あたろーの日記
DiaryINDEX|past|will
| 2007年05月31日(木) |
なんとか元気です(?) |
旧暦4月15日。 ご無沙汰しております。 なんとか元気でやっています。 ・・・うそ。 ひどい夏風邪を引いてしまってます(笑) と言ってももう治り始めています。 先週は仕事一生懸命(?)やっていたと思ったら、週末の会社の歓送迎会で羽目を外しすぎ、飲みすぎて路上で寝ゲロ(・・・・・)、警備員さんに起こされその後会社の自分の机に戻り、その床で一晩ごろりと眠り、翌日と翌々日も二日酔い、三日酔いかと思っていたら風邪を引いていた・・・しかもこじらせて気管支炎になり、3日間も寝込んでしまうという、デンジャラスな日々を送っておりました。
反省しつつ、今週末はおしとやかにすごそうと思っています。 早く風邪を治さねば。 取り急ぎ・・・(^o^)
| 2007年05月20日(日) |
世界平和瞑想&祈りの日。...と、佐渡へ佐渡へと。 |
旧暦4月4日。 まだ午前中なのですが、今日世界各地で静かに催されるイベントなので、急いで書きます。 世界平和瞑想&祈りの日。
今日、5月20日(日)、世界各地で沢山の人々が宗教や国家を超えて、世界平和のために瞑想し、或いは祈る、というイベントが行われるそうです。ブダペスト・クラブのアーヴィン・ラズロー博士らが中心となって企画されています。 時々、宗教・民族・国家無関係に、さまざまな人や団体が提唱し、世界各地の人々がひとつの目的のために同時に瞑想したり祈ったりするイベントが行われ、私も自分のやり方やペースで参加してます。 祈りや想いの力がどれほどのものかについては、人それぞれ考え方感じ方が異なると思いますが、私は、こういった試みが、世界のパラダイムを、たとえ緩やかであっても、確実に好ましい方向へ変化させていくものであると考えています。 今回の提唱者ラズロー博士については、映画『地球交響曲』で知り、著作や講演会でとても感銘を受けたことがあります。ブダペスト・クラブには、博士の他にダライ・ラマ氏やゴルバチョフ氏も名前を連ねています。 難しい説明が苦手なモノで(^^;)、幸い詳しく書いてくださっているサイトがありますので、リンク先を貼っておきますね。 「平和エッセイ」 ラズロー博士のメッセージ 「Global Peace Meditation Prayer Day」
今日、日本時間の19〜20時に、イタリアのダマヌール(いつか行ってみたいなあ)での瞑想&祈りが博士達によって行われるそうですが、当然世界には時差がありますので、今日1日のうちで、自分で可能な時間、ちょっとでも長くでも、自分なりの方法で平和や、環境のこと、生きとし生けるものや地球について、想いを馳せたり祈ったり、瞑想したり・・・、たとえその時間が1分間でも、この素敵なイベントに参加したことになるので、興味のある方はどうぞ自由な方法でやってみてください。 私は、今日はこれから溜まっていた用事を片づけに外出したり忙しいのですが、時々心の中で静かに想いを込めたいと思います。
と、以上はお昼前に書いたのですが、夜帰宅して再び日記を書きます。最近平日は帰宅が遅くて書けないのでせめて日曜だけでも書きたいなと思い。  洗濯や図書館などの用事を済ませて、午後は巣鴨地蔵通り商店街と渋谷と恵比寿へ。地蔵通りで服を買う。と言っても赤パンツのマルジとかじゃないよ。ちょっと気に入っているエスニックの衣料品店です。会社にも来て行けそうな可愛いめの服を買う。
さて、その後は、会社の同僚からの情報で、東京都写真美術館で天野尚写真展「佐渡−海底から原始の森へ」が開催されているのを知り、しかも会期が今日まで!というのを昨日知り、慌てふためいて駆けつける。行って良かったです。新潟出身の写真家天野氏による、大判カメラで撮影された佐渡島の原始的な風景。両親の生まれ故郷で、祖父母を訪ねて何十回も訪れ、滞在した懐かしい心の故郷。自分のルーツ。撮影場所の何ヶ所かは、私も両親に連れられて訪れた場所でもあり、心の奥底から懐かしさがこみ上げて目頭が熱くなってしまった。しかし写真家の真摯な眼差しは、ノスタルジーを突き破って、その向こうにある野生の風景を大判のフィルムに焼き付けて、都会のコンクリートの中に佇む私の目の前に付き出して見せる。そこから立ち現れてくる何かの息遣いに、身震いする。 佐渡にはまだ、あんな原始の世界が広がっているんだ。
夕方は渋谷でコンタクトレンズとか、久しぶりに服とか。いつだったか、今年は服をなるべく手作りする!なんて書いたのですが、結局時間が取れない。毛糸と布は自宅に在庫が結構あるのに。言い訳なんですけど。ともかくしばらくぶりに服を買ったような気がする。 さて、気分転換もしたし、明日からまたドタバタですけど、楽しんでガンバロウ。
| 2007年05月19日(土) |
おばちゃんは宇宙人。 |
旧暦4月3日。 ここのところ週末の更新になってしまってます。。今日も会社に行ったけど、仕事あんまりはかどらず、静かに飲みたくてたまらなく、戻ってきて自宅近くの居酒屋へ。毎晩、店主がのれんを仕舞いに外に出たところを私が通りかかり、今日も行けなかったなーと思いつつ挨拶をするのがお決まりだったので、今夜はカウンターに座ることが出来て嬉しかったです。お客は最初から最後まで私1人。いいんだか悪いんだか。私にとっては静かで良いのだけど、お店の商売が成り立つのか心配。私が今の場所に住む限りずっと続いて欲しい店。 田舎の妹から電話。幼い娘達に、お母さん(妹)が子供の頃かけっこ得意で運動会でいつも1等賞だったことを、私に証言して欲しい、とのこと。姪っ子達は自分のお母さんが自分たちと同じ位の頃に、足が速かったことが信じられないらしい。確かにねえ、子供達は普段お母さんが本気で走るのを見ないものねえ。姪っ子達に電話口で、あなた達のお母さんは子供の頃足が速かったのだということを説明する。「東京のおばちゃん」が話すことは、どうやら信じるに足ると思っているらしく、素直に納得している様子。この前なんか、会社で残業中に妹から電話があって、「お母さん(妹)と東京のおばちゃん(私)が子供の頃、夜空に天の川を見ていたんだということを、娘達がどうしても信じないから、お姉ちゃん証言してやって」、と言う。 天の川かあ。 満天の星空。。。 草原に寝ころんで、一晩中星々を眺めていられたら、さぞかし幸せだろうなあ。 今度帰省したとき、星や宇宙のことに興味を持ち始めて妹を質問攻めにしているらしい姪っ子といろいろ話ができるように、図書館から宇宙に関する本を借りてはいるのだけど、ぜんぜん読まないまま明日返却期限だ。 でも最近、アースウィンド&ファイアーの「宇宙のファンタジー」にはまって、しょっちゅう聴いている♪
旧暦3月27日。 昨日土曜は、久しぶりに飲み明かしたために(飲み会ほんとに久しぶりでした)、二日酔いで、息を吹き返したのは夕方。それも、飛行機が住宅地の上を旋回しながら墜落し炎上するのをベランダから見ているという夢で、起きてしばらく呆然としていた。 今朝方は、今度はうってかわって、尾瀬の山小屋を予約して、ザックを背負って尾瀬夜行でかの地へ出発する夢。汽車に乗り込むところで目が覚めた。。。。続きを見たかった。。。 昨日使いものにならなかったので仕事に行けず、代わりに今日出社。休日は電話もかかってこず、人も少ないので仕事がはかどった。ひとつの業務に集中できるのはありがたいです。DEEP PURPLEを聴きながらガンガン伝票を作成する。が、夜、帰ろうとしたところで、私が出社しているのを知った本社の人から電話を貰う。あー、なんと、しっかり大ボケしていた。大失敗。急いで取りかかる。 帰宅途中、自宅近くの銭湯まで来て、いきなり、走りたくなって、風呂に入らず自宅へ行き、ジャージに着替えて約2�辧▲献腑�ングする。久しぶりに走りました。東京マラソン以来。走るのも自転車漕ぐのもさぼりっぱなしの私の身体はぶくぶくメタボリック症候群気味。それ以上に、身体を動かさないことに対して、ストレスが。たった2�劼任�たくたになったけど、体中の細胞がざわざわ喜んで踊り出した。とても気持ちよかったです。一汗かいたあとのお風呂がこれまた最高でした。忘れていた感覚ダー。 まだしばらく残業が続きそうなので、平日走れるか難しいですが、できれば週に2〜3回ペースで、ジョギングしたいなあ、と思います。 ちょっと、やっと吹っ切れたなーということが。ごくごく個人的なことなのですが。とてもすっきりした。ずっと心にひっかかっていたものが、分かりやすい形になって目の前に提示されたようなちょっとしたできごとがあって、それが完全に吹っ切るきっかけをくれた。??と思っていたことが確信となって、かえってほっとした。
少し悩みながらも、最近ちょっとずつ前進しているような気がする自分。成長しているのか分からないけど、でも一歩ずつ前に行っているような感覚がある。今まで停滞していたものが、動き出したような。自分の視野が変わりつつあるのを感じる。 なんだかつかみ処のないこと言ってますが・・・(笑)
| 2007年05月06日(日) |
菜食生活について考えた。。。 |
旧暦3月20日。 GW終わっちゃうなあ。 ちょこっと買い物とか美容院とかに出掛けた他は、ほとんど自宅でごろごろしていました。あっという間の連休でした。 休み中は、野菜をたんと食べました。ナムルを沢山作って、朝昼晩3食ビビンバという日も(笑)。完全に玄米菜食の日々でした。このままほんとに肉を食べないで、ベジタリアンでいいのかな、ベジタリアンになるのかな、と思いつつ、ネットで勉強していたら、菜食のススメというサイトに、家畜として育った動物たちが屠殺場で殺される場面が映像で掲載されていたのを見て、もう、肉はほんとうに食べられない、と思った。子供の頃から好き嫌いが無く、肉も大好物で、これまでに何十�圓瞭�を食べて育ってきたか、自分でも分からない。そんな私が今さら何を、と自分でも思うのだけど、最近肉を見ると、殺された牛や豚の最後の恐怖や絶望の叫び声が聞こえて、一気に食欲が減退してしまう。。。私おかしくなっちゃったかなあ、と思ってもいたけど、このサイトで殺されていく牛や豚たちの必死に逃げまどい血をまき散らしながら叫び続ける姿を見て、やっぱり自分はここまでして肉を食べたいとは思わない、と、確信に近い気持ちになった。で、以前だったら、ダイエットのためにしばらく肉を控えめにしよう、などと思って数日肉を食べないでいると、「食べたいなー肉汁したたる焼き肉とかそろそろ食べたいなー」なんて我慢できなくなったりしたのですが、今はもう不思議なくらい全然食べたくない。最後まで好きだった焼き鳥も食べたいと思わなくなった。自分が生きていくのに、そんなに動物を殺してどうする、という気がしてきた。少量の卵と魚を感謝して頂くことは今後しばらく続けるかと思うけど、それより多くを望まないと思う。この先もし自分が子育てをすることになったら、もしかしたら成長期だけは少量の肉を食べさせるかも知れないけど、それに代わるたんぱく質があるならなるべく肉は食卓に乗せないかも。。。 以前の私は、ベジタリアンって聞くと、すごくストイックでガリガリに痩せた狂信者(ごめんなさい)というイメージを抱いたのですが、それは私の認識不足のせいだと今は反省しています。肉無しで栄養大丈夫なのかなあと疑問にも思っていたけど、今ではむしろ、肉を食べないことのほうが身体のために良いんだ、と認識しています。栄養が足りなくなるということはなくて、大豆のような植物性のたんぱく質が十分肉に取って代わることができる、ということを学びました。 さてさて、こんなに菜食主義のことをつらつら書くのはなんでかって言うと、連休中ほとんど肉食と菜食について勉強??するのに費やしていたからなんですねえ・・・。結局食べることが大好きなのと凝り性というのもあるんですが。 だからと言って、他の人に、肉食やめろなんて言うつもりはないです。自分だってついこの前までは食べてたんだし。畜産業で生活している人達だって多いし、飼料や環境を試行錯誤しながら懸命に牛や豚を育てている人もいる。そういうことを否定する気はないです。 ただ、肉を食べない、という選択肢もあるのだということと、その理由をちょっと、書いてみました。 まだ、ベジタリアン始めて1ヶ月足らずですが、身体がちょっとずつ変わってきたような気がしますよ。食べる量は変わらない&お菓子も相変わらず食べちゃうので体重はなかなか減らないですが(おいおい)、なんとなく、内臓が軽くなってきたというか、血の流れをちゃんと実感できるようになってきた、というか・・・。
| 2007年05月03日(木) |
すべては行動することから。 |
旧暦3月17日。 この連休中に、会社の事務所が引っ越しのため、昨日の午後は荷造りでどたばた。同じビル、同じ階の中での引っ越しとはいえ、荷造りの大変さは変わらず。しかも私は整理が下手くそなため、書類がたーっぷり・・・。こういう機会にこそ廃棄するべき書類をピックアップすべきと思うものの、結局時間が無くて、ぎりぎりになって慌てて全て箱詰め、という情けない状況になる。ほんとは引っ越しどころじゃないんだけどなあ、と思いながら。。 でも、昨日は書類もPCもすべて梱包し、夕方から業者さんが入って運び出し作業が始まったので、従業員は当然仕事どころでなく、大人しく帰宅・・・と思いきや、身体を動かした後&翌日からまた連休ということで、最後のほうまで残って荷造り等していた仲間で、会社近くの居酒屋で打ち上げ(?)。一汗かいた後のビールがことのほか美味く、話も弾んでリラックス・・・しているうちに24時。慌てて解散。
このごろ、自分だけのために毎日動き回っている生活がちょっと嫌になってきた。 どんなに忙しいとか大変だとか言ったって、私が毎日していることは、すべて自分自身のためだけなんだと思う。自分の生活費を稼ぎ、いろいろ学び、食べていくための。どんなに残業が多くて毎日ちょっとしんどいわー、なんて思っても、それもすべて、自分自身のためなんだよなぁ。誰かのために自分の生活の一部を削る、っていうこと、私はやってない。 ・・・と書いて、うーん、やっぱり、言葉で説明するのは難しいな、と気がつく。ほんとに難しい。だって、どうしようと、どう行動しようと、なにもかも、自分自身のためなんだから、この人生において。だけど、そうした中にも、自分以外の人に少しでも喜んでもらえる行為があるなら、今よりもっともっと自分の生活は満たされるんじゃないか、と、もしかしたら甘い考えかも知れないけど、そんな気がしている。実はかなり以前から気になってはいたのに、一歩が踏み出せないままだったことに、そろそろ飛び込んでみようかな、と思い始めている。何故か最近、ある時突然ふっと、自分の中で、考えてばかりいないで行動すべきだ、という衝動が湧いてきた。人から指図されたり意見されるのではなく、自分の中で、「こうすべき」という強い想いが生まれるのは、それがほんとうに自分にとって重要な意味があるからだと思う。 ・・・と、理屈を述べていたって始まらない。すべては、行動することから、ですね。。。
|