今年は時間のやりくりがうまくいかなくてまだお寺のお参りが済んでいない。それでほんとの暮れに行くことになっていた。 すべての用事を済ませてから出発しようと私は最後のトイレの掃除、お風呂の掃除、台所の掃除と室内を担当、夫は久しぶりの車磨きに余念がない。 ラナは、朝から庭であちこちを探索し、疲れるとぼんやりと下の駐車場をウサギがいないかと眺めていた。 すると、夫が血相変えてラナは、家に戻っていないかといって入ってきた。 だって玄関は閉めてあるのに戻るはずないじゃないというと、姿が見えないと言う。 そんなバカな、だって門扉は閉めてたんでしょというと、いやうっかりして開けたままだったようだという。 え、そんな、傍にいてラナがいなくなったのがわからなかったの? ほんのちょっとの時間に、ラナはこっそり門から出てどこかへ行ったらしいのだ。 なんてこと! とにかく探そうと車で、出てみる。 今、ラナは、発情期に入ったばかり、あれだけ、人好き、犬好きなんだから 誰かについていったかも、せめて、首輪に名前と電話番号が入ってるからそれを見た人が連絡を呉れるといいけど、などと話しながら、団地中をまわる。途中で歩いてる人に声をかけること数回。 柴犬を見ませんでしたか? 家のラナを見ませんでしたか? でも、誰も見た人がいない。 一回りして、もう一度家の前に戻ってみる。 あら、見てよ、ちゃんといるじゃないの。 どこを見てたの。囲いにちゃんと入ってるじゃない。 でも確かにさっきはいなかったはず。 その時向かいの奥さんがやってきて、さっき下から帰ってきたよ。 車も奥さんも(私のこと)いないから、探しにいったんだなとおもって入れておいたよ。 自分のうちに犬を飼っていたとき、餌をやるのにも、棒の先で押してやるほど犬が怖いお向かいの奥さん、ラナだけは大丈夫といっていた、その奥さんが門扉を開いて囲いの中まで入れてくれていた。 どうやら、ほんの十分ほどそこらを回って帰ってきたのだ。 きっと誰にもあわなかったのだろう。 じぶんでも、ビックリしたのか、淋しかったのか、めったに出さない声で、きゅ〜んとなき、ぴったりくっついてきた。 ああ、よかった。 それから、お寺参りをすませ、家に帰ったのは6時半を過ぎていた。 年末恒例の紅白を今年は珍しく夫は眠らずに見ている。 たった二人の淋しい年越し。 応援合戦は、なんだか付け焼刃で、どたばただし、知らない若い子がいっぱいなんて思いながら見る(つまり、自分が年をとった証拠だけど)。 けど、中島みゆきはすごいと思う。 あそこは、零下2度、ステージ衣装をつけて堂々と歌い上げる。 まさにプロジェクト�召修里發里�も。 新年から始まる「武蔵」が、審査員にいて、松岡小次郎が来いというのに 今にも飛び出しそうなのが、演出なのかハプニングなのか若々しさがいっぱいで心地よく、最後の大トリ、五木ひろしの歌(歌自体はそれほどでもないと思うだけど)に、夫は亡き母を思い出しそっとめがねをはずして鼻をかんでいた。それを知らぬ振りをしてみながら、今年は暮れて行った。
ぜひ紹介したい本です 作者のジェフリー・S・アイリッシュさんは、アメリカ、カリフォルニア生まれ。 エール大学卒業です。 その彼が日本の企業に就職して、その後普通では考えられない生活を始めるのです。 鹿児島県の小さな島、下甑島にわたり、定置網の漁師になって暮らします。 その後、ハーバード大学大学院にはいり、京都大学に留学、卒業後鹿児島県川辺町に定住して、その時に南日本新聞に連載されたものが出版された本がこれです。 経歴から見て、興味がありますが、いつだったか、京都に住んでる時の映像をテレビで見た記憶があったのです(もしかしたら別の人と勘違いかもしれませんが) その時、ものすごく日本的な狭い部屋に身体を折り曲げるようにして住んでいる彼を不思議なものを見るような思いで見たことを覚えていたのです。 ネットのお友達のところで、彼の紹介を読んで確か、この人は・・と 思っていたのですが、本が発売されたのを知って、早速読んでみたのです。 鹿児島での暮らしがのびのびと、実にのびのびと書かれています。 「漂白人」は、なんと蛇と一緒に暮らしたり、だんご虫と暮らしたりなどと言うビックリする内容から始まる。 紹介したい文章はいっぱいあるんだけど、できれば読んで欲しいと思う。 「面白い面白い」、「へえ、こんな暮らしできない」などと次々読み進んで いくうちに、完全にとりこになってしまう。 やさしい日本語で書かれているので、読みやすいことも大きな要因だけど、 彼は、「漂白人」というより国際人いや、完全なる地球人なのだ。 あちこちで、出会った人たちと、うわべだけでない本当の人間同士の付き合いがある。 彼の家族がどうであるかとか、アジアの国々の人たち、アメリカの人たち、ベルリンやローマやいろんな国の人たちの姿が、すぐそこにいる人のような錯覚を受けるほど身近な言葉で書かれている。 父親と母親、そして彼の関係は、とても複雑なんだけど、家族っていろんな形があってもそれはそれでいいのかもしれない。 家族が好きなことには変わりはないのだから。 南日本新聞社から出版されている。 このお正月に是非手にとって読んで欲しいと思う。
クリスマスイブ=イルミネーションという感じが固定した感じのこのごろだけど、大切な人と過ごす日と言うのも同じく固定してきている。 もともとはなんて堅苦しく考えると、この日はキリスト教の行事なのだ。 でも、今では宗教何のその、日本中があげてお祝い(と言うのも変だけど)、大切な行事になっている。 若い人の間ではなおさらで、一緒に過ごす人がいないので、にわかに作っちゃえなんて言うことまであるようだ。 我が家の場合、子供たちと一緒の時には、サンタさんがやってくる日だった。寝る前にはお祈りをしてお願い事を書いた手紙と共にお礼の品が何かしらおいてあった。 なかなか眠らない子供たちに閉口したものだったけど、楽しい一日でもあった。早くからケーキを作り、お母さんのはまずいとか、いやおいしいとか大騒ぎしながら夜が更けた。 子供たちは、何一つ疑うことなく朝、枕元においておいたみかんがなくなると「ほらやっぱり御礼のみかんがなくなってるよ」と、喜んでいたものだ。 一度、よく知っているお店の包装紙でプレゼントをあげた時のこと。 子供の一言 「あ、サンタさんの国にも○○○があるんだね」と、いかにもうれしそうに叫んだ。突然にサンタさんを身近に感じたらしい。 その子供たちも中学もおわりのころには真実を知ったようだけど。 その時にはやっぱり割り切れないものがあったらしいが・・ 今は、あちこちのお宅の飾り付けを見て回りながら綺麗だなあと、 それだけで済ましてしまってる私。 時代は流れていくんだなあ(笑)
おじいちゃんたちと一緒にツリー作りをした。 わっかにビーズを通して作るのだけど、おばあちゃんはこういうのが好きで 興味津々。でもおじいちゃんは初めっからこんなのは作れんという。 だから見てるだけにしようとか材料だけは貰って帰ろうとかちょっと面白くなさそう。 それで、一緒につくろうよと言って仲間に入れてもらう。 私はもともと人見知りで、なかなか言葉かけができないのだけど 何かを一緒に作業するのは大丈夫なのだ。 初めは、いやいや、やっていたおじいちゃんだが、 ビーズが針金にうまく通ることがわかると目に力が入ってくる。 どうしても針金をしっかり捻る作業はうまくいかない。 それに、せっかく通っても反対からこぼれたり、 ころころどこかに転がったりとハプニング続出だったけど、 少しずつ形ができていくとやっぱりうれしい。 これは孫にプレゼントしようとか、ばあさんが喜ぶかなとか明るい表情に変わっていく。 約2時間かかってやっと完成。 うれしそうに飾って見せる。 良かったねえ、頑張ったからこんなに素敵にできたよと、 お互いに声を掛け合っていた。今頃それぞれのおうちで一番いい場所に 飾ってあるんだろうな。 出来上がった後、ありがとうとうれしそうな顔をしてくれた。 私もうれしかったよ。ありがとう。
親にとって自分は何なのか? それに思い至った時に日本で子供たちを待つことを決心した。 蓮池さんがインタビューで答えていた。 自分は日本人だと地村さんが答えていた。 重い言葉だ。
土曜日に演劇を見に行った。 井上ひさし作「雨」 途中休憩を挟んで第2幕まである長編だ。 後ろから3番目の席だったので表情が殆ど見えない。しかし、面白かった。 面白いと言うより、ドッキリ,グサリと心に突き刺さったと言うほうがあたっているかも。 三田和代の天に登っていくような声で、方言をしゃべられると意味はわからなくてもついおかしさがこみ上げてくる。 拾い屋(乞食)の「徳さん」が紅花の大問屋の旦那に似ていると言うところから話は始まるのだが・・ はじめは半信半疑だった徳、欲と色が膨らんできてその紅花屋に行って見ると、ものすごい大金持ちの問屋で、いまだに旦那は行方知れず。 ならば思い切って替え玉になってやれと、うまく入り込むのだ・・ 天狗にさらわれたため、天狗に能味噌を抜かれたと言うことにしていたが、 途中でばれそうになると、ひとり、又一人と殺していく徳。 とうとう旦那の喜左衛門を見つけ、石見銀山で殺害。紅花の栽培方法もすっかり身に付け旦那になりきってしまったつもりの徳。 その時どんでん返しが始まるのだ。 女房のお高に乗せられて、衣装を着替える。 どんどん知らぬ間に着せられる死装束、気が付いた時にはそこは切腹の用意がすっかり出来上がっていた。 その時代、藩は、多額の貢納金を命ぜられ、払えなくなったために紅花が不作だったと嘘の報告をした。 しかし、幕府の内定で嘘がばれ、その嘘は問屋の喜左衛門がついたと言うことに。 そこで、喜左衛門は姿をくらまし、藩や女房はどうしても替え玉が必要だった。そこで、村中をあげて、徳を旦那として迎えたのだ。 歌あり、殺人事件あり、放火あり、色事ありで全編実に面白く、膨大なせりふは息つく暇なく、これでもかこれでもかと観客に襲い掛かってくる。 乳母が「ちちばっば」である証拠だと長い作り物を胸から出したり、女房が「いつものようにして」と、つめより、いつものようにとはわからぬ徳に「ほら、首に紐を播きつけてあんたがひっぱり・・」と、大仰に叫ぶなど、思い切りエッチな部分もあるが、それはそれ、独特の「ひさしの世界」である。 結局、徳は意味もわからず死んで行き、死んだはずの喜左衛門は、番頭が徳の後を着けていっていたので、間一髪で助かり、弟として又問屋に戻ってくる。 時代物でもあり、風刺物でもあり、どこか心にドッキリとグサリを残した演劇であった。 舞台の進行に合わせて雨が豪雨になったり、さっぱり降らなかったり、その場面の早や変わりにかかわっているのも面白かった。 ああ、楽しかったと帰ってみると、朝外に出しておいたラナがそのまま外にいる。え、とビックリして家に入ってみると、夫が突然ぎっくり腰になったと、泳ぎ越しで歩いていた。 (自分だけ、楽しんできてごめんね) 日曜日にはかなり楽になったようで、夫が前から欲しがっていたコートを買いにいった。そこで、本当は福引が5本引けたのに私ったら、勘違いして引けないと思い一本も引かずに戻ってしまい、今もすごくすごく残念でならない。 ああ、もしかしたら、旅行があたっていたかもしれないのになあ(こんな勘違いももしかしたら老化の一種かもとぞっとして、夫には内緒なのだ)
義父の命日でお寺にお参りに行く 私の実家と近いところにそのお寺はあるのでお寺に行くことが目的なのに心の中は実家に行くことの占める率のほうが高い 母はその時期になると必ず電話をしてくるのだ。 何時に来る?と。 やっぱり土曜日も朝早くから電話があった。 風邪を引いて病院にいったら、薬が合わなくて湿疹が出た(母はある時期からアレルギーが出るようになっていた)ので、今日もう一度行って来るけどあなたたちが来た時にいないといけないからと電話をしたんだという。 風邪の状態を聞きながら、大丈夫お昼ころになるからといいながら、今日は、日帰りで帰るからねと言うと、どうしてあしたは日曜日で休みじゃないかと言う。そんなに急いで帰ることもなかろうと。 私たちとしたら、実家にはお嫁さんもいることだしあんまり負担はかけたくない気持ちがある。しかし、母は年々淋しがるようになって娘夫婦がやってくることをとにかく心待ちにするようになってきた。 で、結局泊まって帰る事になるのだ。 たまたま、お嫁さんも日曜日はおやすみだったので、ゆっくり呑もうと言うことになったのだが、弟は日ごろの疲れがたまっていて(このところ深夜の帰宅が続いている)みんなでもう11時には床につくことになった。 日曜日は昼近くにはとってもいい天気になって、ラーメンでも食べに行こうとみんなで出かけた。スープがどろっとした感じだが昔(昭和)ラーメンという名前のラーメンでそれなりにおいしかった。 たまにいなかにいくとなんともいえないゆったりした気分になってしまい、「ああ、こんなところでゆっくり回りを気にしないで生きられたら良いだろうなあ」なんて思ってしまう。 とにかく360度が田んぼしかないのびのびとしたところなのだ。 (でも実際に生きるとしたら、大変なのだけど) ラナとしっぽちゃん(生後半年くらいのねこちゃん)事件 しっぽちゃんは生後半年くらいの猫ちゃん、 はじめはラナがケージからでて、たたきにいたのをしっぽちゃんのほうが家の中で悠然と見張っていた。 それをまったく気づかずにいた私が、玄関にいったところ、ラナは大喜びで廊下に走って上がってきたのだ。 そのためしっぽちゃんはもうパニックで逃げ回る。 ラナは追いかけるで、私もビックリで、おいかける。 一階の部屋中を走り回ったところで捕まえたのだけど、しっぽちゃんは可愛そうにショックを受けて別棟にある小屋の二階の一番高いところに登ってしまって降りてこなくなった。 ごめんね、しっぽちゃん。
「にんげんドキュメント」のあのテーマ曲 あの曲はなんというか、人生そのものを映し出しているように思うのは私だけだろうか。あの曲が聞こえてくると、あ、この番組見なくちゃと思えてくるのだ。単に成功者のみへの賛歌ではなく、夢を砕かれそれでもまだ挑もうとする人への賛歌。心に力をわきださせる曲なのだ。 それもワルツ、3拍子でできている。 先週の土曜オアシスに加古さんが出演されていた。 クラシックをはじめて聞いたのが小学2年、それも「運命」を聞いてそれが文字通り運命的な音楽との出会いだったそうだ。その後、突然ジャズの世界に入り(高校生のころ)体が壊れるほどの衝撃を受けたと言う。 パリではまだ学生のころに即興ピアニストとしてデビュー、今はクラシックをジャズの要素をうまくミックス(私の語彙ではうまくいえないが)した音楽で、映像が浮かぶような曲をたくさん作られている。 加古さんは「自然に生きる」と言う言葉を色紙に書かれた。 人も自然の一部なんですよと語られていた。 ポエジーという曲が番組の中でながされたが、昔コマーシャルで聴いた曲だった。 加古さんの曲は懐かしく、優しく、水が岩に戯れるような、それでいて涙が自然にあふれるような、心臓に直接触れられているようなそんな音で埋められている。
「なぜ、父親は病院を占拠したのか?」と言うフレーズで予告編があった映画「ジョンQ」を見に行った。 今映画館は「ハリー・ポッター」を見る人があふれていてチケットを買うだけでも大変だった。 好きなデンゼル・ワシントンの映画だけどこの前に見た「トレーニング・デイ」の悪役が強烈に焼きついていてあそこまであくの強くない役であって欲しいという思いが胸を掠める。 導入部からすぐに引き込まれて周りにいる人のことがまったく気にならなくなる(館内はあまり空席がなかった) 初めの部分、美人がアベマリアを聞きながら車を走らせている。 前のトラックを追い越したいが道を譲らない。無理やりに追い越そうとして前方から来た車と接触、大事故、多分死亡しただろうと思わせるところで終わる。その場面がなぜ必要だったのかはじめから胸に引っかかったまま物語は進行した。 ジョンQアーチボルトは仕事をパートにされてしまって収入が少なく車まで持っていかれてしまう。 妻にいやみを言われながらも息子の明るいジョークで3人の楽しい家庭を営んでいた。その息子が突然重い心臓病で移植しか助かる道がないとわかるのだ。保険があると思っていたが会社は勝手に保障の幅が狭い保険に切り替えていて移植手術には適用されない。 院長の(アン・ヘッシュ)の冷静で冷たい言葉。 「あなたと同じ立場の人は何万人もいる、あなただけ特別なんてできないのよ。とにかく25万ドルを用意なさい。じゃなければ手術はできないわ」 ジョンはあらゆる手立てを尽くそうとするが方法は何一つない。 その状況におかれた父親は救急病院を占拠するしかなかった。 その間にも息子は見る間に死の色が濃くなってくる。 でも、病院を占拠してもドナーの心臓はどうするつもりなのか・・・ ジョンははじめから自分の心臓を息子に移植するつもりでいたのだ。 館内のあちこちから啜り泣きが聞こえる。私もひそかに涙をこらえていたのだけど。人質になった人たちにもそれぞれにドラマがあった。 ドメスチックバイオレンスで腕を折られてやってきた女性。 今にも子供が生まれそうな夫婦。 警官隊が周りを取り囲み狙撃手が配置される。 狙撃に成功したと思われた一瞬弾ははずれその警官と交換に息子を手術室に運び込んだ。最後に息子に語りかけるジョン。 「金はもうけろよ。お父さんのようにはなるな」と、ささやいた時はちょっと笑った・・ 結果的にジョンが頭をぶち抜く寸前にあの事故でなくなった女性の心臓が届けられ無事手術は成功する。まさに奇跡でありこれこそジョンが心底望んだことだった。 アメリカは保険制度が今ひとつ整備されていない。 富める人と貧しい人の差が激しい。 いろんな社会的な問題を提議した映画であり、理想的な父親像を見せてもくれた。 デンゼルのすばらしさを堪能したし、またアン・ヘッシュの冷たい顔が心をとかされ涙にくれリストをファックスするシーンが印象的だった。
やっと半分くらい書いたのに、手違いで消えてしまった(なんてこと・・) で、もう一度繰り返そう 遅れてる地区に住んでる我が家にもやっとADSLが繋げれることになった(言葉の使い方がおかしいかもしれないけど今の気持ちを表現するとこうなる) それで、少しでもパソコンの中を整理しておこうと思い立った。 まず手始めに、セキュリティや重要な更新をやっておこうと(しばらく3ヶ月かもっとやっていなかった)アップデートのホームページに行く。 そこで、一番に目に入ったのがウインドウズXPのサービスパック1というもの。これはちょっと時間がかかりそうだったけどその日は土曜日だし特に予定もなかったので決心して取り込むことにした。 まあとにかく1時間以上もかかってそれでもやっとインストール終了。 さてどんな風に違うだろうと再起動をかけた。 それが困ったことにいつまでも立ち上がらない。今までの2倍以上もの時間がかかってやっと立ち上がった。 ネットにつないで見ると音がならない。 システムを見てみると今まであったのが接続されていない状態になっている。 ああ、とんでもないことになったと思い、アップデートのホームページにもう一度行ってみる。そこで、あちこち読み進んでいくとなんと私のパソコンに入っているウインドウズにはサービスパックは適応していなかったのだ。 そこで、あせったけれど考えた末、そうだこのパソコンはファイルを以前の状態に戻す機能がついていたんだと思いつき、さて、以前とは、数日前か 当日でも朝のうちにならいいのかと思い悩んだ末、このサービスパックをセットする直前のところに戻すことにした。 それがもう、とんでもなく大変な状態を引き起こす結果となったのだ。 その戻した時点と言うのが中途半端な時点だったために最後に出たメッセージは正しい言葉は覚えていないけれど、この時点(その場所)は見付かりませんと言う言葉だった。 そして、そのメッセージがそのまま凍りつき(と、私には思えた)他にどんな文字も現れずマウスもまるで反応せず、もう「万事休す」の状態だった。 夕方だし、ラナは散歩に連れて行かないとおしっこ漏らしそうだし、夕食の準備は迫ってるし・・・すっかり参ってしまった。 何度か、強制終了して、いろいろ試みたけど、やっぱり最後に現れる文字は同じ。もう駄目だ、修理に出さなきゃと気持ちまで立ち上がれない状態になってしまった。 とにかく夕食が終わってからと夜になってもう一度やって見た。 やっぱり同じ、夫に壊してしまったと言うと触りすぎだろうと冷たい返事。 何度か繰り返し、セーフモードで立ち上げたりと試してみるがやっぱり駄目。これは、もう、初期に戻すしかないかもと諦めかけたが、そうすると、何一つバックアップが取れないことに気がつき暗然とする。 そして、もう一度「最近で正常だった時に戻す」モードで立ち上げ、何気なくエンターキーを押してみた。 そうしたら、ちゃんと反応するではないか。 つまり、マウスで操作するのでなくキーボードで操作するとはじめの立ち上げはできたのだ。 このときの嬉しかったこと、そして、それ以上余計なことをしなかったことを思わず自分に感謝してしまった(汗) その後もう一度日付を二日前に設定しなおして「修復する」ボタンを押した。 それで、一応落ち着いたのだけど、サービスパックはどうなったのかと見てみると削除されていない、それも一つのファイルとしてではなくいくつものファイルとして入っていた。 ここで、時刻はもう夜の12時を回っていた。 とりあえず土曜日はここまでにして寝ることにした。 朝方の夢に、パソコンがでてきたくらいだからものすごいショックを受けたのだった。 次に日曜日の夜にもう一度次に取り掛かる。 説明を見ると、前の分をアーカイブとして残している場合は削除できるとあるので、それではとにかく削除に取り掛かろうと恐る恐る削除ボタンを押してみる。「削除すると正常に動作しない場合があります」この恐ろしい文字を見つめながらそれでもエイと押してみる。 一つ二つと消していくうちにパソコンの立ち上がりが軽くなっていくような気がしてくる。 そして、最後に三つだけ残った。 これは黄色い注意マークがついているのだ。 消してもいいのだろうか、それとも消したら、ほんとに作動しなくなるのでは・・・気になるのだけど、とりあえず残している。 誰か知っている人がいたら教えて欲しい・・・・ こんなふうに私は時々、ものすごい油断をしてしまうのだ。 そんな時は必ず失敗をする。それがわかっているのに同じことを繰り返す。 そして、駄目だなあと自分が情けなくなるのだ。
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