ハラグロ日誌
書人*ちる

   

  




ゆく年くる年
2002年12月31日(火)
ほえ〜。早いもので、もう大晦日とは!!
年を重ねるほど時間が経つのが早く感じるけれども、振り返る道のりも後ろに長〜くのびてきます。振り返り過ぎると前に進めなくなるけれど、でも進むためには振り返って反省したり、考え直してみたりしなければいけない案件もあり・・・。
結果、小さい芽が自分の中でいくつか芽生えつつある気がしています。ダンナ(隊長)の事、おうちの事、家族の事、自分の事・・・こなしきれてはいないけれど、なんとかここまで一通りやって来て、自分の中での位置付けが確立しつつあって。
ゆっくりとそれを育てて、自分なりにその生活を「当たり前」にできるようになったら、新しい目標が出てくるかも。これはあくまで予感なんですが・・・。
また、今は想像つかないような事が出てくるかもしれないので、何とも言えないけれど、もし何か芽が育っていけば、そこには必要なパワーが必ず生まれて来るものだから、今は、ゆっくりと焦らず時を待つ事にします。
今年はじめにひいたお神籤の「地道にやんな」(もっと丁寧にそーいう事が書いてあった)ってメッセージが今さらながら、よく分かるような気がするのです。(笑)
20代前半の生き方は勉強の事にしても、仕事の事にしても、すごく物質的で、達成感溢れるものだったけれど、30代を目指してのこれからの夢は、もっとライフワークに近いような、ゆっくりとした、簡単に達成される事はあまりないような、そんなものになるのかなあ?と思ったりしています。

この1年、私の地味〜な(笑)生活の中で、つらつらと考えた事をつづってきたこの日記を読んでいただいて本当にありがとうございました。
また来年も相変わらずほそぼそと続けていく所存ですので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
仕事納め
2002年12月27日(金)
今日は隊長の仕事納め。・・・とはいえ課内でたった独りぼっちの仕事納めなんだそうだ。やっぱりちょっと早めにお休みを取る人が多いのかなぁ?
ま、そのおかげで函館旅行のお休みが取れたので、ありがたい限りです♪むふ。
新入社員の時に、元旦出勤ってやつをやってみた。
皆「えーーー???絶対にイヤだぁぁぁ!」と言っていたが、電話番くらいの業務で特別手当ては出るし、どうせ家にいたって私の大嫌いな特番テレビを見るか、激混みの初詣に行くかしかない。私は、それくらいなら会社でお手当をもらって、欲しいもの買ったるでぇ!ぐへへ。というゲンキンな精神だったのです。
しかもね。周りの心証も思いもよらず、良かったりして。大晦日とか元旦に出勤してると、しゃーなしに出勤してるお偉いさんとかがウロウロ。ひま潰しに掃除なんかしてたら、「おっ!!えらいな!!」って誉められたり、お菓子をもらったりした。(留守番のコドモ扱いか。)
ママが「持って行きなさい」と豪華な洋風おせちを作ってくれて、休憩時間に出勤してた周りの人とプチ・パーティしちゃったりして♪何も言ってないのに「お母さんにゴチソウサマ!って伝えてね☆」「お母さんによろしく!!」って言われたのが気になったケド・・・。言わなくても私が作ったんじゃないという事はバレていたらしい。でも、伊達巻きは私が作ったのになぁ。(笑)
就業時間なのに、パソコンですし占いをやったり、会社の上司の姓名判断を調べたりして、うはうは笑ってても誰にも注意されない。そして取引先もお休みだから「色校、何時に戻しですかっ?!(怒)」なんて電話もかかってこない。パラダイスだ。
隊長も今日はパラダイスかな?待ち合わせは仕事場まで来てい〜よ♪って言ってたからパラダイスなんだろうな。
親友へ
2002年12月26日(木)
※ちょっと思う事あって、公開します。
親友にあてたメールです。
自分の無力さを前に怒りすら覚えます。
でも、何もできないという事を知る事も、
私には大切です。
大切な人を、誰一人として失いたくないと
思うのはエゴでしかありませんが、
それでも。彼女を失いたくありません、
もう、2度と。
(このニッキに関してはBBSでは触れないでいただけると助かります・・・。)
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たった今、お手紙読んだ。
ショックだったよ・・・。色んな意味で。

誰にも黙って自殺を選んだ事も、
生きていても、しょうがないと思った事も
消えてしまいたいと思った事も
遥か昔とはいえ、自分にもあったから。
親が泣きわめいても、怒っても、
友達が「死なないで」「生きていてくれて嬉しい」
言ってくれた言葉も、何も心に響かなかったけれど、
死ななかった(死ねなかった)のには、
ちゃんと意味があったから。
(他人にとって私のその後の人生がたとえ無意味でも、
私は今は自分の人生が傲慢にならない程度に好きだから。
自分の事勘違いして「好き」だった時期もあったけれど。
それは、○○○がよく知ってるよね。)

私もこんな時。
馬鹿みたいにこんな事しか言えないけど。
未遂で良かった。心から。
○○○がまだこの世に繋がっていてくれて。
(○○○には、それは辛い事でしかないかもしれないけど・・・)
そして、こうやって連絡してくれて。
お母様のいつもながらの鋭い勘のおかげなんだね。
神様はいるのかもしれない、そう思わせます。

(中略)

ネガティブな事、愚痴、なんでもいいから、
吐き出したくなったら、吐き出して。
なんだかメールでこう書くと、空々しく響くけど、
本当に、そう思ってるから。
もっと甘えてくれて、いいよ?

2002.12/26 13:20
サンタさん
2002年12月25日(水)
いくつの時までサンタを信じていたか・・・。私はハッキリとサンタの夢破れた瞬間を記憶しています。それは4歳になったばかりのクリスマス。私がサンタさんにお願いしてたのは「フェアレディーZのラジコン」でした。(その1年前は大きいトラックの玩具。男らしい子供だ・・・。)
イブという事で興奮して寝つけず、両親と一緒におこたに入っていたくて狸寝入りしていたら「あ♪もう寝ちゃったね。」「ほんとだ!」「フェアレディ出してきて!」と話す両親の声が・・・。むむっ。サンタはパパとママだったのか!!今、とても起きづらい状況!!どうしよーーーー。と思いつつ、狸寝入りを続けていたら「カゼひいちゃうから、お布団に運ばないと!」とパパが言い出しました。そして、お姫さまダッコで寝る部屋に連れて行かれる時、思いっきりゴチン☆と近くにあった家具の角で頭を強打!!!目から火花が飛び出るイキオイでイタカッタのですが、何故か私は「サンタがパパとママだと知ってしまった事を悟られてはならん!」と気を遣って(笑)、ズッキンズッキンする頭をやせ我慢して耐えたのでした・・・。(今思うとかなり不自然だぁ。)
「いでぇ・・・」ココロの中で絶叫しながらも、自分の布団に寝かされて、ママがフェアレディZの包みを枕元に置くまでの一部始終の会話と動作をしっかり耳をダンボにして、時には薄目も開けて見届けてしまったのでした。あああ・・・。
弟(6つ年下)の時は、私も含め、家族ぐるみでサンタ大作戦で騙したので、6歳くらいまで信じてました。弟が寝る前に閉めてたカーテンをわざと開けておいたり、細かい演出をしたりして・・・。
弟が勝手に紙に「欲しいもの」を書いてポストに投函しちゃったり(モチロン切手なし。)して焦った事もあったなぁ〜。
サンタさん伝説って、いつまで続くんだろうな〜。今のコ達は情報に長けてるだろうし、気づくのも早いかも。見ず知らずのおじさんサンタ(だって知らない人からモノを貰っちゃイケナイよね?それに知らない人が家に入ったら不法侵入罪だし!>>笑)より、パパとママがサンタって事で充分ステキだと思うんだけど・・・。
実録・主婦は見た!
2002年12月24日(火)
イブの夕方、買い出しに近所のスーパーマーケットに出かけた時の事・・・。
いつものようにアスパラを1束ずつ手に取って根っこのトコで鮮度を見ていたら。(隊長に「こうやって見ろ!」と指導されたのだった・・・。どっちが主婦なんだか。)同じように隣でアスパラを吟味してたオバ様が、突然
「ドロボーーーーーーーッッッ!!!!!」
と絶叫しました。あまりに間近で叫ばれたので、私はアスパラと共にピョン!と飛び上がりました!マジで!
オバ様はカートを少し離れた所に置いて(野菜のワゴンが混雑してたから)アスパラを見てたのだけど、そのカートからバッグを持って行こうとした人が!!!皆の注目を浴びて、バッグを手放したドロボーさんは、速効で警備員さんに捕まりましたが・・・。
う〜ん。ドロボーさんって、いかにも「ドロボーさん」って容姿をしてないんだなぁ・・・と現場を見て、ちょっと切なくなったのでした。なんだか本当にフツーの主婦って感じの人だったし。フツーに買い物袋とか(自分のぶんだよな〜)持ってたりして。分からないもんだなぁ・・・。
しばらく心臓のバクバクと耳のキーンが取れなかった・・・。
難を間一髪逃れたオバ様は「いやー。私、よく声が出たわぁ♪」とかなりご満悦でした。
年末年始、人ごみに出る機会も多いと思いますが、ホントに自分の荷物から目を離さないようにいたしませう!
きのこの山の勝利
2002年12月19日(木)
すっかり忘れてたんだけど、だいぶ前に「きのこの山」vs「たけのこの里」の投票合戦みたいなのをやってた結果を知りました!
http://net.meiji.co.jp/kinotake/top.html
私は断然「きのこの山」派なんだけど、周りのヒトは「たけのこの里」派が多くって・・・。以前、職場でも「きのこ」派と「たけのこ」派で論争になった事があったなぁ・・・。(どんな職場だ>>笑)
私がきのこ派な理由は、子供の頃のハマりもの、フィンガークッキーみたいなのとチョコクリームがセットになってるお菓子があって、それに「きのこの山」が似てるからだったり。
チョコ素材は一緒だから、あのクラッカーみたいなポリポリ素材との組み合わせが好きか、ビスケットみたいなサクサク素材との組み合わせが好きか、という好みの差なのかも。。。
NEXT
2002年12月18日(水)
たまたま隊長が夜更かししたい気分だったらしく、秘蔵のビデオを出してきて「一緒に見よ〜」と誘われた。
TBS独占でPV風に作られた「オフコース」のライブ映像。「NEXT」というタイトルで、1983年、解散?する前のオフコースの映像だという事で貴重なものかも。だいたい小田さんが若いのですよ・・・。私の小田さんのイメージは結構オジサマ・・・だからなぁ〜。若い頃の小田さんは、とってもセクシーな感じでした。「Yes No」なんてクラクラするくらい恰好良いです。
オフコースの歌で個人的に好きなのは「眠れぬ夜」かな。
ビデオの中で一番印象的だったシーンは、最近もCMで流れてる「あなたに会えて・・・ほんとに良かった・・・」っていう曲。小田さんが歌いながら涙が止まらなくなるんです。
オフコースというバンドがある意味転機にきていた事、ファンへのメッセージ、色々あったのだろうけど、息がつまるような生の小田さんを見たような。ハラハラしました。
これは、どうでもいいんだけど、この劇中の設定がムチャクチャ過ぎっ!解散してそれぞれの道に進んでいたメンバーを、謎の男(やくざ風の中村敦夫)が強制的に集めて監禁。脅してライブ決行させる・・・というちょっと変な内容で。メンバーの小芝居がかなり面白いです。最後にシブい中村敦夫がずっこける所が、なんとも・・・。(笑)
小田さんのベスト盤、欲しくなってしまいました。冬にぴったりだしね♪
口唇ヘルペス
2002年12月17日(火)
旅行の疲れが出たのか、帰ってきて途端、唇の一部がムズムズ・・・。あ、きたきたきた!と思ってたら案の定、ちっちゃい水泡ができちゃいました。これって口唇ヘルペス。再発型で抵抗力が落ちるとポツポツ出てきちゃうのよねん。
どーしても、いじ痒くて触っちゃうので、基本的にごはん食べる時とお風呂入る時と寝る時は絆創膏をちっちゃく切って、貼ってます。ブザマ。(涙)隊長にも「ひげそり負けしたオッサンみたい!」と笑われております。・・・ていうか、ひげそり負けしたオッサンって何?!くそ〜。
ヘルペスのウイルスって、1度ぽちっと病気になって治った後でも神経にひそんでるらしいです。あ〜やだよう〜。
治るのに確か1週間はかかったハズ!・・・う〜。クリスマスまでに治ってくれよ〜。
雪
2002年12月09日(月)
雪・・・せっかく十何年ぶりかに降った12月の雪だけど、私にとっての雪はやっぱり札幌に住んでた時のパウダースノーなんだなぁ。
べしょ雪の方がつもりやすいけど、札幌時代の私は、サラサラの雪が少しずつ積もっていくのを凍えるのも忘れて見つめてた。
もちろん、サラサラだから雪だるまも作れない。そんな雪が懐かしい。べしょべしょした雪は雪解けの頃のドロドロの雪を思わせるのよね・・・。
札幌に住むようになってから、夜中の外の景色を見るのが楽しくて夜更かしを覚えてしまった。(学校あるのにオールナイトニッポン2部まで余裕で聞いてたし。大槻ケンヂのぼよよんロックが忘れられない・・・。>>笑)ずっと小高い所にあるマンションに住んでいたので、宝石箱のように札幌の夜景が見えた。
夜中にもしんしんと雪が降っている時、そっと窓を開けてベランダに出ると、分厚い雲に都会の光が映って美しい桃色をしていた。
自分だけが知ってる、自分だけの時間。全然眠らなくても、そういう時間が必要な時期があるんだな。
今日の雪景色。そういう、しん・・・とした空気になってないから、外が雪景色でもあまり心の感動は少なかったのかも・・・。
シツレン。
2002年12月04日(水)
古くからの友達の久々のコイバナ。
なかなか会えなくて、メイルで色々と話を聞かせてもらっていたのだけど、相手のヒトがどんな人か、よく掴めないウチに、彼女の恋は終わってしまいました。

イマドキの男の子って優しいから。
告白される前に先回りして言わせないようにしたり。女の子を傷つけないように優しく振ったり。「恰好良いフリ方」に、すっごく長けてる。
「重たい」事嫌いなんだろうな。「重たい」事は「アブナイ」事と同義だもんね、今の世の中。
まだ携帯もメールも普通じゃなかった頃、私たちの恋愛は、もっともっと身体張ってて、重たくて嫌らしくてドロドロしてたんだ。そんなの今じゃ、ただのヤバい奴。
今や「距離感」が恋愛には必須アイテムだ。
距離感の読めない人間はバカを見る。

昔の話。親友Yちゃんの成人式のちょっと前。
夜中にYちゃんの彼氏から電話があった。「Yの気持ちが重たい。俺じゃ応えられない・・・別れたい。」っていう内容だった。私が彼にYちゃんを紹介した経緯があり、相当に申し訳なく、思いつめている様子だった。「Yちゃんは大事な親友だし、私は絶対にYちゃんの味方だから」って突き放す私に対して、彼はぼつぼつと心情を吐露した。「Yはもうすぐ成人式だし、そんなイベントの前だからとても言えない・・・。」
・・・本当のところ、彼から電話が来る直前まで私はYちゃんと話してた。Yちゃんは「彼の様子や行動が優しくない・・・」という事に気づいてしまっていた。彼は不器用過ぎるほどに「男の子」で「正直」で。うまく自分に嘘をつけるはずもなく。Yちゃんの事を「重い」と言った彼ではあるが、決して「遊び」などといった軽い気持ちはなかったと断言できる。
私は彼を責めた。同情なんて出来なかった。彼は、電話口で長い事泣いた。「ほんま、ごめん・・・」って何度も言いながら嗚咽していた。苦しんでいた。
自分自身の失恋の内幕は、相手の心情は相手のみぞ知る。だから、見えない。だが、たまたまこの件があったので、失恋の両側を見てしまった。2人とも、純粋過ぎるほど真剣で、どちらにも非があるとは思えなかった。

Yちゃんは、そのシツレンで深く深く傷ついた。
それでも、当時の事をYちゃんと今でも話す。Yちゃんも私も、どうしても彼を憎めない。「ほんと、バカ!がつくくらい正直過ぎ!」「いい人だったね」そんなふうに笑って話せるシツレンなんて、きっと珍しい。
それは、きっと、そんな「恰好悪い」フリ方をした彼のキャラクターによるものだろう。
開けてびっくり玉手箱☆
2002年12月02日(月)
年賀状用に隊長の住所録を作っていたらハマってしまい(笑)、自分のも作ろう!と思い立ったが吉日。実家から学生時代の住所録を持って来てもらいました。
すると思ったより分厚い・・・。はて・・・?
ぱらぱらめくってみると、出て来るわ、出て来るわ、恥ずかしい過去が!!
テキトーに社会人になってから知り合ったヒトの電話番号とかそういうのが付箋で貼ってあったり、もらったメールをプリントアウトして(原始的)はさんであったり、あれこれヤバいものが入っていて冷や汗モノ。(マジ汗)
まぁ客観的に見れば、仕事の話とかが殆どなんで、それほどヤバくはないだろうけど、自分的にはゲッ!となるものばかり。
好きだったヒトからはじめて携帯の番号を教えてもらった時のメイルとか。
仕事がらみながらも、下ゴコロのあった方とのメイルのやり取りとか。
別れた彼氏からのサヨナラメイルとか。プリクラとか。
プリクラなんて、私髪長いよ!どーやって乾かしてたんだよ?って突っ込みたくなるくらい古すぎて笑えます。
てゆーか携帯番号が010-とか080-から始まっててケタが違う〜!!
たった数年なのに時代を感じるぜ・・・。

別れたてホヤホヤの彼氏が、色んな事をふっきった時のメイル。「良いな」と思ってとってあった(プリントアウトして)のですが、「俺も24になりました」って文から始まってて、私とゴタゴタしてた時は彼はまだ23だったのか!!ってガクゼン。
当時の事を思ったら何だか彼が不憫になってきました。当時の私は彼に対して鬼女のようでしたから・・・。(汗)
いや〜。今なら23才の男子に対して、私、とっても優しくすると思います。だって23歳男子なんて、オダギリジョ−より若いんですよね?(笑)ウチの弟来年23ですけど、まだまだ可愛いオトコノコですしね。なんでも大目に見てさしあげてよ。(笑)
は〜。それにしても心臓に悪い玉手箱でありました。処分検討中であります。

やっと勝てた・・・
2002年12月01日(日)



・・・という訳で、ハ−ボットのゲーム「黒と白」にやっと勝てました。「黒と白」って「オセロ」なんですけど、ほんと難しい!!
しばらくやってなかったのですが、BBSにちらっと「黒と白」の話題が出て、再度挑戦!火がつきました。(笑)
あまりにも勝てないので、初心者向けのオセロのサイトを探して「定石」とかコマの置き方とかを勉強して、臨んだのですが、それでも絶対勝てる!って訳でもなく。。。(でも、コレを知っていると、四隅のコマを取れる確率が高くなります。角や、痛い所を取られると、ねこえが「�鼻次廚箸�「いぢわる・・・」って言うので可愛い!ケケケΨ( ̄∀ ̄)Ψ)
終盤になると、一生懸命自分のコマとねこえのコマを数えながらの攻防です。(こんな事してるのは不器用だからです・・・>>汗)
すっごく勝負がつくまでに時間がかかっているらしく「ランキング」に入れないので、今度の目標は5分以内で勝つ事☆

あー。そんな事に熱中してないで、更新しろって・・・?
その通りでやんす。(苦笑)









設計*しゑ(繊細恋愛詩)
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素材著作権且感謝→M3