくれるよ」と、おじさん、コーフンして手振りつけたらそのはずみで持っていたカメラの袋が地面にガシャ(いや、私のじゃなくておじさんの)。でもおじさんお構いナシではしゃいでた。
 江戸庶民の大きな楽しみのひとつであった天下祭。天保の節約政策のあおりを受け、また火災による消失の際の建直し費用の問題、また都電の開通で電線が張られたりしたことなどから、大きさと豪華さを競った山車も次第に姿を消し、各地方に引き取られていったとのこと。
 今回の祭の復活のために、5年前から天下祭の本家本元の神田明神や日枝神社の氏子達と、流出した山車を持つ各都市の人々が協力して準備をしてきたそう。できれば、これから毎年、もしくは2年に1回くらいの割合で、この祭を再現して欲しいなあと、最後に露店で買った大盛りの焼そばをぱくつきながら思ったのでした。
 24日に行ける方はぜひ!おすすめですよぅ〜。
 おすすめのサイト「江戸ネット」http://edo400.net/
 天下祭についても詳しく載っています。

 


2003年11月21日(金) ごき登場

 うひゃひゃとうとう出たワイ。
 9月に引っ越して来た当初は、小さい子供のごきが結構沢山出没。畳のへりを歩いていたりトイレの壁にへばりついていたり、サッシのへりで休んでいたり。そのたびにティッシュでつまんでいた。ホウ酸団子も置いた。蜘蛛とゲジゲジはごきの天敵だと知り、絶対殺さないようにしていた。ただし、ゲジゲジを見たのは1回きり。それも、あまりの異様な形体にあわてて抹殺してしまった。
 台所の生ゴミも夜と出がけには必ず袋の口を閉じ、ごきの喜びそうな環境は作らないようにしてたのに。
 でもとうとうヤツは出てしまった。
 朝、団子虫の屍骸が窓の下に転がっていたので、いやーな予感はしたのです。なんで虫がどっから部屋に入り込むんだろう。。。
 お風呂から戻ってきて、金曜の夜だから一杯やろうってんで煮物火にかけてコンロににんにくほうり込んで、その間ちょっと部屋掃除しとこうとリュックをひょいっと持ち上げた時に、なにかが滑り落ちたような気がした。
 ん?とリュックの置いてあった辺りを見回したけど何もない。気のせいか、とも思った。この部屋はこどものごきも9月以来見てないし、気のせい気のせい。。。。でも、なんとなく不安になってしつこくきょろきょろしたそのとき。
 あーいたー!!!!
 まだ大人になってない、中学生くらいのごき。
 逃がすもんかー!
 ってんで部屋の隅に常備してあるゴキジェットプロを掴んでぶっかけた。
 
 それからしばらく放心状態。
 体の震えが止まらないので、も1回銭湯行ってくっか。。。と思ったけど、
時間も遅いので、ふらふらと台所に立ち、鍋の火を止めて、最後にオムレツ作ろうと切っておいたまな板の上の野菜は食べる気失せて冷蔵庫にしまった。
 金曜の夜のわくわく感は完全に消えてしまった。
 。。。と思ったけど、やっぱり缶ビールくらいは飲もうと煮物とにんにく盛って、半分放心状態で無理やりくつろぎました。
 
 やっぱ出るわねきっと。
 こうして少しづつ私も強くなっていくのだきっと。
 ごきには気の毒だけど、私の部屋に出没するならそれなりの覚悟をしてもらわないと。


2003年11月20日(木) 同じ誕生日

 同じ誕生日、同じ干支の女性を、お気に入りの本屋へ案内して、それから一緒に食事をした。
 何回か顔を合わせて会話をしていて、ふとしたことからお互いの誕生日が同じで、12歳彼女のほうが上だけど干支まで同じということも知った。
 何から何まで一緒、似ている、というのは怖いしありえないけれど、興味のベクトルがほぼ同じ方向で、マイペースに自分の人生を歩んでいる先輩という感じ。彼女の話を聞いていると、あ、自分もありのままでいいんだな、と思えてくる。常におおらかなところ、興味のあることに対しては向学心がある点は私も見習わなければと思う。
 誕生日が同じなら共通点も多いでしょう、とか、運命だとか、そういうことはあまり興味がないけど、会話をしていて、ふと、お互いに「そういえば私達って誕生日おなじだもんね」と笑えるっていうのは、不思議に楽しくて心温まることだなあ。


2003年11月19日(水) らい病

 友達と食事。
 豆腐や湯葉をふんだんに使った創作料理の店。落ち着いた和風の造りの店でとても好きになった。料理も美味しいし。

 毎日がめまぐるしく過ぎていく。けれど、手元に確実な手ごたえが残るわけではなく。ただただ必死に波を掻き分けて進んで来たはずなのに、振り返るとまだすぐ背後に岸がある。お互いにそんな年齢。 
 自由な海原にいるはずなのに、長く泳ぎ続けるための道具がない。道具を揃えずに泳ぎ出せるほど無防備にはなれない。そんな年齢。
 波間で途方に暮れる者同士だからこそ理解しあえる想いもある。
 話せば心が軽くなることも多い。

 
 九州で元ハンセン病患者の人達の宿泊を拒否したホテルがあったそうで。
 すぐにほうぼうから非難の声が上がり、支配人が謝罪するに到った。それは当然だけど、実際はそのホテルだけでなく、日本全体がそういう病気に対してまだまだ差別意識を捨てられないのでは、と思う。拒否したホテルを非難する声がマスコミに大きく取り上げられていても、ほんとは表に聞こえてはこないけど、自分だったらそういう病気の人と同じホテルに泊まるのはいやだ、という思いを抱えた人は少なくないのでは、と思ってしまう。日本の社会の体質が、数十年でそれほど大きく変化するとは思えない。被差別部落に対する差別がいまだに存在するように、ハンセン病に対しても、差別意識は依然残っているのではと思う。
 「いのちの初夜」(北条民雄・角川文庫クラシックス)。東村山のらい病(ハンセン病)患者が暮らす病院で、24歳の若さで亡くなった北条民雄の小説集。らい病棟で暮らす人達の日常を、生を、死を、ありのままの視線で、リアルに描き出す。発病が分かれば近所にも知らせず、そっと家を出てらい病院に入り、一生を、短い一生を、世間とは完全に隔絶された病院で送ることになる。残された家族が世間から差別を受けないように、元の名前も変えて、家族との繋がりも断ち、外出もできず。菌に侵されて溶けていく顔、溶けて朽ちていく腕や足を眺め、うめき、苦しみ、死がひたひたと自分のベッドに迫り来るのを感じながら、毎日を閉ざされた病院の中で過ごす。まだ症状の軽い患者でも、重病の患者を目の当たりにすれば、やがて自分の行く末を見るようで、それがどんなにつらいことかは想像を絶するほどだったろうと思う。
 北条民雄が自分の持てる限りのエネルギーを創作活動につぎ込んで作品を残してくれたおかげで、今それを読むことができるのを感謝する。その中で、凄まじいほどの生命力をらい病棟の登場人物達に感じる。自分の体と、感情と、生と死を、これほどまでに身近に感じざるを得なかった人達の、病院の内側から見た真の姿。差別される側の想い。
 なにより、この小さな文庫本にぎっしりつまった生命力に圧倒されて、私はこの本を手放すことができない。大げさではなく、私の人生観に強い影響を与えた本だ。
 


2003年11月18日(火) 「本物」と「成功」

 「本物」と「成功」という言葉の意味がよく分からない。
 最近このふたつの言葉がやけに流行っているようなんだけれど。
 「本物」は主に商品とか、モノに対して。「成功」は・・・先日とある店の店主のおばちゃんが「あたしはこの目で成功する男を見分けられる。くだらない男連れてる客にはあんな男と早く別れちまいなって言ってやるんだ」と豪語してた、そんなような使い方でよく登場(その店にはもう行きません)。
 お店で本物志向、という言葉を耳にすると、押しつけがましさを感じてしまう。なんでだろ。
 なんでかなあとずっと考えていた。本物があるからには偽物、本物でない物もあるわけで、ある集団の中から本物を選び取ったらあとは本物でない物達が残るわけで、そういう1点至上主義的なところがなんとなく好きになれない。生産に従事しない人間が、生産された物に対して本物とかそうでないといった評価を下してレッテルを貼ることに対しても不快感がある。
 最近は雑誌でも、ショッピングのカタログでも、デパートでも、「本物」という言葉があふれていて、「本物の・・・」とつけば安心して買ってしまう消費者の心理をよくついているような気が。。。
 誰にとっても同じ価値基準があるわけではないのに、「本物」とか「逸品」といった類の言葉で半ば強制的に共通する価値を決められてしまうのは、その物にとっても、他人にとっても迷惑。でも、今は何故か「本物」流行りで、「本物」とさえつけば、皆安心してしまう。
 「本物」しか買わない、使わない、「本物」だけに囲まれて暮らしたい、という人もいる。それが、その人にとっての「本物」ならばそれでいいと思う。でも、その「本物」はその人が決めた「本物」ではなく、他人が貼り付けた「本物」札のついた品物だったら、滑稽だ、と思う。
 無農薬で作られた野菜が「本物野菜」で、農薬を普通に使った他の野菜と区別されて売られていた。私から見たら野菜はどれも野菜で、本物もなにもあったもんじゃない。私もスーパーでは減農薬や無農薬で作られた野菜を中心に買うけれど、それが「本物」だから買うんじゃなくて、体のことを考えてと、味がいいから買うだけだ。
 本物の器とか、本物の酒、というものも私の部屋にはない。私にとって良いもの、大切にしたいもの、作った人の顔が見えるもの、手の技が感じられるもの。そういうものを大事に使っていきたいと思う。でも、「本物の」と世間で評価されたものが果たして自分にとってよいもの、魅力的なものかは分からない。
 
 「成功」という言葉もしかり、で、何が「成功」で何が成功じゃないのかなんて、当人でなければ分からないもんなんだから、他人を評価してあの人は成功した、しないとか、成功する奴だなんて言うのはまったくのナンセンスだと思う。成功の人生か失敗の人生かじゃなくて、その人が自分の人生について、毎日の暮らしについて、ほかのいろんなことについて、どんな思いを重ねて生きてきたか、ただそれだけが人生であるし、本人が最後に満足しながらあの世に往生していくのであれば、他人から見てどんなに貧しくどんなに孤独に見える暮らしでも、それで十分いとおしむべき人生だと思う。

 「本物」も「成功」も、本来なら個人個人がどう思うかをそれぞれの内面に照らし合わせて判断すべき対象を、いとも簡単に、半ば暴力的に、絶対的な基準の下に置いてしまうという、いわば手抜き用の用語で、枕詞にそれさえくっついていれば安心してしまう側の安易さが怖い。
 「本物」や「成功」からのあぶれものの中にも、光を放つものは沢山あるはず。
 自分にしか分からない、それで十分だとも思う。


2003年11月17日(月) 採血解決

 定期健康診断に行って来た。
 池袋のサンシャインにある病院。
 人間ドックにはまだちょっと間があるけど、私は採血が嫌い。嫌いなんだけど採血してもらわなきゃ健康診断に行った意味がないから、今朝はちょっと気分が重かった。
 幼児の頃、注射でひきつけ起こして以来、注射や採血など肌に針を刺されることが駄目みたい。具合悪くなる。健康診断の採血の途中で気を失ったことも(^^;)多分に精神的なものも大きいと思うんだけど。ただ、横になって採血してもらう分には大丈夫。リラックスできるからかな。
 けれど、皆が順番待ちしながら次々と採血してもらうようなシチュエーションで、特別扱いしてもらうのはかなり気が引ける。第一、自分の番になって、ベッドで採血して欲しいなんて言うのも申し訳ない。そう思う気持ちがなおさら緊張に拍車をかける。今回は倒れないように、なんて思いながら自分の番を待つのは結構ツライ。
 でも、今日行った病院はそういう私にもありがたいところだった。
 採血する看護婦さんが、私が椅子に座って手を出すと、「今まで採血で気分が悪くなったりしたことはありますか?」と聞いてくれて、「あります」と答えたら、すぐに別室のベッドに案内してくれた。横になってタオルもかけてくれて、しかも採血はぜんぜん痛くない。チクッとしただけですぐ終わった。まったく具合悪くならなかった。
 何より嬉しかったのは、私みたいな例は珍しくないですよ、という雰囲気で自然にやってくれたこと。なんだかほっとした。

 聴力は片耳が難聴なので相変わらず結果悪い。加えて視力。コンタクトレンズ入れてるのに両目0.3だって。
 おいどうすんじゃい。やばいよ。
 


2003年11月16日(日) 巣鴨は楽しいよ。

 今日はモツ煮。モツって安いからか1パックの量がどうしても多い。だからってモツ煮を大きな鍋で沢山作っても、限度ってもんがありますですよ。なので、まずモツを全部さっと茹でてざるに上げて、半分は今回用、半分は冷めてからビニール袋に入れて冷凍保存。近いうちにもう1回モツ煮を作らねば(^^)
 何を隠そう、モツ煮は得意(特異ではない)料理のひとつ。居酒屋で食べる煮込みを自宅でごはんと一緒に沢山食べたいと思い作り出したのがきっかけ。以後改良に改良を重ねて(大したことしてないけど)、自分の作ったモツ煮が一番!と思えるほどに私好みの味に。火を止めるちょっと前に、ごま油をちょっとだけ足したり。あ、これは豚汁にも言えますが。
 前のアパートは備え付けのガスコンロが1口しかなくて、火を使う料理は順番に鍋を乗せていかなければならなかった。効率の悪いこと悪いこと。そのため電子レンジも駆使していたけど、電子レンジって便利だけど実はあんまり好きになれない。なんとなく。
 今のアパートに引っ越してきて、調理台が狭いのを無理して2口と真ん中に魚焼グリルがついているガス台を置いた。電子レンジは押入れに入れたまま。台所が狭いのは相変わらずだけど、料理はしやすくなった。
 
 自分のホームページ。ほんとに中身がない。日記と写真日記だけ。
 もうちょっとコンテンツを増やさないと、せっかく来てくれる人に申し訳ない。とはいえ、何を載せるか。私のお粗末な小説載せるわけにはいかないし。となると、ベランダ園芸日記と居酒屋あたろー酒菜レシピしかありません。
 せっせと準備いたします。
 
 
 昼間カーテン(まだ簾だったんだよー)とお茶葉を買いにとげぬき地蔵通り商店街へ。お昼簡単に済まそうととげぬき地蔵のある高岩寺の境内で屋台のお好み焼きを食べていたら隣に座ったおばあちゃんと意気投合。江東区に住む80歳の方で、今日は自宅近くのいつもの散歩コースに行くつもりのいでたちで、家を出て近所を歩いていたら、なんだか突然とげぬき地蔵さんに行きたくなってそのまま駅に向かってしまいとうとう来てしまったと笑いながら話していた。近所を散歩していると思って待っていた家族に電話したらたいそう驚かれてしまったとのこと。・・・確かに心配しますよそりゃ。
 昔は駒込に住んでいて、とげぬき地蔵さんにしょっちゅう来ていて、その後浅草の浅草寺裏に転居してもやっぱりとげぬき地蔵さんのほうに行きたくて月1回は訪れたそう。で今は江東区でぐんと遠くなってしまったけど、とげぬき地蔵さんが大好きでここに来ないと落ち着かないとのこと。病気知らずなのも、とげぬき地蔵さんを拝んで、心の中でお地蔵さんに、「もうすぐそちらに参りますからね」と話しかけてる、それが通じているからだとお話してくれた。
 
 そういえば、商店街を歩いていて、おばちゃんおばあちゃん達のグループの会話を何気に聞いていると、前回来た時はあの店に入った、とかこの前はああだった、といった類の会話が結構多い。巣鴨ってリピーターが多いんだね。やはり何度来ても飽きない魅力があるんだね。
 お茶屋の店長さんに、最近は若い人も巣鴨に遊びに来てくれる、と言われた。
 老若男女問わず、巣鴨って楽しいよー!
 


2003年11月15日(土) 自宅で呑もう

 女性が1人で静かに飲めるお店ってなかなかないなあ。
 もう1人で飲みに行くのはやめよう。。。と決心した今日。

 なんかさあ、女性が1人で飲みに行くと、ほうっておいてはいけないと思う人が多いらしくて、周りが気を遣って話しかけてくるから、かえって面倒な時も多い。常連同士、店の人と、等々、和気あいあいと談笑する程度だったら楽しいんだけど、1人で飲みに来るにはなにか事情があるのかと思われて、恋愛観だの結婚観だのプライベートなことにまで話題が及んで、挙句、自分の生き方考え方にまで干渉される。私がどんなこと考えて生きてるかとか、これからどうしていくつもりなのかとか、そんなこと会って間もない他人に分かるわけないのに、一般論を押し付けられても困る。あーあ、何のためにお酒呑みに来たのか分からないよ。

 気の置けない相手となら込み入った話もしながら呑んでも構わない。でもそうでない人達とは楽しく笑いながら飲みたい。そう親しくもない人から人生観だの恋愛観だの結婚観だの押し付けられながら呑む酒は滅茶苦茶まずい。どうして、人は自分より年齢の若い人に一方的に説教したがるんだ?失礼じゃないかなあ。私が自分のことについて何にも考えてないように見えるんだろうか。。

 やっぱね、オヤジに生まれればよかったな。
 外で1人しんみり飲んでても必要以上に干渉されることもない。飲み屋の隅っこにそっと座って、そっと帰る、そういう自然なのがいい。控えめなのがいい。
 結婚前の女性が外で1人でお酒を呑むのってホント難しい。
 いいお店が見つかればいいけど、珍しがられて特別視されるようなお店のほうが断然多い。
 あーあ。
 めんどくさい。

 なので、これからはもっぱら自宅で飲むことに決めた。
 そのほうが安上がりだもんね。
 おつまみいろいろ作って、しんみり考えごとしながら呑むのがいい。
 ぱらぱら本めくったり。音楽聴いたり。好きな人のこと考えたり。
 

 


2003年11月14日(金) やっと暖房器具買った。

授業が休講になって今日は仕事帰りに新宿のヨドバシカメラに寄った。
 夜10時まで営業だなんてやりすぎじゃない??・・・でもとってもありがたい。助かるぅ。。。
 それでも9時近くにたどり着いたのでそんなにのんびりできなかった。
 フロアのレイアウトがだいぶ変わってて分かりづらい。OA用のこまごましたものは地下に移ったのか。PCのクリーニング用品とクリエ用のメモリースティックを買って、上に行って暖房器具を見た。んだども四畳半に合うような大きさのものがない。大きなものは嫌だし、電気代食うのも嫌。温風式のは風が嫌。そうこうしているうちに閉店。
 しょうがないから巣鴨の西友。こちらは11時まで。なーんだ結局西友。。で、手頃な大きさのハロゲンヒーターなるものを発見。卓上扇風機をちょっと大きくしたくらい。形は扇風機みたい。箱に猫が暖かそうにすやすや寝てる写真がついてて、それに惹かれた。。。おいおい。
 こんなに小さくて大丈夫かなとも思ったけど、部屋小さいし自分ひとりだし、台所で料理始めればあったまるということも考慮に入れると、机でじっとしていることの多い私の部屋生活ではこれで十分かな、と。コンパクトで小回りが効くのもいいし。
 で、今あたってます。
 部屋に熱源があるのって安心するなあ。
 これで一安心。

 


2003年11月13日(木) 福ちゃん

 秋田で虐待を受けて瀕死の状態で保護されていた子猫の「福ちゃん」が息を引き取ったというニュース。猫を動けなくした状態で身体に空気銃を何発も撃ち込み、口の中をアイスピックのような鋭利なもので刺すという残忍極まりない虐待。生後8ヶ月の命。福ちゃんはなんのためにこの世に生まれてきたのだろうと思うと、心が沈む。
 人間の1人1人に昨日があって今日があって明日があるように、1匹の子猫にも昨日があって今日があって明日がある。命あって生きているものの価値に優劣はない。あるとしたら、自分達の生きるために他の生き物を殺さざるをえない人間の命のやるせなさ。生きるためなら仕方がない。嗜好として命を奪うことを厭わない人間のおぞましさ。
 犯人も福ちゃんと同じ痛みを感じ苦しむべきだと願ってしまう。


2003年11月12日(水) パスネットの怪・・・というか私がぼけ。

 大騒ぎするほどのことではないんだけど、本日愕然としたこと1件。
 今日は風邪気味ゆえ自転車諦めて電車通勤。朝、地下鉄に乗ろうと都営地下鉄の駅に行き、いつも使っているパスネット(営団都営問わず共通に改札に直接通して使えるプリペイド式カード)の残高がなかったので、券売機で直接切符を買った。
 ええと、ここから都営地下鉄で神保町まで行って、そこから営団線に乗り換えて・・・目的地である会社のそばの駅まで乗り換え切符で300円・・・300円買えばいいのだな・・・え?
 え??
 300円で済むんだった!!
 ひゃあ。。。
 ということはだ。
 毎回切符を買うのが面倒で、3000円のパスネット買ってそれで改札をスルーしていた私。今朝ようやくあることに気づきましたです。
 初乗りの駅で、最終目的地の駅までの切符、都営から営団への乗り継ぎ分を入れて買えば300円で済むのに、パスネットで乗ると、乗換駅で都営線降車の際にまず改札で精算、次に営団線に乗る際にまた改札で初乗り運賃を引かれるのですな。おーおー。なんともったいないことを。私は今まで300円で済むところを370円(都営線で210円、営団線で160円分パスネットから引かれていた)も払っていたのであった。
 巣鴨に引っ越してきて約2ヶ月。その間雨やらなんやらで電車通勤したのは何回だろ。たとえば20回として、片道70円の損だから、トータル2800円の大損だ。他にも乗り換えの必要な目的地にも何回も出かけてるから、もっともっと損しとる。うー。焼き鳥屋に何回行けただろう。1回の飲み代がだいたい1000円ちょっとだからすんごいもったいないことしてた。アホ。はよ気づかんかい。


2003年11月11日(火) パム子

 うー。
 昨日も今日も極寒。極冷え。
 まだ暖房器具買ってないのに勘弁してよ。とうとう風邪引いちゃった。。
 今週中には暖房器具買いに行こう。もう限界。でも近所に電気屋さんがないのが巣鴨なんです。てくてく歩いて駅前の西友にでも行くべ。最近流行のハロゲンなんとかっていう扇風機みたいなの。それにしようかな。それにしても、同じような形で冬用夏用それぞれあるのは押入れ圧迫の原因。どうせなら、羽根を交換するだけで冷暖房兼用できるものを作って欲しいな。
 
 など考えながら、銭湯の隣のコインランドリーで洗濯物乾くのを待っていた。それにしても寒い。今夜は毛布一枚追加して寝よう。

 最近SONYのクリエに新しいのが出た。最近に限ったことじゃないけど、どんどん新しいのが出てる。1年前に買った私のクリエ(あだ名はパム子)PEG-SJ30はもう店頭には並んでいない。ぼってりした体の白いクリエ(限定食・・じゃない色)、もう流行遅れの形なんだなこれが。でも不思議と新しいクリエに食指が動かない。白くておデブの私のパム子が妙にいとおしい。1年かけて使ってきて、パームのありがたみが分かってきて、かつ自分の使い方だとそんなに沢山の機能は必要ないんだと知った。会社でかなり使い込んだパームを手にしている人がいた。パームって、パソコンよりも手に密着度が高い分、機械のくせにペットみたいな可愛さを持っていて、だんだん手に馴染んでくるとほんとに手放せない。あれこれソフトを入れたり出したりして、自分の使いやすいようにカスタマイズするのもパソコンよりもやりやすい。とはいえ、私はそこらへんまだまだ疎くて。
 よし、決めた。今月はパム子強化月間。
 会社でPDA使っている人にリサーチ。
 まずは辞書を入れたいと思っています。


2003年11月10日(月) 湯けむり物語。

 月曜から雨だ。
 ポタ子で通勤できないのが悲しい。
 仕方なく地下鉄に乗って。
 
 私の習性をよく知る人から封書で新聞の切り抜きが届いた。
 昨日の読売新聞、バイオリニスト千住真理子のエッセイ。演奏旅行の先々で、こっそり土地の銭湯に入るのが楽しみなのだと書いてある。そうそう、そうなのよ、湯けむりの中で触れ合うささやかな人情の発露。冬に近づきつつある冷たい雨の中を急ぎ足で帰ってきて、急いでサンダルに履き替えて洗面道具抱えて再び飛び出していく。行き先は湯けむり人情物語。
 なんだか演歌な世界だな。
 
 でも、昨日から繰り返し聴いてるBGMはスティーヴィー・ワンダー。
 寒いとこの人のハッピーで温かい歌声に癒されたくなる。


2003年11月09日(日) 今頃種蒔いてますが。

 急に寒くなっちゃった。
 昨日が暖かすぎたんだな。
 
 実はまだまだ押入れの中に引越しの段ボール開けてないのが積みあがっていて、休日時間ができるたびにちょっとずつ整理してる。
 おマヌケなもんだから、夏の終わりに買ったサフランの球根や水菜やルコラの種を昨日開けた段ボールの中からようやく見つけた。かわいそうに、サフランの球根からは白い芽が暗闇の中でひょろひょろと伸びていた。種まき適期ももう逃してる。
 昨日みたいな陽気だったら種まいてもいいかな、と思っていたら、今日はやっぱり11月の寒さになった。でもここでまかなきゃ次の休日はもっと寒くなる。よしっ。
 先日、知人から「銀河の星」という土壌改良剤を戴いた。私はぜんぜん知らなかったのだけど、「天緑(てんろく)農法」という自然農法があるそうで、そこで使われているものらしい。ベランダガーデニングは農業の苦労の「く」の字も無縁な気楽なプチ農業だけど、せめて我が家の小さなスペースで、植物を育てることの試行錯誤を楽しみたい。・・・なんて偉そうに言ってますがほんとは食べたいだけ。私のベランダは花より食べられるものの方が多い。まあ、いいじゃんそれでも。野菜やハーブの花もかわいいし。
 一握りの「銀河の星」を、山椒やヒラミレモン、それからローズマリーやセージなどのプランターの土にも乗せてみた。部屋の中のパキラの鉢にも。最近元気ないからね。
 サフランの球根は、小さなプランター2つにぽつんぽつんと植えて、その周りにそれぞれルコラとムスクランの種をばら撒きした。ムスクランはいろんな種類のレタス等の、サラダに最適な野菜とハーブの種をミックスしたもの。これがないと冬のベランダは寂しいんだ。逆にこれがあると、毎日ベランダ覗くのが楽しくなる。
 ちょっと寒くなったけど、早く芽を出してください。


2003年11月07日(金) 夜中の至福

 秋が深まりつつある。
 まだ暖房器具のいらない気温の秋の夜長、週末の夜は特に楽しみ。金曜の夜、用事を済ませて銭湯にも行って、さあこれから布団に入るまでの2時間、今夜はちょっと夜更かししよう。
 とは言え時刻は11時過ぎ。これから飲み食いするとモロ体重が。。。しばし悩む。。。で、でも、夜ご飯、自転車に乗りながらコンビニおにぎりにかぶりついただけだものね。。いいよね。と、言い訳考える。
 冷蔵庫を開けて野菜室の奥から、地蔵通り商店街のにんにくばっかり売ってるお店で買った青森産のにんにくをまるまるひと塊、6粒繋がった皮付きのままガスコンロのグリルにほうり込んで火をつける。ちょっと強火でがーがー焼く。その間に、小口切りにしてタッパーに入れてあるネギと卵とマヨネーズを出して混ぜ合わせ、醤油と胡椒で味付けしてごま油をフライパンに引いて簡単オムレツ。それから冷蔵庫の中で作っているぬか漬け容器を引っ張り出して、人参ときゅうりがちょっと古漬になっちゃったのを切る。知り合いから昔ちょっと戴いた30年もののぬか床にぬかを足しつつ足しつつ、ちょぼちょぼと作ってきたぬか漬け。ホントは冷蔵庫なんかに入れないで、常温の場所に漬物容器置いて毎日かき回せばもっともっと美味しくなるんだろうけど。でも、狭いアパートではぬか漬容器なんか置いておけない。まず匂い。虫の問題もある。それから3日位かき回さなくても平気な冷蔵庫漬けは、一人暮らしの不精を許してくれるからラク。人参のしっぽ、きゅうり、なす、かぶ、セロリ、瓜、大根、大根やかぶの葉、残った野菜の切れ端を塩もみしてぎゅっと蓋付き瀬戸物容器のぬか床に入れとくだけの手軽さ。新しい野菜を入れる時にちょこちょこっとかき回すだけ。野菜から出る水分を溜めないように気をつければOK。にんにくや鷹の爪、山椒の実など入れて自分だけのぬか床作る楽しみも。簡単なのに、飽きない味。しかも、野菜の栄養価がぐんと高くなるなんて、こんなありがたいことはないです。
 さぁ、そうこうしているうちにコンロからにんにくの焼ける香ばしい匂いが。。小皿に味噌をちょっと乗せる。そこに上部が焦げていい塩梅になったにんにくを。
 冷蔵庫から取り出したるは、近所の酒屋で買った特別純米酒「伝心」。
 福井の�螳賈楜禅彿殍榲�http://www.ippongi.ne.jp/のもの。「一本義」というお酒で有名な蔵元だそうだ。永平寺のそばにあるとのこと。「伝心」というお酒は造られている本数が少ないのでどこでも入手できるわけではないらしい。お客さんに好評だったらもっと入荷検討するよ、とのこと。わ♪この「伝心」を塗りの小さなコップに注いで、さあ、いよいよ独り晩酌の始まり〜。
 「伝心」、すっきりした味わい。最初の一口めを呑んだ時に、あ、呑みやすい、と顔がほころんだ。これはやばい。すいすい呑んでしまう。。控えねば。翌日に残ってしまう。。
 「まるごと焼にんにく」(勝手に命名)のまだ熱い皮を指先ではいで、中から出てきたにんにくに味噌をつけて口にほうり込む。これが結構いけます。ビールにはもちろん、焼酎や日本酒にも合ってしまう、にんにく臭さはあまりなく、むしろマイルドな甘みと味噌のしょっぱさの組み合わせが絶妙。生のにんにく6個も食べたら胃が痛くなるけど、焼けば大丈夫。こういう食べ方もうとっくの昔にやってるよという人もいるかもしれない。私は最近行きつけの焼き鳥屋さんで知りました。ママさんや常連さんたちにおすすめだよと言われて出てきた時、皿の上の丸ごとにんにくだた焼いただけの物体に一瞬あっけに取られたんだけど、皮むいて味噌付けて食べてみたらあまりにも美味しくて驚いた。滅茶苦茶簡単なのもいいでしょ。これからの季節、風邪引きそうな時にもよさそう。ただし、お酒は、なしで(^^)
 で、飲みながら、「伝心」をインターネットで調べてみる。おおぅ、2003年度モンドセレクション金賞受賞っすか。モンドセレクション金賞っていうと、子供の頃から大好きなギンビスの「アスパラ」というお菓子にもついてるあれですな。
 
 外で呑むのも楽し。でも独りでだんまり決め込んで呑むのも至福の時。
 明日は巣鴨は菊祭り。地蔵通り商店街で秋の味覚探して来ようかな。


2003年11月06日(木) 銭湯の壁

 毎日のささやかな楽しみのひとつが、銭湯。
 いつも行くところは決まっているけど、たまにちょっと遠くまで行ったり、帰宅途中に自転車で通りかかったところに入ったりもする。
 銭湯大好き。東京に住んで15年め、出かけた銭湯は40ヶ所位?まだまだ少ない。銭湯生活になったんだからもっとあちこち行ってみようっと。
 
 ところで私の好きな銭湯の条件は、まず第一に露天風呂があるところ。それから壁に風景(山ならベスト!)が描いてあるところ。露天風呂は毎日行くキホンの銭湯にあるのでまあ一歩譲っても、壁に絵のある銭湯って沢山ありそうで少ないというのが実感。湯船に浸かって壁に描かれた雄大な富士山を眺めるなんざ、一日の疲れが吹っ飛ぶような心地よさ。たかが絵の富士なんて思うなかれ。熱い湯の中から山の景色。たとえ作りものだろうが、いい癒し効果があるんだってこれが。
 今夜行った銭湯は、浴槽に岩がくっついてて、壁にはどーんと海と山の絵。海には沢山のヨットが浮かんでて、海に面した山肌には松の木が描かれていて、青い空がどこまでも続いてやがて海とひとつになるところまで自然で、気もちよかったです。
 いつも行く銭湯、露天にジャグジーに薬草風呂にと、とっても大好きなんだけど、でもでもやっぱり富士山の絵も欲しい。
 銭湯の壁には富士。
 これキホンよ。


2003年11月05日(水) 文句言わせて

 もう何もかも投げ出して好きな人のところに行きたくなる。
 そこで好きなことだけやって一生を暮らせたら。
 
 ほんとは世の中嫌なことのほうが多い。
 にこにこしてれば何の悩みもない脳天気と思われるのか。
 何を言っても気にならないお馬鹿さんだと思われているのか。
 いい加減人のご機嫌とってる自分に嫌気がさす。嫌味を言われてけらけら笑って受け答えする自分があほらしくなる。
 
 世の中どこまで行っても男尊女卑。
 女は謙虚に反抗せず。
 結婚してこそ一人前。
 子を産んでこそ一人前。

 ・・・すべてぶちまけてしまえば随分すっきりするんだろうけど、それもいっとき。何でも思い通りにならないのが世の中ってもんだ。はっきり言って自分の食い扶持稼いで真っ暗な部屋に帰ってくる毎日は、若いうちはいいけどいい加減長引くときついもんがある。でも途中で投げ出すわけには行かない。自由な時間と引き換えなんだから。派遣社員という仕事を選んだのも、自分に目的があってのことなんだから。ちょっとくらい腹の立つことがあってもうまく飲み込んでしまえ。翌朝にはトイレで全部出してしまおう。
世の中のしくみを肌で感じる毎日が、すべて自分の糧になる。自分のやりたいことのためにはなんだって我慢しなきゃ。目の前の仕事黙ってひとつひとつ片付けていくしかない。人様の言葉になんていちいち反応していられない。

 人生は長いようで短い。ぼけっとしていたら30代はきっとあっという間に終わる。あと6年でいったいどこまでできるか。自分の夢にどこまで近づけるか。もっと自分に厳しくならないと。

 ・・・大酒かっくらって寝たいけど週の真ん中だからがまん。
 私だけじゃない、世の中みんな、何かしら腹に抱えてがまんして生きてるんだし。
 


2003年11月04日(火) おばちゃんの絵

大家さんの話。
 
 先日アパートの1階の大家さんのところに家賃を持っていったら、玄関に立てかけてあった大きな袋を「これなんだと思う?」と、おばさんに聞かれて、「なんですか?」と問い返したら、おばさん「これはねぇ」とテレながら袋から出したるもの、なんと素敵な石楠花の水墨画だった。
 うまいと誉めたら嬉しくなったらしく、部屋の奥からどんどんどんどん絵が出てきて、玄関がギャラリーに変身してしまった。子供の頃から絵を描くのが好きで、数年前に水墨画を習い始め、今では毎晩家人が寝静まった後、夜中過ぎまでひたすら絵に没頭する毎日だそうだ。
 知らなかったなあ。大家さんにこんな趣味があったなんて。趣味を通り越してもうライフワークになってるらしい。花に始まって、海や滝や雪景色などの風景、そして人物、動物。個展開けるくらい見ごたえのある画だと思った。構図の取り方もうまいし。タダモノじゃないと思った。
 私も(大家さんの絵を見た後ではこんなこと言うのもおこがましいけど)高校で美術部だったし、絵は今でも描き続けているから、絵については一応のことは分かると知ったら大家さんはとても喜んで、まだ上の物置部屋に沢山あるから今度見せてあげると言ってくれた。あ、なーる。2階の住人のいない1部屋は物置にしていると聞いたけど、そうだったんだ、大家さんの絵の保管部屋だったわけだ。
 何十枚もの絵を見せてもらって、家賃を渡しに、どーせすぐ戻ってくるんだからと半袖Tシャツ1枚で階下に行ったのに、気がついたら結局1時間も大家さんちの玄関先にいた。いい加減寒くなって、ぶるぶる震えながら見ていた。
 しっかし、大家のおばちゃんが毎晩あんなすごい絵を下で描いてるとはつゆ知らなんだ。
 感動した。


2003年11月03日(月) 古本屋についての。。。

 また神田の話です。
 
 先日イラン人の知り合いに、連休中東京モーターショウがあるだろうと言われ、「東京は車もいいかもしれないが、いっぺん神田の古本屋街に行ってみィ」と、古本まつりのパンフレットを無理やり渡したのであった。「神保町の古本屋街は世界一本が集まってる所だよ」と何度も力説して。・・・相手は古本ばかりなんでそんなに集まっているのかと不思議そうだった。あれから行ってみたかしら?

 今日はあいにくの雨模様で、古本まつりに行こうとしていた人は気の毒だったなあ。今日は私もちょっと大人しくしていた。・・・池袋のリブロ書店にちょっとだけ行ってきたけど。
 
 昨日古本屋を回っていて、本を買いに来る人の量の半端でないことにびっくり。インターネットなど、書物以外のメディアの発達で、出版文化がすたれていくのではとの危惧もささやかれる昨今だけど、紙の本を読む人はまだまだわんさかいるんだなあと、なんだか嬉しくなった。新古本を売るとなにかと批判の対象になる某古本屋チェーンでも、新刊本の書店でも、閉店まで沢山の人でごった返してるし。本が売れなくなったと言われるけれど、本好きはまだまだどっこい、沢山生きてる。ただ、実際に出版する側にしてみれば、本の売り上げ量を肌に直接感じてるわけだから、きっと厳しいもんがあるんだろうなあ。

 今私が古書店の棚の前に佇んでしみじみ思うのは、この時代に生まれてよかったなあということ。あと少し遅く生まれていたら、昭和初期や戦前の良書にはきっともう手が届かなくなっていただろうと思う。

 「本は古本になると、真価だけで生きてゆくのである。」とは、司馬遼太郎氏の言(『街道をゆく36 本所深川散歩神田界隈』)。
 そのくだりを読んではっとした。そうなんだ。今古書店の本棚にうずたかく積み上げられ、店主が書名と値段を書いた札を下げられ大切に売られている古書たちはどれも、その真価だけで生き延びてきたものなんだ。でかでかと新聞広告で宣伝されるわけではない、センセーショナルな宣伝文句とともに沢山の人々に読まなきゃならないという錯覚と焦りを与えて売らんがなとアピールさせられるわけでもない、ただその本のもつ価値の重みのみが、古書店の一角のスペースを与えられる理由であったりする。話題や宣伝という後押しや庇護があるわけでなく、体ひとつ張って生き延びてきた本ばかりなんだ。そこには本の価値を見分ける目利きの店主がいて、暗黙のうちに信頼関係が店と客の間にあって、あそこで本を探すということ自体、すでに密度の濃い行為であるような気がする。それぞれの店に品揃えの個性があって、ひととおり歩いて回ると、客は自分の知りたい分野の書物群について、なんとなくかもしれないけれど、その概要を理解することもできる。そういうことは新古本を大量に売るチェーン店ではできないことだ。新古本チェーン店も利用するから私にとってはありがたい店だけど、これは従来の古本屋とは全く違う種類の店だと思う。

 ちょい薀蓄たれちゃった。おやすみなさいマセ。


2003年11月02日(日) 神田古本まつり

 昨日今日と、神保町の古書店街に入り浸っておりやした。
 毎年恒例の神田古本まつりがこの連休に開催されていて、普段日曜日は休業の書店もこの連休は営業しているという嬉しい数日間なのであーる。
 さすが神田の古本まつり、古書店並ぶ通りに所狭しと設けられた本のワゴンにこれまた沢山の人がごったがえしごったがえし、本の数も人の数も互いに負けじとわんさかぎゅうぎゅう。今日はとりわけ天気にも恵まれたし、まさに青空古本市でした。
 
 とっても欲しい辞典があったのです。中村元著「佛教語大辞典 縮刷版」(東京書籍)。学校や都の図書館に行くたびに、他の人が使う暇がないほど何度も何度も引いてしまう、もう手放せないくらい私にとって必要な辞典となってしまって、これはもう自分用に買うしかないなと。ところが新刊では品切れ状態でどこの本屋にも売っていない。こんないい辞典(佛教関係ではこの辞典に載っていない語はない!)なのに。。
 なので古本で探すことにしたのだけど、これがまた見つからない。昨日で
見つかるだろうとタカをくくっていたらぜんぜんない。靖国通りとすずらん通りの本屋全部回ったけど、ない。道端のワゴンの中もみんな覗いたけど、やっぱりない。それで今日も午前から出かけていって、またぐるぐる回った。なんせ古書店街の本が一年で最も高回転な数日間だもの、昨日なかった本が今日は見つかる可能性は大きい。それに、古本まつり期間中は、店内の古本も1割2割引きとか、ちょっとお得になる店も多い。というわけで、昨日回った店も、催事場の本のワゴンも、くまなく、ほんとにくまなく、今日は昨日より時間をかけて探した。
 同じ辞典で大判の3分冊と、改訂版の4分冊もあるんだけど、本自体も大きいけど値段も大きい。さすがにこれは手が出ない。出たとしても私の部屋に置く場所はない。ところがこの大きな方は何店かで見かけた。それでも買わない。買えないし。私はどこか見知らぬ都会ではぐれた恋人でも探すような気分になっちゃって、しまいには悲しくなって、いじけてきてしまった。
 その辞典を探すという目的でなければ、もう垂涎ものの本があちこちにあるんだけど、今日はまず目指す辞典が見つからないことには落ち着かない。2万円位は覚悟の上なので、他の本を買ってしまっていざという時資金がなくなるのは防がないと。。。。誘惑と戦うのもツライなあ。
 次第に陽が傾き始める。足が棒。歩き回って汗ばんでる。ちっとは痩せたかね?・・・そんな風に思いながら、気がつくと2日間で延べ100軒は回ったかも。なんせ凝り性なもんで。佛教関係書専門の古書店で、探している辞典の4冊揃えがウィンドーにある。値段を聞いたら6万7千円。。。とても買えない。しかもどこに置くんじゃい。がっくり疲れて、三省堂のそばまで来て、あとあの角まで2〜3軒見たら、もう帰ろうとほぼ絶望状態でとぼとぼ次の店に入っていった。どうせさっきも探した店だし、なくてだめもと、と思いつつ、積み上げられた本の山を端から見ていく・・・・・・と。
と・・・。
 あっ!
 あ、あったぁ〜あったぁ〜

 あったぁ〜と心の中で叫びながらも、この手を伸ばしたらふっと消えてしまうんじゃないかと思うほど、目の前に捜し求めていた本があることが信じられなくて、何度も書名を心の中で呟いて、おそるおそる指先で背表紙を触り、それから両手で引っ張り出して、大事に胸の前で抱えた。
 ちょっと汚れはあるけど、気になるほどではない。値段は1万6千円。これだけの偉業をこの値段で買えるなんて、むしろ申し訳ないほど。井上ひさしが書いていたけど、辞書はほんとに安い買い物だ。編纂者の何年何十年にも渡る労苦の結果を手に入れることができるなんてありがたい。
 店主のおじさんに、この辞典を探すのにどれだけ苦労したかを興奮気味に話して、涙が出るほど嬉しいと何度もお礼を言って、おじさんもよかったよかったと言ってくれて、もうるんるん気分で店を出た。
 
 あと買ったのは、三田村鳶魚全集のうち7冊をバラで。全巻揃で買うよりバラでちょこちょこと買ったほうが安上がりかと思って。こっちはわりと流通してそうだし、よく見かけるので、楽しんで集められるかな??
 
 ところで、すずらん通りの会場では、あちこちにあの界隈のレストランが出店している露店があって、ロースとビーフとかタイカレーとか、点心とか、本格的な味が手頃な値段で食べられるのが嬉しかった。しかも青空の下。ついでに酒屋さんの利き酒コーナーも。100円で3種類のお酒を味わうことができた。コップ酒1杯分位の量になるからとってもお得。
 美味しいお酒がありました。写真日記に載せておきましたです。

 さすがに2日間歩き疲れてくたくた。
 お財布も軽くなったので、明日は自宅でじっくり読書三昧です。
 
 古本まつり、明日3日までです。
 興味ある方はぜひっ!
 
 
 
 
 
 


2003年11月01日(土) 猫の毛の色

 ひゃひゃひゃ。
 一週間もサボってしまいました。すんません。
 
 仕事と学校と家を行ったり来たりで、その間にお風呂と食事と睡眠を無理やりほうり込んだような毎日であったよーな気が。。
 月末は、仕事の段取りがうまくいかず、時間を逆算してやむを得ず会社に泊まってしもうた。帰る時間ももったいないもんね。それに、会議室だろうとどこだろうとすぐ寝れるのが特技なもんで、銭湯さえ近所にあれば別段苦労は感じない(あるんだねそれが青山にも)。それに、真っ暗のオフィスから見る新宿の夜景、早朝、薄暗闇がだんだん白けていく高層ビル群、ああこんな光景が毎日繰り返されているんだ。あれは感動した。周囲に視界をさえぎる建物のないビルの窓から、目覚めていく街を独り占めしているような錯覚に陥りました。徹夜残業してる人はいつもこんな感じなのかな。11月は残業減らすように努力しようと思う。だからもう泊まったりしないけど、あんな美しい夜と朝が都会にもやってくるんだと心底感動した。いつか都会を離れるけれど、都会に住んでた一番の思い出のひとつになるかも。・・・へんなことにこだわってる私。

 やったぁ連休!

 昨夜は久々時間に追われずにゆっくり銭湯の浴槽に浸かってふにゃけて帰ってきて、そのままふかふかの布団にもぐって大の字になって文庫本広げた。本広げたはいいけど、1文字も読まないうちに心地よく睡魔が襲ってきて、手を上に伸ばして電気消してぐっすり眠った。でもって今朝は9時過ぎまで熟睡してた。こんなに寝たの久しぶりだー。で、今はまだ寝起きのけだるさが残る頭でパソコン開いています。

 机の前に窓があり、アパートの向かいの家のトタン屋根で丸まって寝ている猫が、パソコンのディスプレイから目を横に逸らすとすぐ視界に入ってくる。白黒の猫。日光東照宮の「眠り猫」みたい。あの猫とそっくりなのが、昔実家にもいた。だから今は亡き彼(近所ではボス猫だった)を思い出しつつつ・・・。
 猫って、生まれた時から模様が決まってるよね。人間も髪や目の色が決まってるけど。猫の場合は毛の色だけじゃなくて模様まで決まってるんだ。あれは不思議だ。他の猫の模様のほうがいいって言ったって、今さら変更できないんだもんね。ちょっと気の毒だね。あたしはモノトーンよりブラウン系が好きなのよったってもう遅い。決まっちゃってるんだから。人間は好みでいろんな服に着替えたり、髪の色や瞳の色だって染色したりコンタクト入れたりして変化させられるけど、猫は一生同じだもんね。飽きないのかしらね。
 そういえば、ほかの動物で、猫みたいに毛の色にいろんな種類があるのっているのかなあ。思い浮かばないなあ。シマウマはどのシマウマも白黒のゼブラカラーだし、トラの模様もパターンが決まってるし、三毛のヒョウは聞いたことないし、子供と大人で模様が変わる獏だって皆同様の模様だし。犬はわりと沢山色があるけど、柴犬といえば茶色か黒かで決まってるし、ブルテリアは白黒だし、雑種でも雉トラや三毛の犬は見かけない。あと豚や馬や馬も模様に個性があるけど、パターンはだいたい決まっているような。
 となると、猫、とくに血統つきでなくて、世界各地の路地裏で見かけるような、日本の民家の屋根で丸まっているようなごくごく庶民的(?)な猫のあのいろんな模様ってよくよく考えるとほんと不思議だ。よく駐車場なんかがノラ達の溜まり場と化してるけど、真っ白も真っ黒もいればブチも雉トラも三毛もいる。茶トラもいる。あれ全部ひっくるめてみんな猫っていうんだから、やっぱ不思議だ。
 
 おっと、目の前のあいつ、お目覚めだ。
 
 


あたろー |HomePage