日記雑記



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ソンナモノハ妄想ダ
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2011年03月31日(木) (雑記)

エンピツ、いっときエラーで編集画面に入れなくなっていたのでついに…!?と気を揉んだのですが復活してますね。

色々やり残したことがたくさんありますが明日からは新年度です。


2011年03月22日(火) 上がり。

バイトが最後の出勤日でした。
電力の影響で営業時間が短縮し夜番が全くいらなくなったり、中もなんだか薄暗かったりとこの数日は色々とイレギュラーでしたが、無事終えることができました。
しかしなぜか最後の数時間で「肩に乗ってる動物から電波が」「望遠鏡で見える」とかおっしゃる温厚な初老の男性と、以前にやらかしたことのある非常に恐ろしい爆発力を秘めた女性に再会するというスリルを味わいました。何事もなかったけどね!
そんなこんなでおかしな場所でしたが、同僚さんたちはみんないい人だったおかげでずっと続けられました。色んな人に会ったなあ。
エプロンをクリーニングして返却せよというお達しがあったので、初めてクリーニングにかけます。いつも普通に洗濯してた。数年分の汗と涙の染みて、しかもボタン付け直したりした安いエプロンがどこかの新人さんの手に回るとかちょっとないだろ…と思います私は新品貰えたので余計に。

さよなら池袋。
でもお別れ会とかあるし、そうでなくてもちょくちょく遊びに行ってしまう気がします。定期券回数券が切れるのが痛いけど遊びに行きます。


2011年03月16日(水) 日常回復を目指して。

あの日読んでた本がショートショートなんですけど、中に地震が起きる短編が入っていて不思議な気持ちになると同時に、どうしても進まなくて。
BL読みかえしたりして、その小説はやめて、百�里北瓩辰燭蠅靴討い泙后�「東京焼尽」はちょっと躊躇があったので「百鬼園日記帖」を。再読を。
「だいきらいだ」って息巻いてる記述とかね、読むと安心する。ネガティブな感情をバーンと、それでも日記に出せる程度の形には整えてあるから。善意だけじゃなくて苛苛する気持ちだって当然あるんだよ、と思う。でも江戸のいなせなあにきの件に関してはどうしてそこまでwwwと思ってしまう。安心する。
しかしあまり読書をする気にもなれないのでした。

今日は教習所で仮免許の試験を受けてきました。これは明らかにリミットに間に合わないぞ…。
試験前の注意で「余震があっても受験者同士の私語はなし」「答案を持ち出さないこと。万が一避難を要する場合も持って逃げないでください」と言われました。最中に確実に二回は揺れてたけど、あとは風だか地震だかわからないくらい風が強かったです。
停電には今のところ当たっていません。でもまあ、なるべく節電してやんよ。

地味に気がかりなのは就職先から連絡がないので引越しの有無も未確定な上、入社式の詳細も不明なことです。今週ばたばたしているだろうからもう少し待ってみるけども。
そんなわけで通常の何割かで運行中です。


2011年03月13日(日) わたしのはなし。

ひとまず元気です。
節電です。

当日は御茶ノ水で罹災しました。
九段下の千代田図書館に行きたかったので御茶ノ水で電車を降りて(※定期券の区間の都合)歩き出したところでした。
最初は前方の道路工事を眺めながら歩いてたんだけど気がついたら地面が揺れてて、あまり大きいので知らないおじさんを真似て木に手をついて立ち止まっていた。見ていると御茶ノ水の楽器店の雑居ビルがしなるみたいに揺れて、人が車道に飛び出して避けていた。5分揺れてたといわれるとそんなに長かったんだと驚くけど、観察できるだけの時間揺れていたということですね。
咄嗟のことで、自分が死ぬかもというよりは、この世の終わりかもしれないと感じていました。ビルは本当に崩れそうに見えて怖かった。
揺れがおさまったときに周囲の人が次々携帯を取り出していて、私もとりあえずtwitterにアクセスして呟いていました。普通に。ほかの人の状況とか速報とかも回ってきたしね。歩きまわっているときも携帯の画面に視線を落としている人をたくさんみかけました。携帯の便利さはこの日本当に感じたことです(電池切れの不便さと不安も今回本当に感じたことです)。テレビもラジオもなくネットも自由に使えないところに泊まったので本気でtwitterが情報源でした。
神保町を通過して、古書店の書棚の本がひっくり返っているのをたくさん見かけました。ビルの外に人がたむろしていてなんでかな、とか思っていました。このあたりで東北が震源らしい、ということを知りました。
九段に出たら、茶色い建物の前に凄い勢いで救急車や青い緊急車両?(防護柵がついてる車みたいの。私はああいうのは護送用かと思ってた)がたくさん集まってきていました。これが九段会館だったと知ったのは夜になってからです。門の中で救命活動をしている救命隊の人が見えました。凄く印象的だったのは、門の外側で報道の人らしき人をどなりつけている若い女性がいたこと。中では命に関わることをしているのだから撮るな、とおっしゃっていたようです。
ぞっとしました。
図書館のあるビルはガラス張りで、中に入るのは不安でしたが、入ってみたらエレベーターが止まっていて、とても上がっていく気にはなれませんでした。エレベーター復帰待ちもしてみたものの、余震も続くし諦めました(図書館は9階だった)。千代田区役所のビルはNHKニュースを流していて、ここで初めて「10mの津波」報道と、海の映像を公式に見ました。九十九里とかの。外にはヘルメットかぶった人もいて、備品なんだろうなあいいなあと思いました。
当時自分が何を考えていたのかちょっともうよくわからないのですが、とりあえずバイト先@池袋に行こうと思いました。知らない場所で一人じゃ怖いし。道も何とかわかりそうだし。続々と緊急車両が集まってきていて、大通りは白バイの人が交通整理を行いにきていました。
あとは歩き。
途中でメトロの駅に降りていって「有楽町線動いてますか?」って聞いたんですが今考えれば何を言っているんだ、という感じです。そして同じ道を歩いている人がたくさんいました。
5時ごろには着いて、バイトでした。普通に。エレベーターが止まっていたり人がやたらに少なかったり色々ありましたが。
社員さんから「泊まっていいよむしろ泊まっていってよ」って言われたときには本当にほっとしました。駄目だったら区役所とかに頼らなければいけないところだった。
カーペットじきの部屋にダンボール敷いて眠らせてもらいました。眠ったと思ったら目が覚める、長い夜でした。

とりあえず私の当日の話。節電。でも吐き出しぐちにさせてください。
何よりも、今も大変な被災地の方々の救出を願っています。


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