日々のあわ
あかり 

■■■
■■
■ 円覚寺の桜と50年前の想い。

先月亡くなった祖父の納骨に行ってきました。
鎌倉の円覚寺です。

小春日和。
昨日からの暖かさで咲き出した桜の花、鳥の声、木と木の間を飛び回るリス。
古寺の風景と相まって「春爛漫」を体中で味わった一日でした。

この日に、父の兄(叔父)の50回忌もやりました。
父の兄は23歳で青函連絡船・洞爺丸の沈没事故(タイタニック号に続く世界第二の海難事故)でなくなりました。
盲学校の先生だったそうです。

今になって知ったのですが、亡くなった祖父が息子を事故で亡くしたときに本を自費出版していたのでした。
その本に初めて目を通した私はしばらく動けないくらいの衝撃というか、感動がありました。

事故の知らせをうけ、息子の身柄確認のために彼の婚約者と祖父母が北海道の海岸で何体もの亡骸を確認した時の様子を克明に綴ってある祖父の日記。

息子に宛てた祖母の手紙。最後に息子と交わした会話をこと細かに覚書された祖母のメモ。

そして、彼をとりまく何人もの友人や恩師や同僚、盲学校の生徒からの熱い言葉。
それらのもので構成された一冊の本。

重くて濃くて、でも温かくて優しい感じがするその本を、祖父がどんな思いで製本したか。

当時の婚約者だった女性が、祖父の死を知って一通の手紙を私の父宛てに送ってくれました。
私の父は彼女からしてみれば婚約者の弟ということになります。
手紙には、婚約者の身柄を確認したときに祖父の胸にすがって泣いたこと、「あなたはきっと幸せになってくださいね。」と
祖母に言われたこと、そんな思い出が書いてあったそうです。
そして、50年経った今でも一人でいて、変わらず叔父のことを思っていると。

半世紀経ってもうこの世には居ない人々の過去の想いと、今なお生き続ける人達の想いが、私の中に染み込んでくる。

灰になった祖父が、妻と息子の元へ納められてゆく様子を、桜の花の下で見届けて来ました。


2004年03月28日(日)

■■■
■■
■ 後ろから抱きしめて。

と、突然ですが、私はうしろから抱きしめられると弱いです。
力がしゅるしゅるーっと抜けてしまいます。

夫然り、子供然り、女友達然り。

そういえば、昔から、「カツオ」にしても「のび太」にしても、
「ねぇ、おかぁさ〜ん」と甘えつつ物をねだるシーンではよく背後から抱きついていませんか?
きっとさ、あれ、おかあさんの力が抜けて心が緩むんだよ。それを本能でわかっていて背後から甘えるんだわ。人って。

長男も次男も後ろから抱きついてきて、だまーってじっとしているときがあって、私はその瞬間もとても好き。
お互いが暗黙の了解で安心する感じ。

朝、誰よりも早く起きなくてはいけない私。
布団の中でもぞもぞと虫のように丸くなりながら、なんとか身体をおこして目覚ましを止める。
そこで布団からでてしまえばいいの。それならいいのに・・・・・

隣で寝ている人に、
まるで抱き枕を抱えるように背後から抱えられ身動きがとれなくなる。
(色っぽい話ではございません)

おまけに背中ですぅすぅと寝息をたてられたひには・・・・・








二度寝しちゃうでしょッ。

もう、今週2回目の二度寝でした。
もう、やめてほしい。二度寝へのいざない・・・・・


ってことで、なんでうしろからだと安心するのかなぁ。力が抜けるのかなぁ。不思議だなぁ。

あ、そうそう。人生で一番初めに「後ろからだきしめて」のシーンで感動したのは、やっぱり【キャンディ・キャンディ】だったな。
と、今思い出した(笑)
別れなくちゃいけないキャンディとテリィ。彼が後ろから彼女を抱きしめる。そして彼は背中で静かに泣いている。
陶酔しました。
なつかしーい。
大人になったらこんなことやあんなことが沢山あるのだと思っていた小学生の椿さんでした。

2004年03月23日(火)

■■■
■■
■ 涙でゆがんであなたが見えない。

卒園式でした。
あいにくの雨だったけど、とても心に残る一日でした。

5年7ヶ月の在園。
当時は仕事をやめるわけにはいかない事情があったので、選択の余地なく保育園へ預けました。
もちろん何度もくじけそうになりました。

卒園式では在園期間が長い子供順に名前が呼ばれ、卒園証書をもらいます。
親は後ろの席で、自分の子供の名前が呼ばれたら立ち上がって見守ります。
「はい!」と大きな声で返事をする長男R。
そこで、先生が長男Rの思い出を短く話してくれるのです。
そして、園長先生の優しい笑みと共に証書が授与されます。

自分の子供のときは意外に冷静でした。
が、クラスメートのときはもう次から次へと涙がでてきて参ってしまった。
「そうそう、あの時のこの子の怪我は大変だったよな」とか
「そういえば○○ちゃんの指しゃぶりは親指じゃなくて中指と人差し指だったなぁ」とか
「小さかったのに大きくなったなぁ」とか
「育児で悩んでたお母さん、先生がこんなに褒めてるじゃないの。よかったね。」とか、
思い出は走馬灯どころではなくメリーゴーランドくらいの速さでぐるぐると駆け巡るのだから涙も止まらないわけです。
他のお母さんも終わった後顔をみたら埴輪のような目になってましたね。

頭の奥がスーンとしたまま、謝恩会会場へ。
私は卒業対策委員なので、常に動いておりました。それこそ余韻に浸る間もなく。
とにかく、全職員がとても喜んでくださいました。あちこちで先生方も泣いています。
兄弟のように育った子供達は大興奮で走り回っていました。

最後は花道をつくって先生方をおくりだしたのですが、
長男Rの手を握って話さない先生がいました。
担任でもなく、なにかで係わったわけでもないようなんですが、長男Rも先生も泣いています。
あとから聞くと、給食の先生だそう。

私が知らない彼の生活があったのだとあらためて思いました。
親が知らないところで子供はたくさんの人の手で育てられている。
胸が熱くなりましたよ。

きっと入所当時はこのことへのこだわりがあったような気がします。こんなに素直にありがたいと思えなかったかもしれない。
何でも自分でやりたいのにやれない葛藤もありました。
『ありがとうございました』をこんなに心から口にできたことも、そう言える人たちに出会えたのも嬉しかったです。

父親達の歌の披露もあり、JGは毎晩夜中に帰宅しながらも練習してました(笑)
それに付き合いながら、この一週間はよく思い出話もしました。お互いを労ったりね。
子供の成長の一区切り。親としても一区切り。

また新たに始まる生活のために、もう涙はたくさん出てしまったので後は希望のみを胸にがんばろー!
・・・といいつつも、まだまだ脱力中でございますよ。
あぁ。春なのにぃ〜。
お弁当作りの日々も目前だ。体操着入れや手提げかばんを縫わなきゃならんじゃないか。
次男Kも進級したし、新しいシーツも縫わなきゃね。

怒涛の育児はまだまだ続く。

それでもいつも思います。

君たちがいるから頑張れる。



2004年03月20日(土)

■■■
■■
■ 666最終日

初日から一ヶ月ちょっと。
なんとか行かれました。嬉しかった。

武道館の桜はつぼみが沢山で重たそうでした。
暗い夜の空につぼみが固くひっそり連なっていたのを見て、
「満開じゃなくてよかったな・・・」と思ったのでありました。

桜が咲くと胸がザワザワします。
もし今夜桜が咲いていたら、きっと泣いてしまったかもしれません。
なんでだろう。
すごく満たされた気持ちになるのに、寂しいような、
また魂もっていかれてしまったような、不思議な気持ちになりました。

『憧れは遥か蜃気楼の彼方
ひび割れた胸が焦がれて痛いよ』【HORIZON】

ほかに何の音も無く、突然歌いだしたときには身体がぞわっとしましたよ。

何故にこんなにその音が好きなんだろう。
何故にこんなに欲しいものをくれる歌声なんだろう。
そして、満たされているのに寂しい気持ちになる繰り返しを繰り返す。

なんて贅沢な心の動き。
それが好きで追い続けるのかもしれません。

素敵な夜でした。楽しかったよ。ありがとう。

「また椿ちゃんあっちの世界に行っちゃってるよ(笑)」と呆れる親友達の顔が目に浮かびます。もうなんとでも言ってくれよ。
今なら何を言われても怒らないわよ。うふふふふ。

muchos besos ×××

2004年03月17日(水)

■■■
■■
■ カエル足の恐怖

子供が寝ている。

水分を含んで1・5倍くらい膨張した感じのほっぺた。
すぅすぅすぅという寝息。
体温も少しあがっているだろう。もわんと暖かい空気。
バンザイしたポーズの手。グゥの形に握られた掌。

足はもちろん、子供特有の、菱型のカエル足になっている。

あぁ。子供の寝ている姿ってなんて可愛いの。

うっとり見ていると、背後でJGが一言、

「椿ちゃんもこういう足して寝てることあるよ」と言った。

がーん。

ど、どうなんですか?それ。
だいのおばさん大人がそのポーズで寝ているって。
ちょっとショックだ。
確かに私、股関節はやわらかいです。はっきりいって蛙足は得意です。
が・・・・
そんな寝姿の妻をみたときの夫の心中を思うといたたまれないじゃないですか。
100年の恋も醒めるってものでしょう(え)

そんな心配をよそに、JGは「あはは。そっくりだなぁ。」と次男Kの寝姿を見て笑っている。
横で私の顔は赤くなっていたと思う。恥ずかしくて動揺してしまったよ。
暗くてよかった。

恐い恐い。やっぱり蛙足で寝ている女は恐いです。
いやーん。
気をつけよう。(って、できるのかしら。)


2004年03月11日(木)

■■■
■■
■ 身重です。

といっても妊娠中ではございません。念のため(笑)

【身重その� �

「重っもーいッ!ちょっと何が入ってるの?このバック」

友人が私のバックを持ってくれたときに言いました。

えぇ、重いんです。私のかばん。
常にMDかCDウォークマン(両方入っているときもある)、
MDが4枚くらい、読みかけの本、分厚い手帳、
カードやら会員証等で膨らんだ(決して現金ではなく)財布、
保険証やら子供の健康手帳やら、化粧ポーチとか、
どんぐりやら小石やら(これは次男がこっそり入れるんだけどね:笑)
とにかくいろいろ持ち歩く。

本当はスマートでいたいの。身軽でいたい。

でもね、
自分ひとりの時間(行き帰りの電車の中)に
今まさにやりたいことができないのが嫌なんです。

例えば、
「今日はあの曲が聞きたい!」と思ったときに本しかもっていなかったとか、
「今日は本を読みたい気分!」と思ったときにMDしかもってなかったとか、
そんなことなんですがね・・・。ストレスたまるじゃないですか。

「こんな重いバック持ち歩く方がストレスたまるよ、椿ちゃん。」と大笑いした友人は
やりたい事を家を出るときに決めればいいじゃないと言いました。

でも違うの。電車に乗ったときの気分なのだよ。
さぁ、一人の時間だよ。と切り替わったときに、「今なにがしたい」っていうのがぽわーんと浮かぶのです。

もっと余裕があれば余裕の選択もできそうなものなのに。

あぁ、本当は身軽になりたいの。


【身重その�◆�

例えば皆さん、好きな人とデート中だとしましょう。

「ねぇ、そこのホテルのプールで泳がない?水着も貸してくれるよ?」
と提案され、自分もものすごーく泳ぎたい気分だったりするとしましょう。

さぁ!即「いいよ!泳ごう!」と言えますか?

・・・・・。

ちょっと無駄毛が・・・・とか、
あそこの脂肪が・・・・とか、
一瞬ためらってしまうこと間違いなしの私です。

それが嫌なんです!
その身重さが嫌っ!
不自由じゃないですか。
べつにデート中じゃなくてもいいんだけど(笑)、一人でもなんでも、今まさに泳ぎたいぞ。と思っているのに、
水着もあるのに、泳げないなんて。

まぁ、こんな不自由さは、
自分の手入れ次第ですぐに自由に変わることなんですがね。
それがなかなかできない日常です。

雑誌の見出しのように『常にスキのない身体に!』とか『いつでもオッケーな身体に!』(なにがオッケーなのか。)とか
そんな状態にしておけば得られる自由なのに。
自分次第ってことなのに。

あぁ、身軽になりたい。切実に。

2004年03月10日(水)

■■■
■■
■ 友人の帰国

ハワイに住んでいる友人Aちゃんが一時だけ日本に帰ってきた。
会えるのを本当に楽しみにしていた。

ところがどっこい、・・・前回も書いたように、もう目が回る忙しさでなかなか会えないのだ。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて、彼女がハワイに帰ってしまう前日、仕事場から電話して、やっと直接話ができた。

もう半ば無理やり、「今日の夜、うちに来て!」と言うと、彼女は喜んできてくれた。
JGも休みだったし、子供たちも大喜び。子供達はAちゃんが大好きだ。

急いで帰って、買い物に行った。
話を聞くと、しばらく・・・何年も?もう帰ってこれないかもしれないと言う。

「重要な人には会っておかないと、と思って」などと言うもんだからなんだか寂しくなってしまう。
今夜は一緒にご飯をたべよう。私の作る粗食だけれど。

買い物から帰ると彼女は既に家にきていた。JGと子供達と笑いあっている顔をみて一安心。
あー、元気だね。
よかったよかった。

話を聞けば聞くほど羨ましいッ!自然がいっぱいで健康的な生活。ゆっくりの時間の中で、ちゃんと自分のすべきことを
探しながら生活している。優しいダーリンと。

「美味しい」と言っていつも私のご飯をよく食べてくれる彼女とは、今夜も楽しい食事ができた。
技術じゃないからね。心よ、心。雰囲気が美味しかったね。と、自分で言うのもなんだけど(笑)

彼女が帰るぎりぎりまで皆でトランプをした。(何故トランプかというと、子供達の中でトランプ大ブームなのだ)
「あした帰るのにババ抜きなんかさせて悪いねぇ」と謝りながらも、みんなでゲラゲラ笑っていた。

今夜会えて本当によかった。家族も皆会えてよかった。

Aちゃん、この日記を書いている今はもう既にハワイでの毎日が始まっているだろう。
今度はいつ会えるのかな。楽しみにしているよ!

そうそう。子供達が、
「夜になってからでもお友達と会っていいんだね?」とか、
「夜遊ぶのって変だけどたのしぃー」とかいっていた。
JGも子供たちも、不意の来客に心底喜んでいたよ。

会うことは容易くできないけれど、いつも応援しています。
お互い頑張りましょう。
ではまた。





2004年03月03日(水)

■■■
■■
■ 自己実現なんて言っちゃってたけど。

忙しい。
まったくもって忙しい。

今月長男Rは保育園を卒園する。
今年度のはじめに5年間もお世話になった先生方のため、
子供達のために頑張ろうと、卒園対策委員になった。
文集作りや謝恩会の段取り、記念品や謝辞準備等等、ラストスパートでお母さんお父さん大忙しだ。
子供たちも卒園製作、お別れ会、最後の音楽&体育発表会と毎日めいっぱい活動してくるので、夜は電池が切れたようにぱたんと眠ってしまう。

テレビで「お猿のナナちゃんは7歳です!さぁ、はたしてこのゲームができるでしょうか〜?」というのを見ながら
「ぼくより年上かぁ・・・・」とつぶやいていた長男Rは来月には晴れて小学生になる。

昨夜は保育園を卒園したくないといって泣いていた。
次男Kはお兄ちゃんと一緒に登園できなくなるといって便乗泣きしていた。
毎日毎日成長している。
「今日はとびばこ6段が飛べた!」と目を輝かせて報告する。
この先訪れる環境の変化をちゃんと感じているので、たまに不安定な様子も見せる。

母は自己実現などはしばらくお休みをしてきちんと家族に向かい合おうと決心する。(例えばしばらくはレッスンしないとか)
そう、決心しないとできなかった。
自分では常に向き合っているつもりでも、子供に伝わるかどうかは別だから。
意識して、ふらふら倒れそうになっても支えられるように、どしーんと構えていようと思う。

さて。「忙しい」に戻るけれど、
今朝駅の通路を歩いていたら、
『大変込み合っております。接触事故には十分気をつけましょう』とアナウンスが流れた。
ホームでもないただの通路で接触事故?車の接触じゃなくて人と人の接触だよ?
嫌だなー。嫌だ嫌だ。こんな混雑とスピード。

昨日仕事で参加したシンポジウムで、
「今日送った荷物が明日届く。一日2回も焼きたてのパンがコンビニに届く。こんな生活を『豊かな生活』と言っているけれど、本当にそうなのか?」
と、おっしゃっている方が居た。

スローライフ、スローフード。どちらも今の私の生活では程遠い。
程遠くて泣きたくなる。ホントに泣いちゃうときもある。

だけれど心は求めている。求めることだけはやめないでいよう。

一日ひとつだけでも。いや、全くできない日もあろうとも。
意地でもダシは2番だしでいくぞ!とか、
「わー。これ、美味しい!」と家族の口から言わせてみせよう!とか、
力が弱ったときにエネルギーが湧く一品を!とか。

母の自己実現。十分普段の生活でできるではないか。しかも大切な人たちのためになる。自分のことだけを見つめてやることが自己実現だと思っていたんだね。
バカだな。

おかあさん、頑張る。

2004年03月01日(月)
comments
≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL