今夜は手話の講習会 テキストは 今までの中間まとめです
なにやらぶちりぶちりと細切れになった 単語が並んでいます 「私」「話す」「テーマ」・・・ こんな具合
これは 手話に表す単語です 「私がこれからお話しするテーマは・・・」 文章にすると・・・こうです
てにをはのない手話を 読み取って書くと 細切れになるというわけです 今回のテキストには 一人の女性が 子育て中に友達を作るのに 自分の持っている 洋裁の資格が役立ったというような 内容のものです
「テーマ」「近所」「交流」「付き合い」「ついて」 「お話」「あげる」「たい」「思う」です これを日本語文にすると 「『近所づきあい』についてお話します」 となるわけです 細切れだけでも 伝わるものはありますが さてそれを文章にしなさいといわれると 突然日本語がわからなくなってしまいます 「テーマは 近所との交流や付き合いについて お話して差し上げたいと思います」 こんな風にややこしいものが 1度浮かんでしまうと なかなかすっきりしたものにかえられなくなってしまうのです つくづく日本語の難しさを感じてしまいます お若い女性が「ぜんぜん意味わかんねぇ」 という声が聞こえたりして・・・
日本語の乱れが指摘される中 話し言葉と書き言葉の違いが大きくなり 若者には こういう作業が面倒なのでしょう
日本語なのだから できる・・・ と 思いがちですが 手話を言葉に表したり 言葉を手話にかえるということは まさに「通訳」と呼ぶにふさわしい行為です
「交流」という言葉でも 何度も出てきたりすると それを「こうりゅう」という言葉ではいいあらわせなくなります 「近所」「交流」とあっても「近所づきあい」です 交流とは言いません 「交流」「つきあい」「減る」というと 「近所づきあいが減ってしまいました」・・・・です 話の流れをつかむと 一つ一つの単語は訳されなくなっていきます 似通った言葉や イメージするものから 言葉を見つけなくてはなりません こんな一例からも 聞こえない人たちの文化って 大切だと思うのです 聞こえる私たちには わからない世界でイメージを作り インスピレーションで理解するのでしょう 一語一語聞き取って噛み砕いて 納得するのとは違います 日本語を聞いて 英語に訳すのと同じように 日本語を聞いて 手話にかえて訳す 瞬時に頭の中で組みかえができて 手が動く 言葉を組み立てる いったいどういう脳をしているのでしょう
「てにをは」に 仲取り持たれ 口話法 言葉と言葉 優しく紡ぐ
* てにをはが こんなに大切だとは 思いもしませんでした 上手く文章が成り立つように 優しく優しく つなぎ合わせてくれていたのですね
君の背に 手が届かぬと 知りながら 振り向く様を 心待ちにし
* 聴覚障害の方を 遠く後方からお呼びしたいとき 肩にも手が届かないし 声は届かないし そんな時は 思わず 「振り向いて お願いだから 気がついて」そんな気持ちを 念じるように送るのです
明日は月曜日 学校は6時間 幼稚園はお弁当 ・・・お弁当は何にしようか ふと目を走らせると サンドイッチ用のパンが 高く積み上げられていた 「これにしよう」 そう決めた後は なんとも気分がすっきりする
昨夜 大量にけんちん汁を作った おつゆとして お餅を入れて主食にしてと しばらくは楽しめる 子供も大好きで 工夫次第では 続けてでも食べてくれる 明日あたりで終わりそうだ
午前中 幼稚園で勉強会があるから お昼のあてがあることは気が楽 戻ってからすぐ済ませて 迎えに出かけなくてはならないから
明日の夜は 2週間ぶりに手話の講習会 2週間もあいてしまったから 少し復習した 手が動かなくなってると感じる やはり独り言にも手話をつけようか・・・ まじめにそう考えたりした
友達にもらった北海道のかぼちゃ 煮て食べなくては 明日でもいいか・・・
明日 明日 明日・・・・・
続く日々
明日がなければ 明後日は来ない
今 急に私が息絶えたら こんなにたくさんの明日は どうなるのだろうか
私の明日は 誰かの今日となって 何もなかったかのように また誰かが明日を抱える 消えた私はそこから進めず 来ない明日を待ち続けるのだろうか
誰であろうと
誰であろうと
何をしようと
こんなにちっぽけでは
どうしようもない
知らない間に蟻を潰しているように
知らない間に私は消えている
私一人がいなくなったところで
世の中 何にも変わらない
生きている人が 「死」という世界を作り
死後も存在したいと欲を出し
死へ向かう恐怖をやわらげる
人は存在しなくなったら
無・・・
その時点で「死」もなくなるというのに
我が家に出る蜘蛛の量といったら・・・ 悲しくなるほどです
今夜も出ました やけに足が長いヤツです・・ヤツ 背中に黒い三角が二つ並んでいるものです
即 殺虫剤攻撃です ・・・・ごめんなさい どうしても生かしてはおけないのです もぅ・・・自分でも不思議なくらいに 嫌いです・・・鳥肌です
私がものすごく怖がるものですから それほど嫌いではないはずの娘たちまで 一緒になってキャーキャー逃げ回るので 私までもっと怖くなるじゃあありませんか 「あなたたちは怖くないんだから 頑張りなさい!」 ・・・そんな勝手なことを叫んでいる私です 悲しい・・・ 殺虫剤で弱り始めると 黒々とした目で・・・こちらを見るんです どうしてわかるかというと 目が光るからなのです・・・・ み・・・・見てるんだよね・・・あれ・・・ もう・・・娘と洋服をつかみ合って 蜘蛛がこちらにきたら お互い盾にするつもりですよ
しかし・・・さすがにこれだけの数出ると いくら涙目で闘う私でも 慣れてくるようです かなり至近距離から狙えるようになり 落ちてくる蜘蛛を受ける新聞の手配を 娘にするまでになりました・・・・ははは 落ちてくる蜘蛛を取るのは上の娘 居場所を見張るのは下の娘 殺虫剤は私・・・ このパターンが定着したようです 「何で・・・どうして・・・いつも私が蜘蛛を受けるのよぉ」 とか文句も出ますが 処分した後で 思い切り感謝の言葉を伝えて 次回の約束も交わし 丸め込んでおきます・・・
「強くなったよね・・・私たち・・・」 と 蜘蛛退治が上手になったことを確認し合い 今のは大きかった・・・などと手柄話です
蜘蛛もたまらないですよね・・・
一本足を ひざに乗せ
三本足の上に
二本足が座ってた
四本足がやってきて
一本足をくわえると
四本足は逃げてった
〜マザー・グースより〜
「朝 目が覚めると いもむしだった」
カフカの小説のような気分・・・
目が覚めたときに 例えようもないくらい 落ち込んでいた・・・
まだ一日が始まっていないじゃないか 誰とも会っていないし 何も言われていないし されてもいない それなのに 落ち込んでいるなんて・・・
ただ目覚めただけなのに 存在は否定され ただ居るだけなのに 嘆かれる・・・ ・・・誰に? いったい私は何? どうしろと言うの?
それをぶつけるものすら見当たらない
一日投げ捨てて このままここで落ち込んでいようか それもまたいいじゃないか
こんな自分を変えるべく 忙しく動き回ってやろうじゃないか それが正しい姿なのかもしれない
どちらにしても 生きることが前提
よかった・・・ 生きる力は残っているらしい だったら 起き上がり 何か体に入れよう パンか? いや ご飯か? そういうもので 満足なのか・・?
私が欲しいのは・・・ 「言葉」 誰か私の心を埋める 「言葉」をくれないだろうか たちまち元気になれるような 「言葉」を探しているんだから
・・・・・落ち着かない 探し物が見つからないときの・・・あれ またゆっくり探そう と 自分に言い聞かせて座っても もしかするともう少しで見つかるのかも という 期待感で 落ち着けなくなる・・・あの感じ
今日という日は 一日こんななのか・・・・ いもむしになった私は 一日いもむしで過ごすのか・・・ そしてそんな私を見て みんなが 珍しそうに通り過ぎ 哀れだと涙し やっぱりそうだったのかと 信用をなくし・・・
いもむしのまま・・・・人の中に置いた いもむしが嫌いだと知っていて 置いてみた そうしたら 誰も嫌がらなかった いつもと同じだった ここに居ていいと 言ってくれた
なんだ・・・・ いもむしで居ることが嫌なのは 自分か・・・ 誰の目から見ても たいしたことではなかったのか
よかった・・・ 今日は安心して 一日いもむしで居よう
・・・これも一日・・・
虫の一日
体にはいくつもくびれがあり
くびれの間は パンパンに盛り上がる
目は小さく 歯は横に生えていた
こんな私では駄目・・・と 自分にいい
これも私・・・と 自分で慰め
たとえどんな私であろうと
お構いなしに 一日は過ぎる
今日は幼稚園の運動会です
お弁当を作って 用具係の私は 他の人たちより 一足早めに行って準備をします 今年で卒園してしまう子供さんの家族は 小さな園庭の 小さな椅子の 場所取りをしています 応援にも気合が入ります
かわいい子供のダンスや競技 やってもやらなくても かわいいかわいいで 終わっていきます
娘も楽しんでいる様子で ブリブリとダンスや競技に参加していました そして 燃えるのがおんぶ競争 子供が走ってきて 親がおんぶして戻る それだけのことですが むきになって・・・走ります 我が子が先頭切って走ってきたりすると 思わず名前を叫びまくり・・・ 大人気なく トップを切って大喜びです・・・へへへ
お父さんが出ると お母さんとは一味変えて 負ぶっているのか 担いでいるのか 頭が下になっている子や 肩車したりして 歓声を浴びます お父さんもなかなかのパフォーマーですよね
お昼を終えて 期待の父兄リレーです やりたい方だけ・・・そんなの許しません 妊婦さん以外は 夫婦でも揃って出ていただきます 「お父さんが出てるからー」 「だめーーーーー!!走らなきゃつまらないよー」 とか言いながら 結局全員出たのではないでしょうか ながーい列になり 小さな園庭のトラックから はみ出してしまいました 今日はお父さんの多いこと! スタートを切ったのは 退職された先生です 次々とバトンが渡され 応援合戦のように みんなキャーキャー名前を呼びます こんなときでもないと お父さんの顔と 子供が一致できないものですから 「だれだれだれ?誰のお父さん?」 みんなで教えあいながら 応援します 大接戦! 気の強いお母さんが 抜かされそうになると 両手を広げて 阻止します 大人が両手を広げると 抜くことができないくらいの 幅しかありませんから 後ろで抜けそうなのに 阻まれて困っています でも なんと言っても幼稚園ですから ご愛嬌! 味方チームも 相手チームも大爆笑! お父さんも接戦とあって ものすごい力が入ります バトンを渡した後で もんどりうったり 恒例の カーブ滑り込み転倒続出です そのたびに 順位が変わり もう・・・割れんばかりの大声援!
終わったあとは みんなで手足の震えと のどの痛みに 放心状態になってしまいました
いい運動会でした 終えてからもお話が弾み いつまでも園庭はにぎわっていました
おゆうぎ
かわいいね
かわいいね
なりきり「うさぎ」に
なりきり「こりす」
小首をかしげて
おしりを振って
お歌に合わせて
はねる おどる
♪森のスープをつくろうよ
森のスープはおいしいよ♪
明日は幼稚園の運動会です
今日は少し早めにお迎えに行き 明日のダンスを少し練習しました 子供とする親子ダンスです 毎年 親子でやるものが2つ 親だけでやるものが1つで 難しくて一度や二度では覚え切れないと 頭を抱えて帰ることもあります
今日教えていただいたものは 手をたたいたり つないだり 足踏みしたりスキップしたり・・・ 幼稚園らしい動きです 「リトルバード」という 小鳥の親子が お話したり羽根をぱたつかせたり おしりを振ったりするもので 親子で向き合って踊り スキップして回ります 「世界中の子供たちが」というのは はじめは親子で向き合って 手をたたいたり 足踏みをして 2人が4人になり 4人が8人に・・・8人が16人に・・・ 最後は大きな輪になります 手をたたいて足踏みをしながら 変わっていくだけなのですが とっても満足感があります 大人が入るダンスはこの2つ 明日は完璧!
書記係をしている私は 用具担当です 先生から運動会の流れと 競技別に用意するものをおしえていただきます とにかく狭い園庭です でも園児にとっては 十分な広さ じゃあ誰にとって狭いのかというと 父兄です・・・・ 子供が走るトラックで大人もリレーをします だいたい・・・大人の足で8歩ほどでカーブに差し掛かります 全速で走るとカーブでもんどりうって転ぶか 力を出しすぎて滑り込んでしまいます そこがまた・・・恒例行事といった感じで とても盛り上がる種目です 大人から子供へ 子供から親へというリレーもありますが 子供をふっとばす勢いで・・・ 怪我人が出るのは この種目です 子供の前ではなぜか張り切ってしまいます 私だって!娘にはかっちょいいとこ見せたいですからね♪ せめて・・・転ばないようにしたいです・・・(転びそう・・・) 明日は落ち着いて楽しめるといいのですが・・・ 熱くなるお父さんが・・・心配です
平日というのに お仕事の調整をして たくさんの父親が参加します 今では家族運動会といった雰囲気で おじいちゃんおばあちゃんも楽しんでいます 我が娘のダンスの練習にも 余念がないようです・・・
母・・・そして・・・友
子育てが不安な時期
親同士のつながりは強くなる
1人の悩みをみんなで考え
この時期を乗り越えていく
いい人達と出逢えた
抱えきれない肩の荷を
みんなで持ってくれる
この年になって
心を許せる友達ができたことに
感謝したい
私の髪は ショートです だから少し伸びると ぱさぱさしてしまい 鬱陶しく感じてしまいます でも・・・毎月必ず なんていうほど 我が家は豊かな経済事情ではなくて・・・ 3ヶ月に1度ぐらいの間隔で カットしています 私が見つけた美容院は とても礼儀正しく ピシッとした空気が流れています お若い女性が2人で 持っているお店らしく 主になって 動いています 私が「ここ」がいいと思うのは 1度行くとたっぷり3ヶ月は 持つというところ 詳しいことはわかりませんが カットがいいのかな・・・ これ以上は自分の手に負えないというところまで 3ヶ月は我慢できるのです ・・・・って・・・なんだか 貧しさがにじみ出たお話ですが・・・
で・・・只今3ヶ月目です あれこれ工夫して生み出したのが 「よこわけ」 たいした思い付きではないようですが 一昨昨日の運動会から横わけにして 長くなった髪をごまかしてみたら 「綺麗になった」と学校母たちに好評・・・ 真ん中わけを横わけにしただけ!・・・だけ!・・・だけ!なのに 今日の幼稚園のお迎えでも 声をかけられ 私「えっ!ただ分け目が変わっただけなのにな」 友「ずいぶん違う感じになるね」 私「そう?美しくなったかしらん♪」 と全身意識してみたら 友「いや・・・下は見てないからいいよ」 って・・・厳しぃぃぃぃ! 私「遠慮しないで・・・みてみて・・・どう?」 友「わかったわかった」 んもーーーー! 髪型って ずいぶん顔の感じを変えるもののようです そういえば美容院に行くと とても丁寧にブローの仕方を教えていただきます それは・・・私が美容院に入ったときに あまりにもぼさぼさだからかしら・・・なんて思います
今まできちっとセットされている髪が好きになれなくて ブローは適当にしていましたが これから年をとるにつれて 髪を綺麗にしておくことは 大切なことだと実感しました 白いものが出てきたら・・・ 青や緑や紫に染めて楽しむのも ワクワクできて いいかもしれないですね
髪型
朝 出かける前の私
どうしても髪が決まらない
寝癖直しにドライヤー 全てが私の味方じゃなくなる
みんな助けて 手伝って
綺麗になりたい なりたいの
・・・でも
もしかすると・・・
私を綺麗に見せてくれるものは
もっと他にあるのかもしれないね
ずっと気になっていたミシンがけ・・・・ 夏休み前に 1人1つずつ課せられた 秋のバザーの ノルマです 早い者勝ちで 雑巾からはけていきます できればやらずに・・・・ そんな無駄な抵抗をしたばかりに わりと手のかかりそうな 面倒なものが残っていました
子供用エプロン・・・ なんだハンカチ作るようなものじゃないかい? と・・・さっきまで思っていたのだな・・・ 説明書きを読み進めていくと ・・・違うじゃない 紐やボタンでとめないもの 背中で交差した とても便利なエプロンです で・・・どうやって作るのかしら・・・ 肩と脇を縫うだけになっていて バザー委員さんの親切で助かります そのエプロンは 「メビウスの輪」のようになっていて 縫い始めたら 続けていくと 縫い終わりが 縫いはじめに戻る仕組み・・・ 何とかできそうだな・・・ ・・・手縫いなら・・・ そうです・・・私は大のミシン下手なのです 愚図のくせして イケイケですから 「おそい⇔はやい」レバーはもちろん一番「おそい」 これほどゆっくり進んでいるというのに あっ!このまま行くと曲がる・・・ と思っていても ええいっ いってしまえっ!! と なるわけで・・・ そういう人は ミシンをかけたら駄目ですよね
どうしてカーブなんかあるかな・・・ と・・・エプロンの形に文句を言い 何で曲がるかな・・・ と・・・ミシンに文句を言い 思ったよりここは綺麗だわ・・・ と・・・自分のことは褒め 何とか気分を持ち上げて 最後までできました
端の縫い代を ほんのわずか取ってあって バイアスでとめるものは 初めてで・・・ 考えた人は天才!と・・・やっと自分以外のものを 褒める気持ちのゆとりができ・・・
アイロンで完成かな と・・・袋に一緒に入っていた 白い丸があったけど どこで使うの?えっと・・・・ 「力布」です ポケットの端の力がかかるところを 裏からおさえるもの・・・ ・・・って もう縫っちゃったわよ・・・ 仕方がない・・・なかったことにしてもらおう!?
うん!いいできばえ! バザーで陳列する時は できるだけ遠目で見てもらうように 壁面にくっつけて飾ってもらって 売れたら 手元に差し上げるようにして・・・ それよりも きっちりたたんで ビニールに詰めちゃおうかしら 広げてみたりできないように・・・ 絶対に手に取ってから決めるなんてことの ないように・・・お願いしなくては ああああ・・・・もぅ・・・ 売れなかったら自分で買えばいいか・・・ 自分で作って自分で買う なんていいお客かしら・・・
子供用エプロン1つで 何をこんなに悶えているのやら・・・ もしも売れたとして・・・ どこかのお子様が 私の作ったエプロンをして ウキウキとお手伝いをしていたら 「まぁ!かわいいエプロン〜手作り〜?」 って 誰よりも先に気がついて 知らない振りをするとしよう! 「ミシン下手なアタシ」のシナリオ完成〜!
ミシン
印をつけて 布を裁ち
マチ針さして ピンと張り
スイッチ1つで 洋服屋
できたよできたよ子供服
娘はご機嫌「ワンピース」
後ろボタンの型紙で
なぜか並んだ前ボタン
それでも娘は喜んで
私に作った母さんの
思いがこもったワンピース
16日の月 今夜は十六夜(いざよい)です 17日の月 明日は立待月(たちまちづき) 18日の月は 居待月(いまちづき) 19日の月は 寝待月(ねまちづき) 20日の月は 更待月(ふけまちづき) と 調べてみたら十五夜から一日ずつ 月に名前がついていました 昔の人が月を大切に思う心と 欠けていく月に対する優しい思いやりのようなものを感じます
立待月は立っている間に月が出るということから 居待月は座って月を待つのだそうで 寝待月は月が出るのが遅いので寝て待つということで 更待月はかなりの時間月を待つということのようです 人の生活に結び付けているところなど なかなかにくい計らいではないですか 立ち働き 仕事を終えて食事などとりながら座り 疲れを癒すのに体を横にして 物思いにふけりながら 月に目を移す・・・ 時間で動かされず 自然に人がそうなっていくさまが 優雅な表現となって 時を知らせています
明日はお彼岸の中日です 春分の日と秋分の日を「お彼岸」と定めて 仏教では 煩悩を捨て 悟りの境地に達することとあります 暑さ寒さも彼岸まで 本当にこのあたりを境にして 気候が変わります 春は牡丹餅 秋はお萩 この花を愛でていただくと言う事なのか どう見ても名前には似つかない形のお菓子をいただき この日を過ごします 誰がどうしてこうしてきたのでしょうか 四季のある日本ですから 次の季節に向けての 気持ちの切り替えに 必要な儀式だったのかもしれません
近くのお寺の垣根に沿って 萩の花が咲き始めていました 真夏の暑さに耐えて ちゃんと息づいて 花を咲かせています 秋の七草・・・ 七草の1つに入れてもらおうと さまざまな花が咲き競います 萩 すすき くず なでしこ おみなえし ふじばかま ききょう 山上憶良が歌に詠んでから定められたといいますから 外国からやってきた雑草や生態系の変化で 日本古来の草花は押されがちかもしれません
日本の秋の楽しみ方を もっともっと 昔の人に教わりたいです
ひがんばな
どこにでも咲くひがんばな
そのため呼び名は100種類
綺麗な形でありながら
時季が悪いと嫌われて
毒があるから嫌われて
それでも寂しさ染み渡る
秋には私が必要と
褪せゆく色の山々に
赤みを差して彩って
お役に立っているんだね
小学4年の娘 今日は秋の運動会 ここまで毎年運動会というものを経験してきて はじめて「期待感」が持てているらしい
娘は大の集団嫌いで 「さぁみんなで・・・」というときには 姿をくらますらしい というか・・・気がつかないうちに 「みんな」はどこかに消えてしまう 娘にとっては・・・そうらしい そんな娘が気がかりで 3年保育で幼稚園に入れ 集団に慣れて欲しいと願った 嫌がりもせず 喜んでいる風でもなく 幼稚園生活は過ぎていく 保育参観・・・クリスマス会・・・ 目の当たりにする機会には いつも私を悩ませ 落ち込ませる事件が起こる 運動会は 事の他苦手な行事・・・ 始まりのリズム体操から・・・姿をくらます ブリブリと踊りまくる女の子の中に 決して娘はいなかった じゃあ・・・どこ? まずは娘探しから始まる と・・・園庭のすみっこで 何やらしゃがみこむ我が娘を発見 「何をしてるのかなぁ・・・」 「ハサミムシ」 「・・・・・・・」 まぁ・・・全てがこんな様子で・・・ 小学校へ上がるときの心配といったら 私が心配されるほどだった 1年生の運動会 あのころ流行っていた 「慎吾ママのおはロック」 ・・・どうしていきなりそんなにリズム感の要るものを・・・ 選ばれたダンスの曲を聴いただけで 想像するのはたやすかった 「・・・がんばれー」 と 気のない応援・・・ 当日 ビデオを手に 「たぶんやらないと思う・・・」 涙目の私を お母さん連中は励ましてくれた 元気良く出てきた1年生 娘は・・・ 満面の笑顔・・・音に合わせて動く手足 「やってる・・・・」 涙をこらえるのに必死だった 「ちゃんと・・・ちゃんと成長するんだ・・・」 唇をかみ締めて ビデオで顔を隠しながら 娘を見つめた そして4年目 3日も前から 「私 1番になれるかも・・・自信がある」 「まぁ・・・順番はいいから 最後まで走りぬいてね ダンスのほうはどうなの?アイーンだよね」 「そっちは完璧〜」 「へぇ・・・自信たっぷりなんだ」 「まぁね」 そんな会話ができるようになっていた 競走は2番だったけれど・・・ ダンスの手はダランとしていたけれど・・・ 「お友達とお弁当を食べたい」 「走るメンバーをビデオにとって欲しい」 娘の頭の中に 人と関わる気持ちがあふれている事が 嬉しくてたまらなかった
娘はこれから 人に傷つき 人を傷つけながら 成長していくだろう どんなことにも 感じ取ることができる心で 喜びや悲しみに 敏感であって欲しいと願う ・・・娘の「のんびり」も また魅力で 私は救われているのだけれど・・・
むすめ
私はあなたに涙して 思い悩んだ夜もある
おどけて見せて笑わせて
元気をもらったこともある
いつからだったか あなたの髪を
背伸びでとかすと かがんでくれる
もうじき 背丈は 重なって
私を越していくでしょう
どんな日々が待とうとも
私の心はいつだって
あなたに添っていきますよ
私を「母」にしてくれた
あなたへの感謝を忘れずに
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十五夜 7時14分の月には 霞がかかっていました 霞雲の向こうは 名月だと思うと 霞んでいても その光は 特別に見えて それはそれで美しくも感じられるものです 真実を知っていれば たとえ霞む時があったとしても 何の疑いもなく 真の姿が見えるものなのですね 人の心も これほど確信を持って 信じることができないものでしょうか 無形に対する心の弱さが情けなく思えてきました
昨日の月 明日の月・・・ 確実に満ちたと確信できるものは 暦だけです 完璧な円であるのは たったの一日 なぜそれを感じ取ることができたのでしょうか 肉眼で確認できることではなかったでしょうに 初めて月に合わせて暦を作った人間は 計り知れないほどの知能を持つ生き物なのですね
昨年の12月30日の月 今世紀初の ブルームーンでした 外出先へのメール 「月を見て!」 どんな月なのか 胸がドキドキしました うわぁ・・・月が・・・青い・・・ いつもは うす黄色に見えるのに 冴え冴えとした ブルーです
教えてくれたのは とてもとても大切な人・・・ こんな素敵なことをメールで知らせてくれて・・・ ありがとう!
もう 嬉しくて嬉しくて・・・ 月の光にも もちろん感動しましたが 伝えてくれた気持ちにも 感動したのを覚えています
明日は中秋の名月 満月のたびに あの夜のブルームーンを思い出します 月の魅力にとりつかれる人は多いと思います ひとつしかない月 真っ暗な中に ひかり輝くというよりも 優しく 光を包み込んでいるように見えます たくさんの人に 同じようにやってくる夜・・・ 苦しい夜も 悲しい夜も 楽しい夜も 嬉しい夜も 黙ってそばで見ていてくれて 共感したり 慰めたり 癒したり 時には叱ったり・・・ 月はそれぞれ 見る人の望む形となって目に映り それぞれの心に語りかけます
月を愛でて ものを思う そんな・・・神秘に浸る夜もいいのではないでしょうか おだんご作ろうかな (やっぱりそっちか・・・)
月
いつも私等 眺めてて
時々嫌にならないか
傷つけあったり 騙したり
汚れたこころ 押し隠し
顔で笑って 世辞言って
馬鹿げた奴等と
思うだろ
だけど私等頑張って
願いを込めてこの星に
未来を託しているんだよ
後は頼んでいくからさ
こんな奴等がいたことを
そっと心の片隅に
しまって置いてはくれないか
ほんのわずかな一瞬に
ここに居たこと生きたこと
覚えておいてはくれないか
秋の気持ちいい風に包まれて 行事も立て込んできました
10月の最後の日曜日は幼稚園のバザーです その準備は着々と進み 売り物にする品物も 増えてきました 書記係の私の仕事も 色々出てきました 今日はチラシ作りです あいにく都合がつかずに人手は2人となり・・・
バザーの日にちと時間 場所と簡単な内容を書き入れたものを印刷して 卒園生やゆかりのある方たちに郵送します バザーの内容のお手紙を250枚 食券の注文をとる封筒に注文表を150枚 チラシを60枚印刷しました 枚数も枚数ですが ものが封筒だけに 少しずつ差し込まないと くしゃくしゃっと 悲しい音を立ててつまってしまうのです でもうまく進んで きれいに仕上がると すごくうれしくて満足します チラシをB5に刷り それを半分に切ったら終わり と いうところで ドジな私が切り始めたら 思い切りとんでもないところに切り込んでしまい 「うわぁ〜〜〜〜〜」とおおさわぎ あと少しなのに余計な手間を作ってしまいます もう一度B5サイズに紙を切り 印刷のしなおしです 「ごめんねぇ・・・・」 印刷をしていた私が紙を切り出して失敗し 替わりに紙を切っていた相方さんが印刷を始めることに と そこでまた悲鳴 「きゃあああああ」 縦に印刷していたチラシなのですが 紙を横にセットしてしまったのです 「私が言わなかったからだわぁ・・・ごめんねぇ」 あと少しというところで ハプニング続出・・・ もう一度 B5に紙を切って・・・・ なんだか失敗も楽しくなってきたりして・・・・ 「ドジだってわかってよかった 私だけじゃ無いのね・・・」 なんて慰めあいながら・・・
一つのことに向けてみんなで準備をしていくのは 楽しいことです 学生のころの文化祭みたいです 時間を拘束されながらも ゆっくりとおしゃべりをしながら手仕事をする 子供が幼稚園にいる間くらいしか 持てない時間かなと思いました
バザーのために一人一人に割り当てられた 手作りバック3点セットと 子供用エプロン・・・ 私に割りたてられたノルマは エプロンです・・・ 夏休み前に生地をお預かりして いまだに生地のまま・・・ どうしましょう・・・・間に合うかしら・・・
バザー
何度も何度も集まって
ひと筆 ひと針進めていく
小さな一歩が いつのまに お店が開けるほどになる
いまどき何でもファーストで
割に合わないスローライフ
それでもどうぞ見てください
ファーストには無いまごころが
ここにはたくさん詰まってる
それが自慢の手作りバザー
9月30日生まれのクーちゃんは今度で9歳 ここに来てから 12月で9年になります 犬の9年は 人間で言うと30歳くらいでしょうか だとしたら・・・まだ若いかな クーのご飯は 缶詰の柔らかいお肉に かりかりの硬い餌を混ぜてあげます 昔から あるメーカーの餌がお気に入りで 何度かかえたりしましたが 食べなかったりして そのメーカーに落ち着きました 少し前から よーく混ぜないと かりかりをよけて 缶詰の柔らかいお肉の部分だけ 鼻でよけて食べているのです あ・・・・わがまましてる なんて思ったりもして よくよく混ぜて かりかりも口に入るようにしていました かりかりがなくなってきたので 買いに行くと 「8才からのシニア用」 なんていうものが目に入りました ふーーん・・・ クーもシニアかぁ・・・ で・・・何が違うのかと見てみたら かりかりではなく ソフトなのだそうで・・・ なるほど・・・そういえば クーがかりかりを 苦労してよけていたのは 噛めないからなのかも・・・ と 妙に納得して ソフトというのを買ってみました かりかりがまだ残っていたので ソフトを食べさせてみたい衝動に駆られながら 残っていたかりかりをやって様子を見ます かりかりが口に入るたびに 私の顔を見ながら噛むクー・・・ 「かてーー」 硬いんだと訴えているようにも見えて・・・ いよいよソフトタイプに! どうかなどうかな・・・? 「おっ・・・いいじゃん 噛めるじゃん 美味いじゃん」 そう?よかったぁ・・・ それからというもの すごい速さで餌を食べるようになりました シニアというと・・・さっぱりしているのかな・・・ それですぐお腹がすいてしまうのでは・・・ 餌を変えてから あっという間に食べてしまい 次の餌の時には 窓枠に両前足を引っ掛けて 後ろ足でピョンピョンしながら 「はーやくっはーやくっはーやくっはーやくっ」 っていうんです・・・ シニアなんだから シニアらしく落ち着きなさい 紳士なんだから・・・ 「えーーーっ お腹すいたんだもん ほらっ ほらっ」 何度も立ってはお座りをし また立っては お座りし 見て見てっていう感じです わかったから あげるから 待てよ 待て 「まてなーいまてなーいまてなーいまてなーい」 お座りして「待て」なのに どう見てもお尻が地面についてない それは・・・中腰って言うんでしょ・・・ 「あはは 足短いからわかんないかと思った」 わかる! まぁ・・・それほど空腹だと言いたいわけですが・・・ やっぱりかりかりのほうがいいのでしょうか・・・ ソフトがいいのかなぁ・・・
いぬ
いぬはどんな味覚なのだろう
どんな嗜好があるのだろう
たくさん癒してもらう代わりに
喜んで欲しい 長く生きて欲しい
ぎゅーって抱いたら
キュウって甘えた
小さな命
かわいいヤツだよ まったく
今日は子供と遊ぶ日です 夏の間ずっとお休みしていたので 2ヶ月ぶりに会う子供たちです 先日の老人施設の訪問では 2ヶ月の間 お会いしなかったら 体が硬くなって 動かなくなってしまい 施設の2ヶ月は長いものだと感じたところでした 雨が降っていて 出足が鈍るかと心配していましたが 子供は元気です 思ったよりあつまりました まだ歩けなくて お母さんに抱っこされていた男の子も 手をつないで えっしょえっしょと 足を運んでいます 髪が伸びて 少し増えて黒くなり ふさふさとしたところに 女の子らしく 髪飾りをしてきた子もいます 横抱きにしていた赤ちゃんは お座りをしています みんな成長しました 表情もよくなって 手遊びにニコニコと反応しています いいなぁ・・・子供は・・・ 成長の変化は 幸せが詰まっています フィンガーペインティングを予定していましたが あいにくの雨で 諦めることにして 室内運動会です とはいえ 運動会の意味すらわからない年齢です 盛り上がりは お母さんに求めることにして・・・ 抱っこ競争 おんぶ競争 箱引き競争・・・ そういえば全部お母さんが走るのね・・・ 汗をかきかき 息を切らせるお母さんの姿は いいものです 早く走れば抱っこやおんぶの子供が喜ぶものですから 頑張っちゃうようです 1歳2ヶ月の男の子が なかなか参加できず お母さんが抱っこして走っても どうも嫌な様子で そっくり返って泣いていました 今日は気分が乗らないのかなと そっとしておくと よーいドンで お花を持ち 壁に貼った茎だけ描き入れてある紙に 持っているお花を貼る というゲームをしたら なんと!ものすごい乗りがいいのです お花を持ってニコニコ顔でえっしょと歩いてきて 壁に貼る時のうれしそうな笑顔と表情と言ったら お家の人たちにもお見せしたいくらいです それぞれに興味が違い 何を楽しいと感じるのか こんなにも違うものなのかと実感しました そういえば桜の花のころ 同じようなゲームをして 大はしゃぎしていたのも男の子です このころの男の子は 貼り付けることが大好きみたいですね もしかして・・・お花が好きなのかしら まだまだ ウルトラマンには興味なしの頃です 今日の年長さんは 4歳児その次が3歳児 3年保育なら幼稚園に行っている歳ですので そういう子が来たときには うんとお姉さん扱いをします お母さんから離して 目を見てゲームの説明をします 「よーいドンをしたら 輪をくぐって 壁にタッチするんだよ そうしたら戻ってきてまた輪をくぐっておわりね もう一度言うよ・・・」 2回ゆっくりと説明します よーいドン! さすがに説明を理解しています 「すごいおりこうさんだね お話がよくわかるんだね みんなではくしゅーー」 こんなことの繰り返しで 自信をつけていくようです 終わるころには 私たちの準備や片づけを 手伝うようになってくるのです まるでスポンジのように どんどん吸収してしまいます こちらが 子供に反応があることの楽しさを味わえるのです 最後に工作でとんぼを作りました お母さんが凝ってしまって 子供が描きたがるのに めがねをかけたとんぼや まつげの長いとんぼ びっくり目のとんぼなど 楽しんでいました やりたがる子供を泣かせても 工作を楽しんでいるお母さんもいました それもまたいいと思います 童心に返って 楽しめる気持ちの余裕がいいのです 結局皆さん お母さん用 子供用と 2つも作ることになっていました 4歳児はみっつ作り お父さんのお土産にすると 喜んでいました 「お父さん大喜びだね・・きっと」 親子が満足できるひと時を過ごして 夜の会話が楽しみになるといいです
会話が弾み 気分良く一日を終える・・・ そういうお手伝いができたらいいです 毎日 休むことなく続く子育て この時間は 一瞬ぐらいにしかなりませんが 親子で発散できて いい関係で過ごせたら 私たちは嬉しいのです
8ヶ月
お座りで お歌に合わせて
おててをぐるぐる
そしたら なんだか楽しくて
自然にお顔がほころんだ
抱っこさせてといただくと
心配そうだよ ママはどこ? ここだよここだよ 大丈夫
泣かない泣かない 強い子ね
ママが戻って手を出して
ほっと笑顔で すりよった
やっぱりそうか ママが好き
私の祖母は 米寿です 88歳・・・・来月89歳です
夏の花火の日記に書きましたが(8/3) 両親は両養子ですので 結婚と同時に 私の祖父母と生活を始めました 子供のない夫婦で 本人たちよりも その母親が つまり祖母の母親が 二人を案じて 私の父の親に頼んだと聞いています 父は末っ子ですから そういうことが自由になります 昔の人らしい考えです そしてそこから再び兄と私 兄の子私の子と 続いていくのですね 祖父母は 子供を知らなかったせいか 子供はばい菌を運び 家を汚す お邪魔な生き物と思っていたようです 兄や私が外から帰ると まず手足を洗わせて 歩いたところや触ったところを 消毒液のついた雑巾で拭いて回ったそうです 子供なんか生むからいけないんだと 責められたそうです 食べ物も子供と同じものでないと駄目 和食よりも ハンバーグ カレー スパゲッティーが好き 子供が熱を出すと 一緒に熱を出して寝込んでしまう 当時の苦労を 時々母から聞かされます 血のつながりの無い義父母を相手に 母もずいぶん大変な思いをしてきたようです ありがたいことに そういう話やそぶりは 私たちが小さいころ 母は決して私たちには見せませんでした ですから 兄にとっても私にとっても 祖父母はとてもいい人たちで 私達を次第にかわいがるようになると 忙しい母に代わり 寂しい思いはさせず 世話をしてくれた記憶しかありません これは母に感謝しています その代わりと言っては何ですが 今 両親から昔の苦労話や 今の大変さを聞かされて 「それは大変だ 本当によくやっているよね」 と 聞き役に回ることにしています
辛いときはどうしていたのか母にたずねると 海が近かったせいか 子供をおぶっては 海に行って泣いていたそうです 母も私もそんなころから 海で癒されていたのかと 改めて海のありがたさを知ります 両親を訪れるたびに 祖母に対する苦労話が始まります どうにもならないご縁て あるものなのですね 自分の親ではないのに 自分の親よりも 長く共に生きているのです 旅行もやっとのことで一泊です 出かけるときも 書置きをして 聞こえの悪くなった祖母に 大声で説明します 毎日ともなると 母も大変なのでしょう
かなりまいった様子で 疲れ果てている母も 口で言うわりには お風呂で洗うのが大変だろうと 祖母の髪だけを洗面台で洗います できる限り自分のことは自分でするようにと 祖母に自立を促すわりには 「おばあちゃん好きだから 食べさせてあげよう」 と 煮物や揚げ物を運びます 「あぁぁ・・私って馬鹿よね こうやってきて 体を壊したのにね・・・」 母は 私が中学のころ 心労で倒れ 救急車で運ばれています 我が家に救急車が止まっていた 恐怖感は今も忘れません 母は死ぬのか・・・ そう思い込んで父と兄に電話をした私の話で 二人ともあわてて病院に駆け込み 大丈夫だった安心感からか ひどく叱られたものです そのころから母は 定期的に倒れ 入院し 休んで帰るようになりました 祖母に対する苦労話は 病院で聞かされたのを覚えています 私が間に立たなければと 妙にしっかりしちゃったのもそのころです 祖母も好き 母の気持ちもわかる これって・・・高校生とはいえ子供心には複雑でした
昨日は敬老の日 今日は祖母に大好きな栗ご飯を炊きました 市からのお祝いに お菓子をいただいているでしょうから 大好きな甘いものは 後にすることにして・・・ ちょうどお昼に間に合って おうどんをおつゆ代わりに 栗ご飯を食べてもらいました すっかり腰が曲がってしまい しわしわの顔と手足ですが 祖母はずっと昔の祖母のままです 嬉しそうに私を迎え あのころのように話しかけます こんなに大人になった今でも 祖母にとっては 小さくて わがままで 転んでばかりいた あのころの私なのです
両親が養子にならなかったら 今頃 一人暮らしだったでしょうし 私とも逢えなかったでしょう 子供を持たずに 後へと継がれていく 祖母の運命がちょっとばかりうらやましくなります
相変わらずの母は 「何やっても感謝がないからいいのよ!」 言葉ではそういいますが 母の照れ隠しではないでしょうか 「私が素直にできない分 優しくしてあげて」 私にはそう聞こえるのですが・・・
家族
そこに集まり
苦楽をともにし
寝食をともにする
人は日々 その繰り返しで
互いが 支えあい 思いやり まとまっていく
そして「家族」になる
血のつながりだけで構成されるものではなく
長い時を共有することができてこそ
そう呼べるのではないだろうか
久しぶりに横浜へ行きました 資金繰りについては・・・ 秘密にしておきましょう・・・いやはや・・・
まずはじめに目指したのは 「港の見える丘公園」です ♪あれがあなたの好きな場所 港が見下ろせる 小高い公園♪ この公園は たびたび訪れています 洋館が建ち並び 外国人墓地が近いところから 異国情緒あふれる空気があります
若いカップルが ベンチを占領し おなかをすかせた猫たちが おいしい香りに誘われて 人の後ろで隙を狙います 猫らしく 人には触らせず 間隔を保ち続けています そういえば・・・ピアスをされた猫がいて 驚きました かわいそうに・・・・ 大道芸の若者が 公園でくつろぐ人の気を引こうと 体を張って 芸を披露しています まばらだった見物人が 次第に増えて行き 終わるころには 若者をぐるりと囲んで 彼の芸に釘付けとなっていました
少し歩いて 山手の教会を曲がり 閑静な住宅地を通って Toy's club へ行きます テレビで有名になった 北原氏のお宅を改造した ブリキのおもちゃの博物館です お目当ては オールドイングリッシュシープドック(犬)の オリバーです ううううっ・・・ なんという存在感・・・素晴らしい・・・・ お前のせいで お客さんはよっこらしょとまたいで お店に入るのだよ・・・・ と もう一匹同じ種類の大犬様が・・・ ボビーというのだそうです 大きい・・・ 我が家のミニダックス風に 横になって寝ている上側の手を・・・いや・・足をかな そーーーっと上にあげて 仰向けにしてしまおうと試みましたが あまりの大きさに 片手とはいえ重く・・・ 諦めました・・・耳はどれ?と疑問がわき ごそごそと探ります これか・・・・と思われるものを べろーーーん 裏返してみます なんて大きい耳の中・・・ クーちゃんを見慣れているせいか 巨大犬耳(きょだいいぬみみ)に見えます でも・・・・穏やかで何をされても なすがまま・・・一箇所だけ反応したのは 肉球の間を・・・くすぐったときだけでした ・・・・何をやっているんだか 人のうちの犬で・・・
その場を去り ランドマークへ みなとみらいは すごい人です あの辺は 大当たりですね いい空間が出来上がったと思います クィーンズスクエアーというショッピングモールに スイートファクトリーという 輸入の飴だのグミだのチョコだのを売っているお店があり 目的の甘甘しいお菓子を購入します 王女様の広場というお店屋さんが集合した場所に 甘党の仲間という・・・やめとこ・・・ 日本語で説明したくなったものですから・・・ごめんなさい
ランドマークの 180度夜景が見えるレストランで 夕食を済ませて 帰宅です 資金繰りについては あくまでも秘密にしなくてはなりません・・・ ・・・なんともかんとも・・・
大好きな横浜・・・ また行きたいなぁ
横浜
そこには 早くからパンが始まり
アイスクリームが渡った
墓地には十字架が並び
異国の人を和ませた
そこから始まり
今の時代まで続き 私の住む場所にまで
たくさんの異国の風を
浸透させた
そこにはいつも新しい刺激があり
訪れる者を異国にいざなう
| 2002年09月14日(土) |
よろしくお願いします |
いっしょくんの移動です♪ はじめまして! なぜか照れたりしています・・・
今日の題は 「妖精」です
昨日 お友達のお宅で 新築祝いをしました 子供の幼稚園のお友達です お祝いするお宅の方は 生き方も考え方もとても自由人で 私にとって とても刺激のある存在です 彼女の家には何が合うのだろうか・・・ 何人か募って お祝いのお品を買うことにして 時間の都合のついた3人で考えます
独身時代に海外を旅したり インドネシア料理を習っていたり そんな彼女には 輸入雑貨店の品物が似合いそう 友人の提案で近くにあるお店に行ってみました 細かいものや大きな家具まで 日本の色や形とは違ったさまざまな品物が 所狭しと並んでいます 彼女には何がいいだろうと 相談しながら 小さなお店をゆっくり回って眺めます なんて楽しい時間でしょう 誰かを思って 贈り物を探すのは大好きです 私の目に飛び込んできたのは 高さ20センチほどの「妖精」の置物です 石膏細工のような感じで 手作りであることが伺われます 妖精の女の子が 両手を合わせて 左のほほにつけて ちょうど子供が 「ねんね」と言うときにする格好です 柔らかく正座をして 顔ほどもある桃色月見草のような花が 女の子に寄り添っています 背中の羽根は とんぼのように細いもの 耳はとがっていて・・・ とても幸せそうに 目を閉じて微笑んでいるのです いっしょに行った友人たちに 「これ・・・すごくかわいい」 と お祝いの品も選ばずに一人で大騒ぎ 手にとっては置き 離れてみてはまた手に取り を繰り返していました お値段は1500円・・・ きっと 「そのくらいなら買えるじゃないか」と 思われるお値段ですが 今の私にとっては 贅沢品です 「とても魅力があるし 頑張って買ってしまうことも できるかもしれないけれど ごめんなさい・・・買ってあげられない もしまた私がここに来ることがあって そのときまで売れずにいたら 買うからね・・・売れちゃ駄目よ」 と・・・お店の人に笑われながら 妖精との約束 ・・・・これが一昨日のことでした
お祝いの品を決めてから プレゼント用に包んでいただく約束で 翌日の 昨日取りに行くことにしていたので 早速友人から連絡が来ました 「今行けるから取りに行ってくるね」 新築の友人宅へ持っていく お料理を作っている最中だったので お願いしてしまいました 新築祝いは大変な盛り上がりで 次回の約束まで取り決めるほどでした お祝いの品は 思ったとおりとても喜んでいただけて 夜も更けたころ 帰ろうとすると 一緒にお店に行った友人から なにやら包みを受け取りました あら?私 何かしたかしら・・・お誕生日でもないし・・ なんだろう・・・ありがとう・・・・ 家であけますね・・・たのしみ!
家に帰ってからばたばたとするべきことをして ちゃんと椅子に腰掛けてから 袋を机に置いて 包みを丁寧に取り出します あれ?この包み紙・・・友人のお祝いと同じ・・・ !!まさか!! あけていくうちに 箱が見えてきます とても美しい箱で 一面に妖精が飛び交っています その絵が すぐに見えなくなってしまいました ・・・・涙が・・・ しっかり見たくて 手の甲で急いでぬぐいます 丁寧にくるまれた中から 前日に見た妖精の頭が出てきます ・・・いつの間にか・・・泣きじゃくっていました そんな・・・あの妖精が・・・あの妖精が・・・ 包み紙も 箱もそのままで しばらく声をあげて泣いてしまいました 一昨日お店で 私の様子を見ていた友人が あまりにも私がこだわっていたのを見て 思い立ったのでしょう・・・ その思いが 心にしみてきて・・・ 妖精もうれしかったけれど 彼女の思いに 打たれてしまいました 彼女は日ごろから 私がなにやら悩みを抱えていて 元気がないことを知っているのです 小さいころからよく知っていて 少し年上の彼女は 私にとって憧れのお姉さんでした お互いの子供を通して再会して 今ではとても信頼しています 力にもなっていただいているのです 長い事私を見ている彼女のことです 多くを語らなくても 汲み取ってくれることがたくさんあります 「妖精」の置物・・・ これを通して 目には見えない心や思いが伝わってきました さりげない優しさ・・・ありがとう・・・ 感謝の気持ちでいっぱいになった私は 涙が流れて 止まりませんでした 今日「妖精」を見てみたら 妖精と彼女の優しい笑顔が重なって 気持ちが暖かくなるのを感じました 私を思ってくれる人がいる・・・ 大切にしよう・・・ 彼女や友達のことを・・・ そして・・・自分のことを・・・
おさななじみ
「おはよう」
こんなわずかな瞬間に
元気であるかがわかってしまう
飾っていても
笑っていても
ちゃんと心を汲み取ってくれる
どんな風にして 私がここにいるのかを知っていて
どうやって私がこうなったかを知っている
私の存在を知る
貴重な・・・存在
ジャンルが変わってから みなさん移動されていらっしゃるようですね・・・ わが日記も気になっていましたが どうもここではないようです 重たい腰をあげてみようかと思います
あきらかに 読書感想文ではないですものね ・・・・はい 明日にでも移動します どこがいいのでしょうね・・・ やっぱり・・・ 「静かな生活」が気持ちよさそうです 明日からはそちらにお邪魔しましょう 入れていただけるかしら・・・
今日は久しぶりに施設訪問です いつものように 有料痴呆棟へ行きました ロビーに5人ほど車椅子含めて 座っていらっしゃいます おむつ交換の後 少し離床しましょう ということのようです 私 「こんにちはー!」 利 「・・・・・・・・」利=利用者の方 あれ? 返事がないのです 元気ないなぁ〜 仕方がないので ひとりずつ攻撃です 私 「こんにちは」 利 「あら まぁこんにちは」 皆さんに声をかけると 私は知らない人ですから・・・(伺う回数と間隔では) いつまでたっても知らない人でしょう・・・ 自分に挨拶したのではないと思うのかもしれないです さて!歌でも歌いましょうか 利 「・・・・・・」 うーん・・・ 私 「私ね 今日は遊びに来ました」 利 「遊びに?そりゃあいいわねぇ」 人間て「あそぶ」という言葉に弱いのかしら・・・ 折り紙を取り出し 赤とんぼを歌いながら 赤とんぼを作ります 私 「ゆうやーけこやけーの あかとーんーぼー・・・」 できたぁ!歌いながら折った赤とんぼを見せると 6人中4人も寝てしまったではありませんか・・・ なんですと!? 私 「みなさーーん!起きてくださいよぉ」 どんより天気のせいでしょうか 季節のせい? 起きた時間のせい? 私がつまらないからかぁー・・・・とほほです 私 「みなさんみなさん・・・起きて・・・ほらほら 赤とんぼなの・・・みてみてほらほらほら」 どうしたのぉー? 目が開かないじゃありませんか・・・ 私 「手に持ってみて!ほらね・・・とんぼに見える?」 利 「おおおお かわいいねぇ」 私 「ね?ね?」 私 「ほらほらこちらの方も見てみて・・・」 と 左右に声をかけながら・・・歌いながら・・・ ちょっとの間 声をかけないと寝てしまうのです とんぼ持ったまま・・・寝てるしーーーー だめだぁ・・・今日は「寝て曜日」なのね・・・きっと お膝をトントンしながら ○○さん♪○○さん♪と声をかけながら すすめることにして・・・ 眠気のない方が私の使っていたはさみを見つめて 利 「私のはさみが無くなってしまってね どこを探してもないのよ・・・・」 と言う彼女の目は私のはさみに釘付けです そうか・・・・はさみが使いたいんだな? 利 「ちょっと見せてもらえない?」 私 「いいですよー手を切らないように気をつけてくださいね」 渡すと ゆっくりとぱちん・・・・ぱちんと 宙を切ります 利 「これ・・・いくら?」 いやいやいや・・・私は はさみ売りではないのですよぉ 私 「これは確か・・・600円ぐらいでしたかね これはぁ ここにぃ ほらほら 私の名前が書いてありますよ・・・ね?」 利 「・・・・・・・」 あの・・ですから・・・私のはさみです 利 「いいはさみねぇ・・・これぇ」 私 「あははは そうでしょうか・・・よく切れますけどね 紙を切るためのはさみなんですよ 私の商売道具でして・・・いえ 七つ道具です これが無いと お仕事できないんですよ」 利 「あら じゃあ無いと困るわね」 私 「はい・・・とっても困るんです」 その間もぱちんぱちんと動くはさみで 指でも切りはしないかとはらはらです 困ると聞いて納得されたのか 返していただけました そのうちにお昼のしたくとなり 皆さん散り散りになったので いつもの女性の部屋へすっ飛んで行きました 私 「テルさん!こんにちは!」 テルさん 「あらま こんにちは」 って・・・覚えているはずないか でもお元気そう よかった・・・よかった・・・ 私 「お元気そうでよかった」 テルさん 「それが元気ないのよ」 ふふふ お話を続けたい気持ちが伝わります しばらくすると テルさんもお昼の支度です 私も車椅子に乗せるお手伝いです 上掛けをよけて 驚きました 腰から下が とても不自然に曲がってしまっています 寝たきりの人が 尾てい骨の痛みから逃れるために 足を倒した姿勢をとり続けると そうなるものでした ひと月で・・・こんなに 穏やかな施設の中にも 時の流れを感じます みなさんがお昼ご飯を待つ食堂・・・・ 寝て曜日の方はここにもたくさん・・・
わたし
お裁縫をしていた指は硬くなり
曲げることもできなくなりました
洗濯ものをこすっていた腕は
筋肉が落ちて骨に皮がさがっています
お料理をしていた目は
濁りはじめてしまいました
老いた体は容赦なく
心をも蝕んでいくのです
こんな私をどう思いますか?
こんな私でも愛せますか?
色ではなくて襟です
聖書に親しむ会がありました 普通に読めば なんていうことのないお話ですが その深意を追求して わかりやすく 教訓を教えていただきます
どうしてそこまで掘り下げてしまうのか ・・・というか 理由付けてしまうのか とても不思議に思い 素朴な質問としてたずねてみました 「それは・・・ひみつ」 あら・・・ 謎に包まれてしまいました ひとつの聖書に対して これほどたくさんの解釈と伝道があるなんて キリスト教の不思議を感じます
数々の雑談の後 もうひとつ・・・ムラムラと 聞いてみたいことがでてきてしまいました 「どうしてカラーをするのですか? 聖職であることを 示すためでしょうか?」 無知だから聞けるのかもしれないです 「首輪です」 え? 「神様に従う証です」 ええええ? そう・・・でしたか・・・・ まるで孫悟空の頭につけられた 輪のような・・・(名前忘れましたが・・・) 本当かどうかはわかりませんが とてもまじめなお顔で答えてくださいました 目に見えないものを信じること 想像を頼りに納得し説得すること とても難しいことのように感じます
心が揺るがないように 信仰が弱まらないように 目に見えるもの 触れて確かめることができるもの イエス像マリア像 十字架 血や肉を忘れないための パンとぶどう酒 そういうものがあるということで 人の心の弱さを感じてしまいます
雑談の中で マザー・テレサの話が出ました 彼女の持ち物は バケツとサリーだけだったといいます 物欲を捨てること・・・心の痛む言葉です 執着は無いと 自分では思っていても 物があふれ 必要なものは次々とでてきます これがないとこうできない・・・ つまり・・・自信がないのです 体に巻きつける布だけで生きる ということは 究極の無欲であり 命に勝るものはないという自信から そうできるのではないでしょうか ありのままの自分に自信がもてるなんて ものすごいことではないでしょうか 体という入れ物ではないのです 心とそれを包む魂が そうさせるのでしょうか 神様の道具になることに徹した生き方・・・ とても厳しく辛く そして暖かい「愛」を感じます でも・・・マザー・テレサの示す「愛」は まだまだ私にはわからない・・・ わかることができないでしょう・・・
「物を持つことは悪いことではないのです それを人のためにどう使い どう生かすかが 大切なことなのです」 そんな風におっしゃっていましたが 今の自分が 悲しい生きものに思えてしまうのです
満ちる
たくさんの人と出逢い
喜びも悲しみも
これほどたくさん経験したのに
私の中は
いつまでたっても空っぽで
ほんの少しも溜まる事がない
これからどれだけ
どんな生き方をしたら
私は満ちるのだろう
棗(なつめ)の木 桜の木 背の高い2本の木に プランコをかけています 長いロープは ゆっくり大きく揺れて 風を切って 風を押して 風を引いて 風を巻き込んで 風と遊べる ブランコです
夏は乗る気にならなかったのですが 今日、子供のお友達が遊びに来たので 一緒に乗ってみました ブランコ嫌いらしく なかなか乗ろうとしなかったのに 私が「わーい!きもちいいーーーー」 と 見せ付けるようにこぐと 「やってみようかなぁ」 と関心を示しました はじめは少しだけ揺らして 次第に大きく揺らして・・・・ 慣れてきたら 「もっとおしてーーーー」 と なり・・・ 一休みしていたら 「おしておしておしておしてーーー」 と なってしまいました 棗のブランコ
桜のブランコは ロープが下がっていて 先に30センチほどの枝が 結び付けてあるだけのもの ターザン と名前がついています その名の通り ターザンのようになります うまく揺らさないと 桜の大木に激突してしまいます 小学生くらいになると 桜に向かって揺れだし 桜を蹴って戻るという技を見せてくれます 時には失敗し 激突して笑い転げていますが・・・ ロープを引っ張ってきて 戻るときに飛びつくわけですが 飛びつくタイミングが 小さい子には難しく お尻が乗らずに ずずーーーっと引きずられたりします それはそれで楽しいらしく もぉ 何やっても笑っています 植木屋さんが入ったとき 切った枝を下ろすのに 引っ掛けてあったロープ 「ロープはやれねぇよ」 ということで あわてて買ってきて 植木屋さんのロープの端と 買ってきた我が家のロープの端を縛り 植木屋さんのロープを引きながら 新しいロープをかけた・・・というわけで・・・ そこまでするか?と笑われそう・・・ でも すごく楽しいのです 何があっても絶対に折れない と 植木屋さんが言い切りましたから 大人も楽しんで帰ります 「いやーたのしそー!私が乗っても折れないかしら」 はいはい・・・・どうぞどうぞ 結構大人でも やってみたいものなのです ロープは大丈夫だけど 木に激突しないようにね 人間て・・・ぶら下がったりすると お猿だったころの血が 騒ぐのかしら・・・ なんとも心地よい気分になれます
ぶらんこ
ゆらゆら揺れて
かあさんが
近くなったり
遠くになったり
私の背中
優しく押して
かあさん笑顔
私も笑顔
お空も鳥も木の枝も
優しく揺れて
みんな見てる
優しく揺れて
みんな見てる
お友達のお母さんから 「芋茎」をたくさん煮すぎて 困っているから 食べてくれないか と 声をかけていただいた もちろん いただきに伺った 芋茎と書いてずいき 里芋の茎の部分にあたる 苦味はなく 食感は蕗と似ていて水分を含んでいる 私はとても好き 甘辛く味付けしたお母さんの芋茎は とてもとてもおいしくて ご飯といただくと 他には何もいらない ご飯の友となる
根も茎も大切にいただく 昔の人はすばらしい 畑で作ったものを大切にする 近頃ではスーパーで束にして 使いやすい長さに切って売っている それだけでは 何のどの部分かと 思う人もいることだろう 秋は収穫の季節 暑かった夏に 文句も言わずに 実った作物たちが 人を元気にしてくれる 胃を休め 心を癒す 秋の食べ物 目に口に 楽しませてくれる どれだけたくさんの食材が 食卓に並べられるか 腕の見せ所・・・といったところだろうか 台所に立つ時間が 長くなりそうだ
恵みが与えられたことに感謝して 大切にいただきたい
秋
栗ご飯に きのこのお味噌汁
秋刀魚の塩焼きに
里芋の煮物
衣かつぎに
からあげムカゴ
並んだ並んだ
秋が並んだ
お父さん お母さん
お姉さんと私
みんな揃ったらいただきます
みんなの笑顔もいただきます
パソコンが壊れてしまい 失ってしまった おはなしが・・・ なんと!なんと!私の元に戻ってきました こんな拙い物を 大切に保管してくださって 心から感謝します ありがとうございました! 心が躍ります!!嬉しい・・・
またパソコンが 忘れてしまう前に 載せてしまおうと思います おはなし銀行みたいですよね・・・
今回のお話は 北欧の人たちが 妖精を信じていて 寝る前に台所にビスケットを置いておく 夜 妖精が来て 家の仕事を進めてくれて 帰りに食べていく・・・ それは人間からのお礼だ・・・というお話を聞いて 書いたものです 情景は浮かぶものの やはりお話にしていく力がないです 一度に頭の中で起こる事を書き留めるのって 難しいです・・・
満月の夜に
一日中 とても天気がよかったのです そしてそのままお日様は空を燃やしていきました そんな日の夜は 空のお仕事をねぎらうように 星が優しく 輝いて 癒していきます これからはじまる素晴らしい光景を みんなに知らせるかのように
そしてその時はやってきました 欠ける所の無い 完璧な円が あたりを 明るくし始めたのです 赤みを帯びたその円は いつもとは違った色で 表情豊かに 昇り始めてきました 静かでひかえめな いつもとは違い 何かいいたげに こちらを照らします
「ふぅーーーーーーーーーーーーー」
長い長い呼吸・・・・・ その円は 初めてお腹から息をしたように 大切に慎重に 空気を取り入れています
・・・・・・・満月 なんて素晴らしい形 輝き 色なんでしょう
少しずつ高くなるにつれて 満月の輝きは 白く鋭い光に変わっていきます 淡く赤みのある優しい光から 鋭く すべての内も外も見抜いてしまうような 光に移り変わるのです
昼間 身を隠していた者たちが やっとこの時がきたと言わんばかりに そこここでうごめき始めます 人には見えない者たち 伝説や物語にしか 現われないと思われていた者たちです かれらの形は様々で ごつごつと石ころのようであったり 透きとおって向こう側が見えてしまうものであったり 薄い羽根のあるものであったり 光り輝いて形のないものであったり
形は様々で同じ者はいないのです でもそれぞれに言葉を持ち どんな言葉でもお互いに分かり合えるのです
普段 人には見えない彼らですが どうしても姿を隠せないのが 満月の夜だったのです ゆっくりと高くなる満月 この満月の光にあたると どうしても「影」を落としてしまうのです 影が見えると彼らの存在は人にもわかってしまうのです
彼らはその影を隠すのに あれこれ思考を凝らすのでした 木の洞に隠れこむもの 水の中に入り込む物 揺れる木の枝にしがみつき 葉に似せて揺れる者もいます
それぞれが工夫して 何とか満月の光が作る 影が見つからないようにするのでした この夜も それぞれが自信をもって影隠しをしていると まだ生まれて間もない仲間が5人 満月の影の事を忘れて 枝から枝へ 草から草へと 追いかけっこをはじめました 「僕の足に勝てるやつなんかいないさ」 「あーら!やってみなけりゃわからないわ」 「ずるいよ 僕だって本気を出せば早いんだ」 そんな事をきゃっきゃと話しながら 動き回っています 満月の光に体は美しく映え 影が5つ動いています 彼らの声は人には聞き取れませんから もし近くに人がいても ブーンブーンという音にしか聞こえないでしょう 満月がだいぶあがってきたころ ざわざわしていたあたりが 静まり始めました 人が歩く時がきたからです 人はこのあたりでうろうろするおおかみが 家畜にいたずらをしないように 大きな銃を手に 見回るのです 「きたっ!」 それぞれが自信を持って影を隠していますから 見つかるはずがありません 中にはいたずら好きもいて 人が通る木の上で 「きゅっ」と声をかけたりしました 人には何の音かわかりませんから 枝が擦れ合った音だろうと 気にもとめませんけれど… 「もしも気がついたら」・・・なんて彼らがドキドキワクワクするには 丁度良いいたずらです
さて さっきの5人は… 大変! 追いかけっこに夢中で 草の上を転げまわっています 満月が明るくて 走りやすいせいもあるのでしょう
人の足元に近づいていきます
『だめだめ 気をつけて!』
誰もが心の中でそう叫びました 『あっ!ぶつかる!!』
と・・・そのとき
あたりにたくさん動くものが・・・・ 人は足を止めてあたりを見回しました 満月の光があるとは言え 夜ですから はっきり何かを見ることができません ただ…何かが・… 頭の上を横切ったり 浮かんでいるようにも見えたり 風で飛ばされているようにも見えます 人は最初 虫が飛び交っているのかと思いました でもそれはあまりにもさまざまな大きさで 動きもまちまちで 鳥のように見えるものもありました 「……これは……」 人は 昔からこの地方に伝わる 妖精や精霊の話を 思い出しました
「これがあの 物語で聞いた 妖精かもしれない… だとしたら このまま知らないふりをしたほうが良さそうだな」
歩きながら食べようと 家を出る前に掴み取ったビスケットを ポケットから出して そっと足元において ゆっくり注意深く歩き出しました 妖精達は 自分達がうまくやったと思い 安心して人の姿をやり過ごしました 驚いたのは そこに置かれたビスケットです 妖精達も年をとった仲間から 話に聞いているだけでした 昔 妖精は 真夜中に人の住む家のなかに忍び込み 繕い物の手伝いをしたり 壊れた椅子を直したりして 人の仕事の手伝いをしました それは人と妖精が とても信頼しあっていたからです そして必ずビスケットをいただいて帰ってきたのです その お話しでしか知らなかった ビスケットが いま 目の前に… みんな大喜びです 「人が靴を直したときに落としたんだ」と 誰かが言います 「私達を知っていておいていったのさ」と言う者もいました 子供達にしてみたらどちらでもいい事 はやく ビスケットを口に入れたい思いでいっぱいです 1人がすすっとビスケットに近寄り 小さなこぶしで トントンと叩くと きれいに同じ大きさと形に割れました 何でも分けてしまう妖精の魔法でした
待てないといった様子で 生まれた順に ビスケットを取ります みんなにいきわたると 乾杯の時のように 高く掲げて 「満月に・・・」 と誰かが言うと みんなが続けて 「満月に・・・」とそろって言いました
それぞれにビスケットを食べる者 大切に包んで持ち帰る者 いろいろです 1人また1人とものすごい速さで 何かに吸い込まれるように消え始めました
思い出したように辺りをなでる風は 眠さのあまり あたたかくなることも忘れ 冷たいままゆっくりと通っていきます
最後に夜風が 大きな楡の木に別れを告げたとき 遠い空の果てが 黒から 蒼へと変わり始めてきました
・・・・・おわり・・・
妖精の話や魔法使いの話は 形や 何者であるかを はっきりさせたくないものです できるだけ想像したり 空想することができたら そんな風にお話を楽しめたら素敵です 楽しみたいし 楽しませてみたい ちゃんとおはなしの勉強もしないで そんな夢ばかり膨らませて・・・ でも・・・書いている間は とても楽しいです
そういえば・・・ もうすぐ中秋の名月ですね 9月21日・・・芋名月 月光浴ができるといいですが・・・
劇団キャラメルボックスを 観にいきました
池袋サンシャイン劇場です
従妹がファンクラブに入るくらい 魅せられていて よく行くらしいのです 上川隆也さん という俳優さんの所属する劇団です 今回の公演について 従妹が声をかけてくれたのは 忍足亜希子さんが出演するからです 「アイ・ラブ・ユー」という映画の主演女優さんです とても美しい女性・・・ ろうあ者劇団員だったと思います 聴覚障害者です NHKの「みんなの手話」にも出演しています 稀に見る演技力と美しさに 誰もが彼女に惹かれるのではないでしょうか
演目は「嵐になるまで待って」です 登場人物は自分の声が好きになれない女性 男の声みたいだといわれ 声のせいで好きな人からも 愛されないと思い込んでいます でもそれを武器にしようと 声優になるため アニメのオーディションを受け合格するのですが・・・ そしてアニメの音楽を担当する青年・・・ (彼のお姉さん役が忍足さんです) 小さいときに 母親を失くし 酒びたりと暴力の父親と過ごしていました 姉は聞こえないため 弟である彼は 小さいながらも必死で姉をかばい 守り続けます ある日父親が飲み友達を連れて家に帰ってきます その友達は酔った勢いで 姉に襲い掛かります 姉は声が出せず 弟が助けようとしますが 子供の力では どうにもできません 姉が気を失って 気がついたときに 家は全焼 弟と二人 その様子を眺めていました その時 姉にはことの次第がわかりませんでした その日から弟の能力が目覚めてしまうのです 人の思っていることがわかってしまう力と 心で強く思うと実際に起こってしまうという力 子供二人で生きていくには 必要でした 姉は気がつくのですが 弟の力を止めようとはしなかった そこから悲劇が始まるのです・・・・ 弟は自分の思い通りに人を操って成功をおさめてきたけれど 次第に人を殺すまでになってしまう 人の記憶をなくしてしまったり 声をとってしまったり でもどれも 姉を思う弟の愛だったのです 最後には この弟は自殺してしまうのですが・・・ 声があるということ 無いということ 大切な人を守るということ・・・ 愛するということ・・・ 伝えるということ・・・・ 言葉というものの意味・・・ たくさんの課題が与えられた作品だと感じました
私が聴覚障害者と話をするとき 日常会話から一歩入ってところで 自分の感情や 気持ち 思い 考えを含めて 伝えようとすると 本当に奥深いところまで 表現しきれないことがあります 私に手話の力がないからなのですが あきらめずに知りうる限りの表現方法を使っても わかっていただけないことがあります 聞く と 見る ことの違いが これほど大きいものなのかと 当たり前の壁にぶつかります 何気なく聞いている言葉の中には たくさんの感情が含まれていて 瞬時に理解しているということ 聴覚障害を理解するというのは このあたりも重要なことのひとつなのではないでしょうか もっとも 障害に関係なく 伝わるもの伝わらないものが 人それぞれにあるのですが・・・ あえて 忍足さんをお芝居に起用したというのには きっと 演出家にいろいろな意図があるのでしょう
愛されたいから声を捨ててしまう女性 声を与えられなかったことで歪んだ愛で守られる女性 心を操られたから好きになったのではと自分を疑う男性 守るということの意味をはきちがえた男性 さまざまな人間を台詞と演技で表現します なんとも芸術的で 素晴らしかったです お芝居の中には 笑える場面もたくさんありました 久しぶりに見る生の演技は やはりいいものです スピード感もすごい迫力ですが 演技という表現方法で伝えるということもすごいです 濃厚な準備期間を経て こうしているのだろうなと・・・
椅子と机 大道具 小道具 空っぽの空間なのに 人が動き 言葉を並べることで 作品が出来上がっていきます 心の中には目に映った動きや たくさんの言葉がぎっしりと詰め込まれて 帰るところへと向かいます 私の中では 確かに何かが変わり 余韻を残しているのですが また いつもの日々が流れていくのです 生活感のないこんな一日も きっと必要なのでしょう
ふたり・・・
私とあなたの間には なんてたくさんの音があるのだろう
あなたと私の間には
まったくの静寂しかない
聞こえる私 聞こえないあなた
二人を取り巻く風はこんなにも違うのに
想いは同じ
ビデオを観に図書館へ出かけました 土曜日とあって 少々込み合っていますが 待つ手段はいくらでもあります 本を読んだり図鑑を眺めたりするうちに 予約の時間 本日選んだビデオは「ジュラシックパーク�掘廚任� ヘッドホンにゆったりソファー 静かな環境で もちろんただです ジュラシックパークは2作とも観ているので 3作目はなんとなく読めてくるようで 期待はありませんでした ありえない事故から またしても博士は 恐竜の住む島へ 行くはめになり 嫌と言うほど命の危険にさらされて 観るものをドキドキはらはらさせるのです と 簡単に説明していますが すっかりはまり込んで 楽しんでしまいました 恐竜は ティラノサウルスをしのぐ大型のものが 生息しており ものすごく長い名前で 一度ではとても覚えられませんでしたが Tレックスと獲物の取り合いなどしてしまうのです �機´供,杷郢里�学んだ結果 恐竜は 霊長類以上の 知能と言葉を持ち グループを形成していた という恐ろしい事実がわかったところから始まったものだから どの恐竜も前回よりも 賢そうに見えたりします 前回と違って ラプトルの鳴き方が 色々ありました 「やられそうだ!たすけてくれーー」 あ・・・これラプトル語でです 「そっちにまわれ」「俺が話をつける」 「周りを囲め」「まだ手を出すな」「レックスがくるぞ」 などです・・・ 「クゥオックゥッオ」「ピキーー」 「シャーーー」「ガルルルル」 ・・・としか聞こえませんが 内容はそうなんだと思われます つまり・・・知能が高いと言いたいわけですが・・・
博士の助手が ラプトルの巣から卵を盗み出し ラプトルに命を狙われたとき 助手がお金儲けのためではなく 研究のためにしたことだと博士に告げるところで 「人間は なんでも研究のためにと言い訳をし とんでもないことをたくさんしてきた 自然界を破壊し 神の領域まで侵している・・・」 というシーンがありました なんとも考えさせられる言葉・・・
映画やドラマでしかありえないような クローン人間 UFOに学ぶ飛行法 宇宙人との交渉 恐竜の再生 タイムトラベル どれも本当にあってもおかしくないと思える時代になってきました 研究のために 多くの犠牲を払い 未知や不思議が明らかになり 不可能が可能になっていきます 人類の目覚しい進歩が注目される裏には 失敗や誤算があり 命が消されてきました おぞましく恐怖の塊のような恐竜でさえ 無責任な人間の 興味や研究で再生されたのだと思うと 鋭い歯をむき出し 天地に響き渡るような 叫び声を上げる画面を見て 恐竜が悲しい生き物に見えてしまいました あ・・・お話に入り込みすぎてます ありえないことが起こる世の中です 東京の街を 恐竜が走り 巨大ロボットが敏速に闘うシーンも そう遠くなく見られるような気持ちになってしまいました
すっかりビデオに影響されてる気がしますが・・・
〜から・・・人類・・・そして〜
地球の手のひらの上で
たくさんの生き物が
姿を変え 生き方を変えてきた
全てに終わりがあるのなら
「今」を預かる人類は あとどれくらい この手のひらの上で
遊ばせてもらえるのだろう
娘の幼稚園の書記係を始めてから半年 父母の会が開かれた後 お便りにその内容を書いて 読んでいただくのが仕事です 毎月交代で書いているので大変さはなく 結構楽しめる仕事です 今月は私の当番 早速家に帰ってから 急いで書き取ったものを読み返します カセットにとったものを聞きながら パソコンに打ち込んでみたりもします いまどき珍しく 全部手書きです 少しばかりあたたかみが出るかしらと 二人で相談して始めたことです B4の原稿に書き込んでいきます いつものように書き込んでみたものの おさまらない・・・・ いつもと大して変わらないのに 今日はおさまらないのです 無駄なスペースをとりすぎたかしら 挿絵を意識しすぎたかと もう一度書き直し! かなり文字を詰めて あと少しで書き終わるころ またしても20文字ばかりがおさまらない・・・ 内容は削りたくない できるだけ伝えたいと思うからです 丁寧語はやめようとすると断定的でおかしなものになります 「・・・心も体も一回り大きく成長したようでうれしく思います・・・」 なんていう文も 「・・・心も体も一回り大きく成長したようでうれしく思う・・・」 「・・・うれしい」「・・・うれしく思った」 「・・・うれしいのだ」「・・・うれしく思うのである」 と 急に想像する顔が笑顔から 威張り顔に変わってしまいます ・・・そんなこと感じるのは私だけかもしれませんが 優しい雰囲気も伝えたいと思うわけです こんな書記は失格ですよね・・・ 結局3度目を書き始める前に そぅっとそぅっと削り取り おさめてしまいました ・・・そぅっとでなくてもよかったですね でも 苦労するのは先生のお話のところだけ あとは好きにできます 除草作業のお礼や バザーの協力の呼びかけ 十五夜さんのおすすめから 秋のキャンプ情報 いかにたくさんの参加者を募るかがかかっている 人気のない講演会のお知らせ・・・ 絶対笑いをとるぞって言う意気込みです お便りなのに・・・かわら版になっています 幼稚園の入り口に立って 「はいはいー 今月のお便りには 楽しいことが 盛りだくさんだよぉ さぁ 読まないと損しちゃう みんなぁ 読んだ読んだぁー」 ううう・・・そうしたいくらい・・・
人を笑わせるのが大好きな私は こんなところにまで 笑いを取ろうと 頭を痛めるのでした
新聞
読み出しで心をつかみ
進めていくうちに 顔は紙面に近づけられる
なぜ?と感じさせ
そんな!と思わせ
そうなのか・・・と考えさせる
小さな記事でも 充実感が与えられる
そうさせるのが 一流記者
子育ての真っ最中です・・・ という人がよくいます 子育て中で大変ね・・・ といってくれる人がいます 私にはどちらの言葉も合わないような気がします 私が子供に育てられているからなのです・・・親育て・・・ と いうと子供がやけにしっかりもののように聞こえますが それとは違います
つまり・・・ 私の希望する子供像には あてはまらないという感じでしょうか 想像を絶する というのでしょうか 自分が理想とする母親になれないというのでしょうか ・・・全部です
母親って 皆さんそうなのかしら・・・ まず健康に生まれてきてくれたことに感謝します ミルクを飲むことに感謝します 笑うことに・・・泣くことに・・・ 寝返りを打つことに・・・お座りすることに・・・ 一つ一つに喜び感動し日々が過ぎていきます それが次第に こうできるといい こうさせたい という「欲」に変わってきます もうこれができてもいい年だな とか これができたから次はこれだなとか・・・ 「欲」が多く強くなります 子供にはそれぞれのペースがあり それぞれに関心が違いますから 足踏みそろえて成長するわけではありません と・・・頭ではわかっていても わが子が目の前で 同年のお友達よりも 遅れている事があると 我が事よりも 気になり ショックを受けるのです 第二子ですと「まぁほっといてもそのうちできるようになる」 と 気にならないものが どういうわけか一子というものは 全てが心配で気になって それらが母親の責任であるという気になってしまうものです どんなにころころと何事もうまくこなすお子さんでも 母親は必ず何かを抱え込んでいるようです 何もかもが初めての経験だからでしょうか このごろ思います 何とかして育てようとか この子の言動は 私の責任であるなどと思うのは 止めてしまおう もっともっと楽に楽しく過ごして行こうかな ・・・・と そう思えるようにしてくれたのも 我が子です 思い通りになんて しようとするほうが間違っていた この子には この子の持っているものがある それを見つけよう 認めよう 言葉ではそれを望まないけれど 日々の生活の中から そういう声が聞こえてくるようになりました ただただ 愛しく その思いから 怒り悲しみ苦しみ悩むのですね 愛しいからなのですね 子供にわがままになっているのは・・・私 子供に求めて して欲しくて だだをこねている私・・・ はぁ・・・恥ずかしくなります
子供
まるで
天使のようなあなた
でも天使にならないで
だって天使なら
羽ばたいて 行ってしまうから
行かないで 行かないで
どこにも行かないで
もう少し一緒にいさせて
もう少しママでいさせて
もう少しこの腕に抱かせて
お休みのキスをさせて
クーちゃんのお話もシリーズ化してしまったみたいです だって・・・クーちゃんたら かわいすぎるからよね
ここ一週間ばかり 突然吠え付いて クーらしくもなく それが長い時間続きます 何に吠えているのかはわかっているけれど やっぱりクーには許せない存在なんでしょうね・・・
真っ黒でまだ子供のクロネコ・・・ おしゃれに真っ赤な首輪ときているから むちゃくちゃにかわいいのです 魔女の宅急便のジジ・・・・・そのもの どこかに魔女が越してきたのかな?
実はうちの前の路地をまっすぐに行った所の猫様なのですが クーをからかいにきている・・・らしいです いや・・・そうに違いない・・・ 退屈な毎日だから ちょっと犬でも鳴かせてこようと そんな気持ちじゃないかしら・・・ ええっ?違うかしら・・・ そうじゃなかったら・・・ 真っ黒に赤い首輪・・・カラーは同じなのに 声が違うのはどうして?って・・・様子を見に来ている? あと考えられるとしたら・・・ クーちゃんを好きになってしまって 毎日会わずにいられなくなってしまった? ・・・どれかなぁ
クーのつないである長ーーい鎖が伸びきって その先1メートルのところで横になってたりするの・・・ やっぱり・・・からかってる? それとも一番魅力的に決めてるの? わからないなぁ・・・猫の気持ち・・・ そのあいだずーっと クーは吠え続けて 「どういうつもりだよっ」 って怒っているのですよ 今朝も 同じようにクーが吠えているから あ・・・ジジだなって窓からのぞいたら クーの視線は木の上なのです 今朝は 鳩に吠えてるのか・・・ と 木の上を見ると ・・・ジジだわよ・・・(勝手に呼んでいる) 「ちょっと見てよ あいつさ 木に登っちゃってるんだよ なんだよ どうなってるんだよ あいつってなんなんだよ」 私の顔を見ては 猫に吠えるクーは そんなこと言っているようでした
ジジさんも絶対に触られないようにしています 磁石の極が同じになったように いつも距離を保って 私を見ています ねぇねぇ 少しだけ仲良くならない? 「やだな」 即答されそうです うううっ・・・いいこいいこしたいのに・・・
でもね 毎日来てくれるっていうことは ここに関心があるっていうことだから 嫌われてはいないっていうことですよね っていうことにして・・・・
・・・・いつか私と遊んでね むふっ
黒猫
暗い暗い真夜中に
闇を吸い込んで生まれてきた
瞳は月のように輝いて
体はしなやかに流れる
長い尻尾の先にまで
自分の魅力を意識して
見つめる者の
視線をもてあそぶ
美しく妖艶な姿
夕べは手話の講習会だった
夏休みと交流会で なんと8月の講習会は 一度もテキストを開かなかった事に気づいた 「右から左に忘れてるわぁ」 そんな声があちこちから聞かれる
ピアノを猛練習した後 一週間弾かないと 指が動かなくなっていたという経験がある 手話にも言える 使わないと手が動かなくなる 単語の数からすると さほど多くないのが手話である 使いまわし・・をする ひとつの手話に なんとたくさんの意味があり その使い方には 驚くほど多いものもある
夕べのポイントは 「指を使って明確にあらわす」だった 「私には3人の子供がいます 長男 次男 長女です」 という例題・・・ 右利きの私は 左手に3本指を横向きに出して 上から「男」中指で「男」薬指で「女」とする 8月の予定は・・・というときは 左手に4本指を出しておいて 人差し指が一週目 中指が第二 薬指が第三 小指が第四週目と表し ひと指し指を触って 「第一は会議」 中指と薬指を触って「第二と三は勉強会」 小指を触って「第四は講習会」 というように 目に訴える
・・・・と そこで素朴な疑問・・・ 12人兄弟は・・・どうしよう 自分がそうでないからいいけれど きっと同じような疑問を持つ人が現れる そのときにどう説明しようか・・・ そう思ったら聞かずにはいられなかった 隣の女性に尋ねると とてもわかりやすく 「一度に全部出しておかないで 一人ずつ説明していくのよ こうして 5人まで数えたら ひとつずつ減らしていくか・・・」 ・・・そこで沈黙・・・・ 「10人以上ねぇ・・・」 あ・・・ごめんなさい 相手にわかれば その場で努力・・・ですね 「兄弟はともかく 家族が両手では足りなかったら どうするのかしらね・・・」 うーん・・・ 早速 聾者の講師に尋ねた 「あ・・・それはね・・・ひとり・・・ふたり・・・ ってやっていくでしょ?それからね・・・ ・・・・・・・???」 手話が止まる 「わからないや・・・」 (笑) 手話通訳士の講師も 「はっきりとしたやり方はないけれど 私はこうやるわよ」 と・・・あらわした 最終的には 相手に伝わるようにあらわす努力を すればいい・・・と言う結論
「私には3人兄弟がいる兄と弟です」 という文章も 「私」「兄」「弟」「いる」 という手話を使うのと 「私」「3人」「兄弟」「兄」「私」「弟」 丁寧にわかりやすく・・・と考えるあまり 無駄な手話がたくさん増えてしまう 省きすぎると 伝わらない 整理して伝える 一瞬にしてその判断をする これが技術だろう 迷わない 間違えていないのにやり直さない 止まらない わかっていても まごまごしている
伝達のスペシャリストには まだまだ遠いと感じた
目
心の声を 目で聴き入れてください 心の言葉を 目から受け入れてください
目でも耳でも
感じるのは心
伝え合うのは心です
この家に住んでから9年が過ぎようとしています 古い日本家屋のため 色々と問題はありますが 今年 初めて「蟻」が家の中にあがりました ものすごく小さい2ミリほどの蟻です
はじめ見つけたときは 蜂蜜のあたりで数匹がまごまごしていたので 蜂蜜の容器をよく洗い 冷蔵庫へ避難・・・ しばらく気にしながら 見つけてはつまんでいました はじまりはその時からです いったい何に来ているのか 何処となく歩いているのです テーブルの上であったり お鍋のふちであったり 列にはなっていませんが ・・・いるのです
気になるというのはこういうことでしょう すこしでも動くものがあると 「蟻?」 という大声・・・ よく見ると白ゴマだったり・・・ 風で動いているゴミだったり・・・ 暑さが落ち着けば 蟻も落ち着くのでしょう 蟻の気持ちとしては もうすぐ涼しくなってしまうから 今のうちに少しでも蓄えたい なんでもいいの 食べものないかしら・・・ ・・・・そんなところでしょう つぶしてごめんね
お願い 蜘蛛にも蟻にも言いたいです おうちの中だけは勘弁して・・・
今日も変わらない蝉時雨・・・ 元気な子供たちは 水を浴びたような汗です
残暑
いつまでも頑張る夏に
秋が微笑んでいるよ
「いつまででもいいからね
気がすむまでいてもいいからね」
・・・そういわれると
夏は照れながら
少しずつ秋に譲る
思いや言葉で人と接する こちらが投げかける言葉に 相手が答え 相手の伝える思いに こちらが答える 納得がいくまでやり取りを続けて わかりあって終わる
どうしてだろう こういうやりとりに 気持ちがついてこない
「そうか うん わかった」 平穏に終わった会話のあとでも ・・・私・・・なんとなく 好意を持たれていないのかな 「とっつきにくいかしら」 なんて感じてしまったりする
とっつきにくい 変わった言葉だけれど 人を受け入れないことを くだけてあらわしただけ・・・ 人をとっつきにくいと感じるものは何だろう 人に感じさせるとしたら何だろう
「きっとね・・・ 自信がないからだね そうでなかったら こんな人だったのかと がっかりされたくないから? それと・・・あとは・・・ 人と腹を割って関わっていって 自分が傷つくのが嫌なのかもね 逆に傷つけてしまうのも嫌だし・・・」 ・・・思いつくことを並べてみる 人と関わるには まず自分の心を開いて さらけ出さないと 相手の声は聞こえないと思っている たとえ偽りであっても 自信を持って行動しないと 周りが不安になる 評価を気にしていたら 自分らしく行動できなくなる
頭ではそう考えるけど できてはいないのかな
前向きな自分と そうでない自分 もしかすると こんなひとつひとつから とっつきにくさは生まれてくるのかもしれない
もっと自然に 気負わずにいられないものだろうか 自由に 形にとらわれずに・・・ こうでなくては・・・が多すぎるのかも どうしてもそうでなくていいじゃないか・・・ そう思うと いくらでも外れていってしまいそうな怖さ 出会いや経験で 少しずつそういう怖さもはがされていく 受け入れられなかったものが受け入れられるようになり 許せなかったものが許せるようになり 表現できなかったものができるようになり 余計なものは捨てられるようになり ・・・と感じているのは自分だけで・・・・
本当はできていないのかも・・・
言葉に敏感でありたい自分・・・ 過敏になり悩む自分・・・
人と人
人に傷つき
人に慰められ
人に嫌われ
人を好きになり
人から離れては 再び人を求める
人は人と
関わらずには
生きることができない
人から逃げることができない
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