あたろーの日記
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旧暦7月16日。 最近お弁当作りさっぱり。。。ちょっと休むとどどどーっと休んでしまう。あーいかん。。 8月31日になると、小学生の頃、毎年夏休みの終わりに宿題を必死に片づけていたことを思い出す。。。 あの頃、大人になったらこんな思いしなくて済むもんだと考えていました。が。違った。大人になっても8月31日はやっぱりどたばたして終わる。しかも大人になったら、8月31日みたいな日が12回ある。月末業務は毎月末必ずやってくる。。。 取りあえず、ほっと一息ついて、ミニビールでくつろぐ私でありました。 昨夜は台風の雨風で何度も目が覚めたのでもう眠いです。。。
旧暦7月15日。 台風16号の被害があまりにも大きいので、銭湯のロビーで大画面テレビに釘付けになっていました。 今年はほんとによく来ますね、台風。でもいつも西のほうばかり被害に遭って、東京に住んでいると申し訳ないような気持ちになります。今夜は都内も風が強くなって、さっき帰宅したらすぐにベランダの植木鉢やジョウロを飛ばされないように固定したり、水を満タンにしたり対策とりました。でも、それどころじゃなくて、自宅が浸水したり、土砂災害に遭ったり、亡くなった方もいるんだと思うと、しみじみ自分がここにいることが有り難いと思います。また次にもう18号が来るらしいですが、被害が大きくなりませんよう。。 昔元寇から日本を守った台風もこれくらいの規模だったのかなあ。それから何千回も台風がこの国にやってきたし、これからも何千回も暴れていくのだと思うと、つくづく、日本てすごい場所に位置してるんだなあ、と思ってしまう。。どんなに技術が進歩してもこれだけは変えられないですよね。
旧暦7月14日。 今朝も寒さで目が覚めた。 今夜から毛布掛けて寝ないと。 気温が下がって動きやすくなったこともあり、また机の上が狭くなったこともあり、これまで机上に積み重ねていた文庫本を、・・・やむを得ず部屋の真ん中のローテーブルに移した。おかげで、机の上はすっきりしてパソコンの周りも広々したけれど、食卓でもあったテーブルの上はすっかり本に占領されて、物置と化した。去年転居するときに持ち物を減らす意味で、本棚もひとつ処分したのに、結局また買い足す羽目になりそう。 これからは読んだ本はなるべく実家に送ろうと思っていたのに、この1年で新たに購入した本はどれも手元に置いておきたいものばかり。つまりは自分にとって今後長くおつきあいするであろう大事なテーマが決まりつつあって、それに沿った本が自然と集まった、ということなのかもしれない。元来凝り性で、これはと思ったテーマにしつこくしがみついている癖があるので、購入した本にいつまでも執着するのかも。でも、このいつまでも執着したくなる本を見つけるためには、買った本をちゃんと読まなければならない。積ん読ではなくって。。。 読んでない本が圧倒的に多いです。。嗚呼。
先日帰省した時に、父から我が家の先祖について調べるよう仰せつかった。いえ、なに、そんなこと好き好んでするのは父か長女の私くらいなので、帰ってくるのを待っていた節がある。。歴史小説と時代劇好きの父と、史学科(ただし考古学)卒業で図書館に恵まれた東京都在住の長女という、どこにでもいそうな取り合わせではあるけれど。 両親は佐渡の出身。父方の実家は近所の同姓の家から曾祖父の代に分家した・・・と父も思っていたのだけれど、それがどうやら違うらしい。祖父母を始め、親戚の年配者達も次々逝ってしまい、古くを知る術がどんどん消えていく。おまけに菩提寺が父の幼い頃に火事で焼け、部落の昔を知る資料も消えてしまった。その後住職が新たに書いてくれた過去帳は記憶に頼った曖昧なもので、曾祖父母の代以前はほとんど白紙である。 そんな状況だったけれど、父がこの初夏に親戚の集まりで、我が家の先祖は戦国時代あたりに、能登から敵討ちのために6人ほどで佐渡に渡ってきて、そのまま今の地に住み着いたらしい、と聞いてきた。で、6人衆のうちの1人が医者で、その子孫が我が家だそうな。確かに数年前取り壊した父の実家のつくりは昔の医者の家の造りだったし(独特の出っ張った部屋があった)、屋号には「庵」がつく。けれど一体我が家の家系のうちいつの時代の誰までが医者だったのか、定かではない。少なくとも曾祖父が医者とは聞いていないので、それ以前らしい。さらに取り壊しの際確認したら、屋根には能登瓦が葺かれていたとのこと。 現時点で我が家のルーツを知るための手がかりはこれくらいである。案外早く分かりそうだけれど、事情はそう簡単ではない。まず第一に、佐渡という土地はもともと人間の往来が激しく、とりわけ能登半島からは航路で多くの人が移住してきたと思われる。さらに、能登瓦は塩害に強いなどの長所から、佐渡でも海沿いの家屋で多く使われていたので、そう珍しくもない。 取りあえず、父が佐渡の親戚から送ってもらった我が家の先祖ともしかしたら少しは関係があるかもしれないという佐渡のある村の村史の記事を手がかりに、能登にある同姓の家の史料からあたってみることにして、昨日は日比谷の都立中央図書館までてくてく出かけて行き、○○家文書なるもののコピーを作ってもらった。もちろん私は古文書なんぞ読めやしない(授業とっておけば良かったと今更ながら後悔)ので、活字になっていてホッとしましたです。・・・だけど、手がかりになりそうな記述は見つからない。まあ、当然ですな。そう簡単に判っていくもんじゃないですよね。まずは能登にある同姓の旧家関連の資料にあたるのと同時に、佐渡関連の資料も地道にめくって、さらには能登以外の地方に散らばる同姓の家系について出来る限り調べてみるつもりです。・・・しかし、ウチの姓は、とことんたどっていくと、終いには出雲神話までたどり着いてしまうので、どこかでやめておかないと・・・けれど、それも面白いかも知れない、と、結局佐渡と能登と出雲神話を同時進行で調べ始めました。だけど、なんか、史学科を出たとは言え素人が闇雲に手を広げて調べているとしか思えない私。。家系って一体どうやって調べるんでしょう!? ・・・それ以上に、何故、今、家系なんでしょう??? 思うに、人はやはり、自分のルーツを知りたがるものなんだと思います。何かきっかけや手がかりがあれば、そこから辿って遡っていきたい、という衝動に駆られてしまうのです。 お世辞にも健康とは言えず、あまり長生きしないだろうと悟っている(らしい)父と、自分はどこから来てどこへ向かうのかについて必要以上に悩んでいる(と思われる)娘が、自分の血を遡る地道な作業に意義を感じるのは、必然かという気がします。。 と、かっこつけて書いてしまいましたが、実は一番惹かれるのは、先祖が6人で敵討ちに佐渡に渡ってきたという話です。そのうちの1人が医者だったという。。。なんか池波正太郎の藤枝梅庵みたいじゃないですかっ! ホントだったらかっこいいよなぁ♪
旧暦7月13日。 26日に東京に戻って参りました。長々とすいません。 新潟はやっぱり涼しかったです。。。東京も涼しくなりましたね(というか、今朝は寒くて目が覚めました)。実家の裏は新潟平野で、どどーんと田んぼが広がっています。黄金色に色づき始めた稲穂の群れを見るのは久しぶり。そういえば夏に帰省するのは何年ぶりだろう?新幹線の窓から黄金色に変身しつつある稲の絨毯を眺めていて、やっぱり私はこの風景が一番好きなんだなあと実感しました。 実家では読書三昧にしようと本を沢山持っていったのですが、ろくに読めず。まとまった時間動かないで座るか寝ころんだままパラパラ頁をめくっている自分を想像していたのですが、そうもいかず。来客あり、おでかけあり、姪っ子甥っ子の襲来あり、誰かがテレビをつける、4匹いる猫が代わり番こにご飯をねだりに来る、夜は家中真っ暗になる11時には自分もつられて寝てしまう。。。と、要するに、じっくり読書なんぞする環境ではなかったです。あと、不思議なもんで、東京にいるときと新潟の実家にいるときと、自分の気持ちがぜんぜん違うようで、実家にいると、活字を追う気にもあまりなれない。ばりばり読むぞ!という気力が完全に失せてしまって、じゃあスケッチしようとスケッチブック開いて絵を描いてたら、姪っ子甥っ子が集まってきて、いつの間にか絵画教室になってしまった。。私の固形水彩絵の具(ちょっと奮発したんだけど・・・)に興味を示し、3人で小さなパレット囲んで懸命に描いてました。まあ、いいか。子供の頃に本とか絵とかに興味を持つきっかけがあるのはいいことだし、身近な大人がその機会を作ってあげるのは大切なことだと思うので。母にも笑われたのだけど、実家には弟夫婦含めて、絵を描いたりパソコンしたりする大人がいないので、私が帰ってそれらをはじめると、子供達がドドドッとやってきて囲んで大騒ぎになります。・・・きっと彼らが大きくなったら、東京のおばちゃんは年に1、2度やってきては絵を描いたりパソコンいじったり、なにやら面白いへんなことやってたよなあ、って思い出してくれるんだろうか。それもいいかも(笑)。・・・だけど困るのは、どうしてケッコンしないのか、オトウサン(旦那さんのこと)がいないのは何故か、と、しつこく質問してくることだ(笑)。幼稚園や小学生ともなると、周囲の大人とこのおばちゃんを比べて違う点を疑問に思うらしい。そんなん、当の本人だって分かんないことだらけなんだから、そう簡単に質問されては困ります。 昨日は1週間ぶりに仕事復帰。こんなに休んでしまったのは初めてだったので不安でしたが、やっぱり身体が重くて動くのがしんど。確実に太ったらしいです。当然のことですが。
8月26日まで日記お休みします〜。
旧暦7月4日。 暑い。。。風があるのに、夜になっても蒸し暑いです。 昨夜は寝ようとして布団に横になってから携帯のテレビをつけたら、ちょうど愛ちゃんの試合をやっていたので、つい最後まで見てしまいました。 オリンピックは見始めるとやめられないので寝不足になるのが辛いのですが。。。結局。愛ちゃん負けちゃったときは、こちらもじーんと来てしまいました。うんと小さいときから、お母さんの特訓に泣きべそかいてる時からテレビで見知っているので、15歳の愛ちゃんが頑張ってる姿に幼い頃の姿が重なって、感慨深いです。そういう気持ちは私だけじゃないんだろうなあ。なんだか不思議。画面の向こうで活躍しているスポーツ選手の子供の頃からを知っているというのは。 北島選手の2冠は凄い。でも柔道の井上選手が負けてしまったけれど、そちらも偉いと思う。オリンピックは勝っても感動させてくれるし、負けても感動させてくれる。
明日の夜から帰省します。26日まで実家にいます。パソコン持っていきますが、この日記は26日までお休みさせて頂きます。たぶん日記をゆっくり書けるような環境じゃないので・・・。すいません。 実家でのんびりします。ごろんごろんして、猫と遊んだり、姪っ子達のおもちゃにされたり、ぼーっとしたりしてきます。 ・・・まだ荷物の準備してないので、これからやります! で、では!!
| 2004年08月18日(水) |
東京03の怪・・・でもなんでもない。 |
旧暦7月3日。 ときどき自分でもあまり重要ではないと思えるような些細なことについてしげしげ考え始める。けれど、それを人に話すと案外重要な議論になって一緒に考え込む人の輪ができてしまう。 なんで東京人は、東京の電話番号を人に説明するとき、「東京03・・・」と言うのか。「03」の前に「東京」をつける必要はあるのか。かく言う私も時々つい「東京03の・・・」なんて言ってしまうのですが、先日仕事中に、同僚が「弊社の電話番号はですね、東京03の○○○・・」と電話口で言っているのを耳にしてから、ふと、「やっぱおかしい」と改めて思った。改めて、というのは以前から気にはなっていたからです。 例えば「横浜045・・・」とは言わない。「新潟025・・・」はもっと言わない。「大阪06・・・」はたま〜に使う人がいるらしい。でも「千葉○○」も「群馬○○」も聞いたことがない。東京だけ、東京人が自分とこの電話番号を(特に)関東以外の人に伝える時に、堂々と使う「東京03」。 なんでだろーと思って3人ほどに質問して、話し合ってみた。 結果。。。 1、周囲の人(以前の職場やバイト先、特に仕事で頻繁に電話を使う所)がそうしていたので自分もクセになった。 2、通販CMなどの影響。TVで「東京03〜♪671の〜♪」などと流れているのを耳にして自然とうつってしまった。 3、東京の人は、地方の人に対して、自分は東京に住んでいるのだという優越感があるので、電話番号を言うときに、東京であることを強調する(無意識にやっていることも含め)。 にゃるほど。 そんな感じかにゃ。 私は上京したてで自分の電話番号が03圏内になったとき、やっぱりえらく感動しました。今でも電話で、たとえ「東京」をつけなくても「03」と言うとき、内心(えっへん♪)って思ってしまうのだ。←思うにそういう単純な奴ほど実は田舎っぺが抜けなかったりする。 。。。。こんなくだらないことで悩んでどうするあたろう。。。 駄文につきおうてくださりありがとうございますである。 と言いつつ、もうちょっと考えてみます。
そうそう、私は2番目の影響も大きいと思うのでありますが、話し合ううちに、今度帰省したときに新潟のCMで「新潟025」と言っているものがあるかどうか、TVを見て研究してくることになりました。といっても私TVをじっと見るのが苦痛(?)なんですよね。だから、まあ、CMになったら一応画面を見ようと思います。家族に「いよいよアホになったか」と思われそうですが。
| 2004年08月17日(火) |
涼しくなってほっとしました。。 |
旧暦7月2日。 曇り時々雨という天気予報を甘く見て自転車で会社に行ってしまったら、夜は見事に雨の中。マウンテンバイクというのは雨のアスファルト結構滑りやすいのですね。これまで雨が降りそうな日は用心して電車通勤にしていたので、今日の油断を反省。来週は木曜まで帰省するので、今週はさすがに残業しないと仕事が終わらない。頑張るぞ。なんとか机の書類減らさないとね。それにしても涼しいなあ。今朝ベランダを見たら蝉が死んでた。朝晩虫の鳴き声がするようになった。秋の予感を十分感じさせる今くらいの季節も好き。 ・・・やばい、くしゃみ。 だけどしかし、あの東京40度超えた恐ろしい夜よりまし。。 今夜は早く寝ます。ってもう12時過ぎちゃった。。
| 2004年08月16日(月) |
オリンピックは始まったけれど。 |
旧暦7月1日。 昨日書いたことをまだうだうだ考えていて、よくよく考えてみたら、押井監督がネットの世界が人間の思っている以上に複雑で深淵で、人智を超えたところで成長を始めている、ということを描こうとしているのであれば、私がふにゃふにゃ言ってる内容はちょっと検討違いだなあ、と気づきました。「ネットの世界は広大だわ」って主人公に言わせてるし。 『イノセンス』は本当に面白かったです。9月(?)にDVD発売になるらしいので、買おうと思います。 昨夜早めに寝ようと電気消して布団にゴロンとなったら、隣の部屋から「おー」とか「あー」とか「くそー」とか。さっき帰宅して自転車置きに行ったら奥の部屋から雄叫びが。 オリンピックに興奮している声があちこちから聞こえてきて、面白いけどびびる。 実は先月とうとう携帯電話の機種変更して、テレビつき携帯電話にしたんだけど、あんまりオリンピック観てない。もちろん日本の選手にも他の国の選手にも頑張って欲しいし、オリンピック無事に終わって欲しいけど、なんで今回は心底楽しめないんだろう・・・。 やっぱり、イラクで相変わらず毎日人が死んでるからだろうか。。。イラクに限らないけれど、特にイラクで、まだまだ戦争が続いているからかなあ。。競技観てても、なんかひっかかって、落ち着かない気がする。 オリンピック停戦なんてないんだよなあ。戦争が続いてても、オリンピックは始まったし、オリンピックが始まっても、毎日戦場で人を殺してるんだよなあ。。。 こんな風に考える私はひねくれてるの?
旧暦6月30日。 朝起きたらざあざあ雨で、嬉しかった。豪雨で被災した人達になんだか申し訳ないようだけど、雨がこんなに待ち遠しかったのは初めて。でも、涼しいどころか寒かった終戦記念日の今日。イラク情勢は悪くなる一方。 近所の猫が子供を産んで、どうやら今日、よそへ貰われていったようだ。人の話し声と、ミーミーという鳴き声、車の音。それからしばらくして、母猫が子猫を探し回る鳴き声。哀しげで、必死で、もう聞いていられない。ふだんの喧嘩声とはぜんぜん違う。仕方ないことだけど、可哀相だけど、仕方ない・・・。いつまでも鳴きながら探し回っていた。
『アヴァロン』(押井守監督・2001年)を観た。 近未来、若者は『アヴァロン』と呼ばれるオンラインの戦闘ゲームに熱狂していた。主人公のアッシュの日常はこの『アヴァロン』と、愛犬の待つ部屋での生活の繰り返し。彼女は『アヴァロン』で凄腕のプレイヤーとして知られており、ゲームの賞金で暮らしている。やがて彼女はゲームの中に登場する「ゴースト」と呼ばれるバグ=少女=外の世界への導き手を追い始めて・・・というのがあらすじ。アニメーションではなく、実写版。舞台設定がポーランドというのが良かった。物語がわりと静かに進んでいくのも良かった。けれど、仮想現実というテーマにオンラインゲームが絡んでしまうと、例えば小説を読んでいて、ある場面が出てきてあとでそれが主人公の見た夢だった、という安易なオチ(?失礼)で誤魔化されて肩すかしを食らうのと同じくらい、つまらなくてがっかりする。或いは「こんな夢を見た」で延々と夢の内容を語り始める登場人物の独白ほど、小説を中ダルミさせるものはない(そう思うのは私だけ?)。『アヴァロン』は最初からオンラインゲームでの仮想現実をテーマに打ち出しているので、観ているこちらもそのつもりでいるけれど、私自身がゲームをしないせいか、映画にうまく入り込めなかった。ただゲームに熱中する主人公の心象がまったく理解できないというわけではなかったけれど(その辺は丁寧に描かれていたとは思う)。また、物語中の3つの世界である、主人公の日常・ゲームの中・クラスSAあるいはクラスリアルと呼ばれる「外」の世界(主人公にとってはあくまでゲームの中の世界?)の関係性を描くにはオンラインゲームを持ってくることが必要なのだろうけれど・・・。 順序では『攻殻機動隊』と『イノセンス』(他にも押井作品はあるのですが)の間に作られた同監督の映画と捉えれば、2つのアニメーション作品にえらく感動してしまった私としてはやはり『アヴァロン』も好きになりたい映画なのだけど、観た順序が作品が作られた時間軸に沿ってなかったからかどうか、ともかく、失礼ながらちょっと退屈な映画でした。押井監督に影響されたと公言しているウォシャウスキー兄弟監督の『マトリックス』シリーズも、第1作目(面白かった!けど)を観ただけで次に食指が動かないのも実は同じような理由からで、その理由というのは、ホントのところ、「仮想現実」「バーチャルリアリティ」っていう言葉にすでに食傷気味になっているからです。いやいや、自分が今生きているこの場所がホントのホントの世界じゃなくて、現実は他に存在してる、とか、自分が立っている位置が非常にあやふや、っていう感覚、それを映画で表現しようという試みはとても面白いしテーマ的にも掘り下げる余地はあるものだとは思うのだけど。そして、ネット社会が広がりと深さを持って成長し、私たちの世界から切り離せなくなった今だからこそ、仮想現実と現実とは何か、その境はあるのか、今ここにいる私は何?というテーマは、それを語り合うのに新たな舞台を提供されてはいるのだろうけれど。 だけど。 今まで「実生活」だと思っていた当たり前の日常が、すでに不確かなものに思える今日(こんにち)、ネットの世界を媒介にして仮想現実を登場させる手法にそんなに魅力や興味を感じなくなっている自分。日々変化する思考、見えてくるもの見えなくなっていくもの、届くようになるもの届かなくなっていくもの、思い出すこと忘れていくこと、変化する環境、変化する世界、変化する人々・・・。それがいいとか悪いとかいう問題ではなくて、確実に「ある」と実感できるものが果たしてどれほどあるのか。世の中は変化するもの不確かなもので溢れかえっているのではないだろうか。そして人はそれをいつも追いかけながら、この先どのように変化していくのか分からない日常を生きて、やがて人生を終える、そんな気がする。たったひとつ確かなものがあるとすれば、それは「死」だ。だから、「死」がいつか確実にやってくるまで、不確かな人生の中で不確かなものの手応えを自分なりに求めつつ、生きてみよう、そんな結論に至るのだけれど、だから、現実とそうでないものをネットの世界を持ち出すことによって描くのは、狭い、と思う。幾通りにも掘り下げられるテーマかもしれないけれど、それでもやっぱり、限定される。ネット社会に目をつけて映画を作った人達は鋭いし、凄いと思うけれど、すでに、もう沢山、と思ってしまう私は逆に疎いのか。。 思えば従来からある映画も小説も、ほとんど仮想現実だ。というか、仮想か現実か、そんなことはどうでもいいと思えるほどにのめり込める作品が、自分にとっていい映画や小説だったりする。例えば机の前で紙の上の文字を追っているだけなのに、コーヒーが冷めるのも忘れて夢中になって小説に入り込んで出てこられなくなる。本を閉じても打ちのめされて、読み終えてからもずっと本の中身を頭の中で繰り返しつつ、自分の目の前のコーヒーの冷たくなったカップに口をつける。そういう時、小説の世界に自分は完全に支配されていて、本を読んだだけなのに喉の奥にボールが詰まったみたいに苦しくて、目の前のカップも、冷たくなったコーヒーも、まったく意味を持たない。・・・つまりはわざわざネット上のゲームを持ち出さなくても、従来の映画でも小説でも、あるいは演劇でも語りでも、シミュレーションは昔から存在していた。ただそれらとネットが異なるのは、ネットが今やそこと気づかない場所にもしっかりはびこっているということなんだとは思う。そういう意味で押井監督もウォシャウスキー兄弟監督もネット社会を描こうとしているのは分かる、けれど、今ここにいる自分とそうでない自分、を表現するのにネットを用いるのにはやはり飽きが来る。 ・・・というようなことを今日は悶々と考えてしまいました。支離滅裂で、小生意気ではあります。まだ自分の中で整理つかないまま書いてます。お許しを。。。
旧暦6月29日。 レンタルで「ラストサムライ」を観た。ようやく観た。 少し後悔。公開時に映画館で観ておけば良かった。。 トム・クルーズの映画、だと思っていたら、違った。 武士の映画だった。勝元役の渡辺謙が良かったし、小雪も真田広之も良かった。他の日本人俳優達もとても良かった。もちろんトム・クルーズも良かった。ハリウッドの映画で日本が出てくるといつもお定まりの描き方しかされていなくて滑稽だったから、ほんとにハリウッド映画なの?ってびっくりした。 日本人の血の奥底に忘れされられたようにその小さな欠片があるのかもしれない、武士道、それをハリウッドが真っ向から撮ったものだから、日本人としては少々複雑。そんなにあからさまに武士道をズバッと前面に出されても。。。という気もしないでもないけど、観ているこちらが気恥ずかしくなるほどストレートに武士の美学を描いているこの映画に結局どんどん夢中になる。 監督が17歳になる息子にも観て、異文化に思いを馳せて欲しい、と言っているけれど、異文化どころか当の日本人である私も、もっと何か知りたい、と思わせてくれる映画でした。 よく考えてみるとちょっと陳腐な部分もあるけれど、それを補って余りあるほどだと思います。
| 2004年08月13日(金) |
免許更新した。私は優良ドライバー。 |
旧暦6月28日。 昨日の日記読んで、「思索」なんて書いていたのでなんか可笑しかった。 私の場合は「思索」じゃなくて、ただ悶々としちょるだけじゃん。。 会社早退して免許の更新に行ってきた。新宿都庁。地下鉄から地上に出たとたん、もわっとした暑さにぶっ倒れるかと思いました。都庁のあたりは緑こそ少しあるけれど、地表はほぼ完全にコンクリートで覆われていて、ビルの谷間をあたふた歩き回ってる感じにさせられる。早く建物に逃げ込まないと日干しになってしまう。。。 免許のほうは、優良ドライバー(えっへん!)なので、楽ちんです・・・と言いたいところですが、私の場合視力が恐ろしく悪い。ひどい乱視とド近眼で、コンタクトしてても0.7行かないんです。。一応眼鏡も持ってきたけど、前の人がさっさと終わってしまい、カバンから出す余裕もなく、ま、いいか!ってんで、計測器を覗き込んだ。が、一番最初の一番大きいやつがすでにおぼろげにしか見えず、目を細めてなんとかクリア。で、2番目のものはもう完全に見えず、もうこうなったら当てずっぽう、超能力、運任せ、と半ばやけくそになって右左上下言ってたら、検査官に「違うでしょ〜だってその前が下だったんだから、今度は・・・」え?そうなの?そんなんでいいの?「じゃあ、上」「ええっ?」「あ、右」「・・もう一回」「左」「・・はい、じゃ、今度はもうひとつ別の」と、まあ、要するに、当たるまで何度でも繰り返してくれるんですね。当然他人より倍の時間かかってなんとかなんとか視力検査パスしましたです。だいじょぶだって、私運転しませんから。なんつったってゴールドカードですよ。優良ドライバー。無事故無違反です。若葉マーク通り越して、ぺーぺーぺーぱーです。私の場合運転すること自体違反ですから。 それで、そのあと30分ほど講習会。ビデオ、爆睡しちまった。。。だいじょうぶですって。私、運転しませんから、絶対。 だけど、今思うとほんと不思議。 自分が免許取れたことが。
ところで、免許更新でいつも思うのですが、周囲の人みんな自分と誕生日が近いんだって考えると、なんだか不思議で嬉しくて不気味。夏生まれの顔ってなんだかみんなおっとり系。。
| 2004年08月12日(木) |
人生楽しむしかない。 |
旧暦6月27日。 最近夕食抜きのダイエットで効果が出たという友人に影響され、私も朝昼しっかり夕食は軽くヨーグルト、というダイエットを行うことに、夕方決めた。が、夕食抜きは辛い。自転車で会社のある青山から日比谷、大手町とぐるーっと回って、遠回りして、ひたすら漕いで、脂肪落とし(たつもり)て、なんか食べる代わりに本屋寄って、またひたすら漕いで、すっごく痩せた気持ちになって銭湯入って、出て、・・・結局我慢しきれず近所の居酒屋寄った。 焼き鳥3本(うまいんだここのは!)と冷やしトマトとお通しはアスパラガス(おばちゃんが野菜にしてくれた)。それと中生。ああ結局。。それから夏季限定の「篝火」という岐阜のお酒。これが旨い!!こんな濃厚でまろやかな日本酒は初めてです。もわーっと舌の上で何とも言えない香りが広がって、贅沢な気分になりました。相場よりかなり安い値段で提供してくれてて、お店によってはおそらく倍くらいの値段になっちゃうんじゃないかな、だからとてもラッキーでした。 お店のおばちゃんに、お見合いの話を戴いて、うーん、女1人で呑みに通うと、やっぱりそういう方向に話がいくのか、というのと、せっかく1人でしんみり呑める居酒屋を近所に見つけたのに、その隠れ家も安泰ではなかったのか、という不安で一瞬落ち込みましたが、丁寧に断ったら解ってくれたのでほっとしました。まだまだ、あと最低2〜3年は、1人で暮らしたいです。1人で暮らしてこそできることもある。仕事以外はすべて自分の時間として、本を読んだり、書いたり、思索したり、ほっつき歩いたり、呑んだり、友達と会話したり・・・そういう時間をもっともっと持ちたい・・・。我が儘で贅沢なことだとは分かっているけれど、まだまだ、1人でいたいのです。家族がいる喜びにも当然憧れるし、1人ではない暮らしもしたい。けれど、いったん家庭を持ってしまったら、もう取り戻せなくなってしまうたった1人の孤独な暮らし。。。孤独は時に深刻に自分を苦しめるけれど、孤独の中から生まれるものも沢山ある。 ただ、それを、価値観の異なる人に理解してもらうのは難しい。。 人生は難しい。ほんとに。 一頃は「人生」なんて口にするとひどく嘘っぽく感じた時期もあったけれど、今は、このところは、つくづく、人生って難しいと思う。 何もかも欲張って思い通りになることはない(なる人もいるけれど)。 何かを選べば何かを諦めなければならないこともある。後回しにしなければならないこともある。しかも、何だって自分の予定した時期に上手くコトが運ぶとは限らない。 だけど、少々しんどくても、それを楽しむしかない。
| 2004年08月11日(水) |
言葉を発する前に。。 |
旧暦6月26日。 初めて会った人の傍らに立て掛けてあった松葉杖を見て、ほんの軽い気持ちで、「足どうしたんですか?」と尋ねたら、相手は静かに微笑みながら「病気なんです」と・・・。 てっきり階段から落ちて怪我してとか、そういう答えが返ってきて、大変でしたね、早く治してくださいね、なんて私が気遣いを見せて・・・そんなシナリオを頭に描きながら、ほんとうに深く考えずに言ってしまったので、返す言葉に窮して、立ちすくんでしまった。そして、ようやく、言葉を絞り出せたのだけれど、それが、「すみませんでした・・てっきり怪我されたのかと・・・」と、まるでまともになってない、尚更相手を傷つけてしまうようなことを口にしてしまった。 今日はそういう場面が2回もあって、もうひとつは、別の相手なのだけれど、その人の子供の病気の話題になって、話してるうちに、病気を持って生まれてくる子供の親だからこそ分からない、そういう立場でしか分からないこともあるだろうに、勝手な憶測でもって相手を励まそうとかえって余計なことを言ってしまい、直前に自分が言ったことのフォローや言い訳めいたことを焦りながら考えているうちに曖昧な感じで会話が終わってしまった。 会話というのはほんとうに難しいと思う。自分が他人の言葉によって傷つくことにはとても敏感なんだけど、逆の立場になるとどうも。。。でも、毎日いろんな人達とやりとりしているのだから、100%傷つけ合わずに生きていけるなんて不可能に決まっている。長く一緒に暮らしてきた家族との間でも、ズキン、チクン、っていうのはしょっちゅうだし。。 人間関係ってのはきっと、お互いそれぞれが持ってる針に気をつけ合って、でも残念ながらお互いちょっとずつ傷つけ合って、でもってなお続いていくものなのかもしれないなあって、気がしました。 ・・・と、優等生っぽくまとめてしまう自分が嫌だ。 うーん、やっぱり、言葉は口に出す前に選ばなければ・・・反省。
旧暦6月25日。 高校野球やってる。銭湯のロビーのテレビで今日のダイジェスト版をやっていた。高校野球はよくない。ついついずーっと見てしまう。見てるこっちまで夢中になってしまう。 サッカーでも駅伝でも、スポーツは見なきゃ見ないでいられるのだけれど(私の場合です)、見始めるとこれが止まらない。特に高校野球。物心ついたときから夏のテレビは高校野球を映していて、気がつくと画面に引き込まれて、選手や応援団と一緒になってハラハラドキドキして、最後のサイレンでジーンとなって、しばらく放心状態で終わる。試合が終わった後は、テレビを見る前に自分が何をしていたのか、中途半端なまま何かを放り出していたのにそれを思い出せない。 高校野球は、夏の昼下がり、ビール片手に何かこってりしたものつまみながら見るのが一番いいけれど、私は心臓が小さいので、自分の出身地である新潟代表の試合なんぞは、怖くて見れない。見れないと言いながら、恐る恐る見てしまう自分がいじましい・・・じゃなくて、いじらしい。と、ここまで書いて試合日程を確認したら、新潟代表の日本文理高校の試合はすでに終わっていた。。。日曜だったのか、クソゥ。。。見れたじゃん。。 一番気楽で楽しめるのは、自分の出身県の隣県の代表の試合。思い入れがない分気が軽い、けれどお隣さんだから応援したくなる。新潟県は隣の県がなんと5つもあるので楽しいです。しかも、北国の高校はどうも南国の高校に弱い。だから寒い地域モンとしては、暖かい地域モンに対して妙な対抗意識持ってしまうのです。よって、新潟の隣5県を応援して、その次は東北勢を応援して、最後は自分が住んでる東京勢を応援する。でも、その優先順位も時々変わって、北と南が試合してて、北を応援してても、南の高校のピッチャーが可愛かったりすると、ついいつの間にか鞍替えします。あとへんてこ面白い選手がいたりすると嬉しくなって頑張れって思ってしまう。 まあ、要するに、高校野球はどの試合見ててもきっと楽しいんだ、私の場合。野球のルールにさして詳しくないけど、見てるうちにどんどん引き込まれる。画面にアップになる選手達の表情や仕草に、球児達と彼らを取り巻くドラマが垣間見えて、それを試合の伏線として勝手に楽しませてもらえる、そういう面白さが高校野球にはある。自分が応援しようがしまいが、南だろうが北だろうが、西だろうが東だろうが、地方だろうが都会だろうが、練習に練習を重ねて真っ黒に日焼けして、夢の甲子園にやってきた選手達が全身全霊で試合に賭ける、その瞬間にこちらもジーンとくる。 と、つらつら書いておきながら、さほど見てない今年。。決勝あたりは実家のテレビでゆっくり見れるかな??
旧暦6月24日。 会社を休んでしまった・・・休んでしまったものは仕方ないから、明日から仕切り直し。 日中は、内田百�里鯑匹鵑任い拭�『阿房列車』(ちくま文庫)は何度読んでも面白い。お金もないのに借金して、若い友人をお供に汽車の旅に出る。行って、名所見物するでなし、ただ行って、帰ってくる、そんな旅。役に立たない旅。なのに、面白い。百�寮萓犬諒絃呂蓮�誰にも真似できないユーモアがあって、いい加減なんだか真面目なんだかよく分からないんだけれども本人はいたって真剣で、無用の長物を大事に抱えて飄々と生きてる、そんな感じが好きです。 今ベストセラーになる本は、泣けるもの、感動するもの、読者を納得させるに十分な説得力のあるもの、と決まっているような気がする。今をときめく女優さんが「泣けました」なんて言ってる、そんなキャッチコピーが本の売れ行きを決めてしまう。・・・読んでないので書名まで言うと失礼になるので言わないけれど、映画化までされて今凄いベストセラーになっている小説を店頭で開いてみて、会話の多さと地の文の少なさ、それから会話の中身の陳腐さに、やっぱり買う気がしなかった。こんなこと言うともっと失礼になるかもしれないけれど、ベストセラーは沢山の人を読書へと引き寄せるかもしれないけれど、その次の本、またさらに次の本へと、読むことに疎遠だった人達を導いてくれるものかどうかは疑問だと思う。 性格悪いかも知れないけれど、みんなが読んでいるわけではなく、むしろ誰も注目してないような作家に魅力を感じて密かにほくそ笑む読者でありたいという気がします。だけどそう思っている人は結構沢山いて(たぶん)、内田百�里呂修ΔいΩ�きにもとても魅力的な作家なので(たぶん)、今再び注目を浴びて・・・というか、ちくま文庫で24巻ものとして次々刊行されて新しい読者を獲得しつつあるようです。かくいう私も、ちくま文庫で百�寮萓犬量ノ呂鮹里辰親匹濕蠅裡運佑任后� 何が言いたいのか分からない、と、文句を言われるかもしれないけれど、無駄と思えることをうだうだ書き連ねている百�寮萓検弊萓検△箸いΔ里�似合うんだな)の文章が好きです。真似しようと思っても真似できるもんじゃないです。。。
旧暦6月23日。 暑い1日だったけれど、暑さに馴れてきたようだ。扇風機と簾と超省エネルックで過ごす自宅。扇風機はつけっぱなしだけど、エアコンでよく体調を崩していた昨夏から、ちょっと逞しくなったような気がする。 入道雲や蝉の鳴き声で、子供の頃の夏を思い出す。夏休みには沢山読書しよう、との決意もむなしく、毎日田んぼの畦道で遊び回っていたあの頃。ようやく腰を落ち着けて縁側で本を読み出したものの、すぐにひっくり返って吹き抜けていく風の心地よさを感じながら昼寝に入ってしまった情けない思い出。 あの頃もっと本を読んでおけば良かったと後悔してもはじまらない。ただ、子供の頃は本の頁以外に、空の下で見つけたものも多かったけれど。 池袋のジュンク堂とリブロに行く。『魂の錬金術 エリック・ホッファー全アフォリズム集』(中本義彦訳・作品社)を探すも、ないのでリブロに移動。意外にもジュンク堂にホッファーの著作はたった2タイトルしか置いてなく、リブロでは現在国内で入手できるであろう邦訳はすべて揃っていた。思想・哲学系はジュンク堂よりリブロ(書棚の見やすさも含め)、宗教(特に仏教)はジュンク堂のほうが充実しているように思えた。あとは文庫を何冊か。岩波文庫の『吾輩は猫である』(夏目漱石作)も。漱石は高校から大学にかけて読んでからはほとんど手にした記憶がない。でも最近漱石門下の内田百�里鯑匹爐Δ舛法⌒�石を再読したくなった次第。10代20代とは当然違った感触があるだろうという期待があります。そういえば漱石って夏に読みたくなるけど、それってもしかしたら「新潮文庫の100冊」なんてのに影響されてるのかも。昔はもっぱら新潮文庫だったけど、今は岩波で読もう。理由はなんのことはありません、ちと安いからです。
| 2004年08月07日(土) |
素晴らしき銭湯ライフ。 |
旧暦6月22日。立秋・・・とはほど遠く。 でもほんの少し、過ごしやすい1日でした。 昨日は友人と赤坂に餃子を食べに行った。餃子食べておしゃべりしてケーキ食べておしゃべりしておしゃべりして。心が軽くなった。 赤坂歩いていて、とても個性的で通いたくなる本屋さんを見つけて、二人とも気に入ってしまった。東京ランダムウォーク1階は一見すると普通の本屋さん、でも2階は先日閉店してしまった(再生するかもしれない!?)青山ブックセンターをギューッと圧縮した感じの品揃え。アート、建築、思想系だったらなまじなんでもあるけどでかすぎて疲れる巨大書店に入るより、ここでゆっくり本選びを楽しみたい、という感じ。しかも、アート系が個性的に充実してる一方で、ちくま文庫や岩波文庫の場所もきちんとあるのが嬉しいです。赤坂見附の駅から徒歩2〜3分ほど。通いますよ。・・・この系列、神保町にもあるんですね、三省堂のすぐそばの、あの小さくて細長い店。そうだったんだ!神保町の同店には時たま寄りますが、赤坂見附にもあったとは。で、赤坂見附のほうが広くて面白いです。お勧めの本屋さんだー。 土日はなるべく早めに銭湯に行く。 銭湯のない生活なんて考えられない。四方を締め切った狭い内風呂なぞ、私には耐えられない。あぁ銭湯。今日も銭湯。 最近ハマっているのは水風呂。熱い薬湯や露天風呂に浸かっては、ほてった身体を水風呂に沈めて(実際はキンキンに冷たい水に声にならない悲鳴を上げながらそろりそろりと潜っていく)、しばらくして上がったらまた熱い湯、そしてまた水風呂、と、何回か繰り返す。浴槽の縁に腰をかけて、膝下だけ湯や水につけて、何十分でもボケーッとしていたり。 もしかして銭湯に行ったことない人も多いのではないかしら。銭湯の極楽を知らないまま日々を過ごす?そんな恐ろしい。。。そこで、しつこくしつこく、私は銭湯をお勧めし続けます。。 東京都の場合、銭湯は1回400円です。持っていくものは、バスタオル、タオル、浴用タオルかスポンジ、石けん、シャンプー、だけ。手ぶらでもOK。フロント(または番台)で200円で入浴セットが買えます。私は通勤時も休日のお出かけ時も、カバンの中にいつも銭湯道具が入っています。中身はポーチの中に、シャンプー、リンス、ボディソープを小さな容器に移し替えたもの、ヘアキャップ(100円ショップで買ったもの)、ナイロン製のボディタオルをぎゅうぎゅうにつめてあります。他にタオル。全部持って浴室に入り、上がるときにタオルで身体をよく拭きます。バスタオルは荷物になるので基本的に持たないですが、あるといいです。。銭湯セットがカバンに入っていると、外出先で銭湯を見かけたときにフラッと入れるので幸せな気分になります。 こんなこと書いてると、さっき入ってきたばかりなのに、またお風呂行きたくなります。。。んー。。
旧暦6月20日。 味噌汁の具のごとく浮き沈みが激しい奴。今日はさながらお麩のような気分であった。浮きっぱなし(といっても騒いでたわけじゃないけど)。 昨日まではじゃがいも。 どうやら地球の引力と月の満ち欠けに影響されるのは身体だけではないらしい。メンタルな部分も恐ろしく天体の運行に左右されている・・・らしい。だけどいつも落ち着いて穏やかな精神状態でいたい。
会社で雑誌の蕎麦特集を読ませてもらってたら、断然今夜は蕎麦、という気分になった。幸か不幸か食い意地はかなりあるほうで、食べたいものが頭に浮かぶとそれを口に入れるまで落ち着かず、他は目に入らなくなる。お風呂上がって近所の蕎麦屋の前まで行くも、躊躇する。なんてったって、蕎麦だけじゃなくて頭の中には蕎麦味噌と朝開き(蕎麦に合うという辛口の日本酒・・・まだ飲んだことない)がイメージされてるんだもの。実は蕎麦屋でまだ飲んだことがない私。焼鳥屋や居酒屋ではさんざん飲んでるのに、蕎麦屋ではもりそばをずずーっとやって、出てくるだけ。やはりここでもオヤジという人種が羨ましい。後から来たスーツ姿の男性が1人でガラッと戸を開けて入っていく。私ももりそばだけなら深く考えずに店に入るのだけど、今日はなんといっても蕎麦と日本酒の組み合わせでいきたい。しかも、雑誌で見た「蕎麦味噌」なるものが頭にこびりついている。三角形の蕎麦の実を味噌で香ばしく和えて焼いたものらしい。それとお酒でちびりちびり。。。と、そこまで考えて、店に入るのはやめた。まだ木曜日ではないですか。明日は友達と餃子を食べに行くんです。2日続けて外食とはバチ当たり(?)な。 というわけで、大人しく帰宅。先日買った蕎麦粉でそばがきを作って、白ごま入れた甘味噌も作って、それで日本酒を飲みましょう・・・と、そこまではよかったです。落語聴きながら自宅で飲むのがなんとも贅沢です。 なんだけどね、そばがきって実際、店で食べたことないのに、見よう見まねで作ってみたもんだから、茹で上がったものをお皿に上げて味噌つけて食べてたらすぐ堅くなってしまって。蕎麦粉好きなんですけど、あんま美味しくないや。・・・・後からネットで調べましたら、そばがきの美味しい作り方ちゃんと載ってましたです。 そういや前にも同じ失敗したような。。。ぜんぜん進歩してない。
| 2004年08月04日(水) |
エリック・ホッファー |
旧暦6月19日。 貧血っぽいので夜はレバニラ炒めにしようと定時退社して銭湯に飛び込んでスーパーに駆け込んだら嬉しいことに「レバーフェア」だって。豚レバーともやしをカゴに入れて嫌な予感した。案の定、野菜コーナーのニラは売り切れ。レバーフェアならニラも沢山仕入れておいてください。ということで閉店しかけた向かいの八百屋に行ったら奥から出してきてくれた。無事にレバニラ炒めできた。落語聴きながらレバニラ炒めとビール。なるべく残業しないで早く帰って来ないと。ごくごくオーソドックスな日常の繰り返しに喜びを感じる自分。特別なことはなにもいらない。 それでいいのかもしれない。
生きる意味とか人間の価値とか、そういうことを考えずにただひたすら生きていればいいと思った。人間は皆宇宙の中の小さな塵にすぎない。自分も。
エリック・ホッファーをもっと早くから読んでおけばよかったと悔やみながら、今この稀代の思索者に出会えたことを嬉しく思う。先日買った「エリック・ホッファー自伝」(中本義彦訳・作品社)に続き、「波止場日記」(田中淳訳・みすず書房)を読んでいる。一気に読み終えるのがもったいなくて、何度もフィードバックしながら、文章を噛みしめるように読む。 ドイツ系移民の子として1902年ニューヨークに生まれ、幼くして母を失い、7歳から15歳まで失明し、突然目が見えるようになったときにむさぼるように本を読み(学校には行っていない)、18歳にして父を失い天涯孤独の身となり、ロスに出てその日暮らしをしながら本を読み、自殺未遂をきっかけに季節労働者としてカリフォルニアを渡り歩く生活に入る。やがてサンフランシスコの港で沖仲士として働き始め、暮らしに事足りる分だけ働き、休みには本を読み思索する、という毎日を送る。その間にいくつかの著作が世に出、また大学で週1回、学生に政治学を講じる。テレビのインタビュー番組をきっかけにアメリカでホッファーブームが巻き起こるも、本人は華々しい場所に引っ張り出されるのを好まず、一生質素で慎ましやかな暮らしをし、1983年に亡くなった。 「沖仲士の哲学者」エリック・ホッファーの著作の邦訳はそう多くない。次に読みたいものは決まっているけれど、今は「波止場日記」を大切に読んでいる。 話の順序が逆になったけれど、「エリック・ホッファー自伝」は、自伝ではあるけれど、彼のまなざしを通して、彼と関わりを持った人々の生き様を(ささやかで哀しくてみじめで美しくて愛すべき生き様)描いている。人は宇宙の中の小さな塵にすぎないけれども、星の光に照らされてきっとどこかで一度や二度は輝きながら消えていく存在なんだと思う。 ホッファーの哲学が今の時代に読まれる必要性があるかどうかは、門外漢の私には分からないけれど、少なくとも、この自伝と、「波止場日記」は、今の私にとても重要な本だ。著作を通してホッファーを追いかけながら読むか、それともホッファーを過去の時代の思想家としてその著作を斬るか、それは人の自由だけれど、著者の生き方に共感しながら紡がれた言葉を読んでいくという作業は、この上なく充実したひとときだと思う。 人は必要なときに必要な本に出会えるものなのだと気がついた。
旧暦6月18日。 とうてい世の中の役に立つとは思えない自分。 仕事ができるわけではないし恋愛にも結婚にも興味持てないし服装にも化粧にもお洒落にも流行にも興味持てないし普通の人が普通にしていることができないどこにも居場所がない。興味がないのはそれを否定しているわけではなくてただほんとに自分の気持ちがそこに行かないだけなのに、非難の対象にされる。ただひたすら、本読んで文を書いて食べる分だけ働いて都会の喫茶店の片隅にでも小さく棲息しながら歳を取って死んでいけたら。或いはどこかの田舎で静かに晴耕雨読しながら静かに静かに細々と暮らしていけたら。そういう生き方は我が儘だと思われるだろうか。
| 2004年08月02日(月) |
夢の続き考えて眠れなくなった。 |
旧暦6月17日。 自分の感情を客観的に分析する技術を養わないと。押し寄せてくる気持ちの波にのまれてしまうと這い上がってくるのが大変だ。
夜中の2時頃突然目が覚めた。 不思議な夢を見ていた。悪い夢じゃないけど、少し心が揺さぶられるような、どこか不安で、どこか懐かしい感じのする夢。で、目が覚めたところで、夢の続きを考え始め、そしたら今度は眠れなくなってしまった。ぜんぜん眠くなくなってしまったので、困って、本を読み始めた。ますます頭が冴えて、いよいよ眠れなくなった。うつらうつらして、再び目覚めて、また軽く眠って、とうとう明け方になったので、布団から起きた。 というわけで今夜はもう瞼が半分閉じてます。 ぐっすり眠れそうです。。
| 2004年08月01日(日) |
スーパーマーケット生態系 |
旧暦6月15日。 夕方買い物に出かけようとして外に出たら、アパートの共有スペースに止めてある私の自転車の下で猫がくつろいでいた。
 自分の自転車の下が居心地いいなんて言ってくれる猫がいて、嬉しいです。そんなとこ気持ちいいんですか?って思わず声かけたくなる。私の自転車をどうぞよろしく・・・という気分。 日曜夕方のスーパーはたぶん一番混んでる。 どのレジにも買い物客の長蛇の列が続いている。1台に6〜7人くらいのお客。待つのは仕方ない、レジで根気よく待つということも或いは別の場面で自分を救ってくれる訓練になるのだ、なんて訳の分からないこと自分に言い聞かせて大人しく尻尾に並んだ。 ところが5つだか6つあるレジの一番端の1台が、店員さん誰もついてなくて、開いている。こんな混んでる時間帯なのにもったいないなーと思っていたら、米の袋をもったおじさんが、「ここ開いてるのになんで店員いないんだ」「こんなに客が待ってるのにどうしてレジ開けとくんだ」と周りの客に同意を求めるように文句を言いながら、誰も並んでないレジに1人並んだ。 そんなことしたって無駄な抵抗だべー、と思う。憮然とした表情で、レジを打つ店員が現れるのを待ち、きょろきょろしているおじさんの隣で、私の並んでいる列はどんどん進んで、次はとうとう私の番、というところまで来たとき、店内放送が流れて、隣のおじさんのレジに急いで店員が駆け寄ってきた。「すみませーん!」と若いお兄ちゃん。バババババッとレジを打ち、おじさんを解放。 スーパーはオバタリアン(死語?)天国で、おばさん達の生態をじっくり観察できる良い場所だと思っていたけど、どっこい、おじさんだって頑張ってます。いや、試食品のタコを食べまくってたおねーさん!あなたも負けてませんでした。 あと、2階の菓子売り場で、おばさん達。「あたしお菓子選びなの」「あたしもなの、お・か・し」「ふふふ」「ほほほ」「ちょっとお菓子なのよねえ」「そうなのよねえ」ときまり悪そう。 別にお菓子売り場で再び出くわしたことを恥じる必要なんぞないだろうに、野菜売り場や精肉売り場で会ったときとはまた別の、ある種の羞恥みたいなのがあるようでして、やけに会話が多くてテンションが高いおばさま達であります。 でも、その気持ち私も分かるような気がする。 野菜や精肉、鮮魚なんかと違って、お菓子ってほんっとに自分が「食べたいっ」と思うものを「漁って」るわけで、それは例えば精肉売り場で豚バラ肉のグラム単価を気にしてたり、脂身と赤身の比率を比べたりしながらトレーを手にしてる表情と、製菓売り場でチョコのたっぷりついたクッキーはどれか吟味している表情との違いに端的に表れているような気がする。肉や野菜は家族のための、あるいはこれから作る料理がなにかによって素材をちゃんと選ばなきゃならないという責任感を持ってみんなスーパーに来てるわけだから、なにやっても(トレーをあれこれひっくり返して日付の新しいものを探しても)偉いのであるけれど、ことお菓子となると、特に女性は本能で選ぶ部分があるので、わりと呆けた顔して選んでいたりして、面白い。つうか、それって自分にも当てはまるわけで、スーパーのお菓子売り場に知り合いがいたら私はそーっと気づかれないうちに退散するかもしれない。 たぶん、スーパーのお菓子売り場にいる自分を見られることは、耳かきをしている自分の表情を見られることと同じくらい恥ずかしい。でも、不思議なことに、コンビニではそういうことがない。あ、分かった、コンビニのお菓子売り場には老若男女いろいろいるけど、スーパーのお菓子売り場はたいてい子供か女性だから、ついつい鎧脱いじゃってるのかも。 で、言い訳しておきますと、そのスーパーの2階はお菓子だけじゃなくて、日用雑貨とか乾ものとか乳製品とかがあるので、私はそれらを見に行ったのです。自分でもちと偉いと思うのですが、この2ヶ月くらい、スーパーでお菓子を買ってません。あんまりお菓子食べたいと思わなくなったのは何故か知らないけど、すごい進歩じゃん、と思います。
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