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2002年12月30日(月) 年の瀬……。

またまた日記が滞っております。
できれば年内に、まとめ書きしようかとも思っていますが……このままになる可能性も大いにあったりして……。

  ***

ようやく風邪も治り、それなりに元気に過ごしております。
とりあえず、今日の日記を簡単に。

今日は、年賀状のあれやこれやで午前中をまるまる使ってしまいました。
私の出す分は、土曜日に夫が作ってくれて、宛名さえプリントすればいい状態になっていたのですが。今日まで放置してしまいました。
娘は今朝になってようやく年賀状に取りかかり、1枚1枚いろいろな絵を描いて、幼稚園の先生やお友達に合計9枚を書きました。宛名書きは、いちいち私が字(漢字)を教えてやらなくてはならないので、かなり大変でした。でも、今年は頑張って、全部自分で宛名を書いていました。

昼過ぎにようやく郵便局に出しに行って、ホッと一息。

現在、娘は自室の掃除中。といっても、むしろ散らかしてるような状態です。
私は……ちょっと片づけをしているところ。ここ2、3日、少しずつ大掃除らしきことを始めてはいるのですが……。そろそろ、気合いを入れないと、今年中には終わらないですね。

てなわけで、掃除にかかります。
できれば、明日、今年最後の日記を書くつもりです。
(12/30 月 5:42p.m.記)


2002年12月24日(火) 聖夜。

クリスマスイヴ。
結局、一日中断食でした。
そんなのも、聖なるイヴにはふさわしい気がします。
すっかり身体の中がきれいになって、なんだか心まで清らかになったような……。

  ***

午前中は、25日の「こどもクリスマス」で配布する、教会学校のパンフレットの修正作業。
昼からしばらく寝て起きて、3時過ぎからは、娘のためのケーキ作り。
イヴ礼拝の後、みなさんでお茶を飲んでケーキを食べたりするので、アレルギー仕様のケーキが必要だったのです。
5時過ぎ、家族が出発するギリギリになってようやくケーキが完成。
家族はイヴ礼拝に出かけ、体調の回復しない私は、ひとりでお留守番。

イヴ礼拝に出ないのはいつ以来だろう……?
一昨年かそこらに、娘の風邪で欠席したと思うけど、それ以外は子どもの頃から毎年欠かしたことはないのに。
しかも今年は、クリスマス礼拝にも出られなかったから……クリスマスの礼拝に一度も出られなかったのは、10代でクリスチャンになって以来はじめてのことです。

ひとりのクリスマスか……とちょっと落ち込みかけたけど、ふと「ああ、ひとりじゃなかった」と思い直しました。お腹の中で、しきりと動き回ってるチビさんがいたのだった……。
こういうのも、まあいいか。

その昔、客間に受け入れられなかったマリアは、家畜小屋の片隅で、ひっそりと出産したのでありました。
私は、布団の中でお産の本など読みながら、ふとマリアの出産のことを考えていました。
どうやって産んだんだろう。夫ヨセフと2人きりだったのか、誰か手伝ってくれる人はあったのか。誰がどうやってへその緒を切ったんだろう。
聖書に「布にくるんで飼い葉桶に寝かせた」と書いてあるから、赤ちゃんは生まれたままで、産湯もなしで、そのまま布にくるんで寝かせたのかもしれない。

生まれたばかりの幼子イエス。
どんなだったろう。
聖画に描かれているような立派な赤ちゃんじゃなくて、新生児ってもっと小さくてフニャフニャしてるよなぁ、きっと。

現代の華やかなクリスマスとはかけ離れた、ひそやかなクリスマスの始まり。
しみじみ思いめぐらすうちに、イヴの夜は更けていきました。

  ***

日付が変わって25日になってから、少しだけお粥をいただきました。
24時間以上の断食で、お腹はすっかり空っぽになっており(それでもほとんど空腹は感じなかった)、なんとか気持ち悪くならずにいただくことができました。


2002年12月23日(月) 私の風邪。

娘の「お腹の風邪」が、2日遅れで私にまわってきました。

現在、24日(火)の昼なんですが……ゆうべは辛かった。
お腹はくだるし、上からは戻すし……一晩中、布団とトイレの往復で疲れ果てました。つわりでも、今回の妊娠では一度も吐いたことなんてなかったのに……(上の子のときは、一度だけ吐いたけど)。
まだ、気持ち悪いです……。

  ***

月曜の日記を手短に。
溜まった5日分の日記を書き上げて、洗濯物を干した後、ひたすら昼寝。昼御飯も食べず……。
3時頃に起きて、軽く食べましたけど。

その後は、ハープでクリスマス曲を気の向くままに練習。

夕御飯は、湯豆腐。娘の食欲がまだ本調子ではないらしかったので、「多かったら残しなさい」といって、その残り物を私が自分のお腹に片づけてやったのですが……。それでやや食べ過ぎになったのも悪かったのか。

娘が寝るときに、私も一緒に寝たものの、夜中に目が覚めてから猛烈に具合が悪くなり……。
そして冒頭に書いたような状況となりました。

あーあ。今夜のイヴ礼拝も、私は欠席かな。


2002年12月22日(日) 娘の風邪。(+追記)

すみません。日記、滞ってます。
いろいろ忙しかったのと、その忙しさの後遺症で娘も私も風邪をひいたりしてまして。
私の風邪はまあ、今のところ喉の痛み程度でたいしたことないんですが……。

遅れた分を一気に取り戻すには、気力と体力が足りませんので、とりあえず、日曜の分だけ書いておくことにします。水〜土曜日の分は、また改めて、ということで。

  ***

前日(土曜日)から、やや風邪気味で食欲不振だった娘ですが、深夜になって布団で大量に嘔吐してしまいました。
どうやら、お腹にくる風邪らしい……。

朝になっても元気がないので、私と娘は教会を休むことにしました。この日は「クリスマス主日」……クリスマス礼拝と、午後には祝会がある日で、娘は楽しみにしていたのですが、仕方がありません。

私も少し喉が痛く、胃の調子もいまいちだったので、娘に付き合って、午前中は絶食。少し寝て起きて、昼過ぎにおじやを作りました。
私はちゃんと食べたけど、娘はごく少量。
いつもの食いしん坊ぶりからすると、途方もない食欲不振です。

その後、しばらくはわりに元気に遊んでいた娘ですが、夕方になってまたクターっとしてしまい、布団送り。
夕食の終わりがたに目は覚めたものの、おかゆを少しと味噌汁を少し食べただけでいっぱいでした。
少し熱も出てきた様子。

その後、昼寝が長すぎたためか、なかなか寝付かず、布団の中でいっぱい本を読んでやったり(図書館で予約して借りた「ちいさいモモちゃん」の続編、「モモちゃんとプー」を一気に6章ほど)、いっぱいおしゃべりしたりしました。
これは私の喉にはこたえた……。

結局、何とか寝付いたものの、何度も目を覚ましてお茶を飲んだり、汗になったパジャマを着替えたり……。まだ具合が悪そうです。

私は娘と一緒にしばらく寝てから夜中に起き出し、久々にネットにつないで、あちこと巡回してから翻訳仕事にかかりました。

朝6時過ぎに仕事を終え、これを書いてます。
現在、月曜の午前7時過ぎ。
やれやれ、なんだか昼夜逆転してしまった。

昨夜、布団で娘とお喋りしているときには、お腹のチビさんも仲間入りしたくなったのか、しきりに動き回っていましたが……。仕事中は、たまに、かすかにピクピクするくらい。
でも、母親が起きてると、やっぱり胎児も起きちゃうんだろうな。夜更かし型の人間からは、夜更かしの赤ん坊が生まれるそうだし……。もうちょっと、規則的な生活を送りたいのですが。
このところ忙しくて、いつにもまして生活リズムが乱れています。

  ***

てな具合です。
さて、布団に行こうか、どうしようか。眠くはないけどなぁ……。

では、また、書く力ができたら書きます。

  ***

【追記】

現在、月曜の朝10時25分。
結局、水〜土曜日分の日記を、なんとか書き上げました。
われながら、何のためにこんなに必死になって日記を書いてるんだか、よくわかりませんが。
なんとなく、書いておかないとスッキリしないので、とりあえず溜まってた分を、すべて書き終えました。

あ〜、これでやっと休める……。
今、まわってる洗濯機が止まったら干さなくちゃならないけど、ひとまず布団に撤退しようっと。
娘は今朝もややだるいらしく、朝食のお粥を少し食べて、また布団に戻ってます。私もおつきあいしよう……。


2002年12月21日(土) やっぱり風邪。

というわけで、予想通り風邪をひきました。
朝起きてみると、喉の痛みが本格的になっていました。
予想外だったのは、娘まで風邪をひいたこと。朝から何やら、ゴホゴホやっていたかと思ったら、食欲不振で元気がない。喉は、あとになってもう大丈夫、といっていましたが、結局、お腹の風邪と判明しました。

  ***

この日は、私は身体を休めつつ、クリスマスカードづくりをするだけで精一杯でした。
うちはクリスチャンなので、年末年始のご挨拶は、原則としてクリスマスカードですませます。年賀状より〆切が早いので、毎年この時期は大変です。

カードのデザイン自体はできあがっていたので(娘の描いた絵と、家族の近況入り)、そのプリントアウトと住所録のチェック、刷り上がったカードに手書きで一言二言書き添える……という作業で深夜までかかりました。

……とかやっているうちに、娘が夜中に吐くし……。
自分まで気持ち悪くなりながら、汚れた布団や衣類を片づけたりして。

とりあえず、カードがこの日のうちに完成して、ホッと一息でした。


2002年12月20日(金) 持ち寄りパーティなんて大嫌い。

この世からなくなってほしいもの。それは持ち寄りパーティ。
食物アレルギーの人間にとっては、苦痛以外の何ものでもありません。

パーティだ、持ち寄りだ、というイベントのたびに私は徹夜する羽目になり、毎回体調を崩してる気がする……。
今回も、しっかり風邪をひきました。

  ***

幼稚園の2学期最後の日。
恒例の親睦会&持ち寄りパーティ。

前日は、料理の支度と翻訳仕事で、ほとんど眠れませんでした。
もちつき&大掃除から帰宅したのは、すでに日暮れ過ぎ。
夕食前は、親睦会で披露することにした、娘のピアノ&私のハープのセッション練習をしました。娘のピアノは完全な自己流なので、少し指使いをなおしてやったり、弾き方を注意したり……。

夕食後に料理を開始。まずは、娘と一緒にクッキー作り。娘が「ぜったいジンジャークッキーを持っていく!」というので。
娘がおばあちゃんと入浴してくる間に、生地の下ごしらえ。
娘は混ぜるのと、型を抜くのを手伝ってくれましたが、途中で眠さのあまりダウン。
残りは私ひとりで抜いて、オーブンに入れました。

その後、「チキンスティックもどき」「肉団子もどき」「豚カツもどき」と3品作った段階で、夜中の1時半過ぎ。
風呂に入ったら、そのまましばらくウトウトしてしまいました。

すっかりぬるくなった風呂から、やっとの思いで上がってきて、それから気力をふりしぼって翻訳仕事。
朝5時すぎまで訳して、限界が来たため、一時布団に撤退。

のろのろと起きだして、朝食。仕事の残りを片づけて入稿。娘を支度させて、夫の車で先に送り出す。
それから、おかずをもう1品……山芋とネギを入れたお焼きを作る……。
へろへろになりながら、料理を荷造りして、だいぶ遅刻して幼稚園へ。

  ***

1人ずつ、今学期がんばったことの発表があり、それから子どもたちのハンドベル演奏。
「これから、“キラキラぼし”をえんそうします!」
などと、子どもたちが声を揃えて言うのですが、何か言葉を言う場面では必ずうちの娘が口火を切る役をしていました。口が達者で、出たがりの娘です。

サンタさんも早々に登場して、子どもたちにプレゼントをくれました。
今年はなんと、狼のかぶりものをかぶった「狼サンタ」が登場!
一番小さい女の子たちは、本気で怖がって大泣きしてました。
……なんで狼なんだろう……。前は白熊のかぶりものの「熊サンタ」が来たこともあるけど。狼は怖いよねぇ……。

子どもたちの歌などの後、お食事タイム。

いつもそうだけど、用意したもの全部は、娘は食べ切れないんですよね。といって、最初から少しだけ用意するというわけにもいかないし……。食べるものがなくて、寂しい思いはさせたくないから。

  ***

食事の後、もう一度、音楽の時間がありました。
私は娘と“きよしこのよる”を合奏し、それからひとりで、先日の発表会で弾いたクリスマス曲をハープで演奏しました。
食事作りにかまけて、直前練習がまったくできなかったこともあり、独奏はかなり間違えましたが……皆さんはハープの音色を喜んでくださったようで、先生からアンコールのリクエストが。
娘は調子に乗って、もう1曲即興でセッションを始めましたが(“おほしがひかる”)、ピアノと一緒だとハープは音量で負けてしまい、よくきこえなかったらしく、先生は改めて「お母様のソロを……」とリクエストしてくださいました。
まともな持ち曲がないので、(というか、心の準備がなかった)、やはり発表会で弾いた“Hewlett”を弾きましたが……。デュエットで弾いたものをひとりで弾くと、やっぱりアレンジに限界が。即興で少し弾き方を変えてみたものの、ちゃんと練習しておくんだったと後悔。
でも、先生方やほかのお母さんたちは、喜んでくださったようでした。
アイリッシュハープという楽器の演奏自体、目の前で聴くのは滅多にないことでしょうし……。
ああ、またこういう機会があれば、次はもっとマトモに弾けるように練習しておこう……。

  ***

親睦会がおわり、娘のスイミングを見学して、家に帰り着いたのはまた日暮れ過ぎ。

疲労困憊して、もう何もしたくない私に娘は、「(狼サンタにもらった)すごろくで遊ぼう〜!」とおねだり。
「ごめん。今疲れてるからダメ」
と断ると、娘はすっかり拗ねてしまい「もういい! おかあさんなんて!」。
「母さんは***(娘の名)のために、寝ないでお料理して疲れてるんだよ。***のために頑張ったんだよ。愛だよ愛。わかる?」
「わかんない!」
「あ、そう!」

……という具合にケンカをして、娘は大泣きになるし、私も疲れて情けなくて涙が出るし。
しばらく、いろいろやりとりがあったと思うのですが、詳細は忘れました。
娘は自分が悪かったと思ったらしく、それでよけい大泣きになって。
私は、自分が寝ている布団に娘をひっぱりこんで、だっこして話をしました。
「いいんだよ、べつに。***に喜んでもらおうと思ってやったわけじゃないんだから。あたりまえだからやっただけだもん。私は***の母親だから、あたりまえだからやるんだもん。***が喜んだって、喜ばなくたって関係ないんだよ」
「おかあさ〜ん……(涙)」
そして娘は言いました。「あのね……おかあさんが私を産んでくれてよかった」
「うん。お母さんも***が生まれてきてくれてよかったよ」

その後はすっかり仲直りして、デレデレと過ごしました。

  ***

はぁぁ……というわけで。
本当に、持ち寄りパーティは疲れます。


2002年12月19日(木) おもちつき。

幼稚園のもちつきでした。

朝、いろいろあって、6時頃に早起きしたので、この日は辛かった。
午前中は家事をして、昼前頃から幼稚園へ手伝いに。

もちつきのお手伝いといっても、妊婦の身では、実際にもちをついたわけでもなく、杵や臼にさわったわけでもなく。
つきあがった餅を丸めたり、あんこをまぶしたり、洗い物や片づけを手伝ったり……というのが仕事でした。

でも、その後の大掃除の手伝いで、壊れた掃除機の詰まりを取り除こうとしていたとき、もろに埃を吸い込んでしまって……。
これはマズイ……と瞬時に思いました。うがいはしたけど、これは、風邪になるな……と。
その直後から、喉の奥にイガイガができて、その後、予想通り風邪の炎症に発展しました。やれやれ。


2002年12月18日(水) レッスン日。

来週の水曜がクリスマス当日になってしまうので、今月は、先週に続いて2週連続のレッスンとなりました。
練習期間が短いので、発表会の後、必死で課題曲(“Flow Gently, Sweet Afton”)を練習していきましたが……。
結果はちょっとイマイチ。
1箇所まちがえて憶えていたし、弾き方も「そっけない」と言われてしまいました。曲作り(表情の付け方)を、かなり細かく指導していただきました。ゆったりと、和音が粒立つように……。

次の曲は、“Cockles and Mussels”。
メロディを少し修正してから、コードと伴奏の仕方を指示していただき、軽く練習してから、あとは家で練習してくるように、ということでレッスン終了。

  ***

帰りに、本屋に寄りました。
ずっと定番にしていたケーキのレシピのメモを紛失してしまったので、それが載っていた料理本を探しに行ったのですが、3軒さがして結局どこでも見つからず。
仕方ないので、別の料理本(アレルギー用のおやつの本)と、育児書を1冊買って帰りました。


2002年12月17日(火) 大汗……。

いや〜、ホントに。もう、大変でした。今思い出しても、汗が出てきます。

  ***

4週間ぶりに、助産院に健診に行きました。
車で、細い細い田舎道を通っていくのですが、なんとその道が工事中。交通整理のおじさんに「迂回してください」と言われたものの、道がよくわからず。
何とか、あと少しで到着……というところで、狭くて曲がりきれない角にハマってしまったのです!

その角は、反対側から軽自動車で通り抜けたことはあったのですが、今回からは車が「フィット」。切り返せば通れるかと思ったのが甘かった。切り返せば切り返すほど、ハマっていき……ついににっちもさっちもいかなくなってしまいました。
左に曲がりたいのですが、角の右側は、木や石の柱を並べて故意に通りづらくしてあり、左側は垣根の下にコンクリートの大きな板が立ててあります。
切り返しているうちに、バックで2度ほど後ろの障害物に軽く当ててしまい(運転席からはまったく見えないし……)、それを避けようとしていたら、今度は右側のコンクリート板ギリギリのところに、車の左側面がハマってしまいました。車をおりて確認したら、車の左ドアから、1�僂侶箚屬發覆い箸海蹐縫灰鵐�リート板が……。前に進んでも、後ろに下がっても、傷を付けずに切り抜けることはできそうもない!!
あああ……。
前の軽自動車は、私がさんざん痛めつけてしまったので、今度はそういうことがないようにと、細心の注意を払っていたのに……!!
もう本当に泣きそうになって、その場でうろうろしていたら……。
そこへ助けの神が。

「どうしたの?」
向こうから、やや年輩のおばさんが走ってきて訊いてくれました。
「動けなくなっちゃったんですぅ(泣)」
「あー、こりゃ大変」
「向こうが工事で……迂回しろっていわれて……わからなくて……(涙)」

おばさんは、傷がつかないように防ぐための段ボールをもってきてくれたり、その角の土地の持ち主であるおばあちゃんに、コンクリート板を動かすお許しをもらいに行ってくれたりしました。
それで段ボールをあてがって、板を動かそうとしたのですが、段ボールをきちんと差し込む余地すらない。
「ちょっと待ってて」
おばさんは、助けを呼びに行ってくれました。
後でわかったのですが、彼女は、助産院の職員さんだったようです。
助産婦さん(もしくはスタッフ)と思われる若い女性ばかり3人と、そのおばさんとで、「せーのッ!」とフィットを持ち上げて、何度か試みるうちに、少し余裕ができて段ボールを差し込むことができました。
それで無事に、2枚の重いコンクリート板を掘り出して取りのけ、車をバックさせてその角を脱出するところまで、全部みなさんで助けてくださいました。
私はおろおろして見守るだけ……。
手を出そうとしたら「やめてやめて。赤ちゃん出て来ちゃう!」と止められました。
「出てきませんよ……」とは言ったものの、結局私は何もすることがないまま。

結局、車の後部に目立たない小さな傷がいくつか付いただけで、左側は無傷で済みました。ああ、感謝……(涙)

健診の時にS先生から、「きっと赤ちゃんもドキドキしたからね。あとで癒してあげてね」と声をかけられました。
「しかし、××さんはよく気づいたね……」と話しているのも聞こえました。
私はひそかに、お腹のベイビーが助けを呼んでくれたんじゃないかと思っています。
それはともかく、みなさん本当に親切でいい方たちばかりで……。
この助産院に来て本当によかったと思います。

  ***

健診の方は、万事順調でした。体重増加もほどほどだったし、前回あったむくみも消えていました。
今回は、超音波の検査がありました。
「うわ〜、大きくなったねぇ!」とS先生。
赤ちゃんが、ちょっと画像にとりにくい場所にいたので、全身の写真はとれませんでしたが、頭の大きさを測って予定日を確認し、顔らしきもののわかる写真をプリントしてもらいました。

次回は市内の総合病院に、初期の検査をしてもらいに行くことになります。
本来は20週で行くのだそうですが、それがもろに年末年始の休みと重なってしまうので、たぶん正月明けに行くことになると思います。休み明けは混むんだろうな……。ただでさえ、初診は予約が取れないので時間がかかるそうなのに。
まあ、心して出かけることにしよう……。

  ***

帰宅後、事件をおじいちゃんおばあちゃんに報告し(車に傷を付けられても、いやな顔ひとつせず、いつも優しく受け流してくれるのです……)、お昼を食べて一息ついてから、図書館へ。
出産関係の本を8冊と、物語の本2冊、あとは娘の本を9冊借りました。

  ***

夕方、日も暮れかけてから、ウォーキングを兼ねて駅の近くまで買い物に出ました。遠いんですよね、駅。
駅近くの自然食品店で、娘の食べられるパンを入手するのが主目的でしたが、あちこち寄り道したりして、たっぷり1時間半歩いてしまいました。いい運動になった……。
でも、今度から、できれば日が暮れないうちにした方がいいみたい。風がちょっと冷たくて。
身体は歩いてポカポカしていても、顔が冷たくなります。

  ***

帰宅後は、けっこう疲労していましたが、それでもハープは練習。
仕事はせずに寝てしまいましたけど……。

ああ、なんとも大変な一日でした。


2002年12月16日(月) 休養日。

結局、昨夜はほとんど仕事をせずに寝たので、朝起きてから仕事。
入稿には間に合いました。

その後、少しネットをしてから、あとはひたすら休養の一日でした。
グインサーガの87巻を読んだだけで、あとは寝てました。お昼も食べずに、ひたすら寝てしまった……。

べつにダウンするほど疲れていたわけでもないのですが、このところ忙しかったので、とりあえず今日は休養日。

何もしなかったので、書くことがない……。

  ***

娘は、幼稚園から帰ってきて、すぐ1階に行って遊んでいました。
あとでみると、「飴屋さん」ごっこをしていたようです。きれいな飴(うそっこの)をたくさん作って、お店の看板を作って、飴屋さんをしていました。看板も、飴の形に切った紙を貼ったり、字も切り紙で作ったりして、とてもきれいにできていました。

そうやって娘が遊んでいる間も、私はひとりで昼寝していたわけで……。
主婦業も母親業もお休み。まあ、なんともグータラな一日でありました。


2002年12月15日(日) 歩きすぎ。

クリスマスのチラシ配りで、えんえん2時間半。テクテク歩きまわって、階段を上がったり下りたり。
日頃の運動不足の解消を兼ねて、と思ったのですが……。特に遠い地区を選び、しかも通常200枚のところを400枚持って出かけたら、ちょっとやりすぎでした。
戻ってきたときには、すっかり疲労困憊。
いちど座ったら、立ち上がる元気もないほど消耗しました。

今夜は仕事なんだけど……。寝ちゃおうかなぁ。
とりあえず、ハープだけはしばらく練習しました。

というわけで、日記は短縮版にて失礼します。



2002年12月14日(土) 終わった〜!

ハープクラブの発表会、とりあえず無事終わりました。
演奏にはやや不満足なところもありましたが、それほど派手な失敗はせずに、なんとか乗り切ってホッと一息。

ああ、ドキドキした……。
でも、前のミニ発表会の時には指がブルブル震えちゃって、どうしようもなかったことを思えば、少しは度胸がついたということでしょうか。
まだまだ、人前で弾くと練習ではしないようなミスが出てしまうので、もっともっと修行をしなくちゃとは思いますが。

  ***

終わった開放感のまま、夜は、天王洲アイルのアイリッシュパブへ、お師匠様のハープ演奏を聴きに行ってしまいました。
クリスマス曲とアイリッシュ曲、それにビートルズナンバーなどをとりまぜたプログラムで、とてもよかったです。
ああ……プロの演奏はやっぱりいいですねぇ……。
あんなふうに弾けたらなぁ……。

帰宅して早速、また少しハープを練習しました。
ああ、上手くなりたい!


2002年12月13日(金) あと1日。

このさい、一気に3日分書いておこう……。
今日はこのあと、ハープの練習に専心したいので……。

  ***

(前日から続く)というわけで、娘と一緒に朝まで寝てしまったため、慌てて起き出してお仕事。
かなり分量があったので間に合うかどうか心配だったのですが、7時少し前から集中して取り組んだことと、夫の仕事の都合で夫と娘がいつもより早く家を出ていったこととで、なんとかほぼ時間通りに入稿できました。やれやれです。

仕事の後、洗濯機を回しながら3日分の日記を書きました。
こんなに長く書くつもりはなかったのですが、ついついいっぱい書いてしまった。

ああ、とっくに洗濯機は止まってるのに……。早く干さないとまた乾かないぞ……。

  ***

では、洗濯物を干して、ハープを練習することにします。

泣いても笑ってもあと1日。明日はハープクラブの発表会です。
まあ……なんというか、ベストを尽くすのみですね。
練習では弾けてても、緊張の中で練習の成果を出せるかというと……それは別の種類の力がいるのではないかと思います。まあ、場数を踏むことが必要なのでしょうし、これも経験と思って、頑張ります。
ではでは……。


2002年12月12日(木) 怖かったの……。

日記を溜めてしまったので、昨日の分を書いただけで、もう力尽き気味ですが。
とりあえず、この日の分も書いておきます。

  ***

仕事のない朝。ダラダラしていると、大学時代の友人のTちゃんから電話がありました。彼女は去年結婚したばかりの新婚さん。
ちょっと元気のなさそうな声……と思ったら、彼女も赤ちゃんができたそうで、しかも初期の頃の私と同じように、心配な症状があってどうなるかわからない状態だというのです。
いろいろ相談に乗っているうちに、もらった電話ですっかり長電話してしまいました。

初産で、しかも彼女はバリバリのキャリアウーマンだし……。大変だろうなぁ。家族に甘えてのんびりしてるわが身を省みると、なんだか申し訳ない。

電話を切った後、とりあえず参考になりそうな情報をピックアップしてメールしておきました。

  ***

この日は、娘の社会科見学でした。行き先は上野の科学博物館。
帰りのお迎えは、幼稚園のある市の駅の改札まで行かなくてはならない……ということで、車で直接は行けないので、電車で出かけました。最寄り駅までは、おじいちゃんに車で送迎してもらいましたけど。

娘は重いリュックを背負って、元気に帰ってきましたが、電車に乗って家路に向かう途中、もうだんだん疲労感がありありとしてきて……。
帰りに買い物をしたりしているうちに、限界に達したらしく、おじいちゃんのお迎えの車の中で、アッという間に寝てしまいました。

  ***

その後、かなり長く昼寝をしていたせいか、夜の寝付きが最悪でした。ぜんぜん眠くなる気配がないのです。

『ちいさいモモちゃん』の続きを読んでやったのですが、それもいけなくて……。
「お話は2つ(2章分)だけにしようね」と言っていたのに、おまけでもう1章読んでやったら、それが、娘にとってはかなりインパクトの強い話だったらしいのです。

ママとケンカしたモモちゃん(2歳児)が、怒ったまま家出をして、不思議な電車に乗って雲の上まで行ってしまう、というストーリーでした。最初は、一緒の子どもたちと楽しく遊ぶのだけれど、そのうちママの呼ぶ声が聞こえてきて、帰りたくなって、「ママ、ママ〜」と泣き出してしまって……。で、結局、おうちには帰れるのですが……。
娘は、真剣にのめり込んで聞いていたらしく、話が終わったとたん、本当に「うえ〜ん!!」と泣き出してしまいました。
「どうしたの?」
「怖かったの〜」
本当に、自分が母親と離れて、帰れなくなった状況を想像してしまったらしいのです。しばらくショックから立ち直れない様子でした。まあ、何と感受性の豊かなこと!

白状すると――私も最近、涙腺が弱くなっているせいで、親子が引き離される話なんて、聞いただけで涙がドバーッと出てしまったりするのですが。この話も実は、ママが必死にモモちゃんを呼ぶところでは、読みながら本当に涙が出てしまったりしてたんです。
でも、帰ってこられたんだからよかったじゃない、というのが私の感想なのですが……。娘にすれば、そのカタルシスよりも、別離のショックと恐怖の方がまさっていたのですねぇ。
ふだん生意気いっていても、まだまだ甘えたいさかりのようです。

  ***

結局、娘は、その後もなかなか寝付かず……。
「お仕事だから、もう下に行ってもいい?」「うん、いいよ」
私が階下に下りても、しばらくは寝付けないようで、ときどき声が聞こえてきました。
いったい何時に寝たんだろう? 11時半くらいかしら……。

私もそんなこんなで、仕事になかなかとりかかれず。
お腹がすいたので、帰宅した夫と一緒に二度目の夕食を食べた後、ネットを巡回しただけで、そのまま長座布団の上で寝てしまいました。

夜中に、いきなり娘が階段を下りてきて、親の寝室に入っていこうとしたときに、目が覚めました。
「どこいくの」
「あのね〜。目が覚めちゃったの」

せっかく起きたので、仕事をしたかったのですが。まあ仕方ないか、と娘と一緒に自分の布団に入って、朝まで寝てしまいました……。

(12月13日(金)0:35pm記)


2002年12月11日(水) お姫様/レッスン/買い物

前の晩、布団の中で娘と空想ごっこをしました。私が話のとっかかりを作ってやって、娘に自由に空想させます。
私「今日はどんな夢見る? クリスマスパーティの夢?」
娘「うんいいよ」
私「じゃあ、雪がたくさん降ってね、そりに乗ってお城のクリスマスパーティに行くのね」
娘「うん。私はお姫様」
私「どんな服を着てるの?」
娘「あのね〜ピンク色のキラキラしたドレス。それでね、首のまわりに、真珠の飾りがついてるの。かんむりはね……金色じゃ王様みたいだし……やっぱり真珠かな」
……といった具合で、でてくる王子様の姿とか、ご馳走の内容とか、あれこれイメージして娘に話してもらいました。
ご馳走を食べて、生演奏(ハープもあり)に合わせてダンスをして、その後アップルティーを飲んでひと休み……というところで、娘は本当の夢の世界に旅立っていきました。

朝になって、「あの続きはどうなったの?」と聞いたら、「あのね〜、王子様にお城の部屋を案内してもらってね、それで王子様と結婚して、内親王を産んでね……」
「内親王なの……(笑)」
なんか、面白くて笑ってしまいました。無邪気な夢ですねぇ……。

  ***

ハープのレッスン日でした。

指慣らしの後、まずは“Lullaby”から。
前回指示されたとおり弾いて、これはほぼスムーズに上がりになりました。曲自体が易しかったし……。ゆったりと心をこめて弾くように気をつけました。

次がスコットランドの曲で、“Flow Gently, Sweet Afton”。
右手と、楽譜通りの弾き方とは、前もって練習して行きました。
まずコードを書き込んでから、先生の教えてくださるアレンジを練習。この曲は、かなり複雑で、なかなか憶えるのが大変でした。しかも、Gに転調しているので、楽譜にも書き込みにくい……。結局、見づらい字で和音の階名をメモしたりして、あとはなんとか記憶して帰りました。

帰宅後は急いで、とりあえず一度弾いてみました。忘れないうちに弾いておかないと、間違って練習することになりそうなので……。

  ***

レッスン帰り、いろいろ買い物をしました。特に、マタニティ用のズボンとタイツはずっと欲しかったので……。
このところ、徐々に腹部がせり出してきて、ズボンは前が閉まらなくなるし、タイツも苦しくて履けなくなるしで、とても困っていたのです。
マタニティ用のジャンパースカートは、実家から送ってもらったのと、友人に貸してもらったのとで、間に合っているのですが、下に履くタイツがないと外出ができない。家で履いているスパッツは、私のようなチビが履くとダブダブで、とても外には出られないし……。
厚いタイツと、無難なストレッチパンツを入手して、ホッと一息。あとは、防寒用のハイソックスなどを買いました。
妊婦に冷えは大敵です。

ついでにブックオフで、子供の本を4冊買いました。くどうなおこさんの本が3冊と、松谷みよ子さんの『ちいさいモモちゃん』。
モモちゃんのシリーズは、私が子どものとき好きだったので……。早速この本は、寝る前に、娘に読んでやりました。

(12月13日(金)11:53am記)


2002年12月10日(火) 体重……。

(前日から続く)
というわけで、この日の朝も、まだそこらじゅうに雪が残っていて、車が出せるか心配だったのですが、とりあえず夫はちゃんと車で娘を園に送っていってくれました。
もともと遠足(科学館への社会科見学)が予定されていた日だったのですが、それは結局、延期になったようでした。
あとで娘に「幼稚園で雪遊びしたの?」と訊いたら、
「ううん。雪かきはしたけど」と言っていました。
ベンチや遊具の雪を、頑張ってシャベルで片づけたそうです。

  ***

私は朝から洗濯をしたりしたのですが、天気予報に反して、空がなかなか晴れてこなくて……。昼頃からようやく晴れたので、外に出して陽にもあてましたが、結局全部は乾きませんでした(前にも書いたけど、うちの洗濯機、脱水性能が低いのです)。まあ、そこいらじゅう、雪解けでびちゃびちゃでしたしね。

ハープはそれなりに練習しました。さすがに今週は、毎日練習してます。水曜はレッスンもあるし……。

  ***

ちょっと体重の話をします。

日曜の晩、体重計に乗ったら、前日より、なんと1キロも増えていたんです。たしかにこのところ、ご飯が美味しくて美味しくて、食欲全開だったのですが……1日で1キロはあまりにもショックでした。ついこの間、0.5キロ増えたばかりなのに……。
まあ、0.5キロ刻みの体重計なので、実質どれくらい増えたのかは微妙ではあるのですが。それにしても……増えすぎ。

最近の出産は、体重の管理について、かなり厳しくする傾向にあります。妊娠前からみて、7〜8キロ増に抑えるように、とよく言われます。赤ちゃんの分があるから2人分食べなきゃ、などといっていたのは、昔の話なのでした。

寝る前、布団の中で娘が「おかあさんが1キロ太ってしまったので、またやせるようにしてください」と、大まじめにお祈りしてくれたので、思わず笑ってしまいました。
「ああ……べつに痩せなくてもいいんだよ(笑)。こんなふうにどんどん太っていったら困るだけで。1日1キロ太っていったらどうなると思う? あと5カ月として、150日くらい、150キロ増えちゃったらどうなる?」
「150キロじゃ、生協のエレベーターに、わたしと2人しか乗れないね」
「え? そうなの?」
「170キロまでって、書いてあったもん。今日見たの」
「へー、そうなんだ」

娘を寝かせて、深夜、入浴時に体重をはかってみたら……なんと、増えた1キロが本当に元に戻っていました。
夫に話したら、「***(娘)のお祈りはよく聞かれるなぁ!」と笑ってました。

とりあえず2日間、食べる量を控えめにしたおかげかもしれないのですが……体重が戻ったのをいいことに、深夜の仕事前にまた夜食を食べてしまった私。
こんなことをしてたら、また太るかも……。でも、お腹がすくんだよ〜。

結局、夜中の3時まで仕事をしてしまいました。こうなるとやっぱり、食べないとやってられません。


2002年12月09日(月) 雪。

あー、日記を溜めてしまった。1回サボると、追いつくのに力がいりますね。
書きたいことはいろいろあった気がするのに……。

  ***

月曜日。
仕事をせずに布団に逃避していたので、明け方から「起きなきゃ……」と何度も思って目を覚ましたりしていたのに、寒くて布団から出る勇気が湧きませんでした。
夜中、娘の布団から自分の布団に移動したとき(頭は半分寝たまま)、夫が「雪になってる」と言っていたのは憶えていたので、「寒いな〜。雪降ってるのかな〜」と思いつつ、やっと起きだしたのは7時。
窓の外を見たら、予想以上の勢いで降り続いている雪と、雪景色。
ベランダの手すりに積もった雪は、10�儷瓩�になっていました。(手すりは平らな地面より積もりやすいのかもしれないけど、うちの市の積雪が7�僂箸いΔ里惑柴世�行きません。うちのあたりは朝からもっと積もってたよ……)

ヒーターにしがみつきながら、私は急いで翻訳仕事。
いつも寝起きの悪い娘は、おとうさんが「雪だよ」と声をかけたら、即座に飛び起きました。
「わー。すごーい。雪だ〜♪」
娘は大騒ぎ。結局、幼稚園も休園ということで、朝食の後、大はりきりで身支度をして、外に遊びに行きました。
私はスキー用のつなぎ服を出してやったり、手袋を探したり、あれこれ面倒をみてやってるうちに時間をとられ、弁当を作らなくてすんだために浮いた時間もすっかり吸収されて、入稿時間に遅れてしまいました。あーあ。
でも原因は、FIAの言ってることが何やら理解不能だったせいかも。娘ははしゃぎまくってるし、夫のつけたテレビは、雪のニュースで盛り上がってるし……。ついついそれを聞いてしまったりして、こみ入った政治の話を訳すには不向きな状況ではありました。

結局娘は、一日中、何度も出たり入ったりして、雪で遊んでました。雪は昼過ぎまでガンガン降り続き、午後にようやく小降りになりました。
おじいちゃんはガレージの屋根の雪下ろしと、家の前の雪かきをみなやってくれました。感謝。

  ***

現在、水曜の朝ですが、娘がベランダに作った3体の雪だるまは、かなり痩せながらもまだ生き残ってます。

子どもって、雪が好きですね。私も好きだったけど……最近は寒さとか、外出が面倒とか、車が使えないとか、いろいろ現実的なことが気になってしまって。
でも、暖かい部屋で、窓の外に降り続く雪をボーッと眺めているのは好きです。出かける必要がなければ、雪の日もいいものです。
なーんて、グータラ主婦ならではの発言ですね……。
雪の中、苦労して通勤通学された皆さま、お疲れさまでした。


2002年12月08日(日) 胎動?

土曜日の晩に、ハープを練習しているとき、ちょっとお腹でポコ……ポコ……ポコ……と3回連続して何かを感じたんですよね。
“Hewlett”を何回も続けて弾いていたときでした。
気のせいかも、と思って、日記には書きませんでしたけど。

日曜の午後、北東京シティクリスマスという集会に行き、音楽ゲストの演奏を聴いていたら、今度こそ明らかな動きを感じました。
クラリネットのソロで“ラプソディ・イン・ブルー”の演奏のとき、どうもその曲が気に入ったらしく、お腹の中でモゾモゾ……ゴニョゴニョ……と連続して動いてました。

音楽に反応して……というのも、面白いですね。
このままハープを弾き続けてたら、やっぱり音楽好きの子が生まれるかなぁ。


2002年12月07日(土) どうしよう……。

なんか、本当にマズイです。ハープ……しばらく練習をサボってるうちに、下手くそになってます。
発表会が、いよいよ1週間後に迫ってるんですが。
今日の通し稽古で、かなり演奏が破綻してしまったので、大いに焦っています。
あと1週間、真面目にやらないと……。

  ***

かすかに小雨の降る中、ハープクラブへ。また、やや遅刻。
行ってすぐ、リハーサル。
並ぶ位置の確認と、アンサンブルの合わせをしました。
“Hewlett”は完全にボロボロ。あとで改めて練習したときには、だんだんマトモになってきましたが……いきなり合わせたときが怖い……。
“Brian Boru”も、ほとんどが単純なくり返しの曲なのに、この期に及んでミスタッチが頻出するので、自己嫌悪。練習不足です。
後半は、主にMさんと“Hewlett”を練習しました。ああ、本番はちゃんと弾けるのだろうか……。すごく不安。

  ***

クラブが終わって、そのまま教会へ。そして講演会。バングラデシュでボランティアをしている女性の方の活動報告会でした。

夕方遅く、渋滞の中を帰宅。
夕食前にハープの練習。夕食後もハープの練習。とりあえず今日はいっぱい練習しました。

  ***

娘は帰りの車の中で熟睡してしまい、夕食の終わり頃になってようやく起きました(というか、無理やり起こした)。しばらく寝起きで不機嫌でしたが、夕食が終わる頃にはすっかり元気を取り戻し、折り紙教室を始めて、家族みんなによく跳ねるカエルの折り方を教えてくれました。それをピョンピョン跳ばして大はしゃぎ。
その後もお友達に手紙を書いたりしていて、さっきようやく布団に入ったところ。
あ……もう11時過ぎなのに、まだ起きてる声がする。
あーあ、また明日、起きるのが大変だぞ、きっと。

それでは、私も眠いのでおやすみなさい。


2002年12月06日(金) 眠い。もう限界。

……てなわけで、昨夜は仕事がトラブって(まあ、同僚がその日だということを単に忘れていただけなのですが)、おかげで夜中の3時まで仕事をする羽目になって……。
ああ、今、果てしなく眠いです。

午後、1階に急な来客があり、慌てて片づけをしたため、部屋がだいぶきれいになりました。しかし、片づききらない内に、部屋を見せる羽目に……。うーむ。
もう少しだったんだけどね……。

そうそう、おじいちゃん製作の棚がついに完成し、そこいらに積み上がっていたF速とレーシングオン、楽譜の類がすっきりとおさまりました。ありがたいです。

明日は、午前はハープクラブ、午後は教会で講演会。忙しい一日になるなぁ……。

ハープの練習はサボりっぱなしで、本当にマズイ状況です。
今夜は、娘が1階にお泊まりすると言いだしたため、それをいいことに、夕食後から深夜にかけて集中して練習しましたけど……。
こんなことで、来週発表会で大丈夫かしら。とりあえず、明日は発表会前の最後のクラブなので、頑張らなくちゃ。

ああ、書いている内に眠気もややさめてきましたが。それにしても疲れてるので、もう寝ます。おやすみなさい。


2002年12月05日(木) イライラ……。

今夜の仕事はいつもと違って、同僚のメールを待ってから、自分で記事を選ばなくちゃいけないんですが。
そのメールが来ないんです。
9時から10時頃までに、という指定なのに……。もう10時40分。
9時過ぎから、ずっと待ってるんですが。
うーん、イライラ。

  ***

今日は、部屋のクリスマスの飾り付けを充実させました。

部屋の隅っこにおいてあった、実家の母が布で作ったツリーの飾りを、おばあちゃんが玄関に飾るというので、色あせたリボンを取り替えてきれいにしました。
それから、外に置きっぱなしだったゴールドクレストの鉢植えを部屋に入れて、赤いリボンの飾りをつけてクリスマスツリーにしました。
階段脇の窓には、パッチワークの靴下(これも母の手製)。
キッチンの窓には、パッチワークのリース(これも母の手製)。

もともと3階の娘の部屋には、クリスマスツリーを飾ってあったのですが(この前の日曜に出した)、これで2階もクリスマスっぽくなりました。

いや……それにしても、部屋が散らかっているのは何とかしないと。
昨夜、床に無理やり掃除機だけはかけたけれど、床以外のところに雑多な物が堆積しているんだよなぁ……。
これではとても、気持ちよくクリスマスを迎えるという雰囲気ではありません。
はああ。飾り付けより、そっちを何とかしなきゃですね。

  ***

うーん、もうじき11時になるなぁ。
11時まで待っても来なかったら、こっちが先に選んじゃうぞ……。


2002年12月04日(水) 今日は頑張った。

頑張ったので、とても疲れてます。手短にすませよう。

  ***

昨夜、仕事をしないで寝たせいで、今朝は入稿時間に遅刻してしまいました。
その後、昨日の分の日記を書いて、しばらくネットをして、片づけをして、昼御飯を作って食べて、新聞を読んだらもうお迎えの時間。

今日は、幼稚園から直接教会へ行って、あれこれ作業することになっていました。持っていくものの準備に手間取ったせいで、お迎えの時間にかなり遅刻。

教会では、今度の土曜に行われる講演会のポスター作り。台紙に貼るところまでは、昨日やっておいたのですが、それに書き込みをして、ラップでくるんで、針金をつける作業を延々やりました。ラップに包むのは、おばあちゃんにも手伝ってもらいました。
ポスターは9枚。仕上げた後、あちこちに張りに行きました。結局、全部、私ひとりで貼りました。寒い中、いっぱい歩いた……。
あと、教会前に設置する立て看用のポスターを、コンビニで拡大コピーして作りました。それを貼り付けて、立て看を作って、シートをかけて。
終わった後は、なんだかグッタリしてしまいました。

  ***

祈り会の後、教会から帰宅して、お風呂にお湯を張っている隙に、娘の髪を切りました。
前髪は目にかかってるし、後ろもいい加減長くなりすぎで、絡みまくってどうしようもない状態になっていたので、思い切って切りました。後ろは揃えるだけ、とも思ったけれど、結局7、8�僂論擇辰燭�も。予想以上に、短くなりました。といっても、まだ背中までかかってはいるんですけどね。

で、髪の毛が散らばったので、掃除機で吸っていたら、結局、勢いで2階フロアのほとんどに掃除機をかけてしまいました。おまけに、キッチンの床まで磨いたりして。
何やってるんでしょう。疲れてるのに。

  ***

てなわけで、今日はもうおやすみなさい、です……。


2002年12月03日(火) 久々にヨガなど。

あーあ。日記も書かずに、仕事もせずに、娘と一緒に寝てしまいました。
いっぺん起きたんだけど、眠くて眠くて、そのまま自分の布団に直行でした。
現在、水曜の朝11時前……。

寝不足ではなかったはずなんだけど、久しぶりにヨガなどやって、身体を動かしたので、心地よい疲労感でおねむになってしまったのかも。

  ***

というわけで、火曜日の日記。

午前中は、例によってダラダラ。ゆっくり朝御飯を食べて、ゆっくり新聞を読んで(数日分溜まっていた……)、通販のカタログなど見ていたら、もうお昼。
午後になって、やおら洗濯など。

ああ、また今日も身体がなまってるなぁ……と、ふと思い立って、夕方にヨガを始めてみました。
ヨガというか、妊婦体操というか、その折衷みたいなものですが。
まずは、図書館で借りた本を見ながらやってみたけれど、よくわからなかったので、最初の妊娠時に使ったファイルを出してきて、自分のメモとコピーを参照してみました。これは、昔やっていたものなので、記憶をたどりながら、しばらく一生懸命とりくんでみました。
うーん、爽快。やっぱり身体は、ちゃんとメンテナンスしてやらないとダメですね。

今週から妊娠5カ月に入って、いちおう安定期ということなので……ぼちぼち、運動と体力作りを始めようかなぁ、と思っているところです。
お産というのは、大変フィジカルな出来事でありまして、肉体の勝負です。
昔の人は、家事にしろ農作業にしろ、なんでも身体を使ってやっていたから、安産だったそうです。身体のなまりきった現代人がお産をするには、それなりの準備と覚悟が必要なのでありました。

  ***

夕食の後、娘が「“鶴ゲーム”をする!」と言い出しました。この間、お誕生会の飾りに使った折り鶴で、すごろくのようなものをしたいらしい。

娘が自分で決めたルールに則って、ゲームを始めたのですが、いつまでたっても上がりにならなくて……おじいちゃんも、おばあちゃんも、私も、さすがにしびれをきらしてしまいました。
だって……前へ進めるのが、4が出たときだけで、しかも、3が出てしまったら一気に振り出しに戻ってしまうんです。進んだと思ったら振り出しに戻ってばかりで、だれもゴールに近づけないんだから……。
それでついに、ルールを変更することにしました。進み方を増やして、戻すのも1コ戻すだけとかに変えて、それで何とか終わりまでたどり着くことができました……やれやれ。

  ***

娘はプリントをしているときはとても眠そうだったのに、布団に入ったら目がさえてしまい、お喋りがいつまでも止まりませんでした。
特に、幼稚園であったことをいろいろ話して……。
「あのね〜。今日は、いやなことがたくさんあったの……」
Aくんがおままごとのとき邪魔をしたとか、Aくんが2回もぶったとか、Aくんがわたしの使ってたピンクの新しいスクーターを取っちゃった、とか……。
よかったことは、KちゃんがみつけたBB弾をくれたことだけ……とか。
一日の終わりに、いろいろ吐き出せるのはいいことだと思います。溜め込むようになったら心配ですけどね。
結局、いろいろ話して満足したようで、安らかに眠りについてました。
私も一緒にグッスリ……。

  ***

いっぱい寝たせいで、いろんな夢を見ました。
泊まってた宿が大洪水になって、川が滝のように部屋の中に流れ込んできていて、その部屋がまたなぜかものすごい角度で傾斜しているんですが、川が部屋を通ってどんどん流れ出ていってるんです。わぁ、すごーい、とかいって、私は写真を撮ってたりして。
その後も、服を着たまま水泳大会に出て、泳いだ後、たき火で服を乾かしていたり……。
もっといろいろあったんですが、忘れました。
べつにどうでもいいですね。

さて、ではこの辺で。
ちょっとはハープも練習しないと、いよいよマズイです……。発表会も近いというのに……。


2002年12月02日(月) だらけ過ぎ。

昨夜は、誕生日や何やかやで娘を寝かしつけるのがかなり遅くなり、手が空いたのは深夜になってから。もう眠くて、仕事をするのが嫌になってましたが……それでも結局、午前1時半までは仕事をしてから寝ました。最近、いったん寝ると、早起きができないもので……。

まあ、そのおかげで、今朝は、娘を送り出してから仕事の残りに取り組んで、10時前には無事に入稿できました。
あんまり面白いニュースはなかったですね。ルノー&バトンの話、DTMの規定改正の話、ジョーダンのドライバー候補に今度はベルノルディという話の3本立て。
難しい内容でもないので、ガンガン訳せましたけど。

  ***

仕事の後は、しばらくネットで調べものなどしてから昼御飯。
食後は、どうも眠くてたまらなくなり、通販のカタログを見たりしているうちに、グッスリ眠ってしまいました。
結果的に、ほとんど午後じゅう寝ていたような……。これは、どう考えてもだらけ過ぎ。

体調がいまいちなのも確かなのですが、寝過ぎでよけいおかしくなってる気もします。この頭痛はあきらかに寝過ぎのせいだし……。

  ***

夕食前に、娘が1階で泣いている声で目が覚めました。
あとで話を聞くと、自分で工夫して、乗って遊べる車のおもちゃを作っていたところ、それが思うように動いてくれなくて、癇癪を起こしていたのでした。

その実物を見てみると、新聞紙をロール状に巻いてつくったタイヤ(4つあるけれど、大きさはまちまち)を菜箸で串刺しにして、段ボール箱にくっつけてある。
そのくっつけ方が……タイヤを紐で箱に結びつけているので、もちろんタイヤは回りません。
どうしたらちゃんとタイヤが回るのか、わからなくて、悔しくて大泣きしていたというわけなのでした。

結局、おじいちゃんが話を聞いてくれて、じゃあ一緒に考えようね、ということでいちおう気持ちはおさまったようです。
娘は、食後に「設計図」を書いていました。それでわかったのですが、近所のお姉ちゃんたちが、スクーターに乗って遊んでいたのを見て、自分も欲しくなったらしいのです。
自分で作ってみようと思うところがえらいけど……。本当に乗れる車って、難しいよなぁ……。


2002年12月01日(日) お誕生会。

私の●●回目の誕生日でした。
日曜日だったので、いつも通りに教会に行き、チラシ配りだ、何だかんだと午後まで働いて、夕方帰宅。

夕食のときに、家族でお誕生会をしてもらいました。
娘は張り切って、1階のご飯をいただく部屋に折り紙で飾り付けをしてくれていました(おばあちゃんと一緒に)。
「ハッピーバースディ」を歌って、乾杯の後、おばあちゃんが作ってくれたご馳走をみんなでいただきました。
メニューは、私のリクエストで、小さなおにぎりを大皿にたくさん飾ったものと、生春巻き。それに、蓮根のキンピラや切り干しの煮物や、おひたしや酢の物など、ヘルシーなお料理がたっぷりでした。美味しかった……!
特に、味噌をつけて焼いた焼きおにぎりが、懐かしくて嬉しかったです。子どもの頃、よく食べていたので。

私は、カボチャのスープとリンゴケーキだけ作りました。
お腹がパンパンになるまで食べたのに、しっかりケーキも食べてしまいました。
ちゃんとろうそくも立てて(さすがに歳の数はなかったけど)、もう一度歌を歌ってもらってから、火を吹き消しました。

プレゼントタイムもあって、娘からは、ホイル折り紙で作った首飾りと、画用紙の冠と、モールの指輪ときれいなバースデーカードをもらいました。
夫はプレゼントを用意していなかったので、娘が「絵を描けば」といって、メモ用紙に私の似顔絵を描かせました。それが、まるでジョン・レノンみたいになってしまい……私が「もっと可愛く描いてよ」といったら、夫は“John Lennon”“Love & Peace”などと書き加えて誤魔化していました。
おじいちゃんとおばあちゃんからは、私のパソコン台の下に置く棚をいただくことになっています。おばあちゃんが材料費を出してくださって、おじいちゃんが製作中です。とっても楽しみ。
実家の父母からは、果物や野菜と一緒に、バースデーカードとプレゼントのお金が届きました。急いで作ったという娘のスパッツ2枚と、娘がお腹にいるときに着ていたマタニティ用のジャンパースカートも入っていました。このジャンパースカートも母のお手製。実家に置いてあったというのは忘れていて、ここ数日、どこにしまったのかなぁと探していたのでした。ああよかった。最近、スカートもパンツもウエストが限界に近くて……。

穏やかでハッピーな誕生日でした。


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