いぬぶし秀一の激辛活動日誌

2012年02月28日(火) 残念な一言3連発

 ここ数日でとても残念な「一言」を区民の方々からうかがった。私の価値観、私の人生観、我が家族のそれとは大分乖離する「一言」の三連発をお示しする。ただし、その「言葉」の主たる、お三方にはなんら嫌悪感など抱いていないので念のため。

残念な一言その1.

あるボランテイア講座でのこと。この講座では途中の休憩時間に、参加者の誰かがお土産などを買ってきて配るののが、なんとなく恒例化している。そこで、私は航空自衛隊百里基地のお菓子を持参した。休憩時間中に配ると、講師をはじめほとんどの参加者から「おいしい」と、お礼の言葉を頂いた。

ところがである。20代後半だろうか、ある女性受講者の前にお菓子を置くと「いりません!私自衛隊嫌いだから。あんなものはなくなればいい」ときた!えええええええ!!!!びっくりである。あの大震災での活動を見ても、まだこんなシーラカンスのような左翼思想の持ち主がいたのか。

普段なら「ふざけるな表に出ろ!」とやるところだが、あまりの彼女の哀れな言動にあきれて言葉が出なかった事と、お互い受講生という立場があるので「かわいそうにね」とだけ応じた。誠に哀れである。きっと、今まで「つっぱった」人生を歩んできたのだろう。もし私が同じような設定で、朝鮮総連のメンバーからキムチをふるまわれたとしたら「ごちそうさま」と笑顔で応えるだろう。

「ボランンテイア」以前に、まともな社会人としての常識に欠ける残念な一言だった。もっと明るく生きろよ!

残念な一言その2.

長男が南スーダンにPKO要員として派遣されていると、知人は結構知っている。その中の何人かから「息子さんかわいそうに」という言葉をかけられた。ええええええええ!!!!!!!

なぜに???日本が国際社会の一員としての義務を果たすために、また、南スーダンの国家建設の支援のために日の丸と国連徽章をつけて派遣されることは、大変な名誉であっても「かわいそうなこと」等ではない。

例えば、警察官の息子が事件捜査に出かけたり、消防官の息子が火災現場に出かけることに「かわいそう」と言うだろうか。我が長男が、自己の意思で決定した自衛官という公務の当然の任務である。私たち家族は、誇りにこそ思っている。「かわいそう」だとしか考えられない方こそ「かわいそう」である。

と書いていたら息子からメ−ルが来た。

「スーダン暑くて死にそう!45度。最高50度」と。暑さの中で笑顔で張り切っている彼の姿がメールの向こうに見えた。頑張れよ!

残念な一言その3.

ある宴会でのこと。場も盛り上がって、隣りに座っていた顔見知りのご婦人からこう聞かれた。「ところで区議会議員って、普段何しているの?」………

普段行っていること、また議会や委員会の仕組みなどご説明したが、そうだよな、と納得した。確かに私を支持している方であっても、よほど政治に興味がある方でないと、議員の仕事は見えないだろう。

仕事が見えないから「新年会に来た」「カラオケ歌った」「イケメンだ」「美人だ」などという基準で投票行動に走ることになるのだろう。知ろうとしない有権者が悪いのか、もっと知らしめない議員が悪いのか。たぶん、後者だろう。



2012年02月25日(土) 蒲田で初めての保守系デモ行進「大田区は北朝鮮友好政策をやめろ」

 今日は、在日特権を許さない市民の会主催のデモ行進にゲストとして参加した。この団体は、在日外国人であるとの理由だけで様々な特権を得ている実態を明らかにして正常化することを目的とされており、保守系の会合では度々ご一緒している。

 今回は、あまりにも北朝鮮に対して優遇政策を取り続ける大田区、松原大田区長への抗議と、その事実を周知するためにデモ行進を蒲田で行われた。
あいにくの雨模様と、同じ時間に保守系の団体である「がんばろう日本全国行動委員会(会長:田母神前航空幕僚長)」のデモが都内で行われていたため、いささか参加者が少なかったようだ。
出発地西蒲田公園での動画 
 私は地元の議員ということで、宣伝カーをお貸ししたが、警視庁やら公安調査庁などの公安関係者から写真を撮られるは、動画は録画されるは、韓国のテレビ局から取材は受けるは、でさながら「犯罪者扱い」だった。


 まあ、公安の敵である朝鮮総連をやつけるデモなのだから、実は味方であるはずなのだが、公安のお仕事柄仕方あるまい。以下本年1月同庁発行の書籍からの抜粋をお読みいただきたい。

朝鮮総聯は,北朝鮮本国の後継問題を視野に入れながら,当面,「在日朝
鮮人運動の新たな全盛期開拓」に向け,思想教育と組織拡大を両輪とした活
動を引き続き展開していくものとみられる。このうち思想教育においては,
特に,権力の「世襲」に対する組織内の否定的な反応に留意しつつ,段階的
に学習・伝達の対象を拡大していくものとみられる。また,組織拡大に向け
ては,基層組織と並んで,卒業生や生徒父兄なども含め多数の在日韓国・朝
鮮人と関わりを有する朝鮮人学校を「活動の拠点」と位置付け,「同胞再発
掘運動」の活発化に努めていくものとみられる。

 だそうだ。つまり公安調査庁が認定する朝鮮労働党の対日スパイ組織たる朝鮮総連の活動拠点の朝鮮学校に、大田区は税金で年間900万円を超える補助をしているのだ。ちなみに、朝鮮総連は破壊活動防止法に基づく調査指定団体である。

 さらに公安調査庁にお出まし願おう。以下は、平成18年10月に外国特派員協会において元公安調査庁幹部の講演の一部だ。

◆「日本を知るには裏社会を知る必要がある」元公安調査庁の菅沼光弘氏が特派員協会で講演
(10月19日)―元公安調査庁の菅沼光弘氏(95年退官)が、19日、外国特派員協会で講演し、やくざ(暴力団構成員)が単なる犯罪組織にとどまらず、日本の政治経済と密接にかかわってきた歴史や現状について語った。
「やくざの活動と、日本の表の活動である政治、経済、外交は、複雑な絡まり合いのなかで運営されているのが現状。日本の本当の姿を知るためには、裏社会の問題について十分な知識がないと正確な分析はできない」菅沼氏はそう述べたたうえで、日本の裏社会の構成要素として「やくざ・同和・在日」の3つを挙げた。また、やくざの6割を同和関係者、3割を在日韓国・朝鮮人が占めていると明らかにした。

 以上前置きが長かったが、今回のデモ行進の趣旨は以下「大田区の北朝鮮友好政策に抗議する」との趣旨である。


★23区で大田区だけ。区独自で朝鮮学校に年間1,000万円近い補助金。
★松原忠義現大田区長は、区議時代の平壌訪問時に金正日にパソコンのお土産持参。
★50名の区議会議員のうち42名が、日朝友好議員連盟加入。
・自民党17名中12名、公明党12名中全員、共産党9名中全員、民主党6名中4名、みんなの党2名中1名、生活者ネット2名中全員、緑の党1名中1名、無所属1名中1名
★「区民大学【人権塾2011】 日本とコリアのはざまで・・・『在日コリアン』から考える」という反日講座を大田区教育委員会が主催、区民センターで公費開催。
★松原区長になってから平成21年より在日朝鮮人無年金者へ区独自で毎月一万円を支給
 
 デモ終了後には、デモとは関係なく「打倒民主党政権」の街頭演説を「たちあがれ日本大田区第一支部」として行った。
打倒民主党!蒲田駅東口街頭演説
蒲田駅東口街頭
↑撮影して下さり、アップして下さった方ありがとうございます!
 
皆さんお疲れさまでした。



2012年02月24日(金) 被災地の瓦礫をみんなで受け入れよう!

 大田区の清掃工場でも被災地宮城県の瓦礫を受け入れることが決定している。その受け入れの決定を区議会に諮らなかった、松原忠義区長の姿勢には腹がたつが、日本中の自治体が、国民が自ら出来ることを行って被災地を支援することは、人としての義務ですらあると思う。

 ところが、区議会でもほかの自治体でも、ヒステリックに被災地の瓦礫受け入れに反発する声がある。そして、そのことが瓦礫処理を遅らせているのだ。

 今日は、以下私の知人から来たメールを公開して、被災地の瓦礫について考えていただきたい。

ご無沙汰しています。

I県のAです。

このことについて、岩手県の「東日本大震災津波に係る災害対応検証報告書」がまとまり、県のHPで公開されていますので情報提供します。

http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?nd=920&of=1&ik=3&pnp=67&pnp=882&pnp=920&cd=37172

夏の●●時点では、震災当初の災害対応について、まだ県として検証中でしたので、簡単にしかご紹介しませんでしたが、これをご覧になっていただければ、当時の雰囲気が分かっていただけると思います。

この検証は、県庁内だけでなく、全市町村及び防災関係機関へのアンケート、現地調査などを元に作成されています。検証した結果は、県地域防災計画等の見直しに活用されます。

検証項目は通信・情報、避難行動、避難所運営など、21項目あります。各項目について、問題点、原因分析、改善の方向、防災対策への反映ポイントを整理しています。

ただし、具体的地名や数量情報等が少ないので、関係者でなければ当時の情景を想像することに限界がありそうですが、自治体の災害対応知る入門書にはなりそうです。

個人的には、未曾有の大災害をよく乗り越えてきたものだと賞賛したい気持ちと、平成20年岩手宮城内陸地震での反省が不十分だったのではという悔悟の念が混ざった複雑な気分になるところです。

ちなみに、本日、震災当初の岩手県災害対策本部を題材にした「ナインデイズ 河原れん著 幻冬舎」が出版されています。これをご覧になるとさらに当時の雰囲気がよくわかります。ノンフィクションの小説形式です。私は出てませんが。

被災地の現在ですが、今年の冬はとても寒く、仮設住宅の水道管が凍結するなど、依然として厳しい状態が続いています。一方で、やっと復興庁が発足し、震災復興特区の第一弾が認定されるなど、前進している面もあります。

ですが、中々進まないのが瓦礫の処理です。岩手県は通常の年間処理量の11年分、宮城県は19年分と膨大な量の瓦礫が、仮置き場に山積みとなったままです。今のところ処理できたのは岩手が8%、宮城が5%程度にすぎません。

被災地の迅速な再建のため、3年を目処に瓦礫を最終処分することを目指し、県内の施設をフル稼働させたり、仮設の焼却炉を設置するなど、対応を取っているわけですが、当然ながら自県だけでは対処しきれません。

このため、対応可能な自治体に瓦礫受入の応援をお願いしたいところなのですが、被災地から瓦礫を送る前に、混乱を全国に送っているような、そんな事態に大変困惑しています。

岩手県の場合、沿岸南部にはそれなりの処理施設がありますので、沿岸北部を中心に応援願いたいところです。この地域は、福島第一原発からの距離が、250〜300�劼�らいです。関東方面だと、神奈川県や静岡県くらいでしょうか。

航空機モニタリング調査でも地表面から1mの線量は0.1μSv/h以下と、やはり神奈川県や静岡県と同じくらいです。ですが、この瓦礫がまるで放射性廃棄物のように認識され、各地で受入反対運動が起きています。

目に見えない放射線に対し不安を抱く気持ちも分からなくはありませんが、被災地が全て汚染地帯というわけではありません。東北は広いです。岩手県であれば、千葉県、埼玉県、神奈川県、東京都にもう一回東京都を足した程度の面積です。南部は確かに線量が若干高いですが、北部は平時と変わりありません。

先日、秋田県と岩手県は瓦礫処理に関する協定を締結しましたが、秋田県によると、瓦礫受入に対して、地元の反対は意外に少なく、寧ろ、他県から反対の声が、多く寄せられるとのことです。

県としては、瓦礫の線量を測定して情報公開を徹底させる以外に対応が取れないわけですが、ここまでくると、お願いする立場でこんなことを書くのも何なのですが、科学的な議論というより、もはや感情論になっているのではと思ってしまいます。

復興元年の平成24年ですが、日々、いろいろな問題が出てきます。

 私は、大田区として東京都として出来うる限りの支援をすべきが、日本人としての役割だと思っている。左翼的思想の団体が「被災地の瓦礫受け入れ反対」と、自分勝手な議論を展開しているが、私は大反対である。万一放射能が入っていたとしても、処理に協力すべきである。

 なぜなら、人間は助け合うというミッションを持って生まれてきたからだ。さらには、所詮、死ぬまでしか生きていないのだとしたら、ガタガタするんじゃねえよ!




2012年02月21日(火) 航空自衛隊予備自衛官招集訓練最終日@百里基地

 あっと言う間5日間だった。いよいよ本日が訓練最終日だ。今日のトピックは何と言っても体力測定である。いつのころからだか、航空自衛隊全自衛官に年一回の体力測定が求められるようになった。そして、各人の年齢によって、最低級以上を取得することが要求される。

 55歳の予備自衛官の最低級は6級である。測定種目は、腹筋、腕立て伏、持久走3000mの3つ。持久走は問題ないが、残りの種目はいささか自信がない。どんなに持久走で上位の級を取っても、もっとも低い種目の級が、体力測定の級となる仕組みだ。

 6級は、腹筋18回、腕立て13回以上をクリアしなければならないが、大丈夫だろうか。人数が多い訓練であれば、若干の「お目こぼし」は咎められないが、今回は6名の予備自衛官に2名の訓練教官、それも二人とも女性自衛官だ。「お目こぼし」など期待できないのだ。

 それでも、腹筋23回、腕立て30回で5級をクリア。そいて最後の3000m走に臨んだ。毎年のことだが、「根性のない」私の作戦は、いきなり爆走である。ゆっくり走っていると抜かれてしまい、それを後から抜き返す精神力も根性も体力もないのだ。そこで、いきないダッシュで、相手の「戦意」と喪失させ、あとは「何人に抜かれるか」、そして、どれくらい耐えられるかの勝負だ。

 例年この作戦を採用しており、小松基地では「体力測定優秀賞」なるものも頂いたこともある。さて、今回も百里でこの作戦を実行した。1000mまでトップ爆走。2000m、あれ誰にも抜かれない、どうしたのだろう。私は、人生でも持久走でも、ゴールまでは後ろを見ない主義である。他人がどこを走っていようが、自分が頑張るしかないからだ。

 いよいよゴール!なんと1位だった。14分53秒。自衛隊生徒時代にくればればひどいタイムだが、老兵にしてはまずまずだろう。2位とは約2分差で3級の成績だった。

 午後、第七航空団人事部長へ訓練終了の申告を行って百里基地を後にした。5日間の招集手当は1日8000円合計四万円である。そして食事は無論無料。高いか安いか?「兵100年養うは、これ1日のため」という言葉があるが、昨年3月11日「その1日」があったのに、残念なことに航空自衛隊800名の予備自衛官のうち招集されたのは、たった40名にすぎない。

 空軍戦力における予備兵力の運用について、防衛省、航空幕僚監部はそろそろ議論してもいいのではないだろうか。それでないと、たかだか四万円かもしれないが、国費の無駄遣いになってしまう。それこそ、蓮ナントカという議員に「仕分け」されてしまいますぞ!

昨年度の招集訓練終了時の感想



2012年02月20日(月) 航空自衛隊予備自衛官招集訓練4日目@百里基地

 いよいよ訓練も4日目である。不思議なもので、初日あたりはお客様のような雰囲気だったのが、4日目ともなると、あの10代の若き少年自衛官だったように、自衛官らしくなるのだ。まるでタイムマシーンに乗ったように。

 朝8時15分、国旗掲揚の前に「気をつけ!」のラッパが聞こえれば、どこにいても国旗掲揚塔の方角を向いて敬礼をするし、道路を歩いていて、自分yより上位者とすれ違えば敬礼もする。若き時代の教育の成果であろう。

 さて、本日は一日「基地防空訓練」である。航空自衛隊の各基地の防空体制は私が自衛隊にいたころは「皆無」に等しいぐらい貧しかった。朝鮮戦争で使ったM55という機関砲があるぐらいだった。

 しかし、今は各航空団には基地防空隊が組織されており、防空専従の隊員が日々防空能力向上のために訓練を重ねている。そして、今日は百里基地に所在する第7基地防空隊において、防空火器のうち「VADS」に教育訓練を受けた。

 VADSは航空機に搭載されているバルカン砲を対空用に改造したものだ。1分間に数千発の弾を打ち、基地上空への敵機の侵入を防御する火器である。

 午前中は、上空で訓練飛行中のF15やヘリコプターを敵機と見なし、追随補足する訓練を行った。広々として基地内にVADSを展開しての「実機」での訓練は、壮大でなかなかおもしろかった。


 ただ、一昨日の実弾射撃にしても、本日のVADS訓練にしても、その求める所は、究極のところ「人殺しがうまくなる」ことである。そのことは間違いのない事実だ。

 相手を殺してでも守るべき平和、守るべき人が、守るべき祖国があることを、軍人たる自衛官は日々考えているのだ。「平和、平和」「憲法9条、9条」と、ひとつ覚えのように唱えていれば、日本が平和だと思っている人々には理解できないかもしれないが。


今回の訓練では最年長!!

 さて、明日で訓練は最終日だ。最終日の前夜といえば「反省会」をしなければなるまい。(百里基地基地クラブ皆勤賞!)夕食後またまた基地クラブにくりだした。

 全国各基地からの移動訓練参加者や米海兵隊パイロットなどで大繁盛の基地クラブで、大いに盛り上がった反省会だった。途中から海兵隊の席に割り込み、なんだかんだと日米交流の後「日本に駐留してくれてありがとう。友達作戦で東北を助けてくれてありがとう。」と、日本国民を代表(?)してお礼を述べていたら、予備自衛官の後輩に「もう帰りますよ!」と、連れ戻された!

 もうちょっといいじゃねえか!最終日の夜だよ!




2012年02月19日(日) 息子を見送れない涙の招集訓練とは@百里基地

 今日は、航空自衛隊予備自衛官招集訓練の3日目だ。予備自衛官の招集訓練の訓練項目は航空幕僚監部達によって定められているが、詳細の内容は各訓練担当部隊に委ねられている。

 自衛官としての経験も違い、民間人としての立場も違う予備自衛官を訓練するほうも大変だと思う。マジメに訓練をすれば「厳しい」との苦情が出るし、ゆったりとした訓練日程だと「何しに来たのかわからない」とのクレームが出るのだ。

 さて、本日の訓練項目は「野外訓練」である。訓練実施計画によれば、訓練内容として(1)地理判読要領の会得(2)通信要領の確認(3)気象・地形・道路状況に応じた行動体形及び速度の体得、とある。立派な訓練内容だ。では、実際の訓練を画像でご覧頂こう。

08:50 百里基地をマイクロバスで出発。
09:50 笠間稲荷着〜10:30自由行動


10:40 有名な豆腐屋さん着


10:55〜13:00 笠間芸術の森公園にて自由行動


13:55 百里基地着

 上記の内容で、上述した3点の訓練内容は会得できるだろうか。しかし、このような訓練内容は、計画を策定した末端の部隊にあるのではない。航空自衛隊の予備自衛官制度が発足して25年以上経過した今日まで、有事の航空自衛隊予備自衛官のミッション(なんとなくはあるが、不明確)、さらには、平時の招集訓練のあるべき姿、目指すべき練度などが示されていないのだ。

 そうすると、各部隊は限られた人員と予算、そして、予備自衛官からクレームが出ないような訓練計画策定をせざるを得ないのだ。もし、空幕や防衛省内局の人事担当者の方が、このブログを読んでいたら、早急に「あるべき姿」について明確なものを各部隊、予備自衛官に示していただきたいものだ。(何度も、所感文に書いてはいるが…)

 さて、この5日間の訓練の最中の今日、陸上自衛官の息子が、南スーダンPKOに出発する。13時からは、羽田近隣のホテルで陸上幕僚長も出席されて壮行会が行われるのだ。

 なんとか、この壮行会に出席したいと百里基地に依頼したが当初は「NO」そこで、予備自衛官を所管する東京地方協力本部などを通じ再度依頼してなんとか出席できるようになった。(そんなに大変なことか?)

 ところがだ、百里基地に到着して訓練担当者から聞いた以下の話には驚いてしまった。

1.5日間出頭する義務を果たしていないので、来年度4月から1年間予備自衛官手当は支給されない。

2.予備自衛官の階級昇任基準で、最近3年間に5日間訓練に出頭している者、という規定があるので、次の昇任は最低でも4年間遅れること。

 随分じゃないの。過去20年以上マジメに訓練に参加して頑張ってきたのに、その仕打ちはないよな。息子に電話すると「いいよ!無理するな」との返事。

 結局、本日は上述した「厳しい野外訓練」に参加し、予備自衛官としての本旨を貫いたのだが、なんとしても納得のいかない選択だった。

 私が訓練部隊の人事幹部なら以下のように命令するだろう。

野外訓練参加者のうち、犬伏については、1200をもって離団し、陸上自衛隊南スーダン支援隊出発行事に参加せよ。

 これだけのことだ。いつの間にか、自衛隊がお役所的になってきたのかもしれない。(面倒なこと、前例のないことはやらない)

 と考えいたら、突然地震があった。そして、即座に基地内のスピーカーが鳴った。

「偵察航空隊救難体制●発令」さらに「百里基地救難待機発令」
(●にはある記号が入る)

 早い!航空自衛隊の現場は決して「お役所的」ではなかった!

 では、息子よ、気をつけて、頑張れ!南スーダンの復興と国際社会における日本の名誉と誇りのために!

日本テレビ系に取材を受けた息子の映像 



 



2012年02月18日(土) 航空自衛隊予備自衛官招集訓練2日目@百里基地

 昨日に引き続き、茨城県百里基地で訓練中である。昨日は書きそびれたが、基地到着と同時に奇遇にも自衛隊生徒同期のW一佐(大佐)に出会った。基地外来宿舎入り口で、訓練担当者の到着を待っていると、中から見覚えのあるW君が出てくるではないか。

 彼も驚いて「何してるんだ」と笑顔でよってきた。一般的な自衛官の定年は55歳の誕生日だ。したがって、ほとんどの同期生は定年を迎えているが、一佐になると1年定年が延びるので、W君は数少ない同期の在職者である。
その貴重な同期生と、ほんの一瞬のすれ違いがあれば会えなかった。神の悪戯に感謝だ。

 私は、結構そんな悪戯にしばしば遭遇して「また悪戯してくれた」と、天を仰いで喜んでいるのだ。数年前、小松基地では「射場幹部」として射撃訓練にきたのが、Y三佐。同期だ。さらには、町内会の旅行で立ち寄った道の駅で、航空自衛隊の基地が地域貢献活動で「とん汁」を配っていたが、そこにいた基地司令は、同期のN君だった。

 W一佐は自衛隊生徒卒業後、パイロットとして実績を積み、ブルーインパルス隊長、那覇基地副司令などを務め、今日は航空幕僚監部監察官として、百里基地の監査に来ているとのこと。残念ながら今日帰京するとのことで、一献傾けることはできない。残念だ。

 さて、本日の訓練のメインイベント(?)は、射撃訓練だ。午前中は基地大講堂において、実弾を装てんしないでの「射撃予習」。陸上自衛地ではもはや使用していない64式小銃による訓練である。

 この64式小銃の安全装置が面白い。カタカナで「アタレ」と書かれているのだ。アは安全装置がかかっている状態で引き金を引いても発射できない。タは単発。引き金を引いた数だけ弾が出る。レは連発。引き金を引いている間、弾が連続して出る、という具合だ。うまいゴロ合わせである。


 昼食をはさんで午後からは基地内にある射場に向かう。射撃は、自分の性格をよく表すと思う。冷静沈着な隊員はうまい。心が常に乱れている私は、当然下手くそである。10発撃って50点満点の13点。明日、南スーダンにPKO要員として出発する息子に電話した際、点数を言ったら「あり得ない低得点だ」とバカにされた。


 以下、基地内での風景をいくつかご紹介する。

 基地本部庁舎のトイレの個室に掲示してあった貼り紙である。英文部分は「これはSOPではない。ちょっとしたエチケットだ。」とある。SOPとは、基準手順書という意味。航空自衛隊の貼り紙等の掲示物は、このようなユーモアのあるものが結構多い。


 次は、食堂にあった「US ONLY」の表示だ。丁度今、百里基地には米海兵隊(USMC)が訓練のため宿泊をしている。その米軍人のみのコーナーだ。コーヒーなどが用意されているではないか。コーヒー飲みたい!これも「思いやり予算」なのだろうか。



2012年02月17日(金) 航空自衛隊予備自衛官招集訓練1日目@百里基地

 本日から、年5日間義務づけられている予備自衛官招集訓練に参加するため、茨城県百里基地にある第七航空団に出頭した。例年であると、中部航空方面隊隷下の各基地の予備自衛官が一堂に会して訓練を行うのだが、昨年の震災の影響で、今年度は各基地毎の訓練なので、参加者も少なく淋しい。

 私の所属は、府中基地にある防空指揮群という部隊なのだが、府中での訓練日程があわず、今年度最後の開催場所である百里基地に「居候」での参加だ。

 防衛大臣からの命令書によれば、本日午前8時15分までに出頭せよ、とある。そんなに早くいったって「やることがない」のはわかっているが、よそ様の基地にお願いしている身分である。定時に着かねば無礼だ。

 我が家から約120キロ。朝5時半に起床して出発した。北上するにつれ、雪景色になる。「チェーン規制」の文字も見え出した。ドキドキしながらも、基地正門に無事到着。

百里イン

 宿泊場所の「百里イン(外来宿舎の通称)」にて勝手に行き待機。一番乗りだった。

 午前中は、健康診断と申告のみ。ただし、衛生隊での診断で「訓練不可」と判断されると、その場で帰宅しなければならない。特に血圧は要注意だ。
デジタル血圧計での数字は、139/100.そんな高くないと思ったが、水銀血圧計で再測定。125/86で問題なし。なんでそんなに違うのか。

 人事部長への申告は「最専任(要するに年寄り)」ということで私が行った。若いと思っていたが、現職自衛官の大多数が年下、という年齢になってしまった。

 部長は挨拶のなかで、予備自衛官に志願したこと、忙しい中での訓練出頭へ敬意と謝辞を述べられた後「訓練計画は創意工夫をもって作っているが、行きとどかないかもしれない」と、チラッと私の顔を見たような気がした。
さては、以前、別の基地での訓練を「マンネリ。創意工夫がない」と酷評した私のブログを読まれたのかもしれない。

 だいぶ前の百里基地司令は、私のブログを幹部自衛官の教育用に使わせてほしいとのメールを下さったことがある。が、こんな品のないブログを日本空軍の将校教育に使ってはいけない。

 さて、あっという間に昼食である。昼食は、自衛隊において最もカロリー量を多くしている食事である。ダイエット中のオヤジにはいささか量が多い。


 昼休み後は、私が指揮官となり管制塔までの徒歩行進、管制塔から航空機研修。日本近隣の最新情報教育などが行われた。

 そして、16時半から夕食。航空自衛隊はシフト勤務があるため、早飯というものがあり、課業終了(1700)前から食事ができるのだ。(おまえはシフト勤務者じゃないだろう、との声あり)しかし、4時半に夕食たべちゃ夜が長すぎる。

 同室の予備自衛官に「基地クラブ(唯一基地内で飲酒出来る場所)に行こう」と誘うが、誰も同意しない。一番階級の下で「ブログの読者」だというS君を誘うと「金がない」という。わかった、おじさんにまかせなさい。

 民間では考えられないようなレトロな呑み屋(基地クラブ)で、S君相手にまた飲みすぎちまった。(おまえは、どこでも飲むんだな、との声あり)

 おやすみなさいませ!

本日の私の寝床
 



2012年02月16日(木) やった!!修士論文合格by放送大学大学院

 2年前に放送大学の大学院に入学をした。同大学の学部を、なんと25年かかって卒業したので、それで終わってしまうのはもったいなく思い、大学院に入ったのだ。

 修士論文以外の科目は、なんの問題も無く取得したが、修士論文はいささかてこずった。テーマは「地方議会における首長と議会の関係についての一考察(特別区を例に)」である。

 そのテーマの前提は「地方議会、特に特別区議会は機能していない」という仮説である。演説なら得意なのだが、社会科学ではその事実を誰もがわかるように論証しなければならないから大変だ。

 たとえば、「地方議会が機能していないということは誰もが認めるところである」などと演説しても文句は出ないが、論文だと指導教員から「誰が認めているのか書け」となる。「○○だということは、多くの識者が述べている」と書けば「どこの識者だ」との指摘がくる。いやはや、一時はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったものだ、と後悔すらしたのだった。

 しかし、優しい教授と、厳しい指導教官たる准教授、さらには、夜間部まで一緒のゼミの同期、先輩に支えられながら、なんとか締め切り日深夜の消印で修士論文を提出をしたのだった。結局、地方議会が機能していない、という証明はできなかったので、戦後特殊な経緯をたどった東京23区の制度から「あるべき議会像」の提言で締めくくった。

 存亡の危機にある地方議会活性化のために以下3点の提言をあげた。

1.地方議会には会派をおくな。
国政を真似た議会内会派こそ、議論をしない議会を作った元凶である。会派がなくなれば、お役人は必死に議会対策をするだろうし、議員も会派に頼れないから勉強するはずだ。

2.本会議、委員会にお役人を出席させないで、議案審査をせよ。
議会は自治体の意思決定機関であり、お役人は決定したことを執行する機関である。執行機関が「意思まで決定」している現状を改善するためには、議員だけで決定すべきである。お役人は戦々恐々だろうが。

3.公開の全員協議会をすべき。
非公開の幹事長会で、実質的議案審議が行われている現状を打破するために、公開で、お役人、議員が自由に討論できる全員協議会を随時開催すべきである。

 まあ上記の提案は「非公開の幹事長会」で議会改革を議論している大田区議会には夢物語でしかないだろうが…

 さて、その論文の審査結果が大学から「親展」で自宅に届いたのだ。恐る恐る開封すると、まさかの「B」評価だ。自己採点は、うまくいって「C」、へたをすれば落第か、と思っていたので、いや、本当にうれしい。

 では、修了できた大学院では何を研究して、どんな成績だったのかを以下に公開する。

放送大学大学院文化科学研究科社会経営科学プログラム

福祉政策�機�A) 福祉政策�供�A+) 社会福祉研究(B) 教育経営論(A)
コミュニテイ教育論(A) 生涯学習の理論と実践(A) 地方自治政策�機�A)
地方自治政策�供�A) 経営システム�機�C) 自治体と政策(C)

 せっかく修士を修了できたので、数年後に出来るであろう放送大学大学院博士課程にもチャレンジしてみたいものだ。



2012年02月14日(火) 人参りんごジュースのすすめ

 昨年の夏、妻が入っているコーラスクラブの発表会に応援に行った時のことである。「あら、随分太ったね」と参加者の多くから言われたのだ。ええ、そんなに??

 以前から何回かダイエットは試みている。バナナダイエットは毎朝のバナナにあきてやめてしまった。炭水化物ダイエット(ご飯、パスタ等を半減する)は今でも少しやっている。

 こうなったら、マジメに取り組まねば笑い物である。そこで、何かの本で読んだ石原慎太郎都知事おすすめの「プチ断食法」である、人参りんごダイエットに数カ月前からチャレンジした。

 理論は簡単。朝食を人参2本、りんご1個をジュサーでジュースにしたものにかえるだけだ。飽食の現代人の食生活を健康的に2食にするのだ。絶対におなかがへるだろうと思ったが、まったく大丈夫だ。

 最初は、量販店で買ったジューサーを使っていたが、朝からうるさいとの娘の苦情と、遠心力で作るジューサーは酵素が死んでしまうとの情報から、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、妻と折半で>35800円もするジューサー
 これは、石臼のようにゆっくり押し出すので酵素が生きているらしい。飲み始めたすぐさま効果があった。まずは体重が減りだしたこと、次に睡眠が深くない夜中に起きなくなったこと、さらには便通がすさまじく良くなったこと。

 ただし、最近では妻も娘もファンになったので、りんごと人参を大量に消費することがいささかのネックである。

 1週間お試しいただければ絶対に虜になると思う。医療費削減のため、ぜひお試しあれ。



2012年02月11日(土) 祝 東京港臨海道路(東京ゲートブリッジ)開通

 本日は建国記念日(正確には建国記念の日)である。なぜこの日か。それは日本書紀にある神武天皇ご即位の日(紀元前660年2月11日)に由来している。

 戦前は「紀元節」として祝日になっていたが、昭和23年に廃止され長く社会党などの反対で祝日に出来なかった経緯がある。そして、昭和41年「の」を入れること、日付は「祝日法」には明記せず、審議会において「政令」で決める、という玉虫色の決着を見たのだ。

 さて、その「建国をしのび、国を愛する心を養う。」日の今日、東京港臨海道路(東京ゲートブリッジ)開通式典が行われた。さまざまな日程調整の中でのことだろうが、世界の先進国の中で建国記念日に、違う祝いの式典をやるという「非常識」が通じるのは日本だけである。


 式典で主催者側として挨拶にたったのは、国土交通大臣と東京都副知事。本来であれば石原都知事が出席するのが、いくら民主党の大臣であったとしても「礼儀」であるが、きっと石原都知事は「この日を選んだ愚行」に怒り、明治記念館において行われている「建国記念日祝賀行事」に参加されているのだろう。

 さて、国会議員、都議会議員のほか関係区の区長や区議会建築系の所管委員会委員あ招待されていた。私は、区議会都市環境委員会の委員としての出席である。式典開始時間の午前10時になったが、わが大田区議会の席に、ひとつ空席があった。委員長の隣りだ。さては……副委員長か?やはりそうだった。

 再三、ここでも注意を促している、民主党「遅刻常習犯」の女性議員森愛区議である。大学を卒業してから正規雇用に就いたことのない彼女の「社会常識」は、驚がく的ですらある。何度、ここに書かれて注意されても「時間は守れない」のだ。どうか、早く社会人としての一般常識を身につけていただきたいものである。

 今日も、期待を裏切らずに、多忙の大臣、国会議員、国土交通省の高級幹部、各区長、議長が時間通りに着席している中「堂々」と、17分遅刻して真っ白なス−ツで悠々と着席。大田区都市・環境副委員長が遅刻は、大田区の恥でもあるが、そんなことは彼女には関係ない。さすがである。ちなみに、わが情報筋によれば、彼女は支援者にゴマすりをするために、一緒に川崎大師の護摩たきに出席していて遅刻したようだ。公務と選挙対策、勘違いしてはいけない。

 それだけではなかった。橋の「渡り初め」は、それぞれ「招待区分」ごとに指定された車両に乗車することになっていた。まずは、大臣や区長などが、用意されたハイブリド車や、次世代乗用車に案内された。われわれ区議会議員の順番は都議会議員の後で「燃料電池ハイブリッドバス」に乗車することになっていたのだ。

 ところがである。かの常識破りの「愛ちゃん」こと民主党森議員、なんと、国土交通大臣と国家公安委員長の間に「割り込んで」スタスタと、国会議員用のハイブリッド高級車に乗りこんでしまったのだ。さすがに、我々の前を車で通過する際には「罵声」に、顔を埋めていたが。バカ者である。さすが、失言続きの民主党政権の末裔だけのことはある。

森議員が乗り込んだハイブリッド車の車列

 それにしても、非常識続きの式典である。以下、非常識3連発。

非常識1.先日の日記に書いた、送られてきた「駐車券」、ぺらぺらのA4の紙を2枚送るのに、定型外の大型封筒を使う非常識。

非常識2.建国記念日に式典を実施する非常識。

非常識3.昼間11時開会で、13時終了という時間設定の非常識。

昼食を出せ、などとは言わないが、10時開会で12時終了、または、13時開会、15時終了にすれば参加者は「腹がへらない」のである。たぶん、大臣が出れないとか、あちら側の事情だろうが、招待客に配慮する常識がないのである。


素晴らしい橋と、素晴らしい次世代バスだけど、腹へったぞ〜



2012年02月07日(火) この大臣からは貰いたくなかった予備自衛官招集命令書

 自衛官は採用される時に「服務の宣誓」で「政治的活動に関与せず」と誓うのだが、予備自衛官の宣誓には、そのような文言がないので、私の激辛日誌に防衛大臣の悪口を書いても「処分」はされないと思う。たぶん…(但し、平成13年以来、階級が昇任しないという意地悪は継続されるのだろうが…)

 それにしても、民主党政権の大臣はなぜ、あんなバカしかいないのだろうか。特に防衛大臣はひどいではないか。以下、前防衛大臣と現防衛大臣の素晴らしき発言を満喫願いたい。

一川前防衛大臣の素晴らしき失言集

平成23年9月2日:「私は安全保障の素人だが、それが本当のシビリアンコントロールだ。」(大臣就任挨拶で。)シビリアンコントロールの意味すら知らない!

平成23年9月26日:「虚偽記載的なことを修正しているケースはよくあること。」(小沢一郎元代表の元秘書3人が有罪判決を受けたことについての発言。)恐るべし!そうなんだ。

平成23年10月15日:「防衛省、自衛隊の仕事は前原氏の方が詳しい。」(金沢市での民主党石川県連の会合での発言。)だったら交代しろ!

平成23年11月17日:「小松基地(自衛隊)を抱え、自治体の苦労は分かっているつもり。」(仲井真弘多沖縄県知事と会見した際の発言。仲井知事に「自衛隊基地と米軍基地は全く違う」と批判されている。小松市は一川氏の選挙区。)当然だ!

平成23年11月16:「私はこちら(政治資金パーティー)の方が大事だと思って来た。」(ブータン国王を招いた宮中晩さん会を欠席し民主党参議院議員の資金パーテイーでの発言。)無礼者め!

平成23年12月1日:「正確な中身を詳細には知らない。」
(1995年の沖縄少女暴行事件について問われた時の発言。勉強不足だ、と前原政調会長が批判!)その通り!

田中直紀現防衛大臣のさらに素晴らしい失言集

平成24年1月15日;「PKO参加五原則の一つである武器使用基準と、武器輸出三原則を混同」(NHKの討論番組で、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)への陸上自衛隊施設部隊の派遣に関連して発言)認識不足!!

平成24年1月23日:「周辺を飛ぶヘリコプターはそんなに多くない。」(米軍普天間飛行場を視察した際の発言。地元住民らをカンカンに怒らせた。)頭悪い!!

平成24年1月24日:「沖縄や石垣島には毎年、家族と来ている。硫黄島にも行った。」(仲井真知事との懇談で発言。伊江島と間違えたと釈明。)硫黄島は東京都だ!自衛隊の部隊もあるぞ!

平成24年2月6日:「議員食堂には薬を飲むための水があった。私は日ごろのクセで、食堂に行ったらただ座るのではなく、コーヒーを頼む精神だった」(1月31日の参院予算委の最中に議員食堂内でコーヒーを飲んでいた問題で、風邪薬を飲むためと釈明。)嗚呼!!

さらに「席を外して時間がかかったことを心からおわび申し上げたい。委員会在席が求められている期間は、国会内ではコーヒーを飲まない決意で臨みたい」

 素晴らしい決意の防衛大臣ではないか!!さぞかし、この言葉を聞いて、全国の自衛官の士気も高まったことだろう。


平成24年2月7日:参院予算委員会で、在沖縄米海兵隊のグアム移転に伴う日本側の費用負担に関し、答弁に立ち往生。

 そして、本日、この見識高い素晴らしい防衛大臣より「訓練招集命令書」が私に郵送されて来た。「平成24年2月17日から21日まで5日間、航空自衛隊第七航空団に出頭されたい」とある。


 航空自衛隊の予備自衛官である私は、年5日間の招集訓練に出頭する義務を負っている。しかし、今年度の出頭は聊か悩んだ。それは、あの国難の東日本大震災にあたり、最後まで予備自衛官の派遣を躊躇してたのは、わが航空自衛隊だったし、派遣されたのは800名の予備自衛官のうち、たかだか40名である。

 現職の航空自衛官には「防空」というミッションがある。災害派遣に出す人的余裕はないはずだ。であれば、予備自衛官をもっと活用でうべきであった。無論、予備自衛官が「ケガをしたら」「給与は」「死亡したら」等、問題は山積みだったろう。しかし、だからこそ史上初の予備自衛官派遣で、より多くの派遣を行って問題を見つけるべきだった。

 はたして、国民の貴重な税金を使って毎年訓練に参加していても、あれほどの大災害であっても「災害派遣招集」を800名の全航空予備自衛官に発令できない「お役人化」したとも思われる発想の航空自衛隊で訓練をすべきかどうか、継続して予備自衛官として留まるかどうか、大いに悩んだのである。

 実際に、航空予備自衛官の訓練招集でいつも一緒だったA君は「招集もされない航空予備自衛官では意味がない」と、陸上自衛隊の予備自衛官に「転官」をしてしまった。

 さらに問題を複雑にしたのは、2月19日に愚息が南スーダンPKOに出発するのだが、その壮行会が同日行われる。ところが、その日は、茨城県百里基地において「野外訓練」(と言っても、基地の外に出かける社会科見学のようなもの)が実施される。息子はハイチ、ジプチと3回目の海外派遣だが、ハイチは地震復興、ジプチは米軍基地の中での海賊退治部隊の後方支援だった。今回は、部族間対立と隣国スーダンとの石油利権での武力対立が続く、危険な地域への派遣である。ぜひとも見送りたいと、親バカである。

 が、私には「5日間出頭する義務」が課せられている。1日だけ休暇ということもあるが、そうすると本年度内には、もう代替えできる訓練日程がない。1日休めば「訓練未出頭」という汚名がつく。現職自衛官なら「休暇」ですむし、民間や一般の公務員なら「たかだか」1日のことだが、予備自衛官としての「誇り」がネックである。


 「辞めるべきか継続すべきか…」悩んだ末最後の決断を促したのは、東京在住の予備自衛官を担当する自衛隊東京地方協力本部のある幹部の一言だった。彼は私にこう言った。

「辞める、辞めないの判断は犬伏さんが決めることです。ただ、後輩として、どうか続けてください、とお願いします。後輩として…」

 私は自衛隊生徒18期生。彼は23期生。「同じ釜の飯を食った」時期はないが、自衛隊生徒の先輩後輩の関係は「兄弟以上」なのだ。「弟」にそういわれちゃ、辞めるわけにはいかない。意味があろうがなかろうが、首になるまで続けよう。

 しかし、この大臣からは命令書貰いたくなかったな〜



2012年02月04日(土) 「拉致された日本人を帰せ!」桜応援団新年会

 北朝鮮に拉致された日本人を救出しよう、との民間活動団体は数多くある。今日は、その中の一つで精力的に「拉致問題」の啓蒙活動を続けている「桜応援団」の新年会にご招待をいただいた。

 数年前、まだ自民党政権だった時には、防衛省本庁舎内のレストランで開催できたのだが、「親中国、親北朝鮮」の議員の多い民主党政権になってからは、防衛省に隣接して建っている「グランドヒル市ヶ谷」というホテルのレストランで開催されている。

 実は、グランドヒル市ヶ谷、正式には防衛省共済組合市ヶ谷会館というのだ。理事長以下、防衛省OBで、自衛隊員の福利厚生、共済年金、健康保険などを扱っている団体である。防衛省の施設で開催することにこだわることに、桜応援団の意気込みが感じられる。


 特筆すべきは、売国民主党のなかでも珍しい「保守」、松原仁国家公安委員長兼拉致問題担当大臣の政務秘書官が参加してくれたことだ。また、官房副長官時代から「拉致問題解決の敵は自民党内にもいる」と、積極的に地方議員の拉致議連に理解を示して下さった安倍元総理の奥様の姿もあった。頼もしい限りである。

 また、拉致家族である増元照明さんご夫妻の子様が、1歳になられたことが紹介され、参加者の見守る中「一升餅」を背負って歩いた。ちなみに、紅白のお餅は、参加者に配られてた。さぞかし、北朝鮮に拉致されている増元さんのお姉さんも、この姪御さんの姿を見たかったろうと涙があふれた。


 大震災などの影響で、いささか拉致問題への関心が薄れてきたところに、金正日の死去で、新たな展開に期待が寄せられている。いま、この瞬間も北朝鮮で、帰国の日を待ちわびている日本人がいることを忘れてはならない。

 国会、都議会、区議会議員各位も「ブルーリボン」をファッションとして着用するのではなく、抗議の声をあげる集会などにもぜひお出かけいただきたいものである。(拉致解決の決意を示すブルーリボンは、500円で頒布されている。ご希望の向きはご連絡いただきたい。)



2012年02月03日(金) 「皆さんに命預ける」by石原慎太郎都知事

 今日は節分。普段であれば地元の神社の豆まきに参加するのだが、今年は取り止めた。それは、「たちがれ日本」第二回全国拡大支部長会議が国会内で催されたからである。節分の日に会議を開催する政党も珍しいと思うが「政策本位でいけ。豆なんかまくな」ということだろうか。

 冒頭平沼赳夫代表は次のように述べ、新党については多くを語らなかった。


すべき改革は大胆に行い、長い歴史と伝統文化がある日本には護っていかなければならないものが多くある。それが我が党の主張する日本復活である。

巷間伝えられているように、東京都知事の石原さんなどを中心に新しい党の結成に話し合いをしている段階である。「謀は密なることをもって旨とすえべし」であるので、ご理解をいただきたい。

 さらに支部長会議最後にお越しになった石原慎太郎都知事は「少し長く話してもいいか」と前置きをされ、核武装など相変わらずの「石原節」で約30分間挨拶をされた。


なぜ、日本人がかくも幼稚になったのか。幼稚とは常識がないことだと思うだろうがそうではない。幼稚な人間とは、何が一番重要かをわからない人間だ。

日本の財政の大問題は、会計制度だ。日本の公会計はすべて単式簿記、家計簿のようなものだ。こんな会計制度を行っているのは北朝鮮とフィリピンぐらいだ。

腹式簿記にしてバランスシートを作らなければいけない。ところが、それをやられると官僚の悪さがバレちゃうから、やらんはい。これから、3月になると、そこらじゅう道路工事が始まる。単式簿記で繰越ができない、予算を残すと来年予算がもらえないからだ。

国の役人は現場を知らない。長良川の河口堰や諫早湾の干拓などバカなことをやっている。

 そして最後に、こう結ばれた。

皆さんに命預けるから一緒にやろううよ!皆さんねえ、立ち上がろうじゃないか。

 会議終了後の懇親会には、友党でもある日本創新党の山田宏党首(前杉並区長)や、中田前横浜市長も参加され「保守合同」で大いに盛り上がった。


 懇親会のしめは、憂国の士、西村真悟前代議士である。ほろ酔い加減の先生は、やっちまった。

皆さん、日本のため勃起しようじゃないか!


 そうだ!!!頑張ろう!!

 



2012年02月02日(木) 恐るべし大田区役所情報公開の詭弁by区民の声課

 大田区役所が情報公開後進自治体であり、様々な障壁を作り区民の情報公開を阻害していることは再三述べている通りである。また、人によって対応を変えたり基準を変えるという「その場しのぎ」の対応も、あまりにも情けないものがある。

 そして本日明らかになった詭弁には、さらにさらにあきれたのだ。

 過日、Aさんという方からメールがあって相談を受けた。事情は以下のようなものだった。

大田区役所について、朝鮮学校の補助金、朝鮮人人権に関する区民大学、在日朝鮮人に対する補助金などについてメールや面談で質問をしたところ、住所を教えないと回答しないと言われた。

過去に、北朝鮮についての質問などをっしたところ、住所地において「怖い思い」をしたことがあって、行政すら信用できないので、メールもしくは手渡しで回答を求めたが断られた。

どうしたらいいだろうか?

 そこで、先週木曜日、ご本人に区役所議員控室までお越しいただき、担当の「区民の声」課長に内線で事情を確認したところ不在で、電話に出た職員に趣旨を伝えた。

 すると、数分後、担当課長が控室に来た。そして、Aさんと対峙してしまった。

私:なんで住所がないと質問に答えられないの?

課長:本人確認だ。

私:どこの条例、規則に書かれているの?

課長:メールで来た質問の回答についての規則がある。

私:メールで来たものでしょ。それは。ご本人が窓口に来ているものは関係ないじゃない。その都度、都合よく変えちゃだめだ。回答できないの?住所がないと。

課長:住所さえ教えていただければ。

私:北朝鮮のスパイ諜報網は我々の常識を超えている。なんでもわかってしまうのだから。それとも、平壌に行った松原区長のもと、区民の声課は親北朝鮮なのか?

課長:そんなことはない。

私:では、本日からAさんは、当家を居所とする。私の家に送ってくれ。パスポートだって居所申請が認められているではないか。

課長:居所である証明書を書いてほしい。

私:そんな規則がどこにある。上等だ、書いてやる。(裏紙に汚い字で書いてやった)どうだ!

課長:本当に住んでいるのか?

私:そんなこと確認する必要があるのか。居候として今日から住む。

課長:わかった。手続きをすすめる。

 そして、今日。そろそろ来るかと、課長に電話をして驚いた。先日は打って代わって、又もや詭弁を使うのだ。

課長:Aさんの書類を犬伏議員の自宅に送ることはわかったが、Aさんの自宅を確認出来る証明書を見せてほしい。

私:また、そういう新たな難問を作る。そんなに北朝鮮がこわいのか?

課長:絶対に住所はもれない。

私:絶対になどと言えるわけがない。

課長:Aさんについては、本人確認が出来なければ回答しないと決定した。

私:松原さんか?

課長:区民の声課としてだ。

私:上等じゃないか。では、詭弁には詭弁で対抗しよう。Aさんが出した質問は、実は私の区政調査のために依頼したものだ、という書面を出す。それでどうだ。

課長:区政調査ならしかたない。

 嗚呼、区民の真摯な、そして区政に対する警鐘に答えるのに、なぜこんなに大変なんだ。この田舎役場は!

 なお、大田区役所幹部は私を「危険人物」として、蒲田警察署に通報しようとしたらしいが、危険なのは通報しようとした区幹部のほうである。何しろ、大学在学中にヘルメットをかぶり火炎瓶を投げていたのだから!それが今や権力の中枢。やるな!おぬし

 後日Aさんから、録音と画像が届いた。しかし、まったく録画、録音に気付かなかった。詭弁役人には録音、録画が必要であると反省した。

以下、お楽しみいただきたい。


上記やり取り全録音集(Aさん提供)



2012年02月01日(水) 礼儀作法か無能か?封筒の使い方byお役人

 自宅には様々な郵便物が届く。そのなかで、お役所の郵便物も多い。本日届いた郵便物には「お役人臭さ」が、ねっちょりとついていた。




 2月11日に行われる「東京港臨海道路開通式典」に参加する私の車両入場証が入っていた。問題は、封筒の大きさである。たかだかA4の紙が2枚同封されているだけで、角2と呼ばれる大型封筒を使って郵送されてきたのだ。
差出人は、国土交通省関東地方整備局長と東京都港湾局長、とある。

 間抜けである。写真のように三つ折りにすれば、長3という定型内郵便で80円ですむが、この大型封筒だと120円、5割増しになる。ひょっとしたら、議員に出すのに「折っては失礼だ」と、くだらない配慮だったのかもしれない。


 もし、そうだとしたら同じ大きさ(大封筒)でも、宅配業者のメール便で出せば、やはり80円ですむ。

 たかだか、40円だが、問題は公務員の、この感覚なのだ。公金、税金なら高い運賃で出張するが自費の家族旅行なら最安値を必死に見つける、という感覚だ。

 日本全国の地方自治体の使っている税金は約百兆円、国が九十兆円。もし、全国の公務員の皆さんが、今回のような「タカダカ」の工夫をして、10%節約をしたとしよう。なんと、十九兆円のお金が浮くのだ。

 十九兆円とは、消費税約8%に相当する額である。とすれば、消費税を増額しなくても13%にしたと同じ「税源」が出来ることになる。現実には10%削減は厳しいかもしれないが、要するに、そういう意識改革もせずに「金が足りないから増税」という論法は、財務省のお役人に踊らされたバカ議員のやることである。


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