みかんの日記
みかん

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■ 卒業ビデオ

長男の卒業の記念品にもらったビデオを
まだ全部見ていないと言ったら
じゃあ見れば、と長男がセットしてくれた。
本人は部屋に行ってしまった。
で、次男と二人で見た。

けっこう長い。
合唱コンクールの曲も各クラス全部映っているし
圧巻は最後の一人一人の写真。
その横に卒業証書を受け取っている様子が映る。
5クラスで40人弱だから
かなりの長さになる。
が、これがとてもその子その子の良さが出ていて
じーんと来てしまった。
卒業式の様子を見ていて
次男と二人でウルウルする。

男の子も泣いている子が多く、
それを見て
卒業しても遊びに来る人いるよね。
僕もそうしようかな、と呟く。

まだ卒業は来年のことだし、
高校も決まってないのに。。
気が早いこと。
だが感心だ 笑

2004年05月31日(月)

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■ 富士登山

昨日長男は学校で富士登山するということで
7時過ぎに新宿で集合と言って出掛けていった。
お弁当を作って見送る。
が、富士山の山頂に行ったわけでもなく、
何合目かをちょっと歩いただけだったそうだ。
日頃ボーイで山登りをしている彼にとっては
肩透かしのような気持ちだったらしい。

今日は次男がボーイのハイキングで
南高尾に行った。
お弁当を作って送り出す。
彼は班長をしている手前、
休むに休めず、かといって
何も理由がないので休めず出掛けていく。
その上その班の一番小さい子達が
きっちりと出席するので
休まずに行かないと困ってしまうようだ。
今日も同級生も一年下も皆欠席で
俺だけだよ、と言っていた。
歩くペースを自分の早さにすると
すぐにへたばってしまうそうなので
ちんたら歩いてやったという。

色々と気を遣ってあげてえらいなぁ 笑


2004年05月30日(日)

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■ 保護者会

娘の高校の学校公開と総会、親睦会と出席。
朝から夕方近くまでかかった。

担任の先生は耳が遠くて自分の話したい話題ばかりで
進学のことなども聞きたいのだが
山手線のように男女間のトラブルとか
子供が何か様子が変だったら連絡してくださいとか
繰り返すだけ。
何度も言われて最後の頃は皆失笑してしまった。

娘達も先生を半分馬鹿にしているようで
申し訳ない反面、これでは仕方ない、と
内心思ってしまった。

2004年05月29日(土)

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■ 会計報告

昨日部長さんに先日の旅行会の会計報告を見てもらい、
OKをもらったので監査の人に見てもらい、
印をもらいに行く。

彼女のところに行く途中、
バス停で待っている方がいらした。
Nさんとおっしゃって
先般の歓送迎会でご主人が昨年亡くなられたと知り、
びっくりしたのだった。
処方箋もよく持って見えていたご主人で
奥様ともよくお話ししていたので
道を渡って御挨拶した。
ご主人のお話をしたらとたんに涙目になられる。
こちらもつられてウルウルになってしまう。
民生委員になられるんですってね、
宜しくね、と言われる。
奥様も委員でいらっしゃったのだった。
お声をかけて悲しい思いをさせてしまって
申し訳ない気持ちになってしまった。
でもこれからもお付き合いがあるだろうから
ご縁があるのだなぁと思いながら
早足で歩いていった。

食堂をやっている彼女のお店で
麦茶をもらいながらしばしお話をした。
写真を見ながら雑談をする。
気分転換をさせて頂いて
ちょっと元気をもらって家路についた。



2004年05月28日(金)

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■ ひょーっと思ったこと ^^;

今日のことではなかったけど
かなりのインパクトだったので書いておく。
(というか親馬鹿子供自慢かも 自爆)

テストどうだった?と長男に聞く。
このセリフはいつものつぶやき言葉でもある。
聞きながら料理を作っているので
あまり真剣に聞いてない。

うん、5番だったよ。
ふーん5番か。
じゃ、今度は他の教科も頑張らないとね。

何言ってるんだよー。三教科で五番。
えー?^^;
それも校内でだぞ。
えーえーえー?^^;;;;
ほんとに?
どれどれその結果見せて。
(とすぐに証拠を見たがる母)
ふむふむ。。

中間テストの結果ではなかったけれど
校内のテストだった。
結果は三教科ともA3。
これって国公立大学クラスの成績らしい^^;
(このままでいますように 爆)
特進クラスという優等生クラスはテストが別で
この結果には入っていないそうだけれど
そこに来年は入りたいんだ、という息子。
(来年中学からの同級生と混合になるのだ。
今は別のクラス)

入れるかなー。
それは君の努力次第。
まあ頑張って。

それにはもう少し部屋&机の上を片付けないとね 爆


2004年05月27日(木)

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■ 長瀞回想

日曜日のバス旅行で。
思わぬ発見を3つ。

一つ目。
空いた時間を埋める為に
鄙びた通りでお土産を見ていたときに
まぎれもなく元同級生を見かけた。

目を疑った。
お声を掛けようと思いつつ
彼女は帰っていった。
お母さんとそのお友達らしき人と一緒に。

小学生の時にオーケストラで
フルートを一緒にやっていた彼女。
三つ編みで割と小柄、
目がくりくりっとしていて可愛い顔をしていた。
ちょっとぶりっ子だったので
時々同性内ではいじめられていたけれど
でも憎めない子だった。

中学の頃にお父様が亡くなられて
お母さんが学校の事務室で働くようになられた。
そのお母様も一緒に今そこに去っていく。

自分の学生の頃を思い出したようで
思わずその場に立ちすくんでしまった。
髪をボブカットにしていた彼女を見る私は
やはりその頃の三つ編みの自分だった。
声を掛ければよかった。
後で思った。

そのニ。
旅館で昼食を食べていたら民謡が聞こえてきた。
秩父音頭だった。
他のバスの団体に広間で披露しているようだった。
この節回しは。。
実家の父が何かあるとよく唄っていた。
毎年ちょうどこの頃に秩父の夜祭りがあって
子供の頃に兄達と一緒に行きたいと言っても
お前はまだ小さいから駄目だ、と
家に置いていかれたと父はよく話をしていた。

ああ、父は今頃家で何をしているのだろう。
父の秩父音頭が聞きたくなった。
そう思いながら食事をしているうちに
自分が何故こんなところでこんなことをしているの、
遊びに行きたいのに全然行ってない。
そう思いながら目頭が熱くなった。
思いがけない秩父音頭だった。

その三。
長瀞には実は父の姉がお好み焼き屋さんをやっていた。
今は全く実家とも行き来がないので
お元気だかわからないが。
まだお店はあるのだろうか。
そう思いつつ桜並木をバスが走っていくと
紫の看板を通り過ぎた。
あった。
叔母の店の看板だった。
まだお元気なのだろうか。
父とは色々確執のあった叔母だが
反面憎めないところもあった。

色々な思いをした長瀞への旅だった。


2004年05月26日(水)

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■ 少しずつ

家事をすませて
やっと勇気を出して仕事場へ。
気にはなるのだけれど
自発的に行こうと身体が動かない。

私のデスクには新入社員の彼女が座っていた。
どうしよう。
しばらくして席をどうぞと譲ってくださる。
何だか気まずい雰囲気。
メールをよく見たら
けっこう滞っているものがたまっていて
慌てて処理をする。

国旗の注文先の会社名が変だなあとよく見たら
S君、間違えていた。
こんなミスをするなんて・・・。
面倒な請求書3枚を手書きで書き直す。

やはり人を当てには出来ないのだな。
私もまだしっかりしてお手伝いしないと
ならないみだいだ。


2004年05月25日(火)

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■ 何もしたくない

仕事にとにかく関りたくない、と
一日殆ど家にいた。
忙しい日だとはわかっていても
身体と心が拒否反応。

そうすれば社員も私をあてにしないで
頑張ってこなすようになるだろう。

家事にあけくれた。
恥ずかしながら久しぶりにお布団を干した 汗

夜日向の匂いに包まれて眠る至福の時。

2004年05月24日(月)

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■ バス旅行当日

朝4時頃に目が醒めてお風呂に入る。
支度をして家を出る。
諸々の余計な荷物を両手に下げて集合場所に。
お金を全部その都度支払う所別に仕分けし
部長さんに渡すものは手渡す。

バスは初め、前に座ったが
幹事でもないのに前に座ると
パシリをやらされるに違いないから
後ろのサロンカーの席のところに座った。
横向きなので酔うとやだなーと思いつつ。
めったに酔わないから大丈夫だろうが。
ぽつぽつと雨が窓ガラスに当たりだす。
やけに気温も今日は低い。

幹事の人がせっかちというか気ばかり焦っているようで
走り出すとすぐにゲームをしようと言い出す。
(早すぎるって 汗)
誰に何を戴いたかとかのお披露目をしたりして
お茶やお菓子が配られる。
子供の遠足のようだ。

高速道路に入るあたりは実家の割と近くで、
このまま実家に遊びに行ってしまいたいなーと思う。
おにぎり食べなさいよ、と渡されて
内心いらないのにな、と思いつつ戴いたが
鮭がいっぱい入っていておいしかった♪
あっというまに長瀞につく。
川の色は雨の後なので少しくすんだグリーン。

まずは宝登山というところのロープーウェイに乗る。

(to be continued)


2004年05月23日(日)

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■ バス旅行

明日は商店街婦人部のバス旅行。
行き先は「長瀞」だそうだ。

担当の方がやたら暴走しがちで
昨日も当日に酔い止めの薬&転んだ時の薬を
持っていったらどうかと電話がかかってきた。
子供じゃないんだからそのくらい自分で考えるだろうに(−−
私にかけるってことは私に持ってこいってことか。
経費で落とすのは申し訳ないから
それをまた自腹で持ち出せということか。。汗
そこまではやりすぎだと思うけれど。
一応持っていくことにした。
こっそりと。

おうるさがたの部長様にも
その旨お話したら「いらない!」の一言。
私だってそうきっぱり言いたいけど
やはり目上の人になかなか言えないもの。
コーヒーを沸かすお水も
そばのスーパーでミネラルウォーターを入れてくるよう
部長さんが言われてたから
私がそのボトルを昨日預かって
自宅の浄水器のお水を入れた。
きれいなお水ならいいんだろうし
お金ばかり使うことばかり考えないでよって。
(また赤字になっちゃう 汗)

そうしたらまた昼過ぎに電話がかかってきて
ロープウェイの料金が違っていたと言う。
前に言っていたよりも高かった 汗

あんなところでロープウェイ乗っても
あまり眺めよくないように思うのだが。。
が、しかし企画者のお顔も立てないとならないし、
お金勘定して運転手さんの寸志を包んだり、
バス代その他、かなりの金額を持っていく。

お金のやりくり下手でアバウトな私なのに
こういうことをやらさないでくださいまし。
疲れますって。


2004年05月22日(土)

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■ 久しぶりに

昨日娘が学校を欠席した。
体調が悪いとのこと。
いつも一日眠っていれば翌日元気になるので
同じように思っていたが
今朝もやっぱり休むという。

どうやら台風が思い通りにこなかったので
電車が動き、学校が休校とならなかったので
当てが外れてお臍が曲がったのか。
それとも何か心配事や困ったことでもあるのか。

そんなことで休んでどうするの、と
たしなめたが反省の色ナシ。
返事もしないで横を向いてすねて寝ているので
ちょっと久しぶりに向き合うかな、と
娘の手を握って時間を気にせず話をした。

韓国旅行も一緒に行かなかったし
このところすれ違いで会話も用件のみのことばかり。
こちらも時間に追われていつも話が途中でいるから
申し訳ないとは思いつつそのままの状態だった。

他の弟達だけが可愛いなんて思ってないのよ、と話す。
旅行で置いていってもやっぱり心配だったし
一緒に行けばよかったのに、と思ったのよ。
口答えをしたり、悪い言葉遣いを言ったりすれば
こちらもうるさくその度に諌めるけれど
それは嫌いだからじゃないんだ、と話す。

自分でも時間がなくて
いつもゆったりと子供達と向き合えない、という
負い目があって
話しているうちに申し訳なくなってメソメソしてしまう。
二人でメソメソ。
韓国で垢すりしたときに
あなたが一緒にいれば喜んだろうにな、と
思ったことや、
息子達も実は一緒にチャレンジしたことなど
色々と話をした。
何があってもあなたを信じてるし、
応援するから不安にならないで。

しばらくとりとめもなく話をしているうちに
表情も和らいでいつもの彼女になった。

欠席の連絡を学校に電話でしてからも
そのまま自宅にいて、洗い物をしたり、
洗濯物を干したりしていた。

仕事も大切なのだけれど自宅のことだって
本当はゆったりとした気持ちで片付けたいし
もうすることがない、というくらいまで
自宅にいたいのだ。
それが正直な気持ち。

しかしながら現実は仕事があるから、と
いつもいつも中途半端な状態で投げ捨てて
慌てて時間に追われて階下に下りるのは
内心かなり辛い。
そう思っていれば精神的にイライラしてしまうので
仕方ない、で気持ちを切り替えているが。

夕方娘に久しぶりに買い物についていってよ、と声をかけ
歩いて出掛けた。
ファミレスでお茶をしてから買い物をする。
無駄な時間だとは思っていない。

昔よく母についていって私も買い物をしたけれど
彼女と一緒に買い物をしたのは本当に久しぶりだった。

嬉しかった。

2004年05月21日(金)

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■ 歓送迎会

中学PTAの歓送迎会が夕方あった。
折りしも明朝台風接近という悪天候の中、
珍しく夫に会場まで送ってもらった。

高1の長男の教えて戴いた先生方が
4人も転出または退職されてらっしゃったので
久しぶりに懐かしく再会出来た。

席次のお隣が中3の息子の学年の先生で
進路指導の担当でもいらっしゃる。
今年赴任されてきたばかりの先生だったので
色々とお話をさせて頂いた。

会も盛り上がりつつある頃、
先生は前の学校ではこんなに楽しくなかったとおっしゃり、
すっかりツボにはまられて
笑ってらっしゃった。

私もここに出席するのはこれで最後なんだわ、と
思いつつ、楽しい時間を過ごさせて戴いた。



2004年05月20日(木)

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■ 雨降り

雨は嫌いではないのだけれども
出掛けたり、洗濯物が乾かないので
ちょっと困る。

最近はここではあまり来店による収入が
メインではないので
天気は全く気にしなくなった。

台風が接近しているというし
今日は日曜日の商店街婦人部のバス旅行の景品を
100円ショップで買ってきたけれど
お天気になるといいな。

尤も日曜日は大丈夫かも 笑
が、この日曜日、
当初お友達と綾戸智絵のライブに行こうと
予約をしたところ、
キャンセル待ちとなった。
あきらめてこの予定が入っていたというのに
昨日の夜、ライブハウスからキャンセルが出ましたけど、と
連絡があった 汗

もっと早く言ってよ、と言いたい〜〜〜。
綾戸さん、残念でした。。涙

2004年05月19日(水)

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■ また片付け

昼前に夫に呼ばれ
4階の部屋を一緒に少しだけ片付ける。

義妹の部屋もいらないものが山のようにあった。
今朝彼女が作ったらしい刺繍のテーブルセンターを
これみて、と夫に見せたので
やはり一人で片付けるよりも
一緒に見て片付けたほうがいい、と思ったらしい。
現金書留の封筒がしまってあったよ、と見せると
夫が顔を歪ませて泣きそうになる。
姑を苦労ばかりさせて申し訳なかったと呟く。
そう思ってばかりいるよりも
これから皆で頑張ろうと思ったほうが
お母さんはきっと喜ぶよ、と話す。

箱につめられたままのスプーンや
蓋物をもらうことにした。

まだまだ片付かない。
何しろ自分の住まいの部屋だって
満足にきちんと片付かないのだから 汗

2004年05月18日(火)

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■ 遺品

姑や義妹などがいなくなっても
その後舅がいたので
なかなか部屋の中のものを片付けられなかった。

昨日の日曜日にその部屋の中の引出しをあける。
色々な大切にしていたものが出てくる。
アクセサリーや指輪など。
私が戴こうと思った指輪はサイズが小さかった^^;
後で直して戴いて使わせてもらおうか。
そう思いつつまた中にしまっておいた。
バッグなども全部丁寧にしまってあるけれども
今となっては申し訳ないが
使えないようなものばかりだった。

夫が5歳の頃に資産を全て故郷に置いて
ほぼ無一文で上京して以来、
姑の母がお歳暮やお中元に現金を送ってくれたようで
その現金書留の封筒が丁寧にしまってあった。
中の手紙も拝見させてもらった。
親の有り難味がしみじみとわかる文面。
苦労をしてきたのだな、と改めて思う。

毎年出していた年賀状の残りが出てくる。
舅が趣向をこらして考えた文面で
生前は風変わりな突飛な内容で
内心眉をしかめがちだったけれど
今読んでみれば味わい深いのかもしれない。

写真も沢山出てきた。
家族で旅行したらしい写真や
姑の同窓会で温泉に行った写真など。
姑の実家の母の葬儀の写真には
夫が詰襟を着て焼香をしていた。
自分の息子が先日同じ事をしていたんだなぁと
しみじみ思いながら眺めた。
今はいなくなってしまったが
家族で団欒のひと時の写真を見ていると
何だか悲しくなってしまった。

刺繍が丁寧に施されたテーブルクロスが出て来た。
義妹が作ったものだと思われる。
ビニールに入れてきちんとしまってあるものの、
布地にシミが点点とついてあった。
あまりに綺麗なものなので手洗いで洗ってみた。
使えるものなら使いたい。

物は残っても人はいなくなってしまう。
しまってあるものは何も言わないけれども
その人となりを語っている。


2004年05月17日(月)

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■ のんびり

のんびり片付けをしたりアイロン掛けをしたりの一日。

前日夜は、商店街のバス旅行の打ち合わせがあった。
来週の日曜日に日帰りで長瀞に行く。
会計なので行かないとまずいだろうな、ということで
お友達のライブがあったというのに
そちらをパスして(泣)打ち合わせに出席。
だって怖いんだもの。。部長のおばさまが。。
(−−;
今回担当のおば様がまた暴走しがちな方で、
とかく会費からお金を使いたがる。
そんなに使ったらすぐなくなっちゃうから
適宜ブレーキをうまくかけつつカットする。

行く場所にケチを付けたら申し訳ないけど、
長瀞なんて川下りするほど急流じゃなかったと思うんだけど。
何も遊ぶところないし。。
(実家の父の田舎がそのあたりなので
実はよく知っていたのです 爆)

帰りは古河庭園に立ち寄ってバラを見るそうで、
何だか盛り沢山だなぁ。。
パスしたいが、お財布は私が持ってるから
行かねばならないのであった。。(ーー;


2004年05月16日(日)

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■ 寝坊そして受験生の供

朝6時に目覚ましをかけておいて、
鳴ったのは覚えている。
が、気が付くと7時過ぎていた。
あー^^;どうしよう、
遅刻になっちゃった。
長男に起きるように声をかけて
こちらも次男と支度をする。

今日はとある都立高校の
自校作成問題説明会というイベントがあったのだ。
当初夫が次男と行く予定になっていたが
薬剤師さんがお休みということで
泣く泣く私に代わる。

夫は私が一緒にこういうものに息子と出掛けると
都立高校をけなして私立志向に転向させると
思っているようで、
言うなよ、と釘を刺される。
言うなよ、と言われても言ったことないし、
今まで全て本人の希望でこうなったというのに。
子供の学校の考えで夫婦で話が合わないというのは
面倒で情けないことだ。

私は子供がこうしたい、ということを
尊重したいと思っているのだけれど
夫はどうしても都立志向で
私立をかなり毛嫌いしている。
上二人が今現在私立に通っているという現実も
私が洗脳したということに夫は考えているようだ。
(信じてくれなくて悲しい)

今日行った高校は
家からは1時間くらいかかるところだが
環境は本当に素晴らしい。
校舎は全て改築したばかりで
大変きれいで充実した設備だった。

かねてから都立ならここがいいかも、と
目をつけておいたところで
次男本人も大変気に入って
ここに入りたい、と言ったのが
本日の大きな収穫だろうか。
やはり目標が出来るのが一番。
あとはそれに向けて努力を重ねる本人を
見守るだけである。

偶然同級生のK君が一人で来ていて
後半の校舎見学は息子と一緒に見て回ったので
楽しそうだった。
お昼も過ぎたので帰りに一緒にご飯食べる?と聞くと
いえ、後の予定がありますので、と断られた。
デートだそうだ 汗
うーん。息子達が中学時代にデートっていうのは
我が家ではなかった話。
ちょっとカルチャーショックかも^^;
確かにバスケ部に入っていて背も高くスリムな彼は
爽やかでいい感じ。
これなら女の子にももてるだろう。
しかし、わが息子だって親ばかと言われそうだが
どちらかといえばジャニーズ系といえそうなほどの
けっこうイケ面系の顔立ちなのに。
(女性には冷たいのかな。きっと。。(^^;
ま、いいが)

お昼にどこで食べようかと迷った末に入った
日本蕎麦屋さん。
ガラガラっと扉を開けてびっくり。
誰もお客がいなかった 汗
爆笑問題の番組でやっている
「行列の出来ない店」そのものだった。
お店の人もびっくりしていらっしゃい、と出て来た雰囲気で
ここってひょっとしてつぶれそう?という感じ ^^;

トイレも店の奥にあるようで
聞いて行くということも何だか怖くて出来ないで
そそくさとチャーシュー麺と親子丼を頼み、
色々と話をしつつ早めに食べる。
お味は。。やはりイマイチ。

失敗した。
となりの焼肉やさんで、
或いは手前のジョナサンでランチの方がよかったかも 汗
息子とそう話しながら家路に付く。


2004年05月15日(土)

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■ お天気

余裕がないと家事も滞ってしまって
洗濯物も畳む暇もなくなってしまう。
少しずつゆとりが出来てきたかもしれない。

お天気だったので
今日は朝から洗濯をたくさんした。
何度もベランダを往復する。
子供達の制服のYシャツも何だか沢山あって
アイロンがけが大変。

息子達のタオルハンカチが
そろそろ補充しないとなくなってきた。
柄もない方がいいらしい。
長男にお弁当の中にいれた
クマのケチャップ入れを入れないで、と
言われてしまった^^;
恥かしいから隠していたという。
色々な持ち物にも主張が出て来て
今までと同じものでいい、というわけでは
いかなくなってきた。

2004年05月14日(金)

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■ また色々とある

2階のとんかつやのマスターの左腕に
腫瘍が出来たそうで
20日に入院し、25日に手術をするという。

昨日その話がわかり、
こちらでもお休みするのは仕方ないけど
これからどうしよう、と話し合う。
サブのS君にどうする?手伝って覚えてみる?と
夫が聞くと
面白そうですねーと明るい返事。
前向きなその姿に脱帽だ。

そして今日から早速、
白いエプロンに白衣姿で働き始める。
2時から5時までは休憩なので
薬局にいたり、支店に品物を持っていきがてら
お話に行っていた。
若いのに感心。

ただこちらの人手が足りなくなって
今日はちょっと大変だったかも 汗



2004年05月13日(木)

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■ それにしても

月曜日から毎日毎日お香典返しのカタログを持って
色々な会社の社員が見えること。
会社の注文電話にも
墓石や霊園のご案内の電話がかかってくる。

一体この情報はどこから得るのだろうか。
もうたった三日間のうちに
二回も顔を出した人もいるし ^^;

カタログの商品は全品2割引、
送料がただで、おまけに年賀欠礼挨拶の印刷も
ただでしますという。

呆気に取られながら
わかりましたと受取ったカタログの山がごっそり。

午後に葬儀会社の人が請求書を持って見える。
ううう。
けっこうなお代だった 爆


2004年05月12日(水)

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■ 修学旅行

次男は修学旅行に出掛けた。
それが忘れ物をしたらしく、一度家に戻ってきて
また出掛ける。

兄の長男があれ、携帯持っていったぞ、と一言。
まったく。。。
受験生でそんな不要物を修学旅行に持っていって、
見つかったらどうなるんだか。
これから調査書を書いてもらうというのに
何を考えているんだろう。
自覚がないやつ。

呆れながら次男の携帯に
電源切ってかばんの奥にしまうよう
お叱りのメールを送る。

午後遅い昼食を一人で自宅で取る。
何気なくテレビを付けたら
懐かしい映画をやっていた。
ついつい見入ってしまった^^;
「ブラザー・サン・シスター・ムーン」
フランコ・ゼフィレッリ監督の映画。
聖フランシスコの青春時代から信教活動を始める頃までの話。
映像がとても美しいし、大変感動的な映画だ。
音楽があのドノバンで
サントラが当時ささやかながらヒットしたのだった。
元ガロのマークさんのお好きなドノバンだったので
この映画は忘れられない。
(実はビデオも買って持っている^^)
中学1年生の頃に学校で見に行った映画だったのだが
とても感銘を受けて
シスターになりたい、と
真剣に思って親を困らせたものだった ^▽^;
今では懐かしい思い出だけど。
結局最後まで見てしまう。
人手もあったしたまにはいいか 爆

次男がいないと塾に出掛ける時間を気にしないので
夕食の支度がだらだらとなってしまう。
長男が帰宅後、今日は塾に行って
わからないことを聞いてくるという。
中学にお世話になった塾に仲良しのお友達と行くというのだ。
相手の子はM大Mに入った子で
彼も進度が早いのでわからないところがあるらしい。
長男の学校もめっぽう進度が早く、
もう数�気�終わりそうだという 汗
数学に関しては予備校に通っていることもあって
それほど不安はないようだが
物理がわからないところがあるらしい。
塾の終わる9時過ぎに出掛けていった。

行って来ます、は覚えていたのだけど、
ただいま、と帰って来たので目が醒める^^;
なんと12時だった。
つもる話もあったのだろうし、
懐かしくて楽しい時間を過ごしたことだろう。
よかったね、と言いながら
また眠りについてしまったダメ母だった 自爆

2004年05月11日(火)

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■ 心機一転

仕事に専念。
家のことにも専念。
社員の一人一人にも葬儀に協力してもらい
心から感謝している。
また今日から頑張ろう。

次男は明日から修学旅行なので
パジャマを一緒にスーパーへ行って見て買う。
明日はおいしいお弁当を作らないと。

やっと延びに延ばしてしまった(汗)
商店街婦人部のフリーマーケットの会計報告を印字し、
確認してもらい、
各班の班長さんに配る。
雨が降り出して傘を差しても濡れてしまうような
降り方でちょっとゆううつ。

23日に日帰りで長瀞にバス旅行が計画されていて
どうする?と部長さんに聞かれた。
行きません、なんて^^;言えるわけないでしょうがー。
(そんな心臓強くないもん)
会計なのにいけないなんて言ったら面倒だし。
結局こちらも参加することにした。

姑務めしているようなこの会、
早くお役御免になってフリーになりたい 爆

2004年05月10日(月)

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■ 告別式

7時半に起床、
朝8時半すぎに斎場に着く。
名古屋の方の帰宅時間やご都合も考えて
告別式は開始を10時からにしたのだった。

娘のピアスが朝控え室で見て
片耳に2個、もう一方に1個ついていたのが
気になっていたが
何も言わないうちに自分から取り外したようだった。
(ホッ)
制服のシャツは一番上をいつも外し、
ネクタイもゆるめに結んでいたけれど
今日二日間だけはそれはしないでね、と
昨日の朝にお願いしたのだった。
長男も詰襟の下のシャツのボタンを
きちんと留めるように言い聞かせる。
言われたときは、はいはい、と言っていたが
やはりこういうきちんとした席ならば
自然と自分から身なりを正しているようだった。
焼香も何度もしているうちに
どうやってするのと最初は聞いていたけれど
慣れてきたようだ。

仲人さんの弔辞も素晴らしく、
お経もりっぱなお経で感謝&感激する。
夫のご挨拶も心配していたけれども
思ったよりもきちんと出来ていて
子供達もぐんと父親を見直したことと思う。

出棺の前に故人の棺に数珠を入れ、
花を皆で入れる。
やはり色々なことがあったとしても
お別れは悲しい。

息子達は棺を担いで霊柩車に載せ、
私は位牌、娘は遺影を持つ。
今まで事務的に処理しつつあった葬儀が
改めて自分の家族の葬儀なのだな、と
自覚せざるを得ない瞬間だった。
子供達も自分達が出るのいやだなーとか
出ればいいんでしょ、と言っているだけの出来事ではないと
思ったと思う。

お坊さんと夫とハイヤーに乗り、
霊柩車の後を走る。
他の人達はマイクロバスでその後に続く。

お坊さんは姑の葬儀のときも
同じ桐ヶ谷斎場だったですね、と思い出されて話された。
戒名代が高いだのと色々夫と文句を言っていたけれど
要は故人が一番こだわっていた事だったし
それが一番喜ぶことだったのだから
お金云々は言うべきではなく、
有難いと感謝しなければならないのだな、と
痛感しながら車に乗っていた。

子供達にも自分の故郷や祖先のことなど
話していかなければならないのだから
やはりお寺さんとこれで縁を切ろうなどと
思うことはやめて
これを機会にまたお寺さんと繋がりを持つのが大切だと
思った。
夫も同じ気持ちだったろうと思う。

斎場は入り口が二つあるところで
最後のお別れをする。
一時間弱、上のお部屋でお話をし、
お茶を飲んで時間を過ごし、
お骨上げをした。
子供達は初めてのことだったので
とても印象に残ったことだと思う。
舅はわりと細い人だったけれど
骨はたくさんあったので
やはり骨太で健康体だったのね、と話す。

お骨になった舅を夫が抱えて夫と長男とともに
ハイヤーに乗り、戻る。
そのまま初七日と四十九日法要を済ませた。
お坊さんのお経はかなり長かった。
子供達にとっては睡魔との戦いでもあったようだが
私達は有難いと感謝していた。
お坊さんはここで名古屋に帰られた。

その後に精進落としの席に移り、
故人と馴染み深い人達とお話をしながらお食事をした。
これも故人が引き合わせたご縁なのだろうな、と
しみじみ思う。

夫はこれで自分の血縁の家族を全て亡くしてしまったが
これからは私達家族で力を合わせて頑張っていこうと
気持ちを新たにしたと思う。

子供達も難しい時期でもあり、
一緒にいるなんて面倒と思ったりする頃だが
こういう事があって
やはり自分は家族の一員なんだと
改めて認識したことと思う。

2004年05月09日(日)

■■■
■■
■ 通夜 そして「長男」ということ

薬局は午前中まで仕事。
私は洗濯物をひたすら洗って干した。
用事が済んでからちょっと仕事を見て
メールを送信する。

今日は夕方からだったけれども
もうこれだけ時間が近づいているのだから
終わったも同然だと夫を励ます。
人が集まるこういうことは
そうめったにないのでかなり緊張している夫だった。

私は、というと勿論気は張っているけれども
昔の仕事で何となく手順はわかっているので
何とかなるさ、という気持ち。
それでも手落ちがないといいけど、と
ちょっと不安でもあった。

早めに家を出て斎場に着くと
気の早い実家の家族がもう既に着いていた。
コーヒーを戴いて控え室に案内される。
ここは宿泊も出来るという和室で
とてもきれいだった。
和室がニ間あってバス・トイレ付き。
台所もついていた。
床の間はあるしお庭がベランダにあるし
とても快適な空間。

隣が式場になっていた。
舅の祭壇が既に飾られてあり、
生花の並び順を打ち合わせる。
なるほど、こんなことまで決めるのか。

その後、お茶を飲んで
久しぶりに家族揃って実家の家族と話をしていると
名古屋のご親戚が到着。
舅は名古屋出身で当時大学生の頃から
地元で大きな会社をいくつも手がけていて
夫が5歳の時に財産を全て置いて上京したという。
舅の母が亡くなり、後妻さんに育てられ
後妻の息子達(=すなわち腹違いの弟達)と
諍いがあったようで
結局彼等に全てを譲ってしまった。
弟さんは舅によく似た面立ちをしていて
息子さんの結婚式に呼ばれて以来お会いしていなかった。
舅があまり付き合いをしていない故、
やはり疎遠になってしまっていたのだ。

お坊さんが見えました、と連絡を受け、
夫とご挨拶に行く。
お車代とお布施を持参して。
お坊さんは姑の葬儀以来、こちらも不義理をして
お会いしていなかったけれど
当時はまだお若かったので
心なしか頼りない印象を受けたけれど
今日改めて久しぶりにお会いして
別人のようにごりっぱになっていらっしゃった。
ちょっとびっくり。

葬儀の座る順番で前に3人。
夫と私、それから長男ということだった。
斎場の担当の人に社葬を兼ねているので
次の後継ぎということを
表明しなければならないこともあると言われ
これが思いがけないことだったので一同驚く。
長女は私が一番年上なのに、男尊女卑なのね、と
ちょっとおかんむり状態。
長男本人は今までお姉ちゃんに頭が上がらなかったのが
思いがけず、自分が最初といわれ、
戸惑っているようだった。
が 真剣な顔には頼もしさが伺えた 笑

こんなわけで
お焼香の順も何をするのも
長男が子供で一番最初ということになった。

お世話になっている方々が
お忙しい中たくさん参列してくださり、
ただただ感謝。
通夜が終わり、
お坊さんのお部屋に夫とお食事を持っていく間に
親族をお清めの席に移動する前に
代理でご挨拶をしてください、と
長男が係りの人に言われたらしい。

長男はどうしようと考えている間に
結局何も言えずに
移動することになったらしいが
後でこの話を聞き、
これは彼に取っては
かなりのプレッシャーでもあり、
貴重な体験になるだろうな、と思った。

久しぶりに名古屋の方々にお酌に回り、
お話をする。
弟さんのお一人は入院中で奥様がいらしていた。
上の弟さんの次男さんは前から知ってはいたけれど
すぐそばの池上に住んでいて、
奥様とも色々お話した。
小2の息子さんがいて、地元の小学校だという。
今まで親戚付き合いが皆無に等しかっただけに
こういうひと時は懐かしく、楽しかった。
皆さんを送り出し、社員の人達にも感謝しつつ
お酌をして回り、一緒にお話をする。
舅が昔は本当に素晴らしいアイデアの持ち主で
話をしているだけで楽しかったということや
カレー粉の会社で「トルコカレー」という銘柄を作ったり
木工会社を作ったりという話を聞く。
大学生の頃からかなりの商才を持っていて
家には数える暇なくお札が詰め込まれた壷が
いくつもあったという ^^;

そういう親の息子だった夫は
プレッシャーもあっただろうし、
晩年何をしても認めてもらえず
ガミガミと小言を言われることが多々あって
大変だった。

一日目が何とか終わり、
家に帰ってお風呂に入り早々に休む。
明日も早い。
あと少しで終わりだね、と皆で励ましあって
眠りについた。

2004年05月08日(土)

■■■
■■
■ 前日

朝のデータ入力や諸々の作業はしないで
新人の彼女にお願いする。
電話注文の受付ももう出て頂戴ね、と
はっきりお願いする。

生花のお願いのファックスや
何基集まったか、など問い合わせたり、
斎場の地図を間違えて夫が送ったところに
改めて送りなおしたりする。

お坊さんは車でいらっしゃるとのこと。
お金の準備や喪服の準備をする。
夫の黒い靴が今ひとつなので
新しく買いに行く。
こういうときでもないと
買い物をしない夫なのでよかった。
ほんの少しの間、彼女を一人お留守番にして
お気の毒だったかもしれないけれど
一人なのだ、ということで
積極的に頑張る気持ちももってほしい。

仏壇の引出しを開けると
男性用の数珠が三つあった。
一つはお棺にいれることにして
残りの二つを息子達に形見としてもらおうと夫に話す。
娘の分はどれがいい?と私のものを三つ見せて
透明の水晶のものを選んだので
それを上げることにした。

お焼香ってどうやるのと聞かれて
先日の数学の先生のお通夜でしたことを思い出させる。

あまりお葬式など出たことがないから
やはりわからないのだろう。
今回は最初から最後まで出るわけだから
彼等に取ってはかなりの貴重な体験になることだろうし
忘れられない思い出になることだと思う。

2004年05月07日(金)

■■■
■■
■ バタバタ

葬儀の打ち合わせをしつつ仕事もする一日。
連休明けなので注文は山のようで
前日からデータ入力し、
発送伝票を印字していたけれど
まだ終わらなかった。

新入社員の子に私の仕事を
そろそろ引き継げと言われているけれど
自分でする方が早いので
今週いっぱいはまだ自分でしちゃおうと思っている。
が、夫がそれについてけっこううるさく言う。

子供達は制服で参列するけれども
娘の格好や髪型、ピアスなどが気になる。
言って直してくれるだろうか。
そんなことを考えつつもあっというまに夜になる。

気がついたらまた眠っていた 汗

2004年05月06日(木)

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■■
■ 仕事が終わらない

昼間からとろとろと仕事をはじめる。
洗濯物が全然進まない。
片付かない。

夫が舅の部屋の服などを片付け始めて
これどうする?あれどうする?といちいち聞く。
もう誰も着たいと思うようなものは全くなく、
全部ごみ袋行き。
部屋がヤニだらけで茶色くなってるし。。
あちこちに意味不明のメモ書きが散乱していた。
悪口や愚痴、悪態を書いてついていたようだ。
一応全部取ってしまっておく。

人が死んじゃうとこうやって
自分の持ち物も片付けられるんだ。
仲のいい親子ならこれを形見にしたいとか
色々言い出すんだろうが。。
とりあえずネクタイ新品のものを一本と
ジャケット一着だけ取っておくことにした。

何だか悲しいねぇと話しながら
淡々とごみ袋に放り込む。
自分が死んだらどうなるんだろう。
いや、きっとこれほしい、という人がいるのでは、と
ひそかに思う。
そう願う 笑

ネットの仕事をはじめるが全く終わらない。
注文が山盛りでデータ処理してもしても
後から注文がくる 汗
みんなGWでお金使ってないのかな、と思うくらい。。

葬儀のお坊さんをどうしようと
夫が名古屋のお寺に電話をかける。
元々そのお寺は先祖が開いたものだそうで
(開基というらしい)
それは生前舅が声高々に言っていたことだった。
(実際は舅が喧嘩をして飛び出して上京し、
腹違いの弟が後を継いでいるのだけれど。。。
複雑で面倒な話だ ^^;)
が、遠方からのお願いとなるとかなり物入りになる。
それとこれは別のことだし、これで舅のこだわりをなくしたら
また無念と思われるだろうし、
姑の時も来て貰ったから
今回をなしにするのはおかしいなどと
色々と取りとめもなく話をする。
で、結局そのお坊さんに来て戴くことになった。
戒名はお姑さんが一番いいものだったから
それに合わせてということで。。
うううう・・かなりの出費になりそうだ。

翌日があるからほどほどにして
眠ることにしました 笑

2004年05月05日(水)

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■ 帰国そして

朝早く起きてまたバスに乗って朝食の場所へ。
キムチを売るお店に入り、色々説明を受ける。
迷っていると息子達に断らなさすぎるよーと言われる。
やっぱり私って断れないんだわ^^;
でもかなり倹約して頼んだつもりだったんだが。
おまけをいっぱい戴いてしまった 笑

それから空港へ行く。
駆け足旅行もこれまで。
ああ あっけなかった。
でもこれで自分達だけのプランだったら
もっと何もせず終わるのだろうから
仕方ないのかもしれない。
おうちにいるよりはずっと楽しかったのだから
感謝しないと。

免税店でまた化粧品を見る。
慌ててみるから
ゆっくり自分でほしいものを考えて見ることが出来ず
まるで上の空という感じで眺める。
頭の中で何にしよう何にしようと
こだましている状態^^;
ディオールのリップのセットとグロス、
それからランコムのグロスを買う。
ホントはシャネルがよかったのにな。
よく考えたら化粧水ももうすぐなくなるから。。
買えばよかった。
そう思いつつ買った 爆

成田から電車で最寄の駅まで行って迎えに来てもらう。
少しだけ仕事をして
葬儀の話をして打ち合わせをして
今日は早く眠る。

お土産のポッサムキムチ(王様キムチ)が
やはり美味しかった 笑


2004年05月04日(火)

■■■
■■
■ 長い一日

朝8時に集合で朝食を食べにバスに乗るが
すごい渋滞で全然動かない。
40分遅れて到着。
あわび入りお粥を食べる。

その後にダンキンドーナツに行って
コーヒーを頼むが
手に持っていたらぶつかられてしまって
腕にこぼれる。
それから袖とセーターに・・涙
なのに、前の方のズボンのすそを汚してしまった方が
気になって、ごめんなさいと謝りながら拭いていた私。
(お人よしなんだよね、
本当はいきなり振り向いたガイドさんが悪かったのに)
白いエスカーダのセーター、
しみになっちゃわないといいが^^;
雨がふっていたので
傘を持ってこなかった長男のために
ファミリーマートで傘とシャンプー&リンスとお菓子を買う。
店員さんがスマップの慎吾ちゃんに似てた。

それから宗廟に行く。
王様やえらい方が葬られてあるところらしい。
広くて幽玄な空間だった。
それにしても行ったり来たりバスが走るけれど
朝見たアメリカ大使館を一日で気が付いたら4回も5回も見てた。
運転手さんは迂回するとか近道するとかそういう技がないのかも。
大きなとおりをぐるぐると大回りで回ってるって感じ。

日本でもGWの頃によく田舎で桐の木をみかけたけれど
こちらでも紫の花をつけた桐の木をいくつか発見。
やはり箪笥にするのだろうか。

お昼はユッケ入り石焼ビビンバ。
ここでも息子達は足りずにチヂミを注文。
ウーロン茶なんて小さい缶で3000ウォンだ(300円!)
それから文化民芸館というところに行く。
アメジストのお店に行き、
プサンに行ったときも買ったけど
その時よりもちょっと大きめの指輪を買う。
娘にもペンダントを買った。

雨がかなり降ってきてしまって
靴の中が濡れてしまう。
あ〜〜〜お気に入りのローファーなのに 涙
海のそばの市場に行ったり
南大門のそばの市場に行ったりするけれど
何だか売り子さんの勢いが怖くて買えない。
もちろん魚介類なんて買っても持って帰れないし。
ミミズかヒルみたいなへんな生き物がいた。
お刺身にして食べるそうだ 大汗

免税店第二弾で買い物をする。
夫と父にダンヒルのベルト。
(もったいない気も。。値打ちわからないんだものね)
私はロエベの黒いバッグとお財布買った。
ロエベは大学生の頃からの憧れ。
マドリーでため息ついて小さなポシェットだけやっと買った思い出がある。
お値段は^^;今回のお買い物で一番高かった 爆
お誕生日プレゼントだもんね。
プレゼントですって言われてもらったのが
ロエベのお扇子。
実はこれは先日オークションで買ったものと
全く同じものだった^^;
お母さんのお土産にしようっと。
それから300ドルごとにプレゼントというチョコを
ごっそりもらっちゃった。

夕食は海鮮鍋。
こちらもおいしかった。
息子達はやはり足りずチヂミを食べる^^;
ビールが飲みたい気もするけど
アルコールを飲むと眠くなっちゃうから
今回は一度も飲まなかった。

夜は。。。垢すりエステに。。
意外にも息子達も行きたいと言って彼らも一緒に行く。
他におにいさんが一人居たので男性は3人。
女性はおばさん達で7人だった。
麻布被って穴倉みたいなサウナに入ったり、
水晶サウナに入ったり、
黄土サウナに入ったり。
お風呂も二種類入ってから
垢すりしてもらう。
マッサージがパンパンとすごい音をしてするので
自分でも驚く。
きれいにして戴いて感謝。

あとよもぎ蒸しもした。
それって。。便座みたいなところに座って
その下によもぎをいれた蓋をあけたやかんを入れる。
首から床までの長いケープをかぶるので
その蒸気がもろ。。あそこに当たるのだ。
婦人科系統にいいらしい。
(生理不順とか、生理痛とか。。)
けっこう熱かった^^;
元気になったかしら。。

息子達はそういったオプションはまったくないので
早く終わったらしく
待ちくたびれていた。
マッサージはくすぐったいし痛かったらしい。
笑いをこらえるのが辛かったとも。
部屋について11時半過ぎ。

明日は4時40分起床。5時40分集合なのだ。
9時20分のフライトだというのに。。(−−;
こういう強行軍だからツアーはいやなんだ。


2004年05月03日(月)

■■■
■■
■ 出発

朝8時家を出る。
品川から成田エクスプレスがあるから、と
送ってもらったのはいいけれど、
ホームでのんびりしていて後で全席指定だと知り、
慌ててみどりの窓口に行って席を確保。
こういうドタバタは心臓によくない。

特急料金も取られてけっこうなお値段だった。
帰りは京浜急行で帰ることにしようっと ^^;

成田の集合時間にはまだまだあったので
銀行でウォンに両替してもらう。
1ウォン=10円。
取り急ぎ20000円両替してもらう。
何だか急に金持ちになった気分。
見慣れない新しいお札を皆で見る。
息子達にも2万ずつ渡す。
2万だって〜と喜んでいた彼等も
実は2千円だと知って
あらま、なんだ〜と笑う 笑
心がささくれだっていたけれど
彼等の無邪気な会話ややりとりで
少しずつ和んできた。

かねてから欲しかったマイケル・J・フォックスの
「ラッキーマン」の原作版を見つける。
迷った末に買った。
息子達に見せるとラッキーマンって漫画の?と
聞く^^;(あのね。。汗)
辞書がないから飛ばし飛ばし読む。
そのうちにインターネットのコーナーに気がついて
そこで自分の前日の日記などを書き込む。
息子達はゲームに興じる。

昨日やっぱり疲れていた。
何だかわからないうちに気がついたら
子供のようにメソメソしてしまって
息子達も夫も困ってしまっていた。

時間になってゲートに入り
搭乗手続き、出国審査を済ませる。
大好きな^^;免税店があってウキウキワクワク。
(とはいえ結局迷っていつもあまり買えずに
後悔するのだが。。)

2時過ぎにはソウルに。
息子達はよく眠り、楽しそうだ。
車が多いソウルの市内。
曇りがちな空だったが夕方には雨が降り始める。

免税店で子供達のものを先に買う。
息子達にはナイキの靴やTシャツ&帽子、
娘にはレスポートのバッグ二点。
自分のは後日ということで。。
(エルメスのグラデーションのバッグか
エスカーダのお洋服がほしいかな 笑
ロエベも捨てがたい。。でも高いからやめようかな 汗)

夕食は骨付きカルビ。
子供達は出た分では足りず、追加注文する^^;
すごい食欲だ。

ホテルについてお部屋でお風呂に入っておやすみ。。
前にプサンで泊まったロッテホテルよりも
お粗末だった(−−;




2004年05月02日(日)

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■■
■ 疲労困憊

朝仲人さんと実家の家族が来る。

仕事を一段落した後で一緒に連れ立って
安置所に行ってお線香を上げる。
その後食事を皆でする。
仲人さんと私の実家の家族と一緒の時なんて
私の結婚以来かもしれない。
仲人さんは舅の大学時代の同級生だったので
どうしてもワンクッションあるために
こちらも遠慮なく会ったりすることが出来なかった。
話したいことも話せなかった。
ご夫妻ともども今もご健康で仲がよく、
お話をしていてもとても楽しい。

駅までお送りして
帰宅後仕事をまたこなす。
その後葬儀会社が打ち合わせに見えた。
これが2時間くらいかかり、
終わった後はぐったり。

おまけにフリーマーケットの会計報告の催促をされてしまい
その計算と表の作成もしていて
頭の中がもうごちゃごちゃになってしまっていた。

ふと気がついたらもう7時前。
明日から韓国に行くというのに
何も支度もしていない。
夫だけ舅の入院中にキャンセルして
3人で行くことになっていたけれど
私だってこんなことがあったので
気が進まないし、気持ちも晴れそうもない。
が、夫はだからといってキャンセルして連休何もせず
家にいるというのも無駄だし、
行っておいでと言う。

そうでもなければ私だってキャンセルしたい。
とはいえ息子達も楽しみにしていたわけだし、
気持ちの中でどうしよう、とぐるぐると渦巻いていた。
他の人には実家に行くということで
何も言わないから、と言ってくれたけれど
その話をある人にしたら深い意味もなかったのだだろうが
変わってる、おかしいと言われてしまい、
今まで抑えていた感情が堰を切ったようになってしまって
悲しくて泣いてしまった。

変わっててもおかしくても
やっぱり気持ちを切り替えることも出来るでしょうし
リフレッシュは出来ると思いますので
やはり行くことにします。


2004年05月01日(土)
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