浪奴社員の呟く
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2005年10月30日(日) ウマはものの見事に

外したんやけど、今日はエェ1日やったわ。N村姉妹センセーにもイロイロと無理言ってどうやねん?やったんやけど、高2H妹?のダンスも凄かったし、卒業生のK合にも会えたし、ゴキゲンの1日やったな。

ワシの中で、「ダンス?ハァ?チャラいのぉ〜。」ってなイメージがあったんやけど、何か、やってるコトは同じやねんな、って思ってな、見方変わったわ。それぞれが自分を出しにいってるし、あの場所に立ったら自分が1番やし、きっと同じなんやわ、ワシらのやってたコトと。そない思った。

高2H妹?はホンマにエェ顔してたわ。ワシはあの子のことを見てきて長いんやろうけど、あの子のああいう顔を見たんは初めてやったな。頑張ってるんやな、て思ったし、ちゃんと生きてるんやな、て思った。そう感じられることが幸せなんかもな。

9年ぶりのベイサイドも変わってなかったわ。行くまでは自信なかったんやけどな、ワシに対して。何で音楽やめたんやろ、ってな。やけど、あの子のん見てて思ったんやけど、ワシはやっぱりやめてよかったんやわ。あの子らと同じ顔してステージに立つことはもう出来んかったやろうし、その子らを見ていられることのほうが、ワシのスタンスに合っているんやわ。

どっかでな、道を譲り渡すべきなんよな。それはきっとその瞬間に判ることで、そう感じたらサッと身を引くべきなんやろうな。それがワシらしいやり方やし、そうしたい。そのお陰で、こうして『センセー』って呼ばれることの幸せを体感してるんやしな。そうやな、『センセー』って、エェモンやな。

帰りにあまりに機嫌が良かったんで、N村姉妹センセー引き連れて焼き鳥食べに行ってしまったわ。ワシだけ酒呑んどんねん。。。ちょっと退かれたかな、とか思いつつ、まぁエェわ〜、とか開き直ってしまった。。。その上手羽先とかフツーにしゃぶりついてしまってたしな。。。ん〜〜ワシ、オッサンやな。。。

彼女達もやっぱりワシの宝やな、て思った。ワシみたいなんに合わせてくれるだけでも有りがたい話なんやけど、その上ワシのワケ判らん話に付き合ってくれてな。ホンマにありがたいし、嬉しいことやわ。

きっと、原因とか起因とか、そういうモンはどうとでもなるんやろうな。そういうものに囚われてしまうんは、逃げの一手なんやろうな。言葉では結果やなくて過程やねん、て何度も繰り返してきたんやけどな、実際んなら己自信はどうなんや、て振り返ってみたら、コレが結構囚われてるんよな、結果やなくて原因のほうにな。それでも、少なくとも過程として、人に語れんような曖昧さやったり胡散臭さやったり、そういうものは今までも無かったし、これからも無い、と断言したい。やから、な、もう少し前を向いてもエェかな、て思う。ワシこそちゃんと『生きる』ことが求められてるんやろうな。


2005年10月26日(水) 突然ですが

枠順発表前の天皇賞秋の予想です。ェ〜本命だけですが、今日この呟くをご覧の全国38000000人競馬ファンの皆様、おめでとうございます!今年勝つのは…



























アドマイヤグルーヴです!

その根拠として、

�〆2鵑魯┘鵐撻蕁璽坤�ップ100回記念であり、天皇といえば昨今話題沸騰している『女帝問題』。皇室典範改正の動きがいよいよ本格化した今、牝馬以外に勝つわけがないっ!
�▲▲疋泪ぅ筌哀襦璽瑤箸い┐弌�鞍上武豊は当然なんやけど、今回はなんと上村ジョッキーに乗り代わりなんですな、ェ〜『上村』といえば思いつくのは…そう、モーグルの上村愛子でしょー!お分かりですか?上村愛子ですヨ!あ〜い〜こっ!

以上のことから、今回はデータ無視のサイン馬券で勝負!ん〜…3連単でもエェんやろーけど、面倒やさかい、単勝全額投資で!コレで30倍としても…ムッフッフ〜潤むわ〜ゼゼコの香りが〜〜。(←○形ですか?)


2005年10月25日(火) 機嫌よく

いつものK岡ラインに仕事の後走ってきたんやけど、そうやなぁ、なんとなく判りかけてきたような気もする。。。しかし相変わらず高速コーナー遅いな。ィャ判ってるんやけど、どうしてもブレーキングに不安を抱えるあまり、そない激しい突っ込みも出来んのよな。それと、回避不能なスピードまでは出せんな、自分の性格からして。んでもまぁ、それなりに収穫のあるK岡やったんよ。で、そのままH谷まで回ったんやけど、いつものターンする場所でくるっと回してたらそれらしいS15が…。ィャな予感がする…。ワシが走り出したら案の定後ろから激しく追いかけてきています!やけど、いつも走ってる場所やし、自分のスピード確かめるにも丁度エェかな、とか思って頑張ったんやけど…全然やったわ。やっぱな、高速コーナーが遅すぎるんよな。ィャ、そうやなくて、そこまでのスピードやな。コーナー入るまでにイッキに差が縮まってしまうんよ。低速コーナーはそら〜そない差もつかんけど、コレではアカンやろーな。。。そない思ったんで、ストレート区間入る直前に戦意喪失の意志を示して(←左ハザードですよ。)ストレートですぱ〜っと行ってもらったんやけどな。な〜んか…ワシ、やっぱヘボいな。

そんな自己嫌悪とか感じながら、なんか…待ってますよ!?…ィャな奴だ。。。んでもワシもあの下りをどない駆け下りるんか見たいな、とか思ったんで、ソコソコの距離で付いていったんよな。ェ〜と…どうやろ、30キロ近い差があったんちゃうやろか。アッとゆー間に置いていかれたわ。ワシもMAX状態(←テンパってたか?)になってたんやけど、普段よりも10キロは速く走ってたんやけど、それでもこの差ですか。。。違いすぎやな。

ワシな、結構早い段階で気付いてたんやけどな、車のセンス無いわ。警戒心強すぎるし、本質ビビリやし、事故怖いわ。それは去年のセントラルでも今年の舞州でも知れたことやったんやろうけど、なんかアカンな。嫌いやないんやけどな、最近かなり走ることの楽しみも感じてるんやけどな、なんかやっぱ違うんよ。ワシの中で満たされるものの大小に、明瞭な境界を感じてしまうんよ。

基本的に『いい子ちゃん』なんやと思う。そらそうやろ、小学校4年生まで人前で当たり前に泣いてたヤツやで。やから、無意識下の制御装置がかなり早い時点で作動してるんやわ。ィャもしかしたらワシの精神的な年齢の問題かもしれへんで。確かにあの頃、恍惚の瞬間を手にしていたんも事実やし、後先なんかどうでも良かったで。それでも、そういうものを含めて全てにおいて、ワシは『おっさん』やわ。


引きずるモン引きずって生きていったらエェだけやろ、許して欲しくても、手に入れられるのは間違いなく同情しかないんでな。ただそうあって欲しいだけなんやから、止めておけばエェ。回るための歯車が少なく見ても3つは足らん。アカンな、完全に失速してしまった。


2005年10月23日(日) どうやろうな、

やっぱり先のことに対する焦燥と、前のことに対する羨望とのギャップが大きすぎたんかもな。迷うときには生まれつきの記憶に従うことが多いのは、それだけ純正の自分が其処に在る、と考えてのことではあるんやけど、やっぱり手順を誤ったようにしか思えん。それ位に今のワシは描いていたワシから程遠いんやな。

ワシは『センセー』なんかやないよ。やけどそういう姿を求められるからそう振舞うだけであって、そう望まれるからそう抵抗わんだけやで。そんなんは本当のところ、ワシの本性ちゃうわ。

風が急激に冷え込んだりするから、きっと昔のことを思い返してしまったりもするんやろうな。10年前も今も、同じ場所におるのに、その中身が全く異なってたりもするから、赤く明滅する光に誘われて、そのまま出て行ってしまいたくもなるんやろうな。以前ならもっと感じ取っていたことが、どうやろうな、最近めっきり鈍感になってきてるんちゃうかな。どうせ気にしてるんはこの仕事の来年の見通しと、想いを抱く人の心中と、来週勝つウマのことぐらいやろ。ワシもめっきり現実的な視線に縛られてしまうようになったな。

多分そうなんやろう。決定的な違いはそれしかないからな。そんな気持ちで、来週あの場所にもう一度訪れるとして、どうなるんや。己の中にまだ燻るものがあれば、それも一つの選択になるやろうにな。ワシは、もう終わったで。目先のモンにしか感情を示されんようになったで。そういうものが一番嫌いやったのにな、ワシの関心事もワシ自身も、アホくさ。


2005年10月22日(土) 思えば

案外相性のエェ菊花賞。この5年で3回ゲットしてるんやけどな、そんなワシも今年はディープ信頼。問題は相手、ってことやねんけど、どうやろ、一般的な発想やとアドマイヤフジが妥当やと思うんやけど、実際のところ、どうも京都の下りが苦手、とか。。。京都得意、ってことで応援馬でもあるマルカジークも考えたんやけど、陣営の「勝ちに行く!」みたいな発言でやや思いとどまる気分。。。2着狙いでなら、と思ってたんやけどな、狙われると先週のエリモみたいになってしまうでわないか。ん〜…あと興味あるんがヤマトスプリンターかな。それでも穴人気してるんやな。そういうところで、まとめると

◎ディープインパクト
○アドマイヤフジ
▲ローゼンクロイツ
△ヤマトスプリンター
×マルブツライト
×マルカジーク


こんなんでどうやろ。


そういや日本シリーズ開幕したな。やっぱり阪神は初戦落としたか〜。しかし井川、今年はホンマにシビアやな。なんかいよいよ来年はアメリカにわたるとかどうとかで、自分のHPでも「思い入れある縦シマで…」みたいな発言あったらしーしな。ん〜…とりあえず決め球のチェンジアップを出し惜しむのをやめてくれ・・・。ちなみに、今年の日本シリーズ、4対3で阪神とみてます。さて、こっちの予想はどうなるんかな。


2005年10月20日(木) 最近になって

判ってきたことなんやけど、コーナーのクリップ直前までブレーキングしたあとで、ググッと踏み込むと思うよりも内側にラインを描くように回っていけるみたいやねんな。ィャコレわ別に意図的なオーバーステアとかやなくて、そんな高等テクではなく、寧ろ初歩の初歩の、トルク保ったままのコーナーリングでわないか…と。やけどそれがな、ココんとこ楽しいんよな。なんてぇ〜かな〜、吹っ飛んでいきそうなイメージが、後輪のグリップ保たせることで、『FRってのは後ろ足で回るんだぜ』を微かに体感できているようなできていないような、そういう感覚ですな。ま、お陰で低速コーナーが楽しくて仕方ありません。ェ〜ストレートスピードには全くもって興味がありませんが、きっと最初の通過点なんでしょーな。。。


最近になって判ってきたことなんやけど、日常的な接点なんか1つも無いわけやから、それだけ非現実的なものとして捉えられてしまうんかもしれへんな。よく考えたらそうなんやわ。ワシがワシとしての時間を過ごすときなんか、そうでない時間と比べて当たり前に長いはずやのに、それを垣間見せる瞬間なんか、殆ど無いんやからな。それでいて求めてしまう、というのはどこかおかしなことなんやろうな。せめて、ワシの呟きだけでもちゃんと聞こえてくれるなら、いやそれでもまだ足りないのかもしれない。


最近になって判ってきたことなんやけど、もしかしてこのままでは変えることも叶わず、変わるさえも失ってしまうのかもしれない。弱さを認めることも強さ、とはよく言ったもので、その認識さえも持ち越した強さなら、どこまで闘うことが許されるのだろう、それを確かめたくて何とか此処までやってきたつもりなんやけど、もしかしたらもう駄目なんかもな。特別に難しいことを望むではなくて、単に一番近い場所から見ていてくれるだけで構わないのかもしれない。事象の因果が正立なら倒立の起結があってもいいのかもしれない。勝手な論理か…。


最近になって判ってきたことなんやけど、ワシが一番求めているのは「どういう形であれその技能を身につけて此処まで来たんだから、将来的な場所へと繋いでいくべき、との考え方もあるだろうけど、今何のために奏でてる?啼きの歯車はほんのキッカケで手に入るんだから、人の幸せを偽善に祝おうとも、己の打算を冷淡に見詰めようとも、大差ない。忘れてないよ、本当に楽しみに待っているから、来年の春までにちゃんと探しておいて。」剥き出しのままで放置されているわけではないから、掘り下げてみればいい。そうしてくれることは、とても嬉しい。


2005年10月17日(月) 騒々しい

転回に恰も過ちを見せつけるような話だから、夢の中でさえも許しを請うのだろうか、判っていながらその言葉を飲み干してしまったのは紛れも無く己の為であって、それならば誰も何も変わりはしないから、いっそのことなら堕ちてしまえばいいのに、一つの偽りで多くの真実を匿してしまうのは、そこまでして何を求め何を護り何を掬う為なのか。

胸が痛むのではなく、虚ろなだけだから、どうすればいい、どうしたい、何も掴んではいない。本能的な危機感に背信しても、成すべきでなかったのかもしれない。結局、守りたかったものは己自身だった、ということか。


2005年10月16日(日) 気がつけば

カウンターが5桁目に突入しとりますな。ェ〜日頃ご愛顧の皆様(←いると信じてますよ。。。)に心より感謝を申し上げます。

で、気がつけば今日の中国GPで今シーズンのF1も最後やってんけど、まぁ〜〜今シーズンの流れを象徴するようなレースやったな。優勝のアロンソ、2位のライコネン、3位のラルフ、今季の流れそのままやったんちゃうかな。それに比べて今季今ひとつやったんがミハエル・モントーヤ・そして文句なく佐藤。。。なんかシューマッハの有得んシーンを今日の1日だけで2度も見たりするし、相変わらずモントーヤは肝心なところでリタイヤするし、気持ち空回りを通り越してきてしまった佐藤の力の無さ。。。やっぱな、クリエンとかウェーバーとかマッサとかと見比べて、相当厳しいと思ったで。マシン差もあんまし無いやろーに。。。これではらいシーズンのシート、かなり怪しい雲行きやと思うぞ、ィャHONDAが後押ししてるとしても…。

で、気がつけば中学部の中間試験が間近に迫っております。さぁ、どーかな、最近ワシ自身のモチベーションも微妙なんも事実なんやけど、何てぇ〜かな、ダークな話の展開で言葉に幅を持たせるんがワシのやり方なんやけど、今年の連中は…真っ直ぐすぎて、な。やさかい簡単に「ィャセンセーはホンマはエェ人やと信じてるよ」も安易に口にしてしまうんやで。その割りに目上の人に対する接し方が全然わかってなかったりもしてな。要するに、言葉を掘り下げてしまえば『安牌』をまず切っていく主義が浸透してるんやろうな。

言葉の持つ力の不思議さやねんけど、むしろ否定的な意見を言えるほうが説得性を強く持つし、信頼性を厚くさせていくんよな。やけど、そういう言葉遣いを知らんのかな、去年あたりまでやと、そう感じなかったんやけど、それは勿論今年度から中学部に所謂生え抜きがおらんのも、一端やとは思ってる。やけど、ん〜…それだけなんかな。言葉の使い方を知らなさ過ぎる、云ってみれば、『コドモ』やな。

今の状態で鍛え上げることが、出来るんか?って思ってしまう。そらアイツに「相変わらず真正面から子供たちにぶつかってることやろう」なんて言われてしまうわけや。無駄に執拗で、故意に盲目な印象を受けてしまうんやけどな、そのせいもあって色々工夫もしとるで。ツッコミ処も意識的に用意したりな。やけど、その言葉から伺えるんが、どうしても直線型でな。それを打ち返したとしても、真っ直ぐにしか返らんよ。といって、複雑な凹凸で迎え入れたら、受け取ることさえも出来ないし、それを追いかけることもせず早々に諦めている、いや諦めならまだしも、視界から消えていく言葉を、無用のものと決め込んで追いかけようともしていない。どないして追いかけさせたらエェんやろうな。。。

愉しいことと楽しまされていることの違いであり、創り上げることと造られていることの違いであり、片付けることと型漬けられていることの違いなんやけどな、きっと気付いてないな。結局今の時間帯において、『活きる』ことと『居きる』ことと、『生きる』ことと『暮らす』こと、そんな相異に目を向けなくても正しい明日がやってくることは、疑う余地さえも与えてくれないんかもな。ヒトの生命力は予想を遥かに上回る速度で下落していってるんやな。


で、気がつけばまた1週間があっという間に過ぎてしまったんやけどな、今月末には高2H妹?のダンスの発表会があるんよな。それがまぁ、ワシが10年前にお世話んなってたライヴハウスでやるんやからビックリ〜!てなワケで、ワシは見に行くことにしてたんやけどな、金曜日に高3T治を介してチケット到着。さ、て。どうしたモンなんやろ。。。こないだそういう話をしてたしな…なんか渡しづらくなってしまったな。。。なんやろ、気ぃ遣い過ぎか?!ィャあっちのほうがワシに対して遣い過ぎな気がする。。。ゥ〜む…なんかよぉ判らんくなってきたぞ。

ヘンに意識さしてしまったんやろうな。妙に押さえつけてるみたいやった。それは子供達の直感でも当たってると思う。ワシは彼女がいると愉しいし嬉しいんやけど、彼女のほうは息苦しいと感じてる、そんな気がしてしまった。やっぱり無理なんやろうか、ィャ無理なんやなくて、無茶なんかもしれんな。ワシがもう少し器用であれば、前さばきと瞬発力で生きながらえる力があれば、そんな嫌な思いさせることも無いのにな。ワシは全くダメや。あぁ、そうか、そうでなければ此処まで一人で来ることもなかったんやろうな。それでも、今は彼女と一緒にいたい、そう思ってるだけでは駄目なんかな。こういう処でのワシに足らんモノって、一体何なんやろうな。それ以外の場所なら客体の分析も主体の総合も意の儘やのにな、判らん。多分このままやと、やっぱり投げ出してしまうんやろうな、己の向き不向きに擦り付けて。

それでも、この先流れていくだけの有様には、とても納得出来ないと思ってる。少しでもキョリが近付いてくれること、近くに踏み込めること、視線の先に映るもの、振り返ると温かく迎えてくれるもの、そういうものに触れられるくらいの距離感にいて欲しいと感じている。…感じているだけ、か。ワシやっぱりビビリやな。


2005年10月13日(木) 忘れた頃に

届く連れからのメールは、結構有り難いんよな。このところ失速しかかってたんでな、そういう部分での後押しとしては、最適やったかもしれん。向こうが描くワシの姿は、ワシのあるべき姿として反映されているから、今のワシがそうでないとすれば、掲げた場所から離れていってることを叙述してるんでな。いや助かったと思ってる。

受け容れがたいものを感じてるんやな、だから否定するために必死になって、本心を上手く覆い隠してみせるのは、何かを取り戻すためではなく、深層における純朴の至らぬ証左でしかない。いや恐らくは誰だってそうなのだろう、彼一人を除いて。己の醜さをその有態のまま容赦してしまえるほど、寛大な奴がいるわけがなく、背後に控える純然に濃淡を預けて、人々を欺きながら日々を過ごしていればいい。信頼を得ることは、許しを得るまでの表層の厚顔でしかなく、使途の分別が無かったあの頃に知るなら、見逃すはずが無い。

ワシを中学くらいから知る人に最近会ったんやけど、「鋭くなった」「怖くなった」そない言われたんよな。元々そういう感じやったように思うんやけど、そない言われると悩ましいな。やっぱり触れさせないための芝居かもしれん。そう考えると、二者択一の脅迫は案外近いのかもしれん。

結局は何のために、何故に、どのように、此処に居るのか、だけなんやな。奇麗事に欺飾された生活に微塵も惹かれることはないが、醒めた本能の遥か枢に凍る炎が青白く揺れていることに、悟られるわけにもいかない。


「ワシの全ての97%は計算されてるんよ。」

話半分、真実半分。巷を賑わす誰とやらに、同じ臭いを感じてしまう。物事の帰結を知りながら、因果の浮沈を眺めながら、そうしながらも何一つ変わらないのは、類似の嫌悪に相違ない。

眼前に聳える障壁は数えて幾年を過ぎても、色褪せず腐蝕せず恐らくは半永久にその姿を曝し続けても、何一つ衰えを見せぬままに己の中で生き続ける。寧ろ語り始めることは容易く、それでは負するに値しないから、行き交う言語に力を込めても及ばない。

あの音から感じたものは、冷徹な客体からの視線だから、「この啼きは不器用な生物の至らぬ痛みで、か弱い旋律からの転落は見透かされた己の打算で、それを知り尽くす乍らも至言に依らぬ逃亡を繰り替えす、そんな自分が嫌い」いや、そう聞こえたのは己の中で、だけかもしれない。無様やな。


2005年10月12日(水) こないだ

目にした風景を取り込みたくて、それに近い画像探してたんやけど、まぁ、どうやろ、少しは似てるかな、ってのを入手したんで、それを壁紙にしてみた。ん〜…どうやろ、こないだのほうがもっと凄かったようにも思うわ。なんせ空気が綺麗やったんでな、透き通ってたように思うんよな、全景が。やけどまぁ、ないよりマシってことで、コレにした。ついでにイロイロ調べて判ったんやけど、『夕陽の綺麗なスポット』とかにフツーに掲載されていたりしてな、な〜んかかなりエェ加減に出かけたわりには、ちゃんと目指すものを手にしてたんやな、とか思ってしまったわ。。。

ちなみに、それまでの壁紙は去年のF1日本GPの画像を自分で切り貼りしたモンやってんけどな、今年の琢磨のレースがあんまりやったんでな、変えた。。。かなり苛烈な批判がされてるな〜、って思うわ。HONDAは佐藤の放出当然だー!とかな。やけど、なんか空回りとかそういう次元やないな、って思ったんでな。ワシもちょっとガッカリやったしな。まぁ、どうにか中国GPには出場できるみたいやし、最後にシッカリやってくれるとエェねんけどな。


なんか、やっぱりヘンにやりにくくさしてしまったかもな。そんなつもりやなかったんやけどな、アカンな、ワシわ。ガラにもないこと、考えたりするからそないなるんやろうけどな。判ってる、そういう風には靡かないこともな。それでも、自らを虐したり舞したりで、どうにか続けてきたんやけどな、何やろな、この虚ろな眼差しは。。。


2005年10月11日(火) 前後の

境界を見失っての構築で、時間が与えた安堵に委ねた言葉には、失墜の予感さえ日増しに強く増幅されていくのは、至極当然の報いに違いなく、流往な懸念も復た忘捻に遮られるもない間々に、刻々忍寄る寒影を感じずにはいられない。

若し己の過ちを己が認め許し請う願い有らば、其れさえもが誤ちであって、そんなことは測り尽くしてきたのなら、何故是期に及んで湧き立つ戯念に苛まれていくのだろうか、曖昧な加減の利かない性分には待つも進むも退くさえも、即ち変化の予兆に鈍重成るは、行く末の定まらぬ奇脚に明日明後日を任せてみても、何を得るも無く帰る道標をも失う、勇ましさとは遠く懸離れた愚尊の秤からの転落に他ならない。

夢は、語られる頃合の夢ならば、儚い侭の夢であっても構わない。目指しているのは、そういうものではない。少なからず、今のワシは道を過ったのかもしれない。まだ還れない、痛みを忘れたオトナ達の張裂ける声が、鳴り響かないのなら、此処まで木魂すればいい。最中に滑落るなら、それは向き不向きの成合でしかない。愛憎とは、そういうものだ。


2005年10月10日(月) それでも

時には強く言い放たなければならないときもある。それがワシの持つ特性であると信じてのことならば、此処に慣れてしまうわけにもいかないので、放つだけの反動は受け止める心積もりはいつもある。だから、同じだけ痛いんよ。

別にな、怒ってるわけやないんよ。やけど、そんなんでエェんか?そない感じてしまうんよ。やから、「そんな自分の姿がどれだけ情けないものなのか、考えたことあるか?」言葉にしてしまうと、それと同じだけの撥ね返しをワシも受けてしまうからな、それを感付かせてしまうことも出来んからな、どこかを切り捨ててまた荒んでいくのをただ見ているだけになってしまってな。


もしかしたら、ワシはめっきり弱くなってしまったかもしれん。以前はそういうものを、当たり前に引き込んでいたから、どうとも思わんかったのにな、今は耐え難いものを感じてる。それこそ「そんなんでエェんか?」

背反の事象なんは判り切っている。それでも、何でこない引き込まれていくんやろうな。駆け引きも足し引きも知らない人やから、安心してられるんか?探り合うようなやり方に、疲れたんか?

きっと気付いていないんやろうけど、ワシが甘えることを許してくれているんやろうな。やから、ワシの向かう方向に本能的に向いて欲しいし、一つ一つは理屈ではなく直感的に受け止めて欲しい。

あの日だけは望んだものが得られたから、というわけでもないんやけど、少なくとも今のワシに彼女の存在は必要やということは判る。もしかしたら、背反と固定しているのも、既成の声質に惑わされてのものなのかもしれん。いや、そうであってくれるなら、ワシが此処にいる理由まで、迷うことなく話しても構わないと思っている。

きっと有得ない選択肢やから、そうなっていたんやろうな。別に鈍感とかそういうことやないと思うよ。そんな想いをワシが抱いてのこととは、寧ろ考えないのが根底やろうし、ワシもそうやと思ってたからな。つまり、消えていた選択肢を掘り起こしてくれれば、きっと話の筋道が通ってくると思う。それを受けるも拒むも、自分で決めてくれればいい。


それでも、いつものように決められない、となれば、細かいことはもう面倒やから、連れていくだけやけどな。。。


2005年10月09日(日) 海は

広いな大きいな、の常神第2弾!ェ〜昨日は無事天候にも恵まれ、道中で道を間違えたものの、何とか若宮の海水浴場にも到着し、しかも膝までジーパンまくりあげて…太股まで濡れましたが、脚をつけたりして勢い良く童心にかえったり、夕暮れギリギリに岬の展望台に間に合って、沈みゆく夕陽を眺めたりも出来、野生のサルともすれ違い、ん〜エェ休日を過ごせたな、と思います。しかしこないだは平日の昼過ぎやったからみたいで、昨日は展望台、仰山人おったわ。しかもみんなカメラ持っててな。やっぱり狙いはみんな同じか〜、て思ったわ。ちなみに車なんかも大阪・滋賀・なにわナンバーとかもおってな。ふーん、結構みんな遠くから来るんやねぇ。

帰ってきてからF1日本GP見たんやけど、ェ〜…琢磨、あんなんしてたら来季のシート、無くなるわ。スタート直後の1コーナーで外に飛び出すし、最終シケインでトゥルーリと絡んで相手をリタイヤさせるし、結局それが響いて成績抹消やし。。。今年は歯車の悪い一年でしたね、では終わらせられんモンを感じてしまった。。。F1ドライバーとしての、質が、な。どうなんかな、って思った。

そしてウマ。若宮で遊んでて完全に忘れてたんやけど、それもビデオで見た。京都大章典はそらリンカーンで問題なし!と思ってたんやけど、まさかコイントスに粘られてしまうとわな。。。こないだのオールカマーで消し!って思ってたんでな。ん〜やっぱ藤沢グループの詰めたローテは要注意、ってコトやねんな。


やっぱりそういう話をする時期ではなかったんやろうけど、それにしても我ながら情けないくらいに言葉が出てこなかった。きっと何を言っているのか、全然伝わらなかったやろうな。それでも、総括された一般的な言葉で言い表せるものでもなく、そうするためには、まだ自ら抱える問題を解決しなければならず、今云えることなんてそれ程のものでないにしても、何とも思っていない人ではないから、そう感じていることに気付いてほしいから、尚早と焦燥で探り当てた言葉は、「同じ空間で同じ時間に同じ角度を向いていて欲しいと思うから誘ったのであって、それは己を理解して貰うことは不可能であっても、己のしていることを理解して欲しいから、に由ることを判っていて欲しい。」あの場所であの瞬間にあの方角に見えた光景を、忘れないでください。


2005年10月04日(火) 新規参入の

ウワサがあるF1やねんけど、どうやらソコのドライバーに佐藤が収まるよーなウワサやな。良かったや〜ん。やっぱな、佐藤はF1におってのドライバーやと思うんよな。A1ってな話もあったんやけど、ソコは福田に任せて、来季もシッカリ走ってもらいましょ。まぁ、新チームやと結果は難しくなるやろーけど。。。ちなみに、やっぱエンジンサプライヤーはHONDAとのコト。そういや、琢磨のファンサイトでHONDAのこと、ボロんちょに貶されてたんやけどな。ん〜…そういう言葉はもうちょっと待ってから、のほうがオトナやと思うよ。

そういや昨日のドラフト、ありゃ〜ひどいわ!辻内はエェわ、意中の球団が正真正銘の交渉権獲得やったしな。やけど、陽が。。。彼の兄も野球やっててな、社会人からどうやらソフトバンクに指名受けるらしーんよな。やさかい、兄弟で九州の球団でプレーできる、ってんで嬉し涙やったみたいやねんな。ところが、あのトラブルで九州どころか北海道ですか!?ぉぃ、最南から最北かよ!そりゃないやろ。。。やけど、一番ハラたったんが、コミッショナーの一言。

「ボクには確認の責任は無かったけど、弁解の余地も無いよ。球児たちには悪いことをしたね。しかしボクはついてないよね。」

コラコラ、ついてねーのは巻き込まれた高校生だろーが!テメーがついてないのは話が別だ!ってかな、なんでこないなオトナが世間の代表になっていくんやろね。。。もう少し考えて言葉発したほうがエェと思うんよ、公衆での人々は。まぁ、やっとることはHONDA貶しも同じか、アカン奴ばっかしのオトナの世界やな。。。


2005年10月03日(月) ただ漫然と

締まりの悪い大口を空けて待っていただけでもないのに、結局懸案の2つのどちらもが、そうなってしまうのなら、望まなければ叶うとでも教えているつもりか?人の向き不向きなら、既に承知してはいるものの、其故に敢えて望みを抱くも、過ちか?幾度と無く使い古された言葉の、又してもの感は窮まらない。

流れを読みながら過ぎていくことなどが、寧ろ得手だったと思っている。だから、今でもよく見える。見えている、この先の続く『果て』に存るものの、明瞭な輪郭さえも。それは、矢張想いを映し出す陰影ではなく、何処からともなく敷き詰められた半直線上に乗り出し乍ら、魅惑の微塵も感じられぬ虚飾の彫董と呼ぶに相応しい。


有名私立から一流大学を経て、医者なと弁護士なと官僚なと銀行員なと学者なと、ナリタイモノになれるのが、当たり前か。行くべき場所でもなければ活きたい場所でもなく、この先の見え隠れるに苛立ちを覚えたのは、当たり前か?それらを放棄することで獲した『自由』は幻物か?ならば積み上げてみせた全ては、今までのことは何なんだ?

諦めだとか、楽観だとか、想定などとは、全く違うものが見せてくるのは、持ちえた理性などから遠く憚られ、己の力の余程及ばぬ所業に違いない、と決め付けてしまいたい。思えばあの頃からそうだった。

「オマエに仕える心算は毛頭無いから、利用している賢い奴らと同じにするな!」


2005年10月01日(土) ワシなんかは

相当なヘボやさかいな、理屈で話せても実践に結びついた試しもないんでな。己のことがダメでも、この子らはちゃんと上手いこといってくれるとエェんやけどな、とも思うんよ。まぁ、気長にいきますわ。どの道ココまでもそうやったんでな、これから何が変わらんかったとしても、大差ない生活になるだけなんでな。そういうモンかもしれへんわな。

やけど、来週の日曜日はどうしても『晴れ』が欲しい。


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