written by 田村 【MAIL】 HOME
#風邪を引いた
2004年05月31日(月)

■風邪を引いた。猛烈に。何せ眩暈がして真っ直ぐ歩けないのだ。
なんだか色んなものが回ってあたかもグローブジャングルに乗っているような、というか乗った後のような状態でいかんともしがたい。公園に行く手間が省けてお得な気もしないでもないが、正直歓迎できたものではない。ぐーるぐーるぐーる。いかん、気持ちが悪くなってきた。

どうにもなりそうもないため、止む無く会社に連絡し、有休を要求することとする。現代労働者にとって有休の取得は当然履行されるべき権利であり、満たされるべき要求だ。やい!経営者!「あ、部長はいらっしゃいますか・・・あ、部長すみません、風邪を引いてしまったみたいなので・・・はいすみません、ご迷惑おかけします明日はちゃんと出社します」無闇に波風立てる必要はまったくないのだ。しかし平日休んだ際にNHK教育テレビを見てしまうのは何故だろう。自問自答はいいからゆっくり休め。


それにしても、探せば本当に色んなページがあるものだ、インターネットは。


■マクドナルドのCMのセンスのなさは、セブンイレブンのそれに通ずるものがある。共通しているところは、視聴者が置いてけぼり。

■Docomoのパケット料金定額のCM、加藤あいのシートベルトは合成?なぜだろう。



#オイル交換とバンキシャ
2004年05月30日(日)

プジョーのオイルを交換した。3ヶ月ぶりの交換となったが、やはり何度やってもオイル交換は良い。その効能は素晴らしく、エンジンフィールは劇的に改善された。と、私の精神が言っているのだから間違いない。実際の効能はワカラナイ。とにかくオイル交換は精神衛生上非常に効果テキメンだ。

特にうちの子の場合、一日70km、一週間で350km、一ヶ月で1,400km走るため、オイル交換をはじめとしたマメなメンテナンスは欠かせない。通勤前の始動チェックなど、怠ったことは一度たりともない。

タイヤ・・・減っていない。オイル・・・まだある。ガソリン・・・残っている。水温計・・・動いている、問題なし。警告灯・・・一瞬点いたがすぐ消えた、問題なし。右ドアミラー・・・動かない、問題なし。ざっとこんなものだ。フランス車に乗る時はあまり深く考えてはいけない。

話題はオイル交換であった。私ぐらいになるとオイル交換を自前でやるなど朝飯前なのだが、自ら手を汚し作業するのもアレなので、その手のショップに行き対価を払ってやってもらうことにする。マツダへ行こう。別にRX−8が目的ではない。ないったらない。

マツダといえば、姉は結局アクセラを購入した。納車は6月末。アクセラは欧州市場をターゲットとしているため、現地でその、日本での生産がなんと言うかその、とにかく納車に時間がかかるということだった。納車されたら折角だから同乗させてもらおう。勿論ハンドルも握るつもりだ。

さて、オイル交換であるが、その間暇なので営業担当氏と世間話などをする。話題は306のくびれと、RX−8のドライビングフィールだ。やはり8は素晴らしい。

そもそもスポーツカーは好きなのだが、当然のことながらピュアスポーツは日常性が犠牲となる。その点、8はスポーツ(どちらかといえばスポーティだが)と日常を両立した、画期的かつ中途半端な車と言える。その両立がキモであり、今までスポーツは指をくわえて見てるしか出来なかった我々のようなセグメントに対して強烈な訴求力があるのだ。その上価格は(スポーツにしては)お手頃だ。300万円でスポーツ(スポーティ)カー、RXの称号、ロータリーのロマンが手に入るとあらば、魅力を感じない人間が居ようか。いや居ない。前も同じことを述べた気がする。どうもマツダに来ると白昼夢を見てしまっていけない。

オイル交換も終わり対価を支払おうとしたところ、営業氏がサービスしてくれると言う。え!ほんとに!?ありがとう!!

いやまて、ここでサービスを受けてしまったら、どんどん外堀を埋められていくような気がする。黙っていたが、実は8の見積もりもお願いしてしまった。こんなことではうっかりハンコも押しかねない。これぐらいサービスさせてください!と言う営業氏に、8を買う時にその分値引きをしてくださいと捨て台詞を残し、対価を払ってマツダを後にした。もうしばらくはマツダには行けない。

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イラクで襲撃された橋田さん、小川さんに関する報道が連日なされているが、これが戦争なのだろうがあまりにも切ない。現地では日々当たり前のように人が死に、そこから遠く離れた場所に居る我々にとっては遠い世界の出来事としか認識できない。今回のような同じ日本人の事件事故が起きた瞬間、ほんの一瞬、かの地では戦争が起きているのだなと漠然と思い、そしてまた遠い世界の出来事になる。

生きる世界が違いすぎるため、それは仕方ないとも、当然とも言えよう。日本人の平和ボケがどうこうとか、もっと真面目に考えるべきなどというのは無茶な話だ。ただ、同じ世界で起きていることを忘れずに、出来る人は出来る範囲内で、出来ることをやればいいと思う。

しかし今回の件は、橋田さんの奥さんの毅然とした態度が各局で報道されているだけに、余計に切ない。あの姿勢が偉いとも素晴らしいとも思わない、ただしっかりした方なのだろうなとしか思わないが、それだけに切なさだけが残る。

バンキシャで橋田さん、小川さんの現地での活動についてVTRが流れたが、何でこんな人が殺されてしまったのだろうか。情けない話、私は彼らの現地での活動については今回の報道で見た限りでしか知らないし、その真偽については判定すらできないのだが・・・。

ご冥福をお祈りするとともに、このくだらない戦争が早く終わることを切に願う。



#ボーダフォンのCM
2004年05月18日(火)

どこかで聞いた声だと思ったら、原田郁子じゃないか。ボーダフォンCMで使われているのはクラムボンだった。大学以来なのでもう4年ぶりに聞いたのだが、相変わらずいい声といい歌だ。当時はよく聞いていたのだが、いつの間に聞かなくなってしまった。

久し振りにアルバム「JP」を引っ張り出して聞いてみると、ああこんな感じだったっけ。ここでこう跳ねて、こんなコーラスがあったっけと、少しずつ曲を思い出してくる。古臭かったり青臭かったり、アレンジに首を傾げたくなるところもいくつかあるが、そこは4年前の話なので仕方ない、差し引いても十分格好のいい作品だ。何より楽しそうに音楽をしていることが伝わってきて、音楽がどんなものだったか思い出した気がした。ああ、音楽ってこんなもんだっけな。最近ちゃんと聞けてなかったかもしれない。

不思議なもので、音に紐付いた当時の記憶も呼び起こさせられる。きっと音に擦りこまれて染み付いているんだろう。ああ複雑。聞かなくなったつまらない理由を思い出した。

ボーダフォンのCMで流れていたクラムボンの曲は、4年前に比べて格好よかった。しばらく見ないうちに随分とこなれて、いつのまにこんな大人っぽくなってしまったんだろう。彼らのその4年間を知らないのが何となく悔しく、どれだけ成長したのか気になるので、今度新しいアルバムを買ってみよう。久し振りに懐かしい人に会ってみる、そんな楽しみ方もあるのかもしれない。「パンと蜜をめしあがれ」はどうやら名曲だったようだ。

ほんのり感傷的になった次第。



#バレー冒頭
2004年05月16日(日)

バレーの試合を冒頭から初めて見たのだが、演出にびっくりした。
選手ひとりひとりに自作ポエムを披露するアナウンサーなど初めて見た。
・・・・・・国際試合ってこんなでしたっけ?

ジャニのコンサート会場と化していることについては何も言うまい。何も言えない。
いっそのこと、ジャニの公演とスケジュールをあわせ、くっつけてしまってはどうか。

諸事情あるのだろうが、ちょっと選手がかわいそうだと思った次第。



#レコード輸入権
2004年05月15日(土)

しまった。
しばらく情報収集を怠っていたところ、ひどく嫌な事態になっていた。怠った自分が悪いのは明らかなのだが。

タイトルに興味を持たれた方、まずはこちらを。
リンク先は少々アレな雰囲気だが、レコード輸入権について非常に分かり易くまとめられている。
萌えクリ プレビュー 特別編〜レコード輸入権ってなに?〜

規制の対象となりうるものは
1.邦楽CDの逆輸入盤
2.日本盤の出ている洋楽CDの輸入盤
(影響範囲についてはOTO-NETAさんがより詳細な図表でまとめられているので、是非あわせて参照いただきたい)

法改正された場合、最悪、高価な国内盤のCCCDしか選択権が無くなるのである。書きながら気付いたが、最早選択権とはいえない。

法案は1の洋楽CDの逆輸入盤の規制をメインとし、2の日本盤の出ている洋楽CDの輸入盤については文化庁もレコード協会も「やらない」という説明をしているが、法的にいつでも規制可能な環境が整ってしまうこと自体が問題なのではないか。「やらない」なんて保証がどこにある?CCCDあわせ、音楽を取り巻く環境は悪化する一方だ。

インターネットの普及で今まで考えられなかった新しく画期的なことが次々と可能となっている(勿論責任が伴うが)のに、まさかそれに真っ向から逆行するような前近代的な法案が、説明不足なままでまかり通ろうとしているとは。このまま順調にいけば、早ければ2005年1月1日より施行されるということだ。鎖国なんかしてる場合じゃないだろう。

いっそがんじがらめの環境にして、音楽業界を一気に衰退させてしまうのもいいのかも知れない。そこから革命的な何かが生まれるかもしれないからだ。しかしそんな後ろ向きな姿勢でいいのだろうか?なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。ただ音楽を楽しみたい人にとっては、迷惑以外の何者でも無い。

今更気付いても遅いのだろうか。ただ、一人でも多くの人に知っていただきたいと思い、紹介した。今後も引き続き関心を持っていきたい。


勉強させていただきました
音楽配信メモさん
OTO-NETAさん
いかんともしがたいさんの輸入権:還流防止から洋楽輸入禁止への流れ
Dubbrock's Dublogさん
先見日記さんの坂本龍一さんのページ



#昨日は記念日だった
2004年05月10日(月)

気がついたら昨日は当サイト開設記念日だった。おめでとう、自分。ありがとう、自分。

いつも立ち寄ってくださっている皆様、皆様のおかげで当サイトは満5年を、プジョーは満3年を、私は満26年と6ヶ月を、祖母に到ってはなんと満77年と11ヶ月を何事も無く無事に迎えることが出来た。満78年だったろうか。皆さん、本当にありがとう。何事もなさすぎて危うく忘れるところだった。母の日は「あい・でぃー」と、みんな、憶えておこう。何の役にも立たないが、皆さんの人生がほんの、本当に少し、わずかに、微弱に、ちんまりと、ミジンコほどの大きさで、希望に満ちたものになるはずだ。だといいな。哀しくなってきた。

ここに到るまで、苦節苦難に満ちた、本当に、いや本当に(本当です)、長い長い道のりだった。長すぎて更新も忘れるほどだった。3ヶ月放置なんて平気だった。いや、本当は良心の呵責に苛まれていたのだ。皆が、皆が更新を待っている。のに、書けない!ああ、書けないのだ!分かっていただきたい。そもそも誰がカウンタを回しているのだろうか。小人さんか。

ともあれ、(うちはさておき)サイトを維持することは本当に難しいのである。月日が経つにつれ低下していくテンションとネタと更新頻度、そのうち自分が何故サイトを運営しているか分からなくなってくる。管理人は疑問を持ってしまうのだ。そして自分探しの旅に出た挙句、そこで気付く。個人サイト運営は実はまったく意味が無い、と。

そうなると後は苦行のようなものである。ただ淡々と更新を繰り返すか、他にもっと有意義な事に時間を使うか。後者が賢明なのはまず間違いなく、ある人は読者に戻り、またある人はネットから離れ、多くの人がサイトを閉鎖する。

では、それでも維持運営を行う人は一体なんなのか。マゾなのである。見返りを求めずひたすら更新するその姿は一見ストイックなように映るが、その実は自分を追い込むことで快感を得る変態なのだ。長年続いているサイトの管理者は全員揃ってマゾだと思っていただいて一向に構わない。つまり、インターネットはマゾ集団で構成されていることがここに証明されたのだ。なんて怖い世界なのだろうか、インターネットは。ちなみにうちは6年目と微妙なお年頃だが、管理人は程良くサボって追い詰められていないため、この論理には当てはまらないことを追記しておく。言い訳しているわけではない。

なんだか今日は言い過ぎた気がするので、怒られる前に謝っておこう。ごめんなさい。謝りついでに言っておくと、きっと6年目もこんな調子だ。少しは成長したい。



#リリー・フランキー
2004年05月09日(日)

もうゴールデンウィークも終わったというのに、なんだろうかこの寒さは。未だにユニクロのフリースを愛用している。

薦められて、リリー・フランキー著「誰も知らない名言集」を読んだ。

際の際まで追い詰められた人たちから吐き出された珍妙セリフをひたすらに紹介していく、世の中にはかくも色んな人が居るものだと改めて思い知らされる一冊。読後の爽快感など皆無。いや、紹介される人およびエピソードのほとんどが変態もしくは下ネタのいずれかでカテゴライズできるため、違った意味での達成感はある。かもしれない。

どれもまともに読んだらツラそうな内容ばかりであるが、全ページが一見意味があるようで実はまったく無意味な、ともすれば「だから何なの?」の一言で片付けられてしまいそうな文章で綴られており、その一点が私のツボにヒット。うちのHPとコンセプトが同じじゃないかと勝手に共感して読み終えてしまった。

「意味がありそうで実は何もならない」なんて素敵じゃないか。あくせくして余裕の無い毎日、せめてくすりと微笑むことの出来る一瞬が欲しい。そう、リリー・フランキーもこのHPも目指しているところは同じ、つまり忙しすぎる日本人に束の間の清涼感と微笑みを与えることなのだ。一生懸命読んでくれたけど実はまったく意味が無いんだよ、と言われれば、あまりの馬鹿馬鹿しさに清々しさすら憶えるだろう。同時にいかに意味のあるものに囚われ続けていたかという事実に気付くことができるのだ。そう、今という時代は有意味という言葉の下に縛られた現代版マトリックスなのだ!こんなもんでいいだろうか。

下ネタだの変態だの無意味だの散々なことを述べてしまったが、実は読んでためになったこともある。世の中上にも下にも色んな人が居るのだが、案外自分は普通の人間なんだなあと安心できると同時に、細かいことにくよくよ悩んでいた昨日までの自分を笑い飛ばせることである。明日も元気に頑張ろう。

本当は、日常発せられては消え行く名言とそれにまつわるエピソードから、人間の奥深い部分の行動原理を解き明かしていく、という命題があるのかもしれないが、なんだかあまり深く考えすぎても思うツボのような気がするので止めておく。見方を変えれば色んな見方が出来てしまうのは何でもそう。


東京電力のSWITCHキャンペーンのCMは、なんだか妙にエロいような気がする。



#街で見たヒュンダイ
2004年05月08日(土)

死ぬほど頭が痛い。死ぬほど胃が気持ち悪い。今日はもう、ダメ。
久し振りの飲み会だったので張り切ってしまった。別に年甲斐も無くはしゃいでしまったとかそんなわけではないのだが、少し頑張ってしまったようだ。
里芋がおいしい、ジャガイモがおいしい、焼き鳥がおいしい、手羽先がおいしい、トマトがおいしい、胡麻豆腐がおいしい、サワーがおいしい、ワインがおいしい、ああん、もう!その行き着く先がこんなである。かわいい子ぶってる場合じゃないのだ。


見慣れない形のクーペが赤信号で止まっている。うーん、この車は?LEDで構成されたテールランプが特徴的だ。トヨタのようなロゴだが微妙に違う。

楕円にHのマーク、よくよく見るとヒュンダイであった。CM以外で見たのは初めてだったので思わず見入ってしまったが、そういえばどこで買うのだろう。この近辺にディーラーはあっただろうか。と思いHPで調べてみると、販売所は浜松にあった。近そうでいて遠い。

ここ最近ヒュンダイのCMをよく見かけるのだが、見た限り出演者はすべて外人だ。ブランドイメージの向上のためかもしれないが、「韓国の企業が日本で販売拡大するためCMでどちらの国ともまったく関係無い外人を起用する」というのは、なんだかよく分からない。
(最近はそうでもないが)白人を多用しているホンダも同じことが言えるのかもしれない。外人へのコンプレックスのある(としよう)日本人への訴求力をさらに高めるという効果もあるだろう。ただし、それは「国内で既に浸透していて」「同じ立場(日本)である」ホンダだからこそ効果があるんじゃないだろうか。

「(海外の企業であり)立場が違う」「(現時点での日本における)認知度はそれほど高くない」ヒュンダイが今の路線を取るには、あまりに落ち着きが悪い気がする。せめて日本人や、それか日本でも馴染みのある韓国の有名人などを起用すれば良かったのに。今話題の韓国ドラマにでている人とかを。まずは親しみ易さからだと思うが、いかがか。

そういえば話題の韓国ドラマはテレビやら本やらで一生懸命取り上げられているのだが、以前チラッと見た限りでは「男性の髪型が皆90年代前半」というところばかり気になってしまい、内容がまったく頭に入ってこなかった。
熱烈なファンは一体どこにいるのだろう?と思っていたら、うちのおかあさんが大喜びで見ていた。こんなに近くに居るとは思わなかった。



#送別会
2004年05月07日(金)

送別会でした。

連休明けの仕事で疲れてる上、空きっ腹にアルコールだったのでちょっとの量で響く響く。
あ、ワインですか。ワインはちょっとアルコールきついですからね。お値段は?え、6,000円?いただきますって。うーん、濃い味ですね。え、深い味わいって言うんですか?じゃあ深い味わいですね。もう一杯いただけますか。

ひたすらに眠い。いや眠くないって。寝てないよ!ぐー。
普段ならば寝ても若干の記憶があるのだが、今回は熟睡でまったく憶えていない。
ああ、よく寝た。あれ、人が増えている。あれ、席が替わっている。

おっさん、もう帰るよ。未練がましい目で見ない。お誕生会しますから。さくさく帰りましょうよ。帰り際に電話するなって。いやもう寝るんですから。明日研修でしょう。お誕生会しますから。もう家着きますし。帰りますって。

今日はここまで。



#ゲームに久し振りにハマって
2004年05月06日(木)

●306を久し振りに洗った。やっぱりチャイナブルーは美しい。塊感の強いボディ、その中で306の特徴といえる引き締まったサイドラインが映える。別に昨日のフォローのつもりではない。

●弱酸性メ●ットのCMはいつも嘘臭い。

●くりぃむしちゅーの有田、こんなにいいキャラだっただろうか。大好きかもしれない。

●元U-turnの土田も最近のお気に入り。コメントが普通っぽいのになぜか面白い。相方は元気なのだろうか。

●報道ステーションの古館がお笑いコンビ「ドランクドラゴン」のメガネに見えてしまって仕方が無い。

●なんでも横文字にすりゃいいってもんじゃあない。誤魔化しが効く、と思う。

●レミオロメン、いいかも知れない。

今更ながら、PS2「真・女神転生��-NOCTURNE-マニアクス」にハマってしまった。テレビゲームに熱中したのは高校以来かも知れないのだが、兎に角よく出来ている。今時のゲームでは当たり前となったポリゴンによる3D描写も、ドット絵時代から引き継がれていたキャラ・悪魔の雰囲気をうまく現しており、違和感が無い。丁寧な仕事をしていることが伺える逸品だ。

このゲーム、プレイヤーの分身である主人公はまったく喋らない。主人公のスタンスが不明確なまま他の登場人物は自らの主義主張を繰り返し、それに対してプレイヤーは「はい」「いいえ」で辛うじて意思を反映出来るのみである。ドラマティックな展開や派手なムービーも皆無なので、非常に地味な印象を受けるかもしれないが、すべてが語られないがため、そこにイマジネーションを働かせる余地がある。

ファミコン時代、グラフィックは貧弱でストーリー性も皆無、取扱説明書ではどんなに格好良く描かれたキャラクターも画面上では単なるドットの塊でしかなかった。プレイヤーはそのなんだか分からない塊を無理矢理イマジネーションで補完することで何とか感情移入し、世界に入り込んでいったのだと思う。

現在のゲーム機のグラフィック能力は実写と見まごうほど素晴らしく、ファミコン時代と比べるべくも無い。ただ、グラフィックの向上とともに、ストーリーも饒舌になってしまった。勿論それもゲームのひとつの方向性なのだが、プレイヤーがイマジネーションを働かせる余地はあまりに少ない。RPGともなれば、フラグを立て、レベルを上げ、敵を倒すという単純なルーチンワークになってしまう可能性がある。

本であれ映画であれゲームであれ、イマジネーションの介在する余地があることは、人が物に関わる上での「楽しみ」となる重要なファクターだと思う。今のゲームにその余地がまったく無いわけではないが、その与えられるスペースは随分狭いのではないか。

グラフィックは恐ろしく向上したている反面、ストーリーは相変わらず饒舌でないこの作品は、ある意味ファミコン時代のゲームの匂いを未だに持っていると言える。与えられたものを楽しむのもいいが、あらぬことをあれこれと妄想して楽しむのも悪くないんじゃないだろうか。また、そういった余地をどの程度どういうバランスで残すかというところも、作り手側の腕の見せ所なのかもしれない。

ということを久し振りにゲームにハマって考えた次第であるが、これもある意味妄想なのかもしれない。



#RX-8
2004年05月05日(水)

姉が車を買い換えたいというので、(まったく当事者でないにもかかわらず)日産・マツダ・スバルとディーラー巡りに行ってきた。

まったく当事者でないにもかかわらずマツダアテンザ、RX-8、スバルレガシィと当事者よりも試乗してしまったのだが、中でもRX-8はすばらしかった。
元々スポーツカーは好きだったのだが、一度乗ったが最後、きっと元の世界には戻れないであろうことが明白だったため、あえて距離を保っていた。が、マツダディーラーの営業担当氏の熱意に押され(「好きなだけ乗って良いですよ」と言われれば誰だって乗ってみたくなるものである)、お言葉に甘え20kmほど乗せてもった。

試乗車は4ATで、まだ150kmも走っていない新車でかなり渋めのノルディックグリーンマイカ。そもそもデザインが派手な分、渋めの色が逆に映えた。運転席に乗り込むと306のシートに慣れた身体には随分狭く感じた。

走り出しはロータリーの特性よろしく低速でのトルクは細いものの、ひとたびスピードに乗るとするすると加速していき、気がついたらアレでアレな速度になっていた。コーナリングもそれなりの速度で突入しても恐怖感はなく、スムーズにクリア。自分の腕を勘違いしてしまいそうになるが、もともとの性能がいいのだ。

試乗を終えて改めて外観を眺める。やはりフロントフェンダーの盛り上がりと観音開きのドアは独特だ。特にドアは見た目のインパクトの割に開口部は広く、案外実用的なのかもしれない。実は「フロントシートベルトを外さなければリアドアが開かない=後部座席の乗降りができない」のであるが、それはご愛嬌である。

問題はお値段なのだが、なんと240万円から。安い!はずはないのだが、スポーツタイプの車といえば300万円からという先入観があったため、ずいぶんとお手ごろなお値段だと思ってしまう。その時点で騙されていることに気付け。

306は購入3年目だがすでに70,000kmを超えているが、ディーラー営業担当氏はこの前通したばかりの車検の分も下取りに見込んでくれると言っているし、これは持ち出しがそこそこいい金額であれば真剣に考えちゃうぞ!あとはどうやって家族を説得するかだが、まがりなりにも4シーターでいざという時の乗車定員はさほど問題にならないであろう、乗り心地も悪くない、306とRX-8のランニングコストを比較して将来的にコスト安になるのであれば材料は十分揃うのではないか、早速シミュレーションを!

と散々妄想を膨らませ、アッチとコッチの世界の境界線が分からなくなる直前にディーラーを後にした。今乗っている306は十分によい車なのだ。(そろそろヤレてきたものの)足回りはしっかりしているし、室内は今時の車にしてはシンプルで私好みであるし(シンプル過ぎて何もない)、多少の不具合(右サイドミラーのみ手動(本当は電動なのだが、購入数ヶ月でモーター破損))や、若干ディーラーが頼りない(先述の右サイドミラーの修理は有償と言われたので直してない)が、まだまだ306に乗っていくつもりだ。つまらない日常が積み重なっていく毎日、たまには夢ぐらい見たっていいじゃないか。

ちなみにスバルレガシィにも乗せてもらったが、こっちは違う意味で「別の世界の車」であった。さようならレガシィ。あと20年後ぐらいに乗りたい。




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