あたろーの日記
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2006年07月30日(日) 隅田川花火大会


 旧暦7月6日。
 昨夜は隅田川花火大会。両国に住んでいる同じ職場の人が、近場の同僚を呼んでくれて、しかも「自分の呑む分の酒を持ってきてくれればOK」と言って手料理まで用意してくれて、総勢10名でそのお宅の屋上で花火見物&宴会。
 MTBで行ったのだけど、浅草橋から両国へ隅田川を渡るのが一苦労だった。花火見物に出掛ける人で周辺はごった返して、交通規制もあったりして、やっとのことで着いたのと同時に花火が上がり始めた。屋上はもう宴会のセッティングが済んでおり、遅れてきた私もちゃっかり良い席に座ってしまって、しっかり食べてしっかり呑んで、しっかり花火を堪能しました。料理うまかったぁ。お酒もえがっだ。花火も、あんなにゆったり特等席で見ることが出来て幸せでした。いいなあ、両国ッ子って。
 花火の後はテーブルを室内に移して、2次会。パラパラと電車気にして帰っていく人がいて、最終的に、チャリで来た2名と電車より酒の引力に負けたのんべい2名が残って、5人でいつの間にか3次会。人のお宅なのに居心地の良さについつい甘えてしまって居座って。午前3時くらいまで呑んで喋っていたような記憶があるのですが、例によって私は突然ゴロンとなって、畳の上で皆雑魚寝して、起きたのは朝7時半。こういうの、いいよなあ。・・・と、二日酔いの頭抱えて、とりあえずテーブルの上ちょこちょこと片づけたり悶々としたりして、ようやく他のメンバーも起き出して、美味しい味噌汁やおにぎりまでご馳走になって、ボケーッとしながら4人でおいとまして両国の駅までダラダラ歩いてそこで解散。
 そういうわけで、2日連続の徹夜となってしまいました。ああ。。
 その後両国橋渡ってMTBトロトロと漕いで橋の上から写真撮ったりしつつ、隣の浅草橋まで行き、昼迄カフェでまたボケーッとしてから、小唄の姉弟子さん宅に行き、小唄の演奏会のパンフレット発送準備手伝ったり、お家元の演奏テープの整理したり、ちょっとお稽古したりして、夜帰宅。
 今22時なんですけど、もう半分眼閉じかけてます。


2006年07月29日(土) ううめん。

 旧暦7月5日。
 ここのところちょい忙しくて、ゆっくり日記を更新できず、すいません。
 会社のほうが月末業務で残魚になっちゃって木曜は書けず、昨夜は会社の後、知人の手伝いに行き、徹夜しちゃいました(爆)。今朝8時に帰宅後、昼まで仮眠、で、今書いているのが13時半、これから銭湯行って夕方は両国に住んでいる同じ職場の人のお宅に同僚達と押しかけて、今夜の隅田川花火大会をそちらの屋上で宴会しつつ間近に堪能する、っつう、超極楽な夜でございます。しかし、メンバーを思うと、激しい呑み会になることが想像されます(先週の徹夜呑み会のメンバーが3人もいる・・・汗)。ともかく、ちょいと早めに行ってお手伝いしよっと。
 明日は昼間小唄の姉弟子さん宅に行き、9月に行われるお師匠さん主催の小唄演奏会の準備。プログラムを手書きの手紙をつけて当日の参加者に発送するのだぁ。来週は月末月初業務で会社ちょっとどたばた残魚しそうなんですけど、やっぱりまた知人の手伝いが入っている日もあり、加えてその土日はいよいよ本年度のメインイベントのひとつである、リベンジ富士登山なので、準備&体調調整必至なんでありますです。が、ここんところジョギングする時間もなく、天気にも恵まれず、で、体力低下しているような気がする。。。(呑まなきゃ少しはいいのに)。あ、さほどのんびりご飯食べてないのと結構動いているせいか、体重は順調に減って、先日書いた登山までの目標4�垳困話�成しました。やった!と油断して、今朝帰宅前に松屋でブタ丼食べて来ちゃった。。。
 富士登山、人数は最終的に13人か14人位になりそう。で、男性は一時たった1人というハーレム状態だったのですが、その後順調に増殖し、3〜4人位はいそうです。よかったですね、○○君。何故か、一番高山病のリスクが高い前科者の私が便宜上登山隊長に仕立て上げられておりますが、実行力&統率力のある2人のメンバーが動いてくれております。私はともかく頂上まで・・・うそ、うそ、ちゃんと働きますすいません。ああ、今年もふあんだなあ。。って、つぶやいてみる。
 さっき、宅配便で、友達から、宮城県白石市の温麺(ううめん)詰め合わせが届いた。ううめん、って知りませんでした。ラーメン?そうめん?ひやむぎ?でもない、ううめん、調べたら、江戸時代に作られた、胃に優しい麺だそうです。すごく感激。ちょっと我が家の冷蔵庫に、他は今夜ののんべいの集まりに、きっとみんな知らないだろうなあ、ううめん。
 
 なんだかじたばた気味の今週&来週ですが、気力とううめんで楽しく乗り切ろうと思いますです。
 というわけで、日記更新、きっと後回しになっちゃいそうです。すいません。
 


2006年07月26日(水) 13の月の暦

 旧暦7月2日。
 帰宅して日記書くのが遅くなってしまったので、簡単に。でも、今夜はちゃんと記しておきたい。というのは、今日、グレゴリオ暦7月26日は、「13の月の暦」の元旦にあたるのです。「13の月の暦」というのは、今から十数年前に提唱された、マヤ暦の知識をベースに作られた28日×13ヶ月+1日、という、人間の生理にかなった暦です。詳しくはこよみ屋さんのページ「13の月の暦とは」?ウィキペディア「13の月の暦」をご覧下さい。
 私は、こよみ屋さんの青い手帳をかれこれ6年ほど前から毎年購入していて、グレゴリオ暦用に作られた普段の手帳と合わせて使っているのですが、毎年最後までしっかり使ったことがないのです(笑)。グレゴリオ暦の手帳は、普通の予定を書き入れたり、気のついたこととか記録しておきたいことを書いたりしてますが、13の月の暦手帳のほうは、ひじょうにひじょうにメンタルなこと、自分自身と向き合って気がついたこと、知ったことなどを書き込んでいます。でも6年も使っていて、どうして今まで13の月の暦のことをこの日記に書かなかったのか、と言われると、まあ、ほんとは、おかしな人、と思われたくなかったからなんですよね。この暦いいな、というのは使っていての実感なのですが、グレゴリオ暦が絶対的になっている世の中では、この暦いいよー、なんて言っても、バカじゃないですか、で一笑されて終わり、だし(つまんない世の中だよなー)。でも、この暦って、今みんなが使っているグレゴリオ暦を廃止してとか覆してとかいうんじゃなくって、社会生活をグレゴリオ暦で営みながら、自分に身近なもう一つの暦として、遊びながら使って、それで自分の中の本来の自然なリズムを取り戻していく、っていう感じで使えるんですよね。そこが好きです。ルーンや易や月の満ち欠けなんかも関連づけながら、1日1日にそれぞれ意味が与えられていたり、すごく楽しいんですよー。私にとっては、旧暦を毎日意識するのと同じくらい、この13の月の暦も意識しています。
 今年(13の月の暦で言えば、グレゴリオ暦7月26日〜来年の7月25日)は、この青い手帳にぎっしり書き込みをしたいです。1日1日に意味を持たせて、自分なりに大切な毎日になれば、楽しいし、嬉しいですよね。
 今日は元旦、自分にとって大切な1日にすることができました。


2006年07月25日(火) 行動、してみるかな。

 旧暦7月1日。
 昨日は、会社が入っているビルの持ち主である大手商社が主催するロビーコンサートがあった。
 毎年恒例、今年も高原守指揮、ニューヨーク・シンフォニック・アンサンブル。司会竹下景子、特別ゲストに辰巳琢郎。曲目は、ベートーベンの交響曲第5番「運命」、バーバー「弦楽のためのアダージョ」他。ビルに勤務する人と、その家族や友人が対象で、無料で楽しめるというありがたい行事です。去年に引き続き、小唄の姉弟子さん招いて、一緒に楽しみ、コンサート終了後は会社近くの居酒屋。満足の放課後。
 
 が、今朝起きて、身体が動かず。頭痛と身体が硬直したように重くなっているのとで、起きあがれない。昨日1日、なんとなくだるいのと、夜のコンサートと居酒屋で寒くて仕方なかった。風邪引いちゃったな、と、会社に電話して、その後布団に背中が貼り付いたようになって、爆睡。
 ぐっすり寝たつもりが、またなんかいろいろ夢を見てしまう。で、昼に起きて、んー、と、考え込んで。
 以前にもここに書いたのですが、ここ2〜3年、同じような夢を繰り返し見る。もう何年も前、30代になる直前に別れた彼の夢だ。本当に大好きだったのだけど、遠距離恋愛が続かなかった。彼のことを忘れるために、彼と付き合った以上の年月が必要だった。忘れる必要ないとみんなは言ってくれるけど、私の場合忘れないと何もかもトラウマになって、辛くて仕方ないんですよね。だから一生懸命忘れようと、仕事頑張ってみたり、本読みまくったり、その他いろいろ自分の精神的な成長助けること考えてやってみたりしました。なのに、ようやく忘れられそうだな、と思い始めた2〜3年前から、今度は彼の夢を頻繁に見るようになった。それまでは夢には滅多に出てこなかったのに。忘れようとしている相手が夢に出てきてしまう、これって結構辛いですよ。しかもこの1年ほどは、2〜3日に1回は出てくるようになった。最初は夢の風景の中で片隅に現れる程度だったのに、特にここ半年くらいは、夢の中で、面と向かってはっきりとメッセージを伝えてくる。夢を見るようになってしばらくは、目覚めたあとしんどくて、落ち込んでいたけれど、実を言うと、このところ、やはりこれは、見過ごしてはいけない大切な意味があるのではないか、と考えるようになってきました。。。
 彼と別れてから、デートする相手はあっても、正直言うと、もう彼とのようにはつきあえないと思う自分がいつもいた。自分とあそこまで感覚が似ている人はなかなかみつからないし。でも、彼のことを忘れさせてくれるような恋愛がいつか自分にできる日が来るから、と、自分を励ましてはいる。だから、表面では昔の彼のことを忘れたつもりでも、潜在意識はちゃんと忘れてなくて、それが夢となって出てくるんだろうか、とも思ったけれど、あまりにもはっきりとしたメッセージ性を持った夢を頻繁に見る、ということは、もっと別の方面に捉えるべきかな、という気がする。
 先日この夢のことを女友達に話したら、「もしかして、死んでるんじゃないの!?」と言われて、ぎょっとした。そうだとしたら相当しんどいけど、まったくあり得ないことでもない、と思った。去年、自宅最寄り駅近くの電車の中で、彼にそっくり、というか、本人としか思えない人と遭遇した。同じ駅で降りて、その背中を気づかれないように見送り、その時はまだ半信半疑だったけど、今思えば確かにあれは彼だった。・・・もし友達の言うことが当たっていたとしたら。・・・白状しちゃうと、私ときどきこの世の人ではない人を見てしまう。道端とか会社とか、実家や自宅とか。ただ、この世の存在ではない人、というのは、明らかに生きている人とは異なる周波数を発しているので、こちらがその周波数を感知するとある種のぞっとするような感覚に襲われるのでそれと分かる。でも、電車で会った彼は、まったくそういう感じではなかった。
 今日また彼の夢を見て、考え込んでいた。今までは、「縁があるならきっとまた巡り会えるでしょ」程度に考えていたので、友達に「連絡とってみたら」と言われても行動する気にはなれなかったのだけど、今日突然、これは自分が行動すべきだ、という衝動に駆られ始めた。どういう結果になるか分からないけれど、今すぐ動かなければ、一生後悔するような気がし始めたわけです。
 彼との思い出の品物は全部捨てちゃったし、今どこに住んでいるのかも分からないけれど、幸い、古いアドレス帳に、実家の住所が残っていた。方法としては、ここに近況を記した葉書を送るしかないかな、と思う。その後どうなるかは全く未知だ。リアクションが全くないことも考えられるし、あったとしても、相手が結婚していたり、恋人がいたりするかもしれない。私も、今の自分自身の気持ちを自問自答しているし、お互い昔とは異なっているわけだから、どうなるかはほんとうに分からない。
 でも、行動しないまま、いつかそれが後悔になるよりは、今やるべき、という強い想いがあります。
 世の中って、うまく説明つかないことのほうが多いのかもしれないですね。
 


2006年07月23日(日) もう徹夜はしない。


 旧暦6月28日。
 金曜に翌日明け方まで居酒屋にいたのが響いて、この土日は半分寝ながら起きていたような気がする。今、日曜の夜。眠い。昼寝したのに超眠いです。あー、徹夜ってできない体質なんだな、私。今更気がついてどうなる。
 昨日の土曜は、午前中日記を書いてから、お出かけ。銭湯道具をリュックに入れて、御徒町にある燕湯へ。都内で朝6時から営業しているという貴重な銭湯です。鈴本演芸場のすぐ近くにあるので、いつか、休日にここで朝湯に浸かり、その後ビールといなり寿司でも買って鈴本に入り浸って落語を堪能するという極上の1日を自分に与えたいと思っております。ともあれ、昨日は、明け方まで呑んでいて風呂に入り損ねたので、早朝からやっている燕湯さんに行き、まずは一っ風呂。私が入ったときは女風呂他に1人しかいなくて、その人が上がったら私1人。うーん、昼前から銭湯独占!男湯と女湯の中間に描かれた壁の富士山といい、湯船に落ち込む天然岩の壁といい、銭湯モード全開の風光明媚さ!誰もいなかったので、携帯電話で撮影ちゃった。

 その後浜松町駅で友人と落ち合って、竹芝桟橋から水上バスで浅草まで!水上バス、久しぶりだ〜。前日のお酒が残っているので当然ながらちょっと二日酔い状態だったのですが、そして、のんべいではないのにのんべいの私の習性をよく分かってくれている友人が、「さわやかな海風に吹かれてその後浅草で麦とろっていう二日酔い解消コース」と考えてくれたのに、私ったら、船が動き出す前から早速売店に行き、いつもの浅草地ビール(600円)を買ってしまった。まずいことに、水上バス=ビール、っていう公式が頭の中にしっかりインプットされているようで。「いいよいいよ私は呑まないから」っていう友達の前でぐびぐびとやってしまった。しかし、私がビールを大事に抱えて席に戻ると、近くの大人の団体さん達も感化されて、「・・・ビール買ってこようか」と、気がついたらちらほらとビール人間が増殖していた。。。妙に気持ちの良い感染状態。
 水上バスを浅草で降り、駒形堂隣の浅草むぎとろへ。ここのかりんとう、一緒に行った友人に以前教えて貰って以来の大ファンなのですが、食事は初めて。とろろ点心(2625円)を戴く。和食だし、カロリー低いし、と思って食べ始めて、とってもとっても美味しくってヘルシーで、大満足・・・だったのですが、船上であらかじめ呑んでしまったビールととろろがお腹の中で協奏曲。・・・ぱんぱんに膨れたお腹かかえて、くるじーくるじーと友人に訴える始末。でもでも、落ち着いた味で店内の雰囲気も良くって、のんびりできていい店でした。また行きたいです。
 その後、駒形橋を渡り、清澄通りをずーっと下って、両国、森下を歩きすぎ、深川へ。恒例の江戸深川資料館での、柳家さん喬師匠の独演会。年に4回のうちの今年はもう3回目、ですか。早いなあ。
 なのに、楽しみにしていたくせに、前日の不摂生が祟って、なんとなんと、3時間半の落語会の3分の2ほど、寝てしまった。。。うわー、なんと罰当たりな。。。前座のお弟子さんの噺も、さん喬師匠の噺も!せっかくさん喬師匠が品川心中を通しで聴かせてくれたのに、最後のほうでやっと目を覚ます始末。あーあ。悔やんでも悔やみきれない。最後の噺、百年目、でやっとなんとか目を開けて・・・が、これもちと寝てしまった。熱演だったのに、しかもみんなが大笑いしているのに・・・あーなんと悔しい。ところでゲストは江戸曲独楽の三増紋之助。さすが、独特のノリで客席も演技に参加させちゃう。トトロの綱渡り、思い出しました、昨年鈴本で大トリの歌之助師匠の直前にやって、会場を笑いの渦に巻き込んで、その後の歌之助師匠の高座にうまく引き継いだのでした。なにげに巧い舞台運びの芸人さんであります。
 さん喬師匠の熱演が終わったのが21時半。さすがにとろろがお腹に残っていて、空腹を感じなかった&遅くなったので、食事なしで友人と別れ・・・地元に帰ってきてようやく小腹がすいたことに気づき、駅前のさくら水産でちょっと1時間ほど呑んで帰宅。
 翌日曜、本日、金曜の疲れが残っているらしく、ほとんど眠っていた。・・・起きて活動しながら、コインランドリーでうとうとしたり、自宅で昼寝したり、って感じの1日でした。
 反省。もう徹夜はしません。
 


2006年07月22日(土) 呑み明かしました

 旧暦6月27日。
 土曜の朝10時に書いておりますこの日記。
 今週は残業が続いちゃって帰宅遅くなり、日記書けずじまいでした。ぺこんm(_ _)m
 それでもって、昨夜は会社の送別会で、3次会まで行ってしまい、最後は朝までやっている居酒屋で夜を明かしました。気がついたらソファーで横になって爆睡しており、仲間のジャケットをかけてもらっていた。ぼうっとした頭で店を出て、みんなで薄明るくなった外を歩き、動き出した電車に乗って帰宅。もう一眠りしたところです。あったまいってぇ。。。
 
 今週は長く呑み続けるパターンが2度。実は月曜海の日も、巣鴨で友人と2人、昼からやっている居酒屋に行き、昼酒でもすっかあ、と、13時頃に呑み始めたはいいのですが、ぺちゃくちゃおしゃべりしているウチに気がついたら22時半でした。ひとつの店に9時間半、新記録だ。。。

 ほいでは、本日は友人と落語聴きに行ってきます。
 まだ酔ってます。。。

 ・・・10時半記。
 今、出掛けようとして、カバンをごそごそやっていた。
 うーん、千円札が2枚と小銭がじゃらじゃら。これはなんだろう?なんとなく記憶にあるのは、2次会の焼肉店を出るときに精算した際のお釣りだったような・・・。でもレジで精算したのは私ではない。なんで私が持っているんだろう。確かみんなに何か言われて託されたような気がしないでもない。うーん。謎だ。
 それから、カバンの外側についているポケットに、備長炭が1本入っていた。これも謎だ。っつうか、これ、焼肉店で焼酎割用にテーブルに置いてあった水に入ってませんでしたか?それがどうして私のカバンに入っているの? 
 


2006年07月19日(水) じたばた。

 旧暦6月24日。
 なんかネット接続状態が悪かったり、忙しかったりで、日記書かずにねてしまう今週です。木曜は書けるかなー。
 ではすみません。。


2006年07月16日(日) 普通の1日。

 旧暦6月21日。
 部屋の掃除三昧の1日。部屋のごちゃごちゃが気になってくるのは、精神状態の反映。良い意味で。逆に、ごちゃごちゃが気にならないのは精神健康上宜しくない事態。今日はすっきりした部屋を見回して、なんだかわくわくした。
 ジョギングと銭湯を終えて帰宅し、電気をつけて、視角の隅に何かササット動くものが。ぎくっとしてその方向を見る、と、窓ガラスに巨大なご、ごきが。ぎえーっと部屋に常備してある殺虫剤に手を伸ばしながらも確認して気づいた。窓の向こう、外側に、灯りに吸い寄せられて飛んできたわけでした。ほっとしたけど、一気に食欲失せた。東京のこの夜空に、いったい何匹のごきが舞い上がっているんだろう、なんとも恐ろしい光景であります。ごきには申し訳ないけど。。。
 この連休はアルコール抜きにしようと思っていたのですが、やっぱダメだにゃ。夜は自宅で発泡酒呑みながら、友達から借りた『タイガー&ドラゴン』のDVDを見た。面白いー。


2006年07月15日(土) 暑かったな。

 旧暦6月20日。
 今日は銭湯に2度行った。お昼と夜。それくらい汗をかいた。気持ちよかった。
 
 昼に銭湯道具持って家を出ようとしたら、雨に加えて雷がゴロゴロ。でも早く家を出たかったので靴を履いて玄関のドアを開けた。とたんに、ガッシャーンと激しい稲光と音が落ちてきたので、「ひゃあ」と悲鳴上げて慌てて家の中に逃げ込んだ。そういうわけで結局雷が通り過ぎるまで待機して、止んでから銭湯に行った。案の定、銭湯から出たら気持ちよく歩きやすい空気になっていたので、そのまま池袋まで歩いて行った。東急ハンズで日用品を購入。休日のサンシャインシティ周辺はもの凄い人で、どうも苦手だ。

 今日はお酒なし。夜、しっかりジョギングした。トロトロと自宅最寄り駅から3つ先の駅あたりまで往復する。さすがに夜でも熱中症になりそうなので、ペットボトルを握りしめながら。同じように走っている人、ウォーキングしてる人、結構いますね。
 あんまり暑かったので、今日1日で、ミネラルウォーター2.5リットル飲んでしまった。汗も沢山かいた。ちなみに体重はこの1週間で2�埃緲遒舛泙靴拭�やった!


2006年07月14日(金) 落ち込むなー(笑)

 旧暦6月19日。
 出勤時、エレベータを自分の職場のフロアで降りる際、背後から男性社員に声を掛けられた。「○○さん、背中に何つけてるんすか」と、ぶちっと剥ぎ取ってくれたのは、前日に届いた大地宅配の箱に貼られていた白いシール。「野菜小 云々かんぬん・・・」と、配達日のグループ名とか名前とか書いてある。それを、届いたときに箱から剥がして、くしゃっと丸めてごみ袋に入れたつもりが、出がけに靴を履くのでかがんだときに背中についたらしい。しかも、運悪く黒い服だったものだから、白いシールはしっかり私の背中で目立っていたのでした。さらに運悪いことに、夜友人と呑む約束だったので、自転車ではなく電車で出社。うーん、1時間近くシール付けて歩いてたのか。なんで誰も言ってくれないんだ!!もう、しばらく雨が降っても意地でも自転車で来ます。「野菜小の女」の記憶が乗客の頭から消えるまで、私は地下鉄には乗らない。
 
 で、仕事帰りに芋蔵 青山店で友人と呑む。焼酎と梅酒がとんでもなく沢山揃っている。芋焼酎も美味しかったけど、梅酒に感激して、霊芝の梅酒と黒糖梅酒をロックで呑んでいた。自己嫌悪に落ち込むようなことがあった(野菜シールのことではありません)のですが、女友達の懐の深さに助けられ癒された。私ってほんっとにばっかだなあ、と思う。幾つになってもばかなんだよなあ。しかし、いつまでもくよくよしてたって仕方ない。それに、ほんとは落ち込むようなことじゃないのかもしれない。自分で勝手に悪い方向へ思い込んでしまっているだけなのかも。先のことは先になってみないと分からない。
 そういうわけで、この三連休はクリエイティブな方向へ脳みそを使って、本を読むのと小説書くことにどっぷり時間を費やそうと思います。落ち込みやすくて不安抱えているばかりの自分が嫌です。あとは走ろうっと。

 と、書いておいてこんな話もなんですが、昨日汗だくの夢を見た。
 私と2人の女友達(現実にはいない人)が、偽造パスポート使用と詐欺罪で国際警察に追われあちこち逃げ回った末、逮捕される。ところが、逮捕される際に現場に別の男3人組がいて、彼らはあちこちで銃を乱射して60人を殺害してきた凶悪犯罪者なんだけど、私たちもたまたま現場に出くわしたために、彼らの共犯者と勘違いされてしまう。何故か突然SWATが沢山出てきて、囲まれて、次に取調室に連れて行かれて、自分は偽造パスポート使用と詐欺だけしかやってない、とさんざん訴える場面で目が覚めた。
 熱帯夜&最近あんまり寝つきが良くなくて、正味3時間ほどしか寝てなかったのに、そんな夢を見たので、眠ったんだか疲れたんだかよく分かりませんでした。


2006年07月12日(水) いつもの場所にいつもの猫


 旧暦6月17日。
 仕事してたら帰宅が遅くなりましたよって、日記は書かずに寝てしまいました昨晩。
 自宅近くまで帰ってきて、いつもの場所にいつもの猫。さすがに暑さに参っているらしい。


2006年07月11日(火) 久しぶりに走った。

 旧暦6月16日。
 久しぶりにジョギングした。
 残業して帰ってくる途中、むしょうに走りたくなって、帰宅後急いでトレパンはいて5�卅�ってきた。トロトロと。日曜から本気で体重を落とそうと食事全般を軽めにしていた。そうしたら、たった3日で身体が軽くなってきた感触で、しまいには動きたくて仕方ない感じ。来月初めには富士登山があるので、それまでに最低4�塒遒箸靴燭い鵑任垢茲諭B領詫遒箸気困紡僚鼎世瑛遒箸靴燭ぁ�
 その富士登山、もしかしたら、女性8〜9人、で、男性1人、という陣容になりそうです。すごいな。ハーレム。もしくは、アマゾネス軍団に捉えられた奴隷。ではなくて、女子大の山岳部員と引率教員兼カメラマン。というのも、私も含めた3人の女性メンバーがそれぞれ女友達を誘ったからなんである。気がついたら女性ばかりになっていた。山小屋は10人予約してあるので、まあと1人か2人増えても大丈夫として、しかし、それにしてもアマゾネス軍団には変わりないでしょう。で、その、現時点で1人きりの男性には、その事実をまだ知らせていません。おそらく、この日記を読んで、「ぎょっ」とするんではないでせうか。堪忍せよ。
 先日買ったDepecheModeがあまりにも格好良くて、昨日今日と聴きまくっている。80年代が全然古くない。


2006年07月10日(月) ミサイル実験ですが。

 旧暦6月15日。
 再び怒濤の(?)1週間が始まった。ただ単に忙しいのは楽しい。あれもこれもとドタバタ感のある毎日は、自分が生きてるなーっていう実感があったりして(^^;)。でも、自分のミスが次から次へと発覚することもよくあるわけで。そうじゃなくても些細なことでちょっと落ち込んだり舞い上がったり。職場というのは、自分の感情をコントロールして、エネルギーレベルを常に最適な状態に保つ訓練をするのにベストな場所である、と思う。

 北朝鮮のミサイル実験、日本は騒ぎすぎだと他国からちくりと言われているけど、確かに騒ぎすぎだと思う。制裁や非難以外に日本政府の思いつくことはないのか。無反応でいるのも外交上どうかと思うけれど、日本政府のやることはいつもワンパターンだ。それとも裏のルートで北朝鮮と接触を持つ努力でもしているのだろうか。裏のルートと言えば、アメリカと北朝鮮の関係はいったいどうなんだろう。東アジアが緊張して一番嬉しい国はどこかといえば、アメリカじゃないのかな。北朝鮮のミサイル実験に日本がギャアギャア神経質にわめき立てて最も喜ぶ国は、ブッシュのアメリカなんじゃなかろか。小泉首相がアメリカに行って、ブッシュ大統領に格別の待遇でもてなされて大喜びして、日米の絆の強さを内外に示した云々、と記事に報道され、その背景としていろいろ言われているけれど、見落とされているような気がすることは、小泉首相がアメリカから帰ってきたら早速ミサイル実験だったということで、それってもしかしたら、日本が焦ってますます軍事的にアメリカの言いなりにならざるを得ない情況(せっせと武器買ったり軍備増強したり基地に協力的になったり)にうまく追い込んでいったとは言えないだろうか。それを演出したのはアメリカと北朝鮮で、もし両者が裏で手を組んでいたとしたら。まさかと一笑に付すなかれ。アル・カイーダとアメリカの関係を見てみればあり得ない話ではない。北朝鮮はこういう問題の時、これまでも日本以上に冷静で落ち着いていたではないか。横田夫妻には申し訳ないけれど、ブッシュは拉致問題も利用していると思えてしまう。
 世界各地に、周辺諸国に脅威となる軍事力や、一触即発の火種があちこちにあることを、あえて望んでいる国がアメリカ(というか、アメリカの裏社会)なんである。恐ろしや。そういう状態を作り出すために、表面ではさんざんこき下ろしておいて、実は裏ではしっかり手を組んでいる、というのは、裏側を知る人には十分すぎるほど当たり前の話かも知れない。
 一番滑稽なのは日本政府で、アメリカにも北朝鮮にも踊らされている。テレビも新聞も、毎日お決まりの報道ばかりだ。その報道だってアメリカからの情報が頼りだったりするんだから、まったくお粗末だ。もっと鋭い感覚を持って、今の日本を取り巻く情況を判断しないと、今現在すでにピエロ状態なのに、この先が思いやられる。恐らくは冷静に舞台裏まで見えている韓国をもっと見習ったらどうか。
 日本海と太平洋の海の水を全部取り払ったら、日本を取り巻くネットワークがあっちとこっちの国同士を縦横無尽に繋いでいて、恐ろしいことに日本だけのけ者になっている、なんてこともあったりして。
 以上、私の勝手な妄想でした。
 今の私は北朝鮮のミサイルより地震のほうが怖いです。
 しかし、北朝鮮のミサイルも、アメリカのやっている核爆弾を使った軍事訓練も、日本の自衛隊が参加しているミサイル訓練も、地球のエネルギーを確実に悪化させている。地震もその延長にあるとも言えます。


2006年07月09日(日) 怒濤の週末

 旧暦6月14日。
 あっという間の週末。
 昨日は池之端の水月ホテル鴎外荘にて、小唄の演奏会。姉弟子さんちに前夜泊まって、一緒に会場まで行き、着物着せてもらう。私1人じゃまったく着物着ることが出来ないという、なんとも世話の焼ける人間なので(このままじゃいけないと反省)。11時の開会までに会場準備を手伝ったりする。どんどん会派の偉い人達が到着。でもさすが小唄、まったり楽しく演奏会は続き・・・私もちょいと緊張しながら、ステージに上がって、1曲唄いました。今回は糸(三味線)はやらずに、唄のほうのみ。私のお師匠さんは会派の中でも最長老だけど、今ついているお弟子さん達は、私も含め会派の中では年齢層がひじょうに若い。小唄の世界では30代40代はべらぼうに若い。なので、大先輩の皆さんから激励の言葉を戴いたりして身の縮まる思い&引き締まる思い。正直言うと、最初は文学仲間だったお師匠さんの導きで、お気軽なお遊び程度のつもりで三味線を触り始めたのに、気がついたら奥の深そうな芸事の世界の入り口に立っている。小唄、いいかも・・・と、最近ようやく好きになり出した不届者です。初めて三味線を弾いてからもう5年?ほど。ほとんどお稽古サボりっぱなしだったんですが、ようやく、魅力が分かってきたような・・・気がします。こんなこと書くと先輩達に叱られそうですが。
 そ、それにしても、着物はしんどい。着せてもらった癖になんですが、人の演奏を聴いているときも、正座が辛くなり、足を横に崩し、仕舞いには前に伸ばして手を後ろについて、ぜーぜー言っていた。姉弟子さんが隣に来て、私の前がはだけた着物を「あーあ」と言いながら整えている。もーぐるじいよー。帯をずっと締めていたら、胃が痛くなってきた。そういうわけで、演奏会が終わり、夜の宴会前には、控え室でさっさと着物を脱がして貰い、ジーンズに(笑)。お陰でご馳走もビールも熱燗も美味しくたんまり頂きましたです。ほっ。しかし、着物にも慣れないといけませんね。私の場合、ウルトラマンみたいにタイムリミットがありまして、6時間以上は着ていられない。これでは先が思いやられます。
 今日、日曜は、さすがに疲れがどっと出たらしく、自分にしては珍しく、休日なのに昼頃まで寝てしまいました。これではいかん、と、慌てて起きて洗濯を済ませて、渋谷までコンタクトレンズを買いに行く。日曜だから付属の眼科での診察、待ち時間が長くて、仕方ないですけど、また眠ってしまった。その後、タワーレコードに入り、Depeche Modeの「The Singles 86>98」を買った。懐かしい曲ばかりで、帰宅後感激して聴いています。
 明日からまたお仕事だ。しんどいと思えばしんどい週になる。嫌なことばかりだと思うとほんとうにそういうことが起こる。あれこれを自分以外のせいにして不満を抱くのは嫌だ。何ごとも自分の気持ち次第、楽しんで自分の毎日を作り出していこうと思います(^^)


2006年07月07日(金) 朝からねむい。

 旧暦6月12日。
 出勤前に書いてます。昨日は12時近くまで残業となってしまったのに、帰宅後なかなか寝つけなくて参りました(T_T)あんまり遅い時間になると逆に目が冴えてしまう。・・・それにしても、会社を出る時、同じフロアにはまだまだ10人近く残業していた。いったいどういう会社なんだ。
 明日は小唄の演奏会で着物を着なければならないので、今夜は会社から姉弟子さん宅に直行、泊まらせてもらう予定です。なので明日まで日記書けませーん。
 ウー眠いよーん。


2006年07月05日(水) 冷静にひたすら対話を求めて欲しい。

 旧暦6月10日。
 北朝鮮が日本海にミサイルを。1ヶ月くらい前だったか、東京湾に落下するというとんでもない夢を見たけど、まさか7発も発射するとは思わなかった。これが漁船や、日本海側に何基もある原子力発電所に当たったら、と思うとぞっとする。北朝鮮という国はつくづく、恐ろしい国だと思う。恐ろしい国だしミサイルも拉致問題も許し難い横暴だけれど、これでまた、「制裁」とか「報復」といった言葉が、政治や報道の場所で繰り返されるのかと思うと、悲しくなる。今の日本の政治家が、怒りや非難のエネルギーを巧く他の形に転換させる能力がないことも恐ろしい。竹島問題も靖国問題もこのあとすぐ控えている。韓国や中国と密接に連携しながら北朝鮮との対話を引き出す努力を続けること以外に解決方法はないように思えるんですが(これまでもやってきたと言われるかもしれないけど、まだまだぜんぜん不十分だと思う)。北朝鮮にも沢山の人々が生活している。ある程度の経済措置も仕方ないとは思うけれど、北朝鮮の人達がこの先もちゃんと食べて生きていけるようにと願うばかりだ。
 ブッシュ大統領と親密な関係をアピールし、アメリカでお尻降って踊ってたブッシュの飼い犬小泉首相が、これまで軽んじてきたアジア外交のツケが一気に廻ってきたような感じ。だまされやすい自国の国会やマスコミと違い、詭弁の効かない相手に対して、どれだけの手腕を発揮できるか、最後の正念場は長い。


2006年07月04日(火) 手信号やってますか?

 旧暦6月9日。
 眠いです。まだ23時なんですけど。
 この前ふと思ったんですけど、自転車に乗ってて手信号やってる人って、とんと見かけないなあ。私もやってないし(恥ずかしいもん)、他の人がやってるのもここ数年みたことない。ご存じとは思いますが、ほら、あの、曲がるときに腕をくっと曲がる方向に立てたり、止まるときに斜め後ろに腕を伸ばしたり。だいたいさあ、お巡りさんだってやってないもんね。
 もう20年以上前、私が小学5年のことなんですけど。ある日、学年の児童全員対象の、交通安全教室というのがあった。お弁当を持って、朝から市内の交通公園なるところへてくてく歩いて行き、まる1日、自転車の乗り方とか横断歩道に気をつけることとか、お巡りさんの指導をみっちり受けるという日だった。と言っても、お弁当持参で、普通の道路みたいなセットが広々と作られている交通公園で、ゴーカートにも乗れるという話だったし、たいていの児童は半分ピクニック気分だったはず。私もどちらかと言うとそんな楽しい気持ちだったのに、なんとなく、いやあな予感はしていた。
 まさかとは思っていたのだけど、体育座りして先生の話を聞き、その後紹介されて登場したお巡りさんというのは、ウチの父だった(もう退職してます)。がーん、と、私は消え入りたくなるほど恥ずかしかった。目の前でおやじがみんなに交通規則の説明を続けている間中、うつむいていた。姓がわりと珍しいので、友達はちらほらと気がついたようで、男子がつついてきて、「おめーのとーちゃんだろ!」とからかう。ひどいよ、朝ご飯の時は何も言ってなかったのに。
 レクチャーの後、実際自転車に乗って公園内の道路を走る。お巡りさんの前を次々と走り、手信号をやったり、一時停止の練習をやったり。おやじは、なんとも酷い、というのも、他の児童が目の前を通るときはいちいち褒めている癖に、私が通ると、「しっかりやれ!」「ばかもん」と、怒鳴るんである。もう、泣きたいぐらい恥ずかしかったです。 
 その日の夕ご飯時も、案の定、食べながら私の自転車の乗り方について、説教が始まった。とろとろするなとか、ぼけっとしてるんじゃないとか。しかし、であります、ウチはそんな風にちと厳しい家庭だったので、私は小学5年の誕生日まで、自転車を買ってもらえなかったのであります。幼稚園時代の三輪車はともかく、小学1〜4年生まで、友達の自転車を親に内緒で使わせてもらっていた。何度も買って欲しいとねだったのに、職業柄事故を沢山見ているためか、危ないからダメ、の一点張り。でも、その、交通安全教室以来、私は親に強硬に反論した。私の自転車の乗り方が下手なのは、そもそも自転車を持ってないからである、と。自転車を買ってくれない癖に、クラスメートの見ている前で、娘の自転車の乗り方を怒るとは本末転倒であると。これにはさすがに親も折れて、ようやく苦節ウン年、私は自転車を買ってもらえた。初めての自転車、今でも覚えています。ちょっと濃いピンクの。嬉しくて、しばらくは自転車の仕舞ってある物置で寝たいと思ったくらいでした。
 あれから二十数年、私は当時のクラスメート達の誰よりも、自転車に乗る距離が長い毎日を送っているよーな気がします。。。一応、交通規則も守って・・・ます。
 だけど、手信号はまったくやってません。つうか、オヤジにやらせて、「自分だってできないじゃないか!」って文句言ってみたいです。


2006年07月03日(月) 髪を切る。ヤママヨる。猫る。チャリる。寝る。


 旧暦6月8日。
 また猫にゃん。チャリンコで通るいつもの道。ゴミ集積所にたいていいる猫にゃん達。去年はまだ子猫だったのに、ずいぶん大きくなったよなあ。たぶんノラなんだけど、近所の人達からご飯もらっているらしく、おっとりして毛並みもいい。で、ごみのない時は烏よけネットの上にいる。烏よけ、でもあるけど、猫よけでもあったりして。
 髪の毛切りたいと思うといてもたってもいられない。仕事終えたらチャリンコでいつも行く美容室に。1年前にショートにしてから、ほとんどずっと同じお兄さんにカットをお願いしている。簡単なイメージを伝えて、「前回より短く」「えっ、もっと短くですか!?」そういう会話をして、あとはお兄さんにお任せ。「じゃあここをこうして、こっちはこうこうして」と、前回とは微妙に異なる形に上手くカットしてくれるので、こっちとしては気楽で有難い。で、切ってもらっている間は、何故かいつも、お兄さんの酒の上での失敗なぞを聞く。どうしてか酒の話が多い。髪型の好みと一緒に、酒が好きだということも客データにインプットされているらしいです。
 
 昨日半日、コーヒーショップで小説家いている時、周囲の会話が聞こえないように、ずーっとiPodで山崎まさよしを聴いていたので、今日もずっと山崎まさよしブームが続いている私の脳内。しばらく途切れることなさそう。自宅でくつろぐ時も、チャリンコに乗っている時も、ジョギングしている時も(してない。。。)。


2006年07月02日(日) ホッとした日。


 旧暦6月7日。
 昨日に引き続き、頭の中は固まったまま。同人誌に載せる小説の構想がまったく浮かばず、午前中はコインランドリーでほげーっとしたり、パソコンの前で硬直してたり。
 これではいかん、と、モバイル用のパソコンを鞄に入れて、同人仲間が編集作業をしている会場(個人宅)の近くまで行き、コーヒーショップを2件ハシゴして、15時半から20時までひたすら書いて、頭を抱えて、コーヒー飲んで、書いて、頭を抱えて、コーヒー飲んで、書いて書いて書いた。で、ようやく、なんとかかんとか、原稿用紙12〜3枚分くらいの掌編小説を書き上げて、みんなのいる会場へすっ飛んでいった。すっ飛んで行く途中、スナックの前にいた猫を激写。
 みんな校正作業を終えて、ご馳走とビールで乾杯してくつろいでいたところへヘロヘロになって登場。データを渡して、お皿に残しておいてくれた料理とビールで私もやっとほっとした。あー、自分の作品書くのに精一杯で、編集作業の手伝い全然出来なかった。しょぼん。作品も、やっつけで一気に書いてしまったので、あとで読み返すと恥ずかしいくらいお粗末な出来具合。あーあ、書き直したい。
 だけど、久しぶりに最後のピリオドを打って小説を書き上げる楽しさを味わった。贅沢だし甘えなんだけど、毎日いろいろなことに忙殺されたりぼけーっとしたり(両極端ですが)してるうちに、自分にとって最もシンプルな欲求である、「書きたい」という衝動を忘却の彼方に押しやってしまっている。表面ではそれで日々結構楽しんでいるように思えるけれど、実際の自分は落ち着かなくていらいらしている。だったら書きたいだけ書けばいいじゃん、と自分で分かっているのに、エンジンがなかなか掛からない。
 でも、ま、とりあえず書き上げたので、あとは明日以降もこの感覚忘れずに行こうと思います。
 やっぱり、自宅にいるとダメだな、誘惑多いもん。カフェにパソコン持ち込んで無理矢理書く環境作ってしまわないと。


 そういえば今日のお空は気持ちが悪かった。ポコポコの雲だ。。。


2006年07月01日(土) 空から??


 旧暦6月6日。
 近所のお寺の前を通りかかったら、境内に子猫がぽつん、と佇んでいるのに気づく。携帯電話のカメラを向けながら声を掛けて気を引く。まだほんの子猫だから、あんまり警戒心がなく、とぼとぼと近づいてくる。でも、なんだか寂しそう。母猫か兄弟を捜しているのかな。
 小唄のお稽古に行く。
 来週土曜の演奏会に着る着物を合わせてもらう。私は着物を持っていないので、沢山持っている姉弟子さんから借ります。しかも、自分で着ることが出来ないので、棒立ち案山子状態で、着せてもらう(笑)なあんにも出来ない自分。情けない。素敵で涼しげな柄の着物を借ります。パンツ以外は全部借り物だぁ。。。髪はショートなのですが、襟足が伸びてきたので、土曜までに美容院に行ってもうちょっとすっきりしたいなあ。行く時間あるかなあ。。
 この前、家元さん(もうお亡くなりに)の演奏が入っているカセットテープを、他のお弟子さんがCDに起こしてくれたので、それをiPodに入れた。そういうわけで、iPodにはお家元の小唄も入っているわけです。今、今度の土曜に自分が唄う曲をリピートで聴いていて、時々歩きながら口ずさんでいる。昔、自転車乗りながら長唄唄うおじさんとか見ると苦笑していた自分。今同じことをやっています。人は歳を取るものですな。
 お稽古を終えて、モバイル用のノートPCを携えて、コーヒーショップに入る。モバイル用、というと格好良さげだけど、実はあんまり使ってあげていない、購入してもう4年位になるシャープのムラマサ君でありました。もっと可愛がってあげないと。さて、それで、実は、明日日曜に、みんなで集まって同人誌の編集をするので、とっくに原稿の締め切りは過ぎているのですが、書けずにきた私もここで少しは何か書いて誌面に載せてもらおう、とまだあがいているわけです。なのに、困ったことに、頭が固まって完全スランプ状態。スランプと言っても多分に自分に対する甘えが入っていることは否めない。小説でも随筆でも詩でも、ともかく少しでも何か書いて、明日持っていこう・・・と。
 苦しんだ末に何も書けずに店を出て、頭を切り換えてリラックスしながら構想を練るべ、と、近所の居酒屋に久しぶりに入る。ちょっとだけ呑む。新聞を読んだり、ほげーっとしたりして、掌編小説の粗筋が浮かんでくるのを待つ。・・・が、他にお客さんがいなくて、お店のおばさんと、いつの間にか捕鯨の話になった。ほげーっとしていたら捕鯨の話に。なんでそうなったかというと、鰺のたたきを私が注文したからだ。鰺から鯨の話に。
 日本は捕鯨国で、今国際社会から非難を浴びているけど、鯨肉を食べた記憶があんまりない私としてはぴんとこない。子供の頃、近所の家でたまたま夕ご飯を食べさせてもらったとき、味噌汁に鯨肉が入っていてびっくりした。鯨って食べるもんなんだーと思って、実家では1度も食卓に上ったことがなかったので、心底驚いたわけです。そんな話を店のおばさんにしたら、もうかれこれ四十数年前、おばさんが若い頃は、鯨肉は普通に食べていたし、しかも、マルハ漁業があるとき上空からヘリコプターで鯨肉のサービス券みたいなものをばらまいて、地上でそれを拾った人達が、サービス券に書かれている量に応じた鯨肉を、お店に行って無料で引き替えてもらう、というなんとも太っ腹なプレゼントをやったそうだ。ひえーっ、凄いな。そんなことしてたんだ。空から肉の引換券が降ってきて、それを拾って近くの肉屋さんに行って本物の肉と交換してもらう、なんて、現代じゃとうてい考えられない。肉の引換券じゃなくてもありえない。今は空から何か降ってこようものなら大騒ぎだ。四十数年前も大騒ぎだったろうけど、大騒ぎの中身が違う。現代じゃあテロ騒ぎになってしまいそうですね。時代は変わったなあ。
 捕鯨の善し悪しはともかくとして、空からプレゼントが降ってくる、そういう夢のある昭和レトロな光景を思い描きながら、酒場のカウンターで鰺のたたきをつついていました。
 で、書けたのかっていうと、書けてません。これからもういちどあがいて、明日の夕方には原稿持って編集やってるみんなのところに辿り着きたい・・・と。日記だとすらすら書けちゃうのになあ。。。


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