いっしょくんの日記

 へ(* ̄ー ̄)> 
なんとなく 書くんで〜
なんとなく 読んで下さいね。

2003年01月31日(金)  園舎

 娘の幼稚園は 創立80年以上になります
 震災の後で建てた物だそうで
 耐震建築のようです

 その園舎が
 今年建てかえられることになりました
 これはすごいことです
 バザーやリサイクルバザーで
 頑張った収益が 生かされるときがきたのです
 どんな園舎になるのか 
 わくわくします

 今の建物は
 昔 教会の牧師さんが住まいとして使っていたものを
 増築したもので 年少の部屋の奥には
 お風呂があり 台所もついています
 もちろん使っていませんが
 もったいないスペースがたくさんあります
 木造の階段をガタピシさせながら上がっていくと
 納戸と洋間が2つに分かれてあります
 住まいだった頃には 寝室だったのではないでしょうか
 今ではすっかり仕事部屋となり
 母たちが出入りしています
 
 建て替えている間の 子供たちはどうするのだろう
 バザーは? 園庭は? 親の会は?
 たくさんの疑問を解決しながら
 子供たちの城ができる日まで
 みんなでやりくりします 

 娘がいるうちに間に合ってよかった
 新園舎から卒園する 第一号ですものね




    木造


   暖か味のある佇まいも

   古くなりすぎた

   床はささくれだって

   柱は傷だらけ

   だけど魂が宿り

   子供たちを守り包み込んでくれた

   子供たちとの出逢いと別れの

   繰り返し

   大きな古園舎

   嬉しいことも

   悲しいことも

   みんな知ってる

   あの歌の時計のように

    



2003年01月30日(木)  都会

 はい
 行ってまいりました 東京ドームです
 
 十何年振りでしょうか
 ヤクルト対日本ハムの試合を観に行ったことがあります
 富士フィルムのバレーボール選手に
 関心のあった頃で
 あまり野球には興味がなく
 ドーム弁当 というお弁当に感激したのを覚えています

 新宿におりついて 地下を通ってJRに・・・
 あのあたりは本当に複雑です
 それを逆手にとって!?
 どれに乗っても 新宿近郊なら
 たどり着くという利点もあります
 中央線に乗って 水道橋へ
 都会だなぁと思ったのは
 車掌さんが女性だったこと
 なんかいいですね ちゃんと聞いていたくなります
 あふれてくる人・・・人・・・人・・・・
 知った人など1人もいなくて
 二度と会うことのない人ばかり
 そんな風に人を見ていたら
 人間てなんて多いんだろう・・・
 とか 思ったりします

 水道橋は後楽園遊園地や ボリショイサーカスで
 子供の街みたいでした ドームに隣接してできた
 ドームホテルが聳え立ち
 ドームが見えにくくなっていました
 
 そして・・・私は今までこんなにたくさんの
 ご婦人(おばさんとは呼びません)を見たことがありません
 99・6%はご婦人でした
 その波が ドームへ吸い込まれていきます
 入り口では物々しく 手荷物検査があり
 カバンをかなり丁寧にかき混ぜられました
 「不審な人物や不審物を見たら
  すぐに係員にお申し出ください・・・・」
 なんていう物騒な貼り紙もあります
 都会だなぁ・・・なんて思いながら中へ
 スタンドから見下ろす大きなグランド(とは言わないのかな?)には
 人工芝を保護するためのマットが敷かれています
 こんなことでもないとは入れないグランドですから
 ちょっと嬉しかったりして・・・
 会場まで下りていくのが大変・・・長蛇の列です
 会場も広さで感じられませんが
 ものすごい人です 地図の載っているチラシが配られ
 それを見ながら自分の位置を確認し
 見落としの無いように歩き回ります
 
 作品は どれもこれも素晴らしいとしか言いようがないのですが
 見に来る人たちは 目が肥えています
 まずミシンであるか手縫いであるかを見抜き
 (中にはルーペや虫眼鏡を持つ人も!)
 「ミシンならこのくらいできるでしょう」と評価して
 「まぁ ミシンでも大変な仕事だわね」と評価しつつ
 がっくりして見せます
 そのパターンのご婦人が多いこと

 やはり総手縫いは 見応えがあります
 1年2年と かかる日数も長くなります
 創作キルトも個性的で良いのですが
 やはり古典的なパターンキルトが好きです
 何千枚のはぎれでできているものも多く
 時間もさることながら場所も必要だろうと思われます
 
 伝統のアメリカ・イギリス・韓国のもの
 博物館に置いておきたいような貴重なものもあります
 赤毛のアンに出てくるような
 お茶の時間には手作りのお菓子を焼いて
 時間に遅れないようにいただき
 おしゃべりをしながらパッチワークをする
 そんな光景が浮かんできます
 
 実際にキルティングを刺す様子も
 所々で見られました
 やはり日本の指貫や針の長さ
 糸の質では 微妙にやりにくいことがわかりました
 確かに長い時間キルティングしていると
 日本の指貫をしている以外の指が傷つき
 違うところに針が当たることがわかります
 私程度の者でも針のお尻の当たるところは
 指の皮に穴があき むけてきますから プロなら想像以上でしょう
 道具と手の装備の仕方を見てきました
 長時間仕事なので 座り方や布の広げ方など
 ちょっとしたことではありますが
 感心することばかりです
 でもそのちょっとしたことが
 コツであり 美しいキルティングを作り出せるのです

 私が1番感心したタペストリーは
 藍染だけでできているものです
 藍染は色合いが似ているので
 柄を集めるのに苦労します
 そしてその柄のパターンのカタログまで飾ってあり
 こんなものまであるのかと ため息が出るほどです
 2メートル四方の大作でありながら
 細かいパターンでできていて
 どれも柄が違っていました
 コーナーを設けるほど 作品の豊富な藍染めでした

 とにかく莫大な時間と生地と糸が要ります
 お金がないとできません! 言い切ります!
 ショップでは 出来合いの小物は1点が
 だいたい5千円以上 キットが半額 型紙がその半額
 といったところが相場のようです
 手が込んでいるだけにいいお値段です

 そのかわり はぎれだけならお安いです
 型紙やパターンが家にあるなら
 はぎれをそろえるだけで十分です
 カントリー調から小花 和布 ハワイアンなどなど
 欲しくなるはぎればかりでした
 今 パッチワークする時間もお金もないから
 目の保養・・・

 1日中 日のあたる場所で パッチワークしていたい
 ・・・でも 体にはよくないような気もしますね・・・



    キルト


  ひと針ひと針

  思いを込めて刺し続ける

  古いものを大切する心

  何度も生まれ変わる布と糸

  パッチワーク アップリケ

  刺し子 キルティング 

  女性の優しさやセンス

  賢さがたくさん詰まった

  豊かな豊かな 布

  

  
 



2003年01月29日(水)  迷い


 そりゃあ・・・まぁ

 迷います

 今 東京ドームで
 東京国際キルトフェスティバル
 と いうすごいものをやっています
 
 何がすごいって
 日本中のキルト屋が集まったかのような
 キルトショップ
 日本のキルトよりもはるかに歴史の深い
 世界中のアンティークキルトの展示
 日本で有名なキルト作家の作品
 第一回日本キルト大賞作品
 各地のキルト好きから寄せられたキルトを
 つなぎ合わせた巨大なタペストリー
 
 なんだかため息の出そうなものばかりです
 テレビで有名な キャシー中島さんや
 三浦百恵さんも出品しているとか
 見たいなあ と思っていました

 そこにチャンスが舞い込みました
 娘の幼稚園が 卒園遠足のため
 休園になり 私は諦めていたのに
 そこを利用するべきだと
 お友達が声をかけてくれたのです
 
 これは・・迷います
 お金もかかることですし
 それを見ないと どうかなってしまうものでもないし
 いいよいいよ・・・なんて言っていたのですが
 このところ 気が沈むことが続いたのを気にかけてくれて
 「1人で好きなことしておいで」
 と言ってくれたようなのです

 ありがたいなぁ
 お気持ちを素直にいただいて
 行かせてもらおうか
 やはりそれは わがままにしか過ぎないか 
 そこで 悩みのスポットにはまるのが 私なのです

 ネットで行き方も調べて
 行くなら8時半に待ち合わせです
 その時まで悩み続けていよう

 なんてグジュグジュしていたら
 そのお友達からメールです
 「親切の押し売りになってる?」
 ちがーーーーう!!
 私の悪いところ!!
 よーーーし!!
 思い切って行ってこよう!!
 楽しむぞぉーーー!



     気遣い

 
  
  気遣ってもらったことに気遣って

  気遣ったことに気遣っていることを気遣っている

  きりがないね

  その気持ち
 
  いただくことにしよう

  ありがとう 
 



2003年01月28日(火)  平城山

 祖母が大好きだった歌の中に
 「平城山」があります
 
 今朝 母がこんなことを言っていました
 「おばあちゃんのお葬式に
  平城山を流すの忘れたわ
  くれぐれも葬儀の時には平城山をかけてって
  何度も何度も言われていたのにねぇ」

 母は 歌を歌います 声楽家というのでしょうか
 この歌は 母の十八番で 何かにつけて歌い続けています
 なんとなく聞いてはいましたが
 この歌は 恋する人の歌だと・・・
 確認の意味で母に尋ねました
 『確か・・・恋する歌だったよね』
 「そう・・・ね・・・・
  好きになってはいけない人のね・・・」
 しみじみと語っていました
 気になって歌詞を調べてみました
 
    平城山(ならやま)
           作詞:北見志保子
           作曲:平井康三郎

  1 人恋ふは
    悲しきものと
    平城山(ならやま)に
    もとほり来つつ
    たえ難(がた)かりき
  2 古(いにし)へも
    夫(つま)に恋ひつつ
    越へしとふ
    平城山の路に
    涙おとしぬ

 難しい歌詞で 内容を噛みしめたことはありませんでした
 ・・・・なるほど・・・
 恋焦がれた苦しさが伝わります

 「志保子は歌人・橋田東声と結婚しましたが
  のちに浜忠次郎と恋に落ちます
  志保子から引き離すために
  浜は 親族によって強制的にフランスに留学させられました 
  上の2首は、浜が留学中の昭和10年(1935)
  奈良の磐之媛(いわのひめ)陵周辺をさまよったときに作ったもので
  浜への思いを 磐之媛が離れて住む夫・仁徳天皇に寄せた思いに
  ダブらせて詠んだといわれます
  彼女はその後 橋田東声との離婚が成立し 浜忠次郎と再婚しました
  この2首に 志保子と同郷の平井康三郎が曲をつけ
  この名曲が生まれました
  1番の「もとほる(もとおる)」は「まわる めぐる さまよう」
  という意味」

 だそうです・・・ちょっと検索してみました

 インターネットで「平城山」を検索すると
 曲が聴けました あわせてバリバリ歌ってみたら
 子供が悲しい音だからやめて・・・といいます
 なんとも切ない歌ですね
 祖母はどんな思いでこの曲を慕っていたのでしょうか・・・



    恋歌


   詩と音が

   穏やかに絡み合い

   切ない心に

   漣のように

   寄せては返す

   思い出しては涙して

   忘れていられた「時」に感謝して

   そしてまた

   歌を聴く

   

   



 

  



2003年01月27日(月)  会話


 手話の講習会も残すところあと3回となり
 大詰めです

 ビデオを読み取る講習会が
 ずっと続いています
 年配の聾者の手話が流れます
 まったく・・・読み取れない
 スピードについていけない
 方言がわからない・・・
 内容がわからない・・・

 テキストには 表す手話の単語が並んでいたり
 簡単な訳がついています
 このところ すっきりしない講習会なのです
 あれは何? これはなんだったのかな?
 そんなものを残して帰ってくるものですから
 気の重い講習会になっています

 そして今日
 結婚式の司会者に選ばれて
 「・・・・両家の結婚式です・・・不慣れではございますが・・・」
 そんな内容のビデオでわかりやすかったのです
 受講者の雰囲気も和やかです
 ゆっくりとはっきりと表していて
 読み取りやすいからですね
 
 そして今日最後の読み取り問題です
 「婦人部とは 結婚してから入るものだと思っていました
  私と妹は未婚で 抵抗がありましたが
  頑張りました・・・」
 と まぁ いきなりこんな風に始まっています
 日本語がおかしいぞ・・・
 そして何度もビデオを観ます
 すると 講師を務める手話通訳士の方が
 「ビデオの手話と テキストの訳が ちがう!!」
 と いいはじめました
 「私の間違いだったらごめんなさいね
  でももう一度見てください」
 と 申し訳なさそうです
 私には 読み取りすらままならないのに
 何がどういう疑いなのか まったくわからないわけです
 おかしいといったら この日本語だわ・・・
 そういいたいくらいです

 しばらくして何度もビデオを観ることで
 手話が見えてきました 初めはまったくわかりませんが
 回数を重ねるごとに 手話の一つ一つが何を
 表しているかがわかってきます
 通訳士の方のいいたいことも・・・・

 � 峪笋麓磴�ったので 婦人部の年配の方に呼び出されて
  生意気だと文句を言われた」
 という解釈と
 �◆峪笋鷲愎揺瑤僚�性に 若いのに呼び出すなんて生意気だと
  文句を言われた」
 という解釈です
 受講生の意見も 分かれてしまいました
 呼び出されたのは どっち? です
 こうなると 何度も見直して
 顔の表情や 体の向き 前後の流れから汲み取るしかありません
 �,任垢函’�配者に呼び出されて
 聾者が文句を言われます
 �△任垢函’�配者を呼び出したりして
 生意気だと 聾者は文句を言われます
 �△竜燭い�あったのは 体の向きを
 微妙に変えていたからなのです
 「私は婦人部の女性に」のときに設定した
 婦人部の位置に向き直り そこにいる人のように
 婦人部の中からの意見のように
 生意気だと言います その時の反対側は
 この女性ですから このときこの女性は
 年配者を演じているのです
 一瞬にして向きを変えて「文句を言われた」
 ために自分に戻ります
 わかりやすく言うと・・・落語のようです
 「おう!とめさん」『こりゃあ 親方!』
 なんていう感じです 微妙に向きや
 声色 目線の高さ 表情を変えているので
 わかりやすいですよね

 これが聞こえるのと聞こえないのとの差でしょうか
 声色や声の強さとは 気にせずに身についているものなのです
 それを分析して 見えない声を
 目に訴える体で表す難しさ・・・
 結局本当の解釈はわかりませんでした
 何度も見ても 謎は解けなかったのです

 手話から受ける誤解も 見かけることがあります
 このような表現の仕方 読み取る側の解釈の仕方で
 傷つけてしまったり伝わらないことがあるのです
 手話の難しいところではないでしょうか



    声色


   家族の会話を

   友達に話す

   私1人で

   お父さんとお母さんと

   お兄ちゃんと妹だって
 
   できるよ

   大きな声 太い声 低い声

   細い声 優しい声 高い声 
 
   乱暴な声 ひっくり返る声

   小さな声 泣きべその声

   私にはこんなにたくさんの

   声が出る
 
 
 



2003年01月26日(日)  自治会


 選考委員会の役がまわってきました

 区の中の組が6軒あります
 自治会の役が 一期2年ですから
 12年に1度まわってくる役です

 夕べ 選考委員会の集まりがあり
 自治会長にお願いする代表を決めるのに
 夜出かけると 3時間近くかかり
 結局明日集まりましょうということで
 今朝から 待ち合わせ場所に行きました
 前期で受けていた方に
 もう一期お願いするところから始まります

 選考委員は15名 都合が悪くて
 集まれたのは10名です
 前期会長のお宅へ・・・
 筋を通していただければ 引き受けますとのことで
 夕べちょっとした行き違いがあったようです
 みんなで丁重に頭を下げて 引き受けていただきました
 そこからが大変です
 会長 副会長 会計2名 書記と
 5名選出するのですが 引き続き受けていただくお願いもして
 会計と書記が決まりません
 選考委員の方は だいたいめぼしがついていて
 そのお宅へ伺います
 足の悪い方がお2人 ほとんどお年寄りばかりの
 選考委員ですから 移動もすごくゆっくり・・・
 お願いする先々で 世間話が始まりますから
 驚くほど時間がかかります
 でも 地元の方にしかわからないし 
 通れない路地を通らせていただき
 それだけでも感心してしまいます
 感心してばかりの私に お年寄りの方が
 ガイドを務めてくださいました
 「ここからが違う区なのね ここの家は
  お蕎麦屋さんの住まいで・・・」
 そんなことを聞きながら 10軒まわり
 結構お散歩を楽しむ感覚で歩いてしまいました

 だいたい50代の男性がターゲットですが
 その頃の方は 仕事や所属する団体の
 役を引き受けていることが多く
 多い方では 三つも会長だの書記だのを引き受けていて
 とても手が回らないとおっしゃる方も・・・
 「お断りはしません
  お役に立てることはさせていただきますが
  役は失礼させてください」
 と 良心的に断られます
 抜擢される方ですと 人間性も素敵だな・・・なんて
 感心したりして・・・

 結局後2人決まらずに
 明日は夜にまた集まるそうです
 私はちょうど手話の時間ですから
 丁重にお断りして・・・
 お年の方には 申し訳ないです
 
 早く決まるといいのですが・・・




     路地


    家の隙間の

    狭い路地

    曲がりくねって

    家から家へ
 
    小さな祠(ほこら)

    みごとな盆栽

    家族の洗濯

    煮物の香り

    「通らせてください」

    なんて声かけ通る
 
    路地は今時少なくなった




2003年01月25日(土)  カレー

 今夜のご飯
 娘からのリクエストは
 カレーです

 私はカレーがあることがあまり好きではないので!?
 滅多に作りません
 カレーを作ることは好きなのですが
 後始末がどうも・・・・
 少し多めに作って
 次の日のお昼ご飯に食べるようにするのですが
 ジャガイモが傷まないように
 しっかり火を入れるのが面倒です
 すぐに焦げ付くから底をこするように混ぜないと
 ゴリッとします
 食べ終わったお皿も 全体が黄色くて
 油だらけです 洗剤も大目に使うし
 2度洗いするようです
 そんなことで ついつい億劫になり
 カレーはあまり作らなくなっています

 久しぶりです カレー作り・・・
 しかも 辛くないカレーがいいと言うので
 カレーの王子様 を使ってみました
 今時のルーは 顆粒です
 ひと箱に スティックが4本
 本当に子供1人分から
 作れるようになっているのですね
 懐かしい感じのする 昔からの味でした
 
 少なめによそったら
 食べること食べること・・・
 あっという間におかわりです
 子供はカレーが好きというけれど
 確かに良い食べっぷりです

 これからはもっとたくさん作ってあげようかな


   
    メニュー


   学校から戻ると

   台所のにおいで

   メニューがわかった

   それでも必ず

   「今晩なぁに?」

   と 挨拶代わり

   くすぐったい想い出
 
  
 



2003年01月24日(金)  臭気


 引き続き 焦げ臭い我が家です
 
 上の娘のお友達が ゲームで遊びに来ました
 外で遊ぶなら誤魔化せるのに
 ゲームじゃあ 説明するしかないでしょう・・・
 「あのね・・・夕べおばちゃんね・・・
  激しく鍋を焦がしたから・・・
  この家どこへ行っても この臭いなの・・・」
 と 神妙に語ると
 『あぁっ はい 知ってます!』
 「へ?あなたの家まで臭ってた?」
 『あはは いや もう聞きましたから おじゃましますっ』
 「あら・・・そうなの? はーいどうぞぉ」
 どうやら娘が 学校で大きな話題にしたらしいのです
 この子も 娘から聞いたのではなく
 娘のクラスから 隣のクラスへ言いまわった子がいるとか・・・
 このぉ〜・・・
 そりゃあ 手話で顔はわれていますから
 あのおばちゃんかと 誰もがすぐにピンと来ることでしょう・・・
 とほほ・・・
 もしかするとこのお嬢さんは 来週になって
 娘の家はすごく焦げ臭かったと
 語るのではないでしょうか・・・
 じゃあ行ってみたい とかなったりして・・・
 ・・・考えなかろうっと

 それにしても火事にならなくてよかったなぁ・・・

 話題を変えて・・・・
 昨日 雨の中 お祭りがあったのですが
 少し路地を入ったところに
 お猿が群れを成して たたずんでいました
 なんとも不思議な光景なのですが
 壁の上や屋根の上に かなりの数いるのに
 行きかう人が 気がついているのかいないのか
 避けるでもなく 普通にしているのです
 頻繁に出没するので
 驚きもなくなってしまったのかもしれません
 動物園のサル山でも見るような感じです
 お寺の多いこのあたりでは
 お供え物や お花の蜜のありそうなところを
 食べ散らかしていくのです
 昨日は ボスざるの姿が見えませんでしたが
 小ぶりの猿と 赤ちゃん猿がたくさんくっついていました
 共存を望んでたらいいのになぁ 
 ・・・・無理か



     梅



   永い眠りから覚めて

   伸びをするかのように

   開くはなびら

   冷たい風の中

   春の期待と

   実りの楽しみ

   

   


  

  
 



2003年01月23日(木)  大失敗


 けんちん汁をたくさん作りました
 今日はこのあたりのお祭り「お地蔵さん」です
 立ち寄った方に温かい物をと思って作りましたが
 朝から大雨です
 商売あがったりだな・・・
 なんて思っていました
 
 大きめのお鍋で作ったので
 何度も温めなおすと 具が崩れてしまったり
 味が濃くなってしまうかと思い
 小鍋に移して 温めることにしました

 娘がちょっと食べたいというので
 小鍋に移して温めて・・・
 ふっと 用を思い出し
 「こんなことしていられなかった
  帰ってから食べてね」
 と あわてて出かけます
 と しばらくして 小鍋の火は
 消したかな・・・とものすごく気になり始めました
 いつものことで 無意識に消してるよね
 と思えるような・・・いや・・・消した記憶はないな
 と思えるような・・・
 確かめに戻る間もなく
 1時間程度だし 万が一消して無くても
 ステンレスだから 焦げたところで
 溶けることは無いかな・・・
 あれこれ考えて 用事に集中できません
 こちらに集中しよう と決めて
 落ち着いて用事に向き合いました

 そして 家に帰って鍵を空けて家に入ると
 別世界です・・・
 「ああああああああああああああああああああ」
 やっぱりつけっぱなしだったか・・・
 もう 家中真っ白 焦げ臭い
 なんとも悲しい状態です
 急いで台所へ行き お鍋を覗くと
 炭が出来上がっていました
 おたまも入っていて
 まるで焚き火をしたかのような状態です
 少しおたまで 動かしてみたら
 火のついた炭のように かんかんと赤くなります
 火事にならなくて何より・・・
 なんて恐ろしいことをしてしまったかなぁ・・・
 しばらくぞーーーーーーーっとしてしまいます
 火事にならなくて良かった よかったぁ・・・

 主婦暦12年中の1番ひどい失敗です
 焦がしたことは 何度かありますが!?
 炭にしたのは 初めてです
 こわーい・・・

 気をつけなくちゃ・・・ほんとにもぉ





     失敗


    失敗をすると

    成長できるというけれど

    成長しなくてもいいから

    避けたい失敗がある

    元通りにしたいのに

    いつまでたっても戻らない

    肩身の狭い思いで

    反省するばかり



2003年01月22日(水)  友達

 庭のブランコは 近所の子供にも人気です

 「ブランコをやらせてください」
 といって 乗りに来る子もいます
 もう何年も前からのファンで
 今 6年生になる子がいます
 必ずといっていいほど
 夕方になるとやってきて
 それはそれは楽しそうに遊びます
 決まったお友達2人と 大笑いする毎日です

 ところがこのお嬢さん
 このところ挨拶もせず
 帰った後は ブランコは出しっぱなし
 踏み台もそのままで帰ります
 私も「人の家の物黙って使ってそのままにして・・・」
 と 腹を立てる毎日
 でもまぁ・・・子供のすることだし
 好きに遊ばせようかと 様子を見ていました
 そのうちお菓子のごみを捨てていくようになり
 今度見かけたら叱るぞぉ・・・なんて ふつふつとしていました
 
 そして 数日前 車で帰ったときに居合わせて
 チャンスかな・・・と ドキドキしながら近づきましたが
 「こんにちは 怪我の無いように遊んでね」
 と にっこりしている私がいます
 あああ・・・言えない・・・
 そんな自分にガッカリしながらも
 言えないのだから 私が片付けなくちゃと
 その時は決心しました
 それから何度か
 「こんにちは 本当にブランコが好きなのね」とか
 「寒いから 早めに帰るのよ」
 なんていい続けていたら
 2・3日前 出会ったときに
 「こんにちは 気をつけてね」
 と声をかけると
 『はい』
 と答えたではないですか しかも笑顔で!
 おおおお・・・
 なぜか嬉しい私です
 いきなりブリブリ叱ったら きっと足が遠のいて
 彼女たちの行き場をなくしてしまうところだったかも・・・
 
 私も小学生の頃 ブランコが好きで好きで
 学校に残っては 真っ暗になるまで遊んでいたっけ・・・
 そこでのお友達と過ごした時間は
 今でも忘れられないくらい 楽しかったなぁ・・・
 そんな事を考えていたら
 もっと上手く この子達に話していこうと思いました
 
 行き場の無い子供たち
 外で元気に笑い声を上げて遊べるうちは
 まだ安心なのかな・・・
 


   
     


     幼い日々


   何でもないことが

   可笑しくなり始めると

   何を見ても何を聞いても

   笑いが湧き出て止まらなくなる

   心許せる友達と

   ほんの少しのお菓子

   誰にも邪魔されない場所

   そんな条件が揃うと

   出来上がる時間



**************************


 D.I.Yのお店で 良い物を見つけました
 クーのホットカーペットです
 というか・・・・
 ホットマット・・かな
 お盆くらいの大きさの ビニール製のもの
 丸洗いオッケーですよ 優れものでしょう?
 そして夕べから入れたのに ちっとも乗らないのです
 まぁ・・・朝には気がついて
 上でスヤスヤ寝ているだろうと朝見てみると
 乗ってない・・・もったいないなぁ
 そして今夜 『まぁまぁ この上に乗ってみたまえ』
 と 押し押しして強引にマットの上に乗せようとすると
 「あらぁ〜おやめになって〜〜」と 言う状態
 手足 いや全部足かしら・・・を斜めにあげて
 横寝状態です しばらくその格好・・・
 『どうどう?あったかいんだよそのマット』
 と言うと
 「おおおお?そうだったのかぁ こりゃあいい〜」
 と やっとその上に丸くなりました
 便利なものが出てくるものです
 
 長く生きて長く使うんだよ 
 そんな思いでいっぱい 



2003年01月21日(火)  情

 一日中 気持ちが沈んでしまいました
 ええいっ! しっかりしろーっ!
 自分にイライラします
 仕事を持っていたら
 こんな贅沢許されないぞ・・・

 幼稚園のお迎えの時
 娘はお友達と遊ぶ約束をしないで
 園庭で遊んでいくことにしました
 水道の縁に腰掛けて とにかくぼーーーっとしていました
 変わらない毎日で いいなぁここは・・・
 お日様に当たって ほのぼのです

 何人かのお母さんから お悔やみの言葉を
 かけていただき いつまでもこんな自分であることも
 お詫びしたくなります

 あるお母さんが 「ご不幸があったんですって?」
 と さりげなく尋ねてきます
 祖母がなくなった経過を話しはじめるとすぐに
 大粒の涙があふれています
 『やっとのことで私は落ち着いたのに 泣かないでよ・・・』
 ばしばし背中を叩いてしまいました
 でも・・・嬉しいです
 会ったことも無い私の祖母のために
 まだ話もそこそこだというのに 泣いてくれる人がいるなんて
 『涙してくださるなんて 祖母は本当に幸せ・・・』
 生前の祖母の話をしたことがあり
 「とても幸せな人だって言ってらしたから」
 ああ・・・あんな話を覚えていてくれたのか・・・
 そのことにも 嬉しくなりました
 
 明日から また忙しくなります
 こんな気持ちだと どこか遠くへ出かけてしまいたい
 日々の繰り返しから 逃れたいという気持ちで
 いっぱいになります
 でも繰り返しの毎日に早く戻らなければ
 どんどん戻りにくくなるでしょうから
 頭を切り替えなくてはと 思うのです
 



    一瞬 〜甦る記憶〜




    底冷えのする夜

    冷えた自分の足を

    手のひらで暖める

    冷たい皮膚の感触

    思い出される

    あの夜の祖母の頬

    戻らないことを

    確かめたような

    悲しい瞬間

     
 

 



2003年01月20日(月)  感謝

 無事に祖母の葬儀が済みました

 昨日の夕方届いた手紙を
 母が私に読むようにと渡します
 祖母のたった一人の身内 祖母の妹からのものでした
 70年会っていなかったそうです
 母が祖母のことを報告しようと
 電話をかけたところ
 妹さんが 今手紙を出しにいこうと思っていた
 そういうことなら送らずにやめます
 といわれて 母がお願いして
 そのまま送っていただいたというのです

 手紙には 「修学旅行であって以来
 70年にもなるけれど 元気なのでしょうね
 お嫁さんから(母)珍しいかまぼこを送っていただき
 子供たちと分けて 美味しくいただいたのを思い出しました・・・」
 などと書いてあります 
 遠くはなれた場所から 離れ離れになってしまった姉を
 気遣う言葉がたくさん書かれていて
 祖母の倒れた日付が封筒に記してあります
 「虫の知らせ」とは こういうことを言うのでしょう
 手紙は祖母の棺の中へ 間に合わなかったけれど
 お空でゆっくり読めるように添えました

 


   いつか・・・


  肉体から魂が消え

  焼かれて骨になる

  いつか・・・私も・・・
 


**********************************


  下の娘に話しました
  「おばあちゃんの体を焼いてしまって
   お骨にするんだよ そして お墓で眠るのね」
  すると娘がすぐに
  『おばあちゃん火の中に入ったら
   またおばあちゃんになって生まれてくる?』
  「不死鳥のようにはならないんだよ」
  先日観た ハリーポッターの映画の中に
  確かにでてきました
  一瞬のことなのに イメージが重なるなんて
  とても驚きました
  でも・・・素敵だな・・・そういうの
 



2003年01月19日(日)  愛犬 9


 昨日の夕方のことです
 
 娘がクーの散歩から
 血相を変えて帰ってきました
 「おかあさーーん クーちゃんが大変なことになった」
 いつもよりも大きな声で騒いでいます
 『なぁに?聞こえない』
 台所で洗物をしていたのでよく聞こえません
 あわてて玄関へ
 『どうしたって?』
 「クーちゃんがね・・・犬に噛まれたの・・・
  血が出てる・・・」
 半べそです
 娘の話ですと 散歩していたら
 向こうから大型のハスキー犬のような雑種が
 寄ってきて クーを引き寄せたけれど
 ぐいぐい寄ったかと思ったら がぶりと噛み付き
 離さなかった というのです
 相手も飼い犬だと聞いて 病気は無いだろうと推測します
 クーちゃんがやられるままを見ていた娘は
 なすすべも無かったことにかなりショックを受けています
 状況を説明し終わると ポロポロと涙が出ていました
 どのあたりを噛まれたか聞き
 出血していないか確かめるのですが
 [ひーーーひーーー・・・]
 と クーが声にならない声で悲鳴をあげて
 触ることもできません
 しばらくの間 娘についていてもらいます
 クーもかなりショックを受けているようで
 おとなしくなってしまっています
 出血は確認できなかったので
 朝を待つことにします

 そして今朝 娘にクーを抱かせて
 車でかかりつけのペットクリニックへ急ぎます
 すいていてすぐに診ていただけました
 夕べ出血を確認するのになでるのがやっとだったところを
 診ていただきます 毛を分けて丁寧に傷を探します
 「いやぁ・・・かなりやられてますねぇ・・・・」
 『噛まれながら クーちゃんね 体が浮き上がったの』
 娘はウルウルです 夕べはショックで言えなかったのでしょう
 そんなことを先生にかぼそい声で伝えていました
 
 首とお尻に 一本ずつ 注射をしていただき
 朝晩の飲み薬が出ました
 「よかったね・・・これで安心だね」
 私の言葉に 娘の顔が明るくなります

 クーは私から視線をそらしません
 [ひどい目にあったよ ホントに・・・・]
 くーんくーんと甘える声
 見るからに心細そうです
 大丈夫だよ 痛かったね かわいそうに・・・
 
 それにしても相手の人
 今度見つけたら お母さんに教えなさいね
 怒鳴りつけてやる!!
 久しぶりの込みあがる怒りです
 噛み付いてくる大型犬を連れているなんて
 腹立たしいったらないです
 「クーが守ってくれたんだね
  ご主人様が噛まれないように・・・」
 そんな風に言うと 娘はまたしてもウルウル・・・

 クーの黒い瞳が 愛しくて
 ひどくなくてよかった
 かみ殺されなくて本当によかったと
 みんなでウルウルしてしまった事件でした



   クーちゃん


  穏やかで 愛想がよく

  人には吠えず

  子供が大好き
 
  癒してくれる

  優しい犬

  いじらしい姿に

  心が痛い

   



2003年01月18日(土)  中途半端 

 10歳になる娘
 身長145センチ体重38キロです
 靴のサイズが 24センチ・・・・
 大人じゃなくて子供でもないのです

 この娘の服が なかなか難しいのです
 子供服だと 幼かったり サイズがなかったり
 大人物だと 袖が長かったり
 妙にお姉さんぽくなったりしてすごく中途半端です
 着せてる私が見ても 
 おかしい格好なのか これでよしとするべきなのか
 悩んでしまいます

 祖母の葬儀に着る服なのですが
 子供服だと 微妙にミニスカートになってしまうのです
 あれこれ悩んで引っ張り出して
 見つけたのが私のスーツです
 花の独身時代のもので
 着せてみたら可愛いのです
 これがいい と思ったり
 やっぱりお姉さん過ぎて見えたり・・・
 「お母さんのスーツ来て 素敵なレディーなのに
  ちびちゃんたちを仕切って 式場を
  走らないでよねぇ・・・・」
 ・・・・目に見えるようです
 
 白いブラウスを下に着せて 若さを出せば!?
 子供らしさも出せるかな・・・
 っていうことで スーツに決めました

 冠婚葬祭は そうあることではないけれど
 あるときはそれなりの格好をさせてあげたいものです
 普段と同じ服と運動靴では 
 気持ちも変われないように感じます
 
 「目には見えないけれど
  おばあちゃんがお空から見ていて
  『綺麗なお洋服でさよならしてくれるのね』って
  喜んでくれるよ
  可愛い私を忘れないでねって
  見ていただこうね」

 
 


    お人形


   おばあちゃんの部屋には

   小さなお人形が

   いっぱい並んだケースがある

   私が幼い頃

   そのお人形ひとつひとつが

   絶対に動くと信じて

   前から動かなかった

   大好きな空間

   今となっては忘れてしまっていた

   「あなたが大好きだった

    あのお人形のケース

    あれを もらってください・・・」

   最期にいただいた言葉とその声が

   涙と一緒に蘇る


 ************


   亡くなってから3日がたちます
   涙は全部流してしまったのかしらと
   やっと 目の腫れも引いてきて
   気持ちも落ち着いたものと思っていました
   ふと 想い出すことがあり
   考えていたら また涙が出てしまいました
   おばあちゃん子だった 私
   本当に 可愛がってもらったなぁ
   
     



2003年01月17日(金)  理解

 昨日 上の娘は 祖母の姿に涙した
 悲しいときに 泣けるようになったということが
 とても嬉しかった
 感情表現ができることに・・・

 下の娘は4歳
 祖母の様子が不思議でならない
 動かない祖母の体 お線香の煙
 
 今日の午後は 納棺だった
 「旅立ちのしたく」に下の娘が居合わせる
 従妹達に会えた喜びに
 遊びたい気持ちを押さえられずにいる
 
 「おばあちゃんはね お布団をやめにして
  箱の中に入るのよ これから天国へ旅にでるから・・・・」
 どう説明したらわかるだろうか
 大人の頭では ついつい考えすぎてしまう
 「おばあちゃんの 納棺のときが来たよ・・・
  旅立ちの支度をするからね・・・」
 大人に話すようにも説明してみる
 どちらの説明にも 「知ってる」
 と答える娘
 わかってもわからなくても 話をしていこうと思う
 
 きっとこの歳の子供なりに
 死を受け入れていることだろう 
 
 足袋・・・手甲・・・ぞうり・・・
 どれも見たこともない形の道具
 使い方もわからないもの
 どれも不思議なものばかりだから
 大人の背中の合間をぬうように
 右に寄り左に寄り 起こっていることを見逃すまいとする
 
 出棺するまでの間 
 家の者と 係りの人との打ち合わせが長引いた
 どんな時間にも 遊びが始まる
 楽しそうに遊ぶ子供達
 静かにしなさいというよりも
 賑やかな声を いつまでも祖母に聞かせていたいと思った

 祖母の棺
 隣の部屋ではしゃぐ子供達
 一つ一つの瞬間が 心に残る




      からだ


    まるで目を覚ますかのように

    静かなからだ

    魂がはなれたからだ

    



2003年01月16日(木)  ありがとう


 一昨日の夜のこと
 おばあちゃんが倒れて運ばれたと電話が入る
 体が震えた
 おばあちゃんが・・・・逝ってしまう?
 抑えきれない不安が 涙になって流れてくる

 病院に急いだ
 待合室で1人待つ母
 「朝 この状況がある程度予知できた」という
 落ち着いていた「来るときがきたと思っているから」
 そんな母の言葉が耳に入るか入らないかのうちに
 救急治療室からのうなり声・・・
 「あれが・・・おばあちゃんの声・・・?」
 その声は太く低く 本人のものとは思えなかった
 
 完全看護のため ひとまず帰宅
 電話を耳元において うとうとする
 
 朝までならなかった電話
 私に気遣ったのではと 嫌な疑心がよぎる
 子供たちを送り出し すぐに病院へ
 父と兄がいた 「遊び始めたぞ・・・」
 兄のわかりにくい説明
 急いで病室へ走る
 母がいた 「意識が戻ったのよ」
 6時に危篤状態で呼び出されたことを知った
 やはり私に気遣ったのかと 胸が熱くなった
 間に合ってよかった
 「おばあちゃん」複雑な思いでいっぱいになる
 涙が止まらない 
 「久しぶりに会えたねぇ お世話になりました
  色々とありがとうね おじいちゃんも私も
  お世話になっちゃったね・・・」
 あ・・・の・・・
 回復するの?また元気になるの?
 戸惑った
 
 それからの1時間あまりの間
 部屋のどこに何があって誰に渡して欲しい
 とか 母に長いこと迷惑をかけた とか
 楽に逝かせて欲しい 今から逝きますね さようなら
 などを繰り返し何度も話した
 「わかったから・・・もうわかったから
  大丈夫・・・おばあちゃんは大丈夫」
 涙が止まらず 声に力が入らなかった
 「おじいちゃんは来てくれたの?」
 母が聞いた
 「傘を持ってね おじいちゃんが来たの」 
 おばあちゃんは 降られ屋だった
 出かけるときは雨 折りたたみの傘は欠かせなかった

 「朝呼ばれたときは 意識がなかったのに・・・」
 母も戸惑っていた 「きっとお別れを言いに来たのかもしれないね」
 私にはそんな気がしてならなかった
 間もなく 家に帰りたいと 布団をはいで
 起き上がろうとする
 何度か抑えた後 少し咳き込み
 意識を失ってしまった

 静かに呼吸が消えていく
 消えていく・・・
 呼吸停止
 心拍が続いた 呼吸停止から5分・・・20分・・・
 呼吸が止まっているのに 心臓が動き続けた
 点滴に入っている 心臓の薬のせいかもしれないと
 点滴を止めてもらうことに
 それでも心臓は 止まらなかった
 「おばあちゃん さよならだね・・・」
 おばあちゃんの心臓は 静かに・・・静かに弱まる
 ゆっくりと 消えていく命
 ありがとう・・・心の中で何度もお礼を言った
 ありがとう おばあちゃん おじいちゃんと仲良くね

 家で逝きたかったおばあちゃん・・・
 看護婦さんに綺麗にしていただいて 帰宅した
 「ただいま 家に帰ってきたよ」
 おじいちゃんの大きな遺影は 笑顔で迎えてくれた
 『おばあちゃん さぁ 逝きますよ』
 そう言うようにおじいちゃんは 安心した穏やかな笑顔に見えた
 『おばあちゃんはね 1人では何もできないから』と
 最期に病院で何よりもおばあちゃんのことを気にしていたから
 これで一安心していることだろう

 おばあちゃんの遺体はお寺方の都合で
 2日間家に置いて 居られることになった
 
 両親が両養子になり 孫ができ ひ孫ができ
 最後のときに 身内みんなに見取られて 苦しみや痛みもなく
 眠るように逝ってしまったおばあちゃん

 幸せでしたか?私はおばあちゃんに出逢えて
 とても とても幸せでしたよ
 感謝しています 

 おばあちゃん どうもありがとう 




   さいごに・・・


  命が消えていく時に

  あふれる感謝の思い

  伝えているのは魂
 
  湧き上がるように

  言葉が続く

  すべての言葉が体から離れたとき

  魂は満ち足りて

  別れていく

  

  

  






 



2003年01月15日(水)  祈り



    大切な人     2002/8/3


   母が仕事に出ると 

   祖母は母になった

   私が熱を出すと

   透明のりんごジュースを買ってきてくれた

   私が転ぶと

   おでこのこぶには気がつかず

   無傷のひざをさすった

   私が歌うと

   涙を流していい歌だと言った

   私がお菓子を作ると

   どこのお店よりおいしいと言ってくれた

   新しい服を見せると

   お姫様みたいだと言った

   
   こんなに小さくなって

   こんなに細くなって

   
   言葉がかけられなかった

   泣いてしまいそうだから

   楽しい時に

   泣いてしまいそうだから





2003年01月14日(火)  ゲーム

 中毒でしょうか
 ゲームしたくて仕方がないです
 
 プレステ2を買ってから
 忙しいこともあったり 
 子供が家にこもってはいけないと思い
 あまりゲームはしませんでした
 そして今日から 子供たちも給食にお弁当が始まり
 さぁ 私のゲーム生活の始まりです
 不健康かしら・・・
 
 というのも・・・
 ちょっとはまっているゲームがあるからなのですが
 「I.Q」というゲーム
 四角いキューブがドカンドカンと転がってくるのです
 その転がる先の升目に触れて沈める穴を作り
 自分がつぶされないように
 キューブを消し落とし 見事に消せるとパーフェクト
 パーフェクトを繰り返すとクリアです
 段階があり 初めは四つの列が奥行き三段転がってきます
 足元の升目も四列で 逃げ場はキューブを消すしかないのです
 転がる足元の升目には限りがあり
 その先は暗い闇で 升目が終わってしまうと
 奈落に落ちてしまいアウトです
 キューブに踏まれても つぶされてアウトです
 あちこち消しながら ドカンドカンとやり過ごすわけです
 ・・・説明不足ですね きっと
 慣れてくると ちょっと飽きてしまいますが(強がり)
 ゲームオーバーになると I.Qがでるという・・・
 燃えるのは そのせいです
 初めてこのゲームに触ったときはI.Qが0でした
 そして今の目標は100 自己最高が99です
 おしい!なんてやってるうちに 1時間・・・
 きりのいいところまでなんていって 2時間・・・
 こんなことしていていいのかな・・・
 いいえ・・・だめなのです
 頼まれた原稿を仕上げるのと
 子供と遊ぶ会の準備はどうするんだ!!!
 でも・・・ゲームやりたい・・・
 
 これはもう 中毒というものでしょう
 原稿・・・・準備・・・
 ゲームに負けるなぁーーー

 忙しくなったらできなくなるから
 今だけ・・・・ね・・・・・

 


    ゲーム


   時間があったらゲームをしよう

   ゲームをするために

   時間は作らないこと

   そう決めても

   やめられないなんて

   子供の気持ちが

   よくわかる



2003年01月13日(月)  成人

 成人の日
 
 昨日出かけたこともあってでしょうか
 ちょっとパワー不足です
 午前中は「どんど焼き」の仕度です
 お団子を作り 午後の焼きに備えます

 午後からちょっと買い物に
 シティーモールまで足を伸ばします
 着物姿のお姉さん スーツ姿のお兄さんが
 パタパタと歩いています
 そうか・・・成人の日だ!
 着物姿に目が留まり
 じぃーーーーーっと見てしまいます
 何故かというと 髪の色と形がなんとも今風で
 金髪 銀髪 茶色にピンク・・・
 花火のような結い方なのです
 どうも・・・流行らしくて
 行きかう着物姿の女性は ほとんど・・・というか
 全部の人が そうしているのにはちょっと驚きです
 そしてなによりも 驚いたのは
 肩にぶつかるほど大きな 金のリングピアスです
 それを見たときに思ったのです
 彼らは彼ら独自のファッションを
 生み出しているんだという事です
 それが着物であろうと
 型にはまらずこだわらず 自分が好きなおしゃれを
 自信をもってする すごいことだと感じました
 
 制服を着たら 十分高校生に見える顔立ちです
 と思ったら 子供を抱く着物の女性も
 何人かいて そうよね 18で結婚して
 19で生んだとしたら
 1歳の子がいてもおかしくないのですものね
 母のたくましさもある 成人式です 
 
 今年は着物が流行なのでしょうか
 洋装の女性は見かけませんでした
 
 上の娘が成人するまで あと10年です
 どんな世の中になって どんな流行があって
 何よりも どんな娘になっているのでしょうか
 心配も想像つかないくらいありますが
 女の子の親としては 節目でもあり楽しみです
 無事に成人して 元気で健康であれば
 言うことないですね



      美


  女性の美しさとは

  女性にしかできないことを

  大切にするということ

  そこには 差別や同権と言う言葉は

  生まれてこない 
   



2003年01月12日(日)  ゼリー

 スィート・ファクトリーという
 輸入のお菓子を量り売りするお店があります

 約30種類もの ラムネや飴やグミなどが
 透明の箱に分けられて並んでいます
 上の娘は このお店が大好きで
 小さな頃から 時々思い出しては
 グミ屋に行きたい とボソッと言い出します

 明日がお休みということもあって
 意を決して 出かけました
 いつもは車でのんべんだらりんと行くのですが
 今日は車で挑戦です
 下の娘に 「遠いところに電車で行くけど
 行ったところには あまーいあまーい お菓子があるぞー」
 と言ったので 張り切って出かけます
 すぐに文句が出る次女ですから
 先手を打っていきます
 
 スィート・ファクトリーは比較的すいていて
 ・・・というか 午前中からお菓子を詰める人は
 そう居ないのかもしれませんが
 のんびり選べます
 下の娘は ラムネ好きで
 ラムネっぽいものばかり選びます
 上の娘は グミ好きで
 ジェリービーンズや グミばかり選んでいます
 私はもちろんチョコレート系ですが・・・
 みんなの好みが違うため
 買った後でベンチに腰掛けて
 交換会です 1つずつしか交換しないのですが・・・

 上の娘が初めて買ってみたのが
 ジェリービーンズです
 それがいつもは単色なのですが
 いろいろ混ざったもの
 しかもたっぷりと・・・
 1つ食べたら わけのわからない味だと言うのです
 下の娘が率先して「どれどれどれどれ」と手を出し
 一粒もらって食べますと「鼻くそ味ーーー」
 と 元気に答えます・・・
 「こらこら・・・誤解されるようなことを言うんじゃないの」
 ハリーポッターの影響です
 「じゃあ ゲロ味ーーー」
 とほほほほ・・・・
 周りに人がいなくてよかった・・・・
 どれどれどんな味を表現しているのか
 私も1つ・・・・
 「あ゛あ゛あ゛ーーー」
 なるほど 漢方薬の味です
 薬に使われる物が香料として入っているらしいのです
 そのほかにももらってみると
 石鹸味 プラスチック味 葉っぱ味と
 食べ物には例えられない味のものばかりです
 でも 一粒で 口の中いっぱいに香りが広がりますから
 美味しければ当たり そうでないとはずれです
 同じ味には 当たりません

 帰りの電車の中では 周りのお客さんがいなくなり
 またグミを取り出します
 どれをとっても 「怪しいねぇ・・・」です
 コーヒー味だ!!なんていうのは当たりです
 「お人形の味がする・・・・」
 いったいどういう味なんだか わかりません

 思いがけなく ジェリービーンズで
 楽しめたりして・・・上の娘も
 「楽しめるから 選んで正解かな・・・」
 残りのビーンズを眺めながら
 苦笑いです




      舶来

 
   今まで味わったことのない

   甘さ・・・味・・・硬さ

   外国の人は こんなお菓子を

   楽しんでいたのね



2003年01月11日(土)  小児科


 娘の体調が悪く
 このところ 小児科に通う日々です

 このあたりの評判は 賛否両論
 個性的な先生です
 私にとって 比較的望ましい治療法なので
 かかりつけの小児科医として
 お世話になっています

 今日は予約していた 血液検査です
 その前に 頭痛と蕁麻疹を訴えます
 何を言っても そりゃそうだ といったお返事
 なるほど・・・と思うことや
 しまったそういわれると思った ということで
 笑ったり感心したり しくじったり!?
 という会話がはずみます
 
 簡単な問診のあと 採血です
 先生自ら 注射器を手に取ります
 娘の血管は見にくそう・・・
 私に似ているところを発見しました
 私の血管もとりにくく 手首に打たれることがよくあります
 ぶすりと刺したものの 
 「血管が逃げるなぁ」とか・・・
 ・・・探しています いたそ・・・ 
 痛さをこらえながらも 照れ笑いを浮かべる娘
 「痛いのが嬉しそうだな」
 ほら 言われた・・・
 「痛いわりには 血管に刺さらないぞ」
 って・・・
 「刺さった刺さった」
 ほんの少しでしたが
 血管に針が刺さったせいか 
 『腕が曲がらない〜〜〜』と言います
 「どうも目が悪くなったらしくて
  針が残っちゃうんだよなぁ」・・・ええええっ!
 なんとも 腕のいい先生ならでは通用する冗談です
 「後でお母さんに抜いてもらえ〜〜〜」
 こわぁ〜〜〜 っと私がいうと 大笑い

 なんとも 不思議な雰囲気の先生です
 児童心理の時間も設けていて
 子育ての悩み相談もしているようです
 でもなんだか安心できて 気持ちが楽になったりします
 消毒の脱脂綿をテープで止めて終わりです
 話をしながら どんな検査結果を出すか話し合い
 できるだけ細かくお願いしてきました
 『この綿どうするのぉ〜〜〜』
 と 聞く娘に
 ピピッてとるのよ  と私
 すると先生が
 「え〜〜〜いっ!」
 と はがしてくださいました
 その思いもよらない可愛らしい声に
 娘も大笑い 痛さは飛んでいってしまいました

 検査結果がなんともないといいのですが・・・




     こどもびょういん



    駐車場には 鹿がいて

    玄関はいると 鳥がいて

    壁いっぱいに絵が描かれ

    待つ子の心配吹き飛ばす

    早く元気になれるよう

    心と体に安心を

    お母さんにも安心を

 



2003年01月10日(金)  学歴

 新聞の一面記事に
 「大学の力」という記事が シリーズで掲載されています
 
 大学が求められるものは何か
 今大学で何が起きているかといった内容です
 「転機の教育」という副題がついています
 公開授業をすることで一般に貢献する大学や
 地域の課題を無料研究する研究室
 ネットで海外の大学の単位が取れるようになるとか
 専攻課程しか興味を示さない学生に教養教育をする
 など なかなか嬉しい内容を知ることができます

 国立大学に通う従弟がいます
 穏やかな性格で親思い 優しくて思いやりのある子
 非の打ち所がないといった男の子です
 ところが叔母が話すには 
 その従弟が大学を辞めたいと言い出したというのです
 大学で学ぶ意味を見失ってしまったとか
 海外派遣ボランティアで活動をすると
 言い始めたそうです
 今3年で あと1年で卒業し親元に帰り 就職して
 自宅から通うという 叔母の描いた図は
 ガラガラと壊れていきます
 叔母の全てを子供にささげるといっても言い過ぎではないくらい
 大切に育ててきて 大きな期待を持っていただけに
 そのショックは 大変なものです
 
 従弟には姉がいて 彼女は大の勉強好きです
 やはり大学に進学をして法学を学び
 畑違いの職場に就職しましたが
 3年で断念し 今は国家公務員の試験を受けるために
 勉強しています 勉強しているときが
 1番幸せという彼女・・・
 弟がその様子を見て 大学を出て何になると
 吐き捨てるように言ったとか・・・
 そんなことを言う子ではなかったのにと
 悲しむ叔母です

 思えば世の中も激しく変化する中で
 4年間も大学へ通えば
 見る目も変わるであろうし 情勢も変わります
 きっと彼の中で 大学に対する理想と現実のずれや
 自分の将来に対する不安を抱え 
 悩んだ末に 出した結論なのでしょう
 「4年以上の学費は出せない」
 「だからやめる」
 今も 押し問答が繰り返されていることでしょう
 
 過ぎた者からすれば 卒業がなぜ待てない と 
 思うことでも 彼らにとっては 今が動くとき
 その気持ちもわかりますが 親心もわかる気がします
 
 私が高校で進路を決めたとき
 福祉を選んだことから
 海外奉仕を進めた先生がいます
 その時は 夢のような話に飛びつきましたが
 すぐに断念したのです
 今思えば 日本の福祉を知ってから行くべきだから
 思いつきで行ってしまわなかったことも
 間違いではなかったのではという思いがします
 福祉のなんたるかもわからないで
 こんな甘ったるい人間が行っても
 何も掴むことはできなかったろうと感じるのです
 その反面 若さで先々に順応しながらも 
 たくさんの挫折を味わえたのではと
 惜しい思いもあることはあるのですが・・・
 今だから思うこと その時には思いもしなかったこと
 そしてこれから先 どう感じるかわからないことです

 成長とともに 価値観が変わり
 自分の置き所を見つけるのに
 必死だったあの頃
 今とたいして変わりが無いようです
 成長しない自分の感情を抱えて
 右往左往しているのですから




        若さ


   何もかもできるような気がしてた

   これで終わりではないと

   いつも心は先を追っていた

   環境が変わるたび

   大きな可能性があるような気がして

   いつも精一杯の自分でいた

   ・・・これが自分だと

   先が見えたとき

   小さく見える自分を

   悲しく思うのか 幸せに思うのか

   今の生き方にかかっている
   

   

   
   
 



2003年01月09日(木)  うめこ


 象のうめこさんは 55歳です
 日本で飼育されている象の中で 
 5本の指に入る 長生きだそうです

 近くに 小さな動物園があります
 うめこさんが55年いるということは
 動物園もそのくらい経っているのだと思います
 私が子供のころには ライオンもいて・・・
 身近にそんなすごい動物たちがいたのです
 今思うと すごいことですよね

 ライオンもずいぶん前に死んでしまい
 今では うめこさんと 小動物になってしまいました
 といっても サル うさぎ プレーリードック あらいぐま
 雉 や くじゃくそのほかにも珍しい鳥がたくさんいます 
 
 うめこさんは私よりもかなりのお姉さんということです
 以前 飼育係のおじさんを圧死させてしまったことがあり
 動物の怖さを感じさせられました

 今日のうめこさんはどうでしょう
 動きも良くて好調のように見えます

 うめこさんの檻の外の街灯が切れてしまったらしく
 電気屋さんがはしごをかけて 交換する仕事を始めました
 細い鉄棒にはしごをかけて 不安定な足場でのお仕事です
 上に上って 命綱をはめていたら
 何を思ったか うめこさん思い切り鼻に水をためて
 のぼった電気屋のおじさんに ブーっとひと吹きです
 おじさんは はしごの上でかたまってしまいました
 見ていた私と娘は どうしようかとハラハラです
 もっと攻撃して 水攻めにしてしまったら とか
 でも おじさんがじっとしていたので
 怪しくないとわかったようで うめこさんその場をさりました
 危なかったね・・・と娘とほっとします
 
 しばらくすると 飼育係りらしきおじさんが
 笹の束を抱えて どこからともなく登場です
 黙々と運び込んだ笹を うめこさんの柵の中へ
 ずるずると引いて行きます
 おじさん・・・慣れているとはいえ 大丈夫かな
 うめこさんちょっと気が立ってるのにな・・・
 こちらが要らぬ心配をします
 淡々と笹をお客さんの見えるところに置くと
 淡々と出て行きます
 うめこさんも あ・・笹ね といった感じで
 近寄ります
 あっ・・・食べる食べる と私は期待でいっぱいです
 ばしばしばしばし・・・・
 うめこさんの鼻先は まるで手のひらのようです
 葉っぱの部分を上手にちぎってはまとめて
 お口にポイですよ・・・
 まとめてちぎってポイ・・・ってなんて器用な鼻先でしょう
 人が手でしたって そうはいかないです
 第一痛いですからね・・・手が切れます 血も出ますよ
 なのに 鼻先は なんともなさそう・・・
 綺麗に葉の部分だけ食べてしまうと
 落ちて散らかった葉を鼻先で集めます
 見えているんだ・・・
 目から地面までの距離と 地面から鼻先との間隔が
 こんなにあるのに 
 当たり前なことに 妙に感心してしまいました
 
 餌を与えてはいけないのに
 よそのおじさんが みかんを投げ入れます
 うめこさんは大喜び(であろうと思われ・・・)で
 鼻先で拾うと くるくるっと鼻に巻きつけて
 その中で皮をむきます す・・・すごい・・・
 片手でみかんの皮をむくのに
 あんなに早くはできないです
 って 人間とは比べられないですね
 あげちゃだめなのに・・・と思いつつ
 もういっこあげないかな なんて期待したりして・・・

 うめこさんが今日のように喜々としている姿を
 最近見ていなかったので ちょっと嬉しくなり
 なぜか安心して帰ってきたのでした

 私はうめこさんに感心したのですが
 娘は 鳩の数が いつもより多いことに感心していたようです



         うめこ


    うめこさんはインドゾウ

    長いことこの土地に生きて

    たくさんの人に愛されてきました

    大きな体に小さなスペース

    ずっと1人で生きてきて

    寂しいときもあったでしょうに
 
    私が赤ちゃんのときから知っているのね

    私にも娘がいるのよ

    私に孫が生まれても

    ぞうのうめこさんはいて欲しいな


   ************


      月夜のゾウ



     明るい月を浴びる夜は

     ゾウが涙を流します

     去りし故郷に思いを馳せて

     いつか仲間に会える日を

     抱いて胸が震えくる

     大地を震わすゾウの群れ

     肌すれあって押し合って

     命の重さ確かめる

     せめて夢を見てみたい

     涙を流して望みます

     明るい月に願います

    

    
  

 



2003年01月08日(水)  激突


 下の娘が お正月から自転車に乗れるようになり
 1日1回は 庭で流しています

 もう少し直線が長かったら・・・
 思い切り こぐ感覚と漕ぎ出すコツをつかませてやりたいと
 歩道に出てみることにしました
 始めはよろよろと足がぺダルに乗っていることが少なかったのですが
 次第に地面に足をつく回数も減ってきます
 となると おのずとスピードも出てくるわけで・・・
 無惨にも激突停車です
 「ブレーキをしなきゃね」
 そう娘に言うと
 『できないんだもん』
 と きたもんだ・・・
 「えええっ! だってブレーキできなかったら
  ぶつからないと止まれないじゃない・・・」
 『そうなの!!』
 って 怒らなくてもいいじゃないか・・・
 気の強い娘は 『できない』の一言を伝えるときは
 こちらが怒られる状態です
 それからも 激突激突・・・・
 止まれないのにスピードは出すものですから
 今に自転車か 人の家を壊しかねません
 あの子は壊れないでしょう・・・・
 「待った待った・・・ここから引き返そう
  ブレーキの練習してから道路に出ようね」
 まぁ・・・比較的機嫌はいいほうだったので
 ぶつかっても ご機嫌だったのですが・・・

 その間 私はマラソンなので いい運動にはなりますが
 自転車をやめて歩いていこうとすすめますが
 今度はキックボードで行くと言い出します
 「歩こうよぉ・・・・」
 というと すねてスタスタと外に行ってしまうし・・・
 私が悩んでいるとスタスタと戻って
 キックボードで行くとまたしても言い張ります
 で・・・お付き合いすることに

 大人用のキックボードで
 粗大ごみから拾ってきたものを
 ペンキで誤魔化して遊びに使っているものですから
 ボロボロです でも慣れている娘は
 すいすいといってしまいます
 ううっ・・追いつけない
 一緒に乗って私がこいで行くことにして
 少し時間を稼ぎます
 すぐまた 1人で乗りたいーーーとなり
 スイスイと行くのですが 止まるのは激突・・・
 しかもスピードがすごい・・・

 負けん気で乗れるようになった自転車ですが
 無鉄砲な彼女の一面に 驚くばかりの母でした



      じゃじゃ馬


      止めても行く

      叱ると泣く

      乱暴には大はしゃぎ

      よく食べ よく寝て よく笑う

      それなのに傷つきやすいときている

      本当に おもしろい子

      
 



2003年01月07日(火)  リコーダー

 冬休みの宿題に 書初め 計算 漢字の他に
 リコーダーがあったのです

 暮れにはあわただしさと 出かける用が多く
 計算と漢字は 間をみてしていましたが
 リコーダーまで気が回らなかったようです
 そして 年が明けて さぁしようと思ったところ
 プリントがないことに気がつきました
 2日は熱が出て実家からすぐに戻り
 次の日は1日熱が出ていました
 その中で プリントがない・・と
 探し始めたのです
 何も熱のあるときに探さなくてもいいじゃないかと
 言い続けましたが
 そんなときこそ気になるらしいです
 ・・・やれやれ

 何気なく私もさがしてみましたが 無い・・・
 熱が下がったら探しなさい・・・・
 私ものんびりしたもので そんなことを言っていましたが
 どうもそういう場合ではなさそうで・・・
 3日に 近くのお友達に電話をして
 無くしてしまったからコピーさせて欲しいと
 本人から頼ませました
 それが夜のこと 私1人でコピーをしに行った足で
 簡単な御礼にお菓子を買ってきました
 次の日の朝にお返しして 宿題に取り掛かります
 
 リコーダーが大好きだった私ですから
 何十年も前の 自分が使っていたリコーダーを
 ずっと持ち続けています
 こんな形で役に立つとは思いませんでした
 一番下には 私の母が書いた 私の名前が
 セロテープでついています それももう黄ばんでいます
 でもリコーダーには変わりは無く
 今でもちゃんと音が出ます
 吹き始めて気づいたのが
 娘のリコーダーと微妙に音が違うこと
 何かが違うのでしょう・・・

 曲は2曲 ベートーベンの第九「喜びの歌」と
 リコーダーではポピュラーな「月夜」聞けば誰でもわかるもの
 高音のミファソまで出します
 まず低音のドを出して・・・と思ったら
 ドが出ないのです・・・もしかしたら
 ドは難しいので まだ習ってないのかしら
 そんな疑いもあり 低音のドは考えないことにして
 高音で ミミファソ ソファミレ ドドレミミレレ・・・
 高音を出すには 少しコツが要ります
 強いと音が割れてしまい 弱いと高音になりません
 教育テレビで 「歌えリコーダー」という時間があり
 ボーっと見ていたとき 「とぅ」「とぉ」と
 息の吐き方をこんな風に表していたのを思い出しました
 「とぅってやってみて とぅって」
 ・・・手取り足取りで 高音に取り組みました
 ふざけた娘は 尺八風に吹いたりします・・・うーん
 
 そんなわけで リコーダーの宿題も終わり
 いよいよ明日から 3学期開始です
 熱を出してから 顔色が悪く
 はきの無い娘です
 元気に始められるかちょっと心配・・・

 のんきな冬休みでしたから・・・





     リコーダー


     土笛 オカリナ 異国の笛

     音が出せずに しまいこむ

     リコーダーだけはいつまでも

     私の気持ちに沿うような

     目覚めの音で

     歌います

     
   



2003年01月06日(月)  気力


 自分の心の動きが 自分でコンロールできたら・・・
 
 イライラしたり ウキウキしたりというのは
 突然やってきて いつの間にか去っていくことが多い私です
 それが 暮れからひどく落ち込んでいたのに
 夕べあたりから 突然気持ちが軽く
 やたらとウキウキするのです
 何が原因なのかわかれば 気持ちが沈んだときに
 解決して 気持ちを軽くできるのに
 そんな思いでいっぱいになります

 「人の中に自分をおいてみたり
  1人になってみたり
  好きなことをしてみたり
  そんなことで調節ができるようになるといい」と
 前に知人が言っていました
 この数日 調節らしいことは思い当たることもなく
 とても不思議に感じています

 今日お会いした先生に そのまま話してみると
 「今の状態はホルモンのバランスがいいのでしょう」
 ということでした
 いつもバランスが良かったら
 私の生活観は変わるだろうと思うくらいです
 何がきっかけで 人の心の動きが変わるかはわからない とか・・・
 確かに どうにもできなかった数日間と
 昨日あたりからの変化が感じ取れます
 だからといって それにあわせて行動しているわけではなく
 毎日変わらないように行動しているわけですが
 一歩 心に踏み込むと 毎日が違うことに気づきます
 これがコントロールできたら安心できるのに・・・
 今の心の状態はそう続かないのではという不安と
 変化についていけない自分がいます

 この違いも 客観的に捕らえられれば
 暗い自分も明るい自分も 使いこなせるでしょうに・・・
 気持ちが乗らないのに無理やり動いたり
 ウキウキ楽しいのに自分を抑えたり
 それが人として当然と思ってきたことです
 それがコントロールすることだと・・・
 時には心の向くままに 動いてみるのも
 いいような気がした 今日の私でした

 明日の私は 自分をどう見つめているでしょうか




      花に

     
     昨日もここを通ったのに

     気づけなくて

     ごめんね

     そんなに美しく

     咲いていたんだね



2003年01月05日(日)  映画館

 贅沢なお正月を過ごしてしまいました
 とどめを刺すように 今日は映画へ行ったのです
 もう・・・一年分の娯楽を楽しんだ感じです

 新しくできた ヴァージン・シネマズへ・・・
 何年か前に 違う土地のヴァージン・シネマズへ行きました
 なんとも日本離れした 新しい感覚の映画館だと
 感心して帰ってきましたが
 それがこの土地にもやってきたのです
 広い入り口から2階へエスカレーターでのぼると
 高い天井に ふかふかの絨毯
 カラフルな壁に薄暗がりの間接照明
 辺りはキャラメルの香りが漂っています
 これは・・・日本じゃない・・・
 そんな感じです
 座席指定なので 今までの近所の映画館のように
 いちにを争う必要もなく
 時間までのんびり過ごせます

 映画館に入ると 私は当然のように
 ハリー・ポッターのチケットを買いましたが
 上の娘が 「犬夜叉」がいいと言い出し
 それなら私もと 下の娘が「ピーターパン2」が
 見たいと言い出し
 少々 カチンともきましたが
 ハリー・ポッターを押しました
 っというか チケット買った後でしたし・・・

 約3時間近い映画でしたが
 よくできたお話だと 改めて感心させられました
 ハリー・ポッターのお話には
 裏 があり その裏を読むのがわくわくします
 誤解を招くような言動が続き
 そんなはずはないと思いつつも
 もしかしたらそうなのかという疑問
 見ている私までが ハリーを疑う始末です
 裏を操る魔法使いが有利になったとき
 「姿はなくとも 信頼されている魔法使いは
  信じる者の心にいる限り 存在する」 と
 ハリーが力強く言い切るシーンが 印象的でした

 自信無げな 親友ロンは ハリーの強さや
 賢さを引き立てるのに いい役柄です
 臆病ではあるけれど ハリーをしっかり助けていきます
 一作目はみんな まだ魔法が下手で
 思ったときに思ったように操れなくて
 こちらがハラハラさせられましたが
 今回は ハリーもハーマイオニーも呪文はばっちり
 使いたいときに 使いたい魔法が使えます

 このお話は全体が 魔法中心なのですが
 100%魔法に頼らず 人としての情や
 勘に頼ったり ここぞというときには
 人との信頼で助け合ったりするところがとても好きです
 純潔の魔法使いだったり 両親のどちらかが人間だったり
 両親が人間なのに魔法使いとして生まれ育ったり
 私にも魔法使いになる夢が与えられたようで
 すごく嬉しい  のは私ぐらいでしょうか
 でも そんな夢を見ることが大好きですし
 ずっと見続けていたいのも本当のところです

 贅沢だけど・・・楽しい映画でした



       魔法


     きっと本当の魔法使いは

     人の人生を変えたりするのではなく

     大切なことを気づかせるために

     見えなかった何かを見せてくれる

     魔法を使うのかな 
 
  



2003年01月04日(土)  PS 2

 とうとう我が家にやってきました・・・・
 テレビゲームです
 
 娘がずっと欲しがっていて
 私がずっと反対していました
 反対しながらも 私の考えすぎかもしれないと
 自分の中で 反対派と賛成派に分かれているような状態でした
 それが・・・ふっと賛成派が有利になり
 反対派に押される前に 行動をとりました
 (それで・・いいのかしら・・)
   
 電気屋さんのカードのポイントが
 だいぶ溜まっていたので
 おもちゃ屋はやめて・・・
 (買ってもいいのかなぁ・・・・)
 
 娘が欲しがっていたのは ゲームキューブです
 とにかく私が まったくのゲーム音痴ですから
 プレイステーションとの違いもわからない状態です
 ネットで 双方を調べても ・・・わからない
 これはお店の人の話を聞くしかないと思い
 お暇そうな人を捕まえてみました
 お店の人の話ですと キューブのほうは
 お子様向けのソフトが多いとか・・・
 プレステは ソフトの数が多く
 大人の楽しめるソフトがあり
 幅が広いとのこと・・・
 娘に説明しても キューブがいいと動きません
 私の中ではプレステでしょう・・・・
 DVDはどちらも見られるそうで
 そうすると ソフトの量と内容で決めるようです
 譲らない娘と 店員に洗脳された私・・・
 「まぁね・・・今日買わなくてもいいわけだから
  とりあえずそういうことだということで
  今日は帰ることにしようよ・・・」
 もともとゲーム反対母ですから
 すぐにやめる方向に持っていくわけです
 しかし その気になって電気屋まで来ているのですから
 今日欲しい娘なわけでして・・・
 結局 長い期間楽しめると押した私・・・
 あれ? 確か反対していたのに・・・と 思ったら
 ちょっと腹立たしくなり
 「どうしても必要なものではないし
  もともとゲームは反対なのよ
  あんまり決心がつかないのならやめましょうよ
  帰ろう帰ろう!」
 と 娘から離れると あわててあとについてきて
 『プレステでいい・・・』
 と いいます
 「で・・・・なら買わなくていい! で なら!」
 もう お店の中で親子の争いです  
 で・・・結局 で・・・買ったわけです
 でもね・・・やっぱり 買ってからもドキドキするのですよ
 反対していた物に高額費やすわけですから
 
 「これで我が家もゲーム家族か・・・・」
 と 捨て台詞・・・

 そんなこんなで帰ってきて
 1番興奮して コントローラーを放さないのは私じゃないの
 娘に教わりながらですよ きゃーきゃー言いながら
 ドタバタとゲームをするわけです
 麻薬のようですね・・・1度やると やめられなくなる感じです
 しばらくは 我が家の主役は ゲームですね
 DVD も見られるから なるべくそちらを利用しよう
 なんて 無理かしら・・・
 少しずつ約束を作って 時間ややる時を考えないと・・・

 これからがちょっと不安です・・・
 (自分がやりたくて・・・かもです)



    ゲーム

  座って指を動かすだけで

  ドキドキ ハラハラできちゃうの

  ゲームの中の私は

  賢くなったり 強くなれる

  やってる私は変わらないけど

  中の私はどんどん成長していくよ

  上手くできたら 

  すっきりしちゃう 



2003年01月03日(金)  駅伝


 朝外を見たら 真っ白です
 
 雪が降りました
 雪だ!と思ったときには
 雨混じりになっていて
 みるみる薄化粧をはがしてしまいました

 雪がほとんど降らないこのあたりでは
 朝起きたら 外が雪景色だったなんて
 とても心ワクワクする出来事です
 全てを白く隠してしまって
 幻想的です
 が・・・このあたりにはめったに無いことです
 あってもわずかな時間だけ
 しかもすぐに溶けていきます

 今日は寒い!!
 この寒さの中
 昨日からの箱根駅伝復路が始まっています
 朝からヘリコプターの音がしていて
 次第に近づいてきます
 テレビで第一走者を見ます
 箱根は車でよく出かけるので
 だいたいどのあたりまで下りて来たかがわかります
 一号線は路面が白く 凍結もしているようです
 走者は時々ずるっずるっと よろけながら
 ものすごいスピードで走り下ります
 この日のために 長い時間鍛えた体です
 晴れたら 雨だったら 風だったら 雪だったらと
 全部を想定して 練習してきているのでしょう

 思い出すのは 私の兄が 高校駅伝に参加したことです
 毎日の練習の中で 兄の前を走っていた先輩が
 突然倒れ かえらぬ人となり
 兄はしばらくものを食べられず
 走ることができなくなってしまいました
 それでも慕っていた先輩の分まで走る と
 高校駅伝に参加して 自分の区間を
 走りきりました
 兄の苦しそうに走りこむ顔に
 涙が出てしまったのを覚えています

 箱根駅伝を見ると そんなことを思い出して
 走者が心配になったりします
 走りきった姿に ほっとします

 冷たい風を切り 体は熱くなる
 あの体の皮膚と内臓には
 かなりの負担がかかるのでしょうか・・・
 学校名をしょって仲間に対する責任を持って
 一人で走る・・・
 すごいことです・・・
 まったく知らない学生さんでも
 懸命に走る姿には ぐっと来るものがあります

 雪道も難なく下り付いた若者たち
 たすきをつないで完走する
 そのエネルギーとパワーに感動しました




      たすき


     仲間から仲間へ

     たすきが渡される

     箱根から東京まで

     運ばれていく

     思いのこもった一本の紐

     仲間をつないだこの紐は

     役目を終えると

     宝となり 絆の証となる

      
  



2003年01月02日(木)  発熱

 実家にお年始の挨拶に行く途中
 上の娘が ぐずぐず言い出しました
 実家に着くと 母がずいぶん熱があるみたいだと言います
 おでこに手を当てると 熱い・・・
 早々に帰ってきました
 気づけない ダメ母な私・・・

 家に戻って熱を測ると 9℃近くまであります
 珍しく頭痛がひどいようで
 七転八倒・・・・
 泣いている娘に 熱さまシートを貼ったり
 市販の頭痛薬を飲ませたり
 おろおろと 見ていることしかできないと
 こちらまで泣けてきます
 
 熱に強いのでしょうか・・・
 私の9℃といったら ふぅふぅして
 座っていることもできなくなるのに
 「こんなに熱がある」
 と 体温計を見て驚いていました

 あたたかいお粥を炊いてあげよう
 私にできることといったら
 そんなことくらい・・・

 上の娘は このところ心にも体にも
 変調をきたしています
 成長期なのでしょうか
 
 我が子の子育てには
 まったく自信の無い私ですから
 育て方に問題ありかと
 思い返すと落ち込むことばかりです

 明日のお年始は やめにして
 おとなしくしてます

 何か・・・楽しいこと考えて過ごそうっと




       探し物


  しなければならないことがある時に

  失くし物

  そんな時の失くし物は

  見つからないと悲しい

  いつもここにあったのにと

  腹立たしく情けない

  諦めがつかないで

  今しなければならないことが

  見えなくなる      
 



2003年01月01日(水)  謹賀新年♪

 あけまして おめでとうございます

 一年の計は元日にあり
 (あれ?契かしら・・・型かしら・・・
  傾は困るけど・・・敬もいいかも)
 というわけで(どういうわけでしょう)
 初日の出を見るべく
 日の出時間の50分前に起き 布団の中で
 用意しておいた服に着替えて
 上の娘を起こします
 寒いし 夕べは夜更かしのために眠いです
 でもでも・・・ここで諦めちゃ駄目
 目覚めない体に鞭打って
 起きるのだ・・・
 外は暗く まだ空模様もわかりません
 完全防備で車に向かいます

 あっ・・・雨
 
 ほんの小雨程度ですが
 空の様子はよくないことがわかってきます
 第一の目的は 日の出を見ることよりも
 起きて行動することです
 「日の出は期待できないかもしれません・・・
  でもまだ 私は諦めないですよ」
 ラジオからそんな励ましの言葉です
 海岸線を走りながら
 水平線に目をやります
 明るくなり始めてきました
 明るくなるにつれて しっかりと厚い雲に覆われていることが
 よくわかってきます
 朝の寒さは 小降りだった雨を 凍らせます
 みぞれ混じりの雨になるときがありました
 目的地までは行ってみようと
 ぼんやりとした頭の中で決心だけは固まっていました
 
 「あと10分ほどで日の出時刻です」
 「あと5分ですが 雲が切れないですねぇ・・・」
 ラジオのアナウンサーも 諦めきれない様子です

 駄目かぁ・・・あと少しというところで
 日の出時刻です ・・・・残念
 水平線の色すら変わりません
 とにかく目的地へ行って 少し歩こうね
 到着すると ガッカリして帰るカップルが
 大勢歩いてきます
 みんな帰っちゃうね・・・

 でもちゃんと見てみようと車を止めて
 岬へ向かうと びっくり・・・・
 観光バスがぴっちり止まっていて
 人がごった返しています
 へぇ・・・なるほど
 日の出の観光スポットなんだ・・・
 やや近いですから 地元の住人としましては
 初めて知ったのであります
 「名古屋からお越の○○様ご一行様
  お食事の支度が整いましたので
  食堂のほうへお越しください」
 ええええっ・・・・
 なっ・・・名古屋ぁ????
 名古屋からここまで来なくても
 途中でたくさん名所があるでしょうに・・・
 それほど素晴らしいところなんだ・・・・
 娘とここの知名度に驚いてしまいました
 これからご飯かぁ 日の出が素晴らしく見えたら
 さぞかしおいしいお食事だったでしょうに・・・

 岬になっているこの場所は 岩海岸になっていて
 夏はウニやカニ 小エビが捕れて
 娘の大好きな場所になります
 展望台までおりて 証拠写真を撮ります
 一瞬 薄いオレンジが白い雲を
 水彩絵の具の筆でなでたように
 ほんのり染まりました
 可愛らしい色 お日様ったら
 雲の向こう側で 何を照れていたのでしょうね
 
 帰り道階段を上がっていくと
 娘が大騒ぎです お日様でも出たかと振り向くと
 大変見て見て!
 もどってみると なんとも珍しい形の
 
 「蛾」
 
 を発見しました
 デジカメの焦点をあわせるのに苦労しながら
 水平線の写真よりも たくさん写していました
 確かに 飛行機が逆さになったような形で
 上から見ると ぴったりくっつく蛾の特徴とは違い
 飛行機が車輪を出して止まっているように見えるのです
 あまりにも夢中にカメラを向ける私たちを
 不思議がった若者が
 「なんですか?これ」
 と 聞いてきましたが
 たぶん・・・蛾でしょう・・・
 って 落ち着いた声で答えてみました
 まるで・・・まるで・・・
 昆虫研究家のように・・・(なんて思ったのは私だけ?)

 いつもはお土産厳禁ですが
 頑張った娘と(特に頑張った!?)私のために
 お土産を眺めました
 貝殻がたくさん・・・
 装飾品にはまったくもって関心のない娘は
 珍しい綺麗な貝とサメのあごの骨を・・・選んでいました
 ガォーものですよ・・・
 私は海辺なのに淡水パールの繋がった
 (子供だましのような)指輪を買いました
 
 家に帰って洗濯 そしておせち
 お正月用と勝手に私が決めている
 お気に入りのお皿に 一品ずつ並べます
 少々押し付けでしたが 綺麗でしょ?
 を連発する私に 「上手上手」と 気を使いながらも
 いつもより喜んでいたように感じました

 お屠蘇をお猪口に2杯飲んだ私は
 年賀状を書き終わると
 意識をなくして 半日無駄に寝てしまいました
 気がつくと夕食の支度・・・
 母業は 一年中忙しいのね
 (いや・・・半日寝たんでしょってぇ)

 おしゃべりが恋しくなってきたなぁ・・・・
 
 明日から お年始まわりです



     初日の出


    こんなにもたくさんの人に
 
    期待の眼差しを向けられては

    出ようにも

    出にくい時だって

    あるものだよ











   ***********************


         行動


    考えられないようなことをする

    では 考えられる行動とは何だろう

    私の中の常識は

    私だけのものであって

    他人には他人の常識がある

    人から見れば

    私のしていることは

    「考えられないようなことをしている」のだろう


 上の娘の様々な失敗が どうしても気になります
 彼女は 当たり前のことをしているのかもしれないけれど
 ・・・少し変じゃないかなぁ
 今までにはないような失敗
 娘も疲れているのかなぁ


    



    
     
 


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