| 2007年07月30日(月) |
参議院選挙の結果に思うこと |
歴史的与党の敗北が決定した2007年夏の陣。残念ながら、決して民度の高い選挙だった、とは言いがたいものがある。
まずは、投票率だ。あれほど騒がれていたにもかかわらず4000万人以上の有権者が棄権をしたことである。国民としての権利であり、主権者としての義務でもある投票という行為を捨て、体たらくなマスコミに踊らされて「政治が悪い」とのたまう「お任せ民主主義」の方々は、いったいどうしたらいいのだろうか。
また、タレント候補が相変わらず上位当選をしていることは、情けない。勿論、様々な層の国民の代表という意味では「芸人」代表がいてもいいが、単に政党の集票マシンに使われているとしか思えない候補はどうしたものか。東京地方区では、実績ある自民党現職が落選し、こともあろうか、ナント左派マスコミ代表のテレビ朝日のアナウサ−が当選とは、世も末か。
自民党大敗の大きな要素となった事件に年金問題がある。しかし、よくよく考えて見ると、あれは社会保険庁の労使の馴れ合い構造によって起きた、いわば人災である。勿論、政府与党として道義的監督責任は問うべきだが、実は、あきれた労使慣行を主導したのは、社会保険庁プロパーである「地方事務官」らが組織する「自治労」である。
自治労は言わずと知れた、民主党の大型支持母体である。つまり、民主党の支持母体である自治労の不祥事により、民主党が圧勝した、という不思議な構図が成り立つのだ。な〜るほど、つまり、自治労は「政権交代」を謀るために、何年も前から、この不祥事を企み、働かず、パソコン導入に反対し、備えていたのか!とすれば、今回の民主圧勝の最高殊勲賞は、実は、社会保険庁の自治労所属の職員さんたちだ。何しろ、新機構での「解雇」というリスクを犯してまで、頑張ったのだから…
安倍総理の肩を持つつもりはないが、歴代総理が目をそらしてきた戦後処理の諸問題を短期の間に解決したリーダーシップは、大いに賞賛されていいものだった。左傾したマスコミが徹底的にたたいた結果、多くの国民が誤解したことは、極めて残念である。将来、歴史が彼を評価するに違いない。
それにしても、民主党比例の上位には、自治労や日教組といった、我われ保守系議員が、最も注視しなければいけない輩が輩出されているし、それ以外の多くも労組系である。このような陣容で、はたして民主党は、公務員改革ができるのだろうか?教育改革が出来るのだろうか?
このような輩と組めるのだったら、なぜ新進党を解党し、自自公連立を解消したのだろうか?小沢さん!参議院で「なんでも、反対!反対!」の無責任野党に成り下がらないよう願ってやまない。
区議会議員に限らず、議員と名がつく人々は土日が忙しい。勿論、平日も忙しいのだが、平日の日程は予定が組めるが、土日は重複が多く、日程が組みにくいのだ。
本日、土曜日の私の日程は、以下の通りである。
07:00〜少年野球大会準備(実行委員) 08:00〜同開会式・試合 13:15〜放送大学大学院「福祉政策�機彁邯魁扮�:弘明寺) 15:30〜羽田地区祭り 18:00〜地元盆踊り 19:00〜NPOビアパーテイ
書いてみるとたいしたことはないように見えるが、移動時間などを考えると、相当ハードな一日だった。午前中は体を使い、昼から頭を使い、夕方から肝臓と胃を使う、という全身を使った一日だった。
ふう〜
| 2007年07月25日(水) |
日本全国の公務員に読んで欲しいメール |
私のメルアドに本日着信したメールである。大田区の心ない当該職員は勿論のこと、全国500万人の公務員に読んで欲しいメールである。
職員の心ない一言、態度が行政への不信へと繋がるのだ。社会保険庁の労働組合のバカさ加減は論外だが、公務員の「お役所仕事」にどれぐらいの区民が泣かされているか‥執行部だけでなく、相変わらず「ぬるま湯」を要求する、時代遅れの職員労働組合からの返答も期待したい。
初めまして。大田区在住の○○と申します。こちらにこのようなメールを送って良いものか分かりませんが苦情を言わせていただきます。それは大田区役所の対応です。
昨年、子どもを授かりました。出生届けを出す際、休日になってしまったのですがその日に提出しに区役所へ向かいました。窓口では担当者が受け取ってはくれたものの証明印鑑は平日でないと押せないといわれました。休日にも受取り可能という意味は全くないのではないでしょうか。しかも職員は数人なのに部屋の電気は全てついている状態でした。エコが叫ばれる昨今、ここは関係ないのかと思いました。結局、産後で体調もイマイチだったのに平日に行き、そして印をもらうまでしばらく時間がかかりました。
また、うちの子は3月生まれですが9月より私が仕事復帰するため5月頃から色々保育園をさがしていたのですがどこもいっぱいで見つかりませんでした。窓口に相談へ行くと「空きがなければ行けない」や「なんとか自分で見つけてください」と言われるばかり・・・挙句に3月に産まれると分かってるのだったらもっと前に申請しておかないとねとまで言われました。無認可を含め自分の居住区以外の所も探してみましたがどこにもなく、再度窓口へ行くとやっぱり「なんとかしてみてください」と言われました。そんなこと百も承知です。まるでこれでは仕事復帰するなといわれてるようなものじゃないですか?そう言っても担当者は「空きがないので」を繰り返すばかりでした。(結局、家からはかなり遠い保育園に預かってもらうことが出来ました)
そして春になり、家から近所にある区立の保育園に通える事になったのですが必要書類をすでに提出しているにも関わらず未提出分があると手紙が届きました。児童手当の申請の際、直接窓口に行き、保険証を渡し担当者が自分でコピーし持っていったにも関わらず半月程経って「保険証のコピーがありません」といわれたのには驚きました。保険証は個人情報の1部なのではないでしょうか?TELで直接渡したと言っても「どうやら担当者がなくしたみたいです」とさらりと言われ、またコピーをとり郵送し・・・普通の会社ではありえませんよね、こんな事。
また、私は派遣社員なのですが産休を取りましたが同じ場所ですでに9年ほど働かせていたただいてます。今回復帰し、また長期ということで働かせてもらってるのですが就労証明をその更新毎に提出しろと言われました。しかも就労証明を9月に提出しており、4月末になってすでに就労契約が切れてるから5月からは保育園へは通えませんという通知がいきなり届きました。知らなかった私もいけないのですがいきなり解除通告はないんじゃないでしょう?そのことを尋ねると「通知はすでに送っている」との事(しかし届いてません)。その上、今回、延長保育を11月で解除する旨の通知が昨日届きました。その書類には「育休申請をしたか未提出書類があるため」と書いてありました。
6月には新たな就労証明も提出済みであり、産休などの申請をしたこともなく 一体これはなんなのだとTELして聞いてみたところ、9月末で就労契約が終わるから通知を出したと言われました。長期で働くことを告げ、また新たな就労証明も届いたら提出すると言いましたが「それならそれでいい」と言われました。でも通知には11月をもって解除すると記載がありなぜそんな通知を出したのか問うと「就労証明を早めに提出下さい」との事。それならば文章が違うのではないかと言うと「こちらに言われても・・・」と全然取り合ってくれませんでした。それに今回この変更通知をもらいましたが毎回就労証明が切れる際に送っていると言われましたが今回が初めて届きその旨を伝えると「あなただけじゃなく他の人にもみんな、同じように書類を送ってます。届いてないわけがないじゃないですか」と言われました。
いつも思うのですがどうしてお役所の方々は上から目線なのでしょうか。ある意味サービス業だと思うのですが。毎回同じようにマニュアル通りの回答であり、全く融通が利かず、親身になって話を聞いてもくれない・・・お役所とはそういうところなのでしょうか?
きっと私のように感じてる方達は大勢居ると思います。こういうメールもたくさん受け取っていらっしゃると思いますが改善方法はないのでしょうか?それとも苦情は読み、区役所にも一応注意したのであとは変わるのを待つのみなのでしょうか?
企業であるのなら例えば顧客サービス係りなどの苦情を聞いてくれる部門がありますが区役所などはどこにどのように話をしたら良いのでしょうか?こうやって区議会議員の方のHPなどを自分で検索し、メールなどを送るしか方法はないのでしょうか?
今回、子どもが出来、感じるのですが全く「働くお母さん」の事を考えてくれないのですね。別に特別扱いをしろとはいいません。が、もう少し柔軟に対応していかないとこの先もっと少子化になっていくのではないでしょうか?私も年齢が許すのであればもう1人とは思いますがこんな扱いをもう1度・・・・と思うと産むことを躊躇してしまうのも本心です。
長々と苦情を書かせていただきましたが何とか改善され、区役所へ行くのも 連絡を取るのもスムースに行くようになったらと思います。お忙しい中、ご清聴ありがとうございました。
○○
さあ「民間出身」区長さん!よろしくお願いしますよ。
| 2007年07月23日(月) |
わお!病名のオンパレード@人間ドック報告書 |
先週、一年ぶりに区内の病院で人間ドックを受けてきた。しかし、増築増築で継ぎ足した「検診センター」にはびっくり。何しろ、受付を1階で行い、3階まで階段を上り、更衣室で着替え、すぐさま4階に行くよう指示され、血圧の測定である。これじゃ、誰もが「高血圧」になっちまう。
さて、今日自宅宛に「成績報告書」が「親展」で送られてきた。恐る恐る開封すると、うわ〜なんじゃこれは!!!!!以下のような文字が印字されているではないか。
肥満、大動脈アテローム硬化、心室性期外収縮(散発)、軽度脂肪肝、騒音性難聴、血糖値高め‥
そして、過食、過飲にならないよう、減塩、減脂肪食を心がけ経過観察のため、6ケ月後に来い、とある。
馴染みのない病名もあるので、ネットで検索してみると、結構ヤバイ。 しかし、揚げ物大好き、ビール大好きの私にどうしろというんじゃ、神様は。
猛省して、昼食は、役所前の○○水産で、ミッックスフライ定食に生卵かけ放題を食した。夜は、盆踊りでビール!!!!夏の健康管理の模範だな。
| 2007年07月19日(木) |
あらあら点字案内板に点字を忘れちゃった! |
お役所も大企業も、大義として「障害者援助」や「男女平等」を標榜しているが、実態は「いい訳」であることが少なくない。例えば、区幹部が女性蔑視の行動を酒席でとったり、庁舎の障害者用夜間インターホンが車椅子では到底届かない階段の上にあったりと(本件は私の指摘で階段下に移動済)、表と裏が大きく乖離しているケースを散見できるのがお役人の世界である。
以前、旅行会社を経営していた時、ある県警機動隊の団体旅行を請け負ったことがある。温泉地に着くと幹事役の警察官が宴会場にストリップをいれると言い出す。「大丈夫ですか」と聞けば「所轄ではないから‥」と。街に繰り出せば、チンピラをぶっ飛ばし、所轄警察が出動。悪いのはわかっているが「所管ではない」ことが言い訳となるのだ。
さて、本日発見した「所管外」は、点字案内板である。大田区と民間企業2社が合弁で作った「アロマスクエア」の敷地西側にある点字案内板。何気に見ると、あらあら「点字」がないのだ。
数年前に、この施設の正面にある別の「点字案内板」に「点字」がない、と指摘して大急ぎで「点字」をつけてもらったことがある。要するに、この施設の「点字案内板」には。当初から「点字」が一切ついていなかったのだ。
この施設を管理する会社は、アロマスクエア�蠅箸い�合弁企業で、某生命保険会社、地主の香料会社、そして大田区という3者がかかわっている。総務部の管理職ポストは区幹部の定年後の指定席でもある。
通常の感覚であれば、数年前に正面入り口の点字案内板に「点字」がないことを指摘されれば、施設内すべての「点字」を点検するのがフツーだ。が、責任の所在が不明確な「出向者」と「お役人」のためか、指摘された場所だけに「点字」をつけたらしい。
この施設が出来たのが1998年10月、はたして、この9年間に何人の視覚障害者の方が、点字ブロックに誘導されて「点字のない点字案内板」の前に来て落胆されただろうか。
早急な改善を求めたい。

| 2007年07月17日(火) |
区報を信じちゃいけないよ! |
日本人は、官(公務員、お役所)については、なんだかんだ批判はしても、最終的には絶対的な信頼を寄せている。例えば、普段は「お役所仕事」などと批判していても、自分の子どもの通っている保育園が民間委託になると、大騒ぎで反対したりするケースなど好例だろう。しかし、その官は、いつも都合よく情報を操作し、場合によっては議会の議決すら無視することを多くの区民、国民は知らない。
今日は、一部の特別委員会が開催されたが、わが会派の開発特別委員委員である奈須議員が激怒して控え室に戻ってきた。「あまりにもひどい!」という彼女からもらった資料には、唖然としてしまった。
それは、大森北一丁目に図書館、出張所、大田北行政センターを合築する「大森北一丁目開発事業」についての文書だった。この事業は、NTT都市開発が所有する商店街内の土地と、大田区が所有する土地を交換し、その場所に民間活力を利用し、前述の区施設と住宅、店舗などを入れる計画で、地元町会、商店街などをまきこんで協議会を作り検討していたものだ。
それが、本日配布の資料によれば「北行政センターは移転しない」として「入れる時」には、入れる理由としていたものが「入れない理由」として列挙されている。ふざけるな!である。以下の本件に関する議会審議の経過を見ていただきたいのだ。
H17.3.4 総務財政、生活産業、都市整備、保健福祉、こども文教の各委員会において、所管の課長が異口同音に「大田北行政センター」を大森北一丁目に移転する、と報告をしている。
H17.6.10 総務財政委員会において、この「大森北一丁目開発」のための補正予算案、用地費2億8500万円、基本設計委託費など3707万4000円が審査され、可決されている。
H18.03.01 平成18年第1回定例会において、荒木秀樹議員の北センター移転を含む本件の質問について西野区長(当時)も肯定する答弁をしている。
H18.10.04 決算特別委員会において、同じく荒木議員の質問に対し、石田まちづくり推進部長も同様の答弁をしている。
さらに、驚くべきことに、大田区報平成18年10月11日号の一面には次のような文面が、移転の地図とともに掲載されているのだ。

区民サービスの窓口と機能が集約されます。 「入新井特別出張所」「入新井図書館」「大田区北地域行政センター」を移転します。大森駅に近くなり、利用しやすくなります。
ウソつけ!議会では、北行政センターが移転するとの説明のもとに予算が議決をされている。そして、その結果が区報で68万区民の公表されたのだ。
が、こうも簡単に覆す行政とは、いったいなんなのだ。考えられる推論は次のようなものだ。
民間活力利用という大義のもと「親しいデベロッパー」に声をかえたところ「こんなに区役所に使われたんじゃ、商売にならんだろう!」と、行政センターの部分を民間に使わせろ、と頼まれ止む無く承知した。
以前、蒲田保健所跡地で同様のことがあった。「賑わいを創出する先進的事業」は、スーパーとアスレチッククラブへの転貸をする建物賃貸事業者への借地だった。
情けないのは、開発問題調査特別委員会のメンバーから、先の議決に対しての反論が奈須議員以外、一切なかったという点だ。これでは、なんのための議会、なんのための委員会であるのか「地方議会不要論」を自ら肯定するような行為は残念である。
| 2007年07月14日(土) |
ロ−カルマニュフェスト推進議員連盟総会・研修会 |
昨日は、午前中、総務財政委員会があり、午後はロ−カルマニュフェスト推進議員連盟の研修会に参加した。この会は、三重県知事であった北川正恭早稲田大学大学院教授の呼びかけで3年前に始まったもので、先の首長選挙からマニュフェストが配れるようになったことも、この会の活動の結果である。ちなみに、私は2年前より会員となっている。
研修会での、各講師の発言要旨は以下のとおりである。
北川正恭氏 議員の資格要件が変わったことを議員が理解していない。お役人や首長の決定を追認する議会は、すでに終わったのだ。我々のアンケート調査によれば、投票行動のトップは、マニュフェストである。縁故は2番目以降に後退した。地域から日本が変わった、そのもとはローカルマニュフェスト議員連盟だった、と言われるようがんばって欲しい。
増田寛也前岩手県知事 私は3期でやめた。やるべきことはすべてやった。12年で出来ないことは、16年だろうが、20年だろうが出来ない。情報を出来るだけ隠すのがお役所だったが、今後はいかに情報を公開し、痛みやウミを処理していくかが問われている。各議会の調査課はとてもヒマをしている。これを使わなければいけない。議会の姿が、どれ位市民に伝わっているだろうか。市民はほとんど関心がない。議員は、もっと発信すべきである。
仙石由人代議士(民主党・徳島県) 徳島県の民主党で、県連のマニュフェストを作った。マニュフェストだけとは言わないが、そんなもんいるか、という県議は落選した。我々マニュフェストは、恵庭市の中島市長のパクリであるが、民主主義そのものも、もともとはマネだ。いいものはマネつが、マネていることがばれてはいけない。霞ヶ関の「お説」をたれ流す、執行部(お役人)にお墨付きを与える議会でいいのかが問われている。
松田良昭神奈川県議会議長(自民党) 議会改革の一番の敵は、自民党の議員だった。それは、自分達が作り上げたものを、ぶっ壊さなければならないからだ。しかし、神奈川県議会がだめになったら、地方議会がダメになってしまうとの思いから、議長選挙でマニュフェストを作り、議会改革を訴えたところ、107名中、無効4票、103票という県議会史上初の満票で当選した。長老議員に反対される内容もあったので、インタ−ネットのメールでマニュフェストや改革プランを送った。きっと、長老議員はネットをめんどくさがって読まないだろうから。まんまとそのとおりだった。公選知事になって60年、県議会は128年県民の代表だったという意識を持って、議会改革に取り組んでいく。
そして、全国各地で配布されたマニュフェストが資料として配布された。う〜ん、みんな読みやすいじゃん。民主党徳島県連などは、ひらがなのルビまでついえいる。その意味では、私のマニュフェストは「95%」のほうに入るようだ。はんせ〜い!
| 2007年07月13日(金) |
新区長の目玉は「図書館のネット接続」? |
今日は午前中、区議会総務財政委員会があった。今日の所管事務報告は、大田区経営戦略会議設置と大田区緊急2ケ年計画の発表だった。
大田区経営戦略会議とは、区長、副区長、特命担当部長により週一回開催するものらしい。ところが、これが最高意思決定機関なのか、と質問するとそうではない、という。最高意思決定機関は、相変わらず部課長が出席する「庁議」だそうだ。
この「庁議」は、心ある多くの職員の弁をかりれば「時間の無駄」、廃止すべき三大会合のひとつだという。ちなみに、他ふたつは、管理職だけで泊りがけで行く「熱海会議」。そして、町会長たちを集める「わがまち大田」である。
前政権の時は「庁議」と言っても、区長、助役の「トップダウン」の決定事項連絡会のようで、議論をするわけではなく、別に開かれる「部課長会」と何も違わない。(←議会に似ているかも‥)そして、今回は、経営戦略会議である。まあ、以前は、区長と助役二人で意思決定していたことを、4人で決める、という点では、いささかは進歩かもしれないが、結局「庁議」が、形骸化した「最高意思決定機関」であることは変わらないようである。
次に、A4版80ページほどの「大田区緊急2か年計画」が配布された。さきの二回の補正予算では、前政権の継承案件ばかりで「民間区長」らしさは、まったく出てこなかたので、期待を持ってページをめくったが、ガッカリ。
117提示された「緊急計画」のほとんどが、特段「緊急」でもなく、前政権の行っていたことの継承、または「表現を変えた」ものなのだ。担当課長に、この中で、特に区長が変わって「これだ!」というものはどれ?と質問したら、意外な答えが返ってきた。それは‥
例えば、図書館のネット検索の導入です!
わお〜!!そうきたか。区立図書館のネット検索は、前政権が頑なに拒否した結果、ついに23区中ただ1区、大田区だけが「出来ない区」になってしまった。確かに「違い」ではあるが、いささか情けない「これだ!」である。
ひとつだけ評価できるのが「区長の多選自粛(禁止)条例」の検討である。これは、先進的自治体の首長(三重、宮城、横浜、神奈川等)が常に問題提起していることで、その意味で、23区中最も保守的な体質である大田区の区長が発議したことは、大いに評価に値する。
また、「地域力」と銘打った事業の「地域」が、町内会、自治会に限定されていることは、今風ではない。区長自身が町会長、連合町会長なので無理もないが、今「地域」を語る時、大きな問題は、町会長や区長の名前すら知らない、60%の区民の存在である。この人たちを「地域」に引き入れる方策を早く検討しないと、勤労世帯の多くが、区長の名前も知らない「お任せ民主主義」で終わることになる。
とすれば、区政は、町会、自治会、商店会などの「旧住民」のためだけに機能することとなり「新住民」の政治離れを加速するだろう。
さらには、議会との関係についての記載がないことも残念である。20年にも及ぶ長期政権の結果、区長決定の追認機関としての議会としての色彩が濃くなってしまった区議会と、今後どう議論を尽くすのか。2元代表制の仕組みのなか、議員出身の首長として、是非、考えて欲しいものである。
まあ、そうは言ってもまだ、ご就任2ケ月である。是非、今後に期待したいものである。
| 2007年07月11日(水) |
国のお役人の講演は満席@自治体総合フェア |
今日は、一日、東京ビックサイトで行われている「自治体総合フェア・介護フェア」に参加した。これは社団法人日本経営協会が主催し、総務省など国の各官庁、知事会、市議会議長会、東京都、NHKなどが後援し、毎年開催されている「地方自治の見本市」のようなものだ。
中央官庁のお役人や、先進自治体の担当者が講師となってのセミナー(事前登録)も無料なので、とても「お得」なので、毎年参加している。
まずは、「介護保険の適正化の推進について」との演題で、厚生労働省老健局介護保険課の課長補佐が講演された。これは、介護保険財政が切迫しているため、厚労省が各保険者(自治体)に対し、抑制策を示したものである。いかにして「適正化」するか、についての趣旨に終始されていたので、質問をした。
私:地方分権といいながら、介護保険について国は口を出しすぎる。保険者たる自治体が工夫をもってやればいいではないか。余計なお世話である。国が口を出しすぎるものだから、自治体職員は保険者としての自覚を持てず、「国の解釈集」をバイブルに仕事をするようになる。それよりも、介護保険の施設入所者から医療保険料を徴収しておきながら、医療機関に受診すると「自費」となり、施設側が負担する「おかしな制度」をなんとかして欲しい。
厚労省:それぞれの保険者(自治体)が、様々な工夫をしているようである。医療保険が使えないことは、問題として承知はしているが、適当なお答えができない。申し訳ない。
講演が終わると、業界紙の記者がとんできて「よくぞいった。われわれもそう(国が口を出しすぎ)思っている。」とエールを頂いた。
次は「電子自治体の今後の方向性について」と題し、総務省自治行政局地域情報政策室長の講演だった。が、とてつもなくつまらなかった。都道府県の担当者を呼んで「事務説明」をしているようなもので、あまりの無味乾燥、内容のなさに中座した。
そして「本格化するPPP事業と今後の展望」地方自立政策研究所理事長穂坂邦夫氏(元志木市長)の講演会場にむかった。いままでの会場と大きな差があった。それは、いままでの会場は、大きな会場なのに満席。今回は、さほど大きくないのに、席はまばら。この会場では、穂坂氏の後、世田谷区の部長さんによる事例発表である。
な〜る程!理由がなんとなく読めた。あくまで私の推論だが、前の二つの講演は、講師が国のお役人である。参加者のほとんどが、地方自治体の職員であるから、彼等は、そのDNAから「国のお役人のお考え」をいち早く知ることが出来、うまくすれば名刺交換ぐらいできるであろう、講演会に内容はともあれ殺到するのではないか。
ところが「市職員半減」を公約した元市長や、3000円のパンが売れる「高級自治体」の部長の話など、どうでもいい、と思った結果が、集客の差ではないだろうか。お役人とは、実に判りやすい人種でもある。
以下、穂坂氏の講演要旨である。
議会=行政受付係 出来るだけ新しいことはしたくないという、役所のなかでも「最も保守的」な場。例えば、議事録などというものを、どこの議会もあたりまえのように、高額な委託費を払って作っているが、あんなものはめったに見ない。であれば、テープを保存しておいて、必要な時に聴けばいいが、それができない。議会と首長、どちらが責任があるか、と言えば、議決する議会のほうに決まっている。ところが、議員がみんなボケっとしているから気付かない。
国が考えたことなど「現場がない」のだからダメだ。わからない人が決めたことを「は、はぁ〜」と、鵜呑みにしているような自治体の行為はやめたほうがいい。
住民は、行政を批判しながら、行政に対して絶対的な信頼を持っているという矛盾がある。(例:保育園の民間委託反対)公権力の行使や高度な裁量権のあるものだけを公務員がすべきだ。志木市の職員に市の仕事を精査させたが、1500ある事業のうち半分は、民間に任せられる、と報告があったが、実際には3/4はできるはずだ。行政効率だけでなく、行政サービスの質をあげる協働やアウトソーシングでなければだめだ。
そして、今後の地方自治体は「執行」から「政策」へ転換すべきと結ばれた。
頑張れ!「地方政府」のお役人!脱、お国だ!
| 2007年07月10日(火) |
F-15に乗った!!@訓練最終日 |
いよいよ予備自衛官訓練最終日。訓練予定によれば、本日は「武器清掃」だった。しかし、急遽「航空機見学」に変更となった。どうも、予備自衛官の訓練計画を立案する担当者には「被訓練者」の視点が欠落しているようだ。
3キロ走や徒歩行進などだけでは、訓練出頭意欲をかきたてない。一般社会では経験できない「航空自衛隊ならでは」の訓練種目を、ところどころに入れないとマンネリになってしまう。
例えば、実弾射撃などは、民間では海外に行くか、その筋に入門しない限り経験できないことで、これは必須であろう。また、移動には出来れば航空機(輸送機、ヘリコプター)を利用することも「航空自衛隊ならでは」だろう。(今回も、小松基地での訓練はヘリで移動だったようだ。)
さらに、現職自衛官には「日常」だが、予備自衛官には「非日常」なのが戦闘機である。現職は、毎日爆音を聞き、身近に感じているから、何の感動もないだろうが、普段一般社会にいる予備自衛官は、戦闘機に触れることはない。
ところが、昨年も今年も訓練計画に「戦闘機」は入っていないのだ。昨年は、基地司令を招いた懇親会で直談判をして、急遽最終日に管制塔と戦闘機の見学が決定された。その時の司令の言葉「なんだ、そんなこと(戦闘機見学)もしていないのか!」
そして今年も「例年通り」計画に「戦闘機」の文字はない。そこで、またまた司会の特権で司令に迫った。「明日、戦闘機を見せてくれるかな〜」と。酔いもまわっていたので、司令は、この無礼者の懇願を心よく受け入れ「いいとも!」と答えた。
さあ、それからが訓練担当者は大変だった。戦闘機地区に立ち入るには「立ち入り許可」が必要で、予備自衛官と言えども、本籍、住所、電話番号、生年月日などを記載して申請しなければならない。(本当は裏技もあるのだが‥)さらには、戦闘機の案内要員の確保だ。結局、宴席に同席されていた、第七航空団人事部長(元戦闘機パイロット)自らが案内をしてくれた。
昨年までは、写真撮影については、何のお咎めもなかったが、今年は厳禁。やはり、連発する情報漏えいの影響だろうか‥結局、空自の所有する最新鋭(でもないが‥)の戦闘機F-15のコクピットに乗ることが出来た。
(写真は昨年の訓練で許可を受けたもの)

予備自衛官招集訓練4日目は、基地防空訓練である。これは、各航空団に配置されている基地防空隊において、有事に予備自衛官が対空火器を運用出来るように、との訓練である。
航空自衛隊の予備自衛官は、退職時の職種がそのまま「特技」として付与されている。私は、BADGE(半自動航空警戒管制組織)の自動追尾器材整備という職種だったが、器材そのものが廃止になったため、電子計算機整備という特技を指定されている。
ところが、私が教育を受けた当時とは2世代も基幹システムが大規模更新されており、もはや、まったく別世界となってしまった。確かに、定年退官者や、退職後1年程度の若年隊員なら、在職中の経験を有事に再度生かす、との旧職種指定は意味を持つが、日進月歩の技術系職種では過去の「栄光」は招集部隊のお荷物にすらなる可能性がある。
であれば、予備自衛官は何をするのか。個人的な意見だが、私は「後方支援」に特化すべきだと思っている。すなわち、今回訓練を受けた基地防空火器の展開運用や、基地警備、さらには給養(給食のこと)、弾薬搭載などである。現職の自衛官は、戦闘機を飛ばしたり、レーダーの運用で必死の状態だろうから、それ以外のバックヤードを、予備自衛官で補完するのだ。
航空予備自衛官制度も創設以来20年以上経過し、制度の抜本的見直しが求められる。せっかく、800人ものメンバーが毎年訓練しているのだから「目指すところ」を明確にすべきである。でないと、制度を維持するための訓練になってしまい、結果として制度そのものが形骸化する恐れすらある。
さて、そして、お待ちかね!訓練最終日の夜は、基地司令、方面隊総務部長など幹部をご招待しての「懇親会」が、基地クラブで行われるのが恒例である。今年も、司会の任を命ぜられ、大騒ぎの夜も深けていく。

| 2007年07月08日(日) |
身体に悪いよ!!徒歩行進10キロ |
訓練3日目。午前中は、昨日射撃に使用した小銃を分解して清掃。そして、防衛部による防衛教養の座学。防衛教養の内容については、漏洩すると禁固または懲役になる、とパワーポイントで何度も繰り返し説明された。 従って、けっこう興味深い内容だが、残念ながら書けない。ただ、一般国民が「平和」を当たり前のように享受している時も、その「平和」を必死に守っている公務員がいることを知って欲しい。
午後は、なんと、百里基地外柵1周徒歩行進訓練だそうだ。ばかでかい基地の周囲は10キロ。天気は快晴。作業服に編上靴(へんじょうか)で行う、との当初予定を「事故防止!」と懇願して、体操服装、運動靴(うんどうか)に変更してもらった。
いやはやでかい基地である。途中2回水分補給の休憩をしたが、13時に出発して終了は15時半。実に2時間半の大行進だった。疲れた〜!!
疲れて汗をかいたらビールが私の人生の基本である。が、最寄の飲み屋までタクシ−5000円。内務班(居室のことをこう呼ぶ)での飲酒は厳禁。そこは、酒飲みのプロ。地元情報に詳しいBX(基地売店)のオヤジに「送迎付」の飲み屋を紹介してもらった。
10名以上でないと送迎しない、とのことで早速有志を募ると、13名がエントリー。基地から恐ろしいほどの山奥の道を抜け、鉾田という街に繰り出した。呑み終わっても、この送迎バスで帰らなければ帰れないので、9時にはベットにいる、という健全(?)な飲み会だった。

| 2007年07月07日(土) |
若いもんにゃ負けられん!!! |
本日は訓練2日目。午前中は体力測定。午後は実弾射撃である。航空自衛隊に入ったのは昭和47年、16歳の春だった。全国4万人の隊員の中で最年少であった。ところが、今日の体力測定のわが班(15名)の名簿を見て、たまげた!なんと、最年長ではないか!!!わお〜
体力測定は、昨年から大幅に変わり、3000m走、腹筋、腕立て伏せの3種目に激減した。腹筋と腕立ては「体に悪い」ので、各20回でやめた。しかし、3000mは若い頃からの得意技である。若いもんにゃ負けられん。先週からの風邪で、鼻水が出てはいかんので、便所に駆け込み、トイレットペ−パ−をポッケに忍ばせてのスタート。
私流の持久走攻略法は、まずスタートダッシュで先頭を突っ走る。体力の持つところまでトップで走り、残りは、いかに抜かれないかでゴール、というものだ。今日も、この作戦でいった。スタ−トから1000mは、作戦通りトップを爆走した。(正確には、現役のコース案内のアスリートがトップだった)
見ていた若い隊員からは「あのオヤジ何考えてるんだ」と驚愕の声があがったらしい。結果、途中3人に抜かれて4位でゴール。15分16秒は、普段走っていない50歳としては上出来か。
午後は、64式小銃の実弾射撃である。基地内にある航空機のバルカン砲用の射場での射撃である。25m先の2つの標的に、5発ずつ撃って点数を競うものだが、こいつがどうして当たらない。今回は、メガネを持ち込んでのチャレンジだったが、個人の点数は発表しないことになったらしく、詳細は不明。ただ、基地対抗では、わが府中基地は、ベスト3に入賞した。
これはきっと、「若いもん」の点数が良かったおかげだと思う。
しかし、百里は田舎だ!!最寄の飲み屋までタクシー5000円。基地内で唯一酒が飲める基地クラブは土日休み。ふざけるな!!!!誰かビール買って来い!

| 2007年07月06日(金) |
訓練初日?いえ休息初日‥ |
本日から、平成19年度第二次予備自衛官招集訓練が開始された。久間防衛大臣名の命令書には、午前8時までに府中基地に出頭せよ、とある。現職自衛官でも防衛大臣名の命令書を頂くことは、ほとんどない。遅れてはならぬ、と高速道路を使って、ぎりぎり間に合った。
ところが、その後の本日の日程には、いつもながら、ずっこけてしまった。以下、本日の行動である。
08:30〜 代表者のみ群司令に申告
08:45〜09:10 衛生隊で健康診断
10:30 百里基地へ官用バスにて出発
13:30 百里基地到着
16:00まで身辺整理(?)
16:00〜夕食、入浴
確かに、小牧、浜松、入間、木更津、府中の各基地から参集するので、初日には訓練をいれにくい事情もわかるが、民間の忙しい業務の狭間をぬっての訓練参加である。であれば、出頭時間を遅くしたり、府中基地において所在部隊の研修をしてから出発をする等の工夫は「その気」があれば、いくkらでも出来ることだ。
いや、別の見方も出来るかも。日頃、民間の激務で疲れているだろうから、初日はゆっくり休養して欲しいと‥

| 2007年07月05日(木) |
最後の命令書?久間防衛大臣より招集令状 |
例年の恒例行事である「予備自衛官招集訓練」に明日から行ってくる。これは、自衛隊法に基づき、防衛大臣より訓練招集命令を受けてのもので、正当な理由なく出頭しない場合は罰則まである。今回頂戴した命令書の大臣は「久間章生」とある。来年からは、小池百合子になるのか‥

航空自衛隊には、約4万人の隊員がいるが、有事には後方支援する隊員が不足する。といって、現役自衛官を増やすには財務省がウンと言わない。そこで、定員外の予備自衛官を800名採用し、年間5日の訓練を行っているのだ。
私は、府中基地にある防空指揮群という部隊に所属しているが、府中基地には航空機もないし、射撃場もない。そこで、茨城県百里基地にある第七航空団で訓練を受けるのだ。ただ、制服一式は府中基地になるので、いったん府中に行き、制服に着替え、官用車で百里に向う。
先月、石川県小松基地で行われた訓練では、ヘリコプターで移動したようだが、明日は車での移動。残念だ。
しかし、先週末から風邪気味で、鼻水グズグズの状態が続いており、いささか不安だ。何しろ、最寄の飲み屋までタクシーで5000円というい陸の孤島である。火曜日に生還したらご報告するので、乞うご期待。
では我が国の平和と独立のため、いぬぶし2等空曹行ってまいります!
| 2007年07月04日(水) |
小池百合子が防衛大臣だと〜!!!世も末 |
新生党や自由党(途中の新進党は除く)は、実に、いい政党だった。国会議員より我々地方議員のほうが数が少なく、常に国会議員と議論しながら、党の方針を決定していく土壌があった。おのずから、国会議員とも身近に接する機会が多くあり、その人柄、人徳などを判断できたのは、とてもいいチャンスだった。
その中でも極めつけは、小池百合子氏だ。拉致家族の会の招きで、日比谷公会堂でご挨拶を頂いたが、自分の挨拶の間は「満面の笑顔」、終わった途端に「自慢の足」を組、腕まで組んで「不愉快」顔。小沢さんにラブラブだったのに、政務次官に立場に恋々とし保守党に。そして2年後には、保守党も離脱して待望の自民党へ。以下、彼女の軌跡である。選挙区や政党などなんでもあり。自らの向上心が見たされれば‥
1992年7月 日本新党から比例区で参議院議員に初当選 ←参議院比例日本新党 1993年7月 日本新党から兵庫2区で衆議院議員 ←兵庫2区衆議院日本新党 1993年8月12日 総務政務次官に就任 1996年10月 新進党から兵庫6区で衆議院議員 ←兵庫6区衆議院新進党 1999年10月5日 経済企画総括政務次官に就任 ←自由党 2000年4月1日 自由党が政権離脱すると保守党設立与党に残る ←保守党 2000年4月5日 経済企画総括政務次官に再任 ←保守党 2000年6月 保守党から兵庫6区で衆議院議員 ←保守党 2002年12月 保守党を離脱。自由民主党に入党 ←自民党 2003年9月22日 環境大臣に就任(-11月19日) 2003年11月 自由民主党から近畿比例区で衆議院議員 ←自民比例区 2003年11月19日 環境大臣に再任(-2005年9月21日) 2004年9月27日 内閣府特命担当大臣兼任 2005年9月 自由民主党から東京10区で衆議院議員 ←自民東京10区 2005年9月21日 環境大臣・内閣府特命担当大臣に再任 2006年9月26日 内閣総理大臣補佐官(国家安全保障問題担当)に就任 2007年7月4日 防衛大臣に就任
東京日比谷公会堂で、拉致被害者救出の全国大会が開催されたことがあった。その席に、来賓として招待された小池センセイ。拉致被害家族の訴えや、他の議員の挨拶の際には、ご自慢の「ミニスカート」の足を組み、腕まで組んで「つまらなそうなそぶり」。ご自分の出番になると、さも拉致問題の理解者のような「笑顔」。この変身振りには、多くの参加者があきれていた。
同様に、多くの女性国会議員が似たり寄ったりの「ワガママ」を披露されているのは何故だろうか。「オンナ」に依存して当選した、との思いは、票が少なかった私のヒガミ‥?
ある程度事情を知っていてたまげる「オンナ」議員。
財務省から国会入りしたS.K。お父様は私の地元にお住まい。個人情報なので理由は開示できないが、とんでもないオンナである。財務省は国会に「異動」してくれて祝宴を開いたとか‥
民主党比例から保守党衆議院小選挙区(落選)、自民比例区とわたり歩き、時の人となったE.Y。これも、到底、教育問題を語らせる資格なし。お嬢チャマ。(但し、年齢はオバアチャマ!)
東京某区議から都議落選、大阪小選挙区から当選の衆議院議員N.T。 実は、大前研一氏主宰の一新塾のOB,OG会で名刺交換をしたことがあるが、「同業」でもあり、自分の選挙区内に「票もなさそう」と判断すると、プイとばかり、別の席へ。まさかまさか、その後、都議に落選して、衆議院それも大阪に鞍替えとは‥
いずれの「オンナ」も、国を良くしたいのではなく「自分がより高い地位になりたい!」がミッションであることが共通項ではないだろうか。その証拠に、その選挙区や政党には、なんの未練もないのだ。どこでも、どの政党でも、バッチが欲しい‥
それにしても、かわいそうなのは24万人の自衛官!あっ失礼。そういえば、男でも「より高い地位になりたい」候補が、防衛省にいたな‥
| 2007年07月02日(月) |
出た!!火星人職員@蒲田清掃事務所 |
区役所には、本当に頑張って仕事をしている職員と「休まず、遅れず、働かず」という、社会保険庁職員か自治労のスローガンのような職員と、2種類が存在する。後者を、私は区民に「腹をたてないでください。彼等は、実はサルか火星人なんです。サルが日本語を話しているのだから、すこしぐらいの無礼は許して」と説明している。
今日は、久しぶりに蒲田清掃事務所で火星人職員にあった。
私:近所で大量の引越しゴミらしきものを公道に出している人がいる。本人を確認したので、至急連絡をとって撤去し、料金を徴収してくれ。
蒲田清掃事務所:そのようなことは、本人から電話してもらわないとダメだ。
私:あっそう!ガチャ
その後、激怒した私のもとに、清掃リサイクル課長、清掃事務所長が「いい訳」を持参して詫びたのは、いつもの光景である。
言い訳:当該職員は、4月に異動したばかりの事務職で、つい「建前」を説明してしまったようだ。
嗚呼!!いつものことだ。声の感じからは決して新人ではなさそうである。とすれば、事務職であろうが、技能職(清掃職員)であろうが、何が必要なことかぐらいは判別できるのではないか。彼に必要な判断基準は「区民にとってどちらが利便向上か?」だけである。
どうか、この職員さん!お子さんや家族に、お父さんは、議員に「火星人職員」と言われたが、どう思う?と聞いて欲しい。もし、奥さんやお子さんがサル・火星人公務員ではなく、まともな感覚を持っている人々だったら笑われるだろう。「お父さんバカじゃん!」と。やろうよ、女房子どもに誇れる仕事を!
区職労も自治労も「労働強化反対!」などと時代遅れの要求などしないで、せめて「火星人」や「サル」と言われない接遇教育ぐらいしてみろってんだ!でないと、清掃職場だけでなく、区役所も、いずれ社会保険庁と同様の未来を歩むことになりますぞ!!
|