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2005年10月29日(土) ■
気に入っているもの��

自転車、である。高校生の頃はずっと自転車通学だったため、なじみのある乗りものと言える。しかし、与えられたもの、常識に流されて何も考えずに買ったものなので、そんなに愛着もなく、道具以上のものではなかった。ただ、毎日の遅刻との戦いの中で工夫しつつ太腿筋を鍛えていた。空気はパンパン目に入れる。サドルは高めにする。この二つだけで速力は見違えると思う。−−−そんな高校生活も過ぎ、ママチャリもいつの間にか乗り捨てて錆びた。運動不足を感じた社会人の俺、いい運動に自転車、と考えた。注意して街の自転車や自転車雑誌を見ていると、かっこいい自転車って、むちゃくちゃかっこいい。マウンテンバイクのブームがあり、折りたたみ・小径自転車のブームがあり、ブームにのるのが嫌な俺はカタログやネットを漁ってみた。レーサーが使ってるようなドロップハンドルは気合入りすぎててちょっとヤダ。でもMTBのぶっといタイヤがアスファルトで奏でるボーっという音も耳ざわり。で、タイヤ細い、フラットバーのクロスバイクというタイプにしてみた。ネットでいろいろ調べて「SPECIALIZED(スペシャライズド)」ってメーカーの「CROSSRIDER A1 CE SPORT」にした。前輪だけサスペンションがついてて、街の段差も気にしないで走れるタイプ。もう、乗ってるだけで楽しい。スタンドも泥よけも付いてない。不要なパーツは車体を重くし加速を遅くしてしまうから。雨の日は、乗らない。5万4千円くらいだったか、まだまだ初心者用だ。10万円台になるとかっこいいのいっぱいあるんだけど。しかし乗ってみるとこいつあまだまだタイヤが太い。路面からの振動は吸収してくれるけど漕ぐ抵抗が大きくなる。あのドロップハンドルも、前傾姿勢で風の抵抗を減らすのに都合がいいようにできているんだ。次は、本格的なロードバイクを狙ってみたい。とにかく、自転車はかっこよろしい。外国のチャリってデザインも洒落てるよなあ思う。



2005年10月22日(土) ■
気に入っているもの��

最近気に入っているもののひとつに、TV番組の『僕らの音楽2』がある。オフィシャルサイト(いきなり音楽が鳴るので注意)http://www.fujitv.co.jp/ourmusic/index2.html

『ゲストが、今一番会いたい人と対談する音楽番組です。』とナレーションの草なぎ剛が話してますが、音楽、カメラ、照明、などがなんともいい雰囲気なんだよね。上質のプログラムだなぁ、と毎週楽しみにしている。録画もしている。良い。



2005年10月03日(月) ■
soul,spirit.

私自身は死後の世界などない、ただ、生者死者に関わらず「念」を残す機構はこの世にあるのではないかと思っている。「呪怨」なんかは派手に飾り付けたフィクションであると思うが、もっとナチュラルな不吉な場ってのはある気がする。最近、江原啓之や美輪明宏をはじめとして「スピリチュアル」な本が売れている。「ソウルメイト」を題に冠したものも多く出回っている。果たして魂とはあるのか。生まれ変わりはあるのか。彼女(同じ書店員)と話していて「生きがいの創造」というタイトルが出たので検索してみると、そのweb版みたいなページがあった。私はその本を読んだことがなかったが、この書き方はちょっとおもしろかった。福島大学経済学部助教授の飯田史彦という人が書いた本で、確かにけっこう売れてた記憶がある。ビジネス書定番の中にも入ってたはずだ。(説明しよう。「定番」とは取次会社のシステムで、一冊売れたら一冊発注がかかり自動的に補充される基本在庫商品群のことである。)一部を引用する。

--------------------(長い引用)------------------------

 なお、本稿では、いわゆる霊能者や宗教家、民間のセラピスト(治療家)やジャーナリスト(報道関係者や評論家)、あるいは文化人や芸能人が書いた文献は、一切取り上げない。それらの著作の中にも、読み物として優れたものがあることは否定しないが、あくまでも学術的かつ客観的な立場を守るために、名の通った大学の教官、博士号を持つ研究者や臨床医の研究のみから引用し、一般人の体験者自らが本名で記した具体的記録を若干加えながら構成する。しかも、決してそれらの研究を盲信するわけではなく、信頼度が低いと判断される文献や、実証的でなく主義主張の水準にとどまっている文献は、たとえ興味深い内容であっても容赦なく排除した。

 また、私は家族も含めていかなる宗教にも帰依しておらず、正月には神社に詣で、盆には寺に参り、クリスマスにはツリーを飾る、典型的な「雑宗教」の日本人として生活している。ある時に個人的な超常体験に遭遇して以来、いわゆる「魂」の存在は具体的な実感として認識しており、本稿も「魂」たちの強い勧めに勇気づけられて記すものであるが、私自身や本稿の内容は、いかなる宗教団体とも全く関係がないことを重ねて強調しておきたい。


第1節「死後の生命」と「生まれ変わり」に関する実証的研究の系譜

 人間の死後存続に関する科学的研究は、大きく2通りに分けることができる。第一に、「物理的肉体を失った後にも、意識(いわゆる魂)として存在し続けること」を研究する場合。そして第二に、「物理的肉体を失った後にも意識(魂)として存在し、再び肉体を持って生まれ変わってくること」を研究する場合である。前者は「死後の生命」に関する研究であり、後者は「生まれ変わり」、あるいは仏教的観念を借りて「輪廻転生」と呼ばれるものに関する研究である。厳密には、研究者によって観点や姿勢が異なっているが、本稿の目的はそれらの相違を整理することではない。むしろ、「観点や姿勢が異なるにも関わらず、数多くの研究者達から同様の研究成果が報告されている」という興味深い事実に着目するため、混乱を避けて、上記2分類の紹介にとどめておきたい。

 これらの研究は、19世紀以前にも、いわゆる幽霊や死者との通信などの研究として行われており、中には説得力を持つものも見受けられるが、往々にして、宗教的動機や通俗的興味と結びつきがちであった。私が見るところ、宗教的動機や通俗的興味を持たない純粋な学術研究であり、しかも客観的データの蓄積と分析という科学的方法論を伴う研究は、臨床医学の領域から始められたと言ってよい。それが数多くの研究者へと拡がり、真に実証性を高めてきたのは過去10年から20年くらいの間であるが、その端緒は、前世紀の終わりにまでさかのぼる。

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書き味がよいよね。文体がすばらしく、理系の文章ですが私には良質の「読み物」に思えます。このスタンスでかかれると、たとえフィクションでさえレポートに思えてくるから不思議。このレポートがフィクションであるとはいってませんが。そういえば幻冬舎文庫ででている「廃用身」という小説も、ノンフィクションの形を借りたエンタテインメントとして、途中まで気付かずにだまされていたという人もいたくらいのものでした。その作品、随所にグロテスクな趣味もうかがえますが私は引き込まれて読みました。「ラストが見え見え」というレビューもあったけど、ミステリー・推理ものを普段まったく読まない私にとっては十分衝撃的でかつ重い余韻が残った作品でした。

魂及び生まれ変わりの有無に関しては、まだまだ資料を読む段階で判断は保留の状態です。勉強勉強。



2005年10月02日(日) ■
羽生善治

羽生善治の「決断力」を買う。今とても売れている本だ。「とても」ってどのくらいだ、数量で示せ、と上司に言われるので言うと、先週の紀伊国屋新書ランキングで第4位、うちのグループ店では過去一週の売上げ合計が15冊(そんなでもなかったな・・・)という具合に売れている。
「決断力」というおっさん好みのタイトルが販売数を伸ばしているのかもしれないが、タイトルや見出しは編集が勝手に付けたっぽい。おれ自身「決断力」がどうのと言われて買ったわけではないが、読みかじったら単純に、羽生かっけー、と思ってしまった。(今、バカっぽい書き方してる気がする。)天才羽生の人間的な焦りや不安が垣間見られると、そういうもんかと思わず読ませられてしまった。文章も普通で読みやすい。俺みたいな素人文章にも誰か編集が芝刈りしてくれないもんか。しかし「将棋にかぎらず、考える力というのはそういうものだろう。何事であれ、一直線に進むものではない。私は、将棋を通して、そういう人間の本質に迫ることができればいいな、と思っている」「完成は、どの部分がプラスに働くというのではなく、読書をしたり、音楽を聴いたり、将棋界以外の人と会ったり・・・という様々な刺激によって総合的に研ぎ澄まされていくものだと思っている」というような言葉を読むと、一つのものを追求することで人間が練られているんだなと思わされる。職人の世界でもこういうことがありそうだ。羽生なんて中学生でプロ棋士になってろくに一般社会には触れていないはずだ。そういう世界にいるからこそ、積極的に人間的な成長を意識しないといけないってことなんだろうか。