いぬぶし秀一の激辛活動日誌

2013年07月30日(火) 立派な方が大田区副区長に?5回目の退職金が出ます!

 衆議院選挙落選以来、地元ネタ、区政ネタがなく、区民諸氏や、心ある区職員から「区政への辛口も復活せよ」とのお叱りを受ける。区議会は私や、奈須りえ議員という、区幹部と迎合しない議員がいなくなり、実に平穏無事に「シナリオ通り」の、あってもなくても何も変わらない、全国の平均的議会に戻ったようである。

 さて、先日の議会の報告を見ていたら、なんと大田区役所で数少ない良識派であった野田隆副区長が辞任され、新たな副区長が選任されたようだ。その名前を拝見して驚いた。

 なんと、東京都出納長時代に週刊フライデーで時の人となった幸田昭一氏が副区長に就任されたとあるではないか。幸田氏が、なぜフライデーに掲載されたかは、その記事や産経新聞をご覧いただくとして、問題は彼の経歴である。

 出世競争に敗れた官僚が肩叩きで天下る国の構図とは違い、東京都の天下りは「退職後の天国」であるのが通説である。幸田昭一氏の華麗な経歴は以下のようなものだ。

1946 大田区生まれ
1966 東京都職員採用と同時に大田区収入役室へ
(経歴には明治大学法学部卒とあるが、20歳で入庁されている)
以降、都生活文化局総務部長、教育庁次長、福祉保健局長等要職を歴任、一般職を退職。
2005 東京都出納長就任(特別職)
2007 出納長辞任 東京都住宅供給公社理事長就任
2011 同理事長辞任 東京地下鉄株式会社(東京メトロ)代表取締役副社長就任
2013 同副社長退任(6月27日) 大田区副区長就任(7月1日)

 いや、これぞ「わたり」の典型的モデルであう。「わたり」とは、公務員が何度も天下り先を変え、その都度退職金を受け取る悪習を指す。役所側は「適材適所」というが、天下り先のポストは、お役人の指定席となっており、優秀なプロパーは、その席にはつけない仕組みである。

 幸田氏の手当などの額を推計したたまげた。いかに素晴らしい仕事をされていたといえ、多すぎるのではないだろうか。(非公開もあり一部いぬぶしの推計)

東京都一般職としての退職手当 4000万円超(給与年2000万円)
東京都出納長としての退職手当 1000万円 (給与月額119万円)
住宅供給公社理事長として   2000万円 (給与年収2000万円)
東京地下鉄株式会社副社長として2000万円 (給与年収2000万円)
大田区副区長として(4年毎に)1300万円 (給与月額93万円)

 いやはや、なんともステキではないか。住宅供給公社は出資金の全額が都民の税金であり、東京地下鉄株式会社も資本金の46%が東京都の出資である。はたして松原忠義区長が掲げた「民間感覚」から、上記の金額はどう映るだろうか。また、フライデーに掲載された行状はどうか。

 良識ある都議会議員、区議会議員諸氏のご判断を待ちたい。



2013年07月29日(月) 礼節を忘れた民族に未来はない!韓国の場合

 中国、韓国の我が国への対応を見ていると「本当に3等国」だな思う。少なくとも、まともな法治国家、民主国家の体はなしていない。まだまだ、発展途上で、政府は国民の不満を「反日」に向けることで、なんとか成り立っているというお粗末さだ。

 先日は、韓国出身の評論家で日本国籍をもつ呉善花(拓大教授)が明確な理由を告げられず、韓国への入国を拒否された。呉氏は歴史問題などをめぐって、韓国に対して厳しい論評(まともな論評)を繰り広げている。

 呉氏は、親族の結婚式に出席するため、仁川空港に到着したところ、入管職員に「入国は許可できない」と言われた。理由を尋ねても「上からの命令」などと答えるだけだったという。韓国は、以前、佐藤正久参議院議員(ヒゲの隊長)の入国を拒否したこともある。

 気に入らないと入国拒否というのは、到底民主国家のする行為ではないし、まるで子供のイジメのようである。

 さらに、昨日、ソウルで行われたサッカー東アジアカップ男子の日韓戦で、韓国側応援団が観客席に「歴史を忘れた民族に未来はない」との、大横断幕を掲げた。


(産経新聞より)

 日本の国旗を焼いたり、総理大臣の人形を刃物で刺したりと、まったく常軌を逸した行為は、到底文明国の国民の姿ではない。

 隣人であり、本来は友人である韓国の人々に言いたい。

 礼節を忘れた民族に未来はない! と。




2013年07月27日(土) 久しぶりのドサ回り、いえ地元回りの土曜日

 区議会議員時代、夏の土曜日は大変忙しかった。夏祭り、盆踊りなど地元行事が多数開催されるからだ。招待状も多数届いた。ところが、衆議院選挙に出馬して落選すると、招待状が激減。まあ、しかたないが、聊か淋しいではないか。参議院選挙も終わり、そろそろ活動をしないと忘れ去られてしまう。

 招待状の有無など関係ない。今日は、少し地元を回ってみた。午前中は、自衛隊東京地方居力本部が蒲田駅西口で行う広報活動支援のため、航空自衛隊の制服に着替えて参加した。自衛隊ではスピーカーを用意していないので、私の選挙用のスピーカーを持参して、「ただいま、自衛隊の広報活動を行っております」と、がなりたてた。広報効果は絶大で、目玉に用意した「南極の氷」の前には、あっという間に列ができてしまった。(明日まで解けないだろうか…)

 その後、地元小学校の夏祭り、夕方からは、町会の夏祭りと続く。町会の夏祭りでは、町会役員でもある区議が接待役をしており「いぬぶしさん、つまみがもうないのでビールだけで勘弁して」と。ええええ!!仕方ないな。

 が、だ。私の後に到着した近隣町会の役員さんの席には焼きそばが、枝豆が…イジメだ!

 次は、盆踊り大会へ。ここは、区議時代には13年間招待状が届いていた町会だが、今年は来ない。まあ、そんなものだろうと顔見知りにの皆さんと楽しんでいると、突如ゲリラ豪雨で一時中止に。

 ところが、次の出し物であるフラダンスの皆さん、なんと豪雨の中、フラを踊り出したのだ。これには見物人も傘をさしながら、拍手をおくった。

 忙しいけれど、地元の人々と意見交換ができる夏の夜は楽しい。(ビールも楽しい!!)

 



2013年07月26日(金) 当選証書授与式代理出席@総務省

 今日は午前中、区内に貼ったポスター剥がしに費やした。区議、都議、衆議院、参議院地方区のポスターは公設掲示板が用意されていて、貼るのはそれぞれの陣営だが、選挙終了後は業者が掲示板ごと処分してくれるので、剥がす手間はない。

 ところが、参議院全国比例は掲示板がないので、貼るのも許可を得ながら、そして、選挙終了後は剥がしてまわらなければならない。賢明な方は、すでに剥がして頂いているが、場所によっては都議候補の剥がし忘れのポスターがあったりする。

 同じ「維新」の旗で戦った仲間である。ついで仕事ではがしていく。暑い太陽の下、全国で同じような想いをしている方々がいる。そのような無償の善意の結果が「当選」であることを、候補者らは忘れてはならないと思う。(落選して私を含め…)

 午前中の仕事に比べ、午後からはスポットライトである。総務省で行われた当選証書授与式に中山恭子参議院議員に代わって出席した。当選者が一人一人名前を呼ばれ、中央選挙会名の当選証書を頂く。ほとんどの当選者が代理人だったが、丸山和也氏は本人が出席されていた。

 「中山恭子殿!」と呼ばれた。名前を呼ばれたら「ハイ」と大声で答えるのが日本の礼儀作法である。が、私は中山恭子殿ではない。一瞬迷ったが、民法によれば代理人の行為は「本人」である。したがって、「ハイ」だろうと考え、総務省の講堂に響き渡るよう返事をした。

 その後、参議院事務局の「当選証書対照」という事務作業を経て「議員バッチ」の交付と続く。初当選らしき本人は、美人衛視さんにバッチを付けてもらい満面の笑みを浮かべていた。次は代理人ではなく、本人として来よう!

 バッチ交付と同じフロアに日本維新の会の控室があるので、顔を出した。たちあがれ日本時代から親しい職員さんが、新人議員に党の資料を配布していた。机の上には「アントニオ猪木様」と書かれた封筒がある。

 「あ、それ平壌まで届けてあげようか?」と、冗談とも嫌味とも取れる私の発言に彼は大変困惑をしていた。もはや、プロレスラーじゃないんだから、行動には細心の配慮が必要だと思うが、政府の「渡航自粛要請」を無視して、平壌に行く意味はあるのだろうか。まさか「当選御礼」じゃないだろうな。

 

 



2013年07月25日(木) 「引越専用」=「落選者専用?」容赦ない世界のエレベーター

 選挙後、参議院議員会館に出向くと、いつもと光景が違う。エレベーターホールや議員事務室の廊下には、壁や床を保護するための養生がされており、「日本通運」の広告戦略かと思われるような社名入りのついたてがいたるところにある。



 そして、半分のエレベーターには「引越専用」の表示がある。「引越専用」とは、イコール「落選者専用」ということだ。(一部、引退議員もいるが)このエレベーターに乗るとういうことは、最短でも向こう3年間は、この城には戻れないことを意味する。



 議員には当然のことながら、失業手当はない。(秘書にはある)さらには、個人事業主であれば認められるはずの、損金としての経費に選挙費用は認められない。

 もっと怖いのは、供託金没収である。今回の参議院全国比例の供託金は600万円だ。この没収だけならまだ被害は少ないが、供託金を没収されると、選挙カーのガソリン代、看板代、レンタカー代、運転手日当、ポスター印刷代、チラシ印刷代(一部国政のみ)等の、公費負担分をすべて自費で賄わなければならず、その額は500万円を超える。つまり、自費で払う選挙費用以外に、1000万以上の持ちだしが増えることになる。

 では、どれぐらいの候補者が供託金没収になるのか。

参議院比例区=当選者の2倍の数まではOK
参議院地方区=有効得票総数÷議員定数÷8
衆議院小選挙区=有効投票数x10%
区議会議員=有効投票÷議員定数x10%

 したがって、今回の参議院比例選挙では日本維新の会では、6名が比例で当選したので、12位までは大丈夫で13位から18名が供託金を没収され、国庫に1億円余りが納付されることになる。

 いやはや、容赦ない戦いの世界がここにある。次は、おいらの番だ。頑張ろう!

 



2013年07月24日(水) どいつもこいつも!未成熟だな。永田町は…

 区議会議員をやっていた頃、良識ある大人の集合体であろうと信じていた、区役所、区議会という場が、実は壮大なるイジメ天国であることを知って愕然とした。

 組織の存亡の邪魔者は「仲間はずれ」にする。こんなことは序の口で、あからさまに意地悪をする。例えば、区長提出議案は、与党会派(賛成をする議員)にだけ、「勉強会」と称して、事前に役人が説明会を開催する。そこで、ガス抜きが行われるから、本会議や委員会は、単なるセレモニーと化してしまう。吠えているのは、私を含めた「与党」を認知されない議員だけだ。結局、議案(共産党提出以外)は、審議をしたふりを装って、私の在任中は賛成多数ですべて原案通り可決されていた。

 そもそも、地方自治は制度上「与党」を想定していないのだが、国会ゴッコが大好きな痴呆、いえ地方議員が「首長与党」を名乗って闊歩する。

 また、大田区では国会同様に、自民党の「ボス猿」争いが長く続いている。今の高瀬三徳議長は、自民党会派から辞職勧告を受け、先日の議会では、自問党の代表質問で攻撃をされる、という珍現象まで恥ずかしくもなくやっている有様だ。区民には関係ない、勢力争いは見苦しい。身内(党内)の争いは、身内で解決して外に出すんじゃねえ!

 さて、まさか国会では、こんなことはないだろうと、日々議員会館に通う日が続いているが、似たようなもんだなと思う。同じ組織(政党)に所属したら、助け合い、いささかの意見の違いを超越して他党と戦うのが組織人の務めだろう。

 が、永田町の住民を見ていると、身内で辞めろ!辞めない!と、ほとんど大田区議会と変わらない未成熟な議論をしているではないか。

 特に、マヌケな民主党にはあきれる。民主党政権当時の3人の歴代総理のうち、1人(鳩山氏)を除名、菅氏には離党勧告だという。もはや、組織の体をなしていない。こんな、たまげた政党によくぞ3年間も政権を任せていたもんだ。脱官僚、政治主導などと叫んでいたが、この体たらくな政党でも、我が国が潰れなかったのは、優秀な官僚が、民主党など無視して粛々と業務をこなしていたからに違いない。

 どいつもこいつも、もっと大人になろうぜ!(裏の声:お前もな!)ハイ

 



2013年07月23日(火) えええ!!いぬぶしのCDが発売された??

 選挙も終わって少しばかりのんびりしていると、何やら封筒が届いた。開封すると「借金3億円から復活した男の話」と書かれたCDが入っていた。そして、CDカバーには私の写真があるではないか!



 そういえば、ずいぶん前にインタビュを2時間程度受けて、得意げにしゃべったっけ。報酬はゼロ。セミナーの会員向けに配布する、とのことだったのでまあいいか、と快諾した。

 ところが、同封されてきた資料によれば、どうやら、販売をしているらしい。1本8000円だったかしら。おやま、原価ただ(CDの原価は別)で、いい商売だ。

内容は、平成13年9月11日の同時多発テロにより当時経営していた旅行会社の経営が苦しくなり、資金繰りに窮して廃業。その結果、個人保証していた金額が3億円にも上ったのだった。

 一時は弁護士から自己破産を勧められたが、あてもなく「返済する」道を選んだ。翌年5月分の議員報酬は全額差し押さえ。それから7年後には、すべて失ったなかから自宅マンションを購入。

 12年後の今も、残る負債約1億円を返済し続けている、というような内容だ。

 会社を廃業した時から、私があまりに明るいものだから、街や口の悪い議員連中からは「偽装」ではないか、と噂された。しかし、事実大変だった。苦しかった。自宅の電話はもちろん、電気は止まり、ガスも止まり、国民健康保険は滞納、どん底を味わった。が、明るさだけは忘れなかった。

 人のせいにもしなかった。とにかく、借金は返そう、そして、何があっても、常に明るく前向きに生きよう。それだけを念じて進んできた結果、相変わらず借金は残っているが、幸せいっぱいの人生を歩んでいる。

 この苦境を乗り切って(まだ道半ばだが)、感じたこと。それは、人生でマイナスのことなんか、何ひとつない、ということだ。会社を廃業してドン底生活を味わったから、辛い思いをしている人々の心がわかる。

 衆議院選挙で落選をしたから、中山恭子議員のお手伝いができた。中山議員のお手伝いで全国行脚をしたから、全国にお知り合いができた。そして、大きな選挙(全国比例)でも、1票1票の積み重ねだ、と知って、見えないご支援の輪に感謝することを学んだ。

 マイナスに考えたり、人のせいにすれば、楽しい人生だろうか?絶対違うと思う。

 万象我師。さらには、過去と他人は変えれない、未来と自分は変えられる。そんなことを学ばせて頂いた12年の借金返済いぬぶし劇場。

 興味のある方は、直接製造元に問い合わせていただきたい。






2013年07月22日(月) 選挙よもやま話

 当選が決まった翌日の今日、少しのんびりと自分の事務所へ出かけ、お昼前には国会議員会館へ出向いた。会館スタッフの方々との話題は、拠点(後援会事務所)を設置した場所で何票でたか、と言うことだった。中山恭子参議院議員の後援会の拠点は、四谷、前橋、高��、青森、宮崎に置いた。以下、各拠点ごとの得票数である。(宮崎市は、ご主人中山成彬代議士の選挙区)

前橋市3063票、高碕市2180票、青森市587票、宮崎市8874票

 拠点を置いて、予算をかけた結果どうだったのか、検証が必要な数字である。ちなみに、選挙前後ととおして、ほとんどアピールできなかった我が大田区は2287票、都内では二番目に多かったが、私としては、いささか残念な数字である。

 選挙の開票場には「開票立会人」という職務がある。これは各政党、陣営から派遣され、疑問票などのチョックを行う者で、公費から日当14000円が支給される。(参考までに開票事務にあたる地方公務員の残業手当は平均時給は6000円程度!)

 我が犬伏陣営からは、大田区開票所に比例区、選挙区に各1名の立会人を派遣した。立会を行った者の報告は、なかなか面白かった。

比例区での面白い事例

あべちゃんのと=自民党の有効票(党首の名前と推認sれるから)
み=みんなの党の有効票(新聞などで「み」と記載されるから)
みん=民主党の有効票(みんな、と案文じゃないのかい)
みどり=候補者の●●みどり候補、みどりの風で按分
ワタミ=渡辺美樹候補の有効票(よく知られた屋号なので)
中山恭子と書いたわきに〜〜〜〜〜との記述=無効票(他事記載)

 しかし、参議院比例区の投票はわかりにくい。もっと告知をするか、衆議院のように個人名だけにする必要があるだろう。

 また、開票立会人に対して「早くしろ!早きしろ!」と、しつこく言ってきた大田区選挙管理委員会の職員がいたそうだが、本末転倒も甚だしいバカ者である。選管同士で「開票終了時間」を競う風潮があるためだろうが、正しい開票事務を行うためには「早くしろ」は、余計なお世話である。

 そのくせ、こいつ(選管職員)は、区議会議員である開票立会人には、ヘコヘコしていたそうだ。いるんだよな、こういう勘違い野郎が。口のきき方に気をつけろ、選管さんよ!
 



2013年07月21日(日) 祝 当選 中山恭子参議院議員!北朝鮮もビックリ

 ついに審判の時がやってきた。中山恭子候補が6年間、参議院議員として活動してきたこと、また、内閣府参与、拉致問題担当大臣として国政に携わってきた、そのことを有権者がどう判断するのか。

 特に、拉致問題には深く関わってきたため、この選挙結果を北朝鮮の連中は注視しているだろう。

 私は久しぶりに寝坊をさせてもらい、午後から「荒れ放題」の自分の事務所のお掃除をして投票所に出向いた。近所の小学校の前にある東京地方区のポスター掲示板の前には、数人の人が立っている。

 おいおい、良識の府である参議院議員まで「見た目」かい。確かに、選挙は中身じゃない!見栄えだ!ということは、業界?で語り継がれている。とは言っても、投票数分前にポスターで選ぶという投票行動は、あまりに情けない。せめて、選挙公報、ネットなどで主張を見ていただきたいものだ。

 まずは、東京選挙区である。小倉淳氏(元日本テレビアナウサー)が日本維新の会から立候補されている。好き嫌い等、個人的な感情は別にして、組織人としては党公認候補を応援しなければならない。実は、政治の世界では、ここを勘違いしている輩が多すぎるのだ。

 つまり政策論争の結果「ダメだ」ではなく、「あいつは生意気だ」だの、「気に入らない」等と言うことが、公党の政治家の間でも、大きな選択枝なのだ。組織人としての経験が希薄な候補や現職が多い党の場合、この傾向は顕著である。地元選挙区支部長としては、このことを心してかからなければいけないと思っている。

 さて、四谷の事務所に入るとテレビカメラがところ狭しと並んでいる。まだ、投票終了までに1時間近くある。報道陣とバンザイのタイミング、カメラの位置などを打ち合わせ、その時に備える。



 ただ、実は2日ほど前に親しいマスコミからは「開票と同時に当確を打つ予定です」と知らされていたので、私自身は、もう当選モードである。ただ、このことを選対に言うとダレてしまうので、今日まで内緒にしていた。

 午後8時、すぐさま別の候補の当確が画面に現れた。そして、数分後、スタッフから「TBS当確でました!」の声、事務所内には歓声が響き渡った。笑いをこらえながら私は「もうちょっと待ちましょう」と、冷静を装う。

 ほどなく「民放各社当確」の声。よ〜っし!さっそく、万歳三唱をご主人、中山成彬代議士にお願いした。そして、ダルマの目入れ、謝辞と会を進めた。いや、よかった、よかった!!!!



 あとは、はたして何票を獲得するかだ。四谷事務所をあとにして、全日空ホテルに設けられた日本維新の会開票センターに向かった。開票センターに集まっていた石原代表以下幹部に、中山選対として謝辞を述べた。ついでに「品のない弁士を務めましてすみません」と、冗談半分で言ったところ、藤井孝男選対委員長から「誰も犬伏君に品を求めていないから大丈夫だ」と、妙なお褒めの言葉を頂戴した。



 さらに、地元大森スポーツセンターにある大田区開票所に立ち寄り、開票状況を確認し、自宅着深夜1時。家族が寝静まったリビングで、一人ビール、いえ、発泡酒で祝杯をあげた。

 やった〜!!!よかった、よかった。さあ、呑むぜ!!!



2013年07月20日(土) いよいよ最終日!あっと言う間の17日間だった

 選挙期間は、区・市議会議員選挙は7日間、都道府県議会議員選挙が9日間、衆議院が12日、参議院が最も長く17日間である。自分自身の衆議院選挙12日間は、本当に長く精神的にも肉体的にも厳しく限界だったが、今回の17日間は、様々な問題はあったものの、結構楽しく戦ってこれたと思う。

 昨日発生した大問題!それは、ビラがない、というものだった。参議院選挙では25万枚のビラが認められているのだが、もはや東京には在庫がない。最終日に配り物がないのは嘆かわしい。全国の「個人演説会場」に配布したビラの残存部数の確認を事務方に依頼すると、各地から900枚近くのビラが「発掘」された。これで大丈夫!が、大阪などのビラは宅配便で間に合うが、宮崎にあるビラは宅配便では間に合わない。(通常、翌々日着)

 そこで、旅行会社当時の記憶を基に、日通航空宮崎支店に問い合わせたところ、18時20分までに宮崎空港に荷物を持ち込めば、羽田で22時すぎに受け取れ、料金は1800円余りだという。さっそく手配をして、今朝7時に羽田空港に出向いて受けとった。全国比例の選挙では、このように物流(ロジステイックス)も大変重要である。

 最終日の日程は、大票田である都内の練り歩きを中心に計画をした。ただ、ターミナル駅などは各陣営が集中するので、はたして予定通り行くのかどうか、いささか心配だった。公職選挙法により20時以降は街頭演説ができないので、20時ギリギリまでの遊説日程を組んだのだが、思わぬ伏兵が潜んでいたのだ。

 「選対本部長」の肩書を持つ、候補者のご主人である中山成彬代議士が、朝一番「今日は6時でやめて四谷の事務所で打ち上げをするから…」と言いだしたのだ。妻である候補者の疲労を心配してのことだろうが、選挙日程は様々な調整のうえで決定し、ネットを見て予定に沿って集まって下さる方もいるので、突然の変更は困惑してしまう。その旨をお話して結局は当初予定通りの日程に戻ってホッとした。

 土曜日の朝8時からの名前の連呼は、顰蹙をかっても票にはならない。そこで8時から9時の1時間だけ、地元蒲田駅の東西で街頭演説を行った。(候補者はいない)

 その後、今日の一番目は新築された歌舞伎座前である。11時から公演が始まるので、10時から辻立ちをすることにした。ただし、マイクを使うとこれまた、TPOをわきまえないとの批判が出るので、握手と肉声だけだったが、歌舞伎座の客層と、候補者のプロフィールが一致したのか、反応は上々だった。



 ここから、次は巣鴨とげぬき地蔵へと向かう。こちらも大人気で、500mぐらいの商店街を抜けるのに1時間近くかかってしまい、次の街宣場所であるコレド日本橋をパスせざるを得なかった。



 昼食弁当を車内で口にほうりこんで、銀座4丁目の党の街宣に合流した。ここでは山田宏、中田宏両代議士とともに平沼赳夫国会議員団代表の姿もあった。旧たちあがれ日本時代からご指導を頂き、懇意にして頂いている平沼代表の姿を拝見すると「ホッと」安心感がわきあがる。城主のいない城に主が戻った安心感、という感覚だろうか。



 そして、旧たちあげれ時代からの慣例「男はクールビズなどダメ!夏でも背広にネクタイ」との原則をまもっていたのは、平沼代表と私、さらに、かけはし塾(たちあがれ日本の政治塾)の卒塾生だけだった。維新の都議からは「いぬぶしさん、そういうの止めましょうよ」と言われたが、真正保守の誇りとして、「街頭演説は背広にネクタイ」のスタイルを変えるつもりはない。



 銀座で嬉しかったことは、見知らぬ女性から私に「喉気をつけて下さい!」と、喉あめ等の差し入れがあったことだ。きっと、この品のないブログを見て、お持ち下さったのだおるが、本当にありがたい。

 銀座を後にして、六本木ミッドタウン、表参道、渋谷、東京駅KITTE(旧中央郵便局)、ルミネ(旧マリオン)前と車をすすめた。打ち上げは、同じ有楽町のITOCIA前を予定していたが、他党が朝8時からよる8時まで「押さえ」ているようで、急きょ変更したのだが、公共の道路上を12時間も「押さえる」という、自分勝手な感覚には公党としてどうなのだろうか、と疑問符である。







 長いようで短かった17日間の締めくくり、ルミネ前で、中山成彬代議士、中山恭子候補とともに私も「最後のお訴え」をさせて頂いたが、あまりに熱が入りすぎて、ボランンテイアさんやウグイスから「誰の選挙だかわからない」と言われてしまった。すみません!


 17日間の選挙戦は、日本中の善意に支えられて終わることができた。そして、ぶつかり合いながらも、一緒に選挙戦を運営してきた中山恭子事務所のスタッフ。私自身が4月16日からの選挙戦「参戦」と出遅れたこと、スタッフで最年少!(政策秘書を除く)ということもあり、何かと「生意気」で不行き届きな点もあったろうと思うが、結果としては、年長スタッフに支えて頂きながら終わることができた。

 大変だったけれど、楽しい経験と、多くの新たな出会いを得ることができた今回の参議院選挙。中山恭子候補、御主人の成彬代議士、事務所スタッフ、ボランテイアの方々に、感謝、感謝である。また、特筆すべきは、この長い選挙戦の東京発着(宮崎にも1台ある)の宣伝車の運転を、たった1人で引き受けてくれた天目石要一前・武蔵村山市議の存在である。彼の努力がなければ宣伝車を17日間まわすことが出来なかっただろうと、これまた感謝である。

 若いスタッフがいない中山恭子事務所の補完勢力として、片山虎之助事務所のスレンダー美人秘書さんを含む秘書軍団、今村洋史代議士の秘書さんたち、中山成彬事務所の美人美男秘書さん、私の事務所のボランテイアスタッフにも大変助けてもらった。

 城主(私)が、よその城(中山恭子事務所)に出かけて、不在がちな数ケ月、城を護ってくれていた私の事務所の秘書(美人と書かないと怒られる)さんにも頭があがらない。最終日には、ウグイス役も務め、プロのウグイスさんから「ウチに来ない?」とスカウトされていた。行くなよ!

 土地勘のない街宣では、保守系の区議、市議さん、6月の都議選で落選した候補者の方々にもナビ兼弁士として助けて頂いた。こうして見ると、選挙というのは、無償の支援と、それに対する感謝の念で成り立っていることを痛感する。その意味では、僭越ながら議員バッチは、その戦った仲間すべての産物であり、有権者からの預かり物と言えるだろう。

 あとは、明日の開票日。北朝鮮が驚くような得票で当選されることを期待したい。

 ダルマの墨汁と筆は用意済み!お時間のある方は、明日20時以降四谷事務所にお越し願いたい。(新宿区四谷2-13-7 遠藤ビル3階 1階はそばやさん、お隣は第一勧業信用組合本店)


 



2013年07月19日(金) さてさて成績表はいかに?群馬県から新宿アルタ前

 参議院全国比例の選挙は、実に怖い。「ウソがつけない」のだ。例えば衆議院選挙で、支援者の方が「必死にやったよ」と言われれば、それを信ずるしかない。同一選挙管理委員会なので、本当にやって下さったのか、口先だけなのか実証できないのだ。

 同様に、都道府県議会選挙も同じだ。支援者や傘下の市区町村議員が「センセイのために全力で…」などと言っても、わからない。彼がどれくらい頑張ったのか?

 ところが、参議院全国比例だけは数字で頑張りがバレてしまうから困る。ウソをつけないのだ。例えば、選対のメンバーが「○○市の某団体が全面的にセンセイを支援することになりました」なんて報告を持ってくる。

 全国比例の開票結果は、市区町ごとに候補者が何票獲得したか、一覧表で明確にわかる仕組みなのだ。したがって、はったりやウソは、すぐさまバレてしまうのだ。

 大田区はどうか?すみません!本人が全国を飛び回っていたため、ほとんど中山恭子候補の応援ができていない。以前、航空自衛隊出身の参議院候補者を一生懸命応援していた時、大田区では都内で二番目に多い票が出て1500票だった。したがって、今回は大田区で中山恭子と書かれた票が1500票以上でれば、取りあえずは安堵なのだが…大田区のみなさん、頼んまっせ!



 さて、言い訳はこれぐらいにして、本日の日程紹介をしよう。朝6時前に家を出て、一路新幹線と在来線を乗りついで群馬県沼田駅に午前8時33分についた。宣伝カーは、もう少し早くついていて、駅で合流した。

 今日は朝9時半から、沼田市役所前で街頭演説会を行うために出向いてきたのだ。はたして人口5万人余りのこの街で、何人が聴きにきて下さるのか。約1時間、ウグイスがいない宣伝カー(出発が早いため)で、カラス役(男性ウグイスのこと)として、9時半からの演説会を広報した。はたして何人か?企業秘密であるので公開できない…

 ただ、副市長さん、議長さん、県立高校同窓会会長さん等、有力者の方々が駆け付けてくださったので、実際の聴衆の数ではないご支援があるのだろう。

 演説終了後の10時には、現場を離れ東京に向かう。14時半からの二子多摩川へ向かわねばならないからだ。ところが宣伝カーは間にあったのだが、候補者の車が間に合わない。次の成城学園駅前も候補者不在の街宣になった。現場で対応して頂いた花輪前都議には、御迷惑をおかけしてしまった。



 そして、高円寺、阿佐がケ谷とすすみ、最後は新宿アルタ前である。金曜日の夕暮れ時、街は若者であふれている。そこで、中山成彬代議士、恭子候補が必死に訴える。立ち止まる人はほとんどが中年以上。若い人の関心が低いのが残念である。

 いよいよ、残り1日。みなさん、どうかよろしく!



2013年07月18日(木) 午前中は大阪、午後は横浜!残り3日

 今日の日程はなかなか凄い。朝7時半のフライトで伊丹(大阪)に飛び、支援団体1500名の会合で幕間演説を行い、12時半伊丹発のJALで羽田に戻り横浜へ向かう。

 首都圏の最寄り都市でありながら、候補者本人が入っていない横浜の街宣を行った。一般的な候補者心理は、お世話になった場所は、例え支援者が数人であっても出かけたいという気持ちは理解できる。しかし、それは公示前までの話。時間が制約されている公示後の全国比例候補の選対としては、票の最大化のために、義理よりも「票のある場所」に本人が出向いて欲しいと思う。義理は当選後6年間でいくらでも還せる。

 大規模な救急医療現場では、トリアージという言葉が使われる。例は不適切かもしれないが、生存可能性の高い患者から救急搬送し処置をする危機対応法のことだ。生存可能性の低い罹災者は、悲しいけれど後回しにするというものである。

 参議院の全国比例選挙も、この決断が求められる。飛行機で行かなければならない遠隔地に熱心な支持者が10名いらしたとする。ところが、都心で毎分500名の歩行者が通行する繁華街がある。ここで街頭演説やビラ配布をするか、10名を取るか?

 候補者はだいたい10名のほうを取りたがるものだ。そこで10名を捨て、繁華街を選択してもらうのが非情ながら、実は候補者想いの選対なのだ。村議会選挙ではないのだから…

 羽田から戻って最初の街宣は、横浜駅西口である。すでに自民党の比例候補の陣営と民主党が場所取りをしている。相手陣営の責任者と話して「音だし」の時間調整を行った。これは、相手陣営がスピーカーを使用している時は、こちらは音を出さずにチラシを配る、相手が終わったらスピーカーを使う、というもので、共産党以外の政党はだいたい調整に応じてくれる。

 横浜を終わり、次は桜木町。「みなとみらい」地区へのエスカレーターの下での街頭演説。「みなとみらい」からの帰り客狙いである。街頭の基本は、いかに大量の人々と、一瞬でもいいから一対一の時間を作るかにある。



 その意味ではエスカレーターの降り口は最高のポジションである。なぜなら、候補者から逃げられないからだ。特に、「みなとみらい」にある高級ホテルからの帰り客は女性が多くいいマーケットでもある。

(中華街) 

 以降、中華街、川崎駅と移動しての街頭活動だったが、最後の川崎駅は感動的だった。横田めぐみちゃんのご両親が応援演説に来て下さり、お二人で拉致の悲惨さを訴えられたのだが、その後に演説をした中山恭子候補が、涙を流し絶句してしまったのだ。

 めぐみちゃんの御両親の心情を演説で話し、「横田さんお二人をこんな場所に引き出すことになって申し訳ない」と。これには、我々選対もボランテイアスタッフも、さらには80人を超える聴衆も涙してしまった。

(横田早紀江さんの応援)

 どうか、拉致問題の解決のためにも、中山恭子候補へのご支持を心よりお願いしたい。

残り2日!


(スタッフと共に)

**明日19日、中山恭子候補出没予定地**

14:30〜二子玉川
15:30〜成城
16:30〜阿佐ヶ谷駅南口
17:30〜高円寺駅北口
18:40〜新宿アルタ周辺



2013年07月17日(水) 声が出ない!!!!街頭演説の一日

 今朝はほぼ一日街頭演説だった。朝8時、新橋SL広場で中山恭子候補と片山虎之助参議院議員の街頭演説があり、私が前説演説(前座)を行った。片山議員の応援演説が始まると「参議院なんかいらねえ」「うるせいんだよ」と、大声をあげる酔っぱらいオヤジが出没した。最初は無視していたが、だんだん片山議員に近づき、演説に影響が出だしたのだ。



 そこで、SPいぬぶしの出動である。制止すると怒鳴って抵抗していたオヤジも「選挙の自由妨害で交番に行こう」というと、静かになった。と、思ったらしばらくすると復活。「この野郎!」と怒鳴って威嚇し、引きずって交番の警察官に身柄を預けた。交番の制服のあまわりさから「どうして欲しいですか?」と質問されたので「告訴などしません。終わるまで静かにさせて下さい」とお願いしたが、覆面パトカーは来るわ、現場写真を撮るわ、いささか面倒だった。(自分の選挙を含めて、交番にしょっぴいたのはこれで4回目になる。)おまわりさん、お世話になりました。

 次は、財務省正門前での街頭演説である。左右を官公労のビラ部隊にはさまれての演説だけに、私の前説にも熱が入る。多くのお役人らしき方々は、ビラを受け取らないが(予想通り)、中山候補のかっての部下だろうか、庁舎内から出てきて聴いて下さった方もいた。



 ここで一時候補者は宣伝カー部隊から離脱。私が東京駅丸の内口で30分間街頭演説を行った。ところが、これが終わると声がかすれてきた。まずい!
宣伝カーのウグイスに後を頼んで、私は地下商店街に向かった。ノドの薬を買うためだ。恐ろしく丁寧で感じのいいドラッグストア(セイジョーと書いてあった)の薬剤師さんのお勧めの漢方薬を購入し、次なる街頭演説の場所である、大手町サンケイビル前に向かった。

 そして、本日の締めくくりは、蒲田駅西口での石原慎太郎代表の街頭演説である。衆議院選挙、都議会議員選挙と続いたが、同じ区内の田園調布にお住まいでいながら、大田区と品川区には遊説に入らなかった石原代表の突然の来訪に、我がいぬぶし後援会は歓喜した。さほど広くはない蒲田駅西口広場は、右も左も後ろも「維新だらけ(車)」となった。昨年の衆議院選挙では想像もできない組織選挙になってきたのは嬉しいことである。

(党の宣伝車)

(党の広告車)

(小倉・中山各宣伝車)

 党の大きな街宣車の下にあるバルコニ−で石原代表が演説中、私は恐れながら、その上(屋根のうえ)で、平沼赳夫国会議員団代表と待機していた。その時、ちょうど雨が降ってきて、傘は平沼代表のお持ちの1本しかない。な、なんと、ありがたくも平沼代表がお持ちいただいている傘で「相合傘」となってしまった。何度も「持ちます」と懇願したが「大丈夫だ」と、私のほうに傘を寄せながらさして頂いた。いやはや、恐縮至極であります!

(平沼代表と相合傘、下でマイクを握るのは石原代表)

 石原代表の演説が終わり、ガンバローコールは私の任務だ。午前中に喉を壊したことはすっかり忘れ、最大限の声をはりあげてガンバローを行った。ところが、その後、東京地方区の小倉淳候補のモモ太郎に同行して、知り合いに紹介しようとするのだが、声がでない。本当に出ないのだ。音にならない。

(ガンバローで満身のデカイ声のいぬぶし)

 その後、まだ中山恭子候補の宣伝カーを回す予定だったが、下車して喉をやすめることにした。いやはや、まいった、まいった。喉さん、あと3日だけもっておくれよ!

**明日18日(木)中山恭子候補の出没予定地**

15:00〜横浜駅西口交番付近
14:50〜桜木町駅みなとみらい方向
16:40〜中華街東門付近
18:30〜川崎駅アゼリア側(横田早紀江様応援) 

 



2013年07月16日(火) ネット時代の超非効率選挙?証紙貼り

 これまで、自分の選挙6回を含め多くの各種選挙のお手伝いをしてきたが、国政選挙の「最も難題」が「証紙貼り」であることに気付かされた。これは、衆議院、参議院などの国政選挙の場合だが、法定ビラと言われるA4の大きさのビラ、参議院比例候補ではポスターに、それぞれ都道府県選挙管理委員会(比例は中央選挙会)の交付する「証紙(切手のようなもの)」を貼らなければならないのだ。

(ポスター 右下に証紙がある)

 その枚数は以下の通り。

衆議院小選挙区 ビラ七万枚
参議院東京地方区 ビラ三十六万枚 
参議院比例区 ビラ二十五万枚 ポスター七万枚

 そして、この証紙、公示日に立候補手続きが終わって初めて交付されるので、事前に貼っておくことはできない。したがって、公示日の各選挙事務所は、証紙貼りのボランテイアさんの確保で大変なのだ。

(証紙部分の拡大)

 昨年暮れの私の衆議院選挙では、地元のボランテイアの方々が自宅に持ち帰って貼って下さった。まさに内職仕事である。それでも七万枚なのでなんとかなったが、今回の参議院比例は、ポスターと合わせて三十二万枚の証紙を貼る、という気が遠くなる作業をしなければならない。

 選対事務局長としては、なんとしても公示日から1〜2日で仕上げる必要がある。悩んでいると、ある支援団体幹部から「証紙貼りやりましょう」という申し出があった。ありがたい!

 毎日30名近いボランテイアの方が集い、ポスターは1日で、ビラも3日で仕上げて頂いた。しかし、このネット社会で、「金をかけない選挙」などと言いながら、こんな非効率的な仕事をさせるとは、総務省さんよ!もっと頭を使え。いや、証紙を廃止すると証紙を印刷、管理する総務省の天下り先が一つ減ってしまうのか。効率化より天下りの確保が省益にかなうのかも…

(法定ビラ)

 各陣営の運動員から、法定ビラを受け取ったら、是非証紙を見て欲しい。そして、その証紙を貼って下さった無償の労役に感謝しながら、すみからすみまで熟読をして頂きたい。それが、主権者である国民としての心構えであろう。

 くれぐれもゴミ箱直行だけは止めて!



2013年07月15日(月) 祝日に国旗がない国を変えよう!with中山恭子

 海の日の今日、街宣部隊をどこに回すか、悩んだ末「海の日」なので横浜方面だろう、という単純な結論になった。とはいえ、横浜方面の地理感覚がないので、「たちあがれ日本」当時の人脈で、衆議院に藤沢から立候補した甘粕さん、同様に八王子から立候補した藤井さんにナビ兼弁士をお願いした。お二人とも、かけはし塾という、たちあがれ日本の政治塾の卒塾生である。ありがたい。

 午前中は彼らにお願いをし、午後、田園調布の駅前から私が弁士兼ナビとして代わった。田園調布の駅前は閑散としていたが、石原慎太郎代表のご自宅もあるし、我が国稀有な富裕層に訴えない手はないので、静かな住宅地を私のダミ声で宣伝かーを流した。



 その後、蒲田駅西口、大森駅、大井町駅、品川駅と演説を繰り返した。今日は祝日、なのに国旗が見当たらない。諸外国では考えられない光景である。なぜ…と訴えた。

 ただ、嬉しかったのは、区民ホールアプリコに掲揚されている日の丸だ。区議時代に「区立の施設は祝日に国旗を掲揚せよ」と、議会で質したところ、当時の経営管理部長が善処を約束してくれた。どうぜ、やりもしないだろうと思っていたが、今日も、日の丸が掲揚されていた。よい!よい!



 さらに面白かったのは大井町駅である。我々の後に社民党の宣伝カーが到着して、我々が終わるのは待っていた。いたずら犬伏は、ここぞとばかり「社民党の車がいるのに申し訳ないが、社民党や共産党、さらに日本が嫌いで仕方のない日教組の平和ボケはどうしようもない」と、ガンガンとうやった。

 反論してきたら楽しいな、と思って仕掛けたが「こいつはダメだ」と思ったのか、スゴスゴと退散していった。残念である。平和憲法について是非ともご意見を伺いたかったのに…

 品川駅前では、多分中国人、韓国人の観光客もいるであろうが、お構いなしに「安倍首相は、中国、韓国に遠慮などせずに8月15日には靖国神社に参拝すべきである」と、大声でがなった。夕闇の宣伝カーには、そこいらじゅうからストロボの発光を感じた。見れば、金髪や中韓の観光客らしい。



 きっと母国に帰り「日本の右翼を写してきたよ」とでも言うのだろう。どうぞ、どうぞ!宣伝しておくれよ。弱腰日本にも、まだ骨のあるヤツがいた、と。

 ウグイスさんが、「聴衆から、あの演説している男は誰か」と聞かれるので、名刺を多めに渡して欲しい、と言われた。いいのよ、私の選挙じゃないのだから。中山恭子をよろしく、と言って頂戴。

 さあ、後5日。まだまだ大丈夫。

 中山恭子候補 今後の出没予定

7/17 8:10〜 新橋駅SL広場
   8:50〜 霞が関官庁街
   11:40〜 大手町サンケイビル

7/18 18:30〜 JR川崎駅前 横田めぐみちゃんご両親と共に



2013年07月14日(日) 中山恭子候補、もみくちゃのモモ太郎@東京

 参議院選挙中2回しかない日曜日、午前中は新宿、渋谷、品川とターミナル駅で私が演説をしながらボランテイアさんがチラシをまいた。昨日まで乗車していたウグイスさんたちが熱中症でダウンしたので、今日から交代で新しいウグイス部隊が入った。

 たかが、ウグイス、されどウグイス。プロとアマの違いは歴然としている。ウグイス業界で、素人よりちょっとマシというウグイスさんに多いのが、劇団所属の俳優見習い、大学のアナウス研究会の学生等だ。

 事前にレベルのチェックが出来ないので、大体の選対が「前に使ったウグイス」を使うことになる。今回の当初のウグイスさんたちは、支援者の紹介だった。そして、今日からのウグイスさんは「たちあがれ日本」の党の車のメンバーとして戦った人たちである。技量もトップクラス、安心して乗っていることができる。

 午前中の街宣が終わり、午後からは中山恭子本人が街宣部隊に合流する。有楽町マリオン前をスタートに都内繁華街をモモ太郎作戦である。このモモ太郎には、サルとイヌならぬ同行の大部隊を組織した。犬伏後援会6名、前橋女子高同窓会3名、中山成彬事務所2名、片山虎之助事務所3名、合計14名で練り歩くのだ。

 有楽町マリオンと銀座三越前では立ち止まって、私の呼び込みでボランテイアさんがチラシを配り、本人が握手という具合である。三越前では交差点が大混雑するほどの人気だった。あまりの暑さに、ウグイスさんが気を使ってくれ、呼び込み演説の合間に、冷たい飲み物を下さる、飲む、また、飲む。ところが、冷たすぎてお腹が…正露丸を飲んだが止まらない〜 三越さんのお手洗いを二回も利用させて頂く事態に冷や汗タラタラ。情けない。

(三越前)

 次なるアメ横と雷門仲見世での練り歩きでは、もみくちゃにされながら、たった100m進むのに20分以上かかるという状態だった。観光中の外国人からも記念写真の要望が相次ぎ、票にはならないが、国際親善に尽くした練り歩きだった。ちなみに、写真を撮ったり、握手をした外国人の方々の国籍は以下の通りだ。

中国!、韓国、英国、フランス、フイリピン、イタリア

 アメ横では、天津甘栗のお兄さんが「甘栗食べて当選して」と、甘栗を下さり、中山恭子候補も大満足で頂戴した。

(甘栗屋さん前で)
 
 夕方からは、局地的大豪雨で、予定していた靖国神社参拝と御霊祭り参加ができなかったのは残念だ。

 残り、6日。頑張ろう!

*モモ太郎とは練り歩きを表す業界用語。ちなみに、気勢を張る行為になると公職選挙法により禁止されている。



2013年07月13日(土) 高松から大阪、日帰り遊説の旅

 今日は、高松まで中山恭子候補と共に遊説にでかけた。大蔵省(後に財務省)勤務当時、四国財務局長として勤務した高松で、当時の部下の方が中心となって個人演説会を開催することになったのだ。それに、別の支援団体のかたも相乗りをして大成功の演説会だった。そして、その後、高松市内をモモ太郎(業界用語で練り歩きのこと)を実施した。



 公職選挙法により、比例候補は2対の拡声器(宣伝カーに使用済み)しか認められていないので、100円ショップで購入したメガホン(野球の応援に使うヤツ)を高松の100円ショップで購入してアーケードをすすんだ。

 アーケードがあると、このメガホンでも結構響いて効果がある。4月に入職したという中山成彬事務所の女性秘書さん曰く「大きな声を出すのは気持ちがいいですね」と。いいね、どうか病みつきになって、御自身も立候補して!

 14時前に、モモ太郎も終わって、中山恭子候補と成彬事務所から派遣された若い秘書さん二人は飛行機で帰京。私は一人で、大阪で開催される支援団体の会合に出席するため、JRの駅にむかった。

 参議院の比例候補には、国から6冊の特殊航空券・乗車券という冊子が交付される。これは、全国どこでも無料でいけるパスで、費用は国から支払われる。



 航空券用1冊と、JR用1冊を携えて、一人旅に出かけた。高松駅のみどりの窓口で、この冊子を示して新幹線の切符に交換しようとすると、窓口の女性は困惑して奥に走る。確かに全国比例候補の陣営が高松駅で切符を買うことなど、ほとんどないだろうから止むを得ない。無事、切符をゲットしてジーゼル車で瀬戸内海をわたっていると携帯がなる。

 1件は、大阪府守口市の不動産屋さんから「駐車場にポスターが貼ってある」との苦情。もう一件は、新聞店から選挙ビラの折込についてだった。いずれも、「選挙事務所」に電話をしたところ、私の携帯を教えられたとのこと。頼むよ!電話を受けたら自己完結してよ。私は一つしか体がないんだから…(グチ!)

 岡山から新幹線に乗り換えて新大阪についた。まだ、次の予定まで少し時間がある。高松でのモモ太郎で、体中汗だらけだ。よし!スーパー銭湯に行くぞ。駅の観光案内所(とても感じが悪い!)に聞いて、近くのスーパー銭湯に行き、汗を流した。都会の天然温泉で暫しの贅沢をさせて頂いた。




 その後、大阪市内で催された会合で、中山恭子候補の支援要請の演説(幕間演説という)を行い、会は乾杯へと移った。が、乾杯担当のご来賓の挨拶がながい!時間は19時50分を過ぎている。関西国際空港からの最終便(21:35)に登場するためには、この会場を19:55には出なければならない。ドキドキ!やっと会場を出て、関空着。搭乗手続き済ませ、ほんの10分ほど時間が余ったので、豪華夕食をフードコートで食べた。が、だ!なんで缶ビール450円もするのよ!高すぎ!(じゃあ、呑むな!)



 自宅着23時過ぎ。ふう〜残り1週間…

 



2013年07月11日(木) いやはや忙しい一日だった!公選法違反から応援弁士まで

 参議院選挙前から、「超多忙」な日々が始まった。中山恭子参議院議員の選対事務局長(と言えば聞こえがいいが…)、衆議院選挙区支部長、東京地方区小倉淳候補選対幹事、経営者、他に予備自衛官なんてのもある。

 昨日から、東北方面に宣伝車に乗って出かけたことは書いた。今日は、宇都宮から群馬、そして沼田市に宿泊する予定だ。だんだん下って、宇都宮市に入る。宇都宮は、いささか縁が深い都市なのだ。

 妻の実家が、宇都宮、長男(自衛官)の赴任先も宇都宮駐屯地という具合だ。街宣車をJR駅前に止めて、演説とチラシ配りをしようとするが、人がいない。では、東武駅前は?同じである。地方都市に比べて、東京等都会に人の多さよ。

 全国比例候補は、費用対効果を考えれば、選挙中は都市部集中にすべきでは、と全国を回って思ってしまう。

 せっかくだから、と、妻の実家でウグイスさん達のトイレ休憩をし、その合間に先日亡くなった妻の父の仏壇に御焼香をさせていただいた。選挙で脳国にも行けなかったお詫びができた。

 さらに、行程上にある長男の家に立ち寄り、嫁さんと孫に会うことが出来た。(くれぐらも行程上であって、その行程を組んだのが私であっても公私混同ではない!)

 本当は、この後群馬に向かう予定なのだが、昨晩、地元柳ケ瀬都議から電話があり、東京地方区の小倉淳候補が蒲田(大田区)で街宣をするので戻ってきて欲しい、との要請があった。

 選対事務局長と支部長の狭間である。止む無く、途中、小山で離脱して新幹線で蒲田に戻り、灼熱の街頭応援演説を行った。


(光の中に立つ影は、私)


(小倉候補)

 さらに、事件は続く。事務所には、和歌山県選挙管理委員会から簡易書留が届いていた。なんと「違反文書撤去命令書」が同封されていた。石原慎太郎代表と、中山恭子参議院議員の通称「二連ポスター」が、和歌山県田辺市に3枚残っているので「撤去せよ」との命令だ。




 二連ポスターは、選挙が公示されると違反文書になってしまうのではがすのだが、全国のポスターの管理はできない。しかし、「掲示責任者」は私なので、命令書が届いたらしい。通常は、電話で「はがしてください」と来るのだが、対立する政党の「チクリ」でもあったのだろう。いきなり命令書が来た。これを無視すると、公選法違反で処罰されることもある、との注意書きまであるではないか。

 あわてて、支持者名簿から和歌山県田辺市在住者を探し、即刻の撤去をお願いしたが、いやはや大変なこっちゃ!



2013年07月10日(水) 何キロ走っただろうか?参議院選挙7日目

 早いもので、17日間の参議院選挙、すでに7日目に入った。今日は東京から取手、水戸、いわき、福島、白河と長距離ドライブである。

 取手では、保守系地方議員の仲間である小嶋市議会議員がナビ役として同乗してくれた。やはり、地元に詳しい人がナビをしてくれるとありがたいし、効率的な街宣活動ができる。東京から1時間ぐらいしか走っていないのに、広大な米畑が広がる景色には、いささか驚きである。

 取手を終わり一路、水戸へ。遠い!時間がない。今日は3時に福島駅に着き、青森から到着する中山恭子候補と合流しなければならないのだ。高級ステーキのランチ(ハンバーグ!)もそこそこに、次なる街宣予定地、いわき市に向かう。

 原発事故の前線本部がおかれていたJヴィレッジまですすみ、いわき市内に戻ったが、震災1週間後の3月18日に訪れたときには、ゴーストタウンのようだった街は、活気w取り戻し、海岸周辺に復興工事の車両が忙しそうに動き回っていた。

(Jヴィレジ入口)

 いわき市内で1時間ほど街宣をした後、白河にむかった。ここでは、養魚場の社長さんが個人演説会を企画してくださったのだ。失礼だが、決して街中ではない、釣堀のあるここに本当に人が集まるのだろうか?いささか不安になった。




 ところがである。開会10分前には、お座敷にひかれた座布団が足りなくなるほどの盛況ぶり。いやはや、たいしたものである。会場には、この社長さんと旧知の仲という西村眞悟代議士も大阪からはるばる友情出演してくださった。



 
 午後8時、帰京する中山恭子候補を見送り、街宣部隊は宿泊地へむかった。相当疲れている雰囲気のウグイスさん、運転手さんのため、今晩は特別プレゼント。なんと、温泉大浴場つきビジネスホテルを予約した。

 夕食をとっていると、携帯の着信があった。西村眞悟先生である。きっと「いぬぶしはん、どこにおるんや!呑むぞ」というお誘いだろう。センセイ!選挙中でんがな!



2013年07月09日(火) ○○宏○ちゃん、ダメじゃん!パパに言いつけるよ

 何かとお茶目な○○宏○代議士が、またやらかしてくれた。今日は、ある公益社団法人の法定研修会が大田区内で実施された。これは、法律で定められた研修で、事業者は年4回、この法定研修を受講しなければならない。

 本来は所管官庁が実施するのだが、受託事業として税金によって傘下の公益社団法人に委託をされている。その意味では、国の事業である。

 ところが、この法定研修の開始時に普段は絶対にない「来賓挨拶」があり、そこに現れたのが○○宏○代議士なのだ。そして、「挨拶」で参議院選挙につき触れ、東京地方区の自民党の候補者の名前まで語っていったという。

 公職選挙法では、「幕間演説」ということが認められており、何かの会の間に候補者又は応援弁士が選挙について語るのは合法である。その点、つまり公職選挙法上は、宏○氏の行為は道義上問題であっても違法性はない。

 が、だ。公職選挙法ではなく、公益社団法人の受託事業の挨拶としては大問題なのだ。法定研修は、共産党支持者も、民主党支持者も受講しなければならないし、その講師の費用は国から支給された委託費(税金)である。そして、受講者は「自民党の応援演説を聴かないと」法定研修を修了できない、という仕組みになってしまう。

 この公益社団法人は、別組織として「政治連盟」を持っており、入会審査時に政治連盟への入会が、ほぼ「条件」とされる。そして、政治連盟は自民党議員しか推薦しない、という「自民党しがらみ政治」の象徴のような仕組みを誇っている。

 ○○宏○代議士の過去のお茶目の一部を念のため再掲しておこう。

消防団団長の都知事表彰の挨拶で

団長さん、おめでとうございます。次は勲章ですね。父(当時都知事)によく言っておきます。

(親子で勲章決めるのか?)

戦没者遺族会の新年会で

私は、先の大戦が軍人の暴走により起こったことを反省し、政治家として二度とそのようなことを犯さないと…

(おいおい、ここにいるのは、すべて軍人の遺族だぜ)

 この代議士のパパは、有名人であるし、私もいささかの関係がある。双方の名誉のため、あえて伏せ字を使うが、賢明な読者諸氏はおわかりのことと思う。

 あまりに立派で稀有な政治家であるお父上の汚点にならぬよう、恐れながら警鐘を鳴らす。



2013年07月07日(日) 参議院選挙4日目@炎天下の大田区

 参議院選挙17日の間、日曜日は2回しかない。貴重な一日である。が、午前中は候補者の日程はない!選挙を知っていれば、日曜日に日程がないのは信じがたいのだが…

 午後1時、灼熱の太陽のもと、中山恭子候補の街頭演説をJR蒲田駅西口にセットして、動員をかけ、ボランテイアスタッフ10名が待機していた。が、急きょ1時間時間が遅くなることになった。動員した方々は、予定があったりして散り散りに。スタッフのチラシを配る身体には汗がたれる。

 1時間遅れて候補者が到着。30分の演説で、もはや汗だらけ。もも太郎(練り歩き)を中止して次の場所に向かった。

 
 区内でも有数の商店街でモモ太郎をし、休憩場所の町会会館に向かう。何もお願いしていなかったのに、町会幹部、婦人部幹部が待っていて下さった。それも、予定時間(1時間前)に冷えているように、と冷房までかけて待機していて下さったそうだ。ありがたいことだ。

 だからこそ、既定の日程は簡単に「想いつき」でかえてはならないのだ。これは、選対も、候補者も心しなければならないことだ。

 次は、地元の神輿会のバーベキューパーテイでご挨拶。数年前から、私が言い出しっぺで、このパーテイは「水かけ」が恒例になってしまった。食べながら、飲みながら、屋外の公園でバケツで水をかえたり、風船に水を入れて投げることで大騒ぎになる。

 しかし、今日は選挙中だ。まさか「濡らされまい」と思っていたが、酔っぱらいにはそんな常識を通じなかった。中山恭子候補の前を歩いていた私は、まずはバケツでびしょ濡れ。次に、ホースで放水。ちょっとまて!!!!

 携帯電話は勘弁してくれ!先日、バリで水没して、やっと新品買ったばかりだ。たのむぜ!悪夢の再来である。早々に「水祭」を辞して、地元、六郷神社に表敬訪問にうかがった。中山恭子候補は熱心な神道信者でもあるのだ。

 日頃より親しい宮司様が「どうぞ、お座り下さい」と、応接室の高級布製ソファーを勧めて下さるが、私のズボンは水浸しだ。事情を説明したが、かまわないとおっしゃる。失礼を承知で座ったが、立つと私の尻の跡がくっきりとソファーについてしまった。すみません。



 その後、老人施設を視察して、中山恭子候補はご主人の故郷、宮崎に羽田から飛び立った。投票日まで2週間。



2013年07月06日(土) またまた「いぬぶし」容疑者候補生!おまわりさんが周辺に!

 普通に暮らしていいる善良な市民にとって、容疑者候補になったり、おまわりさんが聞き込みにまわったり、等ということは一生涯縁のないことだと思う。ところが、政治に関わっている人間は、選挙のたびに「目つきの悪い」人々の監視のもとにおかれ、恣意的な運用が可能な公職選挙法違反の容疑者候補生になるのだ。

 平成7年、初めての区議会議員選挙。尾行や周辺調査担当の刑事さんが落選翌日、1本の缶コーヒーを携えて事務所で落胆している私を訪ねてくれた。

曰く

初挑戦なので、何か問題があるのではないか、そう思って調査したが、とてもキレイな選挙でした。また、頑張ってください。

 と。ありがたかった。警察官に、こんな温情があるとは、と。それ以来、このおまわりさんの言葉に報いるためにも、公職選挙法順守を貫いているし、疑問があるとすぐさま、選挙管理委員会や所轄刑事課に問い合わせるのが私のクセになっているのだ。

 例は悪いが、所轄警察署刑事課としては「泥棒が刑法違反にならないためには、どうしたらいいのか」と質問して来ているようなもので、迷惑だろうと思う。しかし、犯罪予防も警察のミッションだとすれば、もう少し「グレーゾーン」につき、明確な回答、御指導が欲しいものだ。

 先日は、私の長い支援者の社長さんから「お前、何かヤバイことしてるのか?」と、電話があった。事情をうかがうと、会社に刑事が訪ねてきて、私のことを聴いていったらしいのだ。

 これは、所轄警察署が通常行っている選挙前のヒヤリングなのだが、警察と聞けば犯罪と思う一般区民にとっては大変な事件である。いぬぶしに関わると、犯人になるかもしれない、と思っても仕方ないことだ。警察も選挙前のヒヤリングが選挙妨害にならないよう、気をつけてほしいし、聴きたいことがあるのなら直接おいでよ。内を誰に何通う配ったのか、とか、決起大会はどこか、等なんでも教えるのに。

 そして、いよいよ参議院選挙が公示された。先日、高崎駅での朝の駅頭。いらっしゃいましたね。私服警察官が3名、いや隠れているのをいれると4名だ。2名は、いかにも「見張っている」ということがわかるように、ペストリアンデッキ(歩行者橋)の上にいた。

 「見えるようにいる」、という私服警察官の存在は、実は「違反抑止力」なのだ。「見張っているからきをつけて下さい」という、警察側の配慮?だろう。本気で「捕まえる」時は、見えるようには張り込まない。

 平成23年の区議会議員選挙では、彼ら(警察)は、本気で私を狙っていたのでは、と思ってしまった。決起大会の後、ボランテイアスタッフと食事をした中華料理屋の壁のカゲ、こちらを狙う不審な背広組二人、携帯カメラでこちらを隠し撮り。

 別に、会費3000円で、食事代支払い3000円。なんの疑義もない食事会だが、昔のようなハデな買収事案がない今、このような「セコイ買収疑惑」が、選挙違反摘発のハヤリである。他には、未成年選挙活動違反、運動員買収(ウグイス以外に報酬を払うこと)が、もっぱらの狙いどころのようだ。

 制服交番警官の自転車による赤信号無視、警察署落し物担当窓口の警官退職OBが、女性事務官に窓口で肩もみをさせる、女性警官のミニパトが交通違反、交番が大田区事業用ゴミ券を貼らずに、ゴミを搬出など、様々な疑問を指摘してきた。例え警察と言えども「ダメなものはダメ」と言う私は、目ざわりなのかもしれない。

 が、実は、私は制服公務員の大変な味方なのだが。まあ、法は法である。私に公職選挙法違反の疑義があったら、是非指導して欲しいし、悪質な案件(あり得ないが!)だったら、法に基づき執行して欲しい。

 これからも、私は、制服公務員のよき応援団であり、反面、問題行動には「厳しい監視役」でありたいと思っている。いじめないで!おまわりさん!



2013年07月05日(金) 参議院選挙二日目@雨の群馬県

 昨日に続き群馬県での選挙活動が続く。朝7時にホテルロビーに集合して高崎駅前に向かう。午前7時半に高崎駅西口に到着するが「人がいない」ではないか!東京での選挙に慣れているので、この光景はなんだ、とビックリしてしまう。

 少ない人の割に、駅舎が大きいので、どこを立ち位置にするのか迷ってしまうのだ。少し駅周辺をまわって、歩行者用デッキに上る歩道橋の踊り場を「特設舞台」にすることに決定。

(後ろのカメラは地元、群馬テレビの取材)

 舞台から高崎駅前広場全体に聞こえるように設定をした。全国比例選挙で全国を回ろうとするのは、選挙の素人である。17日間で全国をまわって、票を取るなんてことは不可能だ。そこで、拠点を決めるのだが、それでも候補者心理としては、少しでも多くの都道府県をまわりたいと思う。それを思いとどまらせ、票田に振り向けるのも選対の仕事である。

 高崎駅で30分程度の街頭演説を終え、藤岡市へ向かう。藤岡郵便局前での街頭演説である。市議さんが取り仕切っているとのこと、いささかの動員もあるだろうと思っていたが、高崎よりさらに聴衆は減った。


 
 群馬県の行程は、すべて地元にお任せなので、関知していないが、候補者の心中は察するに余りある。支援者の「地元に来て欲しい」という要望には応えたい。しかし、期間は限られている。その間にいかに効率よく票田を探すかが重要なのだが…

 次は、本庄駅前で本庄市長さんが応援の演説をして下さるとのこと。急いで現場に向かう。JR本庄駅前で前振りの呼び込み演説を行うが、電車が停まっても乗降客はまばら。都心の駅頭とはずいぶんと勝手が違う。市長さんが到着され、それでも駅周辺360度みわたすと、50人近くが聴いている。あまりにも地道すぎるが、こんなものなのだろうか。


 
 中山恭子候補は小学校、中学校時代を伊勢崎市で過ごした。次は、その故郷、伊勢崎市役所前での街頭演説である。さすが、こちらは故郷。当時の同級生が駆け付けて下さり、50名以上の聴衆が集まった。(それでも全国区のレベルではないが…)ただ、故郷で演説するというのは、候補者にとって動員数だけでは計れないものがあるのは自明である。


 
 大きな拍手に送られて次なる演説場所にむかう。太田市役所前のセブンイレブン駐車場。セブンの駐車場という立地も凄いが、その後ろに建つ「恐ろしいほど立派な市役所」には、地方議員出身者としては「大いなる違和感」を持つ。余計なお世話だが…


 
 まだ、2件残っている。みどり市の個人宅の駐車場と行程表には書かれている。地元市議さんが取りまとめ役だそうだ。私の車のカーナビには「みどり市」が出てこない。たぶん、最近できた市なのだろう。みどり市の会場は以下の写真のような感じだ。


 
 いよいよ最後の演説会。桐生市の本屋さんの駐車場で開催だ。中山恭子候補の出身校である前橋女子高同窓会桐生支部が中心となって行って頂く。18時半という主婦には忙しい時間だったが、同級生、後輩が集まって下さった。


 
 終了後、同窓会桐生支部長さんが「あなたの演説すばらしかった!ファンになっちゃたわ。いい秘書さんだわ」と褒められた。ありがたいが、秘書さんかい!

 17日ある選挙期間の二日目は、こんな感じで終わった。人数の多寡はあったが、群馬の皆さん、本庄のみなさん、ありがとうございました。

 明日も群馬だが、もう落ち着いたようなので、私は東京に戻り、日曜日以降の行程を作ることにする。

 7月7日(日)は、蒲田駅西口、六郷方面に出没予定!



2013年07月04日(木) さあ戦い開始!中山恭子参議院議員夏の陣

 本日、参議院選挙が公示された。わが陣営の中山恭子候補も無事立候補手続きを終え、街宣にすすむはずだった、がいささか様子が違った。第一声は昨日告知したように、当初、中山恭子候補単独で有楽町イトシア前で行う予定だったのだが、党本部の第一声と一緒にやることになり大がかりになった。


 10時半開始、10時45分から石原代表の演説と続く。石原代表の演説はだいたい予定時間をオーバーすることが常だが、今日もごたぶんにもれず、予定時間をオーバー。壇上の候補者たちは次の予定があって、ドキドキだろう。

 そこで、党の担当者に「そろそろ止めたらどうか?」と促すと「そんなこと出来るのはいぬぶしさんしかいない」と、妙なほめられ方をした。予定時間を超えたら総理大臣だろうが止めるのが私の生き方だ。では、×印を出そうじゃないか、と宣伝カーの下に進もうとすると「みんな一緒に維新を!」という終わりのフレーズが出てきてホッとした。

 ただ、民主的な党運営を行おうとするのだとしたら、両代表の発言を神格化するような風潮は避けなければならない。また、例え、両代表であってもおかしいことはおかしい、と言える組織、時間をオーバーしたら誰であれ止めることが出来る組織こそ、「維新」の名に相応しい政党である。

 中山恭子議員の演説が終わり、ガンバローコールの時間になった。当初の予定では、この担当は「中山恭子後援会」が行うことなっっており、実は私の役目だった。ところが、現場に恭子議員の夫君である中山成彬代議士の姿が見えた。これは私では役不足と、急遽お願いし交代した。

 ガンバローコールは、ちょっとの挨拶の後すぐさま実施するのが恒例だが、成彬先生、いささか長い。そこで、おせっかい犬伏の出番である。宣伝カーの下から時計を指し、手をあわせ「すみません」の仕草をした。ほっ!ガンバローに移っていただいた。

 この第一声、思わぬハプニングがあった。それは、中山恭子陣営の宣伝カーが間に合わなかったのだ。宣伝カーは選挙管理委員会または中央選挙会から、選挙7つ道具の交付を受け、所轄警察署に出向いて初めて出発ができるのだが、これが間に合わなかった。

 12ある政党のうち届出順番の抽選で、わが日本維新の会の届出順位は、なんと11位。最後から2番目にならないと7つ道具が頂けないのだ。誰だ!こんな番号を引いたのは!結局所轄警察署を終わったのは、第一声の演説会が終了した後だった。

 それでも、有楽町で宣伝カーと合流し、次なる第一声の地、前橋へ向かった。北海道生まれの中山恭子候補は、父の没後、群馬県の親戚宅で暮らし前橋女子高校に進んだ。したがって、前橋は第二の故郷でもある。

(関越道サービスエリアで。我ながら良い出来だ)

 空き店舗を間借りした、個人演説会会場には、前橋女子高校の同窓生らが集まって、中山恭子候補の決意を熱心に聴かれていた。その後、ちょうど開催されていた七夕祭りを練り歩いたが、さすが地元である。えらく反応がよかった。

(支援者と共にビラに証紙をはる中山候補)

(東京では見ない豪華な為書)

 20時で運動をおわり、運転手とウグイスを宿に帰えし、東京からの応援部隊を私の車で高崎駅まで送った。(往復40分)運転手には「待っててもいいし、腹がへったら先に食べてて」と、夕食について指示しておいた。

 すると、すぐさま電話があり「ウグイスがお腹がへった、といっているので先に食べます」、はいはい、どうぞ。東京陣を駅に送り、ホテル近くまできたが、場所がわからない。運転手に電話するが出ない。そこでウグイスに電話をすると、一緒に夕食中だという。

 電話をかわってもらい、ホテルの場所を確認しチェックイン。が、だ。おかしくないか?「いま、みんなで食事してますから、ご一緒にどうですか」これが、気の利く男の言葉だ。

 一人さびしく、雨の前橋を夕食場所を探し俳諧。呑み屋しかないじゃないか!せめてラーメン屋はないのか!コンビニも見当たらない!

 やっと、豚骨ラーメンの夕食をすませ、ホテルの自室に戻ったのが10時すぎ。大田区内で地方区のポスターを貼っていたボランテイアさんからの終了報告があったので、地方区の候補者である小倉淳氏の事務所に報告の電話をいれた。

 なんと、電話に出たのは先の都議選で、たった二人しか当選しなかった日本維新の会の候補者であった一人、柳ケ瀬裕文氏だった。やるな〜!頑張っているな。「能書きより行動」、ずいぶん前に区議選で使った私のキャッチフレーズだ。能書きを言う輩は、「この世界」には沢山いるが、行動する人間は、実は少ない「はったり」の世界でもある。

 そんな中で、若い柳ケ瀬氏のようなメンバーが頑張っているのは嬉しい限りである。おじさんも、夕食をふられたぐらいでスネないで、明日も頑張るぞ!

 明日は、朝8時から高崎駅西口に中山恭子候補が出没する。ぜひとも、通勤途上に声をかけていただきたい。

 



2013年07月03日(水) 明日から参議院選挙です!

 いや〜ついに来てしまった、という感じだ。4月16日に中山恭子選挙対策本部事務局長になって、3ケ月。選挙とは縁遠かったお役人OBの秘書さんたちと、協力しながらこの日を迎える。

 今日も夜10時まで事務所に残って書類やら、準備をすすめた。ただでさえ時間がないのに、党からは「大田区の公設掲示板にポスターを貼ってくれ」だの、「地方区の紹介ハガキを8000枚ほど書いてくれ」だの、無理難題が届く。

 23区唯一都議に当選した大田区の陣営は「車がない!自転車で貼る」そうだ。であれば、選挙区支部が助けない訳にはいかない。小倉淳さんなる人物は知らないが、それが仁義だ。ヤクザな世界である。

 私は明日、中山恭子参議院議員の立候補準備で、到底ポスター貼りに出られない。我が選対の支援者の皆さんが請け負って下さった。本当にありがたいことだ。日本維新の会の都内では、最強の後援会だと自負している。

 昨日は、ポロシャツがなくて往生したが、今日はカーナビを忘れていたことに気付いた、小選挙区や市議、区議選挙であればナビは不要だが、全国となればナビは必須だ。急いで、カー専門店に走る。

 明日からは、地方巡業。2泊3日の旅に出る。明日以降、私もしくは中山恭子議員を見たい(おまえなんか見たくない?そうだよね)方は以下にお越し願いたい。

第一声 有楽町 イトシア前
10:45〜 石原慎太郎代表
11:00〜 平沼赳夫副代表
11:20〜 中山恭子参議院議員
11:35  エイエイオー(犬伏)

前橋 第一声 15:00〜



2013年07月02日(火) なぜ1日24時間しかないんだ!選挙まで時間が足りない

 参議院選挙まで残り2日になってしまった。やらねばならない仕事は山積み。到底2日で終わりそうもない。あっと、しまったユニフオームのポロシャツが手配されていない。私の事務所スタッフがユニクロや量販店に走るが「数」がない、との報告だ。

 困った時のネット検索。1件あった。優しい御兄さんが対応してくれたが「振り込み入金を待って発送」とのこと。時間は3時、間に合わないじゃん。懇願するとATMの振り込み予約の明細でもいいとのことでさっそく依頼した。ふう〜間に合った!

 お店からファックスされてきた受注書の発注者名欄を見てたまげた。なんと発注者には「いぬぶし秀一」とあり、私の事務所の住所電話番号が記載されているではないか。私は、中山恭子事務所と申し込み、担当いぬぶしと言っただけなのに。恐るべしネット社会!

 一件落着だが、まだ、やっていないことがある。宣伝車の警察への事前審査とウグイスとの打ち合わせだ。自宅近くに駐車してある宣伝車に乗って四谷の後援会事務所へ走る。その途中悲しいお知らせが入った。

 83%のデーター復旧率を誇るとHPにあった、アイフオン修理業者から「修復できなかった」との電話があったのだ。悲しいかな修復できない17%に入ってしまったのだ。ただ、とても良心的で代替機は無料、修理費用は修復できなかったので無料である。どうしよう!!!!!

 四谷事務所でウグイスさんと打ち合わせが終わり、事務所前の横断歩道を渡ると、な、なんとソフトバンクショップがあるではないか。それもガラガラ。すぐさま飛び込んで、新しいアイフオン5を購入した。新しい電話機の入手は、新車を購入したように嬉しいが、データーのない「新車」は、乗る前から事故にあった車のようで、諸手をあげては喜べない。

 が、である。本当に私はついている!事務所に帰り着信音が鳴って携帯電話を取ると発信人の名前が画面に出ているではないか!なんということだ。私は何もしていないのに。

 電話帳を開いてみると、すべてが再現されているようではないが、ほぼ9割はデーターが回復されているではないか。帰宅して娘に聞けば、知らないうちにアイクラウドなるものに接続して、データーが保存されていたのではないか、と教えてくれた。

 そんなものは知らないが、兎に角よかった!よかった!お騒がせした皆さま申し訳ありませんでした。ただ、最近登録した方々の一部の番号は復活していないので、しばしご迷惑をおかけするがご容赦願いたい。



2013年07月01日(月) 東京都議会議員選挙総括@衆議院議員会館

 傷心(理由は29日のブログで)の帰国後初仕事は、日本維新の会東京都総支部主催の都議会議員選挙総括の会である。落選した都議会議員候補も20名程度参加され、お葬式のような雰囲気だった。藤井孝男選対委員長(衆議院議員)は、落選候補を前に挨拶され、「本当にお疲れ様でした」と、深々と(ほとんど机に頭がつくぐらい)礼をされた。

 何度も選挙を経験されたお立場から、落選した彼らの(人ごとではないが…)の気持ちがわかるのだろう。真摯に頭を垂れる党重鎮の姿は、言葉にこそ出されなかったが「すまなかった」と語っているようで、感動した。

 望むべくは、この支持率急降下の責任者がこの場に馳せ参じて同じことをしていただいたとすれば、若い候補者達は捲土重来の意思を強く持てたのにと残念でもある。

 何人かの初挑戦組みが、今後の戦いや党への注文の発言をされた。いささか「青いな〜」と思う意見だったが、4勝2敗の経験から苦言を呈した。それは、選挙に王道はないこと。いかなる逆風でも当選出来る地盤、それは政党ではなく「自分党」の実力をつけることだ、と。

 昨年末、衆議院落選候補を前に橋下代表代行(当時)がこう語ったことも披露した。

新年会1000件回るって?意味ないよ。僕は1件もいきませんよ。アグレッシブじゃないな。

 私の目前には、アグレッシブじゃないと酷評された都議落選候補(元職)がいた。関西でも市長選挙での惨敗、今回の都議選の惨敗を受け、多分、橋下共同代表も、実は選挙には「アグレッシブではない地道な活動」が大切なんだということを感じているのではないか、と。

 その場に居た参議院東京地方区の候補予定者は、肘を机につき、藤井、山田両代議士が背広着用のなか、背広を脱いでの参加。マスコミで聊か名前が知れていた、と言え過去の栄光である。

 余計な御世話が得意の私は、肘をたたいて無言で「おやめなさい」と微笑んだ。人前で腕を組んで話しを聴く、肘を机につく、ハンドポケット等、いずれも「上から目線」で嫌われることは、歴戦の候補ならやらないことだ。有権者は、候補者の意外なところを見ていることを知らねばならない。生意気ですみません!

 落選された候補の皆さん、お疲れ様でした。これであきらめず「風」など頼りにしない戦いのため、今日から頑張りましょう!

 会議が終わり、参議院選挙のポスター貼りの御協力のお願いに、ある都議落選者のご自宅を訪ねた。奥様が応対され、もう政治には関わらないこと、今は町会役員として地元神社のお祭準備で忙しいこと、等を話された。

 嗚呼!彼の政治生活32年の終焉か…


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